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ん十年前、初めてクルマを手に入れてからずっと、洗車する場所ってないなぁと思っている。住宅事情がそうするのだろうけど、蛇口とホースがあれば、ささっと洗って綺麗に出来るんだが。。外国だと広い敷地にあるガレージ前で洗車する、みたいな美しいイメージがあるんだけど。日本でガレージなんて一般的でないものな。特に東京にはスペースがない。洗車する場所といえば、お金入れて洗剤とか水が出る洗車場か、ガソリンスタンドの洗車くらいだもの。洗車するのにお金使うのも当たり前になっているけど、もっと気楽に日常的に洗ってあげたい。勤務する運送会社とかでも、トラックを洗ったついでに自分のクルマも洗ってしまえるけど。ラフな下請け運送会社ならウルサく言われないが、殆どの会社では自家用車は洗ってはダメとなっている。ましてや公園の蛇口(不届き者だと墓地の蛇口でも)なんかは、洗車はおやめくださいと書いてある。話はそれるが、綺麗に洗車されたクルマに乗ると事故を起こす確率が減ると。反対に汚いクルマは雑に扱ってしまうし、運転にもそれが出やすいと思う。自家用車のみならず、会社のクルマもいつも綺麗にしておくに越したことはないです。ついでに言うと、危ない運転をしているクルマに遭遇すると、そのクルマは大体ぶつけた跡や擦った傷が車体に残ってますね。
2016.01.28
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待機時間の長いトラック仕事のなかで、新宿副都心の路上で車内から撮った何気ない一枚。こうやって切り取ってみると、実際に眼で見ていたときには気付かなかった美しさを見る。
2016.01.24
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感謝が大事とよく言われる。自分も感謝できたとき、幸せだなと思う。どんなときに感謝の気持ちが湧き出るか。深いところから湧き出るのか。手を合わせて「いただきます。」の感謝も、形だけでないにしても、飢えて「助かった。ありがてぇ」というところまではいかない。もちろん、作ってくれた人への感謝も。実家にいた頃の自分も、手を合わせて「いただきます。」とマナーとして(命に対しても)やっていたが、有難いとか、食べられて幸せ、という気持ちからではなかった。飢えを知らないし、親に与えてもらうだけだから、他を知らない。「料理は自動的に出てくるんじゃないのよ、」と母に言われたものだ。一人で暮らしてみて少しわかる。帰ってきて料理を作って貰える有難さ。食べ物の次に並べるのも、どうかとは思うが、トイレのありがたさについて。たぶん、普段一番感じるのはこれだと思う。たとえ綺麗でない公衆便所だとしても、床にへたり込むほど、ありがたいと感じる。「ありがとう。」と心から染み出て思えるとき、どんなに幸せか。言われるほうも嬉しいけれど、本人が一番嬉しいし、幸せだ。Dボウイ、ありがとう
2016.01.12
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年末年始に四日ほど休みを取って、あっと言う間に過ぎた。それでも区切りとか、締めがあると良いものです。若い頃は正月なんていらなくね?と思ったものです。元旦には、早朝4時に近くの神社へ初詣。この時間はとても空いていることを知っていた。年末に行った近所の焼き菓子やさんの若夫婦と一緒に参拝しました。境内で屋台の甘酒を飲んだ。濃くって優しい味で、とても美味しかった。少しずつ詣で客が増えて来たので、ざわざわとする前に静かなうちに帰りました。休み中は、昼間から酒を飲みたくてたまらない。けれど飲むとだるくなる。だからか、思ったよりも年末年始は飲まなかったように思う。(珍しく日本酒がまだ残っている。)それでも、好きなときに寝ることができるのは大きいです。24時間区切りで眠くならないので、寝たいときに数時間眠り、また起きて活動する。それが自分にとって良い気がする。(社会ではこれが出来ないので不眠や、入眠障害になり、クスリが要となる。)昨年中に諸活動を相当持ち上げておいたので、今年はその先ですごいよ、と言いたいが、向こうから来るまで、時が来るまで、焦らないでおこう。
2016.01.06
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