HANNAのファンタジー気分

HANNAのファンタジー気分

June 21, 2022
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『たんぽぽのお酒』 、でも私は長いこと敬遠していました。
 主人公ダグラス少年のひと夏の出来事を、12歳という年齢の持つするどい感覚でつむいでいます。が、子ども“向け”に説明のゆきとどいた作品ではないので、米国イリノイ州(ブラッドベリの故郷)の古き良き田舎町の風情がよくわかっていないと、とっつきにくいと思われます。

 ようやく真剣に読もうとしたのは、 長野まゆみ『夜間飛行』 を読んだあとで、この物語にはおそらくブラッドベリへのオマージュとして、たんぽぽのお酒が出てきます。
 主人公の少年たちは夏至の頃ミステリーツアーに参加するのですが、ホテルの部屋にたんぽぽの花を浮かべたリキュールが置いてあり、それを飲みながらすばらしい時間を満喫するのです。 

 本家ブラッドベリのたんぽぽのお酒(ダンデライアン・ワイン)も、そのたんぽぽを摘んでおじいさんと一緒に瓶詰めした記憶に象徴される、楽しい夏の日々が、あとになって見たり味わったり、いやその名を口にするだけで豊かによみがえるというのです;

  たんぽぽのお酒。
  この言葉を口にすると舌に夏の味がする。夏をつかまえてびんに詰めたのがこのお酒だ。


 その記憶というのは、“12歳という年齢の持つするどい感覚”の産物で、この年齢のころは、 ほかの日記でも書きました が、幼年時代の終わりとかプレ思春期とかいう、一大転換期なのです( 河合隼雄 の受け売り)。男の子の声変わり・女の子の初潮の、直前の時期。子どもとしての完成形かつ大人への第一歩で、すごいパワーと可能性、新鮮な感動に満ちた時期。

 児童文学でいうと、この年齢の主人公たちは、親や大人の庇護を離れてまっさらな心で世界に乗りだします。 スティーブン・キング『スタンド・バイ・ミー』 なんかがそうですね(この映画のように情景も一緒に触れることができれば、『たんぽぽのお酒』もなじみやすいのかなあと思います)。
 『たんぽぽのお酒』は遠くへ冒険に行く話ではありませんが、町には野性味のある危険地帯「峡谷」や、死の象徴としての恐ろしい〈孤独の人〉の噂があります。
 面白いのは、主人公ダグラス(12歳)は夜に友人たちと峡谷へ遊びに行ってしまうのですが、彼のよき相棒である弟トム(10歳)は母のそばにとどまり、母の心配を感じて自分も恐怖にとらえられるのです。2歳の年齢差がよく現れていますね!
 世界を知り始める時期のうちでもトムはまだ本当に初心者で、歯磨きだの野球だの、いろんなものの数を数えて統計を取っています。それに触発されたダグラスは、夏の出来事を「慣例と儀式」と「発見と啓示」に分類してメモに記録します。つまり、彼はすでに、世界に不変(に見える)ものと、変化するものとを感じとり、考察しているのですね。

 不変なものには、「慣例と儀式」であるたんぽぽのお酒づくりや、新しいテニスシューズを買うことなどのほかに、近所の老人たちの存在も分類されそうです。 
 老未亡人ベントレー夫人のエピソードで、少女たちは、夫人もかつては少女だったという事実を頑として信じません。それは、幼年時代の子供にとって時間は円環で、昨日と今日と明日は基本的に同じ(「慣例と儀式」)、何か冒険に出かけても必ず帰宅してベッドにもぐりこみ何の変化もないからです。いつまでも連載が続く 「サザエさん」 「ドラえもん」
 そんな幼年少女たちと一緒にいるのは、トムです。トムにその発見を聞いた兄ダグラスは、

  「みごとだ! あたってるよ。老人は過去に決して子供ではなかった!」  ――――『たんぽぽのお酒』

と納得しますが、じつはそれは彼らの理解できる世界がまだ不変(幼年時代)のみだという、証拠ですね。

 次に(トムではなく)ダグラスが、老フリーリー大佐のエピソードに登場します。
 フリーリー大佐は昔の出来事をいきいきと語るので、ダグラスたちに「〈タイム・マシン〉」と名付けられます。大佐の話を聞くのも、新しく世界を知ることのひとつで、ワクワク感あふれています。ところが大佐はむかし暮らしたメキシコシティーに長距離電話して受話器から街の喧騒を聞き、若返った気持ちになったまま昇天しているところを、ダグラスたちに発見されます。

 つまり、老人は不変に見えるが不変ではないこと、去ってしまうことをダグラスは目の当たりにする(「発見と啓示」)のです。不変に思っていた人や物事の死や変化は、物語のいたるところに出てきます。大佐だけでなく老ルーミスもおおおばさんも死に、殺人事件もあります。毎日遊んだ親友は引っ越し、市街電車はなくなってバスになり、1セントで動く占い人形は壊れてしまいます。
  これも、この時期の子供をテーマにした児童文学にはよくあることで、プレ思春期の子供たちは、自分自身の生の存在を意識するだけでなく、幼かった自分が“死んで”、 黄金の幼年時代が終わりを告げ 、未知で自由でおそろしい大人の世界へ向かってゆかねばならないことを、察知するからです。
 だから、幼年時代の終わりは死の意識をはらんでいます。​ いとうせいこう『ノーライフキング』 と同じように、ダグラスとトムの兄弟も死の危険を乗りこえるイニシエーションのまっただ中なのです。夏の終わりにダグラスが高熱で寝こむあたりが、死の危険の集大成ですね。

 それはまた、夏という季節にもぴったり来ます。夏は動植物が生を謳歌しますが、生の頂点とはすなわち、折り返し地点、凋落と死の始まりでもあるのですから。

 幼年時代の自分の“死”を回避しようとしても不可能ですが、たとえばたんぽぽのお酒や思い出アルバムのような何かの形にしたり、ダグラスのメモ帳のように記録したりすれば、黄金の幼年時代を永遠化して保存することができるかもしれません。

 季節がちがうので蛇足ですが、私は小学生の頃、キンモクセイの花をビーズ用の小さい空き瓶につめて保存しようとしたことがあります(みごと失敗しましたが)。今でもキンモクセイを見たりかいだりするたびに、ランドセルをゆすって花を集めながら帰った日々の思い出がよみがえります。





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Last updated  June 21, 2022 12:59:44 AM
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