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前篇【作品紹介1】は こちら 混色していないナマの絵具を支持体にぼってり厚く置き、支持体のうえで混色する――ただそれだけのことなら、白髪一雄が大昔に極めてしまった。 星山耕太郎さんの強みは、白髪一雄的世界の対極にある人物「写実」を徹底的に修業した上で、ぼってりナマ絵具で人物を描くという荒業(あらわざ)に挑んだところ。世界で星山耕太郎だけ、だ。The Artcomplex Center of Tokyo(最寄駅: 信濃町、四谷三丁目) で8月22日(火)~9月3日(日)の開催です(8月28日は休み)。 ちなみに8月22日から27日までは同じ会場の別室で「第26回美樂舎マイ・コレクション展」もやっていますよ。 星山流の人物画の窯変ぶりをご覧ください。星山耕太郎 「自画像」 Self-Portrait (墨、アクリル、和紙) 窯変の初期段階、わかりやすい作品。ただ、縞のシャツの左側が、やや単調になっちゃったかな。メリハリをつけるのって、むずかしい。 変容する顔面に、両の眼だけが写実世界を残していて、まるで此岸(しがん)から彼岸(ひがん)を覗き見しているかのよう。星山耕太郎 <左>「楷・行・草」 Formal, Informal, Rough; <右> 「自画像の前の自画像」 Self-Portrait in Front of Self-Portrait (墨、アクリル、和紙) 左側の「楷・行・草」には、やられた。星山ワールドの窯変は、書の世界の「楷書」「行書」「草書」と同じだよと。 そして右側「自画像の前の自画像」に、ぼくはシュワッチというウルトラの声を聞くのであります。星山耕太郎 「カーテンコール」 Curtain Call Revenge of 47 Ako Samurais in 1703 (墨、アクリル、和紙) 窯変して生まれたフィギュアは増殖し、勝手に主人公ヅラして出没し、はてはカーテンコールまで要求する始末だ!? 眺めているとアニメーションのようにも見えてくるからおもしろい。星山耕太郎 「俺は黙ったままじっと観ていた」 I Was Staring Without a Word (墨、アクリル、和紙) いたずらっぽいキャラ。銀色と黒の混色がいい味を出している。口もともニヒルに仕上がりました。星山耕太郎 「水色の裸婦」 Nude in Light Blue (墨、アクリル、和紙) 右下に乳房が見えるからヌードには ちがいない。なんとも異形(いぎょう)だけれども、星山ワールドにひたるとこれが可憐に見えてくる。黒から空色へとうつる背景もうつくしい仕上がり。星山耕太郎 「生む女」 Woman Giving Birth (墨、アクリル、和紙) これもお茶目だ。産婦人科の待合室の壁にかけたらブラックすぎるかな。星山耕太郎 「私は絵画になりたい」 I Want to be a Painting (墨、アクリル、和紙) 題名は「私は貝になりたい」の もじり。 ロスコ流の正方形の絵は、美術館の壁にあるようです。下のほうに柵が見えますからね。見入る鑑賞者はカメレオンのように絵と一体になり溶解していく。窮極の絵画鑑賞と申せましょう。美術館の壁面部分は銀箔を薬品で焼いて仕上げてあり、味があります。星山耕太郎 「アトリエにて」 In My Studio (墨、アクリル、和紙) 画中画に囲まれた芸術家の自画像。ついに、来るところに来ちゃってます。* * * 今回のACTでの星山耕太郎展は、昨年6月の ACT ART COM 2016(ACT アート&デザインフェアー2016) への出展がキッカケとなりました。 いい形で次につながったことが、とてもうれしいです。 昨年のアートフェア出展のようすは、こちらでご覧になれます:【作品紹介1】 日本画家・星山耕太郎 「水墨+アクリル」 の一気呵成が生む動幻画(6/16~19) @ ACT アート&デザインフェアー2016【作品紹介2】 星山耕太郎さん「水墨+アクリル」一発ワザが生む動幻画(6/16~19) @ ACT アート&デザインフェアー2016 このブログの前篇【作品紹介1】は こちら
Aug 25, 2017
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後篇【作品紹介2】は こちら 枯淡な墨絵と、ぼってり厚塗りのアクリル画。 ほんらい対極にあるはずの、これら2つの技を和紙上で衝突させ異次元空間へと昇華させるスゴ技を見せてくれるのが、星山耕太郎展 “ALTER EGO” です。 Alter ego はラテン語で「もうひとつの自分」。つまり自分の第2の人格、ないしは まるで自分そのもののような親友。そうです、人物が乱舞する個展なのであります。 The Artcomplex Center of Tokyo(最寄駅: 信濃町、四谷三丁目) で8月22日(火)~9月3日(日)の開催です(8月28日は休み)。 ちなみに8月22日から27日までは同じ会場の別室で「第26回美樂舎マイ・コレクション展」もやっていますよ。 何はともあれ、この絵を見てください。アートに関心のあるかたなら「…… え?! あの絵をこう料理しちゃったの!!」と、しばし見入ってしまうはず。星山耕太郎 「ベラスケスの「ラス・メニーナス」」 Velásquez’s “Las Meninas” (墨、アクリル、和紙) この有名な群像をここまで換骨奪胎しながら、それでもまぎれもなき「ラス・メニーナス」なのだから、これはもう様々な泰西名画の人物に化けてきた森村泰昌さんもハダシ。アート・バーゼルに持っていきたいね。 いっぽう、こちらは江戸時代。星山耕太郎 「忠臣蔵」 Revenge of 47 Ako Samurais in 1703 (墨、アクリル、和紙) 今回の個展最大の大作。本懐をとげた赤穂浪士47士が泉岳寺にある主君の墓前に吉良上野介(きらこうずけのすけ)の首級をそなえ焼香している光景です。 本作を描くために星山さんは泉岳寺に通い、浪士たちの思いに合一(ごういつ)したところで一気に描き上げました。 右下の、大石内蔵助(おおいしくらのすけ)と吉良上野介の首級をアップにしてみましょう。 やや時代が下(くだ)って、幕末の絵師の世界。星山耕太郎 「門弟の習作をみる月岡芳年翁」 Yoshitoshi Tsukioka Retouching His Disciples’ Studies (墨、アクリル、和紙) かねて星山さんは幕末から明治期に活躍した浮世絵師の月岡芳年に傾倒してきました。芳年の描いた人物を模写して人物描画の特訓をしたほど。 その思い入れが結実した作品。芳年が門弟の絵に朱を入れているところ。 かなうことなら、芳年さま、わたしの絵にも朱を入れてください…… と、そんな星山さんの思いがこめられているように思えます。 画中で芳年が朱を入れている門弟の習作が上下逆になっていますが、これをひっくり返してクローズアップしてみましょう。 そしてこちらは思い切り、動きをつけた一作。星山耕太郎 「キートンのバナナ滑り」 Buster Keaton Slipping on Banana Skin (墨、アクリル、和紙) 何ともお茶目。くるりと宙を舞う俳優さん。右上のバナナの勢い。背景の墨絵がまた、いかにもサイレント映画なのですね。カタカタという映写機の音まで聞こえてきそうですが、そこから前面に跳び出している人物にリアリティあり。 星山耕太郎 「ジャコメッティの眼差し」 Giacometti’s Glance (墨、アクリル、和紙) おりしも9月4日まで国立新美術館で回顧展開催中の Alberto Giacometti. ジャコメッティそのひとの人物画とジャコメッティ作品の幻影が、星山調で楽しめる。星山耕太郎 “True Colors” (墨、アクリル、和紙) 個展作品のなかで「忠臣蔵」に次いで大サイズの問題作。 自画像のように思えます。色分解と色合成というアーティストの作業がはらむ、ひりひりとした危うさを表現したのではないか。これは、ぼくの解釈です。 「忠臣蔵」と “True Colors” のサイズ感をこちらでご覧ください: 今回のACTでの星山耕太郎展は、昨年6月の ACT ART COM 2016(ACT アート&デザインフェアー2016) への出展がキッカケとなりました。 こうして、いい形で次につながったことが、とてもうれしいです。 昨年のアートフェア出展のようすは、こちらでご覧になれます:【作品紹介1】 日本画家・星山耕太郎 「水墨+アクリル」 の一気呵成が生む動幻画(6/16~19) @ ACT アート&デザインフェアー2016【作品紹介2】 星山耕太郎さん「水墨+アクリル」一発ワザが生む動幻画(6/16~19) @ ACT アート&デザインフェアー2016 まだまだ紹介したい作品があるので、このブログは【作品紹介2】に続きます。
Aug 24, 2017
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夏の恒例、マイコレ展。今年は The Artcomplex Center of Tokyo(最寄駅: 信濃町、四谷三丁目) で8月22日(火)~27日(日)の開催です。 詳細は「第26回美樂舎マイ・コレクション展」をご覧ください。 最終日27日は午後3時から講演会(日影 眩「アメリカのアートの現状と日本人作家たち」)も予定されています。 さて、今回 泉ユキヲが出展したコレクション2点は、これです。服部新一郎 “Angel-06” (平成27年作品、パステル、紙 40 × 28.5 cm) 銀座一丁目の万(よろず)画廊のはす向かいにある Gallery Stage-1 で買ったものです。 心おどるだまし絵。どこまでが 描き手のいる「こちら側」の世界で、どこから向こう側の世界(=絵そのもの)なのかが、ふいに不分明になる。この絵を見ている自分自身まで絵のなかに引き込まれそうになる。 手馴れた筆致のパステル画の作家は昭和37年生まれ、広告制作会社でイラストレーターとして勤務。パステル画のみならず油彩でも水彩でもパワフルに魅惑の世界を繰り広げるひと。おカネができたら何点か買いたいと思っているアーティストのひとりです。Ki Yoon Ko (平成26年作品、油彩、パネル、50 × 50 cm) 海外作家の作品紹介に積極的な Hiromart Gallery(文京区関口)で購入したものです。 かかえられた少女の服装は東欧の衣装でしょうか。南米先住民の少女かもしれません。男の赤い筒型の帽子とだぶだぶのズボンは、いかなる民族なのか。 何かのできごとがあったにちがいなく、それはおそらく寒冷なる森でのできごとでしょう。 背後にものすごい量のストーリーがありそうで、それを作家から聞ければどんなにいいでしょう。絵のタイトルが何かを示唆していないでしょうか…… あれ? 作品のタイトルは? タイトルは無いそうです。 タイトルなしの作品に Untitled ないし「無題」というタイトルをつけて良いか? つけたら untitled でも無題でもなくなってしまうではないか! そもそもわたしはね、絵にタイトルをつけるのも画家の仕事のうちだと思っておるのですがね。とくにこの絵のような意味深な作品には。 さて、この絵の作家 Ki Yoon Ko はドイツ・ハンブルク在住の韓国人。 San Francisco Art Institute(サンフランシスコ)で絵画、Pratt Institute(ニューヨーク州ブルックリン)でイラストレーション、Virginia Commonwealth大学(ヴァージニア州)で絵画と版画を学び、平成12年にサンフランシスコで初個展を行っております。 美樂舎の他の会員諸氏の出展作品を見てみましょう。 <左の作品> 富樫 梢 「レーゼ ―laze―」(平成16年作品、油彩、マニキュア、コラージュほか、キャンバス、90.9 × 72.7 cm) この左側の絵を見て、青木 繁「わだつみのいろこの宮」を思い出しました。青木繁が描いたのは山幸彦ですが、山幸彦と張り合う海幸彦がじつは女だった! というストーリーなどいかが? 富樫作品「レーゼ」を見ながら、ぼくにはそんな想念が浮かんだのでした。 では女神の上半身をアップにしてみます。 斜め方向からになりますが、こんなトリミングはいかがでしょう。 作家の富樫 梢(とがし・こずえ)さんは昭和58年生まれ。きらびやかなコラージュ作品の大作を制作する美大生として10年前には注目を集めており、『美術の窓』誌の「今月の隠し玉」(平成19年6・7月号)で取り上げられたほど。 華々しくスター街道を歩むかと思われていたのに、美大卒業と同時に ぱったりと作品を発表しなくなり、いま どうしているのか まったくわからない、とは 本作品の購入者にして出展者の丹 伸巨(たん・のぶお)さんの辯(べん)であります。 以下、美樂舎「マイ・コレクション展」の展示風景写真です。
Aug 21, 2017
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帯広告や世間の評判でハチャメチャな本かと思っていたが、読んでみたら藝大生たちの話を真摯に聞き書きしたものだった。登場するいちばんの変人は、彫刻科に学ぶ学生さんかもしれない。著者自身の奥さんである。二宮敦人著 『最後の秘境東京藝大 天才たちのカオスな日常』 (新潮社、平成28年刊) いくつか、はじめて知る業界用語が。 作曲科の入試で。≪試験には新曲視唱というものがあります。初見の楽譜が渡されまして、しばらく目を通して、それからその場で歌う、という試験です。いかにリズムや音階を正確に歌えるかがカギになりますね。≫ (52頁) 鍛金にはこんな技法がある。≪木目金(もくめがね)という技法がありまして、色合いの違う金属を組み合せて木目のような模様を作る技法なんです。銅合金に銀とか金をパイみたいに挟んだりして、それをガス炉に入れて800度くらいまで温度を上げて、1日まるまる焼いたら金属がアツアツのうちに出してきてプレス機で物凄い圧力をかけてある程度まで潰します。冷めないうちに今度は鍛造機のでかいハンマーでガッツンガッツン叩いて潰します。最後のほうでは手で金槌もって叩きます。最初に10センチくらいの厚みだった金属の板が、1センチくらいになります。ここまですると違う金属どうしがくっつき、それをグラインダーや鏨(たがね)で彫ると、色の違う金属がつながった縞模様が見えてきます。それをさらにローラーにかけて薄い板にします。すると模様が木目のように見えてくる。これが木目金。3年生の前期で習う技法です。日本独自の技法です。江戸時代に考案されたみたいですね。≫ (134~135頁) 動力機械のない江戸時代にこの工程を行っていたとは! ネットで画像検索してみたら、たとえばこんな鍔(つば)。 声楽科で喉のケアは、プロポリス、ボイスケア、龍角散の3派に分かれるが、≪本当に調子がわるいときは、のどあめじゃダメなんです。何を使うかっていうと、響声破笛丸(きょうせいはてきがん)。漢方薬なんですが、これはききますね。最終兵器です。≫ (168頁) このかたは、仮面ヒロイン「ブラジャー・ウーマン」。絵画科油画専攻の立花清美さんだそうです。171~183頁をご参照ください。アートにオモテからもウラからも向き合う、すごいひとです。 上の画像はネットから拾ったもので、本のなかにはありません。 声楽科のひとによると≪声って、成熟してくるのは30歳から40歳くらいと言われているんです。≫ ということは、ミュージカルの役者さん、たとえば笹本玲奈さんなど、これからが いよいよ開花のとき、ということか。 ぼくもたしかに、自分の声をうまく調整できるようになったのは50代からで、それまではやたらと大きな声を出すことしか知らなかったが。 さて、アートって何?≪知覚できる幅を広げること……かなぁ。≫ (先端藝術表現科 村上愛佳(まなか)さん)≪ちゃんと役に立つものを作るのは、アートとは違ってきちゃいます。この世にまだないもの、それはだいたい無駄なものなんですけど、それを作るのがアートなんで。アートはひとつのツール、なんじゃないですかね。人が人であるための。≫ (院 先端藝術表現専攻 植村真さん)≪その時その時で面白いと思ったことをやっていこうかと。レールに沿って何かをやっていけば成功するとか、そういう世界ではないと思うんです。個人的にやりたいことがあってこそ。他者のニーズとは、あとからすり合わせていけばいいと。≫ (作曲科 山口泰平さん) 勇気がわいてくる名著です。
Mar 16, 2017
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銀座一丁目の Gallery Q で12月24日まで開催の Heartwarming 2016展で久々に絵を買いました。 クリスマス少女のサンタさんがモチーフなのですが会期中に持って帰るわけにはいかないので、ぼくの部屋で飾るのは来年ということになります。それで、ブログで公開しておきます。黄之洙(こう・ししゅ) Jisoo HWANG 「ある冬のアトリエ」 [ミクストメディア 455×530mm] 黄之洙さんは弘益(Hongik)大学(韓国ソウルにある私立美大)を卒業し、現在は多摩美術大学の修士課程2年目、油画を学んでいます。 ところで、この絵の右上にご注目ください。 あ、上田雄三先生ではないですか! 多摩美で教鞭をとり Gallery Q の主宰でもある上田先生を配した心憎い作品です。 来年12月に部屋に飾るのが今から楽しみです。
Dec 24, 2016
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「アートとは何か」みたいな論考は山ほどある。しかし、もっと根本的な問いへの答えをほとんど読んだことがない。 「アーティストはそもそも、金銭上の成功確率も極めて低く、企業年金もつかず老後の安定も望めない<アート作品制作>という行為になぜこれほどのめり込むのか」 ミハイ・チクセントミハイ著『楽しみの社会学』の序文で、この問題が滔々(とうとう)と論じられていて腑に落ちた。M・チクセントミハイ著 『楽しみの社会学 ―不安と倦怠を越えて―』 (今村浩明 訳、思索社 昭和54年刊、新思索社から新装版 平成13年刊)≪遊びに典型的に見られる楽しい経験への没入は、ゲーム以外にもしばしば生ずる。この考えは実に十数年前、制作中の藝術家たちを観察したときに、わたしの心のなかに結晶しはじめたものである。あるひとつの事柄がとりわけ興味をそそるものとしてわたしの心を打った。絵を描くことから名声も生活の資もほとんど得られないという事実にもかかわらず、わたしが調べた藝術家たちはほとんど熱狂的に彼らの作業に打ち込んでいた。彼らは昼夜を問わず制作し、彼らの生活の中でそれ以外のことは眼中にないかのようであった。しかし制作が終わるや否や、彼らは自分の絵や彫刻に対するすべての関心を失うようであった。また彼らはお互いの絵や力作に対しても、さほど大きな関心を示さなかった。ほとんどの藝術家は美術館へ行かず、自分の家を美術品で飾ることもせず、自分や友人の作品の美的価値について語り合うことにも次第に退屈し、困惑を感ずるようであった。≫ このくだりにピンときた。わたしも不思議に感じていたからだ。 画廊などで会うアーティストと話をしても、彼らは画廊巡りなどという趣味を持っていない。ほかの作家の作品を見てまわるということがほとんどない。並み居るアーティストたちより、商社マンふぜいのわたしのほうがよっぽど多くの藝術作品にふれていた。 アーティストが、愛する自作品で部屋の壁を埋め尽くしているかというと、そういうこともなくて、部屋の壁に作品が立てかけてあるのは単に「ほかに置場がないから」。置場がない作品はけっこうさばさばと廃棄処分しているようなのである。コレクターにとって、あるまじきことなのだが。≪彼らが非常に好んだのは、些細な技術上のこと、美術制作に含まれる行為・思考・感覚などのスタイル打破について語ることだった。絵を描くという活動それ自体のなかにある何ものかが彼らを制作させつづけているということが、次第に明らかになってきた。作品を作る過程が非常に楽しいので、彼らは制作する機会を得るために多くのものを犠牲にしがちであった。そこには、木枠にキャンバスを張る、絵具のチューブを絞る、粘土をこねる、キャンバスの空白部分に絵具を散らすといった、何らかの身体活動的な要素があった。制作を進めるうえで、問題を選び取る、主題を決定する、新しい組合せの形式や色・光・空間を試すといった認知的活動があった。できあがりつつある作品に関して、自分の過去・現在・未来について考えるという情緒的な働きかけがあった。藝術的過程のこれらすべてが、その魅惑的で構造化された経験のなかに統合されていた。≫ アーティストの心のなかでは、図らずも、できあがる作品よりも むしろ作品制作のプロセスそのものが 制作活動の主目的となっているのだという事実を発見したわけである。≪藝術家たちは内発的動機づけの重要性についての手がかりを与えてくれた。彼らの行為は、仕事が生活に楽しさと意味とを与え得ることを暗示した。≫ 著者はこのあと本論で、チェスやロッククライミングなどを取り上げてアンケート調査に基づく社会学的考察を展開する。 とりわけ読ませるのが、外科手術にたずさわる外科医たちの話。まったく予想外の話だが、外科医にとって外科手術は最高に自己達成感を得られる魅惑のプロセスらしい。
Dec 6, 2016
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「第25回美樂舎マイ・コレクション展」が Artcomplex Center of Tokyo (新宿区大京町12-9) で、8/23 から きょう 8/28 まで開催されています。 きょう最終日は展示は11時~15時。 15時すぎからは講演会「丸沼藝術の森30周年を迎えて」(須崎勝茂さん・丸沼藝術の森 代表)とクロージングパーティー。 展示観覧は無料。講演会・パーティーは会費1,000円となっております。 さて、わたしのコレクションからの出展は3点です。 右側の作品から解説いたします。Roby Dwi Antono “Ballad of Hero III” [平成27年制作、油彩] 作家はインドネシア人。Art Fair Tokyo 2016 でフィリピンの画廊のブースで購入しました。「ヒーローのバラード」三連作は、ほかにウルトラマンと仮面ライダーをモチーフにした作品があるのですが、戦隊戦士を換骨奪胎した本作がベストと思います。 まるでダリ作品のような明るい光の中、メカニックな仮面から“内臓”としての脳があらわにされ、兎は苦渋の喪失感のうちに そこに たたずむ。 「ヒーローが日常に戻ったとき」というのは、ありそうなテーマですが、本作はさらに原初へと戻って、メカニックなヒーローの肉体の核をさらけ出すことで、輝く存在の内実の虚しさをさらけ出しています。 手前の蛙は、これを現実世界から眺める我々自身だと思いますね。高松ヨク 「フランケン」 [平成24年制作、ボードにアクリル] Gallery Tsubaki (京橋三丁目) の高松ヨク個展で購入しました。フランケンシュタイン博士の怪物の沈黙は深海のように深く、哀しみが螢光を放ちます。 作家は昭和20年生まれ、IFAA(国際幻想芸術協会)所属。一作一作の、じつに丁寧な仕事ぶりに感銘を受けます。松岡平四郎 「加護(Divine Protection)」 [平成27年制作、パネルにアクリル] Gallery Art Point (銀座八丁目) の若手グループ展で購入しました。 ヒーローロボットの背後の光にかすかに女神の姿が見えます。ロボットは苦悩の表情だがその闇を加護の光が包み込みます。SF画の心情表現が宗教画の域に高められたのです。活劇イラストを超えた松岡ワールドの今後が楽しみです。(写真を見ると上部と右側がフラッシュの照り返しのように見えますが、これは絵そのものに描かれた女神の加護の光です。) さて、他の皆さんの出展作品を見てみましょう。 まず、わたしの左隣りの丹伸巨(たん・のぶお)さん。今年は髑髏(しゃれこうべ)と女性をモチーフにした小品3点です。左が 高田美苗 「冥婚2」。 右が 鳥居 椿 「接吻」 会場で目を引くのが北林憲次さん出展の三木富雄の「耳」作品。それに楢崎卓茂さん出展の菅井汲(すがい・くみ)のリトグラフを配するという心憎い配合となっております。三木富雄 “The Last EAR” 菅井汲 「青 ’60」[昭和35年制作] 三木富雄の「耳」は、昭和52年に制作された粘土像を原型に昭和63年に8体限定でアルミニウム合金で鋳造されたものです。 さて、会場でいちばん高価なのが、松原寿幸さん出展の古吉弘作品と奥龍之介作品。わたしが出展したものが100枚買えてしまうようなお値段なのですが、さすがそれだけのことはあります。といっても、わたしはやはり、わたしのコレクションしたものが至上と考えておりますが。左が 古吉 弘 “MIKI” [平成23年制作、油彩・キャンバス M10] 右が 奥 龍之介 「バイオリンを持つ少女」 [昭和55年制作、油彩・キャンバス F15] 会場でこれまた異彩を放つのが、鈴木忠男さん出展の絵幟(えのぼり)です。鈴木さんは、現代アート蒐集の一方で、絵幟コレクションは日本でも指折りのものをお持ちです。 今回出展のものは明治後期の作とされるもの。もとはもっと大きな絵幟でしたが かなり朽ちてしまい、馬の部分だけを切り取ったものが今に伝わり鈴木コレクションに収まったわけです。 コレクターが蒐集品を出展しあう マイ・コレクション展、略して「マイコレ展」。これに自分のコレクションを出したいというのが動機で、わたしもコレクター団体「美樂舎(びがくしゃ)」に入ったのでした。 さまざまな傾向の作品が出展されるのですが、それぞれに蒐集家が作品に寄せる愛が伝わります。今年も、いい展覧会になりました。
Aug 28, 2016
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≪マルセル・デュシャンの時代は終わりました。現在のアーティストは、絶えず変化する現実のなかで進化しています。<中略>アートとはつまり「ある個人がこの世界にどう反応するか」ということで、結果としてアートはきわめて政治的になります。(ロレンツォ・ルドルフ)≫ (186頁) 「アート」とは何か、という青い問いにパシッと答えてみせることが、現代の藝術談義には欠かせない。≪私がアートを定義するとすれば「世界との新たな関わり方を生み出す活動」かな。現代アートが嫌いな人は、自分たちが常識だと確信していることを覆されたくないのです。そういう人は、世界がどう動くのか前もって知っていると信じている。ところがアート作品は、私たちを取り巻く世界のはかなさを示してくれます。そういう既成概念を壊すのがアーティストですからね。私はアート作品を前にしているとき、なぜこの作品に心が動かされるのか考えるようにしています。それこそが、人が感じることのできる最も繊細で高度な感覚です。 (ニコラ・ブリオー)≫ (298頁) このニコラ・ブリオーさんの定義のほうが、ぼくには納得感あり。≪現代アートを追いかけるということは、同時代を生きるということであり、会社で機械のように働かされて失った自由を買い戻す行為でもある。画一的になるいっぽうの社会で若者たちは、ほかの人との差別化をはかる最後の砦としてアートをとらえている。<中略>新しい世代にはふたつの欲望がある。自分がユニークな個性の持ち主であることを主張したい欲望と、承認欲求を満たすことのできるグループに所属したいという欲望だ。≫ (225頁) アートコレクターもまた「失った自由を買い戻す」ためにアート作品を買っているよな。コレクターとしてのぼくは確実に「ほかの人との差別化をはかる最後の砦」としてアート作品を買っていたな。 「承認欲求」というのもだいじなキーワードだ。銀座ビジネス英語gym でも、学習者の「承認欲求」に寄り添うことが大切だ。ダニエル・グラネ/カトリーヌ・ラムール著 『巨大化する現代アートビジネス』 (紀伊国屋書店、平成27年刊) 作家かつ実業家のジョゼ・フレッシュ氏いわく「アーティストと企業家はいずれも冒険家であり、リスクを恐れません」「有名アーティストはブランドにすぎない」。≪アーティストと企業家はどちらも、グローバル化した世界で消費者に働きかけること、作品または工業製品の付加価値を高めることを責務とし、原価が販売額とはなんの関係もないのも同じである。商品を認めてもらうために、PRやマーケティングに頼ることが必要なのも共通している。ブランドを維持し、販促に努め、さらには作品のシリーズ化など普及に向けた取り組みも、一般企業に似ているという。この傾向はアートへの投機熱によって加速しているとも言えるだろう。≫ (211頁) 去年(平成27年)の秋、美樂舎の月例会で、ニューヨークのアートシーンは俺が熟知しているぞみたいな天狗氏が招かれて講演したのだが、いわく「イーゼル ペインティングはもう古い」。ぼくは、アート様式に古いも新しいもないだろ、と大反発した。絵画作品を切り刻んで 3D にしたら感動が増すわけでもないし、飛び出す絵本がふつうの絵本より感銘を与えるわけでもなかろう。 そしたら本書にこんな一節があった。≪(コレクターのボブ・カル氏によれば) フランスはアート市場で大変な遅れをとりました。そうなったのも1970年ごろからのコンセプチュアルアート運動に影響を受け、絵画は終わったとして、それを強制したからです。公立の美術学校でもつい最近まで学生たちに「絵を描いて時間を無駄にするな」などと教えていました。これは馬鹿げています。デッサンは人間にとってプリミティブなアートです。それに、昔からずっと、競売で値がつくのは絵画なのです。≫ (272頁)≪(フランスの)国立美術館の学藝員は、かつでとは逆に同胞より国外の新進アーティスト、とくにアメリカ人を優先しているとも言われた。そうしてインスタレーションや映像作品など、新しい形のアートばかりを購入した結果、長く絵画が排除されたのではないであろうか。そのことが、ここ10年、絵画がふたたび勢いづいてきた国際市場でフランスが足をすくわれた理由にならないだろうか。≫ (273頁) ははぁ、なんのことはない。「絵画は古い」などと、誤った新旧論をふりかざしたさきの天狗氏は、周回遅れの大馬鹿だったわけだ。 産経新聞社の色が濃いばかりに産経以外の日本のメディアが無視してかかる「高松宮殿下記念世界文化賞」について本書は ≪アート界のノーベル賞と言われる≫ と紹介し、≪毎年、栄えある5人の受賞者に選ばれることは、アーティストにとって国際的にその才能を認められたことを意味する。賞金は1,500万円だ。≫と述べる。 『巨大化する現代アートビジネス』は、ぼくのアート界への見方をゆさぶり、柔軟にしてくれる良書だった。
Aug 15, 2016
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19日(日)まで開催の ACT ART COM 2016(ACT アート&デザインフェアー2016) のB1Fメイン会場奥のコレクターブースで、わたしは日本画家・星山耕太郎さんの最新連作を出展しています。(会場や時間の詳細は上のリンクをクリック) 星山耕太郎さんは昭和54年生まれ、多摩美術大日本画出身です。星山耕太郎展示コーナー全景 文字通りくずおれる色っぽさのこちらの作品、好きです。星山耕太郎 「蛇性の淫」 [M10 墨・アクリル・和紙] 怪異なる「雨月物語」の1篇。中央の女性とその侍女は、蛇の化身(けしん)なのであります。右端にいる夫はこれに憑(と)りつかれている。祖父母を連れて物見遊山の道中、土地の古老に正体を見破られた女は滝壺に跳び込みます。 絵の中央をクローズアップしてみましょう。星山耕太郎 「蛇性の淫」 部分 [M10 墨・アクリル・和紙] うってかわって風雅なる1枚。星山耕太郎 「漁村山水」 [200×600mm 墨・アクリル・和紙] 中央右手、水滴のように見える箇所は、エアブラシを使った星山さんの秘技の結晶です。星山耕太郎 「漁村山水」 部分 [200×600mm 墨・アクリル・和紙]星山耕太郎 「昇華」 [P6 墨・アクリル・和紙] 上掲作の波浪の表現も、星山さんの秘技です。星山耕太郎 「草枕」 [200×600mm 墨・アクリル・和紙] 凄みのなかの諧謔。星山耕太郎 「草枕」 部分 [200×600mm 墨・アクリル・和紙]星山耕太郎 「漂客雲井に行くが如し」 [M40 墨・アクリル・和紙] 気のいい旅人が此岸(しがん)(=人間界)から彼岸(=理想郷)へ去ってゆく。 この作品を前に立った人自身が、あたかも去りゆく旅人を窓から見送るが如き趣向をということで、作品の四辺の銀箔は窓枠をイメージしてのもの。 わたしはこの作品の下部の水の表現に惹かれました。クローズアップしてみましょう。星山耕太郎 「漂客雲井に行くが如し」 部分 [M40 墨・アクリル・和紙] 作品展示場所・日時は、以下のとおりです:場所: The Artcomplex Center of Tokyo (新宿区大京町12-9) B1F日時: 6月16日(木) 11時~15時6月17日(金)・18日(土) 11時~20時6月19日(日) 11時~17時【作品紹介1】へ戻る
Jun 16, 2016
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19日(日)まで開催の ACT ART COM 2016(ACT アート&デザインフェアー2016) のB1Fメイン会場奥のコレクターブースで、わたしは日本画家・星山耕太郎さんの最新連作を出展しています。 ぜひぜひ、ご覧ください。(会場や時間の詳細は上のリンクをクリック) 星山耕太郎さんは昭和54年生まれ、多摩美術大日本画出身です。わたしはこれまで星山作品を10点以上所蔵しています。星山耕太郎 「慧可断臂図(えかだんぴず)」 [F20 墨・アクリル・和紙] 禅宗の二祖・慧可(えか)が、面壁座禅をする初祖・達磨(だるま)に弟子入りを乞う図です。師走未明、大雪の山中で誠を尽くすも思いは初祖に届かず、ついに自らの左腕を切断することでその心意気を証しして達磨を振り向かせた瞬間です。 右側の一気呵成の厚塗りから、達磨の眼が見えてきます。星山耕太郎 「慧可断臂図(えかだんぴず)」 部分 [F20 墨・アクリル・和紙] なまなましく横たわる慧可の断臂です。星山耕太郎 「息吹」 [P6 墨・アクリル・和紙] 天から舞い降りる神獣と見ました。作家の意図はちがうところにあったようですが。 水墨画は やり直しがきかないし、完成した水墨画にアクリル絵具を厚く盛って一気に調合して形象を生み出す瞬間もやり直しがききません。一発勝負です。星山耕太郎 「夜光」 [P6 墨・アクリル・和紙]星山耕太郎 「雨月物語抄」 [400×1200mm 墨・アクリル・和紙] 絵巻物のような風情のある「雨月物語抄」は、かの有名な怪異物語9篇ら3篇を選んで構成しています。星山耕太郎 「雨月物語抄」 右部分 [400×1200mm 墨・アクリル・和紙] 高野山で野宿した親子が豊臣秀吉の亡霊に遭う「佛法僧」から。星山耕太郎 「雨月物語抄」 中央部分 [400×1200mm 墨・アクリル・和紙] 崇徳院(すとくいん)と西行(さいぎょう)の論争を描いた「白峯」から。星山耕太郎 「雨月物語抄」 左部分 [400×1200mm 墨・アクリル・和紙] 人食い僧が坐禅して果てる「青頭巾」から。【作品紹介2】へ進む
Jun 16, 2016
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この小説は、男女関係もからんでいて、テレビドラマにすれば視聴率が取れるだろう。主人公の片瀬画廊社長・片瀬真治をコテンパンにするファンドマネージャーの江波志帆は、北川景子さんに演じてもらおうか。 ドラマ制作の過程で、小説の設定に出てくる数多くの美術品(日本画、油画、現代アート)を美術さんがアーティストに下請けに出すから、アーティストにも仕事ができる。 美術という、価格があってないような一点ものにまつわりつくドロドロを描くが、その一方で現代アートへの世間の関心を高めて、マーケットに金持ちを誘導もしそうだ。マーケットの一部は活性化して、いいものが動くだろう。 著者・里見蘭さんはアートのことをよく勉強しているし、アートへの愛が端々に感じられるね。≪現代アートはもはやたんに美しさを鑑賞するための美藝ではなく、哲学的な内容を持ち社会状況を反映したコンセプト抜きには語れない知的なゲームという側面のほうが大きくなっている。コンセプチュアルな部分でのプレゼンテーションは必須。≫ (128頁)≪よくもわるくも美術史は彼ら(=西洋)が作ってきたんです。そこで勝負するなら彼らのルールを理解するしかない。〔中略〕コンテクストへの理解やコンセプトの裏打ちなしに美術史にインパクトをもたらすことはできない。〔中略〕欧米の研究家や評論家に“発掘”されることで、それまで忘れ去られていたムーヴメントや作家の価値が再評価され、マーケットに火がつくという現象も起こり得る。≫ (132頁)≪中国人はマネーの力でマーケットに既成事実を作り、それによってコンテクストにまで働きかけているが、作品そのものが欧米に評価されていればこそマネーも影響力を発揮できるのだ。アジアのアートの価値を決めるのはアジア以外の評価システムであり、アジアにおいてそうしたインフラを確立できないかぎり今後もそうした状況は変わらないだろう。アーティストもコレクターもアートワールドでこれほどの存在感を見せる中国の国内には、美術批評が存在しない。アーティストや美術館は批評家に金を払って自分たちに都合のよい記事を書かせている。美術館に権威はなく、資金も不足していて、アーティストは金さえ払えばそこで展覧会を開くことができる。美術館が日本の貸しギャラリーのようになっているのだ。≫ (133頁)
Mar 30, 2016
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このひとは、カラヴァッジョが好きにちがいない。個展初日の画廊にご本人がいらして、聞けば、そのとおりだった。仙石裕美個展「いくつもの空をつなぐ人たちの話」 @ Niche Gallery(銀座三丁目3-12) 扉を開けて目に跳びこむこの作品に圧倒された。仙石裕美 「空と海が溶け合うところ」 “Where the sky meets the ocean” 人類は、人間のからだをこの姿勢で、この角度から描いたことが、これまでなかったのではなかろうか。 思い切りのよさが、四肢の末端のかたちにくっきりあらわれて、この女性の左手のかたちなど、ほれぼれする美しさだ。手をこの角度から描くことも稀だろう。 手と足が赤みを帯びているのも、人間の「気」が満ちていることを連想させて、健康美なのですね。 空間全体は白い雲の存在によって大空になっているはずなのに、絵のそこここで白い波浪に変わる。雲から波へ、波から雲への遷移が巧みで、見る側をみごとに だましてくれる。 ぼくにとって「きれいに だましてくれる絵ですね」は最高の褒め言葉。 跳び込む女性がまとう白い雲の色のスキャンティに行きつくまで、作家は試行錯誤を重ねたのだそうだ。 最初は赤い水着だった由。紆余曲折を経て白いスキャンティ姿に行きつくわけですが、では現実に海で白いスキャンティ姿で跳び込むかというと、それはないわけです。 跳び込む彼女の姿がいきなり「ありえない姿」だからこそ、そしてそれでいて描かれた雲や白浪、女性の四肢がリアルに「写実」されているからこそ、「ありえなさの写実」は見る者の脳を一気にワープさせる。仙石裕美 「空と海が溶け合うところ」 [右側中央部分]仙石裕美 「空と海が溶け合うところ」 [左下部分] 泳ぐ男の水面下のからだの見え具合の描きっぷりも、おみごと。 ものをよく見ながら、それを写真的に写実するのではなく、油画の筆致に落とし込むにはどうするか、作家が研鑽を重ねているのがよくわかります。 「空と海が溶け合うところ」は美術館入りしてほしいですが、お金持ちになったら買いたい作品リストの上位に載せました。仙石裕美 「胸に世界の果てをもつ者は、世界の果てまでいかねばならぬ」“You should go to see the world's end, if you have it in your heart” 鎌近(かま・きん)所蔵の 松本竣介 「立てる像」 を即座に想起しました。 すっくとした思い切りのよさ。すがすがしさ。 松本竣介「立てる像」も仙石裕美「胸に世界の…」も、人物のスケール感が見る者を「だまして」くれる。 どちらも人物が巨人のように見えるけれども、では「巨人」として描いているかというとそうではない。 「巨人じゃないのに、なんで巨人に見えるんだろう」という自問が尾をひく。仙石裕美 “Good shoes take you to a good place” 白い靴のなかに大空。立体作品です。すてきな遊び心。靴は廃品利用ではなく、紙粘土で制作したもの。仙石裕美個展は平成28年4月2日まで Niche Gallery で開催。10時~6時半。日曜休廊。* 仙石裕美さんは平成26年12月にも同じ Niche Gallery で個展を行っていて、そのときの作品+シェル美術賞展の作品を画像紹介したブログがあるので、併せてご覧ください:仙石裕美個展 @ Niche Gallery(銀座三丁目)~12/27 フォルムとしての純粋肉体http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi/diary/201412270000/
Mar 24, 2016
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鹿児島でがんばっている純朴なパンダ絵師、あごぱん さん。ぼくは個展で6回ほどお会いしているのですが、まだご本名を聞けずじまい。六本木七丁目6-5 の Shonandai MY Gallery で 3月22日まで「あごぱん展 ―神輿をかつぐ―」が開かれています。今回はこれを購入。ブロードウェイ・ミュージカルのような華やぎが気に入りました。あごぱん 「飛ぶ神輿」販売価格の 35,400円は、神輿の「ミ・コ・シ」に引っ掛けた由。今回の個展で「神輿」をモチーフに据えたきっかけは、昨年あごぱんさんが宮島に行ったときに、建物がお神輿を彷彿とさせてイメージがふくらんだのがキッカケだそうです。そこで、個展のメイン作品はこちら。販売価格は「ミ・コ・シ」に引っ掛けて 354,000円となっております。あごぱん 「パンダ宮島の神輿祭り」絵のそこここでいろんな出来事が起こっていて、おもしろいです。曼荼羅といいましょうか、人生双六といいましょうか。あごぱん 「パンダ宮島の神輿祭り」 [左上部分]あごぱん 「パンダ宮島の神輿祭り」 [左下部分]窓にうつるシルエットがなかなかおもしろい効果をあげています。ぼくが買った「飛ぶ神輿」もビル群の窓にシルエットが浮かんでおりますな。昨年の「あごぱん展」@ The Artcomplex Center of Tokyo で、あごぱんさんの ある作品に描かれた窓のシルエットがおもしろく思えて 褒めたことがあるのですが、それが今回、あごぱんさんの背中を押したそうです。あごぱん 「パンダ宮島の神輿祭り」 [中央部分]パンダたちは燕の背に乗って空を飛んでいます。ぼくが買った「飛ぶ神輿」も、ご本尊が燕さんです。さてこちらは対照的に、珍しくモノトーンの「和」の作品。じつは、これも買いたいなァと心が動いていました。あごぱん 「おばけみこし」いっぽうこちらは、西洋のテイスト。あごぱん 「おはなみこし満開」あごぱん作品は総じて色彩がじつにヴィヴィッドですが基本は和のテイスト。「おはなみこし満開」のような西洋の花卉の色は、じつは あごぱん作品には珍しいものです。あごぱんさんに帝国劇場ロビーのステンドグラスを作らせたら、これはもう、みんなアッと驚くだろうなぁ。世界でも あごぱん さんだけのユニークな世界が、パブリックアートの場で展開されたら、どんなに楽しいことでしょう。
Mar 17, 2016
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ギャラリーじゅう全部買いたくなる作品に時たま出会う。山際マリさんの幻想画は、そういう作品。ぼくのストライクゾーンど真ん中に来ました。日本橋三丁目2-9 の Masataka Contemporary で3月19日まで2人展が開かれています(新、アーティスト展 vol.3 FROM WEST: 八太栄里(はった・えり)+山際マリ)。ぼくが購入したのは、この作品。今のぼくとしては、かなり奮発しました。山際マリ Fragment of Nostalgiaサービス精神いっぱいの丁寧なコラージュ。えてして、画面上でやりすぎてしまう作家がいるものですが、山際さんはちゃんと止めどころを知りつつ、あふれるような多彩なイメージで心を満たしてくれる。それでいて作品の奥には、はるかかなたまで広がる空虚が感じられる。オモテの華やぎと、そのウラにある切ないほど虚しい渇き。そのふたつが、ひとつの平面上に展開しています。山際マリ Grow into Yourself山際マリ作品を見ていると、ダークなミュージカルの世界にも入っていけそうです。山際マリ Daydreamコラージュが平面にとどまらず、キッチュなモノたちの饗宴をつくりだしています。モノたちの立体感は画像では伝わりにくいですが、左のほうにロマ人(びと)の色糸の房も見えますね。山際マリ Connection with the New World細部までおろそかにしない丁寧なお仕事です。山際マリ Plastic Dolls異なる作風。Trevor Brown さんのウィットを感じます。トレヴァーさんほどグロテスクに走らない、しずかな きれいさが好きです。山際マリ Into the WoodsInto the Woods は、有名なミュージカルです。この作品を公演ポスターにできたら、なんとすてきでしょう。山際マリ Banquetこの女の子の表情・仕草、好きです。ステンドグラスのような背景もすてきです。山際マリ Sacrifice左腕のタトゥーの色味は、タトゥーにありそうでない色です。こういう細部が幻想感を高めてくれるのです。山際マリさんは昭和46年生まれ。美大出身ではなく、キルト作家として活動したあと(絶妙のコラージュのセンスはキルト制作の修業が育てたものなのかも)33歳で絵画制作を本格的に始め、37歳のときニューヨークで個展を開きます。最近は大坂の乙画廊やアートスペース亜蛮人で個展をなさってますね。今回、すばらしい作品に東京で出会うことができて、とてもしあわせです。
Mar 17, 2016
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ことしの藝大卒展(第64回東京藝術大学卒業・修了作品展、平280126~31)に行って収穫だった作家のひとり。京橋三丁目の Gallery b. Tokyo で3月5日まで個展を開いている。 藝大卒展では彫刻棟に足をのばすか逡巡した。しかし、一室を漆黒の暗闇にし部屋の中央と壁面にステンドグラスの立体人物像を置いて内部から照らし出した佐宗乃梨子(さそう・のりこ)さんの作品展示を見て、来てよかったと思った。佐宗乃梨子 “KAGUTSUCHI” (修士課程修了作品。カグツチは記紀神話の火の神)佐宗乃梨子 “UTERUS” (修士課程修了作品。「子宮(uterus)」の形が産みの神となったか。) Gallery b. Tokyo に作家本人がおられたので、ステンドグラスの彩色について聞いた。ガラスの一片一片に手作り感があり、色も単色ではなくまるで絵具で裏から着色したように見えるが。「着色ガラスは輸入品を買いました。平面やランプシェード型のステンドグラス作りをしているひとはそれなりにいるので、その人たちのために着色ガラスが売られています」 着色ガラスが買い物だからといって、佐宗作品の価値が下がるわけではない。 油絵だって、いまどき鉱物の粉を練るところから絵具づくりをする作家は稀だろう。それと同じで、着色ガラスはもちろん買い物でよろしい。佐宗乃梨子 “Half man” 個展で床の中央に置かれた酒飲み男は、渋谷の路地裏のバーに置いてみたいね。 こんなところに置いてみたいなと あれこれ想像がふくらむすてきな作品群だ。佐宗乃梨子 “Half man”佐宗乃梨子 “Half man” 下の作品は、学部卒業作品だそうだ。ステンドグラスの表面にウジ虫がわく、ちょいと「おどろ」な作品。佐宗乃梨子 “Living Dead” 佐宗乃梨子さん、今後ともご活躍を!
Mar 1, 2016
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平成28年2月18~28日に国立新美術館1~2階で開催された五美大展(東京五美術大学連合卒業・修了制作展)。 注目した3人の女流日本画家をご紹介しましょう。 (武蔵美油絵の横田晶洋さんについては別途 こちら に書きました。)■ 中嶋彩乃 (女子美・日本画) 「佇む光の行く先は」 港に停泊する船舶、ゆったりとたゆたう波、それらを浮かび上がらせる光の諸相を、絹本の大画面に岩絵具で描いて日本画の正統をしっかり引き継ぐ人としてデビューした。 日本画のいのちである輪郭線が直線も曲線もしっかりしている。色塗りも、筆あとが残っているわけではないけれど筆のちからが伝わってきて、見ていて飽きさせない。 夜景ながら、色が濁っておらず、きれいだ。中嶋彩乃「佇む光の行く先は」 これほどの逸材は、女子美の日本画では10年に1人いるかいないかだろう。腕前は東京藝大級だ。 なまじっか東京藝大の日本画に行くと指導教官に歪んだのがいるから、色が濁った暗い絵を描かされる。間違って女子美に入ってしまったような感じもするが、ご自分の好きなモチーフを追究して天分のままに技を磨けたのは良かった。 中嶋彩乃さんのホームページを見ると、やはり船の絵だ。人物は描かないひとのようだが、これだけの写実力をもってすれば人物をどんなふうに描くだろうかと興味津々。 ご本人にメールを送ったところ、返事が来た:≪「佇む光の行く先は」では、港の風景をベースに日が沈みきる直前の海の青と光のゆらぎの美しさを表現することを大切に制作しました。満足いく作品がまだ多くないことや、小作品などは載せていないためHPの作品数が少ないのですが、こうして作品を見ていただける機会の大切さを胸に、精進したいと思います。この先も絹本の美しさを生かした海や船舶の作品を描き続けていきたいと思っています。≫ 中嶋彩乃作品を見ていると、多摩美日本画 院修了の青木香保里さんにつながる。青木さんもやはりオーソドックスに絹本に岩絵具で、ひたすらに水母(くらげ)の諸相を描く作家だ。 厚塗りの岩絵具で洋画を描いて日本画と称する作家があまりに多い今日、青木香保里さんや中嶋彩乃さんのような正統派の日本画家はじつに貴重である。■ 伊藤友美子 (武蔵野美大・日本画) 「秘密」 少女と木馬、天井から吊るされたおもちゃ。各種の技法をとりまぜて展開し、おもしろい画面をつくった。伊藤友美子「秘密」 目もと、口もと、手の指の表情が気に入った。メリハリのきいた絵が描けるひとだ。拡大してみよう。伊藤友美子「秘密」[部分] 平270417~0516に八丁堀二丁目の画廊「アート★アイガ」で4人展に参加しているようだ。そのとき わたしも伊藤友美子さんの小品を見ているはずだが、さすが五美大展の作品は ぐんとレベルアップした。■ 都筑良恵 (武蔵野美大・日本画) 「ケモノ道」 この「おどろ」の世界にどんなストーリーが息づいているのか、作家の語りを聞きたくなってくる。都筑良恵「ケモノ道」 人物も植物もしっかりと描けるひとだ。 たんに「おどろおどろしい」絵は、世の中に数知れずある。しかし本作は、静寂の次の瞬間に何かとんでもなく大それたことが起こりそうな怖さがある。 光の表現が劇的。一見したところ色数が少なく見えるが、モノクロではなく、多様な闇の色を駆使している。都筑良恵「ケモノ道」[部分] これだけ描ける人なら、小品もストーリー性のある人物画をいろいろ描いてくれそうで楽しみだ。作品を買いたくなる作家である。
Feb 29, 2016
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平成28年2月18日から今日28日まで国立新美術館1~2階で開催の五美大展(東京五美術大学連合卒業・修了制作展)。武蔵野美大の油絵チームに勢いを感じました。 注目した作家・作品をご紹介します。まず本欄では、注目度ナンバーワンのこの作品。■ 横田晶洋(あきひろ) (武蔵美・油絵) 「末法之図」 足をとめて見入っている人が多かった作品。この絵はぼくも買いたい。 現代カリカチュア絵巻とも言うべく、古典的な意味での「漫画」である。コミックスふうの量産マンガとは全く異なるタッチで、画面に次々と出来事を作り出している。 日本の絵巻なら右から見ていくのだが、油絵絵巻は左から見ていくべきなのかな。画面上の役者たちの動きも左から右に向かっているようだ。 横に随分と長い作品なので、左部分から順を追って画像紹介します:横田晶洋「末法之図」[左部分]横田晶洋「末法之図」[中央部分]横田晶洋「末法之図」[右部分] そこここで あるまじきことが起きている。画面全体がひとつの演劇空間として作り込まれ、個々の「事件」に照明を当てて のぞき見させてくれる。見る者は、作家と秘密空間を共有する共犯者となる。 部分を拡大してみましょう。横田晶洋「末法之図」[部分1]横田晶洋「末法之図」[部分2]横田晶洋「末法之図」[部分3]横田晶洋「末法之図」[部分4] 横田晶洋さんは、武蔵野美大・油絵の修士課程を今年3月で修了します。 他の作品をこちらで見ることができる。安定した画力の持ち主です。横田晶洋展 “What's?!” @ アートギャラリー絵の具箱 (平250528~0602)横田晶洋展 “Are you a real friend???” @ アートギャラリー絵の具箱 (平260617~22)横田晶洋展 “Create Soul” @ アートギャラリー絵の具箱 (平270623~28) 今年の個展、ぜひ見に行きたい。ぜひ引続き多くの作品を描いて、アート界にポジションを築いてほしいものです。 横田晶洋さんに注目しているブログがありました。「金田治のスケッチ日記」(平280222)から:≪五美大展は日大、女子美、造形、多摩美、ムサビの都内五美大の卒業作品の展示をする展覧会です。いつもは現実のメディアと教育との乖離を嘆いていたのですが、今年は少し様子が変わってきたように思えます。五美大展の中でムサビ即ち武蔵野美術大学だけに熱気を感じました。他の大学は現在の情報の混乱をそのままに、「現代美術」風という50年ぐらい前のモダンアートを真似て底の浅いアバンギャルドを演じています。モダンアートを生み出したポロックらの 新時代への期待 といった熱気がなければ、反芸術は全てスクラップです。今回の卒業生も4年前は皆 美術大学を目指す学生として共に学んでいたのでしょうが、大学が異なるだけでこれほどに結果が異なるのかと驚くとともに、教育の意義をあらためで感じました。ムサビの教育では主任教授の画家 水上泰財 や 遠藤彰子 の存在を強く感じます。ハッキリとした教育目標が示されれば「末法の図」を描いた横田晶洋のような卒業生も生まれるのだなと感心して会場を後にしました。≫ 卒業生のなかでひとり横田晶洋さんの名のみ挙げておられます。 武蔵美の専任教員をつとめる水上泰財(みずかみ・たいざい)(昭和37年生まれ)さんと遠藤彰子(あきこ)(昭和22年生まれ)に言及があるが、なるほど水上さんや遠藤さんなら若い横田さんを大いに鼓舞することでしょう。 武蔵美にのみ熱気を感じた、と金田治さんは書きます。 たしかに今年の五美大展は、武蔵美だけ突出して良かった。というか、多摩美が壊滅し、日大芸術学部や東京造形大と区別がつかなくなった。これが、ぼくの印象でした。
Feb 28, 2016
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上野の森美術館で11月20日から来年1月17日まで開催の徳川期風俗画オリジナル展。東京に来るのを待ちに待っていた。 「肉筆浮世絵 美の競艶 浮世絵師が描いた江戸美人100選」。 「肉筆油画」とか「肉筆日本画」「肉筆佛画」「肉筆絵巻」といった言い方はない。たんに「浮世絵」というと浮世絵版画を指してしまうから徳川期風俗画の掛軸や絵巻・画帖に限って「肉筆」の2文字がつくのは、わかりやすさのため。いまのところ仕方ないか。 しかしいずれこのジャンルは認知度を上げ、「江戸風俗画展」という言い方に収斂すべきところだ。 それはさておき、12月初めに上野の森美術館に入場したら、非常識な学藝員がいて1階フロア全体がとんでもないことになっていた。さっそく館長殿に以下のような書信を送ったのだが、さて、善処されるかどうか。≪上野の森美術館 館長殿 拝啓 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。 さて、開催中の「肉筆浮世絵展」に関連し、館長のお立場から現状把握・改善いただきたい点があり、以下ご指摘申し上げると共に、早急な善処をお願い申し上げます。 昨日午後3時すぎに入場したところ、さっそく低い天井の通路に人だかりがあり、何かと思えば学藝員氏がマイクを片手に大音響で得意げに解説を行っていました。 素通りして展示エリアに入りましたが、声は展示エリア内にまで響き渡り、気が散って江戸絵画の名品の数々に集中できません。少しでも学藝員氏の声から離れようと順路に従って足早に進みましたが、学藝員氏の声は1階フロア全体に響き渡っており、作品と静かに向き合える環境ではありませんでした。 上野の森美術館には30年来通っており、内外の名品からVOCA展の現代美術まで数々堪能させていただき感謝しております。それだけに今回の学藝員氏のひとりよがりと配慮の無さに驚きを禁じ得ません。 さすがに このまま放置はできず、展示エリア入口に戻り、傍観する係員に「1階じゅうに響いていて迷惑です。音量を下げてください」と伝えましたが何ら改善されず、仕方がないので2階の展示を先に見ることにしました。驚いたことに学藝員氏の声は2階展示フロア入口付近まで聞こえます。 不愉快に思いつつも2階フロアを見て回りましたが、2階フロア出口付近に来ると依然として学藝員氏の長辯舌が聞こえます。暗澹たる思いでした。学藝員氏のひとり舞台の終了後、ようやく1階フロアの作品鑑賞に入れました。 学藝員氏は目の前の人々が自分の解説をよろこんでくれるものと信じて、自らの手柄に陶酔しつつマイクを手にしていたのでしょう。しかし、1階入場口で耳を傾けた二十数名を除き、展示エリアの鑑賞者には迷惑至極なものでした。 ギャラリートークは、他の鑑賞者にも配慮しつつ、音が響かない大きめのホールで主に肉声で短時間に限り行うべきものです。展示エリアに隣接し、天井が低く音声が増幅しがちな場所に大音響スピーカーを持ち込み長時間にわたり “講演” する学藝員の非常識、そしてそれを放置する上野の森美術館の管理体制の失態は嘆かわしい限りです。どうか改めてください。 美術館での解説は、パネル表記とイヤホン音声ガイドが基本です。上野の森美術館の今回の展示レイアウトではギャラリートーク実施は無理があります。美術館としての常識に立ち返り、真に鑑賞者のためを考えた運営をお願い申し上げます。 敬具≫
Dec 4, 2015
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7月6日から11日まで京橋三丁目のK392ギャラリーで、美術コレクターのコレクション展が開かれています。美樂舎の第24回「マイ・コレクション展」。30点あまりの出展のなか、わたしも3点出しています。左の作品から すこし解説いたします。義村京子“Star Children” 平成22年作品 art space kimura ASK? で購入義村(よしむら)さんが参加していたグループ展では、大作の周りを十数点の小品が囲み、画廊壁面は宇宙でした。星座のように散在する小品群から気に入りの3点を選んで組合せ、額装しました。宇宙の誕生から現在までの時間を象徴するトリオです。額装の色づかいは作家・義村さんに選んでもらいました。画題はほんらい “Star Child”. 作家の脳には「スター・チャイルド」ということばが浮遊したそうです。でも、ぼくも ことばには とことん こだわります。単数形では居心地が悪く、複数形にさせてもらいました。Trevor Brown “cosmic kitty” 平成20年作品 Bunkamura Gallery で購入Trevor Brown さんは平成6年以来 日本在住の作家で、お歳は60代ではないかと思います。渋谷のBunkamura Gallery でお会いしたことがあります。銀座一丁目の Span Art Gallery とご縁のある作家さんです。モチーフは『不思議の国のアリス』のチェシャ猫です。チェシャ猫自身は面妖な存在ですが、本作ではチェシャ猫を着ぐるみに仕立てて、その下から かわいい女の子が永遠の笑いを授けてくれる。癒されます。浮遊する魚たちは、強運また凶運の象徴でしょう。アルフォンス井上「女友達 I」平成6年作品 Span Art Galleryで購入これは蔵書票なので、サイズは小さいです。グロくないレスビアン。他作品の中では、丹伸巨(のぶお)さん出展の池田俊彦銅版画2点に注目です。池田俊彦「老腐人-R」(平成18年作品)・「翁-Q 完全防御の姿勢 f.s.」(平成17~21年作品)不忍画廊で購入されたそうです。しびれるような吸引力のある大作です。わたしも池田俊彦作品は「翁-Q 円錐の反乱 f.s.」という小品を持っています。*美樂舎第24回マイ・コレクション展期間: 7月6日~11日、12:00~19:00(ただし11日は15:00まで)場所: K392ギャラリー(中央区京橋三丁目9-2 プラザ京橋ビル1階)
Jul 8, 2015
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若いアートの殿堂 ACT で “ACT ART COM - Art & Design Fair 2015” を開催しています。(わたしは勝手に「ACT 展」と略称してます……)きょう18日から21日(日)までです。2階の第3室が「コレクターの狂宴」企画展となっていまして、山本冬彦さん、関一彦さん、丹伸巨さん、石堂琢己さんら最前線をゆくコレクターがイチオシ作家の作品を出品していますが、そこにわたしも加えてもらいました。推薦する作家は、多摩美油画 院修了の橋口美佐さんです。彼女の初個展の初買上げ客がわたしで、そういうこともあって、その後どうしているかなと気になっていました。最新作を見てみたいという動機で、今回声を掛けました。「泉ユキヲ presents 橋口美佐」のコーナー中央の大作は平成26年に Golden Competition 2014 優秀賞を受賞した作品です。かつて、人間の内面そのものの内臓を美麗な曼荼羅(まんだら)のように描き展開していた橋口美佐さんが、新境地を見せてくれました。橋口美佐 「警告を発する魔法の雲は少女の夢を打ち砕くか」 162 × 130 cmこの大作世界を切り取った手ごろサイズの作品がこちら。でも、すでに別のコレクターさんに売約済です。橋口美佐 「魔法の雲 VI」装飾画のように展開する新作も すがすがしい仕上がりです。橋口美佐「世界の隙間について I」橋口美佐「世界の隙間について II」こちらは、ややマグリットの気分。橋口美佐「世界の隙間について III」1万円+税のミニ作品も含め、お求めいただきやすい値段となっています。机の上に値段表と画集(非売品)がありますので、ご覧下さい。ACT展は、規模の大きいアートフェアです。さまざまな作家が地下1階と2階の全フロアでアート作品を展示しています。ぜひお越しください。The Artcomplex Center of Tokyo(新宿区大京町12-9)6月18日 11~15時6月19~20日 11~20時6月21日 11~17時
Jun 18, 2015
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ぼくが画廊で買ってくる作品で、うちの彼女(=妻)が素直に「いいね」と言ってくれる作品はほとんどありませんが、この作品は珍しく彼女の「いいね」がもらえました。前澤妙子 “shi-shi”今年平成27年2月に Shonandai MY Gallery で買った作品です。“shi-shi”は「獅子」の意。絵具の線描きが盛り上がるチューブ画材は短期留学先のフランスで見つけたものだとか。鮮やかな彩色は七宝焼きのようなうつくしさ。絵全体が謎かけになっていて、見ていて飽きないですね。この作品の作家・前澤妙子さんが、出身の創形美術学校併設のギャラリーで6月20日まで個展をやっています。うかがって、前澤さんにも会うことができました。下の作品はその個展の DM にも使われたもの。“kirin” (麒麟)というタイトルですが、ぼくはミュージカル「キャッツ」を思い起こします。前澤妙子 “16 * kirin” (平成26年作品)いっぽうこちらは、緑と茶色と紫の色づかいが絶妙。欲しいなと思った。前澤妙子 “03 * obito” (平成26年作品)ここで、今年2月に “shi-shi” とともに買った、わたしのコレクション作品をご紹介しておきます。作品タイトルの桜花というよりも、雪ん子のイメージです。前澤妙子作品に出てくるこの子供キャラは、哀感の裏に獣性をもとどめていて、気になる存在。前澤妙子 “cherry blossoms Notre-Demoiselle”さて、開催中の個展出展作品の中から版画作品も2点ご紹介します。前澤妙子 “cosmo dog”(版画)前澤妙子 “cosmo dog – scarf”(版画)個展の壁面を飾っているのは、縦2メートル、横4メートルの横断幕のような作品。フランス留学時に急遽 グループ展に参加することになり、担当した大きな壁面を従来からのサイズの作品では埋めきれず、思い切って布に一気呵成に描いたのだそうです。前澤妙子 “19 * Gold cloud, black cloud and kernel”前澤妙子さんは、平成16年に創形美術学校 研究生・研修生 修了、京都造形藝大卒業* 後に、東宝映像阿部美術で仕事をしたあと、多摩美大大学院で技を深めて、平成26年にパリに渡り、Cité internationale des Arts(パリ国際藝術会館)で研修をおえて帰国、という略歴です。 (* 創形美術学校ファインアート科と京都造形芸術大学・通信教育部は、併修制度があるのだそうです。だから平成16年に2校を同時に修了・卒業しているのですね。)Cité internationale des Arts というのは、文字通り訳せば「国際藝術都市」。居住スペースとアトリエがセットになったスペースが300ユニットあまり備わった建物です。すばらしいですね。こういう藝術創造センターを作り、運営していることが、藝術の都・パリの証と言えるでしょう。いまこのブログを書きながら Cité internationale des Arts について Wikipedia で読んで、前澤さんにそこでの生活やアーティストたちとの交流のことなど、もっとお話を聞けばよかったなと思いました。次にお会いしたら、いろいろお聞きしたいです。パリ国際芸術会館 第26回派遣 前澤妙子展日時: 平成27年6月1日~20日 10時~17時場所: 創形美術学校 Galleria Punto (豊島区西池袋三丁目31-2)
Jun 14, 2015
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若いアートの殿堂 ACT で、ここだけ西武か三越かという感じの、銀座かわうそ画廊企画。ハイレベルの8人展です。きょう6月14日6時まで開催。柳田補(やなぎだ・たすく)さんの写実人物画など、文句のつけようのない すばらしい出来で、このかたが仮に順当に名門美大を出て画壇の階段を上がっていたなら、まったく同じ作品に100倍の値段がついていたでしょう。わたしの郷里・愛媛県の砥部町のご出身、昭和23年生まれのかたです。わたしが買わせていただいたのは、川邊りえさんの「こんぷれっくす」シリーズの1枚。川邊りえ 「こんぷれっくす」普遍的なテーマのアダムとイブの林檎と蛇を軽くもてあそぶ、生き人形の少女。人形、とくに西洋人形は、ぽつんとしたオブジェとして描かれることが多いものですが、このお人形さんはなまじっかな人物画の人物以上に情念を発散させています。こういう人物画がほしいのですよ。いっぽう、怪奇魔術師となった人形ちゃんの、こちらの作品。ミュージカル「オペラ座の怪人」の続篇である「ラブ・ネバー・ダイ」の1場面と言ってもよいでしょう。川邊りえ 「こんぷれっくす」絵の題は、おなじく「こんぷれっくす」。人形ちゃんの着衣もセクシーだし、吹き上がる幽霊たちにも躍動があるし、装飾的な蝶もしっかり生きている。人形ちゃんの表情に陰があるのも魅力です。よほど買いたいと思ったのですが、このところの緊縮財政で断念しております。でも川邊りえ作品は きっとまた買うことになるなと思った一作でした。川邊りえ 「こんぷれっくす」こちらは DM に使われた作品。黒猫を抱える人形ちゃんも白猫になっていて、ミュージカルでいえば「キャッツ」がモチーフですね。振り向きざまの人形ちゃんの表情がじつに劇的。ご紹介した3点、どれも「こんぷれっくす」というお題。全部自分のものにすればいいようなものだったのですが。またいつの日か!川邊りえさんは、昭和37年生まれ、筑波大 藝術専門学群卒、独立美術協会準会員です。銀座かわうそ画廊・二宮真理子企画“Sante”展は The Artcoplex Center of Tokyo, ACT 1 (新宿区大京町12-9) で6月14日6時まで。
Jun 14, 2015
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平成26年の「渺渺(びょうびょう)展」で日本画家・早川剛さんの火山画「大地創造」に注目し、それがキッカケで早川さんのミニ作品展を今年3月と4月に企画させてもらいました。そんなご縁のある「渺渺展」、ことしも32人が参加して、きょう6月14日5時まで開催。残り2時間となっております。早川剛さんが、大きめの人物画を出していました。早川剛 「ただひとつだけ」 (平成27年作品)人物画ファンの ひいき目もあるとは思いますが、渺渺展出展作のなかで一番すっと入り込める作品でした。いろいろな準備時間は別として、本画制作そのものは1週間ほどだった由。画面上部の火山モチーフがオーロラのように女性に舞い降りてくる構図ですが、女性と火山オーロラの関連からストーリー性が感じられれば、いっそうビビッと来る作品に仕上がるでしょう。*他の作家のなかでは清水航さんに注目しました。清水航 「彩りの水辺」明るい岩絵具で仕上げた水辺の花々がじつにみずみずしい。安らぎを与えるみずみずしさ。水面は銀箔、花々の影と鴨は銀箔を焼くことで渋い仕上がり。対照的な技法を混在させることでコントラストも鮮明となり、見るひとの気分に応じた楽しみ方ができる、飽きない作品に仕上がりました。清水さんとは、昨年の渺渺展でお話ししたことがあります。誠実な人柄で、気持ちのいいかたでした。早川さん、清水さん、ますますのご活躍を!渺渺展は、東京銀座画廊・美術館8階会場(銀座二丁目7-18 銀座貿易ビル8階)で6月14日午後5時まで開催。
Jun 14, 2015
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銀座線京橋駅から徒歩3分の画廊で、アートコレクター集団「美樂舎」のアートエアをやっています。若手作家紹介とリセール(会員の所蔵作品展示販売)です。場所: K392 Gallery(中央区京橋三丁目9-2 プラザ京橋ビル1階)日程: 4月20日(月)~4月25日(土)時間: 12:00~19:00 (土 11:30~17:30)わたしは、松井靖果(しずか)さん、大倉ななさん、早川剛さん、橋口美佐さんを特集しました。松井靖果(しずか) 「写真と絵画の融合で旅する」シェル美術賞2014で入選。今回展示の100号作品はその入選作です。ブログで批評紹介したことがあります。今回はじめて作家本人に会えました。「シェル美術賞展2014 ― わたしのイチ押しは松井靖果≪バースの肉屋≫」平成25年、女子美術大学短期大学部専攻科創造デザインコース修了。大倉なな 「フランシス・ベーコンが好き」平成27年1月のACTアート大賞2015に入選。今回その入選作を展示します。やはりブログで批評紹介したことがあり、今回はじめて作家本人に会えました。「ACTアート大賞2015 ― わたしが審査員なら、グランプリは大倉ななさん」平成25年、女子美術大学短期大学部造形学科美術コース卒業。早川 剛 「躍動する女性人物画の源泉:写真とデッサン」3月開催の「コレクターたちの饗宴展」でも、わたしの企画で抽象画・人物画を出展してもらい、注目を集めた作家です。今回は趣向を変えて写真とデッサン。魅力的な人物画の諸相をお見せします。昭和51年生まれ。平成13年、日展初入選。K’s Galleryで毎週木曜夜にデッサン教室を開講しています。橋口美佐 「フェミニンな内臓画を展開する」Turner Award 2011大賞受賞。内臓をあばき描きながらフェミニンな美しさ。平成27年、多摩美術大学大学院油画専攻博士前期(修士)過程修了。彼女の Gallery b. Tokyo初個展出展作ほか、初期作品2点(泉のコレクションです)を展示します。わたしが彼女の初個展の初買い上げ客でした。「これ買います」と作家に伝えたとき、えっ! と口をおさえるようすが今でも脳裡に残っています。写真でご紹介したのはごく一部です。アートフェア全体、見ごたえがあります。ぜひお越しください。界隈には他にもいろいろ いい画廊があります。
Apr 21, 2015
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「コレクターたちの饗宴展」パートIの後半、推薦作家展が3月24日から始まっています。ギャラリーゴトウ(銀座一丁目7-5 中央通りビル7階)で3月29日(日)まで。 わたしは日本画家の早川剛(ごう)さんを推薦しました。 天地創造の轟(とどろ)きと輝きを描き、女性の繊細な情緒も描ける作家です。早川 剛、左上「舞い散る熱」、右上「導火線」、下「うごめく魂」 早川剛さんの火山轟く大作「大地創造」を見たのは平成26年6月の「渺渺(びょうびょう)展」(銀座二丁目)でした。 まるで惑星の誕生の瞬間を見ているような迫力に、どんな作家なのだろうかとファイルを見たら、人物画も描く人だ。早川さんにライブペインティングをお願いして、わたしが主宰する朗読劇とシンクロしながら描いてもらおうかとそんなアイディアをさっそく早川さんに伝えたのが、お付き合いの始まりでした。早川 剛、上から「内に秘める」「情熱の証」「光彩の中で」早川 剛「内に秘める」 本展で推薦作家を選ぼうというとき、迷わず早川剛さんを推しました。お題を出して新作も描いてもらいました。 芥川龍之介「地獄変」を朗読劇でやりたいと思いつつ、まだ台本づくりに手がつかないのですが、早川さんには今回、その「地獄変」をお題に出しました。早川 剛「地獄変」(本展のための注文画) ジョアン・ミロを思わせるタッチです。 絵佛師・良秀の娘が燃え上がる牛車の中で身もだえしつつ焼け焦げる断末魔の瞬間に見た光景……と読み解きました。 焼け死ぬ娘の顔を描いて来られることを密かに期待していましたが、この抽象作品もとてもよいと思います。 ぼくがいちばん好きな作品は人物画の「情熱の証」ですが、売れてしまいました。購入したコレクターのかた、それからモデルをつとめたかた、おふたりとも昨日 Facebook 上でお会いしました。早川 剛「情熱の証」 あと、気になる作品が「うごめく魂」です。地底の化石のようでもあります。うん、そうだな、魂って、たとえて言えば地底の化石かもしれない。早川さんに、そういう含意があったわけではないでしょうけど。早川 剛「うごめく魂」* さて、ほかの3名のコレクターの皆さんのコーナーは…… まず、山本冬彦 御大(おんたい)の推薦作家、田口由花さんと野村友見さんのコーナー。田中由花作品田中由花「まなざし」 秋山功さん推薦の久保茂雄さんは、彫刻(金工)作品を出展。久保茂雄作品 渡辺茂昭さんの推薦は、田代彩、南舘麻美子、川畑絵(かい)の皆さん。田代彩作品南舘麻美子作品川畑絵作品 「コレクターたちの饗宴展」パートIはギャラリーゴトウで3月29日まで、午前11時半~午後6時半。 最終日の3月29日(日)は午後4時で終了です。
Mar 26, 2015
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アートにのめり込みだして、気がついたら5年が過ぎました。 有名な現代アートコレクター山本冬彦さんに声を掛けていただき、銀座中央通りに面した画廊で開催の「コレクターたちの饗宴展」にわたしも参加することになりました。今週火曜から始まります。このビルです。銀座一丁目7-5 中央通りビル会場のギャラリーゴトウは7階にあります 秋山功さん、渡辺茂昭さん、山本冬彦さん、そしてわたし泉ユキヲの4名がコレクションを披露する展覧会です。泉ユキヲのコーナー「注文画の世界」 わたしは3人の若い女性たちに注文して描いていただいた絵を披露する小特集を企画しました。 口上、以下の如し:≪およそ絵画は古来から、王侯貴族が画家に発注することで成り立ってきました。「国宝」や「重要文化財」の絵画は全て注文画にちがいありません。ところが印象派の勃興以来、妙な思い込みが世界をおおって「絵とは、画家が自らの感興に応じて描くべきものであり、他人の注文に応じて絵を描くのは邪道だ」などという議論が 時として まかり通るのであります。コレクターが画家の資質を見抜き 的確適切なお題を出し、画家の側は 売れないリスクなしに作品を仕上げる。じつは 注 文 画 は古典的なウィン・ウィンの世界なのです。≫外田千賀「すべて試して知り尽くしたい」 外田千賀作品との出会いは、銀座ギャラリーフォレスト(銀座一丁目)。 繊細可憐なひとです。とてもいい絵が売約済で、一旦はあきらめて帰ったものの、どうしても作品が欲しくなった。そうだ、自画像を描いてもらおう! ぼくにとって、はじめての注文画でした。 お菓子がいっぱいの自画像ができあがってビックリです。古雅な仕上がりのマチエールが、きらきらした女ごころを引き立てています。外田千賀 東京藝術大学油画専攻 卒業制作作品三部作 外田千賀さんの東京藝術大学卒業制作作品です。原画はコンピューターの中にしか存在しない。CG作品なのです。外田さんが発表したときは大サイズのプリントでした。コレクターとして、お手頃サイズのプリントを特注したのが今回展示する三部作です。 ジクレー版画なわけですが、特注オリジナルでもある。こういう楽しみ方があってもいいのではないでしょうか。松川朋奈 自画像(ラフスケッチと本画) 部屋の隅のどこか傷ついた女性靴をハイパーリアリズムで描いた巨大な絵。松川朋奈作品を初めて見たのはシェル美術賞展です。基本的に人物画は描かない松川さんですが、あえて自画像をお願いしました。とてもきれいなひとなのです。 メールでもらったラフスケッチ画像を見て、描いた角度に驚きました。 「こう来たか!」 ピアスの花は濃い臙脂(えんじ)色を想像していましたが、本画を見てまた驚きました。そういう こころよい驚きの連続も、注文画の楽しみです。吉敷麻里亜作品の展示 吉敷麻里亜(きしき・まりあ)作品との出会いは ギャラリーなつか でした。美人画が得意な作家さんです。ミュージカル女優・笹本玲奈(ささもと・れな)さんを描いていただけないかとお願いしました。 まず最初の作品は「ミー&マイガール」のサリー役の笹本さん。演劇パンフレットの写真をもとに2枚描いてもらいました。うち1枚をジクレープリントして額装し、吉敷さんとわたしが女優本人に手渡しました。 つぎは「ジキル&ハイド」のエマ役の笹本さん。作家の吉敷さんには日生劇場でのミュージカル公演も見てもらい、いきいきした笹本玲奈さんに仕上がりました。これもジクレープリントを女優本人に手渡しました。 笹本さん所属プロダクションのホリプロに「江戸時代の浮世絵は、役者絵が重要ジャンルだった。ぜひ笹本玲奈さんの役者絵プリントを販売なさいませんか」 とお声掛けしたのですが、う~ん、ダメでした。残念! 笹本玲奈さんの絵は肖像権の問題から鮮明画像をウェブ上に発表できないので、遠くから撮った写真で雰囲気だけのご紹介です。ぜひギャラリーゴトウで実物をご覧になってください。吉敷麻里亜「岸田茜 熱風」 3枚目は別の女優さん。岸田 茜(きしだ・あかね)さんです。東南アジアのホテルの一室で起きる出来事を描いた「熱風」公演の一場面です。 吉敷さんには舞台公演を観てもらい、女優とともに会食もし、この一作を心をこめて描いてもらいました。これもジクレープリントを女優本人に手渡しました。 ジクレープリントは、作家・吉敷麻里亜さんのサイト marian’s shop で購入可。岸田さんサイン入りの絵葉書つきで、21,000円+送料での販売です! さて、ほかの3名のコレクターの皆さんの展示もご紹介しておきます。渡辺茂昭さんのコーナー 渡辺さんは、作品を購入した個展のDM葉書も一緒に展示なさっています。作品に寄せるコレクターとしての愛情が伝わってきます。渡辺茂昭さんのコーナー 秋山さんのコーナーでは、2人の作家の作品をじっくりと味わえます。秋山 功さんのコーナー 澤田文一作品の展示秋山 功さんのコーナー わたなべゆう作品の展示 そして、山本冬彦さんのコーナー。豊富なコレクションの中から、今回はちょっとダークな小品をいくつか。山本冬彦さんのコーナー ギャラリーゴトウは、銀座一丁目7-5 中央通りビル7階。日頃はおもに抽象画の企画展を行っている画廊です。 今回の「コレクターたちの饗宴展」は3月17日(火)~22日(日)。火曜~土曜は11時半~18時半。最終日の22日は11時半~16時です。
Mar 15, 2015
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すてきな脱力感に満ちた(=ひょうきんな)パンダキャラが展開する原色世界。作者・あごぱん さんは昭和54年、鹿児島生まれの鹿児島育ちで、はじめて会ったのはGallery Trinity(六本木ミッドタウン近くにあった、今はなき画廊)の個展でした。240615 あごぱん個展「パンダ的解釈富嶽三十六景」(~6/16)@ Gallery Trinity(赤坂九丁目) (北斎版画を原色ドローイングに換骨奪胎。おもしろいのだけど、絵のなかに文字を書きすぎだ。)絵のなかに「絵解き説明」を意図して文字を入れすぎると、ノイズ(雑音)になってしまうわけですね。浮世絵版画にはたくさん文字が入ってるじゃないかと言われるかもしれないけど。個展のたびに「絵に文字を入れるな!」と苦言を伝え続けてきた。これに応えて あごぱん さんが完全に画中絵解き文字を捨て、みごとに進化した姿を見せてくれた今回の個展。あごぱんさんに不可欠のキャラであるパンダくんたちは益々元気。花札や浮世絵の伝統意匠をちりばめて、換骨奪胎のあごぱん藝術が開花した。お祝いと景気づけに、2点購入しました。「激流オセロ」と「こいこい」。あごぱん「激流オセロ」パンダくんがオセロのコマになった。滝流れで軽快な動きがつきました。あごぱん「こいこい」花札意匠だ! 花札デザインにはもっと脚光を当てるべきですよね。「こいこい」とは、花札の遊び方のひとつなのだそうで。ちなみに、ぼくの娘も美大にいるときパロディ花札のカードセット(ほんとに遊べるもの)を烏天狗堂のブランドで制作しましたよ。こちらに作品写真あり:烏天狗堂「古今東西東方花札」あごぱん「激流桶狭間」鎧(よろい)姿のパンダがオートバイに乗って激流を下る。個展 DM にもこれが使われています。売れてなければ、これも買いたかったなぁ。でも画題は「激流桶狭間」というより「激流鵯越(ひよどりごえ)」だよね。あごぱん「パンダ歌舞伎座登竜門之図」これは贅沢! 葛飾北斎の滝に、歌川豊国の芝居小屋だ。おカネがあれば、買いたかったです。あごぱん「くじらサーカス」こちらは縦長フォーマットのシリーズ。リズミカルです。下にいる黒いくじらくんも、いいキャラです。あごぱん「流れとシャボン玉」これはもっとリズミカル。好きです。線はほとんど波型定規で描いた由。そういうのも、いいんじゃないですか。あごぱん「運だめしの激流」こちらは小品で展開したハプニングをどっさり詰め込んだ総集編。右上の天狗の鼻先からスタートして、双六のようにポーンポーンとパンダくんが場面移動すると、最後は左上の樽からスポーン! という構成になっております。あごぱん「運だめしの激流」部分あごぱん「運だめしの激流」部分個展は、六本木七丁目6-5、ビル3階のShonandai MY Galleryで3月15日まで開催です。
Mar 11, 2015
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絵もあでやかだが、Facebookでみる三鑰彩音(みかぎ・あやね)さん本人がたいへんきれいなかたで、かねて一度お会いしたいと思っていた。やっと願いがかないました。三鑰さんは多摩美日本画を卒業予定で、来年度から多摩美の院で引続き日本画に取り組みます。どちらも3月1日までですが、国立新美術館の五美大展と銀座二丁目・藤屋画廊の個展、見てきました。三鑰彩音「歪(わい)」五美大展2階の多摩美セクションの出口のところに展示されている装飾画。能の面が舞うように見える。仮面と生身(なまみ)のあいだを浮遊する存在としての女性。大学の制作室に3ヶ月、朝から晩までこもって描きあげたそうです。近づいてみましょう。三鑰彩音「歪(わい)」部分さて、こちらは藤屋画廊さん(銀座二丁目6-5 2階)にて。同画廊は営業時間が午後6時まで。3月1日は午後5時まで。三鑰彩音「0号室」昭和前期のモダンを感じました。そう評したところ、三鑰さんもその時代のデザインが好きだと。三鑰彩音「あなたにはわからない」画題そのままの心情が出ています。そしてこちらは個展のDMにも使われた大作。三鑰彩音「潜水」シェイクスピアの「ハムレット」のオフィーリアのイメージだそうです。天空につながる泡に包まれた姿は、人魚姫のこの世の最後の姿のようでもあります。個展来訪者の反応のなかには、てっきり横置きの絵だと思って来たというひともいたそうです。では、やってみましょう。三鑰彩音「潜水」 かりに横置きで三鑰さん、ごめんなさい。この角度のほうが、すっと入っていけます。浮遊感が増して、動きが感じられます。でもね、画像を何度も見ていると、やはり縦置きでなければならないという思いがしてきました。水底(みなぞこ)に沈潜する静謐がこの絵の主題とすれば、やはり縦置きでなければならない。目の不思議ですが、横置きにして見ると、赤い唇が大きく目立ちすぎるようでもあります。縦置きだと、その違和感はありません。画題は「潜水」でなく「水底」とか「川底」のほうがよかったかも。三鑰彩音「前兆」ステンドグラスのような、鉱物の顕微鏡写真のような美しさ。この作風の絵はこれ1点でした。院にあがってどういう世界を展開するのか、楽しみです。装飾画と人物写実のどちらに軸足を置くのかな。あのルックスでこれだけの絵が描ければ、プロデューサーしだいではメディア上でブレイクする可能性もあると思いますが。このブログの内容は、三鑰さんの個展会場での作家自身とのやりとりを記録したものであり、もちろん三鑰さんもご覧になっています。第三者のかたで なぜかこのブログの内容に憤慨するツイッターがウェブ上にありましたが、憤慨されるポイントがよくわかりません。そのかたは、おって評論を書かれるそうなので、期待しております。がんばってください。
Feb 26, 2015
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銀座三丁目のNiche Galleryで上田暁子(あきこ)個展「絵空事から生えるあし」開催中。明日2月1日が最終日で、午後4時まで。上田さんの作品は平成25年3月の個展で「冬毛の上」という小品を購入した。人物の影が躍動する具象幻想。そこに、色彩乱舞の抽象が適度にからむ。いいセンスをしている。上田作品を初めて見たのは平成23年3月のVOCA展。そのときのぼくのブログ評にいわく:≪◆ 上田暁子(あきこ)「あふれて入口、あふれて出口」 「とある熱を通り抜ける」ヌードも電車もないけれど、ぼくの好きなポール・デルヴォーを感じてしまった。絵がコンコンと脳のドアをノックして、ストーリーを紡ごうよぉと誘う。暗い紺色や焦げ茶が基調をつくっているが、光はあくまで鮮明な白で、闇に囲まれたなかで色あざやかなモノたちが自分の存在を存分に主張する。≫うん、いいじゃないか。いま読んでも、はずれてないな。今回の個展の作品を見ていこう。まずは個展標題作から。上田暁子「絵空事から生えるあし」パネル2枚をつかった大型作品。これは作家から物語を聞きたいものだ。そこに美しく乱舞する影少女たちが、ぼくは好きだ。上田暁子「絵空事から生えるあし」部分とくに左上の影少女が好きだな。さて、もうひとつの大作「生れようか」。上田暁子「生れようか」絵の上部の光の少女をご覧ください。上田暁子「生れようか」部分さて、気になった小品もご紹介します。上田暁子「知り過ぎた青虫」これまたどんなストーリーが隠れているのか。作家から謎解きを聞きたいところだ。謎解き全部ではなく、ヒントを少しくらい。上田暁子「秘密を迎えに来る羽」これも光と闇の配合のセンスがいい。画筆の勢いが爽快だ。影少女は、何をしてるところかな。上田暁子「ヤーチャイカ」この絵の配色と勢い、好き。売れていなかったら、買ったと思う。“ヤー チャイカ”はロシア語で「わたしはカモメ」。ソ連の女性宇宙飛行士テレシコワさんの詩的なつぶやきとばかり思っていたら、じつはテレシコワ飛行士のコールサインがチャイカ(カモメ)だったから「こちらカモメ」と自然体で無線連絡しただけのことらしい。*Niche Galleryの主宰・西村冨彌さんによれば、上田暁子さんのことは大原美術館館長の高階秀爾さんも高く評価なさって作品を買い上げており(大原コレクションの最年少作家)、同美術館で上田さんは滞在制作も行った。上田さんはしばらくパリで修行して戻って来たのだけど、今度はチェコに行ってさらに美術の世界を深めるそうだ。上田さん、ご活躍を! そのうちまた作品を買わせていただきます。
Jan 31, 2015
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新宿区大京町のThe Artcomplex Center of Tokyoの2階と地下1階の全展示スペースを使って、ACTアート大賞展2015が1月10日(土)午後6時まで開かれています(きょう9日は午後8時まで開館)。出展作家は116名(ウェブサイト上のリストを数えた)。1人で2点出している作家も多いので、少なくとも150点以上の作品が競っています。1月10日に最優秀賞1名、優秀賞8名、佳作15名の発表がありますが、そのまえに泉ユキヲ臨時審査員の審査結果を発表したいとおもいます。グランプリ賞はこれです:大倉なな「咀嚼音と平穏な日」(油彩、アクリル)圧倒的な、迫るちから。どこから来るのか。中央の、歯をむき出しにした男が、横たわる血まみれ人を殺したのか。ぼくなりの絵解きをすれば、歯むき出し男は横たわる人の死後の霊なのです。「ちょっとォ、見てくれよ。これ、オレだったんだぜ。ケッ! こんなになっちまってよ」歯むき出し男の背後に薄く浮かぶ女性は、霊界で歯むき出し男を迎える妻の霊です。赤、橙、黄、緑、青と色を限ることで、最高の舞台照明に支えられた演劇の一場面のような、劇的効果が生まれています。血まみれ人と歯むき出し男は油絵具の厚塗り、それ以外の部分は薄塗り。このメリハリも完成度が高く、これ以上は筆を加えさせないぞという凄み。“大倉なな”で検索しても、それらしい人物が出て来ない。「突然描いたらすごい絵でした」タイプの作家でしょうか。今後の修業を期待しています。(追記: わたしがシェル美術賞展で高く評価した松井靖果(しずか)さんが、このブログを見て Facebook に「女子美の短期大学部で1学年下の後輩でした」と書き込んでくれました。)準グランプリ賞はこちら:浦田健二「IDOL」(アルミ複合板、インクジェットプリント)完成度が飛びぬけている作品。地下1階を回ったときは、これがグランプリで決まりかなと思った。シャープな縦方向の切断線や、薄いフェルトペンのような落書き線などが、いいアクセントになっている。えてして、そういうデフォルメ作業を始めると、調子にのりすぎて作品がぐちょぐちょになることがあるが、浦田健二さんの場合、加減をしっかりと心得ていて、女の子はあくまでかわいい状態で残した。その辺のセンスもプロだ。パンダ絵師あごぱん「実力の激流 ~実力のある者しか登れない塔 そして龍になる~」(ボールペン、アクリル、パネルに水彩紙)あごぱんさんにはGallery TrinityとShonandai MY Galleryでお会いしてますが、「絵にやたらと文字を書き込みすぎだ。文字で気が散ってしまう。文字なしで勝負してくれ」と苦言を言い続けました。でも、パンダがひょうひょうと冒険する世界を極彩色で紡いでいく あごぱんワールドは好きです。辛辣な苦言は言うけど評価はしてるんだよと伝えたくて、あえて「文字を1文字も入れない作品を描いてね」と注文して描いてもらったことがあります。この「実力の激流」も、文字を画面に踊らすことなく極彩色のあごぱんワールドが炸裂。あごぱんさん、これだけの大作、初めてでは? 乾杯しましょう!出展は2連作でした。もう1点もご紹介しておきましょう。こちらは少し文字入り。まぁこれなら許容範囲です。パンダ絵師あごぱん「運だめしの激流 ~運のある者しか脱出できないカプセル そして龍になる~」(ボールペン、アクリル、パネルに水彩紙)さて、佳作の発表です:朴 東竜「檻」(キャンバス、油彩)iPhoneに閉じ込められた男。社会性あるテーマがわかりやすく、人物の顔の描き方も手なれていて、1月10日の審査発表でも高い評価が得られるでしょう。しかし、iPhoneを画面いっぱいに描いてしまったのは、ちょっと残念だったな。たとえばですよ、もしかりに、深い山奥の滝のそばにこのiPhoneが ふら~~っと浮遊していたとしたら、ほんとにもう「助けて~~ぇ。ここから出してくれ~」想像が広がって、ぞくっとするでしょうね。田中七星「近すぎて見にくいふたり」(墨汁、朱墨、白墨、修正液)インカの壁画のような(と安易な形容をしたらインカ人が怒って出てくるけど)神話的な「ふたり」。ここに林檎の断面を画面下部にもってきたのは、apple to apple の謂いでしょうか。林檎でがぜん、絵がおもしろくなりました。南 花奈「女王蜂」(紙、インク)作品を見て、「努力賞」あるいは「敢闘賞」という賞名が頭に浮かびました。蜂を描いたところで力尽きてしまったのが惜しまれます。この蜂がいったいどこにいるのか、それも描いてくれると想像が広がったのですが。細部を拡大してみましょう。南 花奈「女王蜂」部分(紙、インク)
Jan 9, 2015
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きょう6時半までですが、銀座三丁目 Niche Galleryの仙石裕美(せんごく・ひろみ)作品は、見る者をのけぞらせるパワーがあります。「明日はもっと遠くまで、次の日はさらにその向こうまで」このデカい作品を前にすると「やられたァ!」感がぐいぐい来る。手前の2本の脚、とくに右足の裏まで見せる構図、よくぞ思い切ったものです。この手前の2本の脚がなければ、エデンの園のような光景は何千人もが描いてきたかもしれません。(なお、絵の中心部が陽光を反射する水面のように輝いていますが、これは撮影時の光線の加減によるもので、実際の絵では草っ原の連続となっています。)「林檎は落下するが月は空をまわり続け、そして我々は引き合っている」こちらはシェル美術賞展で本江邦夫審査員奨励賞をとった作品で、Niche Gallery個展では展示されていませんが、これまた意表をつく構図。ひょっとして、野原の男女を普通に描いて、展示するときだけ上下を逆にしたのでしょうか。ためしにPC画面で上下逆にしてみましょう。「林檎は落下するが月は空をまわり続け、そして我々は引き合っている」(上下を逆に)微妙な不安定が感じられます。まるで重力が上に向っているかのような。どこにそれが感じられるのか、自分の脳反応がうまく分析できません。この作品、すごい!仙石さんの描く人体は一見して写実ですが、じつはあくまでフォルムとしての肉体であって、表面の意匠は二の次です。だから意匠を削ぎ落した裸身なのであり、そういう裸身だからエロティシズムを感じさせない。純粋フォルムとしての肉体です。それを如実に示す作品がこちら。「鳥になる」フォルムとしての純粋肉体が、あらためて意匠を身にまとうと……「虹になる」
Dec 27, 2014
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丸の内三丁目。鍛治橋交差点の近くを歩いていたら、視線を感じました。ん? これは? ステンシルによるエアロゾールアート(aerosol art)です。近づいてみました。女性の顔がみごとに刷られたのは、東京電力のロゴ入りの配電盤。エスカレートしていくと困りますが、稚拙な文字のグラフィティとは異なり、許せる範囲かと。しばらくこのまま残してもいいのでは。ひとりふたりなら、女性にお友達が増えてもいいかも。
Dec 25, 2014
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シェル美術賞展も残すところあと2日。きょう22日は10~18時、あす23日最終日は10~16時、国立新美術館 展示室1Bにて。審査員諸氏の判断と異なり、わたしのイチ押しは松井靖果(まつい・しずか)さん「バースの肉屋」。そのほかでは大谷郁代さん「ラビリンス」にも注目。ストーリー性がにじみ出て、彼女が丹念緻密に描いてきたパステル画世界の新展開を予感させます。space 2*3 (スペース・ツーバイスリー)で個展を見た小山久美子さんも「パドック」入選、おめでとう! 過去の受賞・入選者のコーナーでは、松尾勘太さんのパワーに圧倒された。今井 麗(うらら)さんのやわらかな彩色もぼく好み。森洋史(ひろし)さんの“The End”(「最後の晩餐」の換骨奪胎)にも注目です。松井靖果「バースの肉屋」平成26年制作 97cm×162cm 油彩・アクリル・アイロンプリント・金属粉顔料・キャンバス作家本人のステートメントがありました:≪イギリスのバース(Bath)を訪れた際に 通りかかった肉屋のディスプレイを見たとき、グロテスクながらも、美しい、と感じました。写真に撮り あとで見返してみてもやはり美しく、心に引っかかるものがあったので、これを絵に描くことに決めました。その肉々しいディスプレイの美しさを日本画の金箔のように表現したいと思ったので、作品と原寸大になるように印刷した正方形のアイロンプリントを貼り付けていき、その上に金粉顔料を塗りました。≫鶏肉がぶらぶらしているウィンドーのところを拡大してみよう。松井靖果「バースの肉屋」 左拡大日本画で金箔や銀箔の上に描いた作品は、箔の正方形のかたちが残り、それがまた独特の空間感覚を生んでくれることがある。その感じを油画の世界でまったく別の材料をつかって見せつけてくれた。このシーンを切り取った手柄に加えて、新鮮な技法に乾杯! ステートメントによれば、いったん普通の油画として絵を仕上げたあと、それを撮影して何枚かのアイロンプリント素材に実物大プリントし、それを金箔大の正方形に切り取っては絵本体に貼り付けていった。正方形のアイロンプリントの端どうしが重なり合うようにしたところがミソだ。このいいセンスで情景を切り取り、この新鮮な技法を局所局所につかったシリーズ制作をつづければ、注目のアーティストになれるに違いない。会場のファイルを見ると、松井靖果さんは平成24年 女子美術大学短期大学部 造形学科美術コース卒平成25年 女子美術大学短期大学部 専攻科創造デザインコース修了とある。ファイルの中にも油画作品はさほど多くなかった。帰宅してネット検索してみたが、写真作品が多かった。すごい出来の絵をたまたま描いてしまったという、ときたまあるパターンのようだ。アート界に残ってもらうには、このレベルの絵を何十枚と描いてほしいわけですね。来年、再来年と、続けていけるかが勝負どころ。発想がおもしろいひとのようで、平成25年5月17~20日に なんと自宅マンションで「松井靖果個展 Right Brain」を開催したと。≪2013年5月、マンションの自宅一室にて個展を開きました。4日間にわたる展覧会に計49名のかたが足を運んでくださいました。経歴も実力もない無名のアマチュア芸術家たちが、作品を発表する場として貸画廊を利用することに対して常日頃から感じていた疑問を提示するとともに、部屋という生活の要(かなめ)の特異な空間を自らのIDとして、乱雑に作品定義をしていくことを目的としました。≫彼女がこのまま消えてしまうか。それとも10年後まで残るか。会ったこともなく縁もない作家ですが、精一杯の応援のつもりでご紹介しました。靖果、作品どんどん作れよな。このまま消えるんじゃねぇぞ!小山久美子「パドック」ちいさな駅前がなぜか競馬場になっているという、みごとに人をくった絵。小山久美子「パドック」 部分ていねいな写実が、見る者をひきつける。想像展開とその定着のために作家がつかった膨大な時間が、確実に報われている。さて、過去受賞者のコーナーから3作。松尾勘太 “Untitled”この横なぐりの破壊力! やられました。今井 麗(うらら)「青の食卓」自らのパレット、自らの筆づかいをしっかり確立していて、確実にファンをつかめる作家ですね。森 洋史(ひろし) “The End”西洋古典画+アニメ+アルファのシリーズを精力的に制作している森洋史さん。アート市場に地位を占めるために作品をシリーズ化するって、だいじなことですね。森 洋史(ひろし) “The End” 中央部分拡大女キリストの背後で起きている終末的戦争の情景にご注目ください。森 洋史(ひろし) “The End” 天井部分拡大天井には、和のテイストが!
Dec 22, 2014
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松川朋奈さんは、とてもきれいなひとです。彼女がハイパーリアリズムで描く、女子の身の回り。ほころびくずおれる気配をたたえています。まずは、いま開催中の松川朋奈「真夜中と檸檬と、秘密を少し」展から。「男の視線なんかより、圧倒的に女の視線の方が痛いのよね。」画廊奥にこの青い靴の絵が掛かっています。じつは大サイズの絵です。靴に見おろされているような錯覚を与えるほどに。視点は、靴にかなり近いところにあります。この靴を履いていた女性の汗を感じてしまうほど。フェティッシュな気持ちに囚われそうになる。松川朋奈さんの絵の題名は長めですが、同世代の女性たちへのインタビューから取ったフレーズです。この絵の題名など、短いほうです。平成25年のシェル美術賞展で彼女が過去受賞者コーナーで展示した絵のなかには、A4判の紙1枚が埋まりそうな長ぁ~い題名の絵もありました。あれは、ギネスブック入りものの長いタイトルでは?「秘密を少し持ったほうが、物事はうまくいく。」かかとが すっかり傷ついてしまった赤い靴。続けて履いているときは意識しなくても、しばらくしまっていた箱から出すと、傷の深さにあらためて気づくのです。この赤い靴の絵も、130.3 cm×192 cmの大作です。「友達と自分と、どっちがより幸せなのか、考えずにはいられないの。」何日も前につけたド赤いマニキュアが剥げ落ちるままの指先。うつくしい女性の後ろ姿は、拒否と媚びがない交(ま)ぜになったような。とかく、滴(したた)り落ちる血や はみ出した内臓を描いてインパクトを与えようとする絵を描くひとが世の中には多いですが、ぼくに言わせれば ぐっとくるのは、こういう抑制のきいた「傷」を表現されたときなのでは? 剥げ落ちたマニキュアは、時間の経過をも象徴しています。そういう重層的なロジックがこめられた「傷」が、ぐっとくるわけです。「本音なんてね、言えるわけないじゃない。」ぼくとしては、ぜひこのシリーズの絵を描いてほしいです。うつくしいです。左あばらに書いた Naka... の文字が、女性の皮膚の起伏に載りきれなくて、浮いてしまったのが惜しまれます。グラフィティは、後ろの壁に書くテもありましたね。……さて、じつはぼくは今年1月にReijinsha Gallery経由で松川朋奈さんに自画像をお願いしました。ぼくの部屋にかけてある絵をこの機会にご紹介します。(今回の個展で展示されているわけではありません。)ラフスケッチこの角度で描いてこられるとは、ほんとにびっくりでした。妖艶美に魅せられて、コピーを壁に貼っています。本 画ラフスケッチを見たとき、ピアスの花は臙脂がかった赤色だと思っていましたが、本画のピアスの漆黒の落ち着きに ぞくっとしてしまったのでした。*12月27日までの個展は、あいにく日月祝が休廊なので、残るは24~27日の4日間のみ。Yuka Tsuruno Gallery のある江東区東雲二丁目9-13 の TOLOT というアートスペース(2階)では、松川朋奈個展のほか、Jose Parla さんの大作(1.8m×15.9mです!) “Haru Ichiban/First Wind of Spring/Through the Tokyo Alleyways – Her Voice Sings...”や、Candida Hoeferさんの写真作品、さらに横田大輔写真展も開催されています。遠路行く価値あり。りんかい線の東雲駅から徒歩4分のところ。りんかい線は不便ですが、有楽町線やJR線で新木場駅まで行き、そこで りんかい線に乗り換えて都心方向へ1駅戻ればいいのです。
Dec 21, 2014
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今週土曜までの4日間となってしまいましたが、託摩敦子展は一見の価値ありです。広めの画廊で作品をじっくり見終わって、「いい銅版画だけど、刷りが薄いのがあるのが残念だな…」などと思いつつ過去ファイルをめくったら、なんと、「水性ペン」とある。さまざまな太さの水性黒ペンをつかって、手描きでエッチングの風合いを実現した一点ものだった。紙に水性黒ペンだと、銅版画の盛りのあるインクに比べれば弱くなるので、「刷りが薄い」と思ったわけですが、最近作はこれを克服するためにジェッソを塗った面に水性ペンで描画。これをやると、銅版画なみの強い線が描けますが、ペン先に負担がかかるので描画はいっそう大変だったそうです。作品です。託摩敦子「猿の給仕係」清純と乱雑が沈黙のうちに隣り合せている。なんというアイロニーでしょう。文明批評にもなっていますね。3匹の蝶が気になりました。えてして蝶々などを必要以上に描いてしまう作家がいるものです。「あ、この蝶々は、こちら側にいるんです。見る側の視点なんです。それが動いているんです」と作家の託摩さんが説明してくれました。なるほど、それなら納得がいきます。確かにサイズからみて、蝶々は確実に「こちら側」にいます。託摩敦子「おうまさんごっこ」おうまさんが、じつにリアル。耐えてる感じ!託摩敦子「食欲奴隷の晩餐会」162cm×65cmの大作。ジェッソ塗りの上に水性ペン描きなので、たいへんな労力がかかっています。右側の船盛りです。人魚姫ちゃんが、これから食欲の的と化するわけです。こちらは左側の船盛り。人魚姫が骨になっちゃってるの、わかりますか。拡大してみましょう。銅版画の描画の伝統をしっかり吸収し自分のものにしたうえで、どきっとさせる絵をつくっています。ファイルを拝見すると過去から作風は同じですが出来は着実に進歩していて、とくに ここ2年ほどの作品はじっくりと見入らせるしっかりしたコンセプトがあります。作家もうつくしいかたです。詩文集を作りたいと言っておられました。応援したいです。特製デザインのトランプを制作するときは共同出資してもいいなと思いました。
Nov 26, 2014
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内藤亜澄(あずみ)さんの “Hand” と題したサムホール判の小品(平成23年作品)を持っている。見る者を幻視世界に とろりんこと引き込む、内藤ワールドのファンである。11月8日まで京橋三丁目の Gallery Tsubaki/GT2 (11/2, 11/3 は休廊)で「内藤亜澄展」をやっている。2度もかよってしまった。最も引き込まれたのは、この作品だ。内藤亜澄 「誰かの夏」 F50号6つの十字架は何を象徴しているのだろう。十字架からこちらに向かって伸びる黒い線はもはや影ではなくて、どこにつながっているのか 底知れぬ深い溝ではなかろうか。人物と十字架を分かつ結界を示すような赤い線は、何の象徴だろう。寓意を含む絵は、えてして「伝えたい理屈を絵解きしてみました」という作家のメッセージが見え見えのものがある。そういう絵はけっきょく、見る側の感受も作家が準備した理屈を超えられない。ところが「誰かの夏」は、そうではない。内藤さんなりに絵を支えるロジックは組み立てておられるのだろうが(それを聞いてみたい気もするが)、あらゆる象徴はすでに作家のロジックを超えたところで息づきはじめている。刻一刻と、見る者の大脳を刺激する波動が、絵から放射されている。白い壁面と、赤い壁面と、それを取り巻く樹林。その3つの何れか1つだけが現実で、残る2つが幻視だとしたら、現実は白壁、赤壁、樹林のうちの何れだろう。そんなことを考えだすと、絵はすでに静止画像ではなく、幻視の樹林がむくむくと立ち上がる動的光景まで見えてきそうだ。視線をこの絵に向けるたびに、謎に踏み入り、さまざまな幻視を感じる。飽きない絵とは、まことにこの「誰かの夏」のような絵を言う。内藤亜澄 「瞬間」 F8号内藤亜澄 「夜明けまで」 F8号内藤亜澄 「止まり木」 F8号内藤さんが描く人物は、平成23年から24年にかけて大きく変わった。それまでは、霧の向こうの乳の凝固体のような人物だった。それがやおら、メタリックなゆらめきを帯び高圧電流を放出しつつ融解しそうな人物へと変わった。創造したメタリックキャラを、内藤さん自身、御(ぎょ)しきれていないように感じられたのが昨年だったが、今年の個展ではこのメタリックキャラを御しきった。メタリックな跳込板の少女はすでに手の先を失い、水面に着地するまでに秒速で空気に拡散しそうだ。ボート上で闇を見つめる少年からは、アーク燈のじりじりという音まで聞こえてくる。そしてショッキングピンクのカーテンの向こうの妖怪少女には、次の瞬間にあらゆる変化(へんげ)が可能なポテンシャル(潜在力)を強く感じさせる。メタリックキャラが潜在的にもつ動感を生かしきった三部作だ。内藤亜澄 「駆け抜ける」 F20号少女の飄々(ひょうひょう)。ジョルジョ・デ・キリコの「通りの神秘と憂愁」の左下に描かれた輪回し少女を思い出した。内藤亜澄 「求められる家は山をも創る」 S50号今回の個展のDMに使われた作品。画題の含意を作者から聞きたい衝動にかられる。内藤亜澄さんは昭和58年生まれ、東海大教養学部美術学科卒。平成24年にシェル美術賞 本江邦夫審査員賞を受賞。個展はギャラリー椿で11月8日まで。
Nov 2, 2014
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出光興産の創業者にして出光美術館の創始者である出光佐三(さぞう)氏は福岡県宗像(むなかた)郡赤間村の生まれで、宗像大社は氏神さまだった。そういうご縁のある宗像大社の国宝展を出光美術館で行うのは、まことに似つかわしい。ポスターを見てもずいぶん地味なので、大した期待もせずに訪問したところ、国宝また国宝のとんでもない展覧会だった。九州と対馬からほぼ等距離に位置する女人禁制の沖ノ島での発掘作業を通じて、古墳時代から飛鳥・奈良時代にかけての文物が大量に出土し、その史料価値の高さから、まとめて国宝指定されたわけである。そのため、いかにも国宝っぽい鏡や金銅製の馬具のかたわらで、唐三彩の欠片や、緑変し ごつごつした真珠玉まで国宝指定となっている。展示の最後は、福岡藩第三代藩主黒田光之が宗像大社に奉納した「三十六歌仙図扁額」(藤原基時・書、狩野安信・画)が華を添える。
Aug 30, 2014
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美樂舎マイ・コレクション展で、わたしは台湾の Natako Oo さんの作品を展示している。展示した2作品のうちの1つは、アートファンなら一目見て分るとおり、会田 誠(あいだ・まこと)さんの有名な問題作「犬 雪月花」シリーズが影響している。剽窃でもパロディーでもなく、Natako Oo作品は会田誠作品を消化し、写真コラージュの手法で昇華したものだ。ここにひとつの系譜があり、アート史の1頁が開かれたと、ぼくは思うね。展示会場には、会田誠作品を画集から縮小カラーコピーしたものを、Natako Ooさんの作品の下に <参考> と明記して貼りだした。展示の初日の午後になって、会田誠さんの所属画廊であるミヅマアートギャラリーの社員が会場に来訪し、カラーコピーを撤去するようにと伝えてきた。会場係がすぐに撤去してくれた。わたしに言わせれば、来訪者が会田誠作品と Natako Oo 作品を見比べることができるようにしたのは、現代アート史を語るためという立派な目的があったのだが、適法違法の微妙なところだから撤去はやむをえないと思った。かりにわたしが、画集の絵を次々に額装して壁に展示し、「会田誠作品展」と銘打った展覧会を行ったとしたら、これはもう完全な真っ黒け。文句なしにバツである。そういうケースと今回のマイコレ展のケースは明らかに異なる。しかし、率直に言って線引きはむずかしい。今回のケースはグレーなのである。* * *しかし、ここから先はミヅマアートギャラリーのほうが非常識だと思う。ミヅマの社員は、あろうことか展示の説明文にまでクレームをつけてきたのである。ミヅマアートギャラリーが問題にしたのは、このくだり:≪アートファンなら、会田誠(あいだ・まこと)さんの有名な問題作「犬 雪月花」の3連作を思い出すはずです。いわばその実写版写真コラージュが「少女恋物 #01」ですが、丹念な仕事には驚くばかりです。そして、うつくしい。≫驚いたことにミヅマの社員曰く、「会田誠の名前に言及してはならない」。仕方がないから会場係が、Natako Oo 作品の展示説明文も撤去した。勤務先まで急報があり、わたしは勤務を終えたあと会場へ行って、以下のような文章に改めて壁に貼り付けた:≪アートファンなら知っている、ある有名な問題作。いわばその実写版写真コラージュが「少女恋物 #01」ですが、丹念な仕上げにはドキリとさせられます。Kawaii装飾に彩られた、美しくも目くるめく世界です。≫説明文としてはよくなった。ミヅマちゃん、ありがとう!しかし、である。「会田誠の名前を出すな」とは、いったいどういうことなのだろう。アーティストの名前に言及するためにいちいち所属画廊の許可が必要なのであれば、およそアート史を書くことはできない。ミヅマアートギャラリーの非常識には驚いた。劇評で石原さとみや笹本玲奈について書くために、いちいちホリプロの了解が必要か? みたいな話だ。今回のケースでは百歩譲って、会田誠さんについて「言及がないとはけしからん」と言われるのなら、まだ分る。(その場合だって、会田誠に言及するかどうかは、あくまでわたしの裁量の範囲だと思うがね。)「会田誠の名前を出すな」というくらいなら、この際、会田誠さんの名前を廃止してはどうか。案外、会田さんは「名無しもいいね」とゲラゲラ笑ってオーケーするかもしれないね。【蛇足】 展示会場に来たミヅマアートギャラリー社員を名乗るひとは、会社を代表して掲示物撤去を要求しながら名刺は出さなかったという。社会人として、非常識。ミヅマアートギャラリーは、社員教育からやり直したほうがよいのかもしれない。【続・蛇足】ミヅマアートギャラリー代表の三潴末雄(みづま・すえお)さんが、平成26年8月19日の午前11時ごろに、わたしのFacebook上に以下のようなコメントを書き込んだ。≪会田誠の表面のイメージをパクった醜悪なものだ。作品とは呼べない。会田誠にはきちんとした社会批評としっかりしたコンセプトがある。≫≪会田誠の作品イメージを勝手に参考資料として、展示しているが、即刻辞めて欲しい。迷惑な話だ!≫三潴さんが書いた「作品とは呼べない」といった内容は わたしには罵詈雑言に思えるが、アート界でご自身が育てたと自負されているであろう会田誠さんへの父親のような愛情が、三潴さんをして我を忘れさせたのかもしれない。Natako Oo 作品は会田誠作品と以下の点で決定的に異なり、パクりではない。そこがすごいところ。Natako Oo 「少女恋物 #01」 (平成25年)(1) 会田誠作品「犬 雪月花」連作の少女が犬への連想を喚起することを強く意図している。それに対し、Natako Oo 作品「少女恋物」連作は犬を連想させない。むしろ犬を連想させては邪魔になるから、会田誠連作に存在する首輪を Natako Oo 作品はあえてつけていない。(2) 会田誠作品「犬 雪月花」連作が雪月花というモチーフによっているのに対して、Natako Oo作品「少女恋物」連作は医療行為がモチーフになっている。それによって、会田誠作品が描く少女たちの手術前はどうだったろうね? という問いかけにもなっている。会田誠作品「犬 雪月花」は社会的波紋を呼んだ作品であり、それに対するひとつの批評を提供しているという意味で、Natako Oo作品はきちんとした社会批評としっかりしたコンセプトがある。こういうのを、換骨奪胎というのである。三潴さんご本人が後で否定しないように PC 上で三潴さんの書き込みを撮影した。(なお、17 saat once とあるのは「17時間前」ということ。わたしのFacebookは言語設定がトルコ語になっているので、「いいね」もBegenとなっている。三潴さんの名が Mizuma Sueo とローマ字書きになっているのもそのため。)【8/21 夜、追記】ここ数日、ブログへのアクセスが急増している。8/18 757 (実力値)8/19 4,100 (えらく増えた)8/20 16,981 (こんなこと初めて)8/21 22,894 (23:20現在)「ミヅマアートギャラリー」を風呂に入る前にGoogle検索したら、このブログが検索ヒットの2件目に来た。Wikipedia も抜くとは、ビックリ:ところが風呂から出てみると順位が下がっていた。あれ…? 順位は刻々と入れ替わるようだ:
Aug 19, 2014
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アートファン16名が所蔵作28点を持ち寄って開く「第23回 美樂舎 マイ・コレクション展」 (入場無料)。今回わたしは台湾のアーティスト Natako Oo さん (林晏如さん、国立台北藝術大学卒) の衝撃作を展示しております。Natako Oo 「少女恋物 #01」 (平成25年)手足を切断されて包帯を巻かれた美しいヌード写真ですが、Kawaii 装飾がコラージュされて めくるめく世界となっております。アートファンなら、アート史上の問題作を思い出すひとも多いはず。(ご存知ないかたは、“犬 雪月花” でネット検索してみてください。)この衝撃の手術前の様子まで作ってしまうのが、アーティストのすごいところです。Natako Oo 「少女恋物 #00」 (平成25年)「美樂舎マイ・コレクション展」は、きょう8月19日から8月24日(日)まで、The Art Complex Center of Tokyo (新宿区大京町12-9) (←クリックすると地図) で開催しています。わたしの出展がいちばん過激ですが、ほかの会員も古典的作品や抽象画など多様な自慢の所蔵品を披露しています。ちなみに他の3つの展示室では、マイコレ展以外の展覧会も開かれています。若いアーティストたちの力作がありました。さて、わたしの展示コーナー全体はこんな感じです。Natako Ooさんの他作品の参考画像も展示しました。さて、わたしのコーナーの右隣は、美樂舎会員・丹伸巨(たん・のぶお)さんのコーナー。左の作品をよく見てみましょう。谷口ナツコ 「女王の絵」 (平成16年)真ん中の樹脂製人形の作家・土井 典(どい・のり)さんは、昭和44年に日本で初めて本格的な球体関節人形をつくった人です。土井 典 「Q女」 (平成6年)Natako Oo作品の左隣。こちらの門倉作品は、同じく美樂舎会員の石堂琢己(いしどう・たくみ)さんの出展です。門倉直子 「青い車」 (平成18年)アートコレクターの会「美樂舎」にわたしが入会したのは、自分が持っている作品を死蔵することなく、多くのひとに見てもらうチャンスとしてのマイコレ展にひかれたからでした。今回の出展も、Natako Oo さんがとても喜んでくれています。昨年は松谷千夏子さんの作品を展示し、松谷さんにも会場に来ていただきました。マイコレ展は、24日まで開催。8月19~23日は11時~20時、最終日24日は11時~15時、そのあと15時~16時半は陶芸家・林香君(はやし・かく)さんの講演会となっています。
Aug 19, 2014
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ぼくが行った8月1日、金曜日の夜は、ちょうど本館前でコンサート設営の最中。翌日の新聞を見たら、あと数分待っていれば一青窈(ひととよう)さんのミニライブ開始だったことを知った。ちょっと残念…。さて故宮展の内容だが、トーハク(=東京国立博物館)の学藝員がよほど書が好きなのか、とくに展示前半がやたらと地味。どうりで客が少ない。大衆が喜びそうなお宝ものは、最後のほう、乾隆帝コレクション・コーナーにある。ミニチュア飾り家具の「紫檀多宝格」と、そこに収まっていたミニチュアお宝の数々など、この手のものは故宮博物院にたくさんあるので、そういうのをもっと並べてくれると大衆は故宮のお宝の過剰性を実感して感嘆のため息…ってことになったのだが。過剰性こそが故宮なのだけど、今回のトーハク展は学藝員の目線で取捨選択しすぎたね。学藝員が大衆受けを信じたのは、あの「翠玉白菜」なのだろうけど(6/24~7/7 の期間限定で別会場の本館特別5室に展示された)、むしろ工藝の粋たる「象牙多層球」の展示が欲しかった。象牙の内部、十数層にわたり球面を彫り込んであり、見ていて気が遠くなってくる。故宮博物院にはたくさんあるので、ふたつ三つ持ってくれば会場の華になったのにね。なんで今回「象牙多層球」を持って来なかったんだろう。多様な合成樹脂製品に囲まれた現代生活をしていると、色とりどりの玉(ぎょく)の細工を見てもさほど感動しない。そういう自分がちょっとかなしい。丁寧なつくりに感動した品々は、以下のとおり:「緙絲(こくし)吉祥喜金剛像軸」(元時代): じつに細かな つづれ織りで、よほど近づいてはじめて織物だと分る精密な出来。「刺繍咸池浴日(かんちよくじつ)図軸」(南宋時代): 池水の波立ちをあらわす刺繍が、見る位置を少し変えるだけで、まるで偏光板のようにくるくる躍動して見える。「永楽大典」(明代、16世紀半ば): みごとな楷書と図絵の百科事典。もっといろんな頁を見てみたい。「帝鑑図説」(清代、19世紀): 帝王学のための故事図鑑。これまたみごとな楷書。「藍地(らんじ)描金粉彩游魚文(ゆうぎょもん)回転瓶」(清代、乾隆年間): 琺瑯製とさえ見える、つややかな発色。2層になった花瓶で、内層にあたる花瓶の口の部分を回すと、花瓶胴体(外層)に開いた窓から内層表面に描かれた金魚がゆったり泳いでいるように見えますよという趣向。景徳鎮の窯では、2層構造を実現するため、試行錯誤の連続だったに違いない。それに思い至るだけで気が遠くなる。まぁ、この「気が遠くなる」ほどの技巧こそが、故宮のお宝の醍醐味ですね。
Aug 4, 2014
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きょうから新宿区大京町で、わたしも関わっているアートフェアの開催です。The Artcomplex Center of Tokyo で ACT ART COM 2014 (←開催時間はこちらにあります) が行われます。わたしの参加企画は2つ。朗読劇と作家紹介展です。朗読劇画 「夏目漱石篇」 は、6月20日(金)午後6時半~8時、6月21日(土)午後3時~4時50分です。会場は地下1階奥のミニステージ。きのう18日の準備のようすの写真です。絵師の石田真吾さんがライブペインティングを始めていますね。ピアノ演奏つきで、恋愛劇 「それから」 と幻想劇 「夢十夜」 を演じ読みいたします。一方、2階の ACT 4 ブース (コレクター団体・美樂舎が借り切り) では、わたしも壁面をいただいて、清水智裕さんの作品紹介展を行います。これは、今日19日から22日(日)までご覧いただけます。新作の 「ブライド (花嫁) #02」入場は、無料です。皆さんのおいでをお待ちしています!若さにあふれた、盛りだくさんのアートフェアです。会期中、数千名が来場の予定です。
Jun 19, 2014
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真衣(まい)ちゃん、ごめん。4月11日の初日のギャラリートークに行って、フィギュアと版画を買って、ブログに紹介するって約束したのに、会期は残すところあと3日。「石川真衣RETRIEVE」 展 @ 代官山 Gallery Speak For (~4/23)石川真衣さんのキラキラプロフィールは こちら。いっぽう、画廊企画のインタビューは こちら。写真が宝塚女優・涼風真世さんの若い頃みたいです。 制作に実直に取り組んでいるのがわかりますね。石川真衣作品は、五美大展で 「少女絵巻」 を見て注目したのが始まり。今回、広島県の表具師さんに、ホントの絵巻物に仕立ててもらい、それを額装したものが展示されました。石川真衣 「少女絵巻」 (上) (平成23年作品)「少女絵巻」(下) (部分、平成23年作品)自分のひとつひとつの過去作品もだいじにしながら新作に取り組んで世界を広げる姿勢が立派です。「現代作品を絵巻物で!」 というのは、平面画の置き場に困り始めているぼくの最近の主張なのでありますが、所蔵の絵巻物はまだ2点しかありません。石川真衣さんの 「少女絵巻」 (上・下) も、いつか手に入れたいと思っています。で、今回買ったのはこれです:「牡丹ちゃんフィギュア」 (平成26年作品)後ろから:「牡丹ちゃんフィギュア」真衣ちゃんが描いた構想画に基づいて、東京藝大 彫刻 学部1年の漆畑勇気さんが合成樹脂で作成したものに、真衣ちゃんが一部 お友達の協力も得ながら彩色したものです。こういう企画は、ぜひ応援しなければ。今回買った版画は、これです。「アフガンハウンドと黒魔術」 (平成26年作品)落ち着いた色で展開した真衣ちゃんワールドです。右上の文字っぽいところが、完璧に 「読めない文字」 なので絵のノイズ (攪乱要素) になっていないところも好感。「泉さんが買いやすいサイズの版画をと しきりにおっしゃるので、今回は小さめのシルクスクリーンシリーズを作ったんです」。真衣ちゃんの展開する作品は、3人の少女 「牡丹ちゃん」 と 「蜂の姫」 「ヴァンパイアガール」、永遠の愛犬 「レオ」、そして兎の 「プリンス」 (愛称 「プー」) で構成されています。はっきり言って、描画にところどころ雑なところがあるのは否めませんが、草花枝葉を描かせるとこれが絶品。この基礎力と、全体を統括するストーリー性のパワーが、作品の高い評価につながっています。「ハンドルが掴めない」 (部分、平成24年作品) の牡丹ちゃん今回の個展でDMに使われた表題作。「RETRIEVE」 (平成26年作品)画廊は、こんな雰囲気です。フリーのデザイナーとして活動しながら、今回 メジャーな画廊で個展が開けて ほんとうにおめでとうございます。番外篇。画廊を出たところの交通標識が、こんなでした。え、ええのん? よい子は真似しないように。
Apr 21, 2014
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VOCA賞の田中 望(のぞみ)さん、佳作賞の大坂秩加(ちか)さん、そして炭田紗季(すみだ・さき)さんの3人がよかった。ぼくの好み。VOCA賞の田中 望(のぞみ)さんには、昨年平成25年8月20日に銀座一丁目の ぎゃらりぃ朋の個展で会っている。素朴な娘さんです。そのときの作品画像と感想を載せたブログがある:田中 望 展 @ ぎゃらりぃ朋 (銀座一丁目)画廊メモには、こう書いている:≪祭礼に集う兎の群れが絵巻物を見る楽しさ。大きなパネルサイズをまとめ切れていないが、部分部分は描画も色も魅力的なので、うまくトリミングする形でお手頃サイズの絵にするといい。平成元年生まれ、東北の民俗研究にも熱中している。東北藝工大洋画 院在籍ながら、画法は日本画。おもしろい才能です。≫今回のVOCA賞受賞作 「ものおくり」 は、座礁した鯨を悼む兎たちのさまざまな祭りの円陣が展開し、絵に近づいて愛らしい兎たちの姿を目で追うと飽きることがない。しかし上掲のメモで指摘した 「大きなパネルサイズをまとめ切れていない」 という課題は依然として残っている。主役たる兎たちが、230 cm × 340 cm のパネルに比べてあまりに細ごまとして、しかも遠近法を無視して近景も遠景も同じサイズで描いてある。今回の作品は、鯨が流す血潮の褐色が作品の右側に大きな渦をつくったので、辛うじて作品全体の大きなまとまりが見えてきたところ。ぼくが思うに、細部が楽しい田中望さんの作風に適したサイズは絵巻物だ。絵巻物には遠近法が適用されない。時空の流れがつくるパノラマ世界だ。「ものおくり」 のモチーフにぴったり。東京都美術館で開催中の 「世紀の日本画」 展の、今村紫紅(しこう) 「熱国之巻」 のように文字通り巻物としてもよいし、岩橋英遠(えいえん) 「道産子追憶之巻」 のように分割額装すれば連続パネルとして展示できる。*大坂秩加さんは有名人だから、説明は要らないだろう。ぼくは平成22年のシェル美術賞展で見たのが初めてで、そのあと東京藝大修了展の作品を見て大ファンになった。Gallery MoMo Ryogoku でお会いしたことがある。ストーリー性と色づかいが魅力だ。でも、少女たちがほとんどいつも後ろ姿ばかりなのが不満だけど。ぼくはやっぱり、人物の目が見たいのでね。今回の受賞作 「そんなに強くなってどうするのあなた」 は、縦4メートル、横1.3メートルの大作 (高さ2メートルのパネルを縦につなげた)。これは美術館でしか展示できませんね。作品の左に鉛筆書きの額入りメッセージがあって≪強くなりたい 強く生きたいって、そんなに強くなってどうするの あなた。ひとりは哀しくて辛いのよ。だったら弱くてもいいからあ、人に甘えられる方が幸せよ。それ以外は無いと言ってもいいくらい。縋(すが)りなさい。縋って縋って 生きなさい。≫*炭田紗季さんの作品は、アートフェア東京 Takashi Somemiya Gallery のブースで小品を何点か見て、買いたい蟲がうずいた作家。炭田紗季 “Fuji”西洋モチーフと和のモチーフを平然と激突させる。上掲の “Fuji” はアートフェア展示作品ですが、西洋競馬のジョッキーたちが束帯(そくたい)の冠をつけ、画面上部からは白い紙垂(しで)が下がっている。アートフェアでぼくがよほど買おうかと思ったのは、神社とサンタクロースのミスマッチが不思議に調和し、こころよい赤で彩られた作品だった。作品の出来から見て随分安い売値だったので、その場で作家経歴をスマホで調べたのを覚えている。今回VOCA展の 「七福神」 は、洋館の正餐卓に集う7名の西洋人。ところが左端手前のひとりは風折烏帽子(かざおりえぼし)に狩衣(かりぎぬ)姿だし、右端手前の男は支那宮廷の装束、その向こうの女性は西洋の黄金の甲冑を身につけている。ミスマッチ世界なのに、7人はみな平然と正統写実油画に収まる。今後が楽しみな作家ですね。昭和60年生まれ、尾道大学 院修了、昨年はメキシコシティでアーティスト・イン・レジデンスの経験をしています。* * *いくらなんでも、これはないやろ、と思ったのが 橋本聡(さとし)さんの “Mobile Number: Hole”.A4判の紙に080ではじまる11桁の数字をプリントし、マスキングテープで美術館の壁に貼っただけ。材料は≪番号を紙に印刷、マスキングテープ、壁面、その番号を見た者≫だそうで……。いくらなんでも、これはないやろ。中二階で、名キュレーターの幕内政治(まくうち・まさはる)さんに会った。おしゃべりするうち、電話番号ペライチの橋本作品の話題になり、幕内さんが幕内 「レセプションのとき、誰かがあの番号にホントに電話してみたんですよ。そしたら 『いま準備中なので、あとにしてください』 と応答があったらしいんです」泉 「え?! じゃぁ、電話してみようかな」幕内 「ハハハ、あとでどうなったか教えてください」作品の前に立って掛けてみました。先方 「(咳の音)(咳の音)……は、はい」泉 「あのぉ、ひょっとして、作家さんですか?」先方 「(咳の音)(咳の音)……作品見て…(咳の音)…掛けてきたんですか?」泉 「はい。この会話も作品の一部ということなんでしょうか?」先方 「すみません。いま移動中なので…(咳の音)… 電話はあと3時間くらい後にお願いします」会場係 「あのぉ、お急ぎの電話は1階ロビーのほうでお願いします」泉 「わかりました。いまちょうど係のかたに叱られたところです。それでは」以上、文字起こししてみました。良い子はけっして真似をしないようにね。会場内ではケータイ使用は禁止となっております。*もうひとつ、これはないやろ作品があった。臼井良平さん 「結露、Tissue」。「結露」 のほうは床にガラス板が立てかけてあるだけ。その下部だけ鏡面で、上のほうは白い。図録の解説を見たら、鏡をサンドブラストしたのだそうだが、均一にサンドブラストしただけなので藝がない。「Tissue」 は合板に紙を貼っただけ。その紙に陰影らしきものが鉛筆で描いてあるのだが、べつにティッシュペーパーの軟(やわ)さが表わせているわけでもなく、藝がない。さすがの幕内政治さんも「臼井さんって、他のとこではけっこうおもしろいのもやるんですけど、今回のはあまりに手がかりが無さすぎて。まるで入口を入ったらすぐ出口! みたいな」。幕内さんの 「入口を入ったらすぐ出口!」 ってひとこと、サイコーにおもしろかった。これを聞けただけで、大満足です。VOCA展は上野の森美術館で3月30日まで。
Mar 21, 2014
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きょう3月17日まで麻布十番の Azabujuban Gallery で開催の清水智裕(ともひろ)展 「霧が晴れたら新世界」。「プレゼンター#2」 という小品を買いました。清水智裕 「プレゼンター#2」智裕さんの描く丸顔の女性は、ぼくの上の娘 (ウェブデザイナーとして勤務しています) に雰囲気が似ていて、とりわけ胸がきゅんとなる存在です。静かにしているようでいて、思い切ったことをするし、思いがけないところに立っていたりするわけです。「プレゼンター#2」 は、投影機をつかって説明する女性の姿で、投射された光の圏内に立っている姿が印象的です。光と影をうまく処理しましたね。ぼくの娘を重ねながら買った清水智裕作品の3枚目となりました。「大事なはなしがあります」こちらも、買おうかなとよほど迷いました。これは、ぼくの娘が母になったときの姿かな。「熊のありがたみ」白熊といっしょに立つ。思いがけないところに立って、思い切りよく存在するのが彼女。この絵はDMに使われました。「霧が晴れたら」そして個展タイトル作品が、王子とポニーのこの1枚。この1点だけが、いつもの女性キャラではありません。馬のかわりに、駱駝が似合うように思います。「ホークマスター」これはちょっと意表をつくポーズ。活動的な彼女。「南海の決戦」2個の浮き輪だけを武器にして蛸(たこ)怪獣と戦う彼女。これをやっちゃうところも、ちょっとうちの娘です。作品は大作で、上はその一部のトリミング画像。Azabujuban Gallery は天井が高いので、この一作があってちょうどよかった。「ラビットチームスタンバイ」絵のタイトルの意味がわからないかもしれませんが、手前のほうに兎が1匹いるのですね。スキーで滑り始めると、兎チームが一斉についてくるにちがいありません。智裕さんには、昨年から2枚の絵をおねがいしています。結婚式に遅れそうな彼女がウェディングドレスで土漠をぴょんぴょん走っている姿と、結婚式に間に合って晴れやかな彼女を描いてもらうことになっています。昨年やりとりをしてラフスケッチは決まったので、今回の個展が終了したらいよいよ彩色です。清水智裕さんの個展は、ほかにも小品やドローイングがいろいろと。3月12~17日 @ Azabujuban Gallery (港区麻布十番一丁目7-2)
Mar 17, 2014
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立澤(たつざわ)香織さんの4枚目の絵を買いました。きょう2月17日から22日まで、Gallery 銀座フォレストで開催中の 「立澤香織個展 Portrait 4」 にて。買ったのは、この作品です。ぐっときました。立澤香織 “so sick!”涙が つつつと流れています。とかく、涙を水滴として描いた絵が世の中には多いですが、あれはちょっとね。涙は、あっさり流れてほしいです。立澤作品には珍しく、女性の顔に赤みのシェードが入っています。「あなたのとりこ」この作品が会場奥の窓際に置かれていて、とても気に入りました。仕草がすてき。表情も。お手頃価格でもあるのですが、ちょっと大きすぎてそのまま倉庫入りしてしまいそうなので断念。「女王様のお気に召すまま」女王様がハイヒールの裏を向けてきましたね。これも大きめサイズの絵です。“yellow breeze”ちょっと気を抜いたところがセクシー感を一層かきたててくれます。黄色の使い方も新鮮だし、女性の胸のあたりの黒い三角形がおもしろいコンポジションをかたちづくっています。「叫ぶ」「立澤香織かるた」 の1枚にしたくなる、遊び心のサムホール判作品。今回の個展は彩色がいちだんとカラフルで、楽しい雰囲気です。
Feb 17, 2014
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行ってよかった。いい展覧会の終了前の週末は混雑するので、大雪の日ならゆっくり見られようと、よほど2月8日の横浜行きを考えた土曜日でしたが、翌日曜のきょうもじっくり作品と対話できました。ぼくはとにかく人物画が大好きなわけですが、そこに直球ストライクの球を投げてくるのが観山です。人物ひとりひとりの表情に、演劇の一場を観る思い。260209 岡倉天心生誕150年・没後100年記念 生誕140年記念 下村観山展 (~2/11) @ 横浜美術館 (みなとみらい三丁目)(行こうと思っていた2月8日は大雪で巣籠りした。雪の残る今日、意を決して行った。人物画イノチのユキヲ必見の回顧展だった。)とりわけ魅了されたのが展覧後半の、人物の奥底まで描ききった掛軸の数々。「老子」 (東京国立博物館所蔵) は、観山に面立ちが似ている。もとより、老子の風貌こそは藝術家の裁量に委ねられたものの最たるものだから、そこに自らを投影した観山のこころのありかまで推し測れる。「陶淵明」 (福井県立美術館所蔵) 、「酔李白」(北野美術館所蔵) 、「一休禅師」 (永青文庫所蔵) など、それぞれに時空を超えてそのひとに会っている思いだ。孔子ではなく老子、杜甫でなく李白なのだなぁ。「日蓮上人辻説法」 (東京藝大美術館所蔵) も、図上のひとりひとりが演じるベストシーンを集約しているような、見飽きない作品。下図も並べて展示されていて、なお面白い。「美人と舎利」 (gallery 枇杷 所蔵) は、左の一幅が幽霊の位置に骸骨、右の一幅は清らな美人が幽霊を少し見上げる位置にある。これなど、現代アートの最先端と言ってよい。現代アーティストが揃ってひれ伏すべき逸品だ。「魔障」 (東京国立博物館所蔵) も現代アートだ。佛を拝む僧の堂に寄せ集まる物の怪らの図を墨だけで描いた 「白描画」 に、ところどころ金泥をあしらって、みごとな本画に仕上がっている。「俊徳丸」 (日本美術院所蔵) の一幅は、つい先週金曜日に都美術館で見た重要文化財の六曲一双 「弱法師」 の俊徳丸とはまた異なり、一陣の風まで感じさせる。人物をあえて右に寄せた不安定が、すっくと立つといえども不自由な俊徳丸の身の上まで暗示してみごと。「維摩黙然(ゆいまもくねん)」 (大倉集古館所蔵) は、維摩にかしづく女性の横顔と装身具、それをとりまく調度や蓮の花瓣など、みな美しい。* * *常設展は、見たことのある作品が多いが、少しずつ入れ替わっていて楽しい。今回の新たな対面は、Otto Dix: “Stilleben mit Kalbskopf” (「仔牛の頭部のある静物」、大正15年作品) は、仔牛の目が生きていてゾクッとさせる。白い花瓣に赤い点々のある鹿の子百合のあしらいがよい。Andre Masson: “Narcissus” (昭和9年作品) は、なんとも軽やかな色づかい。こんなにうつくしくクリームイエローが響く作品を見るのは初めてだ。上村松園 「楚蓮香之図」 (大正13年作品) は、あでやかな支那美人。
Feb 9, 2014
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1月26~31日の東京藝大卒展・修了展を初日にじっくり見たので、今頃ですがレポートします。<日本画>川崎麻央さん (修士、藝大美術館B2F)「衆生の恩」 が群を抜いていた。巨大なシーラカンス1匹を墨絵にし、地は砂っぽく、まるで壁画のごとく。描画もマチエールも申し分なし。島田沙菜美さん (学士、都美術館1F)「ひどく曖昧であまりにも幸福な」。描かれた女性の顔立ちが ぼく好み。臙脂とベージュ色をうまくつかっている。肌にもうちょっと陰影をつければ完璧。内藤あゆさん (デザイン 修士、藝大美術館3F)六曲一双屏風 「蒼翳礼讃」 は、藍色の濃淡で描く日本舞踊の姿。Cyanotype という青焼き写真の技法で、長唄 「官女」 に合わせて踊る倉内真梨子さんがモデル。<油画>大熊弘樹さん (油画技法・材料 修士、絵画棟1F)女性の写実画。リアルな人物画がこれほど求められていながら、それに応えているのが修了展広しといえど大熊さんだけとは。需要と供給にミスマッチがあるね。大熊さんには、学士卒のときに注目して作品を分けてもらおうと思い、後日会ってファイルを見せてもらい、ドローイングを購入したことがある。2年間で腕を上げたが、他の写実画家とはひと味ちがった絵を創りだそうと、もがいている感じだ。平 俊介さん (修士、絵画棟6F)文明批評シュルレアリスム。卒展では、高層ビル建設現場で生物化した巨大クレーンを描いていたが、今回はヒト型のパーツが機械にニョキッと生えた 「四肢クレーン」 や、ありえない増築をかさねた 「つぎはぎ堂」 など。手を抜かずに丹念に描きこんであるから、見る者をこころよく騙してくれるのがいい。六本木の Gallery MoMo Projects で2月8日~3月8日に個展 「裏平成都市論」。<インスタレーション>加藤朝人さん (漆藝 学士、都美術館B2F)壁面にしつらえられた、つややかな漆黒のトルソ “sense form” が うつくしい。鼻先から乳房までの、女性の魅惑的な曲線が純化されている。これを木でつくると相当な重量になってしまう。じつは発泡スチロールがベースで、そこに通常の漆藝の技にのっとり布を重ね、漆を重ねた。だから充分に頑丈なのだと。冨川紗代さん (先端藝術表現 学士、都美術館LB)“Same DNA, but” は、熱で熔けて変容しつつある透明な頭蓋骨たち同士が細いチューブでつながり合っている。点滅照明。これをガラスで作っているとしたら驚異だなぁと見渡すと、作家の冨川さんがいて、聞けば頭蓋骨は壺の形のポリプロピレンをバーナーで加工したもの。細いチューブは、アクリル製。LIXIL Gallery あたりに、そのまま進出できそうな作品だ。山田勇魚(いさな)さん (デザイン 学士、都美術館LB)「九十九神(つくもがみ)の部屋」 は、昭和30年代の小家屋をしつらえ、家具・道具に妖怪が宿って肉体化・内臓化した姿を見せる。タイプライターのキーすべてを臼歯にしてしまったオブジェが、欲しくなった。山田勇魚さんが有名になったら、値打ちが出るね。盛田亜耶さん (油画 学士、絵画棟5F)線画を切り絵にしたてた壁面装飾。ファイルのなかのドローイングもセンスよし。井上俊博さん (陶藝 学士、都美術館LB)将棋盤とコマをすべて陶でつくった。将棋盤のなかが空洞なので、将棋を指すとカランと乾いた音がする。<ドローイング>野澤 聖(しょう)さん (油画 学士、都美術館1F)「見立ての図像たち ―家族―」 は、コンテによる等身大写実人物画。驚異的な腕前である。さて、この腕前を生かした本画が、これからどう展開していくのか楽しみ。<パフォーマンス>ユゥキユキ こと 村松由貴さん (油画 学士、都美術館1F)「脱力天使☆ユキエル」 (☆のところは、ダビデの星) はスマホと遊びつつ坐る彼女自身がアクリル板の向こうで見世物になる、なま身のインスタレーション。もちろん着衣です。眼と目があうと、どぎまぎするほどかわいいです。この集客力があれば、もう一声、ライブペインティングならぬライブインスタレーションづくりパフォーマンスという手があるかも。金井萌々(もも)さん (デザイン 修士、総合工房棟)“anima to animal” は、白い布の動物ドレスでペンギンや鳥、駱駝、象になって舞う、たのしいダンスパフォーマンスのビデオ作品。これを演劇に持ち込むと、新しい展開がありそうだ。<映像>牧 雄一郎さん (デザイン 修士、総合工房棟)アニメ 「冪乗則」 は、あまたの直方体の無機質な動きがやがて都市をつくり鉄道を走らせる。見飽きないエンドレスアニメ。音の入れ方も絶妙。<テキスタイル>藤江いづみさん (染織 修士、藝大美術館B2F)「ひみつ」 は、グラマラスなビキニの女性のボディ部分だけを粗い目で織り込んだ壁掛けパネル5連作。需要に応えるテキスタイル作品だ。* * *2年前の 平成24年1月の東京藝大卒展・修了展の観覧記 を読んだら、日本画の川崎さん、油画の大熊さん、映像の牧さんのことを取り上げて、こんなふうに書いていた。◆ 川崎麻央(まお)さん (学部・日本画)「私の海」 は青のヴァリエーションがうつくしく、顔の描きかたも端正。◆ 大熊弘樹さん (学部・油画)これから精進を続ければ、塩谷 亮さんや諏訪 敦さん、石黒賢一郎さん等のあとに続いて、いい写実画を描いてくれそうな作家。人物画が好きなぼくとしては、今回の卒展一の発見。◆ 牧 雄一郎さん (学部・デザイン)蟻の群れの動きを飽かず眺めてることって、ありませんかね。アニメ作品 「街は流転する」 は、レゴブロックの街をレゴブロックが整列してひょこひょこ動いていくような。色の選択も、原色をはずしていながら、中間色っぽさもなく、さすが藝大だねッと思わせる。
Feb 8, 2014
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絵画か彫刻かインスタレーションかと、かたちのジャンルにこだわると戸惑うかも。美大でいえば多摩美なら情報デザイン学科、武蔵美なら視覚伝達デザイン学科、東京藝大なら先端藝術表現科の領分の行き着く先を示してくれる展覧会。万国博覧会のブース展示を寄せ集めたみたい。現代アートが身近な存在であることに気がつく仕掛けです。音声ガイドのヘッドホンは兎の耳つきなので、会場にちらほらと兎耳のひとたちがいます。写真撮影OKなので、木村恒久さんの預言的コラージュを2点ご紹介します。「豊かだ」 (昭和50年作品)絶望的なモノの飽和。需要と供給のアンバランスの究極形。これって、現代中国じゃないか!「天罰」 (昭和54年作品)異星に降り立った数名の宇宙飛行士。創造の原初の人間と同じようにはかない存在。だから、たぶん、神に近いところにいるんだね。数十億人にくだるほどの天罰が、数名にまとめてドカンと降り注ぐ……と読んだんですが、これは異端の読み方でしょう。鮮烈なメッセージでありながら、多義性を内包していて、多様な解釈が成り立つ、あるいは解釈する必要さえない、そういう作品だから好きです。*とっても楽しかったのが、スプツニ子!さんの 「ムーンウォーク☆マシン、セレナの一歩」 でした。映像と音楽は、スプツニ子!さんが YouTube にアップしてくれているので、こちらで楽しめます↓ http://www.youtube.com/watch?v=6P1uFNdKdQA&feature=c4-overview&list=UUYq6WTv0LBBOa41PLHYKyJg 出演は、女の子が遠藤新菜(えんどう・にいな)さんで、女神役がスプツニ子!さん本人。安アパートが、思いっきりキッチュな理系女子の秘密基地になってるだけで、元気が出てくるテーマです。これまで男の足跡しかない月面に、ハイヒール痕をつけてやれ! って。会場は、撮影に使われた女子のダブルベッドと月面車の環境展示の向こうに、このビデオ作品が大画面投映される仕掛けです。スプツニ子! さんは、ずいぶん恵まれた境遇のかたのようです。その能力+ルックスで人を惹きつける力をうまく使い、いろんな制作に集人・集客して、周りの人たちを元気にしてほしいです。*リチャード・ウィルソンさんの No Numbers というイリュージョン体験空間は、入場40分待ちだったので、断念しました。ちょっと心残り。「うさぎスマッシュ 世界に触れる方法(デザイン)」展は、1月19日まで東京都現代美術館の3階と1階で。
Jan 13, 2014
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わたしの企画で今年6月に行った 「朗読劇画 (=朗読劇とライブペインティングの同時進行イベント) ・三島由紀夫篇」 で岡本太郎超えの色彩描線を炸裂させた石田真吾さん。明日12月15日まで、個展でライブペインティングをやっています。使っているのは筆ではなくエアブラシ。訳せば空気筆ですね。絵具の細密霧吹きであります。かつてはイラスト系のアーティストの必須アイテムでした。CG で画像作成が簡単にできるようになって、エアブラシは歴史のなかに捨てられた感がありますが、どっこい、本職が特殊塗装の石田真吾さんはエアブラシならではの作品づくりを目指して、じつに丁寧な作業をしています。石田真吾さんって、Google のテレビ CM の小学校の体育の先生にそっくり。じつは本人が出てるんじゃないかと思うくらい。これが作品の全貌。ライブペインティング個展の会場は gallery and cafe fu という、路地裏の こぢんまり喫茶スペース (横浜市中区石川町一丁目31-9 )。JR石川町駅の元町口 (南口、山手・外人墓地方面) から誘惑の多い呑み屋街を抜けて徒歩5分です。こちらが作品の構想原画。完成したら、来年6月20日・21日の 「朗読劇画・夏目漱石篇」 の舞台の中央奥に飾りましょう。石田真吾さんの個展は、きょうは夜10時まで。最終日の明日12月15日は夕方6時までです。
Dec 14, 2013
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あと5時間で終わる珠玉の13人展。ぼくは初日に立澤(たつざわ)香織さんの小品 「乱れて不機嫌」を買いました。意味深なタイトルですが、乱れたのは、髪でした。立澤香織 「乱れて不機嫌」アイシャドーのところが気に入っています。立澤さんも、お気に入りの作品だそうです。この作品は、下の 「ベロアのドレス」 を描いたあと、からだと脳に残る波動で描き上げた由。だから、小品だけど単なる小品ではないわけです。「ベロアのドレス」ちなみに「ベロア」というのは英語だと velour で、ビロードふうの厚手の布地のことです。「カルメン」はなやぎのある、いっしょにいたくなる作品です。「民 (狩り)」 部分さて、こちらの娘は、中国貴州省の少数民族でしょうか。「民 (狩り)」 羽根飾りの全体像をみるとアメリカ先住民とわかるわけですが。「民 (妹)」 アメリカ先住民シリーズです。さて、ぼくの応援している吉敷麻里亜さんも新作を出品していました。今回は描く女性がぐっと大人びた感じです。吉敷麻里亜さんのコーナー和紙に背景を描いたあと、そこから1センチほど浮かして絹地に描いた絵を重ねるという、凝った手法です。うまく背景が透けて見えるようにしてこれを生かすのは、むずかしい技ですが今回、人物も花鳥もうまくいっていました。(ガラスに天井の照明が反射して、一作一作のアップがうまく撮れなかったので、集合写真でごめんなさい。)外田千賀 「退廃・創造」さて、外田千賀さんです。スパンアートギャラリーで完売達成のすぐあとのグループ展で、作品を描くのがたいへんだったそうです。外田千賀 「喪失・再生」こういう美少女のイラストふう絵画は確実な需要があって、描くひともたくさんいそうに見えますが、ちょっと くすみ をいれた古典風の彩色が外田さんの持ち味ですね。今回の13人展は、コレクターの山本冬彦さんが指名した作家さんたちで、みなさんさすがです。ぼくの発見は、丹念な人物写実の鉛筆画の望月宗生さん、神楽のような東南アジアの舞踏のような仮面劇のオーラを発散させる宮間裕子さんでした。INTRO ―コレクター 山本冬彦が選ぶ若手作家展―@ The Artcomplex Center of Tokyo (新宿区大京町)、10月13日午後6時まで
Oct 13, 2013
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