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自分が読む Facebook の表示を日本語からトルコ語に切り替えました。いま、がぜんトルコ語づいているのです。これまで Facebook の表示はエスペラントとラテン語とロシア語に切り替えたことがあります。切り替えると、自然と日々 その言語を目にすることになるので、慣れるのにぴったりです。ぼくが切り替えても、切り替えた影響はぼくにしか及ばないので、他の人がぼくのページを見てトルコ語を目にするわけではありません。*トルコ語づいた前回はなんと7年前で、ここにその記録がある:「トルコ語の勉強・実況中継」 (平成18年11月19日)このときは、ブログで紹介したトルコ語書きのメモが通じたことに気をよくして、それっきりで満足してしまった。今年の初夏、仕事でトルコの某プロジェクトの手伝いを始めたので、むかし買った教科書をもう一度開いて錆び落としを始めたが、自分がアンカラやイスタンブールまで出張する可能性はないことが分かり、またまた萎えてしまった。三度目の正直は、これだった。『最初のペンギン ストーリーでわかる! らくらく外国語習得術』 杉原洋紀・堀口美奈 著 (講談社、平成25年刊) 会社の研修で隣の女性の英語の発音がよかったので、「どこで英語を勉強したのか」 と聞いた。話しているうち 「母がトルコ人」 というので、ぼくもトルコ語を少し勉強した話をしたら、あとでメールが来て、この本のことを教えてくれた。彼女が 『最初のペンギン』 の共著者・堀口美奈さん。愛らしい女性でした。ネット検索してみたら、学生時代にはファッション雑誌でモデルもしていたひと。きれいなはずです。本はアマゾンで取り寄せて早速読んでみた。細部ではぼくの持論と異なる部分もあるが、基本文を自分のニーズに合わせて作り覚えることでことばのストックを増やしていく方法論など、賛成。外国語を身につけることで、どんな楽しい展開があるかを明るく語っていて、おもに若いひと向きの新鮮な語学導入書に仕上がっていた。語学学習者のチャットサイト Livemocha のこと、はじめて知った。そこで知り合って Skype で会話する、という展開もあるそうだ。ぼくも長年の懸案になっている 「語学のコツ」 本を早く書かないとね!トルコ語への熱が熱いうちに、この週末は積ん読だった 『トルコ語文法ハンドブック』 を138頁まで読み、単語集や中級読み物をネット注文してしまった。語学は一気に坂を駆けあがって中級レベルに達することが大事、というのがぼくの持論。今回はようやく坂の上まで駆けあがれそうだ。
Nov 24, 2013
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高3の次女は漢文が苦手だ。役に立てばと、岩波ジュニア新書の 『漢文の読みかた』 (奥平 卓 著) を図書館で借りてきた。学習素材の文章の選び方がいい。とかく漢文の教科書は 『論語』 と 『史記』に偏りすぎだが、この本の構成は新鮮だ。32ページにこんな小文があった。学問とくに語学とは何かを言い得ているので、書き写しておこう。有 鳥 将 来, 張 羅 待 之。 得 鳥 者 一 目 也。 今 為 一 目 之 羅, 無 時 得 鳥 矣。鳥の将(まさ)に来たらんとするあり、羅(あみ)を張りてこれを待つ。鳥を得(う)るものは一目(いちもく)なり。いま一目の羅(あみ)をつくれば、時として鳥を得(う)るなし。鳥が飛んで来ようとしているので、網を張って待ち構えた。さくっと鳥を捕(つか)まえるのは、たくさんの網の目のなかのたったひとつだ。なぁんだ、役に立つ網の目はひとつだけじゃないかといって、ほんとに目がひとつしかない網をつくったら、いつまでたっても鳥は捕まえられない。*語学がその典型だが、1万の単語をおぼえたからといって、通訳をしたり文章を読んだりする一度だけをとらえて役立った単語の数を数えれば、たかだか数十語、数百語だ。だからといって数十語、数百語しか覚えずにいてモノになるかといえば、そんな限られたタマ数では一度たりとも使いものにならない。通訳をする直前に辞書をあれこれ引いて最後の備えをするが、そういう直前の備えで覚えた新単語が実際に役立つことはまず無かった。長らくの、どうせ大部分がムダとなる知識の蓄積が、ことばのちからだった。
Aug 31, 2010
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外国語を習って中級以上に達したら、英語なら英英辞典、ドイツ語なら独独辞典を使う頻度をだんだん増やしてゆくといい。よくしたもので、外国人学習者向きの英英だの独独だのがありますね。ちなみにわたしが愛用している独独辞典がこちら。下の青いのは、厚さ6センチ。Walter de Gruyter 社の Woerterbuch Deutsch als Fremdsprache(外国語としてのドイツ語辞典)。電話帳みたいにデカくて、1,329頁あるのに、収録見出し語は約2万語。大きく見やすい字で、用例豊富。語釈が詳しすぎて、買った当初は もてあました。本棚から出すのがちょっとした労働だけど、今ではいちばんよく使う。緑のが PONS 社の Kompaktwoerterbuch Deutsch als Fremdsprache だ。「コンパクト」 と名乗っているが、厚さ6.5センチ。枕みたいに分厚いのに、小説本のような普通の紙を使っているから 1,034頁しかない。4万2千語収録。たしかに語釈・用例は 「コンパクト」 に まとめてある。センスのモダンさが気にいっていて、気分転換にときどき使う。黄色は Langenscheidt (ランゲンシャイト) 社の Taschenwoerterbuch Deutsch als Fremdsprache です。名前は 「ポケット (Tasche)」 辞典でもポケットには入りませんが、ところどころにイラスト入りで、かわいいヤツ。2万7,500語収録。語釈は簡潔。疲れているときは、これを使う。*いっぽう、韓国語 (朝鮮語) の学習には小学生用の辞書を使っております。下の、ハングルで表題が書いてある辞書が、それ。延世大学校言語情報開発研究院が編纂、斗山東亜社が出版した 『初等国語辞典 (チョドゥン クゴ サジョン)』。試みに、“ソ” (=牛) という単語を引きますと、韓国語でこんなことが書いてある。≪ソ 飼って乳を絞って飲み、捕らえて肉を食べ、その革を利用し、農家で田畑を耕し荷車を引くのに使った、草を食べる大きな家畜。牛の耳へお経読み <成句> いくら教えてやっても理解できないのか、従おうとしないこと。牛が鶏を見るように、鶏が牛を見るように <成句> なんの関心もなく見ているようでもあり、そうでないようでもあること。牛を失って牛小屋を直す <成句> 事をしくじってしまった後で悔やんだところで何の役にも立たないこと。≫「乳を絞る」 だの 「荷車を引く」 だの 「悔やむ」 だの、日頃あまりお目にかからない関連語にこうやって接しながら、語彙のネットワークを広げ、穴をうめていけるのが、A語学習時のAA辞典の強みだ。この 『初等国語辞典』 は、字も見やすく、本文 1,312ページ。そこに3万5千語収録、基礎漢字8~4級の1000字の音訓・熟語例リスト付きという充実ぶりで、満足しているのでありますが、残念ながら日本の普通の書店では手に入りません。(わたしはソウル出張時に買いました。)ところが、感涙にむせびそうなことが起きた。大韓民国国立国語院と韓国語世界化財団・編の『学習者のために易しく書いた韓国語辞典! (ハクスプチャルル ウィヘ スィップケ スン ハングゴ サジョン!)』という韓韓辞典を、外国語学習書につよい 「アルク社」 が日本の読者向けに昨年12月10日に出版してくれたのですね。日本での商品名は 『韓国語学習者のためのやさしい韓韓辞典』。きょう、足立区の一般書店で見つけて、即買。本文 792頁で、見出し語5千語余り。だから説明が懇切丁寧。「不規則活用動詞・形容詞の活用表」 と、「基本語彙 3,959語の重要度ランク表」 が付録で付いている。こういう良い教材がふつうの書店で買えるようになるなんて!悶絶しそうになる。中級以上の学習者には、ぜひお奨めしたい。この辞書で “ソ” (=牛) を引くと、韓国語でこう書いてある。≪ソ おもに肉を食べたり牛乳を生産したり、農作業を助けさせるために農家で飼う動物。| おじいさんの家には牛が10頭ほどいます。<数え方> 牛1頭。 →挿絵 動物牛の耳へお経読み -だ どんなに説明をしてもよく理解できず従うようにならないこと。| (A): ミンジはきょう習ったことをぼくが何度言っても分からないみたいだ。(B): ミンジがなにかとヨソ事を考えるからだろ。まったく牛の耳へお経読みだな。牛が鶏を見るように なんの関心もないようにも見え、そうでないようにも見えること。| ひとが何かを聞いたら答えるものだ。牛が鶏を見るように、ぽけーっとしていてどうする。牛を失って牛小屋を直す ことがダメになった後で後悔しても何の役にも立たないこと。| 火事がおきてから消火器を工面してどうする? 牛を失って牛小屋を直すようなものだぞ。/泥棒にあってから鍵を直すのは、牛を失って牛小屋を直すのと おんなじじゃないか。≫成句の用例が口語体の文になっているので、じっさいに使われるときの雰囲気が伝わって、いい。……こうやって、優れた辞書をいろいろ揃えても、こつこつ読んで使って宝物を生かす時間が十分でなく、名著の数々に申し訳ない気持ちです。
Feb 8, 2009
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きのうは、夜8時から書評雑誌『ダ・ヴィンチ』の取材をうけた。電子辞書繁栄の昨今、紙の辞書の存在意義は? ということで、辞書マニアの私に声がかかったのであります。インタビューが1ページくらい出るはず。3月上旬発売の号です。会社を午後半休にして(といってもけっきょく律儀に4時半まで働いてしまったが)、家に向かった。本棚をちょいときれいにしてから写真に撮りパソコンに落とし込み、さらに話の種になりそうな辞書を小さなスーツケースいっぱいに入れて、夜8時から北千住で会った。相手は、編集部の担当者、取材・執筆のライター、写真撮影者、イラスト担当のなんと4名。2月下旬に、わたしなりの予告篇を配信したいと思っています。
Feb 7, 2008
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最近立て続けに、英語文法の不思議に出会った。その2。■ 複数形の名詞の前にくる不定冠詞の“a”まずは用例から:≪Ellis tries to answer the question in his modest but useful book. In a brief 283 pages, he tells not one story but six in a series of essays about turning points in early American history, from the Revolutionary War to the Louisiana Purchase.≫(和訳:エリスはその問題に答えるべく、小ぶりだが学ぶところの多い著作をものした。わずか283ページながら、革命戦争からルイジアナ購入に至る初期米国史の転換点についての一連の小論に、1つといわず6つの物語を盛り込んである。)(『クリスチャン・サイエンス・モニター』紙11月13日号掲載の Joseph Ellis 著 American Creation: Triumphs and Tragedies 書評から)第2文の冒頭、in a brief 283 pages にご注目いただきたい。「283ページ」という明らかに複数のものに、単数を表すはずの不定冠詞の“a”がついている。「283ページという こぢんまりした分量のなかで」と訳せばいいだろうか。283 pages を複数形というより「一塊り」ととらえていることが、数詞に“先行して”置かれた形容詞 brief によって示されている。くくり方としては a [brief [283 pages] ] という感じ。この形容詞 brief の位置がミソだ。もしも通常の語順どおり、数詞のあとに形容詞がくるとすれば、不定冠詞の“a”は使わない。ネット上で用例を見つけた。≪In eight brief pages Mr. Whatley delivers some highly readable summaries of the now-forgotten theory….≫(和訳:わずか8ページのなかにホワットレー氏は、今日忘れ去られた理論を極めてわかりやすくまとめてくれている。)ほら、in eight brief pages だ。ここで in an eight brief pages とはならない。eight brief pages だと、あくまで複数形扱いなのだ。
Nov 22, 2007
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最近立て続けに、英語文法の不思議に出会った。■ 前置詞の後なのに him に変化しない heまずは用例から:≪To copy and let others copy is a duty, an expression of that loyalty and fraternal solidarity with he who shares our destiny.≫ここでいう copy は「テスト中にカンニングでほかの人の答案を写す」こと。≪ほかの生徒の答案を写したり写させてやったりするのは義務、つまりおよそ運命を共有する者に対してもつべき忠誠心・友愛心の表現なのだ。≫(今年6月28日の『ウォールストリート・ジャーナル』紙、Francis X. Rocca 氏のエッセー Italians Cheat to Win から。)注目すべきは、he who shares our destiny(およそ運命を共有するもの)という表現がいわば凍結状態になっていて、この前に前置詞 with がついても he が him に変化していないこと。この he は「彼」ではなくて、anybody の意味。文章語用法。そういう he が前置詞支配を受けても語形変化しないという英文法ルールは習ったことがないのだけど、たしかにここをthe loyalty with him who shares our destiny と書かれると何となくおかしな感じがする。突然出てくる「彼」に戸惑ってしまう。手元の英英辞典6冊を引いてみたけど、こういう he が語形凍結してしまうルールは書いてなかった。ネット上で用例を検索してみたら、昭和45年に Van der Graaf Generator というロックバンドがリリースした曲にH to He, Who Am the Only Oneというのがあった。「たったひとりのオレサマに贈るH」「かけがいのないボクにH」と訳するのだろうか。たしかに前置詞 to のあとの he が語形凍結している。ハリー・ポッターに出てくる悪のキャラクター、ヴォルデモート (Voldemort) の通名 He-Who-Must-Not-Be-Named(名を呼んでならぬ者)の前に前置詞 with がきているのに Him-Who-Must… と語形変化せず、with He-Who-Must-… のまま語形凍結しているよう例もあった。もうひとつ別の不思議は、明日書きます。
Nov 21, 2007
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台北空港の出国手続き待ちの列に立っていて列の先頭の人の足元に貼ってあるテープに併記してある英語・中国語の表示をみて考えた。WAITING LINE等 待 線とあるのだが。さて、日本語ではどうなるか。中国語の“等待”は「待つ」という意味のごくふつうの動詞。英語も中国語もそのまま訳せば「待ち線」なのだが日本語に「待ち線」という単語はたぶんない。いろいろ考えて、これなら日本語らしいかなと思ったのが「順番待ちライン」。でも、日本の空港にはそうは書いてないだろう……。免税店のあたりを歩きながら、はっと思った。日本語では「ここでお待ちください」と書くのではないだろうか。歩きながら、にやっとしてしまった。岩波書店から『広辞苑』の改訂版がでるらしい。岩波書店には、おとなしく古典作品を出版する枯淡な出版社として静かに色あせてほしいのだが、やれやれ『広辞苑』の権威はまだ続くのかい。ちなみに、わたしが使っている『広辞苑』は昭和58年発行の第3版だ。改訂版はあえて買わない。第4版以降、『広辞苑』は左傾化したから。日頃愛用しているのは、新潮社と集英社の国語辞典だ。
Oct 24, 2007
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1ヶ月ぶりに NOVA へ行ったら「残念ながら10月24日でここは閉鎖になるんです」と受付でお知らせの紙を渡された。「泉さんのレッスンは10月11日で終りでしたね。それまでは大丈夫なんですが……」紙を見ると、JRでひと駅隣りのスクールと統合されるのだという。新聞のベタ記事で、NOVA 経営建直しのため 200校ほどが閉鎖されるというのを見ていたが、まさか自分が通っているところもその対象とはねぇ。「統合されたら、ひと駅隣りのスクールで勤務ですか?」「そちらも人がたくさんいるらしいので、どうだか」きょうのレッスンはフランス語だった。講師はベルギーとの国境近くのリール市生れのフランス人で、NOVA大阪のテレビ電話からぼくの相手をしてくれる。「デリケートな質問になるけど、さいきん講師の数は減ってますか?」とフランス語で訊くと、「いやぁ別に……。先週も新しいフランス語講師がふたり増えたし……。自分も新聞で報道されているていどのことしか知らないんだよ。何か情報ありますか?」「通ってるスクールが10月に閉鎖になるんだよ」「それは残念。……フランス語の講師をして食べていけるのは NOVA くらいしかないから、NOVA が下り坂になっちゃうと困る。英語の講師の口は多いけど、フランス語を教えて食べていこうと思ったら NOVA くらいしかない」「NOVA はあまりに急速に成長しすぎたから、ノーマルな自然なペースに戻るための調整の時期を迎えてるんだと思うよ。ぼくは NOVA のシステムを評価してるよ」「そう、そういってくれるひともけっこういるよ」 まぁ、そんな会話をフランス語で行ったレッスンでした。もちろんぼくのフランス語はたどたどしく、レッスン後はいつも同様「もっと勉強しなきゃ」と自分に言い聞かせる。「口ほぐし」と「もっと勉強しなきゃ」が、つねにレッスンの収穫だった。NOVA には3年半で 50万円近く払い、イタリア語、フランス語、ドイツ語の中級クラスのテレビ授業を受けてきた。「1回のレッスンで辞書が2冊買えるほどのカネを払うなどバカらしい!」 と、若いころは専ら「独習派」だったけど、今は語学学校の価値を十二分に認める。良くも悪しくも自分の実力のほどを知って、実は「ひとり勉強」の動機づけにもなっている。独習だけだとどうしても「読み物を読んでわかればこと足れり」になってしまう。NOVA に通ってみて、「使うために語彙を覚え、表現を暗記する」という姿勢に変わった。それにしても、語学は「動機づけ」が5割だ、とつくづく思う。6月に始めたヴェトナム語。はじめてのヴェトナム出張では子供向けの写真豊富な国語辞典(つまり an illustrated basic Vietnamese-Vietnamese dictionary ですな)や『星の王子さま』のヴェトナム語版まで買ってきて会社への通勤の行き帰りもヴェトナム語の勉強に充て出張先のホテルでは常にヴェトナム語のCDをかけるといった具合で、1ヶ月余りで発音と基本文法をほぼ身につけた…………と思った途端、ヴェトナム担当から外れてしまったのである。自分のなかでテンションが急速に萎えた。しぼんだ。けっきょくそれ以来、ヴェトナム語から遠ざかってしまっている。あぁ、自分にとってヴェトナム語は「だいたいこんなコトバなんだ」ということがわかればそれで満足してしまうていどの言語だったのだろう……か。猛烈なヴェトナム語シフトで、ほかの外国語の勉強がまるでお留守になっていたから、その反動がきたのだろうか。
Sep 25, 2007
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子供向け・外国人向けにつくられた「現地語・現地語辞典」があると、できるだけ買うようにしている。(英語、日本語の辞書は除いて)今回、台北の洋書屋さんで掘り出し物が3冊もあった。(中山北路の「敦煌書局」にて)いずれも、字が見やすい優れもので、ちゃんとお付き合いすれば絶対上達するぞと夢見るのですが(そしてじっさい、時間をかけてお付き合いすれば間違いなくそうなるはずですが)わが家の本棚は、そういう夢想に包まれながら購入した辞書であふれております。さて、その3冊とは(1) PONS Kompaktworterbuch Deutsch als Fremdsprache (「外国人のためのドイツ語小辞典」。 「小」といっても厚さ6.4センチ)(2)スペインLarousse社の Diccionario maxi junior de la lengua Espanola (7~12歳向けと銘打ったスペイン語辞典。 イラストページ豊富で、見出し語1万8千語)(3) Le Micro-Robert (ル・ミクロ・ロベール。 「ミクロ」といっても厚さ6.1センチ。)英英、独独などを使う良さとして「ことばのニュアンスがよりはっきり分かる」などという宣伝文句がよくありますが、ことばの「ニュアンス」だけをいうなら、英和や独和で的確な日本語訳をもらったほうがよっぽどいいこともある。現地語・現地語辞典を使って、いいところは ――(い)語釈を読むと関連語彙がどんどん確認・吸収できる(ろ)気のきいた例文があると、たのしい(は)日本語の脳細胞を離れて自由に浮遊できるのが愉快わたしはこの3点をあげたいです。たとえばね、今回買った子供用のスペイン語辞典で yoyo を引くと、いきなり例文がきてそのあとカッコ内に補足説明がある。やや直訳調に和訳すると、こんな感じです:≪学校の子供たちはみんなヨーヨーであそび、それを動かしながら誰がいちばん長い時間もちこたえられるか競っていました(=円盤と糸でできたおもちゃで、手を上下させるのにしたがい、円盤が糸を上り下りする)。≫これをスペイン語で読むわけですね。「ヨーヨー」にまつわる関連語彙が集合していて、飲めば血となり肉となる濃縮ジュースになっている。外国人用の独独辞典は、日本の洋書屋さんでは Langenscheidt 社の中辞典と小辞典がよく置かれていて、わたしも両方もっていますが、中辞典のほうは字が小さく、小事典のほうは見やすいが説明がやや簡単すぎ。こんかい、PONS の「外国人用独独」をはじめて見て買ったのですが、じつに使いでがいい。日本の洋書屋さんにもぜひ置いてほしいです。あと、ミクロ・ロベールも、「お噂はかねがね……」という存在でしたが、今回はじめて手にとりました。見出し語が、肉太だがキレのいいイタリック体で11ポイント大の見やすさ。目に快く飛び込む見出し語の後ろに、ロベール独特の、遊園地のようににぎやかな語釈が続く。「遊園地のように」という意味はですね、簡潔な定義は普通字体、用例はイタリック体、関連語彙の表示は「⇒ボールド体」……というふうに字面(じづら)が変化に富んでいて、そしてこの関連語彙の表示がじつに多い。シソーラス感覚なのですね。あぁ、とにかく目が喜ぶ辞書です。
Jun 9, 2007
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NOVAで伊・仏・独の3言語を習っています。昨日のフランス語の講師さんにはちょっと参ったなぁ。名前を見ると明らかに東南アジアの名なので、てっきりヴェトナム人だと思って「あなたの親はヴェトナムからいつフランスに来たの? ちょうどぼくはヴェトナム語を習いはじめたところ」と言ったら、(話題としては大いにうけると思ったのにかかわらず)ものすごく不機嫌なわけですね。「ひとにはまずどこの国の人かをすなおに聞くのが礼儀というものではないか」と、わたしをさとすように言うわけです。そこですなおに聞いたら、カンボジア人だったんです。あぁ、たぶん物心ついてからこのかた何百回となくヴェトナム人でしょと言われては嫌な気分だったんでしょう。ヴェトナム人、カンボジア人、ラオス人の混同は、鬼門だ……。そのNOVAですが、来週で3年が満了します。あとレッスンがあと5コマ残っているけど、確実に消化できそうだからホッとしています。率直にいって、NOVAには感謝です。勉強の動機づけを提供してくれたから。ずーっと中途半端なままだったイタリア語。読めば他言語からの類推でそれなりに理解できるのが逆に災いしていたようにも思いますが、そのイタリア語がりっぱに中級レベルに達したのはNOVAのおかげです。最近NOVAが、中途解約者への返還金の計算方法に問題ありということで訴訟に負けて、社会的には“叩かれる立場”になってしまったけど(“叩く立場”と“叩かれる立場”は日本研究のキーワードとして使えると思いますが)、NOVAに同情するところもあるのですね。コマ数が多いかわりに割引率の高いコースで契約したあと、事情があって中途解約、精算しようとしたとき使ったコマ数の計算単価に割引が適用されないので、払い戻し金がずいぶん少ないぞという不満が訴訟事由。NOVAにしてみると、もし中途解約時に割引単価をベースにして計算することにすると、「もともと50コマだけ習うつもりでもとりあえず割引率の高い150コマのコースに入り、50コマ使ったところで途中解約したほうが、最初から50コマのコースに入るよりお得」ってことになりかねないじゃないか!という論理なのだろうと思います。けっきょくNOVAとしては経営上、コマ数が多いコースの割引を以前より少なくせざるをえなくなった。わがままな中途解約者が存在したために、結果的に普通の学習者が損をこうむったということではないでしょうか。わたしの不満はむしろ、(契約時に聞いていたので、“文句”ではなく独り言です)通っている会社近くのNOVAが土・日が休みで休日にコマ数を消化できないこと、そして申し込みをした場所以外のNOVAで授業を受けることができないこと(たとえば「きょうは自宅近くのNOVAで」とか「きょうは銀座のNOVAで」なんてことはできないわけです)。それと、想定外だったこと(つまり“文句”)は、講師の数がぎりぎりに絞られているためか、希望の授業の予約が数日前でも不可能ということがたびたびあるということ。英語以外の授業は、よほどの大規模校でないかぎり、大阪にある本校の外国人講師とのテレビ電話授業なのですが、当日予約をトライしてもできないことが多くて、そうすると「よし! きょうはNOVAだ」と思い立って電話したのに拍子抜けしてとってもさびしい気持ちになるわけです。最初イタリア語だけ習っていたのに仏・独を加えたのは、3つのうちどれかは確実に予約できるだろう、という目論見が第一でした。(蓋をあけてみると、いちばん予約が取りにくいのがドイツ語でした。)授業中はとにかくその言語だけで講師とやりとりをするのが原則。最初のうちは悔しさと、もどかしさで、「もっとうまくなってから授業を受けよう」と思ってしまい、NOVAに行くのをケチってしまい、3年間150コマのうち、最後の半年になってもまだ100コマ以上残っているという状況になり、これはものすごく焦りました。「うまくなってから来ようと思うな。来ればうまくなる」と、NOVAさんの入り口に標語を出してもらおうかなぁ。最近は外国人講師の生まれ故郷のことに話題を振ったり、地図を見ながら「ここの地方は何が有名なのか?」といった話をして、そんなことをしているとイタリア、フランス、ドイツの地図をはじめて本気で見るようになったのも収穫でした。
Apr 5, 2007
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3月30日に勤務先で話があって、5月から部をかわりヴェトナム案件などを担当することになった。5月中旬にはヴェトナムにも出張しはじめるらしいので、さっそくヴェトナム語を勉強することにした。英語が通じにくい開発途上国の仕事を、現地語の知識なしで担当するのは無謀である。例によって、外国語の学び始めを記録しておこう。3月30日には先ず Wikipedia 英語版で Vietnam と Vietnamese language の項を読んで基礎知識を仕入れた。Vietnamese language の項には、「ヴェトナム語の形成における中国語の影響」という論文へもリンクがあって、その論文も読んだ。語彙への影響は大きかったが、言語の根幹部分をかきまわすほどの影響を中国語はヴェトナム語へもたらさなかった、とある。ヴェトナム国民がヴェトナム語と中国語の二重言語生活を強いられたことがないからだ、というのだ。30日の夕方、3冊の本を買う。『はじめてのベトナム語』(明日香出版社)『ベトナム語のしくみ』(白水社)『旅の指さし会話帳 ベトナム語』(情報センター出版局)。(『エクスプレス ベトナム語』が買いたかったが、たまたま品切れだった。)3月31日。この日はエスペラントと日本語の同時通訳を練習する日で、朝から言語脳をエスペラントに切り替えるのに一生懸命。帰宅してから『はじめてのベトナム語』のCDをかけたら、朗読している Le Kim Thanh という女性(録音時26歳)の声がじつにチャーミングで、すっかり魅せられてしまった。(ことばの習い始めに聴くCDの声の良し悪しは、学習者の運命を左右するものだ、というのがわたしの持論です。)北京語とタイ語の発音の素養があるから、発音は短期間でマスターできそう。基本語彙がもう少し北京語なりタイ語に似ているかと思ったが、ぜんぜん違う。それでいて、漢字語から来ている語彙がそこここに埋もれている様子が宝探しのように思えて楽しそうだ。4月1日。『ベトナム語のしくみ』を読破する。言語の習い始めに慣れない言語システムに脳をさらすのは、神経細胞に刺青(いれずみ)をいれてゆくような作業。脳の疲れ方といったら、乳酸でいっぱいになった筋肉のようだ。何度も睡魔が襲った。とにかく言葉を勉強するときは最初にガガッと集中して、その言語の全体像をすばやくつかむべし、というのが持論だから、一気に読んで、そして添付のCDで発音練習をがんがんやる。脳のなかで神経細胞がぷちぷちいいながら結び合っているのが感じられる。3日間で、何とか波に乗れた気がする。
Apr 1, 2007
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「語学のコツ」本に手をつけるべし、と編集者から督促が来た。じつは「語学のコツ」本は、書き始めたら簡単と思っていた。しかしそうではない。中国ものや政治もののようなオピニオン性のあるものは、おこがましいけど一応、「俺が書かねば誰が書く?」的な使命感が原動力になっている。語学ものを書くのは、そういう衝動がない。けっきょくぼく自身が「語学」を、たかだか趣味として扱っている深層心理(こころのそこ)に気づく。むかし岩波新書に『外国語の学び方』という名著があった。外国語へのあこがれをかきたて、同時にノウハウを伝えてくれる本だった。ああいう本をぼく流に書ければというイメージだ。じつは「外国語一般の学び方」を書いた本というのは、書店に場所を与えられていない。書店は圧倒的に英語実用書で満ちている。そんななかでがんばっているのが黒田龍之助さん。明治大学助教授。このかたの本2冊を週末に一気に読んだ。わたしの語学もロシア語がひとつの核なのだが(あまり披瀝する機会がありませんが)、黒田さんはまずロシア語にディープにのめりこみ、そこからウクライナ語、ベラルーシ語、ポーランド語、チェコ語と進み、さらに研究の過程でフランス語やドイツ語、イタリア語も学び、趣味的に朝鮮語も習った……という人で、かなりわたしと志向が重なっているのですね。中国語やタイ語といった、声調(音の上がり下がり)が重要な言語は、やっておられないようです。あと、エスペラントも、ね。これだけ東欧にのめりこんでおられたら、たぶんエスペラントのことも横目で見ておられたろうけど。あ、やられた! と思ったのは、『外国語の水曜日』で展開しておられる「学習法としての言語学入門」の章。わたしも教職を得たなら、「言語学入門講座」のようなものを自分で書いてみようかと思っていた。(大いに参考になりました。)でも、類書があるというのはいいことだ。パクリにならないようにしながら、ぼくなりの言語風景を展開してみたい。やっぱり、ぼく自身の体験を披瀝するのがいちばん読者にとっては面白いだろうか。
Dec 18, 2006
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「ツナゲドン」ってご存知ですか。Google 検索をしたら、ひとつも引っかからなかったから、日本語としては初ものかもしれない。Armageddon(ハルマゲドン)にならった Tunageddon は「おさかなの末日」。『ニューヨーク・タイムズ』紙11月4日号で John Tierney 氏が使った。…one way or another, fishermen will be smart enough to avert the Tunageddon of 2048.(どうにかこうにか漁師たちは、2048年のツナゲドンなんてことにならないように、うまくやるだろう。)12月3日の今日現在、Tunageddonを Google 検索すると引っかかるのは26件。この言葉が生き残れば、Oxford English Dictionary に “2006, John Tierney” という注記とともに上の用例が掲載されるだろう。John Tierney 氏の記事の冒頭あたりを引くと、The prospect of a world without sushi bars or Charlie the Tuna comes from the new issue of Science, which contains a graph projecting the collapse of all of the planet’s fisheries by 2048 -- a wonderfully precise-sounding prediction that has approximately zero chance of coming true.(寿司バーも、マグロのチャーリーも消え失せた世界がやってくると『サイエンス』誌の最新号が伝えている。2048年までに地球上のすべての魚介類が死滅するというグラフが掲載されている。いかにもありそうでいて、確率的にはゼロだろう。)「マグロのチャーリー」には参ったのだが、ひょっとしてマグロの一品種かと思ったら、商品キャラクターだった。こんなキャラです↓http://en.wikipedia.org/wiki/Charlie_the_TunaJohn Tierney氏の記事は楽観的で、養殖とともに「漁業権取引」を一般化することによって、乱獲を防いでゆけるだろうという内容だ。「2048年にオサカナがいなくなる」というおとぎばなしは、「マグロの刺身や寿司が食えなくなる」という形でニュースに仕立てられた。けれど実際のところ、刺身や寿司のように重量あたりの価格が高い食べ方なら、いかなる魚介類もきっと店頭に並び続けると思う。消えるとすればそれは、貴重なるマグロを大衆的に食う「ツナ罐(かん)」のほうだと思う。たぶん世の中から先に消えるのは、ツナ・サラダやツナ・サンドウィッチのほうだ。鶏のささみが、代替すると思う。現状では「ささみ」のほうが、高いけどおいしいから、結果オーライじゃないかな。
Dec 3, 2006
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ドイツ語も「サビ落とし」しなきゃと思っていた。というか、「しゃべりあう」感覚を注入しなきゃと思っていた。11月はじめから NOVA でドイツ語もはじめることにした。イタリア語、フランス語につづいて、NOVA 学習言語の3つ目です。きのうはデュッセルドルフ出身の女の先生が Himmel und Hoelle(天国と地獄)をテーマにおしゃべりしましょう、Himmel und Hoelle はあると思うか、というので、わたしがドイツ語で言ったのは「宗教画に描いてあるようなかたちの天国と地獄が存在するとは思わない。人が亡くなって、たましいが肉体を離れたあと、よいことをしてきた たましいは幸せを感じる。それが天国だ。わるいことをしてきた たましいは、悪い思いをする。それが地獄だ」わたし、カトリックなんですが、こう思っているわけです。先生は evangelisch(福音派、プロテスタント)だったんですが、わたしもそう思うわ、と言っていました。それから、キリスト教の神もアラーも仏陀も、同じ存在をちがう方向から見ているだけだ、とか、けっこう意見が一致したのですね。この内容をすらすらしゃべっていられたわけではなくて、(エーット、「タマシイ」ッテ……)Anima? Animus? (先生反応セズ。アレ、チガッタカ、オッ、ソウソウ)Seele? Eine Seele, nicht wahr? (Seele デスヨネ? 先生ウナヅク! タマシイハ Seele ダッタカ……)てな調子で会話していたのでありました。
Dec 1, 2006
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11月9日に、ひそかにトルコ語を勉強しはじめてちょうど1週間たった11月16日に、勤務先の事務所で隣りのパーティションに坐っているトルコ人職員に、はじめてトルコ語で話しかけた。「こんにちは。わたしはトルコ語を勉強しています。あなたも日本語を勉強していますか」という内容をトルコ語で言った。もっと驚いてくれるかと思ったら、わりと平然とトルコ語で何か言って返してくれた。当然ながら何も分からない。即、ふたりで英語に戻った。Why are you learning Turkish? (なんでトルコ語を勉強してるの?)と質問されたので、I'll give my answer to you tomorrow in Turkish.(あしたトルコ語で答えるね)と返事をした。17日の昼休み、入門書をあちこちめくりつつ、彼女への宿題を作文する。で、学習書の作文問題以外では初めてのトルコ語作文がこちら。星の王子さまでいえば、あの「こわぁい蛇の絵」に相当する。<楽天ブログではトルコ語特殊文字を表現できないので、特殊文字は泉式翻字法で別の文字に置き換えてあります。わたしが考えた置き換え規則は、この文章の末尾をご覧ください。>【作品 No.1】≪Ben Tu~rkche okuyorum, chu~nku~ siz telefonle so~ylediqinizi dinleyip Tu~rkche telaffuzu chok gu~zel olduqu anladwm. Izumi↑ Doqru mu? ≫トルコ語は、語順をほぼそのまま維持しつつ和訳ができるのですね。そこで訳せば、≪ぼくはトルコ語を勉強しています。なぜなら、あなたが電話でしゃべっているのに耳をかたむけて、トルコ語の発音はとてもきれいだということがわかったからです。泉↑ あってますか?≫昼食に出る前に、これを紙に書いて彼女の机に置いておいた。食事から戻ってきたら、彼女はぼくが宿題を書いた紙の余白にトルコ語でこう書いているところだった。直訳すると≪あなたがトルコ語を習っていることに、とてもうれしく思います。望むときわたしに質問をしていいです。(=いつでも質問してね。)あなたもわたしに日本語のことで助けてくれるとわたしは喜びます。Issho ni ganbarimashoo...≫やさしい単語で書いてくれていたので、彼女のトルコ語を見ると、学習歴1週間のぼくでも7割くらいわかりました。ところで、ぼくの書いたトルコ語は正しかったの?以下、英語の会話。「よく書けてたわよ。びっくりしちゃった。telaffuz (発音)なんて難しい単語をどこで知ったの?」「それはね、あなたの机に置いてある英語トルコ語辞書を引かせてもらったんだよ」「トルコ語を“学んでいる”というのが okuyorum と書いてあるけど、それだと、まるで学校に通って勉強してるみたいだから、chalwshwyorum という別の動詞にしたほうがいいわね」というわけで、みごとにトルコ語のデビューを果たしたのでした。これからの学習プランとしては、ぼくなりにトルコ語作文をして、彼女に添削してもらうという形で、勉強を進めようかと思っています。ちなみに話題のトルコ人職員は、18歳の息子がおられる堂々としたかたです。==【トルコ語の特殊文字翻字ルール(泉式)】c + セディーユ(ひげ) ⇒ chg + フック(短音記号) ⇒ qi - 点 ⇒ wo + ウムラウト(点々) ⇒ o~s + セディーユ(ひげ) ⇒ shu + ウムラウト(点々) ⇒ u~
Nov 19, 2006
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さいきんベトナム関連の英文記事を読んでいると、grant permanent normal trade relations (PNTR) status to Vietnam(ベトナムに対して永続的正常通商関係(PNTR)待遇をみとめる)というような形で PNTR という略語が何度か出てきた。何じゃい、こりゃ、と調べてみたら、アメリカ以外の国ではmost-favoured-nation (MFN) treatment と呼ばれるところの「最恵国待遇」のことだった。Wikipedia で Normal Trade Relations の項を見たら、米国でも以前は most favored nation (MFN) status という用語を使っていたのだが、これが適用されない国が極々限られていることから、「圧倒的多数の通常の国であるだけで "most favored"(“最”恵)はあるまいよ」ということで平成10年に用語を normal trade relations (NTR) status に変更したのだ、とあった。まあ、日本語としての用語は「最恵国待遇」のまま変わらないのだろう。米国が英語呼称を変えただけで、日本語における外交一般用語を変えねばならないわけではないからね。ベトナムが米国から最恵国待遇を受けるようになると、残る例外国は朝鮮国とキューバのみ。ここで横道にそれるが、しばしば見る俗論に「隣国どうしは仲が良いのが本来の姿だ」というのがあるけれど、そんなことを大前提にふりかざす論者のことを、かねてよりわたしはバカにしている。(たいてい、そこで読むのをやめて、他に移る。)米国とキューバが、いい例だ。「隣国だから善隣外交がなければならない」と思い込みで動くのは幼稚だ。だいたい、お互い譲れないことが数多くあるから、一国にならずに二国のままでいるのが「隣国」というものだ。隣国どうしが、田舎政治家が想定するようなベタベタした仲良しどうしだったら、古代か中世かいずれかの時点で一国になってしまっているだろう。だから、そもそも隣国どうしというのは、離れた国よりも、より多くの深刻な不一致点があるのが、そもそも定義からして当然なのである。だから、仲が悪いのが隣国どうしの通常の関係なのであって、隣国との不仲を嘆くのは馬鹿げている。不仲が正常であって、その正常関係にありつつ破滅的な結果が生れないように調整するのが外交というものだ。「外交」の手触りは、ベタベタしていない。サラサラしているはずだ。
Nov 16, 2006
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『ニューヨーク・タイムズ』紙11月5日号の別刷りマガジンに、James Gleick 氏が書いていた。英語辞書の最高峰、『オックスフォード英語辞典 Oxford English Dictionary (OED)』編纂の最新事情。いろいろ取り上げたいことが書いてあるのだが、面白かったのが mondegreen という単語の意味と由来。「モンダグリーン」(「ダ」は曖昧母音)というふうに発音するのだが、misheard lyric(音だけ聞いて、まちがって解釈してしまった歌)を意味するのだという。ある歌のくだりに"They have slain the Earl of Murray, And laid him on the green."(やつらはマレー伯爵を殺し草地に横たえた)というのがある。これが"They have slain the Earl of Murrayand Lady Mondegreen."(やつらはマレー伯爵とモンデグリーン夫人を殺した)と聞き違えられることから、mondegreen が「聞き違えた歌」を意味することになったのだという。「あなたが好きな英語の単語は何か?」と聞かれて、OEDの編者のひとり Fiona McPherson さんが「わたしは mondegreen ね」と答えていた。"A lot of people are just really excited by that word because they think it's amazing that there is a word for that concept."(この単語のことを知って、わぁぁすごい!っていう人、多いのよ。だって、こういうことを意味する単語までちゃんとあるなんて、驚きでしょ。)mondegreen と言えるかどうか分からないが、少なからざる人から聞き違いをされている日本語の歌詞といえば、ふたつ思い浮かぶ。ひとつが「仰げば尊し」の最後のくだり≪今こそ別れめ いざさらば≫。この「別れめ」を「分かれ目」と思っている人が少なくない。「今こそ分岐点だ さようなら」の意味だと。これは、「今別れむ」(いま別れよう)の「今」に、強調の係助詞「こそ」がついて、「今こそ別れめ」となった。「こそ」による係り結びで、終助詞の「む」が已然形の「め」になったのだ。もうひとつが、「聖しこの夜」の最後の≪救いの御子は御母の胸に眠りたまふ いとやすく≫。この「いとやすく」は「とてもやすらかに」という意味なのだが、たまたまメロディーが「い~とや~すく~」となるので、子供たちのなかには「良いと安く」って変なのッと思っている向きが少なくない。こういうケースも mondegreen でしょうか。Fiona McPherson さんに聞いてみたい。
Nov 10, 2006
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きょう、都内のとある高校の文化祭に行ってきたのだけど、高1の英語で、おもしろいアイデアを実践しているのを知った。スヌーピーの4コマ漫画がありますね。あれの、1コマ目はそのまま残して、2コマ目以降のふきだしの文字を消したのをコピーして生徒さんたちに配るんですね。2コマ目以降の登場人物たちは、どんなことをしゃべってるのか。生徒さんたちは、思い思いのセリフを考えて、ふきだしに鉛筆で書いてゆく、というわけです。スヌーピー漫画は、もっぱら登場人物の対話でもって進行しているものが多い。あまりアクションがないから、セリフの内容が縛られない。生徒さんそれぞれの自分の語彙の範囲で勝手な、自由な、たのしい創作をすることができるんですね。生徒さんたちが書いた実例が貼り出してあったので、これを見たのですが、それぞれ違った掛け合いを英語で創作していて、「お、なかなかやるなぁ」どんなやりとりが自然かな、うけるかな、とひとりひとり試行錯誤しながら、英語で考える瞬間が生れると思うのですね。シチュエーションを自分で想像・創造しながら、ことばを探してゆく営み。言語活動のすべてが集約されています。出発点が異文化の素材、というところもいい。ぼくがこれに、なぜしびれてしまったかと言うと、もしいま自分が同じ課題を中国語や朝鮮語で課されたら、けっこうマニアックにはまりそうだな、と想像したからです。フランス語やイタリア語で、同じ作業をやれと言われたら、難しそうに思えて、のけぞるかもしれない。でも、やれば、できるはずです。たぶん、言語への新たなアプローチの道筋が脳のなかにできてゆくのではないか。スヌーピー漫画から、対話型の作を100えらんで、2コマ目以降のふきだしを空欄にしたものをサイズ大きめに刷った教材、なんて最高かもしれません。読者がセリフを考えて、自作を出版社へ送ると添削・批評してもらえる……そんな本があったら、感激してブログで大宣伝しちゃうかもしれません。
Oct 28, 2006
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われながら無謀なことと思いつつ、きのうThe Producers を六本木へ家族4人で見にいってしまった。内容を知っていながら、奥さんにくわえて高1と中2の娘までこの映画につれてゆく父親というのは常識はずれというしかありませんが。乳首がみえるわけじゃないし、セックスシーンがあるわけじゃない。でも、映画が終わってみると、「ミュージカルの楽しさがキュッとつまってるでしょ?」と、ひたすら明るいぼくのまえで、家内はくちびるを横にひいて、ちょっと顔をしかめながら「まあ、なんと申したらよろしいか」。下の娘は風邪ぎみで、もともと不機嫌。上の娘は「予想してたより激しすぎたよ」。今回は、3回目の批評なので、字幕批判をします。戸田奈津子さんの字幕の和訳が、やりすぎです。たとえば、スウェーデン娘がきてオーディションのために踊ってくれたダンスがとてもキュートでセクシーだったのですが、踊りおわった彼女にむかってマックス・ビアリストックが言うせりふ:「こうして座っているけど、下半身はスタンディング・オベーションしてるよ」これが戸田奈津子さんの訳。ここで「下半身」と言ったから、わかりやすいけど、とても下品になりました。もとはI am sitting here, but I am making a standing ovation.といったものだったと記憶します。わたしなら「座っちゃいるけど、じつはピンと立って拍手しまくりだね」と訳しますね。わかる人ならわかる、というところで寸止めすべきでしょう。スウェーデン娘のウッラが歌う唄に、When you got it, show it.Put your hidden treasures on display.というのがありますが、戸田訳は「見せちゃうわ わたしのお宝」というようなものだったかと思います。たしかに英語で treasures とはあるけれど、それは胸とか脚線美とも解釈できる。複数形でしょ。からだの1箇所だけ指してるわけじゃないですな。日本語の「お宝」は、もろにアソコを指してませんか。(そう解釈するのは、わたしだけ?)戸田訳のほうが下品。わたしなら「見せちゃうわ いつもは隠しているけれど」くらいで止めますね。最後のほうでアイルランド系の警察官が3人登場しますが、ここで戸田訳はやたらと和訳に「訛り」を入れるのですね。「そうでしゅな」みたいな。でも、映画で流れる英語は、さほど訛っていません。戸田訳の「訛り」表現がしつこすぎて、興ざめでしたね、ここは。字幕に訛りを入れても、読むほうは何もおもしろくない。訛りというのは、聞くからおもしろいわけで。字幕で訛りを表現するのは、あれは訳者の自己満足でしかない。かくれナチスの男が主人公2人に銃を向けてAuf Wiedersehen!というところ、ここで戸田訳は、芸がないというか「アウフヴィーダーゼーエン」とカタカナを字幕に羅列させてしまった。ここはわたしなら「天国で会おうぜぇ」としたいですね。幕が下りたあとのオマケ映像の最後の最後。踊り子たちがおどりながら Get out, get out!そのあと中央の男が It's over. と軽く言うのですがここで戸田訳はどちらも「出ていけ」「出ていけ」と訳している。観客が見る最後の字幕が「出ていけ」というのは、どうも心に寒いのですな。英語は It's over. と最後に軽くいなしている。「出ていけ」「てなわけだ」と最後をしめればよかったのに。どうも戸田奈津子さん、大家(たいか)になりすぎて、周囲の人たちにアドバイスをもらえない身分に成り下がってませんかな。
May 5, 2006
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NOVAでイタリア語をとってるのですが、じっさいのところこの2年間はタイ出張が多くてほとんど行けず。バンコクで、イタリア語の練習問題集をやったり、Teach Yourself シリーズの中級篇のImprove Your Italian という本+CDで勉強したりして、それなりに時間をかけてはいますが、どうも今ひとつ、「上達した」実感がわかないのですね。いやはや、語学のコツの本を書こうというわたしがこれでは……。イタリア語を読むと、エスペラント、フランス語、スペイン語からの類推でかなりのところまで読めてしまって、それがかえって災いしてか、どうも自分の無意識のなかでイタリア語をバカにしてるというか、喰らいついてゆかねばという勢いで立ち向かっていないような気がする……。イタリア語のアウトプットをフランス語やスペイン語の類推でひねり出すと、どうもイタリア人の先生の心証がひときわ悪いようです。NOVAで久しぶりに実力テストをしてもらったら、あいかわらず「6」のサバイバル・レベルでした。がっくり…。NOVAでフランス語もはじめてみました。じつはフランス語は、人について習ったことが1度もありません。NHK講座で基礎をやって、いろいろな教科書を読んで、あとはフランス語の新聞・雑誌に挑戦していたわけです。発音も綴りも複雑で、幾度も挫折して、かけた労力はイタリア語の3倍以上だろう、と自分でも思いますが、さて、18年前にフランスへ数日旅行したとき以来まったくしゃべったことのないフランス語でしたが、NOVAでテストしてもらったら、いきなり「3」、つまり「仕事で使えるレベル」という評価をいただいてしまいました。まあ、「仕事で使える」は評価が高すぎですが、たしかにイタリア語よりことばがすーっと出てきた。愚直に時間をかけてきたのが、じつに正直に出るものだとこれは驚きでした。フランス語に対しては、「しゃべれたら、カッコいいだろうなぁ」という羨望感のようなものを持ち続けてきたのですね。NOVAでしゃべってみて、自分でもことのほか得意げな思いがした。その辺の高揚もあったかもしれません。やはり語学は、「あこがれ」が半分か。タイには出張しなくなったわたしですが、タイ語はしっかりキープしようと思って、中級教材をこまめに読み続けています。出張が終わる頃、このブログでタイのことあれこれ不平不満を書きましたけど、あれもけっきょく、まあ、本心ではずーっといつきたいタイから自分をひっぺがすために、無理やり書いていたんです。
May 3, 2006
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英国オックスフォードが辞書の編纂(へんさん)のために集めている英語用例データベース(Oxford English Corpus) のなかに本国人の用例の2割が綴りを間違っているという恐るべき単語があるらしい。peninsulaという単語、知ってますか?「半島」という名詞ですね。the Korean Peninsula 朝鮮半島。peninsular とすると「半島の」という形容詞。ところが、本国人の用例の2割がthe Korean Peninsularのように、間違って形容詞形を名詞形として使っているのだそうですよ。そう。わたし自身、peninsula の綴りがちょっと不安で引いたのですよ、Oxford Dictionary of English 第2版を。そしたら、Usage(用法の注意)としてThe spelling of the noun as "peninsular" instead of "peninsula" is a common mistake;around 20 per cent of citations in the OxfordEnglish Corpus are for the incorrect spelling.だそうです。口頭じゃなくて、印刷物レベルで間違いが横行しているってこと。 いやはや、驚いた。
Nov 29, 2005
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勤務先近くのNOVAでイタリア語を勉強しているのだが、レッスンの予約をしようと電話したら、今日、明日、あさっての夕方は、すでに全国的に予約が満杯でふさがっていると言われた。イタリア語 人気、まことに結構だけど、イタリア人の先生の数をもっと増やしてほしいね。ギャラをケチってるんじゃないの、NOVAさんよ。NOVAは、英語以外の言語はすべてのレッスンがNOVA大阪本社からのテレビ授業である。つまり、ぼくがこれから3日間イタリア語のレッスンを予約できないってことは、日本全国の誰がトライしても無理ってことなんです。一括払いしたレッスンのコマ数が出張続きでなかなか消化できない。再来年5月の規定期限までには使い切ってしまいたいんだけどね。レッスンのコマ数、余らせたらもったいない。たぶん、余らせたら気分が落ち込むと思う。レッスン期限を設けている限り、先生の数をそれなりに確保して、予約不可の状況を避けるのが事業者の義務だと思うが。3日先まですでに夕方のレッスンが予約満杯というのは、笑いごとではない。ビジネスモデルの欠陥だ。レッスン期限が近づいてもこの状態だったら、血を見るかもよ、NOVAさん。というわけで、けっきょくわたしのイタリア語、最近は Teach Yourself シリーズの"Improve Your Italian"(CD つき)で、もっぱら勉強をしてるわけです。
Oct 26, 2005
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わたしのパソコンは、英語、日本語のほか、タイ語、朝鮮語、ロシア語が打てるように設定してあります。方法は、このブログで9月30日と10月1日にご紹介しました。で、タイ語、朝鮮語、ロシア語の文字が A,B,C とともににぎやかに並んだキーボードが欲しくなりました。で、作っちゃいました。タイで買った、薄い灰色のキーボード。キーの左上には A, B, C.キーの右上と右下にはタイ文字。キーの左下が空いていたので、そこにハングルを油性マジックで書き込みました。そして、キーの手前側の「斜面」にロシア文字を やはり油性マジックで書き込みました。ひとつひとつのキーに5つのキャラクターが書いてあるという最強のキーボードができました。オリャー!
Oct 25, 2005
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会社の仕事で、子供向けの電力関連クイズを英語で作っている。何じゃい、それって、商社マンの仕事かいな?と思われるだろうが、わたしのところには、いろいろ変り種の仕事が降ってくるのだ。quiz のなぐり書きが少したまったので、ワードで打ち込もうとおもって、タイトルに Quiz... と書き始めて、はて、複数形は Quizes だよね?何となくひっかかって、辞書をひいたら、quiz の複数形は quizzesquiz の過去形は quizzedquiz の進行形は quizzingこれ、大学入試の英語の試験に出したら、正答率はかなり低いと思う。とくに、複数形が。受験英語「も」やったわたしも、この複数形はまったく分からなかった。
Oct 11, 2005
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いやはや、できるものです。9月30日に書いた要領で、スタート → 設定 → コントロールパネル → 地域と言語のオプション → 地域オプションと進み、韓国語を選んで OKをクリックしたら、韓国語モードでも打てるようになってしまいました。韓国語のワープロソフトを導入しないと無理だとばかり思っていたら、すでに自分のPCのなかにプログラムが入っていたのね。バンコクにいることでもあり、韓国語のキーボードは手に入らないのですけど、韓国語のキーボードの配列は左手で子音字、右手で母音字を打つというなかなか快適な配列になっておりましてね。キーボードの配列を紙に書き出して、それを参照しつつ、いきなりブラインドタッチ(キーボードを見ずにタイプする方法)を練習しておりますですよ。じつは、成果をお見せしようと、この書き込みにハングル文字でご挨拶を書こうとしたのですが、うまくいきませんでした。どなたか、このブログの本文にハングル文字を入れ込む方法、ご存知ですか?
Oct 1, 2005
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タイ語の勉強もだいぶ進んだので、よし、ひとつパソコンでタイ語を打てるように頑張ってみるか、と思い立った。みごと実現したので、報告します。ミニ秋葉原みたいな「パンティプ・プラザ」というビルで、「一太郎」みたいなタイ語のワープロソフトはないかいな、と探した。タイ語版のワードのソフトがあるかな……と。ところが、これがまったくの方向違い。そんなもの、売ってません。Windows XP Professional が入っているパソコンなら、追加言語のファイルを Windows XP Professional のディスクからインストールすれば OK なのよ。おそるおそる質問したら、親切な電気屋さんが教えてくれた。タイ語は、文字構成がちょっと複雑なので、言語ファイルが重いのです。だから、日本で売られるパソコンには標準装備されていない。でも、オプションとして Windows XP のディスクからインストールできるのですね。 スタート → 設定 → コントロールパネル → 地域と言語のオプション → 言語 → 補足言語サポート。ここまで来たら、ディスクドライブに Windows XP のプログラムのディスクを入れて、日本では標準装備外のタイ語の言語ファイルをインストールするわけです。わたしのディスクは、東京本社のどこかにあって、バンコクにもってきていないので困っていたら、電気屋さんがタダでインストールを手伝ってくれました。タダだ、というのですが、悪いからちょっとチップを払いましたけどね。「カネをもらっちゃいけないんだけどね」と、けっこうタイ人の店員さんは遠慮してました。ここでもう一度「地域オプション」に戻って、「タイ語」を選んで OKを押すと、あら不思議、わたしのパソコンの画面に、かわいいタイ文字が打ち出されてくるではありませんか。パンティプ・プラザで、200バーツ(550 円)でタイ語のキーボードを買って、そのUSB端子をわがパソコンにつなぐと、タイ語タイプライターの完成!うれしくて、悶絶しそうになったぜ。というわけで、残業時間になると、ちょいとタイ語モードに切り替えて、タイ語を打つ練習など始めておるわけです。
Sep 30, 2005
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昨日ご紹介したニューヨークタイムズのスライドショー。そのなかでも楽しめるのが Audio Slide Show という、音声付きのもの。(くれぐれも職場で音声 ON のまま開きませんよう。)だいたい2分ていどの長さで、記事のエッセンスだけをまとめたものを記者が朗読してくれます。朗読に合わせて、つぎつぎと写真が出てくる。テレビの海外取材番組のエッセンスだけ短時間で楽しむ感じ。この Audio Slide Show だけひたすら楽しみまくりたい方に秘訣をお教えします。まずニューヨークタイムズの Multimedia & Photoshttp://www.nytimes.com/pages/multimedia/を開く。(はじめてニューヨークタイムズの世界に飛び込む人は、ここで読者登録をさせられるかもしれません。登録してもタダですから、ご心配なく。)この Multimedia のページの「トップ」アイテムのすぐ下に、Multimedia Search (マルチメディア検索)というコーナーがあります。そこのすぐ下に Recommended Searches(お奨めの検索アイテム)と小さな題字があって、その下のアイテムのなかに Audio Slide Show というのがあるでしょう。そこをクリックしてみてください!Audio Slide Show のページ紹介が、わんさか出てきます。ここで、その Audio Slide Show 紹介画面を「お気に入り」に登録しておくとあとあと便利です。なお、Recommended Searches のなかの Editor's Pick(編集者のよりすぐり)というのも、過去作品の いいチョイスが楽しめますよ。
Aug 22, 2005
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ニューヨークタイムズのホームページには、記事だけではなくて、音声入りのないし音声なしのスライドショーがいろいろ用意されている。これが楽しい。日本のテレビや新聞ではなかなか見られない異国の姿に出会えるから。ちょっと ものういときは、これを開いて楽しむのですねぇ。Multimedia/Photos のページを開くと、最新のスライドショーに出会える。http://www.nytimes.com/pages/multimedia/まだニューヨークタイムズの世界にひたっていない方には、いきなり「読者登録」を要求する画面が出てくるかもしれません。まあ、律儀に入力して、ニューヨークタイムズの魅力に join してください。
Aug 21, 2005
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