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少子化の原因を女性の社会進出だとか経済の悪化だとか、学術的に分析されているけれど、根源的には人間の理解を超越した強大な力によるコントロールだと感じています。 人口が減ることは経済的には暗雲を立ち込めさせることには違いないけれど、巨視的な視点に立てば必ずしも悪いことではありません。 人口増が続けば消費が増えるために経済は活性化しますが、逆に食糧問題、エネルギー問題、住宅問題などが深刻な社会問題となります。人口減が続けば経済が疲弊し、国力が低下する変わりに、食糧問題等は解決する。いずれにしても人間は何らかの問題を抱えることになるのです。 こう考えると、少子化を必ずしも悪と決めつけることにどれほどの意味があるのか疑問です。少子化になった現実を受け止め、少子化でも経済的行為が潤沢に行われるように知恵を絞るべきで、少子化の原因が強大な力に起因するとすれば人口の増減を人間の力でコントロールするのは無理があるのです。 スカンジナビア半島に生息するレミング(タビネズミ)は、数が増えすぎると種の存続が危ぶまれるため海に飛び込んで集団自殺をするといいます。動物は人間と違って考えるという行為をしないので、種の保存のためにあらかじめ遺伝子に組み込まれた行動でしょう。もしかしたら人間も種の保存のために少子化の波が押し寄せたのかもしれません。 空想はこれまでにして、現実問題として、少子化によるメリットもありますが、デメリットも厳然と存在し、その中でも最も大きなものは経済生活ではなく国力の低下です。 一〇〇人に一人の確率でリーダーや猛者が生まれるとして、一〇〇〇人の国では一〇人のリーダーが存在しますが、一〇〇〇〇人の国では一〇〇人存在するわけですから競えば勝敗は目に見えています。綱引きをしたって、人数の多い方が有利なことは改めて確かめることもありません。 国力という観点では少子化は致命的です。日本という国家の存亡に関わる一大事です。 政治家に委ねても好結果が得られない現実の中で少子化に歯止めをかける手段は、個々の意識変化しかないのです。 目を背けないで、しっかり見つめてください。今いる世界を!
2005年06月07日
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年収三〇〇万円時代がやってきたらどうしょう、と友人が真剣に言います。 出口の見えないデフレ経済下で政府の悪政を誹謗し、年収三〇〇万円時代がやってくるなどとまことしやかに囁かれているけれど、それはノストラダムスの大予言と同じであると感じています。危機感を煽ることによって収入を得ようとする経済行為のなのです。 ノストラダムスの大予言とは、一九九九年に空から悪魔の大王が降ってきて、人類は滅亡するというものです。一九七〇年代から多くの関連書籍が出版され話題を呼びました。一九九九年が近づくにしたがってマスコミにも取り上げられ、ノストラダムスブームは加熱したけれど、今も人類は生存を続けています。当時、ノストラダムスの予言書の的中率の高さを過去の出来事にこじつけて証明してきたけれど、最も重要な一九九九年の予言が的中しなかったことで、ノストラダムスを語ることも火付け役の人たちのことを語ることもなくなりました。 一過性の未来予測ゲームだったのです。 そのとき私は思いました。 科学的根拠を持たない未来の予測など、当たるも八卦当たらぬも八卦の占いの世界と大差ないと。 科学的根拠、たとえばデータがあるにしても、やはり未来予測は八卦当たらぬも八卦の占いの世界と大差がありません。 政府が行う経済見通しも、いつもはずれっぱなしですから。 ということで、年収三〇〇万円時代が来るのか来ないのかは誰にもわかりません。わからないことを論じるのは言葉遊びに過ぎないのです。三〇〇万円でも豊かに暮らせるという理論は、金持ちと貧乏人の二極化を肯定し、経済的弱者を是認する思考でもあります。 穿った見方を、さらに飛躍し過ぎていますでしょうか? それはともかく、この年収三〇〇万円という金額について考えてみましょう。 現在、正社員としてのサラリーマンの平均年収から考えれば低い金額になるけれど、就職一年、二年の若いサラリーマンの年収よりは多く、ましてやフリーターの年収よりは遙かに多い金額です。「年収三〇〇万円時代がくる」と論じた人たちにとってはもちろん低い金額です。 要するに年収三〇〇万円という金額が多いか少ないかは人によって違うのです。けれど、年収三〇〇万円では暮らせないと思っている人が多いから、危機感を煽る金額としては適当ということになります。 年収三〇〇万円でも豊かに暮らす指南書も登場しているますが、年収三〇〇万円で豊かに暮らせる人がどれくらいいるのでしょう? 持ち家があったり、自給自足の生活を目指している人や、清貧思想を人生訓として実践している人、パラサイトしている人など、限られた人には可能ですが、一般のサラリーマンは貧乏生活を強いられる金額です。 社会保障費を天引きされ、家賃を払い、光熱費を払い、消耗品を買い、残った金額で食費に当てたとしても、切り詰めた生活を免れません。ましてや家族を抱えている人には、とてもじゃないけれど人間的な最低限の生活ができる金額ではありません。 年収三〇〇円で豊かに暮らそうという発想は、要するに他人事の発想である。自分は安泰だけれど、苦労している人たちの精神的な安定を図るため処方箋なのです。しかしこの処方箋では一時的な効き目しかありません。差別が生まれた頃の「上見て暮らすな下見て暮らせ」に近い考え方でもあり、どこか宗教的な思考パターンを感じてしまいます。 家族を持つという人間としての根源的な欲望を満たすためには、年収三〇〇万円では暮らせません。 年収三〇〇万円で家族を抱えて暮らしていけない限り、年収を増やす方法を考えるべきが積極的であり、自然な考え方です。 ここに、それぞれが自己責任の名の下に自分の生活を豊かにする努力をする必要性があるのです。 現在でも年収七〇〇万円のサラリーマンは天引きをされ、月々の必要経費を引けば、残りは僅かとなり、家族を抱えていると貧乏生活です。この貧乏生活から脱するにはプロ・サラとしての自立以外にはありません。 ちなみに現在はデフレ経済のため、物価は下がっていますが、給与もそれ以上に下がってサラリーマンの生活は苦しくなっています。逆にインフレになって物価が上昇しても物価上昇率に給与が追いつかず、サラリーマンの生活は苦しくなります。サラリーマンは一部の人たちを除いて常に苦しい生活を強いられるのです。 悲しき運命は、諦めて流されていけば一時的には楽だけれど、詰まるところ苦しみの先送りですから、待ち受けているのは後悔だけである。
2005年06月05日
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高度経済成長期から一九九〇年頃までの社会では、サラリーマンの生活基盤はある程度安定していました。国民総中流意識などといわれた時代です。 私がサラリーマンになった一九七八年に先輩たちがこぼしていた愚痴の大半は、予測可能な人生に対しての愚痴でした。「サラリーマンは決められたレールの上を歩くだけ。多少出世が早いか遅いかの違いはあるけど、結局レールからはみ出すことはない。三五歳で係長になって四五歳で課長になって、運が良ければ五五歳頃に部長になって終わり。俺の人生に華はないよなぁ……」 こんな感じでした。 サラリーマンは気楽な稼業と歌われていた時代でもあります。 大きく儲けることはないけれど、安定感だけはあった。それがレールという言葉に表れているのです。 当時の愚痴の中に将来に対する不安、すなわちリストラや倒産といったものはありませんでした。終身雇用・年功序列が当たり前の時代でしたから不安要素として考える必要がなかったのです。 現在は決められたレールの上を歩いていると思っているサラリーマンはほとんどいません。一寸先が闇だと思っているサラリーマンが多いことでしょう。 世の中が安定社会から不安定社会へと変質を遂げ、それに伴ってリスクも増大しています。 例えば貯金。 貯金の利子は金融機関が保証をしているので、安心をして人々はお金を預けました。現在は、貯金も自己責任原則が導入され、金融機関の選択や金融商品の選択は自己責任なのです。今後は投資信託などが金融商品の主力となるために、安心という概念がなくなり自己責任という美名の下で無理矢理にリスクを押しつけられることになります。 金利を保証するとなると金融機関にリスクがあるけれど、保証しないとなると利用者にリスクがある。すなわち金融機関が生き残るためのリスクを利用者に背負わせることにしたのです。 投資信託はリスク商品で儲かることもあれば損をすることもあります。もちろん、昨今人気の株だって儲かってばかりではありません。損をする人がいるからこそ得をする人がいる、これをゼロサムの法則といいます。 利用者は甘言に惑わされることなく、自己責任において拒否する行為が重要になってきます。 余談ですが、社会人になったら自分の責任において何事も対処しなさいと恩師に言われました。親に泣きつくようなことはするなとも。だから社会人となったからには自分で責任を取るのは当たり前だと思っていました。 それが昨今、責任の上にわざわざ自己を付けていますので、責任とは自分で取るものと思っている私には。「責任」というと「自分で」という言葉が暗黙の内にワンセットで伝わりますので、わざわざ付け加えられると「自分で自分で責任を取れ」と圧力をかけられ、念を押されているように感じてイヤな思いがします。 権力者の責任放棄、弱者への洗脳的責任押しつけ行為と思ってしまうのは、私だけでしょうか?
2005年06月04日
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大阪池田小学校児童殺傷事件の犯人は、既に釈放されています。 あの事件は何を教訓として私たちに残したのでしょう? 少年法の改正論議が巻き起こりましたが、少年犯罪防止のための根本的な解決策を見いだせないまま時間が過ぎ去り、さらに少年による凶悪犯罪はエスカレートする始末です。 再犯率の高さも問題になっていますが、これもまた有力な解決策が見当たりません。 一九八九年までは刑法犯の検挙率は六割台を維持し、世界一安全な国と言われていましたので、私は日本国民として誇りに思っていました。夜間の一人歩きに恐怖感はありませんでした。最近は昼間でも何が起こりかわからないので恐怖感はつきまとっています。 犯罪は遠いところというイメージから身近なものへと変質を遂げ、ここにも安全が確保がなされていません。 警察官の絶対数が足りない現実を承知していながらも、予算がないので人員を増やせないとか。国民の安全を守る部分に優先的に予算を入れなくて、一体どこに入れるのでしょう? 新しい道路が無くても既存の道路で生活はできます。それで慣れているのですから。 便利さをよりも安全が第一なのではないでしょうか? 世界一安全な国に生まれたはずの私たちは、誰の責任かは知りませんが犯罪大国の中に送り込まれようとしています。 先日、電車の車内で騒ぐ高校生に毅然と注意する紳士を見ました。 最初は高校生も逆らっていましたが、しだいにテンションが下がり大人しくなりました。 勇気がある人だと周りにいた人は思ったことでしょう。 私が子供の頃は、こうした大人が沢山いました。頑固おやじと陰口を叩きながらも嫌いではなかったのです。 最近は流行なのかキレることが当たり前になっていますので、勇気を出して他人を叱ることなどできません。 だから国家が安全確保のために前を光らせておかなければいけないのです。 検挙率の低下は犯罪を支援しているようなものです。 犯罪を誘発し、罪の意識を希薄にしています。 良質の警察官の増員と時代に即応した法律の整備が望まれます。
2005年06月02日
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古くなった肉に薬品を振りかけると、一見新鮮な肉と見まごうまでに赤々と色つやを取り戻すという魔法の薬品を食肉業者が日常茶飯事として使用していたというスクープをテレビで観ました。今更、驚きはしません。 畜産の流通現場で起きた諸事件、売れ残った牛乳の再加工による再販売など、食を巡る不祥事が二〇〇三年以降噴出しましたが、バレないだけで以前から儲け優先のために行われていたことなのです。 違法行為にはならないまでも、いつも問題になる食品添加物、遺伝子組み換え食品の安全性は保証されてはいません。 食品添加物にしても微量なら人体に影響が出ないというけれど、蓄積されれば微量ではなくなる事実から目を背けたままの議論が横行しています。そこには、安全性よりも儲け重視の考え方が反映しているからです。 昨今では、無農薬有機野菜など安全な食品も出回っていますが、それらは一様に価格が高いというデメリットを抱えています。要するにお金持ちは安全な食べ物を口にできるけれど、貧乏人は危険を孕んだ食品と知りつつも経済的理由から口にせざるを得ないのです。食の安全は国家として保証するべき重要課題であって、自己の所得に応じて選択する類のものではありません。多くの人が口にできる低価格帯の食品の安全を保証する責任が国家にはあるのです。 そもそも税金とは、私たちの安全のために支払うものです。外交問題にしても然り、経済問題にしても然り、医療問題も然り、食品安全性も然り、全て安全のために税金を支払っていますので、国民の安全のために使われるべきものなのです。 私たちが支払った税金によって安全が保証されていますか? 表面的には保証されているように思えますが、食の不安のみならず、血液製剤によりHIV感染やSARS、鳥インフルエンザなど全てが後手後手に回り、必要以上の不安をばらまく結果になっています。 官僚の怠慢といえばそれまでですが、私たち一人一人の依存体質が招いた結果でもあります。 今、本当に安全なものが何か? わからない時代になっているのです。
2005年06月01日
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私たちの生活を苦しめる根元は、死に体となった国家財政にあるのです。二〇〇四年三月末現在、国の借金は七〇三兆四一七八億円。税収はといえば、四一兆七〇〇〇億円。国家予算約七〇兆円。あれっ? 足りない。そう、不足分は国債という名の国民からの借金です。すでに約七〇〇兆円もの借金を抱えているのに、また借金ですか? 足らないからという安直な理由から安易に借金を行うと、更に借金が膨らんでいくのは自明の理。膨らんだ借金の返済見込みはあるのでしょうか?あろうはずがありません。税収の二五倍の借金など、どう足掻(あが)いても返せるわけがありません。家庭の経理に置き換えてみれば道理がわかります。年収七〇〇万円の収入がある家庭で一億七五〇〇万円の家を買おうとしても無理でしょ。仮に年に二〇〇万円ずつ返済するとしても、約八七年かかります。飲まず食わずの生活をして、そうなのです。当たり前の生活を送りながらでは無理です。この国が行ってるのは、一億七五〇〇万円の借金を返すために手軽に借りられる消費者金融から借金をしているようなものです。利子が膨らんで自己破産するのは目に見えています。それに多額の借金があれば、消費者金融といえでも融資を控えるでしょう。でも、この国は借金の大きさを曖昧にして、融資を控える判断をさせないようにコマーシャルをバンバン打って国債は借金ではなく安全・お得な金融商品だと洗脳しているのです。国債を発行すれば、国民は本来は控えるべき融資なのに微々たる金利と安心を売り物にしたコマーシャル効果に乗せられ、何の疑問もなく買ってしまうのです。一九九八年から九九年にかけて、それまで二〇兆円台だった国債発行が一気に三〇兆円台に跳ね上がりました。世界一の借金王を恥ずかしげもなく自認する小渕首相の下で、景気対策という名目で国債が乱発され、借金街道をばく進する運命になったのです。この年に大量に発行された国債は二〇〇七年から〇八年にかけて償還を向かえます。国にお金はないので、借換債という形で借金によって償還金を賄うことになるでしょう。考えただけで恐ろしくなりますが、政治家の人たちは度胸があるのか無神経なのか知りませんが、本心では気にならないようです。借金を返すつもりがあるのなら出費を抑えるというのが常識ですが、一向に無駄と思える予算配分が慣例的に行われています。借金を返す気持ちなどない、と明言しているかのようです。国債三〇兆枠を堅持すると威勢の良いことを言っていた小泉首相は、あっさり三〇兆の枠を超え過去最高の国債を発行しました。有限不実行を常とする首相ですから、驚きはしませんが、そのお陰で苦しむのは国民なのです。日本は世界一の債権国だと高を括っている政治家や知識人もいるようですが、債権の回収の見込みはどれほどあるのでしょう?イラク戦争ひとつを考えてみても、日本はサダム・フセイン政権に七〇〇〇億円の債権がありますが既に回収不能です。更に今後五年間に五〇億ドルの支援を行います。合わせて一兆円を超える債権をどうするのでしょう?世界中がユーロシフトしているのに、アメリカのポチ日本はアメリカ債を八〇兆円も抱えています。アメリカの金融アナリストの大半が〇五年中に一ドル九〇円になると予想しているとか。予想は簡単には当たらないものとはいえ、ドルが下がれば日本が保有しているアメリカ債は目減りするわけです。国民の税金がドブに捨てられるのです。恐ろしいことです。貿易黒字だと喜んでいる人もいますが、日本の価値が世界的に下がりつつある現状の中で先行きは不透明です。この国の財布の中身を厳格に調査したら、国民総顔面蒼白に落ちるのかも?いずれにしても借金大国の未来が明るいわけがありません。
2005年05月31日
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国民年金の未納率は二〇代では五〇%を超えているそうです。 払っても貰える保証がないとか、四〇数年先の数万円より今の一万三千円の方が大切とか、それなりに表面的な理由はありますが、国家に対する信頼がないというところに起因しているのです。 国民が国家を信用しない国なんて先進国においてあり得ますか? 私が若かりし頃、給与から天引きされる年金額に将来の安心料としての位置づけがしっかりしていましたので、ある種、社会人としての誇りさえ感じていたものです。しかし現在は天引きされる年金額を見ながら、ドブに捨てているようなものではないのかと猜疑心が芽生えます。 先の年金改正も、自民党が政権与党であり続けるためには選挙協力が不可欠な公明党に対して義理立てをしたという政治的思惑によるもので、国民の将来の安心のためではありませんでした。 一体どこを向いて政治が行われているのか、あらゆる部分で首を傾げます。 この年金改革も国民の理解を得られないままに強行採決がなされました。 こうして採決された法律に基づいて、私たちは合法的に搾取されるのです。法律とは出来上がれば従うしないのです。法治国家の宿命であり、秩序維持のためには必要なことですから。 法律は出来上がると従わされる運命だと認識していれば、法律を作る段階で熟考し国民としての見解を明白にし、阻止すべきことには毅然としてノーを言い続けなければいけません。強引な手段に流され、押し切られてはいけません。 法律は日常生活では触れる機会が少ないけれど、最も身近に位置しているのが法律なのです。 こうして年金法が改悪され、私たちの生活にジワジワと圧力をかけ始めるでしょう。 あえてもう一度言っておきます。 年金未納率多いのは国家に対する国民の信頼がないからです。 国会議員の人たち、閣僚の中にも未納者がゴロゴロといたそうです。先生方も本音のところでは国家を信頼してないから関心がなかったわけではないのですか? 考えてみると、国民年金・厚生年金・共済年金等は二五年間かけなければ貰えないのです。僅か一ヶ月でも足りないと、かけた分が全て没収です。これっておかしな制度ですよねぇ。生命保険でも中途解約すれば解約返還金が貰えるのに、全くゼロですよ。 そもそも二五年という根拠はどこにあるの? 実は根拠などないのです。 私たちはいつまで誤魔化され、騙され続けなければいけないのでしょうか?
2005年05月30日
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イラク特措法が強行採決され、ついに自衛隊がサマワに派兵されました。 非戦闘地域での復興支援という名目で派兵されたのに、現実にはイラク全土は戦争状態です。この現状を戦争ではないと言い張る人の心境が理解できません。毎日、多くの犠牲者を出しているのに、何を根拠に戦争状態でないと言えるのでしょうか? アメリカのポチなどと揶揄されてまで追随した背景には、日米安保の問題が大きく横たわっているようです。自国を自国の戦力で守りきれない日本の脆さを露呈した形にもなりました。北朝鮮という脅威を抱える日本にとっては、必ずしも過ちであったとはいえません。 しかし大きな問題として心に引っかかっているのは、国民の大半が反対をしていた派兵を強行したことです。当時、首相の説明責任を果たしていないという世論の声が大きかったにもかかわらず、首相は自らの言葉で説明は既に行ったと言い張り、再度の説明は行いませんでした。 独立国である日本は、プライドに賭けてアメリカの傘の中でしか生存できないという国家存亡に関わる発言などできるはずもなく、強引な法解釈を持ち込み、国民の理解を得られないイラク特措法を正当化できうる理論武装ができていなかったからです。 国民に説明をしても理解は得られない、非難を浴びせられるだけだと思ったから逃げたのでしょう。 これらの強引さの影には強かな計算が施されています。「人の噂も七五日」理論です。 要するに強引なことをして一時的に国民感情を逆撫でしても、時間が経てば過去の出来事となり、現実に追われる中で忘れ去られていくことを承知してるので、強引なことができるのです。 過去のこととせず、追及の手を緩めないとすれば、強引なことなど恐ろしくてできません。しかし、現実には国民の理解を得られない決断が過去のこととして処理され、話題に上ることすらありません。 忘却を常とする人間の有り様を利用した手法です。 更にイラク派兵の延長も粛々と可決され、派兵の意味するものを改めて議論する場さえないという国家の一大事にしてはお粗末なシナリオ通りに進んでいきました。 大量破壊兵器が存在するという大義の下に始まった戦争の大義が間違いであったことが証明されると、戦争に大義は必要ないという識者も現れています。 二〇〇五年一月三〇日イラク暫定国民議会選挙がテロの恐怖にさらされながら五八%という高投票率を記録し、懸念されていた状態は回避され成功に終わりました。今後の焦点は一〇月の憲法承認のための国民投票、一二月の新憲法に基づく国民議会選挙に移っていきました。 イラク戦争に参加した国が次々に撤退を表明している現実の中で、日本の立場がまた不安定になってきました。 隣国との領土問題も解決の目途が立ちません。 尖閣諸島も竹島も日本固有の領土のはずなのに、尖閣諸島は中国が、竹島は韓国が領有権を主張しています。真っ向から抗議ができない背景には、過去の戦争において日本が行った戦略行為に対する引け目があるかです。 しかし事実解明が進んだ最近では日本が一方的な悪という見解は小さくなり、戦略的に日本が追い込まれたり、填められたりした事実も表面化しています。 中国や韓国が反日・抗日を強める背景には、自国の不満を噴出させないために仮想敵国を設けるといった政治的な意図によるものです。 日本国民としてプライドを持てる教育の推進が、外交的にも力となります。 国民の理解をバックに、毅然とした判断を下せる独立国としての威信の復活を期待します。
2005年05月29日
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現在小泉純一郎首相が国民の信任を得ていますが、他に変わる人がいないという理由が選出の体勢を占めているところに、日本政治の脆弱さを感じないわけにはいきません。 かの小泉首相は国会において「公約を守らなくたって大したことはない」と言い切った人物です。そもそも公約とは、政治家が当選したあかつきには実現を目指して取り組むと国民に対して約束した最も大切な責務です。当選したあかつきに「公約を守らなくても大したことではない」と言い切れる政治家とは何者なのかと今更ながらに頭を抱えてしまいます。国民を愚弄するにも程があります。民主党議員との議論の応酬の中で飛び出した言葉ですから、言葉尻だけを捉えて言うつもりはありませんが、それにしても言って良いことと悪いことの判断ができないのかと唖然とします。 どんな理由があるにせよ、政治家が国民と約束をした公約を守らなくとも良いという発言を正当化することなどできません。 小泉首相が所属する森派のトップ、森氏も首相時代に国民を愚弄する数々の発言でやり玉に挙げられたことがあります。 そのひとつに「このままずっと寝むっていてほしい」発言があります。 選挙で自民党が勝つためには、投票に行かない人たちが政治に関心を持って投票に行くようになると政権与党の座が危ぶまれるから、投票に行かない人たちはこのまま行かないでほしいと呼びかけてのです。 低投票率を憂い、投票に行かない人たちに何とか投票に行くようにしなければといけないと、選挙管理委員会等が宣伝活動に力を入れていた矢先の発言でマスコミも一斉に攻撃をしました。が、時が過ぎれば過去のこととして取り合わない風潮の中で埋没していきました。 同じ派閥の二人が首相になると国民を愚弄する発言を行うのは奇遇なのか、同じ派閥だけに思考パターンも同じなのかわかりませんが、笑えるようで笑えない話です。 国民は、愚弄されたら怒らなければいけません。諦めや無関心を装い、結果的に首相を肯定する立場を取ってはいけません。 国民の代表を国会に送り、その中で国家のリーダとして相応しい人を首相として認知する責任は国民一人一人にあるのです。 今、こうしている間にも政治は着実に駒を進めていきます。 開き直り、健忘症を得意技とする首相が国民の幸せに寄与できるのか疑問が尽きません。 経済の疲弊に喘ぐ国民の願いとは懸け離れた郵政民営化が最優先課題となっている現実を受け入れることができますか? 今一度、代議院制、民主主義を検証し直してはいかがでしょう?
2005年05月28日
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3日ほどブログをお休みしました。原稿を集中して書き上げるためです。お陰で、302枚の原稿が出来上がりました。そう旅の終わりです。原稿用紙300枚分の原稿となると、文字数は12万文字です。本一冊分の原稿を書き始めるときには、12万文字詰めの原稿用紙に書き始めることになるのです。果てしなく遠くに見える終着点です。しかし、最初の一文字があれば、次の一文字に繋がり、そしてまた次の文字へと繋がっていきます。千里の道も一歩から!私はこの薄紙を重ねるように地道に物事を重ねていく仕事が好きです。一攫千金には全く興味がありません。書き上げた原稿は1ヶ月をかけて推敲を行い、出版社に持ち込むことになります。原稿を書き上げて思うことはいつも決まっています。次は何を書こう?そう、終着点ではなく、まだまだ私の旅は続くのです。次回作の構想も出来上がっています。私が原稿を作る目的は、自分の考えていることを文章にすることによって自分を知ることができるからです。何を考えているのかを知ることができるからです。わかっているようでわかっていない自分を知りたいという願望が原稿作成に結びついているのです。次回作はブログ上で公開しますので乞うご期待!つたない日記をお読みいただいた全ての方に感謝します。ありがとうございました。
2005年05月20日
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10年前、私はニュービジネス大賞を獲得した会社の社長による講演を聴いた。当時は、まだまだ小さな会社だったけれど、今では全国的に有名になった。出版物も、かなりの売れ行きらしい。当時、私が講演をメモしたノートから一部抜粋する。・ 仕事ができればできるほど他人(上司)が無能に見えてくる。それは大きな勘違い。・ 仕事は失って初めてどれほど自分を支えていたかを知ることができる。・ 朝目が覚めてするべき仕事があることが生きる喜び。・ プランを作って上司に訊く。訊くことができない人は否定されるのがイヤだから。・ 訊くことにより、自分はこう思ったが他人が見るとこう見えるのかと知ることができ る。 ・ 嫌な人がいることが良い。人がいて自分を確認できる。講演を聴いて10年。私はどれだけ実践できたのだろう?その会社は10年で大きく変化したけれど私はどうだろう?出版をした。雑誌のも載った。でも、今ひとつもの足らない。変化価値論という考え方がある。あらゆる変化は成長と進歩の要因であり、具体的に変化した分だけ新しい価値が生み出される。私も少しとはいえ変化した分だけは新しい価値を生み出している。 これからの10年。次なる価値を求めて、今日から新たな変化が始まる。今日の原稿5枚。合計270枚。あと、もう少し。
2005年05月16日
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日曜日には政治討論がテレビで放映される。それは、ある種プロパガンダなのかもしれないと思う。北朝鮮の話題も相変わらずの論調が続いているけれど、ちっとも進展しない。国と国との問題は大変なんだという前提が、進展しな現実を容認している。北朝鮮はおかしな国だと言うが、日本はおかしな国ではないのだろうか?今日の原稿10枚。合計265枚。今日も良い天気だ。風に吹かれてまったりとした雲が流れていく。
2005年05月15日
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「41歳寿命説」という本を20年ほど前に読んだ。食品添加物、生活環境の悪化等によって昭和30年代以降に生まれた人の平均寿命は41歳になるというものだ。「ノストラダムスの大予言」と同じく未来予測など当たらないと思っている私なのに、なぜか「41歳寿命説」は心の隅にいつも張り付いている。私は41歳を通過したけれど、まだ生きている。だからこの説は私には当てはまらなかった。でも40歳を過ぎた頃から急速に体力の低下、体調の不安定さを感じるようになり、病院に行く頻度も多くなった。マズイ!若い頃には考えたこともなかった「健康」というテーマに直面したのだ。ここ5年ほどサプリメント類を試し続けているけれど、効果を実感したものはない。テレビ番組に影響されたり、大々的な宣伝に挑発されたり、身近な人から持ち込まれる情報に乗ったり、試してみないと始まらないと思って自分に合うものを探し続けた。ようやく巡り会えたような気がする、私に合うサプリメントに。良き伴侶を得たと同じ安心感がある。私が使っているサプリメントも批判的な人もいる。親切なのか意見してくれるけれど気にならない。自分が良いと思ったものは自分にとって良いものであって、他人が良いと言ってくれるものはその人にとって良いものであるわけで、私にとって良いものであるとは限らない。どこにも批判的な人はいるもので、批判したい気持ちはわかるけれど、多くの場合、批判は体制を揺るがせることはできない。判断権者の判断が最も力がある判断となり、最終判断となる。この場合は私。意見を言いたい気持ちを抑えて、認めてあげる方が良いと思うようになったこの頃の私。どこに行った、反体制的な活動をしていた気概は。これは加齢の影響か、「41歳寿命説」の呪縛による心的変化か?何はともあれ、今日も日が暮れた。今日の原稿5枚。合計255枚。ラストスパートです。ゴールが見えてくると元気になるのです。
2005年05月14日
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シャッカ、シャッカ、シャッカ、シャッカ、シャッカ……。MDから漏れる小さな音。私はあれが嫌いだ。他人に迷惑をかけないようにしているつもりだろうが、しっかり迷惑をかけている。以前はイヤホン式で、耳の中にすっぽり収まっていたので音漏れは少なかったけれど、最近はヘッドホン式になっているのでどうしても音が漏れる。メーカーは売るために目先を変えて発売し、ユーザーは新しいデザインに飛びついた。音漏れがあることなど無視して利潤追求に走ったメーカー。音漏れを気にすることなくいい気なもので音楽を聴くユーザー。どっちもどっちだ。どっちもどっちだから、噛み合うのだろう。シャッカ、シャッカ、シャッカ、シャッカ、シャッカ……。やっぱり気になる。寝てなんかいられない。ちり紙交換、竿竹売り、焼き芋屋、わらび餅売り、ラーメン屋、あの物売りの音の方がよっぽど気持ちよい。単に、アナクロニストの愚痴の類でしかない。今日の原稿8枚。合計250枚。
2005年05月13日
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システム手帳の裏表紙に、私としては丁寧な文字が並んでいる。~ハワイに旅をするとしたら、楽しみというのはハワイに着いた後でないと与えられないものだろうか。いや、まず旅をしようと決めた瞬間に喜びがわいてくるはずだ。成功も同じこと、成功を勝ち取ることは決して到着地ではない。それは旅である。成功しようと決めた瞬間から旅に出るのだ。出発した瞬間に、すでに成功しているのだ~確か「信念をつらぬく」という題名の本だったように記憶している。これを書いたのは10年前。成功しようと決めた瞬間から、すでに成功しているのだという言葉に刺激され、様々なものにチャレンジしてきた。でも成功しようと決めた瞬間は成功ではないと経験則によって確信を持ってしまった10年後の今。やはり成功は結果である。プロセスは、成功した後に振り返るからこそ輝かしい物語として存在感を示す。失敗した過去はいばらの道だ。そう思っているのに消すことができない、この言葉。何度も消そうとしたけれど消せなかった、この言葉。いつか真意を理解、体現し、成功しようと決めた瞬間から、すでに成功しているのだと言える日が来るのだろうか?10年後がまた楽しみである。今日の原稿10枚。合計242枚。到着地が朧気に見えてきた。
2005年05月12日
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周囲の人を観て、すごいなぁ、うらやましいなぁ、と思うことがある。才能フェチの私(4月22日の日記参照)は、空気を吸うように、食事をするように、周囲の人に対して羨望の眼差しを向けている。「うらましいなぁ」と今日も思った。ところで、「うらやましい」って何だろう?msnの国語辞典で検索してみた。【うらやむ】【▼羨む】 〔「心(うら)病む」の意という〕他人が自分より恵まれていたり、優れていたりするのを見て、自分もそうなりたいと願う。また、自分が他人ほど恵まれていないことを不満に思う。 私が漠然と考えていた「うらやむと」は、他人が自分より恵まれていたり、優れていたりするのを見て、自分もそうなりたいと願う、この意だったけれど、「うらやむ」って心が病むこと? 自分が他人ほど恵まれていないことを不満に思うこと? この意だとちょっとニュアンスが違う。う~ん、考え込んでしまう。いずれにせよ、「うらやむ」とは夢の裏返しであることには違いない。「うらましい」、それを夢と置き換えるなら、才能フェチの私はいつも「うらましい」と思っているわけで、ということは、私は夢をたくさん持っていることになる。これは大変だぁ、と年齢を再確認して、ため息。どれだけ実現できるか年齢と競争です。頑張らなくっちゃ!原稿はお休みです。雑用があるので。
2005年05月11日
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電車内で、女子高生がいつものようにお喋りで盛り上がっていました。私もいつものように本を読んでいました。耳は女子高生の話にいつものように向いていました。周囲をはばかることなく喋るのですから仕方がありません。「あのさぁ、玲って名前、誰がつけたの」「たぶんお父さんだと思う」「絶対狙ったよね」「何が?」「名字が大木でしょ。大木 玲」「???」「大木玲、おおきれい、オォ、綺麗。絶対狙ったよ、オヤジさん。結婚したらオヤジさん嘆くだろうなぁ~」「そんなふうに、よくからかわれた早く結婚したい。今でもしたい」ヤダ~、キモイ~、キャ~、わっはっはっはっはっ……。「他に面白い名前の人いない? みんなで考えようよ」 ~考え中~「いた、いた、加奈子」「何で~?」「大場さんていう人とは結婚できない。ヤバイから」「?????、な~るほど、大場加奈子、おおばかなこ、大バカな子」ヤダ~、キャ~、わっはっはっはっはっ……。あっと言う間に電車は目的の駅に着いた。今日の原稿2枚。合計232枚。
2005年05月10日
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会議の適正時間とは果たしてどれくらいだろう?短時間で終わってしまうと会議の威信が保てないと考える向きがあるのか、長時間の会議を行って熟慮、検討を重ねたとでも言いたげな自慢顔に疑問を覚える。私は会議なるものが嫌いだ。おおよそ結論が決まった形で会議は始まり、予期せぬ反対意見が出れば、何とか当初考えていた結論に結びつけようと論理的誘導を図る。誘導に失敗すれば結論が出ないので、会議の意味がなくなる。当初の結論が出れば、そもそも会議をする意味がない。相談、話し合い、という名目でいい気楽にやればいい。会議なんて重厚な言葉を使って重要度を醸し出しても意味がなければ、意味がない。やっぱり私は組織には不向きな人間なのだろうか?今日の原稿はお休みします。
2005年05月09日
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私は、どうしても外食が多い。食堂に入って注文をして料理が運ばれて来るまので間、あの時間の過ごし方が苦手だ。連れがあるときは話をしているので幾分楽だけれど、ひとりの時は結構緊張する。やたらにキョロキョロするわけにもいかず、本を読むほどの時間はないし、ボーっとしておくにも視線を向ける場所に困る。仕方なくテーブルに置かれたメニューを見たりしているけれど、イマイチ落ち着かない。ということで、最近はメニューを見ながら上目遣いに他の人の様子を観察している。面白いのは料理が運ばれてきてからの仕草だ。改めておしぼりで手を拭って、食べるぞって意思表示を行う人もいるし、いきなり食べ始める人もいる。 割り箸を割って先をゴシゴシこする人、お茶に箸先をつける人、氷の入ったコップの中でグルグル箸を回す人、中には箸先を舐めてから食べ始める人もいる。(私の叔父がそうであった。鉛筆もなぜか舐めていた。「美味しい?」とふざけて訊くと、「美味しいぞ、舐めてみるか」と言われ、子供心に気持ち悪い~と思った)私はどうかといえば、以前は祖父の影響で箸先をゴシゴシしていたけれど、誰かに行儀が悪いと言われ、ゴシゴシは止めた。汁物があるときには、まず汁物から口をつけろとも祖父に言われた。その癖は未だに継続中だ。どうも仏式では汁物を先に口をつけ、神式では御飯を先に口につけるらしい。我が家は仏教徒だからかなぁ?時々、食べる前に箸を両手で持って「いただきます」と小声で言う人を見かける。感動してしまう。私が見かけた中ではおじさんが多いけれど、若い女性の中でもそんな振る舞いをする人がいる。感動する。私はしたい気持ちはあるけれど、照れもあってできない。家では言えるけれど、外では言えない。心の中で「いただきます」と言って食べる。抵抗もなく自然にそんな振る舞いができるのは躾(しつけ)の成せる技なのだろう。素晴らしいと単純に感動する。今日は原稿3枚で終了。 合計230枚。ゴールデンウィーク最終日、特になにもないけど。
2005年05月08日
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バス停に備え付けられているイスは、横に長いベンチ式が当たり前だと思っていたけれど、そうとは限らないみいたいだ。パイプイスもあれば勉強机用のイスもある。事務所用の回転イスもあるし、食卓用のイスもある。極めつけはソファーだ。一瞬、豪華~と思って近づくとひどく汚れていて座る気にはならない。ベンチ式のイス以外は誰かが寄贈したものだろうが、それは親切なのか迷惑行為なのか、イスの状態を見れば首を傾げたくなる。好意的に観れば現代日本の家具事情の一端が垣間見れると言えるけれど、悪意的に観れば処分に困ったイスを好意に見せかけて投棄したと言える。これら表裏一体の行為は、煩悩を抱える人間の愛らしさを物語っている。好意的にせよ悪意的にせよ笑ってしまうのは、憎めない人間の醜さを歳とともに許容できようになったからに違いない。自己矛盾を抱えた人間だから致し方ないのだ。そういえば、近所の塀に一枚の張り紙がある。「張り紙禁止!」「張り紙禁止!」と書かれた張り紙、それって自己矛盾じゃないの?う~ん、これも笑える。今日の原稿2枚。合計227枚。これから図書館に行ってきます。
2005年05月07日
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トボトボと歩き帰るいつもの道。人間の痕跡が静かに異彩を放っている。投げ捨てられたタバコ、溝に填った空き缶、千切れた紙切れ、そして吐き捨てられたガム。ガムをよく観ると無数の靴底の跡。捨てた人、踏みつけた人、無視した人、気づかなかった人、様々な人が行き交い、痕跡を残す。人の痕跡は、これほどにも汚く、醜いものなのか?ガムを靴の先で突っつく。やめて~、と悲鳴が聞こえそうなほどしがみついている。私は体型をくねらせたガムに軽く敬礼を行って通り過ぎる。雨が慰めるように痕跡を包み込む。ジメジメとした空気が語りかける人間の本質的な姿。今日は雨で良かった。今日の原稿3枚。合計225枚。窓の外は土砂降りの雨。心地よい雨。
2005年05月06日
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新規ビジネスを始めるべきか見送るべきか。彼女への告白をするべきか見送るべきか。外出をするべきか見送るべきか。家事を手伝うべきか見送るべきか。部下に注意するべきか見送るべきか。等々、人生には迷いがつきまとう。迷いが生じる原因は先行きが不透明だからに他ならない。わかっていれば迷うことなどない。迷ったときの対処の仕方でその後の人生が大きく左右されという重大な局面だから迷う。決断が下させない。失敗が恐ろしいから決断が下せない。年頭に誓った。年々増え続ける体重に待ったをかけ、減量路線を邁進すると。なのに手に持ったコンビニの袋の中にはシュークリームが2つ、迷ったけれど買ってしまった。ほんの少し後悔はあるけれど、たまにはいいよともう一人の自分に囁かれると、誘惑に勝てる信念を持ち合わせていない私にブレーキは利かない。「我、事において後悔せず」私には届かない境地だ。昼からの予定はない。我、煩悩に翻弄されながら気持ちよく惰眠を貪る。今日の原稿2枚。合計222枚。作為的ではありません。
2005年05月05日
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地元呉市にオープンした「大和ミュージアム」に行った。「大和ミュージアム」は呉市の歴史と日本の近代化の礎となった造船、製鋼を始めとする科学技術を先人の努力や当時の生活・文化に触れながら紹介し、日本の将来を担う子供たちに科学技術の素晴らしさを伝え、平和について考える機会を与えている。〈私の感想〉足が痛かった~。入場待ち40分、館内での見学時間2時間、運動不足の私の足は悲鳴をあげますよぉ。所々に設けられた椅子が、私には砂漠のオアシスのように感じたのものです。それはともかく、少々重い話題だけれど怯まず挑戦。館内は戦艦大和の遺品、乗組員の遺書、設計図、教科書等が陳列され、大きなスクリーンでは当時科学技術の粋を集めて作られた大和の細部にわたる解説、テレビモニターでは黒船来航から帝国主義へと進む過程や戦争の勃発要因まで詳しく解説してある。遺書の陳列コーナーでは涙ぐむ人もいた。(年配の人だけではなく若い人も)遺書を始め、残っている文書類に書かれた文字がとても美しい。文章に迫力がある。多くの人々が国のためと笑って死んでいった歴史から目を背けてはいけないと思った。当時の人たちは身近に国と死を意識してたが、今、私たちは国も死も一部の人たちを除いて意識などしていない。平和とはいったい何? 戦争がない状態が平和? 平和の意味がわからなくなった。憲法改正に向けた論議が自民党、民主党など保守党の中で進められている。日本の現憲法は米定憲法といわれていって嫌悪感を示す人もいるが、体系的・論理的整合性には優れている。多くの国では自国と国際社会とかねあいで矛盾を抱えた憲法となっている。そもそも自国の利益と国際利益が同時に確保されることなど皆無という現状を踏まえれば、憲法に矛盾が生じてもケースバイケースという柔軟さを内在させた方が現実的なのかもしれない。先進国では、戦後70回以上も憲法を改正した国もあるし、少なくとも10回は改正している。日本では触れていけない不磨の大典とされてきたけれど、部分的にはもう時代には対応できなくなっている。日本の歴史の上に立った、日本人が誇りに思える憲法が、日本人の手によって完成される場面を見てみたい。主権在民をうたっている憲法に恥じないよう、一人一人がこの問題に関心を持ち、意見を持つことを迫られている。私も真摯に向き合えるよう、勉強しなければ!現在の私に暮らしが歴史的にみれば多くの犠牲に上に成り立っている。日頃の生活の中で目を背け、話題にしなかった戦争だけれど、今日「大和ミュージアム」に行ったことで直視する勇気を与えられ、覚醒した部分が大きかった。国民の安全は国防を無視して成り立たないので、歴史を踏まえ自分にできることで未来の子供たちに受け継ぎたいと思った。今日の原稿、お休みにさせてください。
2005年05月04日
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電車の中で化粧をする女性をしばしば見かける。すっぴんの顔が電車を降りる頃にはすっかりきれいに変身を遂げている。同乗した人たちは、そのプロセスの一部始終を見届けることになる。不用意に視線を合わせようものなら、「何見てんのよぉ!」と、流行の芸人さながらの毒づく言葉が飛んできそうな気配さえする。善し悪しの次元を超えた、時代が求める姿なのだろう。今日、私が乗った80%ほどの乗車率の電車の車内に弁当の香りが広がった。2人の若い女性(たぶん大学生)がおもむろにカバンから弁当を取り出して、立ったままおしゃべりをしながらパクついている。全く周りへの配慮はない。あまり感じが良いものではないが誰も注意をしない。関わりを持ちたくない現代人は、素知らぬふりが最上のマナーと心得ているようだ。もちろん私も弁当のふわふわとした香りに違和感を覚えながらも無視していた。そこへ、たまりかねたのか、ひとりの男性(60歳前後)が意を決したような堅い形相で声をかけた。「お嬢さん、弁当を在来線の車内で食べるのは良くない。新幹線じゃないんだから。わかるだろ!」(言わんとすることは感覚的にはわからないでもないが論理的説得力に欠ける)女性は顔を見合わせて、バツが悪そうに弁当をカバンに収めた。そして一言。「私たち新幹線しか乗らないからうっかりしちゃって!」(負けていない。一矢報いたつもりなのか?)「わしは最近新幹線に乗ってない。でも弁当は食べない」(わけが分かんない)そして、重苦しい雰囲気が弁当の残り香漂う車内を包んだ。これはドラマだ。リアルなドラマだ。今日の原稿3枚。合計220枚。いい天気だ。外を歩くと少し汗ばむ。
2005年05月03日
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仲良しの友人たちとワイワイ、ガヤガヤと喋りまくった。いささか喉が痛い。家に帰って何について話したのか、どうして盛り上がったのか考えたけれどわからない。でも間違いなく盛り上がった、そして楽しかった。会話の内容を思い出せないのは、たぶん実のない内容だったからに違いない。普通、盛り上がったり、楽しんだりする会話には、そうなるだけの理由がある。これは因果関係というものだ。しかし、実のない会話でも盛り上がる現実を踏まえると、重要なのは内容でなく人間関係だと言うことができる。こう考えると、内容とはいったい何なのかという疑問にぶち当たる。う~ん、内容とは……、たぶん、部屋に差し込んだ日差しの中で戯れるホコリのようなものだ。今日の原稿はお休みです。ゴールデンウイークだから。(それは違います)
2005年05月02日
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「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉が好きだ。私は営業を始めて自分の不出来を思い知らされ、世の中なことを勉強しなければいけないと思って一念発起、本を読んだり講演を聴きに行ったりとインプットに努めた。元来飲み込みの悪い私の頭は断片的にしか記憶していないけれど、下手鉄砲も数打ちゃ当たるというのか少しずつ社会勉強が身についてきた。でも……、自分がすっごくイヤになるとき、まだまだ不出来だと思い知らされる瞬間がある。それは偉そうにモノを言っているときだ。多少の知識をひけらかして知識発展途上の人を論破しようとしたり、そんなことも知らないの、と心の中でバカにしたりする、あの瞬間に胸が締め付けられるような罪悪感を覚える。私はなんてバカなんだ、未熟なんだと自己嫌悪にもなる。偉そうに振る舞うことは偉いことではなく、偉くないから偉く見せようとしている見栄の姿に他ならない。謙虚になるためには心に余裕がなくてはいけないのだ。謙虚になるために、心に余裕のある人生を歩みたいと思う。今日は原稿お休みです。一日中遊びますから。
2005年05月01日
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私が通った幼稚園がコンビニになっている。小学校に通う道すがらに、後輩となる園児の甲高い声を微笑ましく受け止めていたけれど、確か小学5年の時に廃園となった。もう私の幼稚園の後輩は生まれないのだと寂しく思ったものだ。幼稚園はその後、駐車場となり、釣具屋となり、喫茶店となり、リサイクルショップとなり、現在はコンビニになっている。2年目前のことだ。卒園後に同じ場所に姿を現した駐車場も、釣具屋も、喫茶店も、リサイクルショップも、私には縁がなく、立ち入ることはなかったけれどコンビニには立ち寄る。店内はどこにでもあるコンビニの風景なのになぜか懐かしく、そして落ち着くのは、私が巣立った幼稚園の跡に建てられたからに違いない。遠いあの頃を思い出す。笑った姿、怒った姿、ふて腐れた姿、そして泣きじゃくった姿、幼稚園児として気ままな生命力に翻弄された私の日常。何に対してそのような反応を示したのかは定かではないけれど、感情を表した姿は鮮明に記憶の中に生きている。もしも過去に戻れるのなら、私は幼稚園時代に戻りたい。高校でもなく中学でもなく小学校でもなく、ましてや社会人一年生の時代でもなく、幼稚園時代なのだ。そこに何があるのかわからないけれど、確かに私を惹きつける何かがある。今日はコンビニで週刊誌と果肉たっぷりのヨーグルトと野菜ジュースを買った。普通に歩いているのに妙に足取りが軽い。すれ違う幼稚園児を目で追って、羨ましく思ってしまう私は一体なに?本日の原稿2枚。合計217枚。今日は暑い。室温26度、夏日だ。
2005年04月30日
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「勉強しろってもう言わないで! 今の私が一番いいんだから」中学1年の娘が妻に反抗している。娘が今までいいという根拠は一冊の本にある。現状肯定型の本だ。言い方を変えれば癒し系の本だ。「今のままのあなたでいいんですよ。頑張らなくていいんですよ」というものだ。妻曰く。「それは大人の話。子供は頑張らないといけないの」「何かにつけて大人はいいよなぁ。勝手な理屈をつけられるから」「それなら、しっかり勉強して早く大人になりなさい」少しずつピントがずれた会話が続く。そして、お互いに納得しないままに終了する。二人が好きなテレビ番組が始まるからだ。延々と議論を続けても交わらない会話はどこかで終わらせないと決定的な溝となる。こんなときテレビっ子の二人はタイミング良くテレビに救われるのだ。娘は愛読しているけれど、最近売れ筋の現状肯定型の本にはいささか否定的な私。現状を肯定されれば気持ちが楽になるけれど、そのままでいいというものではないと思うのだ。私が若い頃に売れ筋だった本は自己啓発の本だ。いわば現状否定型の本だ。今の自分ではダメ、磨きをかけないとダメ、と言うものである。怠け者の私はこの種の本が苦手だったけれど、ダメな自分をはっきりと自覚するようになってからは恐る恐るでも本を手に取りページをめくった。そして、実行に移した。成長を自覚したときに、これは何、と思えるほど興奮をした。人の本質的な喜びは自己成長の中にある、更に言えば自己成長の中にしかない。スポーツでも技術の習得でも成長を自覚したときに心が躍る喜びを感じるはず。現状維持で喜びなんて感じない。感じるとしたら、諦めを悟りと言い換えて自己満足するだけの話だ。だから私は成長を目指して自己否定をするスタンスを良しとする。番組が終わったときに娘に言った。「お父さんも成長するから、お前も今のままでいいと言わないで成長するために勉強した方がいいぞ」「バッカじゃない、ひとりで成長すればっ!」反抗期なのかなぁ?今日の原稿5枚。合計215枚。まだ頭の中に木霊している。「ひとりで成長すればっ!」悔しいから、言い返す。「はい、しますよ」むろん想像の世界、言葉にはできない。
2005年04月29日
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「不定愁訴」漢字を見ただけでは意味がわからない。愁訴とは、嘆き訴えること。意味を聞かされて知っているけれど、漢字を見ただけではわからない。漢字からイメージできない言葉が多すぎる。知識人が知識不足人を嘲笑うためなのか、それとも騙し、煙に巻くためなのか、知識不足人の私は穿った見方をしてしまう。知識を増やさねば!知識人に操られないために。と、思いつつダラダラと時間が過ぎる。これは平和ボケなのか?今日の原稿2枚。合計210枚。ゴールデンウイーク突入。
2005年04月28日
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無意識のうちに昔懐かしいメロディを口ずさむことがある。(お風呂の中では鼻歌となる)口ずさむメロディーによって脳裏に映し出される当時の情景が変わってくる。(当然である)あの頃のにタイムスリップしているかのように、たっぷり時間をかけて想像の世界を楽しむ。やはり妄想癖があるようだ。しかし、私の妄想癖を持ってしても鮮明な情景が描けないメロディーを口ずさむときがある。そのメロディーとは校歌である。小学校の時の校歌。中学校の時の校歌。高校の時の校歌。それぞれを、ほぼ完璧に奏でることができる。でも不思議なことに、作為的に口ずさむと途中からわからなくなってしまう。無意識の状態だと途切れることなく完走できる。不思議だ~。思い起こしてみると、私はまともに校歌を歌った記憶はない。「校歌斉唱」と言われてもいつも口パクだった。口パクさえしないときもあった。なぜ校歌を歌うのがイヤだったかというと、ダサイからである。決して音痴だからではない。当時は、確か音痴ではなかった。歳を重ねる毎に音痴になった。たぶん歳を重ねることでどこかの細胞が故障、あるいは破壊されて音痴になったに違いない。私は生まれつきの音痴ではない。それはともかく、ダサイ校歌をなぜに今になって口ずさんでいるのか意図がわからない。10分ほど「考える人」と化し、精神的安定を図るために結論を導き出した。予定がドタキャンされ、突然やることがなくなったとき、おもむろにゲームでもやってしまうときと同じく無意味な時間つぶしに他ならない。即ち、心揺さぶるメロディーが終わり、次のメロディーが流れ始めるまでの無意味な時間つぶしが校歌のだ。でも時間つぶしのゲームが嫌いでないように、実は校歌も嫌いではないのかもしれない。過ぎ去りし時は、思い出を温かく包んでくれるようだ。今日の原稿3枚。合計208枚。ゴールデンウイーク間近、特に予定はないけど。
2005年04月27日
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帰宅する人たちをたっぷり飲み込んだ電車の車内に、私はひっそり身を潜めて立っていた。発車のベルが鳴り響く中、4人の女子高生が飛び込んできた。人混みを遠慮なく掻き分けて私の前に現れ、それぞれのカバンを4人の中央に集めて、それらを取り囲む位置取りで立ち話を始める。登場から賑やかで、がさつな印象を持った私は、4人に背を向けて窓の外に視線を向けていた。賑やかな4人は静まることなどない。迷惑そうな周囲の視線が集まる。きっと誰かが注意をするだろうなぁ、と緊張感を持って素知らぬふりをしていた。ひとりの女子高生が言った。「柳田先生、駆け落ちらしいよ」3人が聞き返す。「駆け落ちって何?」「知らないの? 愛し合う二人が親の反対に遭って、タカシさん行くしかないわ、ユキコさん、もちろん行くしかないよ、(立ち位置を入れ替えて一人芝居をする)と言って手に手を取って育った街を後にして知らない街で暮らし始めるの」「ふ~ん」「愛する二人は駆け落ちをすると更に恋の炎が燃え上がるの。も~う、イチャイチャ、ベタベタ。タカシさ~ん、あ~ん、って御飯を食べさせるの(御飯を食べさせる真似をする)」「やだ~、柳田のあの顔にあ~んはできない。キモイよぉ」「恋は盲目なの、あの顔でも恋するとあ~んができるの」「そうかなぁ、私は柳田には恋しない。それからどうなるの?」「そして御飯がすんだら一緒にお風呂(体を洗う真似をする)」「やだ、絶対ヤダ、想像するとキモイ。柳田はツチノコみたいな顔してるのよ」私は過去に見たツチノコの想像図を思い出していた。4人は自分たちの世界にズッポリ浸かっているけれど、4人もいれば誰かが周囲に気遣うかと思いきやみんなが揃いも揃って他の人たちの存在を消しているようだ。「それから、どうするの?」3人は興味津々で続きを待った。「それから……、テレビゲームを始めるの。そして、やり方が汚いってユキコが言うと、タカシが勝負は非情と返す。喧嘩になる。ふて寝する。朝が来ると、また仲良しになってキスをするの。これが駆け落ち。わかった?」3人は頷いた。その内のひとりがおもむろに言った。「私、駆け落ちする。恋は駆け落ちよぉ」(意味がわからない)盛り上がった4人はその後も駆け落ちを連発していた。最初は迷惑そうな視線を送っていた大人たちにも女子高生の演技力に引き込まれたのか、目を細めていた。芸は身を助けるというが、真理だ。私は笑いを堪えるのに必死だった。電車から降りると、横腹が痛い。演技派の女子高生、楽しい時間をありがとう。でも、ちょっとは周りに気を配れよっ。今日の原稿1枚、正確には5行。したがって合計枚数は205枚のまま。今日はどうもお疲れみたい。おやすみなさい。
2005年04月26日
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本日発売のBIG・tomorrowに載りました。感激です!若い頃からBIG・tomorrowを愛読し、少なからず影響を受けながら今日に至っている私が、まさかBIG・tomorrowに載るなんて想像できませんでした。まさか、まさかの出来事です。自分はダメなんだと諦めて人生を送っていたら、今日のこの日は来なかったでしょう。自分の過去を振り返って、過去の出来事を基盤に自分のことを規定してしまうことがいかに無意味なことであるか、改めて心に刻みます。未来は過去の繰り返しではなく、新たな出来事のとの遭遇です。誰にも想像できない瞬間が待ち受けているのです。さぁ、明日に向かって飛び立ちましょう。まさにBIG・tomorrowです。今日は原稿お休みです。BIG・tomorrowを読みます。
2005年04月25日
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ここ数年毎年2キロつ増量を続けている私の体。中年だから仕方ないと諦めていたけれど、このまま増量が続けばどんなになるのだろうか、と昨年の暮れに想像をすると恐ろしくなった。だから一念発起、今年の正月からダイエットを開始した。日野原重明氏が何かのテレビ番組で言っていた。「二十歳の時の体重が自分にとってベストの体重だ」って。中年になると運動不足に加え新陳代謝が悪くなるので、今まで通りに食べていたら完璧に増量を続ける。さりとて食べる量を減らすと、お腹が減ってストレスになる。市販のダイエット食品を買おうかと思ったけれど、計算通り減量できなかったり、リバウンドがあったりと健康的な減量を果たした人よりも、苦痛を増量した人の話を身近によく耳にするので自力で頑張った。食事の中で野菜を増やし、夕食は従来の半分の量にした。それから特に増量が顕著なお腹周りを引き締めるために毎日腹筋を150回した。すると3ヶ月後、体重は5キロ減、お腹周りも2年前に買ったスラックスがはける状態になった。やった~。!(^^)!でも不安が頭を過(よ)ぎる。順調に減量が進んでいるけれど、このままの食事+腹筋を続けていけば減量し過ぎになるのでないだろうか? このまま細く細くなったらヤだなぁ、と思うと、少しい多めに食べてしまう。目標まで減量ができたとき、それ以後の食事や生活のやり方がイマイチわからない。このままのペースで続けるべきか、少し緩和するべきか?本で調べたり、インターネットで検索をしたけれど、ダイエット後の生活指南が体系化されていない。ダイエットは減量することが目的ではなく、減量した体重を維持することが究極の目的なのに~。ダイエットにほぼ成功した今日からは、現状維持にのための食生活を見つけ出すこために試行錯誤を始める。洋服ダンスの奥に眠っていた2年前のスラックスたちを手前に出して、ここ最近買ったスラックスたちを奥に仕舞い込んだ。感慨深いものがある。今日の原稿3枚。合計205枚。マイペース!
2005年04月24日
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浦島太郎の物語を聞かされたとき、無性に悲しくなったあの時のことが忘れられない。私がもし長い旅にふらっと出かけて、ふらっと帰ってきたら、私のことを憶えている人はいなくなってしまうかも。だから忘れられないために旅などしない、と考えた。親にも、幼稚園の先生にも、友達にもその話をしたけど、不思議そうな顔をされただけ。大人になって、また友人にその話をしたら、お前の視点は宙を舞ってるからわからないと軽く受け流された。人は近くにいない人のことは忘れて行くようにできている、と人生を半ばまで歩いて確信を得た。小さかった頃の友達、先生、そしてすれ違った人たち。大人になっても、サークルで知り合ってそして辞めた人、職場を退職した人など、既に日常の生活の中では忘れてしまっている。なぜ忘れてしまうのかといえば、そうしないと現実の中で生きて行けないからだ。私たちの脳は記憶というメカニズムと、相反する忘却というメカニズムを持ち合わせ臨機応変に使い分けることで生命を維持している。とっても前向きで格好良い。人生の後半を迎えた今、私は思う。今後は出会った人を忘れないようにしようと。寂しがり屋の私は人に覚えておいてほしいから、私も忘れないようにするのだ。浦島太郎にはなりたくないから。本日の原稿2枚。合計202枚。これからお出かけです。
2005年04月23日
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私は自分にすっごくコンプレックスを感じているので、人の才能に素直に感動を覚える。プロ・スポーツ選手、歌手、芸術家、そして日常的に接する職場の人や友人たちの私にはない才能を見ているのが好きだ。最近ではブログの中に才能を見つけては、密かに感動に浸っている。そう、私は才能フェチである。人に感動を与える才能って凄い。気に入らない上司でも、時として圧倒される才能を見つけると悔しいけれど感動してしまう。出世しているだけに、それなりに才能を持ち合わせているのだ。だからといって好きになるわけではないけれど、決定的に嫌いになる歯止めとしての役割は十分に果たしている。私の周りに才能が溢れている。花畑の真ん中に座り込み、辺り一面に咲き乱れるきれいな花を眺めては心がポカポカと温まる情景をイメージする。今日も才能に出会った。心がポカポカと温まった。明日はどんな才能に出会うのかな?今日の原稿6枚。合計200枚。頑張ってます。
2005年04月22日
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平凡な毎日のようで違う日々なので、新たな難問を突きつけてくる日々と直面する日々。難問の答えは常に複数用意されているが、AにするべきかBにするべきか、進むべきか退くべきか、概ね二者択一だ。この選択がその後の人生を大きき左右する。誰だって勝ち組への道、感激への道を選びたいけれど、その場では誰にもわからないのだ。選んだ結果において間違っていたと気づくだけで、前もって誰にもわからない現実が人生を複雑怪奇にしている、人を不平等にしている。人生は選択の歴史に他ならない。多くの人は、なぜに辛い方向ばかりを洗濯するのだろうか?辛さが試練として人間を完成に向かわせるなんて嘘だ。克服すればいいけれど、挫折すれば暗い人生が待ち受けている。明るい未来を手繰り寄せる道程では決してない。人生は楽しさの中にのみ存在する。試練なんかしなくてもいいんです、イヤなことなんてしなくてもいいんです、公共性を壊さない限り好きなことに時間を費やし、楽しめばいいんです。一人で生まれて一人で死んでいく一度キリの人生だから。とは思っても現実は辛い、それは自分がいるからです。今日の原稿2枚。合計194枚。お風呂に入ります。
2005年04月21日
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証券外務員の資格試験をなぜか受けた。(ちゃんと受ける理由はある)今日、結果が通知された。☆ジャジャーン☆~合格~必殺一夜漬けが功を奏した。私はどうも好きでもないこと、興味のないことをコツコツと勉強をする気になれない性格なので、受けざるを得ない試験は常に一夜漬けで逃げ切ってきた。(私の場合、好きでもないことはすぐに忘れるので前々から勉強しても意味がない。無駄な時間となるだけだ)中学1年時、社会の試験を一夜漬けで100点を取って以来、私の試験対策は一夜漬けとなった。もちろん撃沈させられたことも数知れないが、好結果を得た感激が余りに大きいからコツコツ勉強をする気にはなれないのだ。たった1日しか勉強しないのに点が良いという、理不尽とも思える好結果が私には蜜の味となっている。このたびの一夜漬けは、午後9時から午前4時まで頑張った。眠くなると焼酎のお湯割りを飲んで気合いを入れた。(ますます眠くなった)気分転換に窓を開けて星を眺めた。(明かりの消えた家々の窓を眺めて、みんな起きて~と叫びたい衝動に駆られた)目がショボショボして我慢できなくなったら、水で顔を洗った。(効果なし)集中力に欠ける時間を過ごしながらも、計画したところまでやり終えたのが午前4時。やり終えるとなぜか自信が芽生える。合格するかもね、って。そして合格した。これは冷静に考えると運が良かったと言うべきなのだろう。「運」そう、17日の日記で予言したように運気が上昇している。(プーさん効果。わからない人は17日の日記を参照してください)私の運気はまだまだ勢い盛んだ。もっと幸運を運んでくれるに違いない。毎日が楽しみだ。今日の原稿はお休み。(こんなんで良いのだろうか?)一人祝杯です。プーさんに乾杯!
2005年04月20日
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人生はままならない。思うように進まないことが常だ。後悔ばかりの繰り返しで人生が進んでいく。もう一度若いときに戻れるのなら……、と先人たちも欲望に翻弄された。私も思う、若いときに戻りたいと。でも注文がひとつある。今の経験や知識を持って若いときに戻りたいのだ。若いときと同じ知識で若いときに戻りたいとは思わない。なぜなら同じ人生の繰り返しだから。あ~、若いときに戻りたいよ~。絶対に無理。でも経験を生かしたいよ~。だから夢を抱いた。私の経験や知識を素直に受け止める若い人と出会いたい。その人に経験や知識を注入し、成功に導く。自分が若いときに戻りたいという希望は叶わないので若い人を成功させてこの知識と経験を生かしたいのだ。私と感性が近くて若い人を求めている。その人は自分の成功のために頑張る、私はバックアップに専念して頑張る、そして二人三脚での成功物語を私が出版する。私の夢だ。早く現れてくれ、私の分身よ。今日も行き交う人を注意深く眺めながら懸命に探した、私の分身を。まだまだパワーは十分にある、期待していいぞ、私の分身よ。酒が回ってきた。眠い。とりあえず夢の中で夢を見ることにする。今日の原稿2枚。合計192枚。これも夢かな?
2005年04月19日
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今日、昨年11月に新規事業を立ち上げた女性経営者に会いました。休みも取らず、事業を軌道に乗せるために毎日一生懸命なのです。初対面の私にまで意見を求めたり、商品の説明をしたりと、目をキラキラさせながら話します。その一生懸命さに惹かれて、普段なら語らない経営についての自分の考え方まで話してしまいました。私は一生懸命の人に弱いのです。魅力的なんです。休みの日に家にいるとセールスマンがチャイムを鳴らします。営業経験がある私は居留守を使われる虚しさを知ってますので、一応玄関に出てお断りをします。でも一生懸命の人だと、話を聞いてしまって商品まで買っちゃいます。どうも弱いんです、一生懸命の姿に。自分の全エネルギーを出し切っている、例えこの場で果てても本望という潔(いさぎよ)ささえ感じます。そう命がけなのです。一生懸命とは命がけ、だから私はその気持ちに応えたくなるのです。営業経験があるからでしょうか?一生懸命さは伝染します。私もその後パワフルに動き回りました。すっごく気持ちが良かった~。一生懸命執筆もします。ということで今日の原稿5枚。合計190枚。(一生懸命ねぇ?)
2005年04月18日
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書店の帰りに何かに誘われるようにゲーセンに立ち寄った。あちらこちらから聞こえる機械音が煩わしい。ゲーセンをぐるりと一回りしてすぐに出るのかと思いきや、引き返してUFOキャッチャーの前へ。娘が好きなプーさんが愛想を振りまいている。助け出してやる~、と意気込んで財布から200円を取り出す。横から奥行きを計り、正面から全体像を把握し、いざトライ。ぎこちなくクレーンが動く。イヤー、失敗だー。クレーンの片方のアームはプーさんの足先を捉え、もう一方のアームは小さな耳の付近。これはダメだ!諦めた瞬間、耳をかすめたアームが肩口にガッチリ。でも持ち上がるときに揺れて落ちそう。息を潜めてクレーンを見つめる。ヤッター! プーさん獲得、解放成功、娘の喜ぶ顔が。早速娘に携帯で連絡。興奮する私とは対照的な娘の冷静な反応。 「家に持って帰ってて」「はい」小さい頃は感情を表に出し過ぎと思うほどはしゃいでいたのに、今は努めて冷静な娘。娘は成長しているのに、成長しない私。娘以上にプーさん獲得を喜ぶのでした。そういえば、今年の1月にふらっとゲーセンに立ち寄ったときに、幸運の招き猫が入ったUFOキャッチャーにトライしたけど、失敗。1000円も使った挙げ句に収穫なし。ショックが大きく、幸先悪いーと思ったけど、プーさん獲得で運気が上昇してくる感触がある。これからきっと良いことがあるでしょう。楽しみ~。プーさんのピンクの頬がかわいい。今日の原稿2枚。合計185枚です。極度の興奮のため文章が浮かんでこない。
2005年04月17日
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気分転換に公園のベンチに座っていました。(一見すると変なおじさんかも?)子供たちの遊ぶ姿や親子のふれあいを目の当たりにすると生気が沸き上がってくるのです。みんなそれぞれの世界で精一杯生きているんだなぁと思うと、負けてはいられない、くじけている場合じゃない、今できることを頑張らなくっちゃ、という気分にさせてくれるのです。私の隣のベンチに三世代の親子が座りました。おばあちゃんから見れば娘と孫の三世代です。 娘が母親であるおばあちゃんにこぼしていました。「旦那、北海道に出張だといってブーブー言ってたのに帰ったら、どことなく機嫌がいいの。怪しい! と思っていたらカバンの中からすすきのスナックのライターが出てきの。一体どこに出張に行ったのやら?」それを聞いていた孫が母親にいいました。「ボクもパパが行ったすすきのに行きた~い」母親がすかさずピシャリ。「子供が行っても楽しい所じゃないの!」「おばあちゃ~ん、ボクすすきのに行きたい」おばあちゃんが言いました。「すすきのはね、口紅をつけたキツネがいっぱいいるんだから。恐いのよぉ」少し考えていた孫が意を決して大きな声で言いました。「ボク、口紅をつけたキツネに会いたい、絶対会いたい、口紅をつけたキツネに会いたいよぉ」私は子供の純真な発想に思わず笑ってしまいました。諦めさせようと発したおばあちゃんの一言、「口紅をつけたキツネ」に子供は興味をそそられたようです。逆効果になったのです。その後も執拗に子供は「口紅をつけたキツネに会いたい」を連発していました。最後には母親が「ダメと言ったらダメ!」と怒ったもので、子供は泣き出したしまいました。子供は泣きながら母親とおばあちゃんに手を引かれ家路に。納得させるように理論的に答えられないと圧力をかけて黙らせる、大人の悪い癖ですねぇ。大人はもっと大人にならないといけないと思うのでした。私は大人の階段をどれくらい上ってるのでしょうか?今日の原稿三枚。合計183枚です。日差しが眩しいです。目をつむっても光の残像が残ります。
2005年04月16日
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駅には何故か鳩がいる。幸せの使者か何か知らないが、生理現象に逆らうこともなく無造作に撒き散らされる糞の所在が気にかかる。女の子の肩に糞が付いていると何とも可愛そうになる。(私が男だからか?)高校の時に友人が、それは運が付いているのだからラッキーと解釈すれば気持ちが収まると言ったけれど、私はそんな解釈などできない。汚いものは汚い、それを美化することなどできない。当時、「糞害には憤慨だ!」と洒落っ気を込めて、でも本気で言ったのに、知らん顔をされた。本気で鳩の糞害には怒りを覚えていると主張していたときに、洒落っ気を込めたことで本気度が薄れたのだろう。しまった!と後悔したけれど、後の祭り。以来、糞害には触れぬままに30年の月日が流れた。でも。私の心には常に糞害に対する憤りが渦巻いている。要するに、鳩が嫌いなのだ。それなのに……。プラットホームのベンチに腰をかけていると、一羽の鳩がピョンピョンと跳ねながら私の足下を回っている。その様子から、餌がほしいと言っているに違いないと悟った。でも、私は鳩が嫌い、だから悪いけれど餌はやれない、と呟いた。それなのに執拗に回り続ける鳩。周囲を見回すと、その一羽以外の鳩が見当たらない。仲間からはぐれたのかもしれない。そう思うと急に可哀想になり、カバンの中から菓子パンを千切り、鳩に向かってそっと投げた。鳩は嬉しそうに飛びついた。次の瞬間、予想だにしない光景が。何処にいたのか知らないけれど、多くの鳩が千切れたパンに向かって突進してきた。私の足下では鳩が鬩(せめぎ)ぎ合っている。鳩が嫌いな私のこと、その場を逃げた。周囲の人たちの視線が痛い。鳩に餌なんかやって、子供じゃあるまいし、それにこんなに鳩が集まったらキモイんだよ等々、視線に毒が潜んでいる。私の足下にいた一羽の鳩は結局、千切れたパンの端をほんの少しを食べただけで残りは仲間の鳩に浚(さら)われたようだ。可哀想な運命を背負った鳩だ、どこの世界にもこんな役割を演じる存在が必要なのか?もちろん人間界に存在する。イヤだ、イヤだ。餌が無くなると鳩は徐々に姿を消した。でも冷ややかな視線だけは残っている。やっぱり私は鳩にはかかわらない方がいいみたい。今日の原稿はお休みです。鳩に会ったから、それは違うけどね。
2005年04月15日
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今、ここにいる私について考えることがある。今の私は、過去の生活体験や知識よって出来上がっている。もし他人が同じ経験と知識を蓄えることができたなら、今の私と同じ考え方、そして同じ行動を取っていたのだろうか?よくよく考えてみると、そもそも生まれ持った性格が違うので、経験や知識に対する対応が自ずと違ってくるので、結局、自分と同じ考え方にはならないだろう。したがって、私のコピーは間違っても存在しない。過去はもうない。誰にも見えない。だから作り替えることができる。苦い過去を温かい思い出に、穏便な日々を激動の日々に。そう、知らない人を相手に自由に過去を作り替えることができるのだ。それなのに多くの人は正直に過去を紐解く。なぜなのか?「天知る 地知る 我が知る」の教えが無意識の領域に根付いているから、嘘がつけないのだろう。 逆に過去を着飾り、今の自分に箔をつけようとする人たちは、自由に変えることのできる過去を存分に利用しているだ。過去を現在に出現させ、未来へも連れて行こうとしている。強かである。 私は小市民、過去を変える勇気などない。過去があって今の私がいる。過去を着飾ったところで、今ここにいる私に変化は訪れない。過去はもうない、今も瞬時に過去になり、未来などあるのかないのか誰にもわからない。私も時間の世界の中でいるのかいないのかわからない。でも確実に今ここにいる。何が何だかわからない。今日の原稿5枚。合計180枚。目が痛い。
2005年04月14日
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ヒュ~ウ……、パーン! シャワ、シャワ、シャワッ……。何? なに?窓の外から奇怪な音が定期的に聞こえる。カーテン隅からそっと覗くと、家の前の公園で花火をしているグループが。年の頃は……、20~30歳。(幅が広い。薄暗くて判別が困難なため)男2人、女2人、恋人同士なのか、単なる友達か、まさか見知らぬ者同士の行きずりか?関係など、どうでもいい。桜の花の側を人工的な花火が舞い上がる光景に違和感を覚える。何よりも、季節感がない。今は春だ、桜の季節だ。考えてみると食べ物なんて既に季節感が無い。子供の頃、四季を知らせるかのごとく並び始めていた野菜や果物たちが、今ではいつでも手に入る。四季を愛でる日本人の美意識はどこに行ったのだろうか?「今は春、花火の季節は夏、そこの若者たち、季節感を味わう生活をしなさい」と言いたいけれど、それはやはり季節はずれの花火のごとく、若者にとっては違和感を持つ音にしか聞こえないはず。屈託のない笑い声が花火の奏でる音と混じって夜空に響く。カーテンの隅から星のない空に打ち上がる花火と若者の姿を交互に見て、思わず呟く。「無防備な若さっていいなぁ」手持ちの花火が切れたのだろう。4人は火の始末をし、後片づけを始めた。(いい奴らかもしれない)公園を出ると、男二人は坂の下に、女2人は坂の上に向かって歩き始めた。エッ? もしかして行きずり?わずか15分間のドラマだった。今日の原稿2枚。合計175枚。花火買おうかなぁ? 売っているのかなぁ?
2005年04月13日
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行きつけの書店に拙著がありません。探し回ったけれど見当たりません。返品されたのかなぁ?恐る恐る仕入れ担当者を呼んで事情を聞きました。「売れて1冊になったから棚に入れてあります」確かに棚に拙著の背表紙が。平積みにされていたのに~。すかさず、「注文は入れてもらってますか?」「いいえ」簡単に言うな~って思ったけれど冷静に。「注文してもらえませんか?」考え込む担当者。何考えてんだぁ、入れてよぉ。「あっ、そうだ。今月末に発売されるビッグトゥモローに私載ります」押しの一手。「そうですか、入れましょう」「何冊?」「5冊ほど」「10冊にしてもらえませんか?」「う~ん、7冊ということで」なんだその中途半端、と思ったけれど、やっぱりありがたい話なので喜びを顔で表現しました。担当者も笑ってました。これからもドンドン入れてねぇ。書店に自分の本を営業する著者も少ないとは思うけれど、冊数まで口を出す人はもっと少ないでしょう。でも……、私、書店から拙著が姿を消すと寂しいんです。ということで、地元の書店さん、頻繁に顔を出すけれど嫌いにならないでね。今日の原稿もお休み。勉強があるのです。
2005年04月12日
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駅の地下道にホームレスの人たちが寝泊まりしている。私が通りかかる午後7時頃にはいつも宴会が始まっている。今日も5人の薄汚れたおじさまたちが、欠けた湯飲みに日本酒を入れて飲んでいる。頬を赤らめ、超ご機嫌。立ち止まった私に正面のおじさまが湯飲みを差し出したけれど、さすがに口をつけることはできない。このまま立ち去るには間が悪い、何か言わなければ。「お仕事は何ですか?」してるわけないじゃん、そんなこと訊いて何になる。焦ると突拍子もない言葉が飛び出す。正面のおじさまがグイッとお酒を飲み干して言った。「もう30年も仕事してない。仕事をしなくても生きていける。ストレスがないから病気にもならない。お金がないなんて悩みもない。最初からないから」「お金が無くて、どうやって食事をしてるんですか?」「食事、そんな大層なものは食っちゃねえ。メシには困らねえ。現代人はまだ使える物を捨てるから、俺らにはありがたい。生き延びられる」「具体的にはどうなんです?」「それは言えねえ。俺らの食い扶持(ぶち)だから。俺らの仲間になったら教えてやるよ」「それは……」「おめえさんらはおめえさんらの世界でしか生きれない、俺らは俺らの世界でしか生きれない、それだけのことよ」行き交う人たちが私を異様な目で見ていることは知っていたけれど、ホームレスの人と話したのは初めてのことだから興味津々で周囲のことなど気にならない。手前のおじさまが、私を邪魔者のであるかのように手を払いながら言った。「あんたの居場所に帰りなっ」胸にグサリと言葉が刺さった。仲間はずれにされた、あるいは交わることのない世界から拒絶されたショックなのか。兎に角虚しさ悲しさが心を埋め尽くす。私は私の居場所に帰るしかない、何を迷っている、考えている、見上げるとほのぼのレイクのネオンが騒いでいる。無理矢理、微笑んで家路を急いだ。哲学はみんなが持っているんだぁ、当たり前だよね。今日は原稿お休み。読みたい本が積ん読になっているから、積み木崩しをします。
2005年04月11日
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うわー、フリーズした。せっかく書いた日記が消えてしまった。昨日に続き約3000文字も書いたのにフリーズして、私の苦労が水の泡と化した。もう書かない。書き直す気分ではない。フリーズしたということは、人目に触れない方がいいという神秘の力による警告に違いない。だから、同じテーマではもう書かない。よって今日はテーマを選んで書く。「心の病」私は20代前半に心の病にかかってしまった。(爆弾発言かも?)未だに完治しているわけではないけれど、頑張っている。目が覚めると得体の知れない恐怖が襲いかかって兎に角恐い、だから外出もできない。仕事なんて当然できない。車に乗るのも、エレベーターに乗るのも、レストランに入るのも恐い。何が恐いのか正体を確かめようとしたけれど、わからない。死が恐いことには間違いないけれど、直接的な恐怖ではない。原因不明。医者に処方された、抗うつ剤、抗不安剤、精神安定剤、睡眠薬、飲んでみたけれど一時的な効果のみ。行き場のない体を引きづり書店を彷徨う。何気なく手に取った本。「行動が性格を変える」1日で読み終えた。10日間毎日読み返した。死を覚悟して、薬を手放した。恐怖感はあるけれど、日常生活を体感しよう決意した。薄紙を重ねるように少しずつ生きる気力が蘇ってくる。理想とする姿には程遠いけれど、生きられるだけ生きようと誓った。誰にわかってもらえない心の闇、でもわかってもらって同情されるのも生き辛い、だから人知れず、普通の人のように振る舞うことにした。あれから20年。完治しない心は時々悲鳴を上げる。私はなだめる。「頑張らなくていいから、我慢しなくていいから、自分が自分であるだけでいいから」と。心の病は、数値や映像で視覚的にわからないだけに深い。でも心配ないよ。あなたがあなたであるように、私が私であればいいんです。世界は大きな包容力を備えているから任せればいいんです。今日の原稿3枚。合計173枚。雨が降り始めました。遠慮気味な雨です。
2005年04月10日
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季節は春ということで、3月28日に桜色のネクタイを新調しました。3月29日の日記でも触れたけれど、某出版社の取材用です。写真撮影という初めての体験だから気持ちを引き締めるためにネクタイを買ったのです。新緑鮮やかな季節ということで淡~い緑色のネクタイもいいけれど、桜色のネクタイも季節感もあって捨てがたい、そこで見比べ、悩むこと30分、決めた~のです、桜色のネクタイに。私はすっごくお気に入り。桜色が。職場の人や友人は桜色と思っているネクタイを見せると、ピンクのネクタイねっ、と言うのです。ピンクと表現されると何となくイヤらしく感じます。だからその人たちも内心では、何考えてんの? イヤらしーと思ったことでしょう。今ひとつ気に入らない様子でしたから。ちょっと派手だけどいいんじゃない、って、言う方も聞く方も微妙に引っかかる言い方をされること3回。なんでピンクって言うの? 桜色って言ってくれないの?日本人なのに~。私のセンスはどうも他人には通じないみたい。私って……。今日、私の隠れ家であるスナックに行きました。新人の女の子がブランデーの水割りを持ってきて言いました。「あら~、春色ですね。この季節にピッタリのネクタイ、お似合いですよ」「エッ! これ何色に見える?」「桜色でしょ」思わず言いました。「ありがとう、このネクタイが浮かばれます。今日まですっかり沈んでいたから。ピンクじゃなくて桜色だよね」「ピンクだけど、桜色よ。ごゆっくり」新人さんはカウンターの中に向かいました。また引っかかりました。う~、ん~、ピックだけど桜色?私にとってピンクではあり得なくて、桜色以外にはあり得ないのに~。まぁ、いいかっ、桜色って言ってくれた人がいてくれただけで。色の呼び方が何種類かあって、その中でその人のセンスで色の呼び方を選び出すわけで……、同じ呼び方を選び出すセンスの持ち主が出会うのは珍しいのでしょうか?それとも多くの人が選択しない色の呼び方を選び出すセンスの方が珍しいのでしょうか?こんなことを考え始めると時計の針が足早に駆け抜けていきます。今日も長く日記を書いてしまった~。ブログを始めた頃、私の日記を見て、長すぎると指摘をしてくれた友達は、もう読んでくれていないみたいです。「どうだった?」と質問しても「よかった、おもしろかった」としか答えません。絶対見ていないと思う私です。私だってわかってます。どこの誰だかわからない人の日記を読むのは苦痛だし、長いとなると尚更読む気がしません。まぁ、いいんです。私は誰も見てくれなくても書き続けます。だって、書くと発見があるし、好きだから書いているだけですから。最近、控えめに書いていたけれど、今日はスッキリ長めに書きました。私がスッキリしただけのことですけど。今日の原稿7枚。合計170枚。桜色ですから。
2005年04月09日
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つまんないのっ!朝からテンションが盛り下がってます。時々、こんな現象が私を襲います。何をやっても、何を見ても、何を聞いても、つまんない、と気怠い思いだけが対象物に応えます。つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、何もかもつまんな~い。心の中で叫びます。そうすると、つまんないと思うこと自体がつまんないと思うようになり、他愛ない日常に戻っていくのです。私の抱えた、ある種発作なのかもしれません。発作は10分ほどで治まる日もあれば、2時間ほど続く日もあります。多くは20分ほどで日常に引き戻されてしまいます。今日も20分ほど叫びました。(もちろん心の中です)つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんない、つまんな~い。スッキリしました。外はいい天気です。家の前の公園の桜は三分咲きです。早々とお花見をしている老人会の人たち。老人会という根拠はない。ただ見た目で言っただけ。失礼しました。お友達? 仕事仲間? 戦友? 関係はわからないけれど、早く咲けと桜を挑発するように笑顔満開でした。気持ちいい、とっても気持ちいい。気持ちよさを勢いにして、原稿に取りかかりました。今日の原稿三枚。いつもと変わらんじゃん。気持ちよさの勢いはどこに行ったの?どうも私は桜同様にまだ三分咲きみたい。合計163枚です。
2005年04月08日
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「悪いことしたらすぐに謝りなさい!」子供の頃、母によく言われたものだ。ふて腐れて「ごめん」と言うと、「そんな謝り方じゃダメ。ちゃんと謝りなさい!」「ボクはちゃんと謝った。これがボクのちゃんとだ」小さな心で抵抗を試みる。「そんなにちゃんと謝るのがイヤなら、人に謝らなければいけないことをしなさんなっ!」吐き捨てるように母は言った。「ボクは一生誰にも謝らな~い」と、泣きながら宣言をした。今でも昨日のことのように鮮明に浮かぶ庭先での母とのバトル。それなのにボクが私になった今でも謝り続けている。あの宣言は空砲に終わったのだ。私はこの出来事があって以来、いつも考えている。謝るって必要なの?誰かに悪いことをして謝ったとしても、悪いことをした事実は消えない。悪いことをされた人も謝られれば、本心では許したくなくても許さざるを得ない。ある種、ルールだから。謝った人も、本心から謝っていないかもしれない。体裁を繕っただけだ。ルールだから。本心と本心がぶつかるとそこら中で戦争が起こるから、ルールを決めただけだ。だから謝るという行為は心がこもっているかどうかなど問題ではない。心がこもっていなくても、表面的に謝れば、謝るという行為は成立するのだ。と言うことは、ちゃんと謝らなかったボクは責められることはなかったのだ。ちゃんとイコール心から、という母の概念は空理空論でしかなかったのではないのか。心なんて見えないんだから、何とでも誤魔化せる。人間の醜さを念頭に置いて考えれば、表面的な行為と内面を同一と考えること自体に無理がある。謝る行為に疑問を持っているものの、社会人になってからも、上司、先輩、お客さまに対して謝り続けてきた。謝ることによって人間関係の摩擦が少ないことを知ったかからだ。そのせいか、人に頼み事をするときにも「ごめん○○頼める?」なんて、いとも簡単に謝り言葉を使ってしまう。「ボクは一生誰にも謝らな~い」大人になって言いたいけれど無理。大人はルールを守るものだから。(時々、ルールを守らない大人がいるけどネ)今日の原稿4枚。合計160枚。クシュン、クシュン。ゴホン、ゴホンは静まりつつあるけれど、鼻がむず痒い。
2005年04月07日
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