
「ママ友」などというとまるで「家」を「おうち」と呼ぶくらいの気恥かしさを覚えるのだが
彼女たちとは子どもの小学校でPTAの本部役員をともに闘った(闘った?)同志である。
懸案を抱えて学校のPTA会議室に手弁当抱えて籠り、気づけば外は闇。
いきなりドアをあけられて大絶叫すると戸締まりに来た先生だったり、
運動会の路上駐車を注意して運転手と大喧嘩になり警察沙汰になったりもした。
卒業式では自分たちの子どもが卒業するのでもないのに抱き合って大泣きしたっけね。
お人よしすぎが断れず引き受けて出来上がった消極的ボランティアチームだったから
本当にいろいろあった。が、今は時の霞の中ですべてがなつかしい。
何も変えることなどはできなかった。だが繋ぐことはできたのだろうと思っている。
出会った時小学生の半ズボン小僧だったわたしたちの子どもは今は高校生である。
歳月を感じる。しかしその一方で彼女たちと会うと歳月が吹き飛んでしまう。
これからもお人よしでいくのかしら損だと思われることが人を育てるのよね
自分の背中はきっと子どもたちになにかを語れてきたのよねそう思ってるわ
いろいろあるけどねそうね「いろいろ」は簡単に説明なんかできないから「いろいろ」なのわかるでしょ
いろいろねえ女はいろいろを纏ったり脱ぎ捨てたりよ
そうよいいのよ纏わなくちゃ脱ぐこともできないでしょときどきすっぽんぽんで温泉にでも入ろうよ
はいろうはいろういこういこう
はいろうはいろういこういこう いこういこう
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さて元気と大酒をチャージしたところで村上春樹でも読みましょう。
更に快活気分になれますでしょうか、それとも……
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