ミューンの森~Forest of Mune~

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大切なあなた 1

月20


『 大切なあなた 』


1.




「ま、俺の新しい相棒なんで、宜しく頼むわ。」

 いつまでも塞ぎ込んでいるラスティアをロストールのギルドまで連れて来たゼネテスは、登録を終えた後主人に向かってそう言った。

「ほお、ゼネさんが誰かと組むなんて珍しいじゃ無いか。」

「まあ、訳ありでね。」

「これだけべっぴんさんなら、ゼネさんが組みたいと思うのも無理は無いな。」

「ばかやろう、そんなんじゃねえよ。」

 ギルドの主人のからかいの言葉にゼネテスは頭を掻きながら応える。
 そんな二人のやり取りを黙って見つめていたラスティアに、ギルドの主人はカウンターから身を乗り出していきなり仕事の話を始めた。

「処で、登録したばかりで何なんだが、頼まれて欲しい仕事があるんだ。」

 其処までラスティアに言ってから、主人はおもむろにゼネテスに目を向けた。

「本来なら初心者の冒険者向きじゃあ無いんだが、あんたが一緒だったら大丈夫なんじゃないかと思ってね。」

 たった一言だけでラスティアは茅の外に放り出された形となった。

「ふぅん。で、どんな仕事なんだい?」

 話を振られたゼネテスはそれに応じるが、その視線はラスティアに向けられている。

「最近子供達の誘拐事件が続いているのを知っているだろう?その盗賊団のアジトから、子供達を助け出して欲しいんだよ。」

「ほお、誘拐事件とは穏やかじゃないね。」

 にこやかに応対しながら、ゼネテスは顎でラスティアに『こっちへ来な』とでも言うように合図をした。戸惑いながらもラスティアはゼネテスの側に近付いた。

「ああ。どうやらそいつらのアジトは『飢えた者の迷宮』という洞窟だと判ったんだが、なんせ子供絡みの仕事なもんでめったな冒険者には頼めんのだよ。」

「確かに下手な盗賊より盗賊っぽい冒険者がゴロゴロしてるからなあ。」

 大声で笑うゼネテスに主人は苦笑いで応える。

「せっかく助けた子供達が、怯えて逃げ出したんじゃかなわんからなあ。」

「まあ、俺は構わんが......。」

 ゼネテスは、隣に佇むラスティアの肩にぽんと手をおいた。

「リーダーはこいつなんでね。最終的な判断はこのお嬢さんの方に聞いてくれないか。」

 ゼネテスの言葉を聞いてギルドの主人は目を丸くする。

 思わず『なんで私が?』という表情をしたラスティアをにやにやしながゼネテスは眺めている。

 いきなり冒険者になり、その上いきなりリーダーだなんて、吃驚して当然でしょうと思ってから、ふと宿でゼネテスが言った言葉を思い出した。

『冒険者としてお前さんが独りでやっていけるようになるまでは、一緒にいると約束するよ。』

 そう、これから暫くの間、彼は冒険者としてでは無く私の保護者としてここにいる事になったのだ。決めるのは彼では無く私なのだ。

「わかりました。お引き受けします。」

 ラスティアはゼネテスの気持を考えて、ギルドの主人に向き直って真面目な顔でそう応えた。
 これから私の冒険者としての世界が始まるのだ。彼を頼ってついて行くだけではいつまで立っても一人前になんか成れない。
 決意と共に傍らのゼネテスを振り返ると、彼はラスティアの気持ちを知ってか知らずか、カウンターに片肘をついて緊張感の無い呑気な顔で鼻歌を歌っていた。


「そう云えばお前さん、以前森で襲われた時、そいつらが『可愛い子をさらってお頭に献上しよう』とか何とか言ってたって言わなかったか?」

 ギルドを出て宿屋への道を引き返しながら、ゼネテスが尋ねた。

「はい。確かにそんな事を言ってましたけど......。」

「そうか。......いや俺の勘だが、多分今回の盗賊団とフリントを襲った奴らとは同じ仲間だと考えていいだろう。」

 父の死の瞬間、あの男はさも楽しそうに笑っていた。
 ゼネテスの言葉にカッと怒りに染まるラスティアの背中を、ゼネテスの大きな手がぽんぽんと叩いた。

「お前さんの気持は解る。......だが怒りの感情だけに支配されたりするな。」

 低い声にハッとして顔を上げると、言葉の真剣な響きとは裏腹にニヤニヤ笑いを浮かべたゼネテスと目が合った。
 訳もなく熱くなる頬に動転しながらラスティアは足早に宿へと向かった。

「ルルアンタが今夜作るって言う夕食、俺も同席していいだろう?」

 いつの間にか追い付いたゼネテスがラスティアより早く宿の扉をすっと開けた。
 予想外の行動に面喰らいながら、もちろん! とラスティアは頷いた。
 揃って2階の部屋に上がってみたが、そこにはまだルルアンタの姿は無かった。
 2人して顔を見合わせる。

「いったいルルちゃんは何処まで買い物に行っちまったんだろうな。」

 先程広場の方へ走って行くルルアンタを見かけてから大分経つ。
 顎を撫でながらゼネテスは眉をしかめた。

「ま、幾ら何でももう帰って来るだろう。それまで俺は下で待たせてもらうことにするよ。」

 手をひらひらと振りながら部屋を出て行くゼネテスに、もしかして一応自分を女性として扱ってくれたのかしら、などと思いつつ、ラスティアはベッドに腰を降ろした。


 重い足音が近付いて来て、軽いノックの後ドアが開いた。

「何を買いに行ったか知らんが、ちと遅すぎると思わないか?」

 ドアから顔を覗かせたのは予想通りゼネテスだった。

「そうですね。私も心配になって来た所なんです。」

 本当は居ても立っても居られない気持だった。けれどここ数日の間に自分の身に起こった一連の出来事のせいで、神経が過敏になっているせいだと自分に言い聞かせていたのだ。
 2人して町を捜してみる事にして、ふた手に別れた。ラスティアは思い付く限りルルアンタの立ち回りそうな所を捜してみたが、気配すら掴めない。町の広場に佇むゼネテスの姿を見つけて、急いで駆け付けた。
 ラスティアに差し出したゼネテスの手の平には、小さな桃色の貝で出来た、ルルアンタのボタンが載っていた。

「この辺りで何人かに聞いてみたんだが、どうやらルルアンタは......。」

 もしかしたら、と思いながら否定し続けていた最悪の予想が現実になった。
 自分にとっては、もうたった1人になってしまった大切な家族だと言うのに......。

「こいつは少しばかり厄介な事になっちまったな。」

 すがるような目のラスティアに、ゼネテスは直ぐにルルアンタの捜索に出る事を提案し、冒険者として必要な旅の支度をするよう教えてくれた。断ろうとするその手に、準備の費用だといって1,000ギアという大金を持たせた。

「なあに、気にする事は無い。どうしてもと言うなら、出世払いで返してくれればいい。じゃあ準備が出来たら城門の所で落ち合おう。」

 心細そうな表情のラスティアを残して、ゼネテスも準備の為かスラムの方へ足を向けた。と、直ぐに振り返って、くれぐれも十分に準備をするようにと念を押した。


 ロストールの城門の外にラスティアが小走りにやって来たのはそれから半時程たってからだった。既に旅の支度を済ませたゼネテスは城壁に寄り掛かりながら待っていた。
 遅くなって御免なさい、と荒い息のラスティアが告げるのを無視して、鋭い視線でその装備を確認する。

「まあ、初心者としてはこんなもんだな。......と、待て。」

 出発しようとしたラスティアを引き止めてから、ゼネテスは表情を崩した。

「装備は良いとしても、お前さん自身が準備不足だぜ。」

 そう言うと何やら口の中で呟いた。


 いきなりラスティアの身体を黄色い光が取り囲んだ。体の芯がぞくぞくする初めての感覚に目を丸くする。一瞬身体が宙に浮いたと思った途端、黄色の光はラスティアの身体に吸い込まれた。

「な、なに?」

「ちっと弱ってるようだったからな。キュアしといたのさ。」

 ゼネテスは事も無げにそう言うが、ラスティアにとってはおおごとである。

「なんだ、お前さん初めてなのか?」

 頷くラスティアに、改めてゼネテスはフリントが自身の仕事を偽り娘を普通の子供として育てていた事を思い知った。

「キュアといってね、薬草が無くてもいざって時はこうして同じように直す事が出来るのさ。さて、どんな感じだい?」

 確かに、言われてみるとさっきまでは振らついていた身体に力が漲っている。

「長い間まともに食べて無かったんだろう?だがこれからはそうは行かないぜ。嫌でもしっかり食べて貰うからな。」

 素っ気無い言葉遣いだが、ゼネテスの表情は優しかった。ラスティアはコクッと頷いてから、ゼネテスの後ろについてロストールを後にした。
 広い背中が目の前を行く。

 どうかルル、無事でいて.......。ラスティアはずっと祈り続けた。 


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2003.9.23 UP


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