特にお職人は腕さえあればどんどん出世が出来ました。
そういう時代のお話です。
こんにちは
おう、どうした
こっちに上がれ
良かった
兄貴がいなかったらどうしようかと思って
実はとんでもないことが持ち上がっちゃって
相談に乗ってくださいよ
お前たちは決まってやがるよ
兄貴だのなんだのって持ち上げて困ったことが在ると俺のところにやって来る
まぁまぁいいやな
俺も退屈していたんだよ
相談事を聞いてやるよ、どんなことだ?
実はね、手紙が来ちゃって
いつもは隣の提灯屋で読んでもらうんだけど今日は居ないんですよ
だからどうしようと思っていたら兄貴のことを思い出して
兄貴は普段から言ってるでしょ
「俺は職人だけどお前たちと違って学問ってもんがある」
兄貴のところに行ったら何とかなると思って
手紙を読んでほしいんです。
あっ、、、あぁぁ手紙かぁ、、、。
そうか、よしよしよし・・・。
まぁそうだな、俺は学問が在るんだお前たちとは訳が違う。
お安い御用だ
そこに置いといてな一週間したら取りに来い
それまでに読んどいてやるから
一週間っていうのは困るんだ
今読んでほしいんだ
今は忙しいから駄目だよ
忙しいって退屈してるって言ってましたよね。
今までは退屈だったんだ
お前が来た途端に忙しくなった
そんな馬鹿な事を言わないで読んで下さいよ
本当のことを言うと俺は鳥目なんだよ
鳥目って夜目が見えなくなるんですよね
そうよ
だって今は昼間ですよ
だからさ俺はミミズクの鳥目なんだよ
馬鹿なこと言ってないで読んでくださいよ
駄目だよ
あぁそうか
兄貴は実は字が読めないんだ
だからそんなこと言って誤魔化してるんだ
俺はみんなにこの事を話しちゃうから
兄貴はあんなこと言っても無筆だ。
字が読めないって
おいおい待て
誰が無筆だってんだ?
その言い方だったら俺が無筆みたいじゃないか
じゃ分かった、分かった読んでやるからこっちに貸せ
すみません
これなんですけど
なんだ無筆とかって馬鹿にしやがって。
あぁこれは手紙だな。
えぇそうです。
そうじゃないって奴がいるか?
いいえ、いません
いなきゃ良いんだよ
いるっていうならそいつと議論を戦わせてな
それでも違うって言うなら取っ組み合いの喧嘩を始めて、、、
それは手紙ですから先に進めてください。
あぁ手紙はいいもんだな
これはどっから来たんだ?
どっから来たってそこに書いてありますよ
まぁ書いてあるけどお前に聞いた方が早いから
早いとか遅いとかの問題じゃ
赤坂のおじさんから届きました。
お前のおじさんは赤坂に住んでるの
あ、書いてあった、ここのところに書いてあった
赤坂のおじさんよりハチ公へってしてある
ハチ公?
ずいぶん乱暴な言い方ですね
いつも提灯屋で読んで貰う時は八五郎様や八五郎殿って
読んでもらってるんですけど、今日はハチ公ですか?
別にいいだろうが
おじさんってお前より上だろ?
大体ハチ公が気に入らないっているけどそれは素人だ
昔から偉い人は公の字がついてる
家康公、秀吉公、信長公、中堅ハチ公なんて
犬と一緒にしないでください
まぁ良いので中を読んでください
黙ってろ読んでやるから
おや、随分と書いたね
これは字ばかりで絵がないな
当たり前ですよ
しかしお前のところのおじさんは長いことないね
そうですか
年も年ですからね
何か患ってるとかって書いてますか?
それはどうだか分からないけど
昔ら墨色判断って言って薄墨で書く人は短命とされている
お前のところのおじさんもこう薄墨で書く所を見るとそう長くないね
そうですか
そんなことが分かるんですね。
・・・・兄貴、それ裏返しじゃないですか?
えっ?裏返し?
あぁ裏だった、表から見ると長命だ
じゃ読んでやるけど、俺が読むと早いよ
立て板に水だよ、もう一回読んでくれって言っても駄目だよ
二度読むと文句が変わってくるから
じゃ読むぞ
すみません
よろしくお願いします。
えぇぇっと
拝啓謹啓前略前文御免下されたく候然らば一筆啓上火の用心お先泣かすな馬肥せっと
この中からどれが良い?
どれが良いって書いてあるやつをやって下さい
お前手紙の書きだしなんて誰が書いたって読んだって同じなんだよ
どうせならお前の贔屓なやつでやってやろうと思って
贔屓も何もそこに書いてあるやつでいいですよ
そうか、じゃ前文でどうだ?
それでいいですよ
前文御免下され候然らば
どうだ読めない奴がこうスラッといくか?
なるほどね
さすが兄貴は学問がある
今更そんなこと言ってもも間に合わねぇよ
えぇ前文御免下され候然らば、前文御免下され候然らば
、前文御免下され候然らば、前文御免下され候然らばって息もつかずに百回言えるか?
そんなこと言えませんよ
ちゃんと読んでくださいよ
ちゃんと読んでやるよ
前文御免下され候然らば、さてハチ公やあばよ
あばよって、それじゃ始めっから全文じゃないですか?
使いの人が返事をもらいたくって家で待ってるんですよ
使いが来ているの?
それを先に言わないといけないよ
俺は急がないと思うから
その使いの奴はどういう恰好してた?
どういうって半纏(はんてん)着てたから職人ですよ
それで手に大きな風呂敷を持ってました
手に大きな風呂敷・・・。
それが手がかりだな
お前はおじさんに借りている物が在るんだろ?
それを代わりに取りに来たんだ
いや、借りている物なんてありません
じゃおじさんに最近会わなかったか?
あっそうだいつの日だったか、近所の子供を連れてね
上野動物園に行った帰りに広小路のところでばったり会いました
そのとき何か言ってなかったか?
そう言えばね
今度家でお客するからお店から本膳を借りて欲しい言ってました
馬鹿野郎なんでそれを先に言わないだ
それがここにきちんと書いてある
待ってろ読んでやるから
前文御免下され候然らば、さてハチ公やいつの日だったか、近所の子供を連れて
上野動物園に行った帰りに広小路のところでばったり会ったけな
なんかあっしが言った事と同じ事が書いてあるんですね。
第一その「会ったけな」って、いつも読んで貰うと御座候って決まるんですけど
今日はあったけなですか?
うるさいよ
御座候が欲しければすぐ付くよ
広小路のところにばったり会ったけな御座候
その時にお前に頼んであった本膳を借りておくれよっとしてあるな
またおかしい・・・。
御座候の後に借りておくれよって
良いだろ別に
いちいち文句が多いんだよ
おくれよって気に食わないようだけど、以前は里言葉って花魁が使ったんだ
こういう粋な言葉を知ってるところを見るとお前のおじさんは昔花魁か?
そんなわけないでしょ
そもそもおじさんは男ですよ
それよりも本膳は何人前ですか?
そこだよ
多くても、少なくっても困るって奴だな
ん人前って書いてあるからそれだけ持っていけばいいんだよ
えっ?
何人前ですって?
だから、ん人前って書いてあるって
あぁ五人前ですか?
そうだよ
さっきから五人前って言ってるだろ
おかしいな十人前って聞いてたんだけど
だから、なんでそれを先に言わねぇんだよ・・・。
そうそう五人前と五人前で締めて十人前だ
おかしな所で締めるんですね。
そう言えば本膳と言えば細々としたものが付き物ですが
それは書いてありますか?
あぁ書いてあるよ
大皿小皿は頼むよ御平も頼むよ箸なんかは荒物屋で買うから良いよ
今聞いてるとお猪口が出てきませんが
本膳にはお猪口が付きもんですが書いてませんか?
猪口か
在った在った
在りましたか?
御平の陰で見えなかった
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