喜瀬川花魁どちらでらっしゃいますか?
はいはい
なんだい喜助?入っておいで
花魁良い方がお見えになっておりますよ
えっ?良い人誰だい?
徳さんかい?
徳さんでは御座いません。
良い人って言ったらあの人じゃないですか
竹さんかい?
竹さんじゃ御座いません
ってあなた良い人っていっぱいいますね
違いますよ千葉の杢兵衛(もくべえ)大臣がお見えになっております。
なに杢さん、、、
なんだよあんなのはちっともいい人じゃないよ
ひどいこと言いますね
着物をこしらえてもらったり、帯を買ってもらったりしたじゃないですか
そんな事を聞いたら卒倒しますよ
もう来ちゃってますからね
私はそんなこと知りませんから花魁気に入ってると思ってしまったから
花魁はお待ちかねでございますよって言って二階に上がって頂いているんです
すみませんが顔を出していただきたいんです
いやだ、いやだよ
なんでお前の尻拭いをしないといけないんだよ
一度聞いてくれればいいじゃないか
こういう人が来てるんですがどうしましょうかってなんで聞けないんだい?
いやだよ、しつこい男で田舎者なんだから
出ないよ
出ないよって、それじゃ困るんでございます
二階に上がって頂いてるんですから
それではこうして下さいよ
花魁が顔をちょっと出していただいて他のお客さんがついているの
今日はごめんなさい、また来てくださいねっと言われたら
あぁまた来るってそういう事になるじゃないですか
花魁が自分で言ってくださいよ
いやだ、いやだ、いやだ
顔を見るだけで蕁麻疹が出るんだから
出ないよ
出ないと私が困ります
お前が困ったって別にいいじゃないか
もう面倒くさいからこうしよう
えぇこの頃寒い日が続いたり、暑い日があったりと天候不順で御座いましたら
花魁は体調を崩しており病の床に就いております。
ですからこちらに参ることは出来ません。
誠に申し訳ございませんって謝って来てくれよ
ひどい方ですねぇ
千葉からわざわざ花魁一本やりで通っていただいてるんですよ
ちょっと顔を出せば済むんじゃないですか
良いんですか?
その嘘が気が付かれちゃったらもう二度と来てくれませんよ
それじゃ行ってきます。
えぇお大臣、お大臣
失礼いたします。
あぁ喜助か
喜瀬川はまだ来ねぇでねぇか
随分と待たせるでねぇか
そこでは話が出来ねぇからこっけこ
だからこけっこたら、こけっこ
いつもありがとうございます。
ありがとおぉございますってお前の面を見に来たわけではねぇ
あぁどおした喜瀬川は?
まだ来ねえだかかぁ?
実はあのお大臣が嬉しそうに入って頂いており
私はついつい言いそびれてしまいまして
あんだ?なぬを言いそびれただ?
えぇ・・・実は
この頃寒い日が続いていたり、暑い日があったりと天候が不順でございました。
実は花魁風邪をこじらしてしまいまして、いま病の床に臥せっております。
ですのでこちらには出ることができないのでございます。
ついつい私がこのような嘘をついてしまいまして誠に申し訳ございませんでした。
あんだ?喜瀬川が患ってるだぁ?風邪をこじらせて。
あぁそりゃそうだこの頃寒い日が続いたり暑い日があったりと
これは仕方ねぇこっちゃな
風邪をこじらせているなか、無理して出てこぉなんて言うほどおらは野暮な男でねぇ
そうなんです
もっと早く言えば良かったんですが
お大臣のあまりにも嬉しそうな顔を見てしまいましたら
ついつい嘘をついてしまいました。
そりゃ仕方がなねぇ
病の床に臥せってんだったらなぁ見舞ってやっぺ
部屋だどこだ?
へぇ、、はぁ、、あのお見舞いして頂だけでけるんですね
えぇっと、あの
あっお大臣昔から吉原には法が、花魁が患っている時は
どんなに仲のいいお客様でもお見舞いは出来ないと決まっております。
吉原の法、決まりごとになっておりますのでお見舞いは出来ないのでございます。
あんだぁ?吉原の決まりかぁ
そうか決まりなら仕方ないなぁ
それを破ってまで花魁に会わせろっと言うほど野暮な男ではねぇからなぁ
そうか喜助、客は見舞いがぶてねぇか
喜助あまり大きな声で話せねぇからな耳をこっちへ貸せ
何でございますか?
実はなおらと喜瀬川はただの間柄ではねぇだよ
えぇ喜瀬川花魁は一番大好きだと言っておりますよ
あぁそうだろうな
あまり大きな声では言えねぇが・・・
おらと喜瀬川は末にはひいふ(夫婦)なる約束ぶっただ!!
はぁ?
おら、夫婦(めおと)になるだ!
夫婦になるだ?!
えっ?と言いますとご結婚なさる?
あぁそうだおら約束ぶっただ
喜瀬川の亭主となる
ただの客じゃねぇ亭主が見舞いをぶつならできるべぇ
成程、えぇええっとそういう話は今まで聞いたことが御座いませんので
私一人ではどうも判断が、、ご内所に伺ってまいりますのでしばらくお待ちくださいまし。
花魁行ってまいりました。
どうだい?帰ったかい?
それがですね途中まで上手く言ったんですよ
花魁が病の床に臥せっておりますって言ったら、だったら見舞をぶつって
そういう人なんだよ。気味が悪いねぇ
すぐに帰ればいいじゃないか
嫌だよお見舞いなんかされた日にはしつこい男だからさ
いくら目をつぶっていても鼻息がかかるくらい顔を近づけて
「大丈夫かぁ?大丈夫かぁ?おらの面を見たら元気になる」って
顔を見たら余計具合が悪くなっちゃんだから
いえ、そこはね私も長年勤めておりますので機転が利きました
実は吉原には法が御座いまして花魁が患っている時は
どんなに仲の良いお客様でもお見舞いは出来ないのでございますと言ったんです
これで帰ると思ったんです。
そしたら驚きました・・・
「喜助近くにこ、あまり大きな声では言えねぇが」って言って私の耳元で大きな声で
おらと喜瀬川はただの間柄じゃねぇ。末にはひいふの約束ぶったらしいですねぇ!
なに?!そんなこと覚えていたの
嫌な男だね、気持ちが悪い
そんなの酒の上のことじゃないか
こんな世界に居るんだからお客を喜ばせる嘘なんて幾つもつくよ
それを未だに覚えていて本気にしているんだから、野暮な男だねぇ
ですから亭主になるんだから見舞はぶてるだろって
ご内所に伺ってきますと言って戻ってきました。
如何なさいますか?
如何なさいますかじゃないだろ
嫌だよお見舞いなんかされちゃ嫌だからさ
もう面倒くさい。お前が上げなければこんなことにならなかったのに
面倒くさいからさ、死んだことにしよう
あなた自分で言ってること分かりますか?
最初に来たときは花魁お待ちかねですと言って二階に上がって頂いたんですよ
さっき行って実は病の床に臥せっております。
今度行ったら花魁死でしまいましたって・・・こんな嘘誰が信じるんです?
信じるように持っていくんじゃないか
何のためにお頭(おつむ)があるんだい?
その中に味噌が入ってるんだろ?
あたしが死んだことにしてあいつを喜ばすんだよ
あのね花魁、あなた一辺倒で通っているんですよ
死んでなんで喜ぶんですか?
喜ぶように持っていくんじゃないか
このところあいつ来なかっただろ?
そう言えば二ケ月以上になりますね
そうだよ、狙い目は
最後に来て次の日から花魁は大変で、いつになったら杢さんは来てくれるのかしら
明日になったら来てくれるのかしら?杢さんは?杢さんは?大変な騒ぎでした
恋煩いというやつで、これが進みますとひと月なりますとおまんまが喉に通らなくなる
御白湯が通らなくなる、やせ細っていくばかり
・
そんなある日、私を枕元に呼びまして、いいかい?私ってお前のことだかね。
私を枕元に呼んで消え入る声で、うつろな目で私をじっと見ながら
「杢さんは何で来てくれないのだろうかね。ことによったらわきに若い女が出来たんじゃないだろうか?私は悲しいわ・・・」
・
これが花魁の元気な声を聞いた最後で御座いました。
二月(ふたつき)近くになりますとおまんまが喉に通らない、おかゆが通らない、御白湯が通らない、何にも通らなくなりがりがりにやせ細ってしまって帰らぬ人となってしまいました。
あなたに恋い焦がれて死んだのでございます。
もっと早く来ていれば花魁は死なずに済んだのに
あなたが殺したんです!
あなたが憎い!
あなたが・・・・・って言ってさぁ嘘の一つもついて涙の一つでも流すんだよ
またあなたは次から次へと嘘が出てきますね
あなたそんなに出来るんだったら自分でやったらどうです?
間に入って私が台詞を覚えてみんなやらなきゃならないんですよ?
それもいいんですけど、なんて言いました花魁?
最後の言葉が聞き捨てならなかったですよ
嘘の一つもついて涙の一つでも流してって、冗談を言っちゃいけない
嘘は付けますけど涙なんか洒落や冗談で出るものじゃ御座いませんよ!
そりゃそうだよ
何のためにお頭がついてるんだいって言ってるんだよ
こういう時に頭を使うんだよ
まだお茶を持ってってないんだろ?
向こうにお茶を持っていくんだ。自分の所にもお茶を置いておいてここだなって思ったら自分のお茶に指を突っ込んで頬の辺を湿らしておくんだよ
ねぇ信じるからさぁ、やってきておくれよ
ただじゃ頼まないから、羽織と十円でね
ひどい方ですね・・・
いやね私はあなたの為にやったら男として恥ずかしいです
もう自分の為にやらせて頂きます
自分にどのくらい演技力があるのかを試させて頂きます。
お大臣。
えぇから入ってこ
ご内所は何って言ってた?
お茶をお出しするのが遅れまして大変失礼いたしました。
あぁどうだ?
亭主ってことなら見舞がぶてるって言っていたか?
そのようにお話いたしましたところ
亭主となるのであればお見舞いは出来ると申しておりました。
そうだったら案内をぶて
案内はぶてるのでございますが、
今お見舞いをする相手がいないのでございます。
なんだ?病院にでも出かけているのかぁ?
病院で御座いませんで、
実はお大臣がうちに入ってくるときにあまりにも嬉しそうな顔をしているので
ついつい嘘を言ってしまいまして。
それはもう聞いた
病の床に臥せってるんだなぁ
そうではございませんで、先ほども正直に申し上げようと思っておりましたのですが、お大臣の顔を見てしまいましたら、このような事を言って急に卒倒してしまうのではないかと思いまして・・・。またまた嘘を重ねてしまいました。
なんだぁ?
実は喜瀬川花魁は死んでしまいました。
あんだ?
喜助!馬鹿野郎!!
人の生き死にを洒落や冗談で言うもんでねぇ!
こっちへ面を貸せぶってやる!
何で殴られるんですか?!
あなたが殺したんですよ!
馬鹿野郎!客に向かって指をさす奴がどこにいる!
あなたが殺したんでございますよ!
あなたが!
どうしておらが大好きな喜瀬川を殺さねばならねぇ
最後にお帰りになってどのくらい経つと思いますか?
そう言われるとちょっと困るけれども、、、もう二月以上になるかな
そりゃ村に帰ったらやらなければならない事が沢山あってなぁ
何を言っているのですか?
あなたはそれでいいですけど、待つ身の辛さを知っていますか?
花魁はあなたに恋煩いでございますよ
おらに恋煩い?
そうですよ
なんでそんなことも分からないのですか?
あなたがお帰りになった次の日からもう花魁は大変でした。
いつになったら杢さんは来てくれるのかしら?明日になったら来てくれるのかしら?杢さんは?杢さんは?杢さんは?誰の顔を見ても杢さん杢さん、、、、
我々働いている者は、あれを一目散(杢さん)と言うんだって言っていました。
・
恋煩いもひと月も立ちますとおまんまが喉に通らなくなる
御白湯が通らなくなる、重湯が通らない、どんどんやせ細っていくばかり
そんなある日、私を枕元に呼びまして、いいかい?私ってお前のことだよ。
・・・。私のことは私のことでございます。
私を枕元に呼んで消え入る声で、うつろな目で私をじっと見ながら
「杢さんは何で来てくれないのだろうかね。ことによったらわきに若い女が出来たんじゃないだろうか?私は悲しいわ・・・」
・
これが花魁の元気な声を聞いた最後で御座いました。
二月(ふたつき)近くになりますとおまんまが喉に通らない、おかゆが通らない、御白湯が通らない、電車が通らない、バスが通らない、、何にも通らなくなり
あなたに恋い焦がれて死んだのでございます。
もっと早く来ていれば花魁は死なずに済んだのに・・
あなたが、、あなたが殺したんです!
あなたが憎い!
喜助!涙を流しているのか?
泣いております。
涙なんざ洒落や冗談で出るものでねぇ
そうかぁ喜助、喜瀬川の為に涙を流し・・・喜助、目尻に茶殻が付いてるぞ
あぁあぁああ私あまりにも悲しいと茶殻が出るでございます。
そうかぁ喜瀬川はおっちんだかぁ
喜瀬川わぁあおらに恋い焦がれて死んだかぁ
そうなんです
お帰りになりますか?
当りめぇだ
喜瀬川のいない吉原にいつまでいてもしょうがね
帰りましょう
いつおっちんだ?
・・・・・・・・・はぁ???
いつだ?
そんな事を聞かれるとは思ってもみませんでした。
・・・あれは忘れはしません。
あぁいつだ?
・・・・・忘れてしましましたあぁ
先月の二十五日じゃなかったか?
そうです先月の二十五日です。
やっぱりそうか
その日も村の寄り合いが在ってなかなか帰って来れなくってなぁ
村の若い衆としこたま酒を飲んでうちに帰って庵端に横になっていると
気が付くと喜瀬川が綺麗な着物を着ておらの枕元に座っているだ
女子の足でもってこうだら遠くへ歩いてくることは出来ねぇ
さては狐か狸が化かしに来ていると思って「なにそっだらとこで悪さしてるだ!!」って
大きな声を出した途端に喜瀬川の姿も無くなった
あの時おらに別れを言いに来てくれたんだな
帰りましょう・・・
おめえに言われなくても帰る
帰る前に墓参りをぶつべ
な、な、なにを仰いました?!!
墓参り?墓参りは想定の排外で御座いましたぁ。。。
墓はどこだ?
墓は寺でございます
当たり前だ
場所はどこだ?山谷か?
山谷でございます
だったら近いから案内ぶて
・・・畏まりました。
案内をしたいのですが私もこういう所に勤めておりますので、体が開いているかをご内所に伺ってまいります。
暫くお待ちいただけますでしょうか
花魁戻りました。
どうした?上手く行ったかい?
帰ったかい?
それが途中まで上手く行っていたのですか
そこで帰ると思ったのに、、しつこい男だ、帰ればいいのに!
墓参りするそうです
墓参り?
しつこい男だねぇ
どうしたの?
墓参り、墓はどこだって言われたら頭が真っ白になって
向こうで山谷かって言ったから助け船だと思ってそうですって言ったら
近いから案内をぶてって
どうしましょう?
どうしてそういうことを言うんだよ
何のためにお頭がついてるんだって言ってるだろ?
墓はどこだって言ったら択捉って言っとけばいいんだよ
行けそうで行けないだろ
もう山谷って言ったんなら墓参りしておいで
花魁・・・自分で何言ってるか分かりますか?
あなたは死んでいないんですよ
あなたは生きてるんですよ?お墓は無いんですよ?
無いんですって言ってもお寺に行ったらお墓なんていっぱいあるだろ?
新しそうなものを見繕って適当に墓参りを済ましておいで
ぇえ分かりました分かりました、なんだかもうどうでも良くなってきました。
お大臣
おぉ喜助墓参りは案内をぶってくれるか?
ご内所にお話を致しましたら是非案内をしてくるようにと申しておりました。
すまねぇな
喜助、喜瀬川のいない吉原は二度と来ることはねぇ
少ないけどこれはとっておけ
喜瀬川はお花が好きだったから墓に行ったらお花を手向けてくれ
それではご案内をさせていただきます
あとひと月早く来ていれば死なずに済んだかもしれねぇな
そうでしょうか・・・
ひと月早く来ていたとしてもその時にお亡くなりになっていたかもしれません。
山谷に着いた
どこだ寺は?
どの様なお寺をお望みで?
馬鹿野郎、墓を選びに来たわけでねぇ
こちらでございました。
本堂のわきにお花とお線香を買ってまいります。
・
婆さん、お花とお線香をあるだけ頂戴
あと桶を貸してください。帰る時に返しますので
御足はおいておくので、お釣り入りませんよ
・
・
どうもお待たせいたしました。
すまねぇな
いえ、お安い御用でございます。
本堂の、、、ええっと、ございました
ございましたが花魁は素顔をお大臣の前で見せたことがございません
お化粧を致しますので、それからお呼び致します。
・
・
どこのどなたのお墓かは知りませんが、突然知らない人間が来まして涙を流しますが一つよろしくお願いいたします。お花とお線香はこのまま置いて行きますので。
・
・
・
お大臣、お待たせいたしました。
これか、これが喜瀬川の墓かぁ
喜瀬川ぁあ、こうだら冷たい石っころになってしまって・・・喜瀬川ぁああ
村に帰ったらやなねぇと行けねぇ事がいっぱいあってなぁ
おらに恋い焦がれて、、ごほぉごほぉ、喜助!
こんだら線香を松明みたいにつけて
花だってあげれば良いってもんじゃない
折角話をしているのに戒名も何も見えねぇだろ
「故・養空食傷信士(ようくうしょくしょうしんじ)」
信士って男の墓でねぇか!
あっ!!間違いました!
お隣で御座います、こちらでございます。
馬鹿野郎!
よりによって墓間違えるやつがいるか!
しかも大きい墓とこんだら小さい墓を間違いやがって!
喜瀬川、喜助が間抜けのせいで隣の墓で泣いてしまったぁ
ごほ、ごほぉ、さっきも言っただろ
松明じゃなねぇんだからこんなにつけてどうする?
線香の煙で戒名も何も見えねぇ
「天垂童子、享年三歳」
三歳って子供の墓でねぇか!!
間違いました!間違いました!
こちらでございます。
馬鹿野郎
今度は涙を流す前に戒名を確認する
「故 陸軍歩兵上等兵」
喜助!喜瀬川の墓はいったいどこだ?!
ずらりと並んでおります
宜しいのをお見立て願います。
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