おぉ八さんお前か、どうした?
今、辰さんに会ったらご隠居さんの所に行けば
すみませんな、御馳走になります。
あぁ違う違う
親類が灘(なだ)にいてな
そこから蔵出しの酒を送ってきてくれるんだよ
タダじゃない灘の酒だ
そうか、タダの酒じゃないのか
まぁ良いや呑ませろ
お前ね、人の家の上がり込んできてお酒の一杯でもご馳走になるのに
そんな胸を張って威張ってるやつが在るか?
そういう時は愛想が大事だぞ
お世辞の一つでも言えないのか?
世辞っていうとどういう?
まぁ相手を褒めて持ち上げるんだよ
そうだな、お前が歩いていると向こうから久しぶりの人に会う
その時になんて言う?
そうだな、、、まだ生きていたのか
それがいけないんだよ
こういう塩梅でやってごらん
・
これはこれは暫くお会いになりませんでしたがどちらかにお出かけでしたか
先様が南方へって仰ったら、なるほど道理でお顔が黒くなりましたねっと言うと
自分の顔が黒くなったって聞いたら心配になるよ
そうしたら、いやもともとあなたは色が白いのですから
故郷の水で良く洗ってごらんなさい。また元通りに白くなるでしょうっと
一遍黒いと落としておいて、また元通り白くなると持ち上げるだ
前よりも器量が上がったように聞こえるでしょう
へぇそうですかね
まぁあっしだったらそんなに喜ばないけどな
そういう人もいるだろうけどな・・・
喜ばない人にはどうするんだ
そういう時は奥の手が在ってな歳を聞くのが良い
失礼ですがお幾つになりましたか?先様が四十五ぐらいと仰ったら、
四十五ですか若く見えます。どうみても厄そこそこでございます。
男の厄は四十二だ。三つばかり歳を若く見るんだ。
これが世辞ってもんだ
あぁなるほど
これはね喜ぶかもね
でも往来をうまく四十五の人が歩いて来ればいいけどね
四十五ばかり歩いでないでしょう
それはそうだよ
臨機応変やるんだよ
例えば五十くらいの人が歩いて来たら四十五、六くらいと言えばいい
六十は?
五十五、六だろ
七十は?
六十五、六で良いだろ
八十は?
七十五、六
九十は?
八十五、六
百は?
お前ね、百になる人がそこらへんをひょこひょこ歩いてないよ
隠居さんね
友達の竹の所に子供が生まれたんだよ
みんなでお祝いを持ってったんだけど取られっぱなしじゃ悔しいよ
赤ん坊のほめ方を教えてくれないかな
赤ん坊をほめるのか?
例えばこうだな、さて竹さんこれがあなたのお子さんですか
いや難しいと言うのはね、赤ん坊をほめても本人には分からない
赤ん坊をほめるようにして実は親をほめてあげるんだ
・
竹さんこれがあなたのお子さんで御座いますか、
道理でお顔が福々しい
この額が広いところと鼻筋がすっと通ったところなどが竹さんそっくりだ。
目元が涼しいところ口元が引き締まった所は女将さんにそっくりですね
総体を見まわしますと先年お亡くなりになりました
ご隠居さんにそっくりでご長命の相がお在りですね。
私もこういうお子さんにあやかりたいものだっとな
何のことか分からない
でもそんなことを言えば一杯呑ませるか?
呑ませるか分からないが少なくとも悪い気にはならないだろう
そうですか
行って来ます
なるほど、酒には在りつけなかったけど世辞を教わった
誰か知っている人に会わないかな
・
・
向こうから来たのは伊勢谷の番頭さんだ
こんにちは
おや、誰かと思ったら町内一の色男じゃないですか
どちらへ
向こうの方が上手いな
・
どうも番頭さんしばらくお目にかかりませんでした
よせよ、昨日湯屋で会ったじゃないか
そうだ、湯屋で会っちゃった
昨夜湯屋で会う前まではしばらく
変な挨拶だな
そうだな、最近は房総の方に行ってたんだ
房総・・・房総な、南方でした
南方って言うほどじゃないけどな
まぁ温かいところだよ
番頭さん、道理で顔の色が黒くなりました
吐き捨てるように言うなよ
黒い?
真っ黒
でも気にすることはありません
あなたはもともと黒いんですから
故郷の水で良く洗ってごらんなさい
元々通り黒くなるでしょう
・・・どうです嬉しいでしょう
全然嬉しくない
それは駄目だな
そうそう歳を聞けばいいんだ
失礼ですが番頭お幾つになりました?
よせよ、往来の真ん中で歳を聞くなよ
私は四十だ
四十にしては若く見えます
どう見ても厄そこそこ・・・あれ?
そんなこと言って番頭さん本当は四十五でしょ?
なぜ?
今、今日だけ四十五にしてよ
なれないでしょ
なれるよ
世辞を言いたいんだよ
そう?ほめてくれるなら良いけど
私は四十五だよ
四十五にしてはお若く見えますね
それはそうだよ
だって私は四十なんだから
そんな余計なこと言わないで幾つに見えるって聞いてよ
幾つに見える
どう見ても厄そこそこ
二つ余計だよ!
怒って行っちゃった
大人は駄目だな
子供にしようっと
おう竹居るか?
八公じゃないかどうした?
聞いたぜ
子供が生まれて弱ってるんだって
弱ってない
祝ってるんだ
あっ祝ってるのか俺は祝取られて弱ってる
変なこと言うなよ
返すよ
返さなくっていいよ
お前のガキをほめに来たんだ
乱暴者のお前がな
まぁ上がってくれよ
屏風の向こうに寝てるから
この屏風の向こうか
おぉ居たね
・
本当だ
竹さん大きいな
そうだろ、みんな大きいってほめてくれるんだ
御産婆さんもそう言ってた
でかいなぁ
ガキの時分から苦労させるなよ
白髪だらけで皺くちゃじゃないか
それおじいさんが昼寝してるんだよ
じいさんかこれ
赤ん坊が老けてるからおかしいと思った
ガキは?
横で毛布にくるまってる
うわぁスゲー小せぇ
これ育つかな?
だんだん大きくなるんだよ
竹さん、お前これ茹でた?
赤ん坊を茹でるわけないだろ
でも真っ赤だぞ
赤いから赤ん坊って言うんだ
生意気そうな面をしてるね
あら、可愛いな
このやろう
竹さん、この子お人形さんみたいだね
嬉しいこと言ってくれるね
そんなに可愛いか
そうじゃないんだ
お腹押すと音がするんだよ
おい!!死んじゃうよ!!!
この手は紅葉みたいな手をしてるな
そこで止めといておくれよ
それは嬉しかった
でもその後を言うとしくじるから何も言うな
いや大丈夫だよ
でも末にはろくな者にはならないだろうな
それが駄目なんだよ
でも分かるのか?
こんなに小さい手をして俺から祝を取りやがって
変な事を言うなよ
返すよ
返さなくってもいいよ
時に竹さん
なんだよ
口調が変わったな
こちらはあなたのお子さんですか?
・・・・改まって聞くなよ
俺の子だって信じたいよ
道理でお顔が福袋じゃなくって福々しい
この額の、、額が出っ張ったところ鼻が寝そべってあぐらかいた所
お前にそっくりだな
目元が落ち込んで、口元に締まりがないところは女将さんにそっくりだ
総体を見まわしますと先年お亡くなりなりましたおじいさんに似て
お前はさっきおじいさん見ただろ
あっそうだ生きてるんだっけ
私もこういうお子さんに蚊帳つりたい、首つりたいっと
はぁ・・・嬉しい?
ほめてくれないなら帰れよ!
怒られたね
奥の手が在った
竹さん、このお子さんはお幾つになりました
何しに来たんだ
生まれて今日で七日目
始めに言っておくが初七日じゃないぞ
お七夜、数えで一つだ
この子が一つ
大層お若く見えますな
やってられないよ
馬鹿馬鹿しくって
どのくらいに見えるか聞いてくれよ
・・・どのくらいに見える
どう見ても半分です
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