星になりたい


LOVE SONG BLUE 』十曲目、「星になりたい」です。

玉置さんのガットギターがつまびかれ、エレピがメインテーマを柔らかく奏でる裏で、玉置ソロ史上最高と思われる美麗なストリングスが入ってきます。Hiroyuki Yamaguchi……N響コンサートマスターの山口さんでしょうかね?どうやって録音したんでしょう、いくら山口さんといえどひとりではこの音は出せませんので、クレジットされていないプレイヤーがたくさんいるか、根性で重ね録りしたか、あるいはBON JOVIとかVAN HALENみたいにチーム名として自分の名前を使っていたか……このクレジットはちょっと謎が残ります。

ともあれ、このガットギター+ストリングスという編成は『 あこがれ 』『 カリント工場の煙突の上に 』を思わせるものであって、この後も玉置さんソロの折々に泣かせるバラードを聴かせてくれるナイスコンビネーションです。

そしてこの曲は、安全地帯を復活させるきっかけとなった涙のエピソードある曲でもあるのです。玉置さんが安全地帯をやりたくなったときにいつも最初に電話がかかってくる田中さんのところに贈られてきたデモテープ、その中に入っていたこの曲を車の中で聴いた田中さんが、玉置さんソロのコンサートに参加することを決意したことが、のちに安全地帯を復活させる第一歩となったのです(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)。もちろんこれは結果としてそうなったということで、玉置さんに安全地帯を復活させたいという明確な希望があったかどうかはわかりません。でもファンとしてはそうであってほしいと思わせるエピソードです。ギランがまだ喋っているのにギターを弾き始めるとか、ギランの奥さんが「ブラックモアにステージからバケツで水をかけられた」と苦情を言ったとかいう不仲エピソードがすでに芸風になっているようなバンドならともかく、たいていの場合バンドのファンというのは、バンドが末永く仲良く活動していてくれること、解散しても固い絆によってまた復活してくれることを願うものです。

さて、小節の頭にジャンとコード弾きするエレピのほかはガットギターのみをバックに玉置さんが語りかけるように歌います。「約束だったよね」と「約束してたよね」と。普通に聴けばちょっと仲がヤバくなった恋人同士が昔の話を思いだして絆を確かめあう歌です。ですが、田中さんの心をゆさぶってメンバーに入れてしまうんだからとんでもない威力をもっています。きっと、約束だったのでしょう。言葉はシンプル、だけども意味は莫大、これは長く苦楽を共にした者同士でなければ到底わからないものです。

そして少しずつ少しずつ、ストリングスの音が織り込まれて、Bメロ?サビ?に入ってゆきます。いつ「だっ」てどこ「だっ」てふたり「だっ」たよね……抱き「あっ」て抱き「あっ」てね「むっ」たよね……と、促音でリズムを取りつつその意味で泣かせにくるという高度なテクニックを駆使しています。もちろん歌詞ってみんなそうであるべきなんですが、物語を描くことに夢中になりすぎてこういう基本をスコッと無視している歌が当時の街には溢れすぎていましたし、今でも溢れています。「 君の名前を呼びすぎ問題 」です。「J-POPは工業製品」は実に言い得て妙です。そんな粗製乱造の量産ポップスの海にあって、職人による手作りの伝統工芸品のような輝きを放つ玉置さんの歌は、不景気不景気と大騒ぎしながらも現代に比べればまだまだ元気だったギラギラの時代の中で、次の「田園」の大ヒットまでの雌伏のときを過ごしていたのでした。

そして間奏、玉置さんがガットギターでソロを弾きます。このギターソロはぜひ音の強弱に注目してお聴きください!おそらく奏法とかあまり意識せずに指が動くまま、歌うように強弱緩急を表現したのでしょう。エレキギターよりも生々しく、精神の状態、その波動を表すもの凄いソロです。そして大きくストリングスが混ぜられてゆき、曲は最後の……いや、演奏時間でいえばまだ半ばですね。でもここでクライマックスに向かって一直線という感覚が強く感じられます。

僕は何ひとつ変われなかったけども、僕の周りが、世界が、何もかも変わってゆく、その背景・文脈の変化によって僕もまた違った意味をもつんだ、僕自身は何ひとつ変わってないんだけどね……

70年代の本格派ロックを演奏していた安全地帯は、80年代に路線変更、都会的なポップ・ロックで一世を風靡したものの我慢ならなくなってロック志向に回帰したところでバブルが崩壊し、世の中に思い切り翻弄されてしまいました。玉置さんも傷つき、倒れ、静養を経てやっと復活、音楽も激変したように私たちには思われました。たしかにCDとしてリリースされた音楽の音像はかなり変わっていましたし、この後も変わり続けているのです。ですが、田中さんにはわかったのでしょう。「浩二は変わっていないな」「約束してたよな」って。

ポール・ラングランが1965年に提唱した「生涯教育」(現代の生涯学習)には二つの意義がありました。ひとつは社会の変化に対応するために学ぶことです。そしてもう一つは、学ぶことによって本来の自分を発見し、磨いてゆくことだったのです。まるで岩の中に埋もれていた彫像を、一つひとつノミを入れて彫り出してゆくような、気の遠くなる作業です。玉置さんの中にあった彫像はその全体像を顕わしていませんでしたが、社会の変化と自分自身の音楽を作ってゆく過程によって、少しずつ少しずつ岩が削り取られ、その全貌が見えてきます。田中さんからすれば、まだ見たことないけどその彫像、玉置さんそのもの、はよく知っているのですから、変わっていない、これが浩二の音楽だ、とおわかりになったのだとわたくし愚考いたします。この時以降、もちろん現在この瞬間にだって玉置さんの彫塑作業、陶冶は続いているのですから、その過程を現代に生きるわたしたちはリアルタイムで観ることができる、もとい聴くことができるという僥倖に恵まれたといわなくてはなりません。

「君だけの星になるって」

その日はきっと来ないんです。来てしまったら、終わってしまうから。だから、「約束した」という事実だけが輝いて、わたしたちの将来に希望を与えます。わたしたちも、玉置さんや田中さんがくれた希望を胸に、自分たちを磨いて自分の人生を輝かせて、いつか誰か大事な人の星になるって約束して、永遠に来ない完成の日まで大事な人のために生きなくっちゃならないなと思わされる、そんな人生の喜びや哀しさまでをも感じさせてくれる曲なのです。

アウトロ、玉置さんの唸り、口笛に挟まれたこれまた美麗なストリングスのメロディーが流れる間に、若き日のわたくしは毛布をかぶってカップ焼きそばを食いながら、そんなことを考えたのでした。でも先立つモノがねえ……かねがねカネがねえ……とりあえずアルバイト情報誌でも読んでいよう……バイクのガソリンも何とかして入れないと面接にもいけないな……ガソリンスタンドってデシリットル単位でも売ってくれるかな?1994年末、きたるべき新年はもう少しマシな一年にしないと誰かの星になる前にお空の星になってしまうわ!
新たな決意を胸に人生を歩もうと強く思ったのでした。

さて、このアルバムも終わりました。感染症騒ぎが始まったころに更新を再開した弊ブログなのですが、まさかまだ騒ぎが終わっていないうちにこのアルバムまで終えるなんて予想もしておりませんでした。ある意味感無量です(ここまで来られたのはうれしいけど、世情はうれしくない)。この次はすこし間が開きまして翌々年96年の『CAFE JAPAN』になります。はやく皆様が不安なく音楽を楽しめる日が来ますように!


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安全地帯・玉置浩二の音楽を語るブログ、管理人のトバです。安全地帯・玉置浩二の音楽こそが至高!と信じ続けて四十年くらい経ちました。よくそんなに信じられるものだと、自分でも驚きです。

2022年07月02日

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