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2014年02月14日

イーオー

イーオー(古希: ??, ラテン文字転写: ??、ラテン語: Io)は、ギリシア神話に登場する女性。長母音を省略してイオとも表記される。ゼウスの恋人であり、牝牛に姿を変えられてギリシアからエジプトまで各地をさまよった。

イーオーの生まれに関しては諸説があり、アイスキュロスら悲劇詩人の多くやオウィディウス、ヒュギーヌス、年代記作者のカストールらは河の神イーナコスの娘であるとし、ヘーシオドス、アクーシラーオスによればペイレーンの娘とする。アポロドーロスはイーアソス[1]の娘との説も紹介している。

イーナコスはアルゴス地方(アルゴリス)を流れる河であり、アルゴスはゼウスの妃ヘーラー信仰の中心地であった。イーオーはアルゴスでヘーラーに仕える女神官を務めたとされる。



目次 [非表示]
1 神話 1.1 牝牛の姿にされる
1.2 彷徨
1.3 その後
1.4 プロメーテウスの予言

2 論考
3 関連項目 3.1 ギリシア神話
3.2 イーオーにちなんだ命名、地名
3.3 イーオーが登場する作品

4 系図
5 脚注
6 参考文献


神話[編集]





ヘーラー(上)、ゼウス(左)、牝牛にされたイーオー(右)。en:Giovanni Ambrogio Figino画(1599年)。it:Pinacoteca Malaspina
以下は、主としてアポロドーロス(II巻1.3)に基づく。

牝牛の姿にされる[編集]

イーオーはヘーラーの神職にあったが、ゼウスがこれを犯した。ヘーラーに発見されたゼウスはイーオーを白い牝牛の姿に変え、交わっていないと誓った。ヘーラーはゼウスから牝牛を乞い受け、全身に眼がある「普見者(パノプテース)[2]」アルゴスを見張りに付けた。

アルゴスは牝牛をミュケーナイの森の中に連れて行き、一本のオリーブの木につないだ。ゼウスは、ヘルメースに牝牛を盗むよう命じた。しかし、ヒエラクス[3]がこのことをしゃべってしまい、ヘルメースは秘密裏に盗み出すことができず、石を投げつけてアルゴスを殺した[4]。このことからヘルメースは「アルゲイポンテース(アルゴスの殺戮者)」と呼ばれるようになった。

彷徨[編集]

イーオーは解放されたが、ヘーラーが牝牛に虻(アブ)[5]を送ったため、牝牛は逃げ惑ってイオーニア湾(イオニア海[6])、イリュリアーを通過し、ハイモス山を経て当時トラーキア海峡と呼ばれていた海を渡った。後にこの海峡はボスポロス(ボスポラス海峡[7])と呼ばれるようになった。さらにスキュティアー、キメリアーなど広大な地をさまよってエジプトに至り、この地でイーオーは元の人間の姿に戻った。

その後[編集]

イーオーはナイル川の河辺でゼウスとの子、エパポスを生んだ。ヘーラーがクーレースたちに命じてエパポスを隠したため、ゼウスはクーレースたちを殺し、イーオーは息子を捜しに出かけて、シリアのビュブロス王の下で養育されていたエパポスと巡り会った。エジプトに戻ったイーオーは、この地の王テーレゴノスと結婚した。

イーオーはこの地にデーメーテールの像を建て、エジプト人はデーメーテールとイーオーをイーシスと呼んだ[8]。エパポスは長じてエジプト王となり、ナイル川の娘メムピスと結婚し、妃の名に基づくメムピス市を創建した。二人の娘リビュエー[9]とポセイドーンとの間にアゲーノールとベーロスの双子が生まれた。

プロメーテウスの予言[編集]

なお、アイスキュロスの悲劇『縛られたプロメテウス』では、イーオーはヘーラーの虻に追われて逃亡するうちにスキュティアーの岩山に縛り付けられたプロメーテウスに出会う。プロメーテウスは、イーオーがさらに各地をさまよった末にエジプトで元の姿に戻り、エパポスを生むこと、イーオーの子孫の13代目の末裔[10]がプロメーテウスを解放するだろうと予言する[11]。

論考[編集]





コレッジョによるイーオーとゼウス(1531年ごろ)。ウィーン美術史美術館
ハンガリーの神話研究家カール・ケレーニイは、イーオーについて、「さまよい歩く月の牝牛の物語」のヒロインとし、エウローペー(この物語ではゼウスが牡牛の姿を取った)を探すカドモスが、牝牛(横腹に満月を描いたとされる)の後を追ってカドメイア(のちのテーバイ)を創建した神話との共通性を指摘している。また、ヘーロドトスの著述では、イーオーはヘーラーによって鼻鉗(はなばさみ)でアルゴスからエジプトまで追われたとし、エパポスは、これこそエジプトの神牛アーピスにほかならないとする。イーオーがエジプト人の女神イーシスと似ていることの出典についてはスーイダースを挙げる[12]。

イギリスの詩人ロバート・グレーヴスは、アルゴスの人々は新月を牝牛の角に見立てて崇拝していた。このことからイーオーは雨をもたらす月の女神の化身だったとする。また、イーオーの物語は本来関係のない二つの物語が原型にあり、これにいくつかの要素が加わってできたのではないかと考察している。二つの物語とは、ひとつは月の神獣である牝牛が星々に守られて大空をめぐる話で、アイルランド伝説にも同種の話がある。もうひとつは、ギリシアに侵入したヘレーネスの指導者(ゼウス)が月の巫女を陵辱した話で、イーオーとは「牝牛の眼を持った」ヘーラーの異名にほかならない。加えられた要素としては、虻に追われて牛が狂い回る仕草は、雨乞いの儀式であり、アルゴス人の植民地がエウボイア島からボスポロス、黒海、シリア、エジプトへと広がっていったことに伴い、この祭式も東漸したことを示す。また、ギリシアにおけるイーオー信仰が、エジプトのイーシス、シリアのアスタルテー、インドのカリのそれぞれの信仰と類似していることの説明であるとしている[13]。

関連項目[編集]

ギリシア神話[編集]
イーナコス イーオーの父とされる河の神。
アルゴス イーオーの見張り役。全身に眼があり、「普見者」と呼ばれた。エキドナを殺したとされる。
エパポス イーオーとゼウスの息子。パエトーンの神話にも登場する。

イーオーにちなんだ命名、地名[編集]
イオ (衛星) 木星の衛星で、「ガリレオ衛星」の一つ。
イオニア海
ボスポラス海峡

イーオーが登場する作品[編集]
『縛られたプロメテウス』 アイスキュロスによるギリシア悲劇。紀元前469年ごろの成立と見られる。三部作の一とされるが、他の二作は失われた。

系図[編集]

ウーラノス

ガイア

















































オーケアノス

テーテュース





































イーナコス





































イーオー





































エパポス



























































リビュエー









リューシアナッサ











































ベーロス

アゲーノール

ブーシーリス





脚注[編集]
1.^ イーアソスはアルゴスとイスメーネーの子であり、イスメーネーはアーソーポスの娘であるから、この説に従えば、アルゴスはイーオーの祖父に当たる。
2.^ 普見者とはあまねく見る者(the All-seeing)の意。
3.^ ヒエラクスについては他に言及がない。
4.^ オウィディウスは、アルゴスについて頭の周囲に100の眼を持つとし、ヘルメースが葦笛(パンパイプ)を吹き鳴らし、シュリンクスの物語(葦笛が発明されたいきさつ)を語るなどしてアルゴスを眠らせる様子を詳述している。 p.41
5.^ ヒュギーヌスはヘーラーが送ったのは「恐ろしい化け物」としているが、それが具体的になんなのかは示していない(pp.208-209)。また、オウィディウスはヘーラーがエリーニュースをけしかけたとする(p.45)。
6.^ ヒュギーヌスは「イオーニア海」(イーオーの海)と表現し、さらにアイスキュロスもイーオーをその名祖としているが、高津はイーオーでは母音の長さが異なることから、イオニオスを名祖としている。
7.^ ギリシア語 Β?σπορος は通俗語源説で 「牝牛の渡し」 の意。牝牛に変身したイーオーが渡ったことから。
8.^ 高津によれば、イーオーは死後星になったと伝えられた。
9.^ リビュエーはリビアの名の由来。なお、ヒュギーヌスはリビュエーをエパポスとカッシオペーの娘とする。p.213「エパポス」
10.^ プロメーテウスを解放するのは、ヘーラクレースである。アイスキュロス p.477 高津春繁による解説。
11.^ この予言は、元はプロメーテウスの母テミスのものである。アイスキュロス p.49
12.^ ケレーニイ p.128「ゼウスとその妻たち」
13.^ グレーヴス pp.168–171「イーオー」

参考文献[編集]

ウィキメディア・コモンズには、イーオーに関連するメディアがあります。
アポロドーロス著、高津春繁訳註 『ギリシア神話』 岩波文庫、1978年改版。
ヒュギーヌス著、松田 治・青山照男訳註 『ギリシャ神話集』 講談社文庫、2005年。ISBN 4061596950。
オウィディウス著、中村善也訳 『変身物語』 岩波文庫、1981年。
アイスキュロス著、呉茂一他訳、高津春繁解説 『縛られたプロメテウス(「ギリシア悲劇I アイスキュロス」より)』 筑摩書房、1985年。ISBN 448002011X。
高津春繁 『ギリシア・ローマ神話辞典』 岩波書店、1960年。
カール・ケレーニイ著、高橋英夫訳 『ギリシアの神話(神々の時代)』 中央公論社、1974年。
ロバート・グレーヴス著、高杉一郎訳 『ギリシア神話(上)』 紀伊國屋書店、1962年。
B.エヴスリン著、小林稔訳 『ギリシア神話小事典』 社会思想社現代教養文庫、1979年。ISBN 4390110004。
創元社編集部編 『ギリシア神話ろまねすく』 創元社、1983年。ISBN 4390110004。
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