2016年09月16日
アルプスの少女ハイジのヨーデルの部分は何と歌っているのか
アルプスの少女ハイジのオープニングの歌『おしえて』
あの歌の、日本語ではない部分の凄く歌声の高い部分、
あれ、ヨーデルというらしいのですが、
何て言ってるのか全然分かりませんよね。
調べてみても、解説してくれている場所がほとんどありません。
ならばいっそ、筆者が聴き分けてしまおうと思った次第であります。
さて、まず調べたところによると
最初の歌詞です。
yo le lo le lo hi ho
yo hi du di ya ho ho
yo le lo le lo hi ho ya
la hi du di yo
これを日本語で歌うと。
ヨーレローレロヒホー
ヨヒドゥディ ヤホホー
ヨーレローレロヒホヤ
ラヒドゥディ ヨー
…と、なるそうです。
補足です、最後のヨーデルの4行目は「la hi du di yo」
と綴るのですが、発音は「ラヒフリヨー」なのだそうです。
他の部分もこれを参考に変えると、より、それらしく聴こえると思われます。
では、これを踏まえた上で、
筆者には、どう聴こえているか、
文字に起こしてみます
ヨー レローレ ラッフッホーィ
ラッフッホッリ ヤッホッホー
オーロローロ ラフホヤ
ラッフッホゥッディッヨォーォ
・・・・・・ん!?
説明によると、
2行目に「ドゥディ」という発音があり、
4行目の同じ表記の部分は「ラヒフリヨー」
という発音があるらしいのですが、
どうも筆者には、それらが逆であるように思います。
もっとも、筆者は昔からリスニングという物が苦手なので、
いまいち確証が持てませんが。
では、2番の初めのヨーデルも聴いていきましょう。
・・・そう、1番のヨーデルと2番のヨーデルとでは、
歌詞が違う・・・・・・ように聴こえるのです。
ヨー レローレ ラッフッホー
ヤッフッホッリ ヤッホッホー
オーロローロ ラフホヤ
ラーウーオーオーオー
一番と大体は同じように聴こえますが、
最期の部分が大きく違っているように聴こえます。
次は2番と3番の間のヨーデルです。
ヨォーロ ロイオイオー
オーモ ロイオイオー
オーモロー ウーウーウーウーウーウー
オーモ ロイオイオー
オーモ ロイオイオー
オーモロー ウーウーウーウーーー
最後に3番の終わりのヨーデルです。
オーモ ロイオイオー
オーモ ロイオイオー
オーモロー ウーウーウーウーウーウー
オーモ ロイオイオー
オーモロー アォーウーウーウーーーーー
かなーり怪しいですが大体こんな感じだと思います。
こんな感じで歌えば、それっぽくなるかと。
良かったら参考にしてカラオケでバンバン歌っちゃって下さい。
2016年05月31日
的は得るもの
「的を得る」の議論、
ついに決着したのですね。
そういった議論があったということは
以前から知っていたのですが、
決着していたというのは、
最近になって知りました。
的は射るものなんだから、
「的を得る」は間違い、
という理屈では、
そもそも「的を得る」などという、
言い間違いは起こりえないではないか。
そんな考えを持ち、
自分なりに調べたことがあります。
そこで知った言葉が
「正鵠を得る」でした。
昔から存在する
「正鵠を得る」という言葉が転じて、
「的を得る」という言葉になったんだな!
と、
そこまでは調べたのですが、
それ以上を調べる気力も熱意も
私には足りなかったため、
この話題からは、しばらく離れていました。
ところが、つい最近、
「的を射る」という言葉が
使われている場面に遭遇したので、
復習のつもりで、
これらの慣用句を、
再び検索にかけてみました。
そして、私は、
とある記事に辿り着きました。
「的を得る」と「的を射る」
これらの表現について、
多大な研究をされた方々には、
その日本語に対する情熱に頭が下がる思いです。
非常に有益な、素晴らしい活動だったと思います。
その記事を読んでいなければ、
今後も私は「正鵠を得る」という、
うろ覚えの知識だけで、
不毛な揚げ足の取り合いをしていたでしょう。
ともあれ、「的を得る」の議論は、
ひとまずは収まったということですね。
といっても、
「的を得る」と「的を射る」
どちらが正しいのか、
あるいは
どちらかが間違っている、
そういう話ではなく、
あくまで、
「的を得る」という言葉が
間違った表現ではない、
ということが認められたということでしょうか。
ここからは、意味の無い、
もしもの話になりますが、
全ての日本人が
「的を得る」という言葉を、
誤用であると認識したとしたら、
「的を得る」という言葉の歴史がどうあれ、
「的を得る」は誤用ということになるのでしょうか。
元々、
正しい表現だったはずの言葉が、
後々、
誤用となってしまう、
そんなことも起こりうるのでしょうか。
「的を得る」が誤用かどうかは無しにしても、
「的を射る」という表現が
主流となることを阻止してしまうことが、
本当に正しい事なのでしょうか。
的は射るものだから「的を射る」が正しいという理屈、
確かに、
実際、分かりやすく覚えやすいものです。
ならば、
このまま分かりやすく覚えやすい言葉が
主流となることも、
日本語にとってはメリットとなるのではないかと、
そんな風に考えてしまうこともできるのです。
世の中は、
グローバル化が進み、
違う国の人間同士が、
同じ言語を用いて
会話をする機会が増えていく中で、
言語というものは、分かりやすく、
そして覚えやすいものになっていくべきではないか、
そんな考えも無いわけではありませんね。
とは言え、
長年、使ってきた言葉には
愛着が湧くものです。
そう簡単に割り切れるものではないですよね。
それが、
「的を得る」にせよ、
「的を射る」にせよ。
何にせよ 「的を得る」は正しい言葉だったという事でした。
2016年05月24日
テイルズオブファンタジアのベネツィア
スーパーファミコン
通称・SFC用のソフトとして発売され、
プレイステーション
通称PSなどにリメイクされた、
テイルズオブファンタジア
TALES OF PHANTASIA
通称TOPに登場する街
ベネツィア
主人公であるクレス達が冒険の途中で
船を探すために立ち寄る町だ。
この町は水路で区切られており、
船頭に小銭を払って渡し船で移動することもできる。
町の中央には大きな噴水もあり、
近づくとBGMが消え、
水の音が聞こえるようになる演出があるなど、
水を全面に押し出した独特の雰囲気となっている。
一方で
イタリア共和国北東部に位置する都市
ヴェネツィア
ヴェネト州の州都、ヴェネツィア県の県都であり、
ベネチアと表記されることもある。
ここもまた、実在する水の都である。
テイルズに登場する町ベネツィアの名の由来は、
おそらく、このイタリアの水の都だろう。
位置的には、
イタリアを長靴と例えるなら、
膝の裏あたりだろうか。
TOPの町ベネツィアの市長の台詞に
「ここはデューティーフリーの自由貿易都市・・・
世界中から様々な商品が入ってくる
欲しい物は何でも手に入るよ」
というものがある。
デューティーフリー
duty-free
直訳で
義務 が ない
この言葉は、
無税。免税。特に、関税のかからないことをいう。
免税ではあるが、
「duty-free」とは関税が無税であることを指し、
消費税などの付加価値税が無税であることは
「tax-free」である。
つまりは、
この町ベネツィアでの貿易には
余計なお金がかからないので、
気軽に貿易ができる。
故に集まる商人も多く、
様々な商品が
この町に入ってくるということだろう。
実際、この町は
武器屋、防具屋、道具屋、食料屋(スーパー、スーパーマーケット)と
店が充実しており、
特に武器屋、防具屋には、
初めてこの町に来た時点では
性能の高いものばかりである。
中には奥義書や魔道書を売ってくれるNPCもいる。
先ほど
duty
を一度、義務と訳したが、
義務や責任といった日本語には
obligation
duty
liability
といった英単語が当てはめられる。
これらの違いは何か。
調べたところによると、
duty : 一般的に、倫理上もしくは法的になすべきこと
obligation : dutyより具体的で現実的な個別の義務
liability : 法的な根拠に基づく「義務」「債務」
正義感や良心みたいな内的な「義務」がduty、
拘束力の強い外的な「義務」がobligation
とのこと。
上記のことから、
関税を支払うことは一般的かつ法的になすべきことであるから、
関税が無税であるという意味の免税を
「duty-free」と表現するのだろう。
イタリアに実在するヴェネツィアだが、
調べたところによると、
中世盛期に、東ローマ帝国内における免税特権を活用し、
東西貿易や香辛料貿易の仲介者として莫大な富を築いた。
アジア全域から集められた商品は
紅海のアクスム王国を通るローマ・インド通商路またはレバントを経由して、
ヴェネツィア商人の手によってヨーロッパに届けられるようになった。
という歴史的背景がある。
このあたりが、
TOPにおけるベネツィアの市長の台詞の由来であろうか。
また、
ヴェネツィア共和国は11世紀には強力な艦隊と商船を有し、
アドリア海から東地中海、黒海の海上貿易を独占、
東方貿易(レヴァント貿易)の中心地として栄えた。
東方からは胡椒などの香辛料、織物などを輸入、
ヨーロッパからは初めは奴隷、後には羊毛製品を主に輸出した。
十字軍時代にはその出港地として船舶を提供、
また多くのヴェネツィア商人が同行して利益を上げた。
・・・という歴史的背景もあるが、
TOPのベネティアのスーパー『ウォーターフロント』には
残念ながら香辛料は並んでいない。
ちなみに、この町の道具屋は
『マラガの海』という名前だが、
マラガとは、
スペイン・アンダルシア州マラガ県に属するムニシピオ。
マラガ県の県都である。
人口は56万人で、スペイン第6位。
地中海に面し、リゾート地コスタ・デル・ソルの中心である。
マラゲーニャという音楽・舞踊形式の発祥の地であり、
画家のピカソの出身地でもある。
(ムニシピオ(スペイン語: municipio)とは、
スペイン語で地方自治体の最小単位である基礎自治体を意味する語彙である。)
マラガはスペインの南端に位置し、
アルボラン海に面している。
イタリアのヴェネツィアからは
ティレニア海やバレアス海を挟んで西に位置している。
上記のリゾート地コスタ・デル・ソルだが、
スペインのリゾート地、「Costa del Sol(太陽海岸)」
これは、
プレイステーションの代表作である、
『FINAL FANTASY VII』
『ファイナルファンタジーVII』
の町の名前に使われている。
こちらの作品においてもリゾート地である。
この記事の美味しいところをまとめると、
テイルズオブファンタジアに登場する町
ベネツィアは、
現実のイタリアの都市、ヴェネツィアが由来で
どちらも水の都である。
ベネツィアの道具屋『マラガの海』の
マラガとは、
スペインのリゾート地コスタ・デル・ソルの中心の都市で、
コスタ・デル・ソルという名は
FF7に登場する町の名に使われており、
FF7においてもリゾート地である。
といったところか。
通称・SFC用のソフトとして発売され、
プレイステーション
通称PSなどにリメイクされた、
テイルズオブファンタジア
TALES OF PHANTASIA
通称TOPに登場する街
ベネツィア
主人公であるクレス達が冒険の途中で
船を探すために立ち寄る町だ。
この町は水路で区切られており、
船頭に小銭を払って渡し船で移動することもできる。
町の中央には大きな噴水もあり、
近づくとBGMが消え、
水の音が聞こえるようになる演出があるなど、
水を全面に押し出した独特の雰囲気となっている。
一方で
イタリア共和国北東部に位置する都市
ヴェネツィア
ヴェネト州の州都、ヴェネツィア県の県都であり、
ベネチアと表記されることもある。
ここもまた、実在する水の都である。
テイルズに登場する町ベネツィアの名の由来は、
おそらく、このイタリアの水の都だろう。
位置的には、
イタリアを長靴と例えるなら、
膝の裏あたりだろうか。
TOPの町ベネツィアの市長の台詞に
「ここはデューティーフリーの自由貿易都市・・・
世界中から様々な商品が入ってくる
欲しい物は何でも手に入るよ」
というものがある。
デューティーフリー
duty-free
直訳で
義務 が ない
この言葉は、
無税。免税。特に、関税のかからないことをいう。
免税ではあるが、
「duty-free」とは関税が無税であることを指し、
消費税などの付加価値税が無税であることは
「tax-free」である。
つまりは、
この町ベネツィアでの貿易には
余計なお金がかからないので、
気軽に貿易ができる。
故に集まる商人も多く、
様々な商品が
この町に入ってくるということだろう。
実際、この町は
武器屋、防具屋、道具屋、食料屋(スーパー、スーパーマーケット)と
店が充実しており、
特に武器屋、防具屋には、
初めてこの町に来た時点では
性能の高いものばかりである。
中には奥義書や魔道書を売ってくれるNPCもいる。
先ほど
duty
を一度、義務と訳したが、
義務や責任といった日本語には
obligation
duty
liability
といった英単語が当てはめられる。
これらの違いは何か。
調べたところによると、
duty : 一般的に、倫理上もしくは法的になすべきこと
obligation : dutyより具体的で現実的な個別の義務
liability : 法的な根拠に基づく「義務」「債務」
正義感や良心みたいな内的な「義務」がduty、
拘束力の強い外的な「義務」がobligation
とのこと。
上記のことから、
関税を支払うことは一般的かつ法的になすべきことであるから、
関税が無税であるという意味の免税を
「duty-free」と表現するのだろう。
イタリアに実在するヴェネツィアだが、
調べたところによると、
中世盛期に、東ローマ帝国内における免税特権を活用し、
東西貿易や香辛料貿易の仲介者として莫大な富を築いた。
アジア全域から集められた商品は
紅海のアクスム王国を通るローマ・インド通商路またはレバントを経由して、
ヴェネツィア商人の手によってヨーロッパに届けられるようになった。
という歴史的背景がある。
このあたりが、
TOPにおけるベネツィアの市長の台詞の由来であろうか。
また、
ヴェネツィア共和国は11世紀には強力な艦隊と商船を有し、
アドリア海から東地中海、黒海の海上貿易を独占、
東方貿易(レヴァント貿易)の中心地として栄えた。
東方からは胡椒などの香辛料、織物などを輸入、
ヨーロッパからは初めは奴隷、後には羊毛製品を主に輸出した。
十字軍時代にはその出港地として船舶を提供、
また多くのヴェネツィア商人が同行して利益を上げた。
・・・という歴史的背景もあるが、
TOPのベネティアのスーパー『ウォーターフロント』には
残念ながら香辛料は並んでいない。
ちなみに、この町の道具屋は
『マラガの海』という名前だが、
マラガとは、
スペイン・アンダルシア州マラガ県に属するムニシピオ。
マラガ県の県都である。
人口は56万人で、スペイン第6位。
地中海に面し、リゾート地コスタ・デル・ソルの中心である。
マラゲーニャという音楽・舞踊形式の発祥の地であり、
画家のピカソの出身地でもある。
(ムニシピオ(スペイン語: municipio)とは、
スペイン語で地方自治体の最小単位である基礎自治体を意味する語彙である。)
マラガはスペインの南端に位置し、
アルボラン海に面している。
イタリアのヴェネツィアからは
ティレニア海やバレアス海を挟んで西に位置している。
上記のリゾート地コスタ・デル・ソルだが、
スペインのリゾート地、「Costa del Sol(太陽海岸)」
これは、
プレイステーションの代表作である、
『FINAL FANTASY VII』
『ファイナルファンタジーVII』
の町の名前に使われている。
こちらの作品においてもリゾート地である。
この記事の美味しいところをまとめると、
テイルズオブファンタジアに登場する町
ベネツィアは、
現実のイタリアの都市、ヴェネツィアが由来で
どちらも水の都である。
ベネツィアの道具屋『マラガの海』の
マラガとは、
スペインのリゾート地コスタ・デル・ソルの中心の都市で、
コスタ・デル・ソルという名は
FF7に登場する町の名に使われており、
FF7においてもリゾート地である。
といったところか。
2016年04月28日
現代を生きる明治生まれの人たちは
大逆転裁判という、任天堂3DS用のゲームソフトがある。
逆転裁判シリーズの大ファンである私は、
その話題が訪れたことに歓喜した。
物語の舞台は大正時代の日本!
登場人物の服装や街並みも
いかにも大正時代!という雰囲気で、
とてもワクワクするものだ!
・・・などと思っていたら、
大逆転裁判の舞台は大正時代の日本ではなく、
明治時代の日本であった。
こ、この間違いは恥ずかしい・・・。
顔から火が出てしまいそうだ。
このとき、後学のためにも、
一度、我が国の年号について調べておこうと思ったのだ。
年代 じゃないよ。
年号 だよ。
さて、調べてみると、
昭和は1989年 まで
大正は1926年 まで
明治は1912年 まで
ということが分かった。
こうして見ると、大正時代というのは、
物凄く短いですね。
それで、大逆転裁判の舞台である明治の日本ですが、
1868年から1912年までが明治時代となっているわけですね。
あれ?1912年?
それなら、今でも明治生まれの人はギリギリ生きているのではないだろうか。
しかし、明治時代の終わりギリギリ、
大正時代の直前に生まれたとしても、
その人は107歳
そろそろ、明治生まれの方々も、いなくなってしまうのか、
そう思うと、切ない気持ちになりました。
もしも、そんな人に会うことが出来たら、
今のうちに大逆転裁判の感想なんか訊いてみたいな、
なんて思ったりもして。
あと、明治時代と言われて頭に思い浮かぶのは、
やはり、名作・るろうに剣心。
これもまた、私の大好きな漫画作品なんですが、
この漫画の舞台も明治時代の日本なんですね。
こちらは、そろそろ古い作品に分類されるので、
この漫画が流行っていた当時ならば、
明治生まれの人に感想を訊く機会も、
もっと多かったのでしょうか。
漫画・るろうに剣心 を描くにあたって、
作者は、新撰組の一番隊組長である、
生前の沖田総司を知る人物に、
インタビューを行ったのだとか、
そんな逸話もありましたね。
若者が老人の長い話を煙たがる、
というのは、よくある構図ですが、
お年を召された方の話を聴くというのも、
貴重な体験になるのではないでしょうか。
逆転裁判シリーズの大ファンである私は、
その話題が訪れたことに歓喜した。
物語の舞台は大正時代の日本!
登場人物の服装や街並みも
いかにも大正時代!という雰囲気で、
とてもワクワクするものだ!
・・・などと思っていたら、
大逆転裁判の舞台は大正時代の日本ではなく、
明治時代の日本であった。
こ、この間違いは恥ずかしい・・・。
顔から火が出てしまいそうだ。
このとき、後学のためにも、
一度、我が国の年号について調べておこうと思ったのだ。
年代 じゃないよ。
年号 だよ。
さて、調べてみると、
昭和は1989年 まで
大正は1926年 まで
明治は1912年 まで
ということが分かった。
こうして見ると、大正時代というのは、
物凄く短いですね。
それで、大逆転裁判の舞台である明治の日本ですが、
1868年から1912年までが明治時代となっているわけですね。
あれ?1912年?
それなら、今でも明治生まれの人はギリギリ生きているのではないだろうか。
しかし、明治時代の終わりギリギリ、
大正時代の直前に生まれたとしても、
その人は107歳
そろそろ、明治生まれの方々も、いなくなってしまうのか、
そう思うと、切ない気持ちになりました。
もしも、そんな人に会うことが出来たら、
今のうちに大逆転裁判の感想なんか訊いてみたいな、
なんて思ったりもして。
あと、明治時代と言われて頭に思い浮かぶのは、
やはり、名作・るろうに剣心。
これもまた、私の大好きな漫画作品なんですが、
この漫画の舞台も明治時代の日本なんですね。
こちらは、そろそろ古い作品に分類されるので、
この漫画が流行っていた当時ならば、
明治生まれの人に感想を訊く機会も、
もっと多かったのでしょうか。
漫画・るろうに剣心 を描くにあたって、
作者は、新撰組の一番隊組長である、
生前の沖田総司を知る人物に、
インタビューを行ったのだとか、
そんな逸話もありましたね。
若者が老人の長い話を煙たがる、
というのは、よくある構図ですが、
お年を召された方の話を聴くというのも、
貴重な体験になるのではないでしょうか。
タグ: 明治時代
2010年01月11日
末代という世界
Q、「末代まで」の意味は「子孫が途絶えるまで」?
A、末代とは死後の世界のこと。
「末代までの恥」というのは死んだ後も恥ずかしいという意味になる。
死後の世界と言っても、いわゆる「あの世」の事ではない。
その人物が、もう生きていない世界、時代のこと。
そもそも「あの世」というものは想像上のものでしかないので、
死後の世界と聞いて「あの世」の事だと思うのは思考が突飛してしまっていると言えるだろう。
「俺が末代だ」とかいう発言が人気らしい。
しかし、現状で確認できる意味では末代という言葉は、人を指し示さないようだ。
つまり、俺が末代、君が末代、というような使い方は出来ないということになる。
Q、「俺が末代だ」は誤用? では何と言えば正解なのか?
A、「俺が最後の末裔だ」・・・?
単に「末裔」だと、今は末裔でも、今後、新たに子孫を残すかもしれない。
しかし、そこまで気にしなくても、
末裔まで呪ってやる!俺が末裔だ!で通じそうだ。
そもそも、「末代まで呪う」ことが、
「子孫を呪う」こととは限らない。
あくまでも相手の一人だけを、相手が死んだ後も呪う、という意味の可能性が高い。
「呪う」ということが具体的に何なのか、という話になってくると、
分かりやすい、手っ取り早い報復の対象として、子孫たちが何らかの被害に遭う可能性は高い。
要するに「末代まで呪う」の「末代まで」というのは、
呪う「期間」の事であって、呪いの「対象」や「内容」の事ではないと言える。
子孫を呪うことを明確に意思表明したい場合は別の表現を使うべきかもしれない。
誤用ではなく「俺が末代」になった例?
妲己(藤崎竜版・封神演義)
終盤、永久氷壁に封印されていた女?の肉体を乗っ取った後、
太公望(伏羲)に別れを告げ、 地球と融合した。
古代、近代、現代、時代、末代、
「代」という漢字は世界の事を意味している。
そう考えれば「末代」という熟語の意味に違和感を覚えないかもしれない。
2024年12月12日
サムライX(るろうに剣心):リフレクション(反射)(追憶?)OST
るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 星霜編
Samurai X (Rurouni Kenshin): Reflection OST
サムライX(るろうに剣心):リフレクション(反射)(追憶?)OST
るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 星霜編
Original Sound Track
Regret
後悔
In the Sunset Glow
サンセットグロー(夕焼け)で
Indigo
インジゴ(藍)
Revenge of the Ghost
幽霊の復讐
Labyrinth
ラビリンス(迷路)
Your Way
あなたのやり方で
Living Sin
生きている
The Duel
決闘(デュエル!)
You By My Side
あなたは私のそばに
Faraway
遠く
Eclipse
エクリプス(食)
One More Red Nightmare
もう一つの赤い悪夢
Heart of the Sunrise
日の出の中心
And You and I
そしてあなたと私
Cord of Life
コードオブライフ(人生の紐?命の糸?)緒(はなお)?
Pie Jesu
慈悲深いイエス(ポーランド語、ピエ)