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しあわせ
2011/07/08, 日経MJ(流通新聞) 小澤征良
夕暮れ時、近所の富士山が見える場所まで一人歩いた。
考え事をしたかった。
よく愛犬と散歩した道――今は私ひとりだ。
日中は蒸し暑かったのに、
木製のベンチに座っていると気持ちのよい風が吹き抜ける。
道向こうには町の人が造っている小さな畑が集まっていて、
緑がふと香ってくる。
もう夏なのだ。
夕陽色に染まりつつある空の下、
車通りの少ないこの道だけ、居眠りしているように静かだ。
大きな木々の葉っぱを風がさわさわと鳴らし、
葉の波目を縫うように小鳥が鋭く三度鳴く。
とても平和に一日が終わろうとしている。
亡くなった動物や人がいるところって、こんなところかもしれないな。
突如、そう思った。
緑が香り、小鳥がさえずり、
さらさらの木綿みたいな風が肌をやさしく撫でてゆく。
辺りには自然のみが与えられる、
ある種のしずけさと安らぎが満ち満ちてゆく。
自然を敬い、自然と一体化して暮らす
ネイティブ・アメリカン・インディアンの言い伝えには,
「現代の世界は物質への強欲のためにバランスを失っており、
このままでは世界は終わる」
という予言があるらしい。
物やお金などの物質が唯一の価値であるという価値観に囚われた
我々こそが世界のバランスを崩している、と。
また予言では、
「灰のつまったひょうたん」も原爆投下として描かれていて驚いた。彼らの教えはとてもシンプルなものだ、という。 ――
母なる大地を大切にすれば大地も貴女を大切にしてくれる。
兄弟を大切にせよ。
必要なものは取れ、しかし必要以上は取るな。
持てる物を分かち合え。
なにか親しみを感じると思ったら、
そういえば、遠い昔、
この日本もこんなだったのではなかろうか。
自然を敬い、その美しさを守り、
木や石にも魂を見いだし、愛おしみ尊ぶ。
幸せは物を多く所有したり、
他人と比べたりして得られるものではきっと無いんだろう。
大切な誰かと笑えたり、
空気や水をなんて美味しいんだろうと心から思えたり、
きれいな海と戯れたり、
大地が恵んでくれた新鮮な野菜を美味しく口にしたり……
そんな瞬間に幸せってあるのかな。
自分にとって愛すべき誰か、
あるいは何かとただただ一緒に居られること。
分かち合えること。
うっとりするような一瞬に、一緒に居られること。
幸せって、もしかしてそういうものなんじゃないか。
一人で座った夕暮れの時間はとても愛おしくて、
ちょっと涙が出た。
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