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昨夜は、地元鎌倉の市民ホールで、関わっている自然保護団体の主催で、チャリティコンサートが行われました。・・・が!昨日の鎌倉は、昼間から「嵐??」と見まごうばかりの暴風雨^^;。「こんな日、わざわざ外に出たくないよ」ムードが満載であったにもかかわらず、会場にはお客さまがご来場くださいました。中には、私がナンパした、当日の店のお客さまも、わざわざ足を運んでくださいましたm(__)m。今回のコンサートは、いつもの「鎌倉の緑を守る」だけではなく、「被災地の緑を守る」ためのチャリティ。ですので、コンサートパートが半分、そして半分は、被災地にボランティアに行かれた方の報告、さらに大学の先生の講義となりました。コンサートは、地元鎌倉のバイオリニストさん、そしてピアニストさん、さらに被災地の石巻出身のオーボエ奏者の3人の若い女性たちが、素敵な音楽を聴かせてくださいました。やっぱり「生演奏」はいいですねぇ^^。フィギュアスケートで使われた曲や、名曲「モルダウ」のジャズアレンジなど、演目も盛りだくさん。「うわ、シンクロ!」と思ったのが、その日、コンサートにナンパしたお客さまに、「コンサートとか行きます?」と訊いたら、「この前、葉加瀬 太郎さんのコンサートに」と言われるのです。「葉加瀬さんといえば『情熱大陸』のテーマソングですよね!」「その曲は、アンコールの定番曲で、みんな立って踊るんですよ」「えー!本当ですか??」・・・と話していたら。「情熱大陸」も演奏してくださいましたよ~^^。さすがに立って踊る人はいませんでしたが(笑)。被災地のボランティア報告会では、初期は情報が錯綜していて、1日かけてやった作業が、次の日の指示で、全部やりなおしになったり、ということも多々あったようです。でも、「誰かが動かなければ、ものは動かない」のですよね。がれきもヘドロも、誰かが運ばなければ、そのままです。そして、それを片づけたら、みんながその場所を使えるようになるのです。話は少し変わりますが、政治討論会で、「今は、生まれてから一度も「経済成長」を知らない人も増えている」という話をしていました。戦後の何もないところから、「何かを得る」という成長をするのは、ある意味、やりやすいことでしょう。けれど、生まれたときから電化製品がそろっていて、24時間コンビニで食べるものを得られ・・・。という時代に生まれた人は、すでに成長している社会なのですから、そこから「経済成長」を経験するのは、状況としてちょっと難しいところもあると思います。だからといって、戦争をして荒廃を経験する必要もないでしょう。その意味では、震災を経験し、そこに関わった人は、「荒廃」、そしてそこからの「復興」というのを体で感じる機会を得られたのかもしれません。そして、身をもって「やったことが形になる」という経験をした人は、これからの人生でとても大きな糧になると思います。震災から8カ月。私も先月、『「喜び」と「怖れ」の法則』の印税の10%を寄付させていただきましたが、震災に対してできることをし続ける。関わる。その大切さを、また改めて感じました。「何かしようかな」と思われた方は、押してみてくださ~い!↓
2011年11月20日
拙著『お金と人に愛される101の習慣』にも書いているのですが、多くの億万長者がやっているスタンダードな習慣があります。それは寄付。大財閥を築いたロックフェラーも、若いころから、収入の1割を寄付していたそうです。この話を聞いてから、私も、「寄付袋」というのを作って、毎月の収益の1割を入れるようにし始めました。そしてそのお金を、活動の内容をよく知らないどこかの団体、ではなくて、身近な人に使うようにしたのです。お世話になっている人やお客さま、喜ばせたい友達…。そういった人たちにプレゼントを買ったり、応援したりするときの軍資金にしたのです。そうすると、「この予算は消化しないと!」と思うので、プレゼントを買うときに「お金が減る」とは思いません。なので、以前よりも快くプレゼントをできるようになりました。遣いきれなかったお金で、スキルアップのセミナーを受講して、お客さまに技術で還元したこともあります。親に旅行をプレゼントしたこともあります。そうすると、やっぱり喜ばれて、さまざまな形で、自分に還ってくるのを実感しました。「お金を遣う」ということ一つをとってみても、「お金が減る」という怖れでなく、「いいことをできる!」という喜びで遣うと、自分の心持ちも、還ってくるものも変わってきます。今年の東日本大震災で、「義援金を送ろう」と思った方も多いでしょう。その額はさまざまでしょうが、多ければ良く、少なければ悪いのではなく、大切なのは、「自分が納得した額」であることだと私は思っています。「あんまり少ないと、ケチに思われてしまうんじゃ…」と、評判が失われることを怖れて多めに出したら、あとで、「ああ、あのときのお金があれば…」と後悔するかもしれません。それだったら、「これなら喜んで出せるぞ!」と、少なくても、喜びをもって出せる額のほうが、気持ちがよいです。私がこのたび出した『「喜び」と「怖れ」の法則』は、著者印税の10%を、日本赤十字社を通じて、義援金としていただくことにしました。けれど、ほかの著者さんには、「印税の全額」という方もいらっしゃいます。でも私にとっては、今までやってきた1割が、自分にとって気持ちがよい額です。そして、あとの印税は、自分の消費活動を通じて、日本経済の応援にしたいな、と思っているのです。今の日本では、「お金=生活」という図式がありますので、お金がなくなる怖れはとても大きいです。そして自分の行動のブロックになります。けれど、自分のお金を「怖れ」でなく「喜び」で遣うように意識をするだけでも、お金との付き合いが上手になっていきます。お金と仲良くしていきたいですね!^^ 『「喜び」と「怖れ」の法則』50ページ無料公開中!☆6月11日、小原ミチルさん、kokkoさんと「ハッピー天使のお祭り♪」を開催!『「喜び」と「怖れ」の法則』のお話も!お待ちしております~^^「寄付袋、作ろうかな」と思われた方は、押してみてくださ~い!↓
2011年06月06日
宮澤賢治の「雨ニモマケズ」。震災に際して、東北の方々を「負けないで」と応援する意味でも、渡辺謙さんなど、多くの方に朗読された詩です。私もこの詩は、国語の教科書から知っているのですが、最初は「ふーん」という感じでした。けれど、大人になるにつれ、「なんていい詩なんだろう」と思うようになったのです。とりわけ「南ニ死ニサウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ」というところは、思わず涙ぐんだこともあります。死ぬのは怖いこと。もちろん慰める人だって、死んだことがないのですから、その怖さは分からないでしょう。けれど、「怖がらなくていいよ」と心に沿おうとしてくれたら、すごく安心するのではないかと思ったのです。そのことを賢治は、よく知っていたのですね。ただこの、自分を主張することなく、しっかりと毎日を生き抜く気概に満ちているこの詩で、私は一つ、あまり共感できないところがありました。それは、「ヒドリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツハオロオロアルキ」です。日照りのときだったら、ただ涙を流すだけではなく、冷夏のときも、ただおろおろと歩くだけではなくて、何かできることがあるんじゃないか?と、「雨にも負けない」という前向きな姿勢のこの詩にしては、なにやら、やり投げだなぁと思っていたのです。けれど、マーケティングコンサルタントの西川りゅうじんさんが、新聞でこう書いていました。「賢治は、つらい境遇にある人に、 「雨にも負けず、風にも負けず生きよ」と述べているわけではない。 「日照りの時は涙を流し、寒さの夏はおろおろ歩き」、 相手に寄りそう姿勢こそが大切だと伝えているのだ。」そうだったのか!日照りや冷夏、そして今回の震災のような、天災。それは、人間の力ではいかんともしがたい、そして恨むことができないものでもあります。もちろん、そのなかで、対策や復興や、できることもあります。けれど、ただ涙を流すことしかできない、おろおろとすることしかできない、「できること」をやる力もわかないときにできることは、「相手に寄り添うこと」。涙する気持ちの人と一緒になることなんですね。賢治も、農業をしているうえで、どんなに頑張っても、いかんともしがたい天の力に、涙したことも多かったでしょう。そしてそのなかで、ただ涙し、おろおろするしかない人の心情というものを実感し、それを一緒に想うことの大切さを知っていたのではないかと思います。やっぱりこの詩は、素晴らしい詩だとしみじみ思いました。雨ニモマケズ風ニモマケズ雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ丈夫ナカラダヲモチ慾ハナク決シテ瞋ラズイツモシヅカニワラッテヰル一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベアラユルコトヲジブンヲカンジョウニ入レズニヨクミキキシワカリソシテワスレズ野原ノ松ノ林ノ陰ノ小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ東ニ病気ノコドモアレバ行ッテ看病シテヤリ西ニツカレタ母アレバ行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ南ニ死ニサウナ人アレバ行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ北ニケンクヮヤソショウガアレバツマラナイカラヤメロトイヒヒドリノトキハナミダヲナガシサムサノナツハオロオロアルキミンナニデクノボートヨバレホメラレモセズクニモサレズサウイフモノニワタシハナリタイもう一つ、震災関連のこと。台湾は、震災直後に救助隊を送ってくれ、約160億円もの義援金を集めてくれました。それを知って、「台湾にもお礼したい」と、フリーデザイナーの方がツイッターで呟いたところ、賛同者が集まり、感謝広告を出すためのお金が、約1930万円も集まったそうです!その額は、台湾2紙への広告料240万円を軽く上回り、余ったお金は、日本赤十字社に寄付されたとのこと。「ありがとう、台湾」という日本語と、「愛情に感謝します。永遠に忘れません」という中国語の、メッセージ広告。これを見た、台湾の内閣の方は「お礼を期待してたわけではないが、 みんな感激している」とのコメントを出されました。震災のために集まったお金が、こうした、他の国との心温まる交流のために使われる、というのも素晴らしいことですね。それが、民間の、みんなの力なのだから、なおさら…。新聞を見て、嬉しくなりました。★5月末に新刊『「喜び」と「怖れ」の法則』発売!5月29日、無料トークショー!☆6月11日、小原ミチルさん、kokkoさんと「ハッピー天使のお祭り♪」を開催します!ツイッター始めました!「この詩が好き!」というた方は、押してみてくださ~い!↓
2011年05月21日
本日は、ビューティームーンセラピストの佐野美月さんの「自分癒しの達人になろう♪セミナー」で、講師としてお話させていただきます^^。美月さんのブログは、美しくなるための情報が満載ですよ。チェックしてみてくださいね!(^_-)-☆このセミナーに参加されるため、1月にセミナーを受けてくださった、岩手のTさんがまた上京してくださり、昨日は私のお店にも来てくださいました。Tさんのご実家は大丈夫だったものの、おばあさまの家は被災されて、改築が必要とのこと。震災後の混乱も、首都圏よりもちろん大変でした。けれど、「うちの停電が直ったのは早いほうなんですよ」と、大変な中にも「いいところ」を見つけられて、「おかげさまで」「ありがたい」という言葉をたくさん言われていました。「失って知るありがたみ」というのがありますが、今回の震災を通じて、「あたりまえ」の代わりに、「おかげさま」「ありがたい」ということに気づき、それを口に出した方も多いことでしょう。人によっては、この2カ月の間に、それまでの人生以上に言った方もいらっしゃるかもしれません(笑)。言葉には、「言霊」という力があります。この「おかげさま」「ありがたい」という言霊が「見えないもの」を喜ばせて、応援の力に変わっている、ということもあるのではと思います。何かの価値を判断する基準で、よく使われる方法が「比較」です。数やレベル、程度を比較して上下をつけることで、自分が上であったら、いい気分になれます。そのため、レベルを上がるために、「努力」をする原動力になるという利点があります。けれど、自分が下だと、すぐにイヤな気分になるし、上の人を妬んだりしやすくなるという欠点もあります。なので私は、「比較する」ということは、あまり好きではありませんでした。けれど今回の震災で、普通に見ても大変な方が、もっと大変な方と比べて、「うちはまだよいほうです」と言われたり、「この程度でありがたいです」と言われるのも目の当たりにすると、「ない」中の「ある」に気づく力が、「自分を支える力」になったり、比較することが、「おかげさま」や「ありがたみ」に気づくきっかけになるのなら、比較も悪いものではないなと思いました。ほんのわずかな差で、被災や援助の程度が変わると、「運が良い」「運が悪い」ということを比べます。けれど、そのとき「運が悪い」と思っても、「そのおかげで気づいたことが「ある」から、ありがたい」と、「おかげさま」「ありがたみ」に気づいて、それから生きていけば、きっとその後は、そのできごとがなかったときよりも「運が良い」人生になるでしょう。今度の新刊・『「喜び」と「怖れ」の法則』は、その前のタイトルが『「ある」と「ない」の法則』でした。どんなに「ない」と思っているときにも、わずかな「ある」に気づくことができると、怖れは喜びに変わる。比べることによって、「ない」でなく「ある」に気づけば、人生は喜びになる。震災を通しても、しみじみと思います。ツイッター始めました!★5月末に新刊『「喜び」と「怖れ」の法則』発売!5月29日、無料トークショー!☆5月15日、佐野美月さんの「自分癒しの達人になろうセミナー」でお話します!☆6月11日、小原ミチルさん、kokkoさんと「ハッピー天使のお祭り♪」を開催します!「あるを見つけよう」と思われた方は、押してみてくださ~い!↓
2011年05月15日
今は、新聞や雑誌やテレビだけでなく、ネットなど、さまざまなところから情報を受け取ることができます。新聞などであったら、世に出るまでにある程度の検閲や抑制はなされますが、ネットは、検閲もないので、自由に情報を流すことができます。そして日本は、「表現の自由」がありますので、戦前であったら、不敬罪で捕まるような表現でも、思ったまま発表することができます。何かに対する感想なども、それに関わった人、読んだ人の心情に斟酌することもないような痛烈な表現をしている場合もあります。そして、とても怖いのが、デマであっても、その内容が「さもありなん」というものであると、正しいことであるように広まってしまうことです。震災後のデマもそうですが、風評被害もそうですね。私が分からないのは、放射線の問題で、食べ物なら、体内に摂り入れるものなのでまだ考えますが、原発のある県の人を避けるということです。放射線はウィルスと同じようにうつるものと考えている人がいるのでしょうかね…?でも、そう考えた人が言ったことを、「さもありなん」と思ったからこそ、広まって、そういう事態になっているのでしょう。震災のとき、ツイッターなどで有益な情報が拡散、共有されましたが、情報というのはまさに「諸刃の刃」。そして求められているのは、「受け取る人の良識」です。先日、有川浩さんの『図書館戦争シリーズ』という本を読みました。これは、「本の検閲が行われている」という設定の日本を舞台としたミリタリー風味のエンターテイメント小説で、とても面白かったのですが、「表現の自由」ということにも、かなり深く踏み込んでいました。主人公たちは、表現は、口当たりのいいものだけでなく、過激なものであっても表現されていい、としています。なぜなら、それで書かれたことを自分の考えとするか取捨選択するのは、読み手自身に選ぶ権利があるから。検閲されていたら、「いい情報」しか流れない利点があるでしょう。けれど、それによって封じ込められてしまう情報もある。それは、受け手にとっての不利益です。だから、どんな情報であっても表現されてよい。ただ。受け手に、世に出ている情報をすべて鵜呑みにせず、その内容を自分なりに斟酌し、理解するという、高度なことが求められるのですね。誰かが犯罪をして、その手口が本やサイトにあった、というと、「そういうものを野放しにしているのが悪い、規制しないと」とすぐに思いがちです。けれど、それらの本やサイトを見ても、実践しないのが大多数。それは、ほとんどの読み手に良識があるからです。読み手はそれぞれが「これはOK、これはNG」ということを、情報を見るたびに訓練しているともいえるのでしょう。隣国ではネットの情報の統制がされているようですが、日本では、目を覆いたくなるような、ものすごい言葉の表現があっても、国の力でそれを規制することはありません。それは、隣国に比べると「表現の自由」の期間が長いので、読み手の情報判別力、良識が鍛えられているので、それらが存在しても、大事ないのかもしれません。今回の震災で、私が強く思ったのは、「日本人の良識」でした。私も見た、震災直後、停電したコンビニで、大人しく長い行列を作って並ぶ人たち。「買い過ぎると、後の人が困るわよね」と、品物を戻す人。食べ物を求めて大勢の人が詰めかけ、品数も少ないのに、いつもどおりの値段の商品が並ぶ店頭…。他の国での災害のとき、暴動や強盗や便乗値上げや、さまざまなことが起こったのは「情報」として知っています。けれど、いざ自分が似たような目に遭ったとき、それを真似ようとは、ほとんどの人が思わなかったのです。それが、情報があふれている中で長年過ごしてきた日本人の良識の力、なのかもしれません。…もちろん、あせって買い占めをしたりと、情報に翻弄されてしまう面もありますけどねf^^;。とにもかくにも、やっぱり大切なのは「自分が何を選びとるか」。情報に翻弄されてしまうのが分かっているのなら、情報をちょっとストップするのもいいでしょう。また、イタイ情報を見て心が揺れたときには、「この人がそう思っているだけだから」と引きずられ過ぎないことも大切です。どんなときにでも、自分の心を穏やかに保てるよう、自分なりに受け取る情報を調整して、自分を守りたいですね!☆私は、心が荒んだときには、かる~い小説を読んで笑っています(笑)。☆5月15日、佐野美月さんの「自分癒しの達人になろうセミナー」でお話します!「情報に惑わされないゾ」と思われた方は、押してみてくださ~い!↓
2011年04月22日
宮城出身のお客さまが来てくださいました。ご実家はかろうじて大丈夫とのことですが、おばあさまの家は改築しないといけないとのこと。先日の大きな余震の影響でまた起きた断水や停電は、ようやく回復したばかりだそうです。首都圏のほうは、テレビもほぼ元通り、CMも普通に流れ始め、駅やお店は節電しているものの、計画停電もやらなくなったので、「けっこう、元通り」な気分でしたが、ぜんぜんそんなことはないのですね!けれどお客さまがおっしゃるには、ご実家の方、宮城のお友達が口をそろえて言われるのは、「自分たちより大変な人がいるから」「生きているだけでありがたいことだから」ということだそうです。震災のすぐ後くらいに、避難所にいる、被災した町の町長さんが、インタビュアーに「今、欲しいものは何ですか?」と訊かれたとき、涙ぐみながら「私たちより、もっと助けを必要としている人がいますから、そちらに」と言っておられたのをテレビで見ました。外は氷点下、避難所の体育館には、ストーブがたった一つ。そんな状況でも、他の人のことを思いやれるなんて…!と、胸が締め付けられたのですが、お客さまの言葉を聞くと、東北の方というのは、皆さまお一人お一人が、とても我慢強く、思いやりが深い方々なのだと思わされます。お客さま自身も、学校を出て働き始めてから、「やっぱりまた勉強がしたい!」と、単身こちらに来て、大学で勉強し、今年の春に卒業し、この4月から就職されました。けれど、就職先が新規オープンのところで、引き継ぎや教えてもらうこともままならないまま、毎日、睡眠4時間くらいで頑張っておられるようです。ううう、偉すぎます!(>_
2011年04月19日
ここ数日の大きな余震で、栃木北部の受講生の方曰く、駅も図書館も閉鎖、車道もぼこぼことのこと。鎌倉はそれよりはずっと恵まれているのですが、よくゆらゆらしており、昨日ご来店のお客さまは、連日の余震のストレスで胃を悪くされ、リラックスをしに来られました。聞けば、勤め先の建物が古く、壁などにいくつもヒビが入ってしまっているとのこと。その中で働いていたら、余震のたびに怖い想像をしてしまい、過剰なストレスがかかるのは予想されます。また別のお客さまは、33年前の宮城県沖地震を体験されたそうです。中学生だったお客さまは、体育館で部活中。体育館の照明が天井から落ち、逃げるために靴をはき替えようと下駄箱に行ったら、下駄箱が倒れてき、グラウンドに逃げたら、グラウンドが地割れ。ただ地面に座って、泣いているしかなかったそうです。…そういう記憶があったら、余震のたびにそれを想起して、ストレスがかかるでしょう。仙台に住んでいる、作家の伊集院静さんが言うには、先月の震災の時は、1日に30回くらい余震を体感したとのこと。被災された方、避難している方だけでなく、普通に暮らしていても、地震ストレスは重くのしかかっています。さらに、繊細な人、敏感な人、共感力、想像力のある人は、ストレスを感じやすく、それで消耗してしまうことがあります。また三半規管が鋭い人は、ほんの微震ですらとらえてしまうし、低周波に敏感な人は、地震前の地鳴りも感じることもあるようです。体質によっても、地震ストレスの影響の大小はありますね。その影響は、いろいろなところに出始めています。先日の対面セッションに来られた方は、数週間前に、5年以上連れ添ったパートナーから離婚を切り出されたとのこと。お話をよくうかがってみると、地震をきっかけにパートナーがうつ症状になっておられる印象がありました。地震ストレスによって、アドレナリンが上昇して心身を痛める、もしくはセロトニンが減少して意欲が低下する…。心身症やうつ症状は、これからもっと増えてくるかもしれません。天災ですから、何が起こるか分かりませんし、備えておくことは必要です。けれど、ある程度備えたら、過剰に怖れて、ストレスを感じ過ぎても、自分を痛めることになってしまいます。では、怖れを感じなくするにはどうしたらいいか。私は、震度3くらいの地震であれば、寝ていても起きませんし、食べていても中断しませんf^^;。それは、「震災のときが大丈夫だったから、この程度なら」と意味づけをすることにより、自分にストレスをかけ過ぎないように、意識的に自衛しているところがあります(もちろん、すごくヤバそうだったら、動きます!)。また、こちらのサイトで紹介されているように、恐怖を別のものに意味づけするのも、効果があるでしょう。あるお客さまは、「地震がきたら、タダで遊具に乗っていると 思うようにしています」と言っていました。もちろん、地震に際しては、身の安全を確保することが大前提なのですが、メンタル的なストレスともうまく付き合って、心のバランスをとっていきたいですね。「怖れの思い変えをしてみようかな」と思われた方は、押してみてくださ~い!↓
2011年04月14日
友人の社会保険労務士の佐佐木由美子さんが、4月14日に新刊『知らないともらえないお金の話』(実業之日本社)を出版されます!こちらは、会社で働いている女性、必見ですよ。例えば、「傷病手当」。休暇中、旅行先で骨折して、1ヵ月会社に行けないとします。けれど、会社の健康保険に入っていると…。申請すれば、月給の約2/3がもらえるのです!他にも、出産、育休、失業…。雇用先が健康保険に加入していて、自分も被保険者であると、さまざまな給付金をもらえるメリットがあります。けれどこの制度を知らなかったら、申請をしませんから、もらえないのです。知ってお得な、「知らないともらえないお金の話」。ぜひ読んでみてくださいね!(^_-)-☆この本の出版記念サイン会&トークショーも行われます。場所は…。私もお世話になっている、団長さんがパーソナリティーの「シブ読」です^^。会場:東京渋谷・大盛堂書店 3Fイベントスペース 日時:4月17日(日)15:00~16:30 (14:30開場) 参加費:無料お申込み、詳しくはコチラ!ちなみに佐佐木さんは、エレガントで美しい、とっても素敵な方ですよ~!^^エレガントで美しい、素敵な方といえば、昨年、ジョイントセミナーをさせていただいた、フィトセラピストの池田明子さんも!いつもブログを楽しみに拝見しているのですが、震災について思っておられることも、すごく勉強になります。ご主人の俳優の梅沢富美男さんも被災地に物資を運んだり、炊き出しもされているんですね。直近のブログでは、仙台まで、植物生態学者の宮脇昭先生の地震、津波後の植生調査に同行されたレポートが紹介されています。宮脇先生は、日本を含め世界4000箇所に1700万本の土地本来の樹木を植樹してこられて、私も昨年、湘南国際村での植樹会に参加させていただきました。砂浜の防風林といえば、松林です。けれど松は、景観的にはいいのですが、いざ津波となると、根が浅いので倒壊して、危険な流木になってしまうそうです。でも、根が深い常緑広葉樹は、ほどんど波にさらわれるがないし、さらにコンクリートの防波堤と違って、波の威力を破砕する作用も働くようです。津波対策には、植樹も有効…!「緑の防波堤」として市や県に提案をする準備も進めておられるので、緑の防波堤についてご興味がある方は、ぜひ池田さんのブログをご覧になってみてください。被災地の廃棄物も土と混ぜて活用できるので、「今」のタイミングがいいのですね!震災で心が揺れ、意気も消沈しがちですが、佐佐木さんや池田さんが、ご自身のフィールドでシッカリと活動しておられるのを見ると、元気づけられます。私もそろそろ…^^。「緑のパワーはすごい!」と思われた方は、押してみてくださ~い!↓
2011年04月13日
南三陸町で2週間ボランティアをされたりゅうげんさんのブログを読みました。とくに「いまの気持ち(善き人は読まないで)」と題されたところは、「善意とは」ということを改めて考えさせられました。日本から、世界から集まる善意。けれどその思いは、受け手にとっては、「ありがたい」だけでなく、「申し訳ない」であるとか、「報いなければ」というような、「重い」思いとなることもあります。また、「頑張って」「いつも一緒にいる」という励ましの言葉。テレビで、外国の著名人などが「心を痛めています」「いつも心は一緒にいます」というメッセージを発信しているのを見ると、「ああ、優しい、思いやりのある人だなぁ」と思います。けれど、被災された方だったら、「いつも一緒にいると言っても、あなたには帰る家があるじゃない」と、思うこともあるでしょう。そして、そう思わずにはいられない自分に、もっと傷つくこともあるでしょう。井上ウィマラさんという方が、「被災地の外部から被災者を支援する皆様へ」という、被災者の方、そして支援者の方の心の安全を守るために必要なことをシェアしてくださっていますが、被災されて傷ついている方には、今まで当り前のように使っていた言葉や態度も、ぜんぜん違う意味をなしてしまうことに気づかされます。被災されてすべてを失った姿を見ていると、自分はそうでないと、申し訳なさから「かわいそう」「何かやってあげないと」と思うものですが、それは、場合によっては、相手の自尊心を傷つけることになります。ボランティアも、今まで自分たちでやっていたのが、ボランティアのサポートが入ると、やらなくなってしまうこともあるそうです。また、いろいろな団体が支援に行っていますが、その実績を、その後、「自分たちはこういう、いいことをやっているところですから…」と、団体のイメージアップ、PRに使おうとするのが垣間見える場合もあるようです。物事にはすべて、表裏があります。「いいことをやる」ということでも、助けることが、逆に自立を損なうことにつながることがあります。「自分はいいことをやっている」という思いやりも、受け手にとっては「喜ばないと」という負担になってしまうこともあるでしょう。本当に、難しいと思います。ボランティアを通じていろいろなことを見聞きしたりゅうげんさんが、「心ある善意が 復興や 町の誇りを 奪っているのかもしれない。。。」それでもきっと 動くけど と、心が揺れるさまは、「正しさ」「善意」というものが、どれだけ不安定なものであるかを気づかされます。そのなかで、私が思い出すのは、阪神大震災を経験された方の、「ボランティアは趣味でやってください」という言葉です。「支援しなくちゃ」と人道的なところから義務的に思うのでなく、「何かしてあげないと」とかわいそうがって、上から目線で思うのでなく、「自分もやらないとどう思われるか」と周りの人を気にするのでなく、「やりたいから、自分がいいと思ったことやる」。「やらないといけないから」と思ってやったことは、期待どおりの結果が出ないと、「せっかくやってあげたのに」と不満になることがあります。でも、自分が好きでやったことであれば、やったことができただけでいい気分になれるので、期待どおりの結果が出なくても、不満の大きさは小さくなります。そして、好きなことなら、やりたいことなら、続けることができます。「善意」や「思いやり」は、人の素晴らしい美徳です。けれどそれで、相手の感謝を期待したり、他の人にも強制するようになったら、それは「愛」でなく「エゴ」になっている場合があります。震災を通じて、自分が感じている思い、やっていること。それは一体「何」なのか。この震災は、自分の思いや行動の本質を問い直す機会にもなっているように思います。余震とはいえない大きな余震が続いております。皆さん、くれぐれもご注意を…!
2011年04月12日
震災が起こって、1ヵ月。今まで、体感する地震といったら1年に2、3回くらいだったのですが、この1ヵ月の間に、2~30回くらいの地震を感じているように思います。日本は、列島の背骨のように火山性の山が連なっている、まさに火山列島。歴史的に何度も大地震を経験しており、東海大地震は、30年以内に発生する確率が87%とも言われています。日本人とは、どこで地震が起こっても、「明日は我が身かも」と、潜在的に思っている民族なのかもしれません。けれど、「こんな怖い国、住んでいられない」と国外脱出をするかといえば、それは少数です。それは、「そのときが来たら考えて、それまではまぁ、いつもどおり」と鷹揚に構えているのか、それとも、「そのときは、天に召されてもやむなし」と達観しているからでしょうか。…とはいえ、震災後の買い占め騒ぎを見ると、生きているからには、生き続ける執着は、けっこう強いようなのですが。私は、姉がバリ島に住んでいるので、国外脱出をできないわけでもないのですが、そうする気はありません。自分に守るべき子供がいたり、「どうしても自分にはしなければならないことがあるから、 死ぬわけにいかない」ということがあったら、考えるかもしれないのですが、そうでもないので(笑)、今のところ「そのときはそのとき」と考えています。人間は、地震に耐える家を作ることはできますが、地震を止めることは不可能です。それに、どこかに逃げても、そこで交通事故に遭ってしまう、ということもありますしね(笑)。地震のある国に生まれたからには、「ああ、今きたか」と思う日が来るかもしれません。人はいつか死ぬ。それと同じように、「いつか大地震に遭う」。それが深くDNAに埋め込まれているのが、日本人なのでしょう。それも、震災のとき、大多数の人が落ち着いて行動できた理由の一つかもしれませんね。桜が、満開です。日本人は、パッと咲いて惜しげもなく散る、その桜の潔さを愛してきたといいます。いつか散る。それは、病かも、事故かも、地震かも、老衰かもしれません。けれど、生きるからには、日々を大切に味わい、来るべきときは覚悟しつつ、今日も淡々と過ごせればと思います。「やっぱり国外脱出はしないなぁ」という方は、押してみてくださ~い!↓
2011年04月10日
昨日からぐっと暖かくなり、気温もそのまま続きそうです。「名のみ」だけでなく、本当の春になりました。鎌倉の桜も場所によって差はありますが、だいぶ咲いています。土曜日は雨の予報ですが、この週末は、花も見ごろでにぎわうことでしょう。春から新緑の季節にかけては、私の大好きな季節となります。私の部屋からは、常緑樹のこんもりとした山が見えます。冬枯れで茶色だった山が、少しずつ新芽を膨らませ始めると、木々が銀鼠色、淡い紫色になり、芽吹くと黄色、萌黄色、黄緑色に。山桜は淡いピンクとなり、山はにぎやかな色の競演となります。一日ごとにその色を変えていく様は、私の毎日のお楽しみです。これが夏も近付くと、濃い緑一色になって、つまらなくなります(笑)。緑は心を癒してくれますし、目を休める助けにもなります。緑のものを意識して見るようにするのもオススメですよ。震災以降、少しノイローゼ気味になっている方も見受けられます。共感力の強い方はとくに、悲惨な光景をテレビで目にすると、その悲しみや苦しみを同じように感じてしまいます。また、気持ちの優しい方は、「自分は恵まれていて申し訳ない」と自責をされていることもあります。小さなお子さんがいらっしゃる方は、放射線による食べ物の不安があります。余震による「地震酔い」でめまいを感じている方もいます。自粛ムードで、心が萎縮することもあります。ただでさえ春は、季節の変わり目でホルモンのバランスが不安定になり、不定愁訴が出やすい季節なのに、それと相まって、さらに心と体のバランスが乱れてしまうのですね。不安というのは難しいもので、いくら今、屋根のある温かい部屋にいて、空腹でもなく、そしてこの瞬間、切りつけられたり首を絞められているわけでもないのに、自分の「思い」によって、心拍数が上がり、呼吸は浅くなり、心身にストレスをかけて痛めてしまうものです。そして、「思い」というのは、手のひらに取り出すことができないので、消すことや癒すことが難しいものでもあります。けれど、例えば緑のものを目にしたり、いい香りのお風呂にゆっくりつかってみたり…。「思い」や「心」は触れることができませんが、心にリンクしている、「体」を癒すことで、心をラクにする助けとすることができます。花を愛でたり、新緑に触れたり…。そういうこともされるといいですよ!^^「週末はお花見!」と思われた方は、押してみてくださ~い!↓
2011年04月07日
昨日は、鎌倉の山のお手入れに行って参りました。担当したのは、荻原。人の名前ではありません(笑)。オギという、ススキよりもっと太くて、丈が2メートルくらいある草の原っぱのことです。茎が2センチ程度の堅いストロー状であるオギは、昔は「かやぶき屋根」の原料となっていました。だからそれを、毎年人々は刈って使っていたのです。人は使い、オギもそれで翌年の芽を出すことができる…。自然と人とでちょうどいいやり取りができていたのですが、人の暮らしが変わると、必要だった荻原も、「ちょっと厄介な場所」になってしまうのが残念ですね。昨日は、一面に生えている枯れたオギの根本のほうを、両手で使う大きな枝切りばさみで、ざくざくと切っていくのがお仕事。立ってやると腰を痛めるので、膝に借りたプロテクターを装着して、片膝をつきながらざくざく。無心でざくざく。腕が痛くなってもざくざく。野イバラに引っかかれてもざくざく。…楽しいです(笑)。時々、オギに、「カヤネズミ」という、日本で一番小さいネズミの、10センチくらいのほわほわとした丸い巣がついているのを見つけることもあります(巣立った後なので、本体は見かけません)。額に汗をしながら、1時間半ほど作業をしたら、別の場所でやっている方々と合流してランチタイム。実はこれが楽しみで(笑)。大きなビニールシートに、10数人が輪になって、持ちよったものを広げます。半数近くが男性なのですが(作業のために、休日シフトを合わせておられるのです!)、そういう方も、奥さまお手製のものを持ってこられます。昨日広げられたのは、刻んだ紅ショウガで炊いたピンクのご飯に、桜の塩漬けを飾ったおにぎり。青菜と自家製梅干しをまぜたおにぎり。混ぜご飯を平たくして焼いたもの。庭で摘んだふきのとうで作った蕗味噌。スパイシーポテトが2種に、ウィンナーに、砂肝に、ラディッシュのピクルスに辛子レンコン。…酒のアテのようなものもいろいろありますが、飲める方々は、ワインを開けて飲まれているのですよ(笑)。デザートも、手作りチーズケーキにきなこクッキー。ドライマンゴーやクルミのお菓子やチョコに落花生にともりだくさん。山の上のほうなので、まだ桜の花はほんの少しですが、プチお花見気分。青い空の下、みんなで汗を流した後囲む食事は、格別です。年代も職業もバラバラですが、わざわざ平日に休んで肉体労働をしにこよう、という人々ですから、皆さん気持ちのいい方ばかりなのです^^。話題もさまざまなのですが、やはり今は震災です。ご親戚が、被災した陸前高田市でお寺をやられていて、避難した住民を受け容れているけれど、場所が少し辺鄙なため、自衛隊もまだ来られていないとのこと。それで援助に行かれるそうなのですが、震災からもう1カ月近くになろうとするのに、まだまだそういう場所があるのですね。復興の道のりの長さを感じます。それから、来月の復興支援バザーについての打ち合わせもしました。お花見やお祭り、お祝い事の開催についても、賛否両論ありますね。テレビで、生活に不自由されている方や、我が身を顧みず働いてくださっている原発や自衛隊などの方のことを見ると、こうやって、食べ物について書くのも、申し訳ないことのように感じます。亡くなられた大勢の方々のことを思い、喪に服し、粛々と過ごすことの大切さも考えます。けれど、今までどおりに過ごして、自分を元気にし、いつもの仕事をすることで、社会に貢献することは、日本の活力になる!と考えて、この頃はやっと平常心を取り戻しつつあります。浮かれ過ぎるのは自重しつつも、人と会うこと、桜を愛でること、春を楽しむこと…。一度しかない、2011年の春を過ごしたいですね!「桜が咲くと春を感じる!」と思われる方は、押してみてくださ~い!↓
2011年04月06日
友人から、大きな被害があった陸前高田市に、医療チームの一員として看護にあたった、看護師さんのブログを教えてもらいました。さっそく拝読したのですが、テレビでは放送しきれない現状や、避難所の様子が、とても正直な心を打つ言葉でつづられていて、何度もこちらの目頭が熱くなりました。チームが行くとき、看護師のリーダーの方から『想像以上に現場は壮絶。 甘い考えやボランティア精神の人はここでリタイアしてください。 現場ではどんな状況下においても絶対に泣かないこと。 私達は同情しに行くんじゃない。看護、医療を提供しに行く。 あなたたちが泣きたい気持ちなんかより、 現地の方々はどんなに泣きたいか。 こんなに裕福な東京医療チームの涙なんて現地の人には迷惑や嫌味だからね』と言われたそうです。それだけ、現地は壮絶な状況だということです。テレビを見ていると、悲惨な状況に胸を痛めたり、明るいニュースや、人との触れ合いのいい話にグッときたり涙をこぼしたりするものです。けれどそれは、所詮「テレビの中のできごと」。看護師さんの見てきた現状は、テレビで見ているよりもずっと大変で深刻でした。けれど、そのなかでも、土地の人の温かさには心を打たれます。「避難所や救護所や病院で奇跡の再会ができた人もたくさんいた。 そのたびに誰彼関係なく周りは拍手。 まだ自分は身内に会えてない人まで他の人の再会を祝福していた」自分がつらいのに、人のことを喜べる。私が同じ立場だったら、そうできるかといったら、とても分かりません。ぜひぜひ、こちらのブログをご覧になっていただきたいのですが(数日間のレポートですので、そんなに時間はかかりません)、私が一番ぐーっときたのは、この言葉でした。「頑張ってとか頑張ろうって言えない。 頑張り過ぎてるくらい頑張ってるのを見ているから 「我慢しよう」「乗り越えよう」としか言えない。 これ以上頑張れとは言えないし、頑張ったところで どうにもならないことがたくさんありすぎたから」私は被災してもいないのに、軽々しく泣くのはおこがましいと思いつつも、この言葉には泣けました。原発は、人災の部分も多いですが、津波は天災です。人災だったら、それを的に責めたり怒ったりすることで、自分の感情を晴らすこともできますが、天を責めるわけにはいきません。だから、「頑張らないといけない」と思う。でも、もうすでに、耐えられないくらい頑張っておられるし、戦後からこつこつ働いて建てた家が流されてしまって、家族もなくなってしまったとしたら、「頑張れるか」と言ったら、もしそれが自分だとしたら、分かりません。北野武さんが、雑誌のインタビューで、「一つの事件で2万人が亡くなったのではなくて、 一人が亡くなる事件が2万件あったということだ」ということを言っていたそうです。平時であれば、一人の死亡事故でさえ、幾日にもわたってニュースで取り上げられることもあります。でも、これだけ大勢になると、もう「数」になってしまいます。けれど、その一人ひとりに人生があり、家族があり、大切にしてたものがあったわけです。自分の知っている人であれば、一人でも失われたらつらいのですから、それが一度に何10人単位であったら、どんな気持ちがするか…。それを思うと、避難所の人たちの笑顔の後ろにある「強さ」に、また心を打たれます。そして、被災者を支えるために、自衛隊や警察や市の職員や医療やボランティアの方々は今この瞬間にも、自分たちは後回しで力を尽くしてくれているのを、ありがたく思います。その中で、自分にできること…。義援金は、詐欺に遭わないよう日本赤十字に、と思いますが、大きいところは平等を期すため、配分されるのに時間がかかるそうです。ですから、「今」を支えるには、現地のサポートを現在しているNPOを探して支援するほうが有効のようです。また、原発によって、「福島」のものが危ないという風評も大きくなりつつあります。福島といっても広いのに、山のほうの会津のものまで売れなくなっているそうです。会津ブランドのものを買うのも、東北を応援することになりますね。私は被災していないのですから、同じ気持ちになることはもちろんできませんし、生ぬるいことしか考えられません。でも、できる範囲で心を寄せ、できることを続けていきたいな、と思います。☆今日のいいこと探し16年前の震災のときと違って、今はネットが発達しています。そのおかげで、今回ご紹介のブログのような、現場の生の声を知ることができて、よかったです。情報には要らないものもたくさんありますが、同じような心を持っている人が紹介しているものは、すごくためになるものばかり。それで、知らない人とつながることもできます。そういえば、ちょっと忘れていましたが、私に今年やってきたテーマは「つながり」でした。今年は、「つながり」の大切さを再認識する年なのかもしれませんね。「つながり、大切!」と思われる方は、押してみてくださ~い!↓
2011年03月31日
震災の二日後のことです。とりあえず食料品を買っておくかと、すいているであろう開店前に街に行ってみたら…。八百屋さん、お肉屋さん、お豆腐屋さんに行列ができていたのに驚きました。「震災の影響で品不足になるのを怖れているんだな」と思っていたのですが、もう一つ驚いたことがありました。それは、値段です。みんながみんな、品薄を予想して、「買う気満々」です。食料品であれば、「出したら売れる」のは、行列を見れば、一目瞭然です。多少高いお金であっても、買うでしょう。けれど品物は…。通常どおりの値段だったのです。定価が決まっているものは、「工場の復旧がいつになるか分からないので、あるだけですが」と言いつつも、定価。野菜など、時価のものであっても、大船あたりは、いつもと変わらない値段でした。「この機に乗じて、暴利をむさぼろうという人がいないなんて!」私は正直驚き、そして感動しました。…驚いたということは、私が小売店の店主だったら、きっとこの機に乗じて暴利をむさぼる気満々だった、ということです。はーずーかしーいf^^;。大船は5か所ほど八百屋さんがあるのですが、皆一様に、お値段据え置きでした。「儲けるチャンス!」と思うのではなく、こんな時だからこそ、いつもどおりで市民の食卓を支えよう、そうお店は思っていたのでしょうね。これを見て私は、「なんて日本人は心が清いんだろう!」「なんてモラルが高いんだろう!」と、しみじみと思ったのです。けれど。昨日スーパーに行って、納豆でも買おうかと思っていたら、ななんと!今まで80円くらいで売っていた3パック入りの納豆が、165円!2倍じゃぁないですか!…でも、おそらく、納豆工場も打撃を受けていて、出荷できる数で、今までの売り上げに近づけようとしての苦肉の価格設定なのだと思います。震災を機に、どこの企業もお店も、思いっきり節電をしているし、義援金も送っているし、さまざまな自粛もしています。もちろん、このご時世ですので、協力的でなければ、バッシングされかねません。便乗商法などをしたら、後々の評判にも関わります。けれど、それを差し引いても、「みんなでできることをやろう」と真摯に思い、行動しているのは間違いないでしょう。みんなの節電効果で、ここ二日、計画停電がありません。yahooのトップページに、毎時の東京電力の電力使用量が出ていて、時々チェックしては(本日9時は使用率86%)「みんなすごいぞ!」と、握りこぶしを固めています(笑)。ブログのコメントで、「子どもにがまんを教える、いい機会だと思います」と書いてくださっていましたが、この半月で、「こんなことがなければ、決してしなかったこと」をいろいろ体験しました。いいのか悪いのか分かりませんが、すっかり余震慣れして、震度3くらいの地震では「ふーん」という感じです。名古屋の親戚が、「余震のたびに、仏さまの花瓶を下ろしたり、 出口確保のために玄関を開けたりしているのよ」と言っていたのですが、震度5近かった震災の揺れでも、ものも落ちず、玄関もゆがんでいなかったので、それ以下の揺れなど、もうなにもあわてることなどありません。…この余裕が怖いですねf^^;。けれど、日本人は本当に素晴らしい。我慢強くて、思いやりがあって、行動力も柔軟性もある…。その思いは、日々強まっています。☆今日のよかった探し駅伝の物語『風が強く吹いている』に影響されて、なんと3日連続で朝ジョグが続いています。三日坊主かもしれませんが、自分すごい!今朝はジョギングついでに、コンビニでメール便を出しました。いつもの店員さんがいたのですが、スッピン・トレーニングウェア姿なので、マスクで顔を半分隠して、私だと分からないだろうとタカをくくっていたのに…「今日は早いですね」と微笑まれてしまいました。…(TOT)。顔を覚えてもらえていて、よかったです(笑)。「マスクくらい、すぐばれる」と思われた方は、押してみてくださ~い!↓
2011年03月30日
ここ数年、日本の停滞が指摘されていました。経済やその他で、他国にどんどん抜かれているからです。でもそれは仕方がないことだと私は思っていました。日本が昭和40年から高度成長期になったり、今、中国などの経済活動が活発なのは、「ない人が、欲しい」という需要があったからです。テレビだのといった、生活にあると便利なものを欲しい、という人がいて、そのために熱心に働いて、数が足りないから増産しないと、という会社が、人を雇用して作って…という流れがあるから、経済は右肩上がりになるわけです。けれど今の日本は。衣食住、基本的なものはそろっています。だから、会社がやることは、・さらに付加価値を付けた新製品づくり・さらに刺激的、楽しい娯楽といった、「サービスの質を高める」ことで、新たな需要を掘り起こすしかないわけです。そしてそれが、日本のあらゆる文化の質を世界有数の高いものにしていった、ともいえます。けれど、サービスや娯楽といったものは、「生きる基本」ではないんですね。震災が起こったとき。人がまず走ったのは、食料・水の確保でした。スーパーに行くと、食料品売り場は満員で、服飾コーナーはガラガラ。生きるために、食べ物は毎日消費していきます。そしてひもじいのはつらいものです。けれど、服は今はあるものでかまいませんものね。また娯楽も、「今この瞬間、同じ国で苦しんでいる人がいる」と思うと、やる気も失せてしまうものです。ですから、サービス系の需要は、この2週間、すさまじく低下したと思います。逆に、食材を提供するところは、売り上げが上がったはずです。「生きる」という局面で、一番大切なのは「食料だな」としみじみ感じたものです。けれど、日本を支えているのはサービス業。心が落ち着いてきたら、「楽しみ」を再開するのも、日本の経済のために必要なんですね。そしてこの震災によって、「思いやり」というスイッチが入った人も多いと思うのです。今まで、ヒマな時間があったら、ゲームやネットや漫画やアニメといった「自分を楽しませるための娯楽」に使っていた人も、「大変な人のために、自分が何かできることはないか」と考えて行動する人も出てきたでしょう。駅前では、高校生の有志が、春休みの時間を、募金の声かけに喉を枯らせています。また、各国の援助のニュースを見て、その国に関心を持つようになったり、自衛隊の活動を見て、自分も国を守りたい、と思った人もいることでしょう。…超余談ではありますが、私は高校時代に、防衛大学に入ろうかと資料を取り寄せたことがあります(笑)。映画の『トップガン』を観て、「女性士官、カッコいい~!」と憧れたからなのですが(笑)、もし入っていたら、今頃、被災地にいたかも…。…結局、当時の受験資格の身体の条件で、「片目の裸眼0.1以上」というのがアウトだったので、諦めたのですがf^^;。日本が、この天災によって、暴動や略奪が起こらなかったことはさまざまなところで讃えられています。それは島国という限られた土地で生きていくには、思いやりをもって仲良くやる、ということが脈々と受け継がれてきたこともあるでしょうし、衣食住がある程度満たされているので、「この機に乗じて奪ってやれ」と思う人が少なかったからだと思います。義援金も、日赤と赤い羽根共同募金併せて、466億円集まっているそうです。それも「余裕がある」からなんですよね。日本にはゆとりがあって、サービスを高める能力もある。それを今までは、サービスの付加価値や新しい娯楽の開発に使っていましたが、今回のことを機に、また別の方向に生かすようになり、それが日本の新たな道になるかもしれないなと、エラそうに、思ったりしています(笑)。☆昨日のよかった探し台湾で、なんと義援金が47億円集まったとのこと!海運会社の総裁は個人で10億も寄付してくださったそうですよ。台湾の総人口は、2300万人なのにです!@@99年の台湾大地震で日本からの義援金が最多だったとか(うわー、私、寄付した覚えないですf^^;)、鉄道や大学などを日本が作った恩返し、とも言われていますが、嬉しくありがたいことですね!各国の支援も、皆口をそろえて「日本が今までやってきてくれたから」と言ってくださっていますが、「情けは人のためならず」をしみじみ感じられてよかったです。ニュージーランドやハイチの義援金も、少しの額でも続けたいなと思いました。「今回のことで、日本に誇りを感じた」と思われた方は、押してみてください!↓
2011年03月27日
バリ島在住の漫画家の姉・恒吉彩生子(たみこ)が、「Pray for Japan」と題した絵を、4点描きました。姉からの祈りのメッセージ。もし心に響きましたら嬉しいです。絵を撮影したものなので、あまり画質は良くないのですが、お気に召していただきましたら、加工などしてお使いくださってもけっこうですよ^^。電気の大切さをしみじみと思います。計画停電も続いていますが、皆さまの節電効果で実施をしないことも多く、今週は夜に1時間半あったたけです。けれど今朝の新聞を見ましたら、天皇陛下や皇太子殿下のところでは、計画停電の時間帯に「自主停電」をしておられるとか。陛下は高齢でいらっしゃるのに、厚着をされたり、暗いなかで食事をされたりして、同じ気持ちになってくださろうというお心づかいに、日本の「和の心」を体現しておられると、ありがたく嬉しく存じます。計画停電がないと、「ラッキー!」とだけ思っていた自分が恥ずかしいですf^^;。「電気」は、なくなってみるとしみじみ、私の生活は、電気によって培われていたんだなと思います。ヒマがあると、ネットで何かしらを見たり、打ったりしていることが多いので、「節電」といってそれを控えようとなると…。読書になります(笑)。けれどそれが夜になって、照明を控えるとなるとそれもできません。仕事であっても、私の仕事では、暖房や照明がなかったらお店の営業はできませんし、文章を書くのもパソコンですので、それが使えなかったらままなりません。生活も、暗ければ何もできません。昔の人が、「太陽とともに起きて仕事をして、日が落ちるとともに寝る」というのは、本当に「そうするしかない」んですよね^^;。現代では、空気のように当り前に電気を使っていましたが、それも当り前でないんだなぁとしみじみ思います。ウチはもともとけっこう省エネで暖房もあまり使わないのですが、今月はそれに輪をかけていますので、電気代がいくらか、ちょっと楽しみです(笑)。☆昨日のよかった探し入ったお店で流れていたらラジオで、「計画停電で夜の照明がなくなったら、 星がすごくキレイに見えて、感激しました」というリスナーからの言葉が紹介されていました。テレビを見ていると、「夜に停電をして、足元が暗くてケガをしたら、 その責任はどこに…」という視点で報じられることが多く、それを指摘するのも必要なことなのですが、「夜に停電だからこそ」という、「おかげさま」を見つける目を持つ人がいて、それを紹介してくれる人がいる…。「ない」でなく「ある」を見つけようとしている人がたくさんいることが分かって、よかったです!^^☆お知らせです!人気ブログ「超スピリチュアル体験記」のゴル2001さんこと、本間きよしさんが、現在発売中の雑誌『ゆほびか 5月号』に登場されています!「癒しの看護師」として、10ページ以上特集されていますよ。ゴルさんの考える三次元と四次元のお話、そして、自己浄化ができる手の組み方など、分かりやすく紹介されていますので、どうぞご覧くださいませ~^^。「電気って大切」と思われる方は、押してみてくださ~い!↓
2011年03月25日
昨日あったものが、今日、すべて無くなったら。そういうことを思います。読書普及協会のかよちんさんは、福島で被災されました。ブログによれば、「私、今年、厄年なんです。厄とともに…家も流れました(笑)。生きているから…どんどん欲がでて…持っていたものに関してはあぁ~流れたちゃったぁ~と嘆き、欲しかったものに関してはあぁ~買わなくてよかったぁ~と勝手に思っています。。。こんなに簡単に?呆気なくリセットできるとは…思っていませんでした。意外に…いろいろなことを我慢でき、最小限で生活はできるみたいです」昨年くらいから、「断捨離」というのがブームになっていましたが、まさに、強制「断捨離」。家も、職場も、全ての持ち物を失くし、今まで住んでいたところから離れなければならない。愛用しているものも。お気にいりの服も。思い出のアルバムも。大好きな人からもらったプレゼントも。地域で築いてきた人間関係も…。すべてがゼロになります。たくさん、たくさんのものを失います。そのとき、自分がどういう心境になるか…それは、なってみないと分かりません。けれど分かるのは、「自分」は残っている、ということです。そして、「空白の法則」によって、「ないものは埋められる」ということが、より加速されるでしょう。それによって、新たな変化が生まれるはずです。リズ・ブルボーさんは、『あなたは誰?』の中で、「変化」の大切さを説いています。唯物主義に基づく時代では、同じことをし続けるのが安定のしるしであって、変化は、失敗を予感させるために避けられていました。そして「ものを持つこと」が尊ばれていました。けれど、所有しても幸せになれないことがあります。それは、魂とは、「所有」ではなくて、「存在」のレベルで生き、愛し、そして自分を保つものだから、とリズさんは言います。すべてのものを失くしたとき、残るのは「自分」という存在。そしてこれから活かされていくのは、自分がこれまでに培った能力であったり、人脈であったり、これから開花させていく才能であったりするのです。そしてそれが活かされたとき、「自分の存在」によって引き起こされることによって、きっと、ものを持つ以上に素晴らしい、喜びを感じることができるのでしょう。安定していると、ラクな半面、マンネリを感じることもあります。けれど、地震も、東北から長野、静岡、そして昨日は九州でも起こりました。日本は火山列島です。これから、何が起こるか分かりません。だから、「もし、全てを無くしたら」「そのとき、自分は何ができるか」…そういった「変化」に対する心づもりを、今からしておくのもいいと思います。友達の中には、「明日はどうなるか分からないから、 今のうちに行きたいところに行って、 食べたいものを食べて、 ずっと言えなかったことを伝えて、 後悔のないようにする!」という人もいます。こういう時期だからこそ、「日々を、後悔のないように生きる」ということの大切さをしみじみと感じます。☆昨日のよかった探し自衛隊の方々の活動には、頭が下がります。「戦争放棄」の憲法があるなかで、自衛のためとはいえ「軍隊」であることにより、批判を受けることもありますが、災害のとき、訓練された皆さまの活動は、ほんとうに素晴らしいです。それを改めて教えていただけて、よかったです!☆お知らせです!龍&アニキさんの新刊が発売されました!『愛と許しのアロハ・スピリッツ』ハワイのアラン・コーエンさんらと対談されていますよ。23日、24日はプレゼントキャンペーンが行われます。応募サイトはコチラです。ぜひ!^^「やりたいことをやっておこう!」と思われた方は、押してみてくださ~い!↓
2011年03月23日
お客さまとお話をしていると、震災についても、ほんとうに人それぞれで違います。あるお客さまは、震災後すぐに水や懐中電灯、ドッグフードを買い、ガソリンも満タンにしたとのこと。別のお客さまはのんびりとしておられ、地元の人しか来ないスーパーには震災後も品物が豊富で営業も普通にしていたのですが…その情報が知られたためか?3日後くらいにほかの地域の方がどどっと押し寄せて品物がカラになったとか。別のお客さまは、高齢のご両親のところに何キロもの水を、停電でエレベーターが動かないなか運び、肩や腰を痛められたり。また、震災によってイベントが中止になったので、行ったつもりでそれを募金される方もおられました。また、さまざまなことを知ることもできました。乗馬をしておられるお客さまによれば、震災や余震によって、もともとデリケートな馬はとても神経が過敏になり、下痢をしたり、暴れたりする馬が続出しているとのこと。…地震で下痢になった人はあまりいないと思いますから、馬はデリケートですね。でも人は、情報を知ることで、心配も増えますが、「震源地は遠い」と知って、安心することもできます。けれど馬は知ることができませんから、より怖いかもしれません。強い恐怖は、馬にとってもトラウマになることがあるそうです。また別のお客さまのご主人は官公庁にお勤めで、対応に追われ、震災以降11日間、一度も家に帰っていないそうです(三連休もあったのに!)。「それがお仕事」とはいえ、通常の仕事量は遥かに超えているでしょう。テレビに映らない多くの方々もそうして復旧・復興のために、ずっと尽力されているのだと思うと、頭が下がります。また、震災によって「これから」を考えることが多くなった方もいらっしゃいます。「この子を守れるのは自分だけだ!」と、いざというときは、飼い犬(一人娘^^)を、しょって逃げる決意を固めている方。海沿いにお住まいの方のご主人は、引っ越しを検討され始めていたり。「一つの出来事」が、人の心と行動にほんとうにさまざまなことを引き起こしているなと思います。引き起こす、といえば、計画停電が一番早いときは、6:20~10:00で、今朝がそうだったので、洗濯機を回すために早起きをしたのですが…。この回は見送りになったようですねf^^;(でも、午後に3時間あります)。計画停電は、5パターンのうち、1日2回あるのが2パターン。でも片方がなくなることもあります。こちらのサイトで、当日の停電の実施予定が分かりますので、もしご存じなかったら、チェックしてください。私は起きてからチェックして中止を知ったのですが、早起きができたので良しとしましょう!早起きといえば、あるお客さまは、旦那様のいびきがすごいので、旦那様が寝る前に熟睡する必要があるため、夜は10時に就寝。そのかわり、朝は5時に起きて精米し、ご飯を炊き、朝食と二人の昼食のおにぎりを作るのだと言っておられました。いつも玄米をまとめ買いしているので、買い占め騒動には巻き込まれずに済んだとのこと。そういう習慣が幸いされたんですね。まだまだ、震災で気づかされることがいっぱいです。☆昨日のよかった探し昨日は雨がかなり降っていたのに、それをものともせず、お客さまがご来店。ありがたく、嬉しく、よかったです!(^人^)「5時起きは早い!」と思われた方は、押してみてくださ~い!↓
2011年03月22日
大震災というと思い出すのが、今から16年前の阪神淡路大震災です。そのとき、会社の広報部で社内報を担当していた私は、震災後間もないときに、部長とともに、神戸支社に取材に行きました。瓦礫のようになった家並み。そして被災した職員さんが、「私たちは、箸一本を買うところから始めなければいけないんです」とおっしゃっていたのが思い出されます。昨日は計画停電もなく、余震もありましたが、テレビさえつけなければ、何事もない、いつもの日常が過ぎていきました。テレビも、CMはACがほとんどですが、通常の番組に戻っています。義援金も、恒吉家としていくらかを日本赤十字を通じてさせていただきました。そうすると、なんだか「できることはやった」。なんだかまた元通り。…という気になるのですが、ほんとうは「これから」なんですよね。16年前の震災に遭われた方のブログを拝見したのですが、当時尼崎に住んでおられたその方は、電気が復旧したのが数日、そして電気・ガスは数ヵ月かかったそうです。大阪~神戸間の電車が復旧したのは半年後。最大で46,000世帯が生活した仮設住宅では、全員が退去するまで5年かかりました。5年間も家がない方がいたということですね。つまり、復興するのには、長い時間がかかるのです。今はまだ、みんなが興奮状態にありますから、被災地でない人も、強い関心を持っています。そして、多少のことは我慢しようという気持ちがあります。けれど、それが長く続いたら不満に変わることもあるでしょうし、善意や関心も、放送されなくなったら薄れていくことでしょう。なのでこちらのブログでは、携帯電話の「予定機能」を使って、「震災から○ヵ月」とか「500円だけ貯金」とか「思いやりの気持ちを思い出す」ということを自分に定期的に呼び掛けることで、「今の興奮」を「継続アクション」にしていくことを提案されています。「忘れない」ということも大切なことですね!また、震災の前にブログで、「やってあげている」と思うと、失う気持ちがするから不満になるけれど「させていただいている」と思うと、得る気持ちがするのでいい気分になれるということを書きました。「ガマンしている」「犠牲になっている」と思うと、どうしても不満がわいてきます。けれど、人によって大変さや不便さは違いますが、その中で「いろいろなことを気づかせてもらっている」と少しでも思えると、ちょっといい気分になります。募金も、「支援させていただいている」という気持ちですると、なんだかいい気分がアップするような気になります(私はですが(笑))。「させていただいている」というような「謙虚な気持ち」は、不満を和らげて、自分の心を穏やかにするいい効果があるように思います。もちろん「不満を言っちゃいけない!」とガマンしすぎると、ドッカーンと噴出することもありますので、気の置けない人との間でなら、言いたい放題の「ガス抜き」(笑)をしつつ、自分の心の健康を、自分で守っていきたいですね!☆昨日のよかった探し昨日は、細かい文字の本を読んでいたためか、夕方から、久しぶりにひどい頭痛に襲われました。が、昨日は停電もなかったので、早い時間にお風呂で温まり、すぐに寝ることができたので、今朝はスッキリ。よかったです~^^。原発が落ち着いてきてよかったですね!被曝の危険の中、尽力をされているすべての方々に感謝です!!
2011年03月20日
震災が起こって1週間。昨日は、そのときにいた本屋さんにまた行ってみました。照明は1/3で、暖房は切っています。自動ドアは開けっぱなしで、トイレは使用禁止。でも、元気に営業しています。1週間前は、普通に仕事をして、家のことをやって、その合間に好きなことをやって…と、それが当り前のように続くと思っていました。けれど震災を境に、怒涛のように、さまざまなことを考えました。どんなに揺れても「生命の危機」を感じたことはなかったのですが、「あたりまえのことができるありがたさ」というのを染みるように感じています。計画停電は心の準備ができていますが、震災の日の停電と断水は、(うちはマンションで、ポンプで水を揚げているため、 停電と断水はセットで起こります)、「日本の技術をもってすれば、明日には直るだろう」と思いつつも、先が見えないことですので、水を節約しないとと、手を洗うことやトイレを流すことも控えました。そのときを思うと、手を洗えたり、トイレを流せたり、お風呂に入ることができるのも、そのたびに「ありがたいなぁ」と思います。あと、人というのは、生命の危機を感じると、眠っていた生存本能が目覚めるともいいますが、この「買い占め」も、「生きたい!」という強い気持ちがあるからでしょう。それを思うと、「遺したい!」という気持ちも強くなって、出生率も上がるかもしれないと思ったりします。そして、「助け合い」「思いやり」ということも、「使う場」ができると、発揮される、ということも分かりました。それは日本でもそうですし、日本を見つめる目もそうなんですね。震災でどんな光景をテレビで見ても涙が出ることはなかったのですが、こちらの動画を今朝見たら、初めてポロポロと涙が出ました。流れている曲が、「We Are The World」で、チャリティのための曲だったのが、さらに心に染みました。「非日常」なことが起こり、今も継続していますが、それに順応することも覚えてきました。以前だったら、震度3の揺れだと、「おお!地震が!揺れたね~!」などと言っていましたが、今では、家族も何も言いませんし、防災放送もこの程度では報告もなしです(笑)。けれど、経済には大きな影響が出ているでしょう。昨日、街の駐車場で、おにぎりやお惣菜を売っているのを初めて目にしました。コンビニの品不足解消と同時に、飲食店は、計画停電や、電車がなくなるのを怖れて直帰する人が増えたため、大打撃を受けています。だから、こういったことで売り上げを増やそうとしているのだと思います。食料の買い占めは問題ですが、ほかのものを買い控えることは、商店や小売店の打撃になります。応援の気持ちも込めて、同じものが買えるなら、スーパーやチェーン店でなく個人商店で、と思ったりもしています。募金は、被災地を支えます。そして普通の消費は、日本の経済を支えます。いつもどおりに楽しむことも、日本を応援することになる!「あたりまえの日常を大切に過ごすこと」それは、自分にとっても大切だし、国にとっても大切なことなのだとしみじみと思います。☆昨日の「よかった探し」連日の停電と断水。断水が解除されると、蛇口から水が爆発するように出て、とても負担がかかっています。そのため、台所の蛇口が水漏れに…。自分たちで直すのは不安なので業者を呼ぼうとしたのですが、そうすると出張費も含めて5000円くらい。その前に、管理事務所にたずねてみたら…。ちょうどその日は、水道に詳しい職員さんが週1回出勤する日。すぐに来てくださって、パッキン代400円だけで済みました。ツイてます。よかった~!^^今日も風が強いです。花粉症は皆さん大丈夫ですか??
2011年03月19日
被災地の光景をテレビで見るにつけ、「自分にできることはないか」と思います。東日本では、計画停電があるため、「節電に協力している」と思うだけで、ちょっと「やっている!」という気になれるのですが、西日本は、電圧が違うために、節電で協力をしていただくことはできません。すると、「何もできていない…」と苦しく思っている方もおられるのではと思います。でも、すごくできることがあります。はやけんさんのニューズレターで、ヒーラーのコーイチさんのメッセージが紹介されていました。Q1「今は普段通りに楽しむことができる人も、そう時間を使うことに罪悪感を持ったり、過剰に我慢している方もいるようですが、そういった方に何かメッセージはありますか?」A「私たちは必要なものを循環させています。食べ物も、経済も、愛も、すべて。今、たとえば経済循環を止めてしまって、必要な物を供給する体力をなくしてしまったら、本当に必要な物が届かなくなってしまいかねないのです。必要なところに必要なものが循環するために、今まで循環していたものをそのまま循環させてください。食べてください。お金を稼いでください。お金を使ってください。楽しんでください。笑ってください。この食べ物が、お金が、愛が、豊さが循環しますように、と。それが、必要なところに必要な物を届けていくことになるのです。」これは、私もすごく大切なことだと思います。経済社会は、お金が流れることによって、活気が生み出されていきます。被災地のことを思えば思うほど、「浮かれたことをしてはいけない」「楽しんではいけない」「無駄遣いをしてはいけない」…と、どんどん心もお財布も緊縮していきます。けれど、そうすればそうするほど、日本の経済も冷え込んでしまい、復興の元気にも影響していくことになるでしょう。犬飼ターボさんも、「楽しむことに罪悪感を感じてしまう方へ楽しみは経済を活性化させます。みんなで楽しむことを止めると、経済が落ち込みます。特に今の日本はサービス業が発展しているので、その分、経済の復興も遅くなります。楽しめる環境にある人はどんどん今を楽しみましょう。」と言っています。楽しむことを控えて、募金しようとするのも素晴らしいことです。けれど、日本の経済のことを考えると、春の装いを楽しむこと。外食をしに行くこと。カラオケで元気なパワーを放出すること…。こういった、いつもどおり楽しむことにお金を使うことも、今の状況を助けることになります。そしてもし、それによって罪悪感を感じてしまうのなら、「自分が楽しんだことへのおすそ分けに」と募金したらいいのではと思います。そして「思いの力」。このブログをご覧の方は、「引き寄せの力」を実感されている方も多いことでしょう。私は、引き寄せの力でも、復興を助けることになると思っています。どうするかというと、「復興した光景」「被災者の方の笑顔」をイメージすることです。その際、「早く復興しますように」とイメージするのもいいのですが、「引き寄せ」というのは、「自分に起こること」を一番強く引き寄せることができます。ですから、他人が何かをすることを「~しますように」と願うことよりも、自分に起こることを体感するイメージをするほうが、引き寄せやすくなります。なので、私がやっているのは、自分がテレビを見ているイメージです。テレビを見ている自分が「道路が開通されて、どんどん物資が運ばれています!」「原発が冷えて、ぐんぐん数値が下がっています!」「予定よりも早く、復興が進んでいます!」…そういうニュースを見て、「よかった!!!」と震えるように嬉しく感じていること。それをやり続けています。被災地の悲惨な状況を見ると、「なんて大変なんだ」と思いますが、それを思い続けていたら、引き寄せ的には、「大変なこと」が引き寄せられることになります。ですから、悲惨なことを見聞きするたびに、「早く温かく心地よいところに住めるといい」というような、「望むこと」を宇宙に飛ばしています。昨日はニュースで、避難所でボランティア活動に励んでいる高校生のレポートがあったのですが、それを見るときも、「あの子たちは、この経験ですごく成長して、素晴らしい大人になる!」という、「望ましいイメージ」を飛ばしています。「できることはないか」と焦ってしまうとき。楽しむことが、幸せの波動を広げることになり、お金を使うことが、日本の経済活動を振興させることになり、望むことを考えることが、日本の復興を早めることになる…。そんなことを思って、できることをやるといいのではないかと思います!☆昨日のよかった探しお店に毎月群馬から通ってきてくださるKさま。本日は15時からの計画停電のため、なんと6時に出社されているとのことです(なんて勤勉なんですか、日本人は!(TOT))。寒かった昨夜、4時間並んで給油をされたそうなのですが、ガソリンスタンドの方が、「長時間お待たせしちゃって申し訳ありません」と頭を下げられたのを見て、「あなたこそ寒い中ずっと立ちっぱなしで大変なのに!」と、感激して涙してしまったそうです。お互いがお互いを思いやる…。その優しさに触れられて、よかったです!今日も鎌倉はいい天気です!
2011年03月18日
今回の震災では、ツイッターでいろいろな情報を知ることができました。まずは震災当日。町田に行っていた母と、夜の10時になっても連絡が取れません。もともと母は携帯を持っておらず、持っていたとしても、おそらく通じなかったのですが、少しでも現地の情報が分かれば…と、頼ったのがツイッターです。ツイッターで、「地震 町田」と検索すると、鎌倉は夜の9時に停電が直ったのですが、町田はまだ停電とのこと。暗くて寒いなか、どう過ごしているのか…。しかも、町田のコストコで死者が出たということは、母のいるあたりは揺れがひどかったのでは??…情報があればあったで心配も増えるのですがf^^;、状況が分かることは、母に近づけた感じがしました。結局母は、電気が通っていた駅の電車の中、そして停電が直ってから避難所に移動したとのことで、暗さにおびえていることがなかったのはよかったです。あと、ツイッターで「町田の自分の店を開放します。帰宅できない方は来てください」という書き込みを見たときも、心が温まりました。あと、デマや風評の情報。テレビで「デマなどにご注意ください」と言っていたのですが、どんなデマか分からなかったのです。そんなとき、友人から、「石油会社に勤めている人の情報で、 石油工場の火災で空気に化学物質が混じっているので、 雨に当たると危ないことをみんなに知らせてください」というメールがあり、みんなの健康に関わることならブログで紹介をと思っていましたら…。私がチェックしているツイッターを見たら、それがデマだと。確かに石油会社のHPでも、燃えたのは、人体にほとんど関わらないLPガスだったと書かれていました。うわ~、拡散してしまうところでしたよ。それらしい但し書きがあって、人の安全に関わったり、助けることになることで、急いで伝えて、となると「知らせなければ」と思うものです。こういった、人の善意を逆手にとったものとして、寄付の受付を装った詐欺なども出ているようです。お気をつけください!寄付も、さまざまなところで始まっていますね。その額が何億にものぼっていて、すごい!と思うのですが、先週の鎌倉市の広報紙によると、新しく作った小学校の総工費がなんと…13億円f^^;。10億あってもビル一つ分くらいにしかならないとしたら、何千万軒もの家や建物を再建するにはどれだけのお金がかかるかと、途方もない気持ちになります。でも、まずはできることから。ツイッターで知ったことをもう一つ(もしかすると、正確ではないのかもしれませんがf^^;)。歌手の松山千春さんが、以前ラジオで、「知恵がある奴は知恵を出そう。力がある奴は力をだそう。 金がある奴は金を出そう。 『自分は何にも出せないよ…』っていう奴は元気出せ!」 と言ったとか。元気だけでも。笑顔だけでも。自分にできるものを出していきたいですね!☆昨日の「よかった探し」被災地のご苦労を思えば、計画停電くらいで文句は言えない…と思うところなのですが、昨夜のテレビで聞いた、避難所のリーダーの方の言葉には、心を打たれました。避難所の体育館では、外は氷点下で氷も張っています。けれど道路事情によって、物資の輸送がままならず、たった2つしかないストーブをつけるのも、ほんの3時間という、大変な状況です。けれど、リーダーの方はおっしゃるのです。「ここはまだいいほうです。 5キロ離れた避難所では、もっと物資が不足しています。 ぜひ、そちらに物資の輸送を…!」自分たちも大変なのに、さらに大変な方々を思いやる気持ち。思いやりには限りがないのだと教えていただきました。☆コメントをいろいろ、ありがとうございます!m(__)mまずは自分にできることを毎日、少しずつですね!
2011年03月17日
昨夜は静岡県で震度6。鎌倉市は震度4でした。節電も考えてもう休んでいたのですが、ズンズンと小さく突き上げるような縦揺れを感じてから、かなり大きな横揺れとなりました。「まず縦揺れがある地震が大きい」とは聞いていましたが、そのとおりでしたね。バリ島に住む姉もニュースを見て電話やメールをくれています。姉はこの震災を、「日本の和の心を、世界に示すための出来事ではないか」と感じたそうです。福島の原発も予断を許さない状況ですが、世界で唯一原爆を落とされた日本が、またこうして原発で核の危機にさらされています。それは、核のことを世界に再認識させるために、日本国というエネルギーがあえて身を切って、世界に示そうとしているのではないだろうか。そして、この大震災で御霊となったたくさんの方々は、あえてこの震災で命を落とすことで、世界を大きな気付きへと導く役目を果たしにこの世に生まれてくることを志願してこられた魂だったのではないか。さらに被災者の方々も、同じく苦しい状況になることを、あえて買って出てくださっている魂なのではないか…。そう言うのです。それを聞いて、私も改めて気づかされました。被災地の方々の報道を見るたびに、大変だと心底思います。それだからこそ、停電や渋滞や行列など、文句を言えない、と思うところもあります。津波で亡くなられた方々がいらっしゃるからこそ、これからは津波対策の技術も飛躍的に上がることでしょう。そう考えると、姉が言う通り、身をもってたくさんのことを気づかせてくださっている震災の犠牲になられた方々、被災者の方々に改めて感謝の祈りを送りたいと思います。日本の和の心。私もそれをたくさん感じました。震災の日、鎌倉では震度4と言われましたが、それ以上の揺れで、信号も止まりました。私は絶対に交通事故もたくさん起こるだろうと思っていたのですが、車は歩行者を優先してくれ、注意深く進んでくれて、その心配はありませんでした。また、東京は震度5強の揺れでした。丸の内や新宿など何十階建てもの高層ビルが立ち並ぶ摩天楼です。そして何百万人もの人がいます。けれど死者が7名。どれだけ日本の耐震技術が高く、人々が落ち着いていたことかと思います。「コンサート会場で火災があって、 出口に客が殺到して将棋倒し」などということだってあるのに、パニックにならなかったのです。それには、災害に備えた準備や危機管理をよくしていたこともあるでしょう。OLのお客さまがしみじみおっしゃっていました。「毎年、避難訓練をしていたおかげですね。 階段に殺到しないように、部によって降りる階段が 分けられていたのですが、 みんな訓練通りに落ち着いて降りていましたよ」計画停電が始まったばかりでいろいろな不便も生じていますが、「計画停電」というのも、いつか災害の起こったときのために、ずっと準備されていたのでしょう。もしほかの国であったら、きっともっと困った状況に陥っていたのではと思います。日本人は素晴らしい。思いやりも譲り合いも分かち合いの心もたくさん持っています。姉は、日本の国民が一つになって助け合って、和の心を発揮して震災も原発も乗り越え、そういう姿が世界に発信され、それが大きなうねりとなって、波のように広がることにより、世界中が愛の波動に包まれて、地球と人間の波動が一つになれば…。と言っていますが、本当にそうなるかもしれません。いろいろな報道を見て、私もちっとも冷静でいられず、責める気持ちがたくさん起こっているからこそ、「責めないようにしたい」と言い続けたりしています^^;。だからこそ、平常心を保とうとすること。深呼吸して、落ち着くこと。ありがたいことを見つけて感謝すること。こんな時だからこそ、笑うこと…。こういうことが大切だとしみじみと感じます。昨日は鎌倉の山の手入れに行ってきました。陽だまりの斜面では、ハコベにイヌノフグリ、キランソウにヒメオドリコソウの花が咲いていました。あと2週間もすれば、桜の花も咲き始めるでしょう。季節を愛でる心も取り戻したいですね!☆昨日の「よかった探し」・姉から、大切な気づきに満ちたメールをもらったこと・山のお仲間の無事を確認でき、たくさん笑顔になれたこと深呼吸しましょう!
2011年03月16日
原発のこともあり、不足する電気。そのために計画停電も行われることになりましたが、昨日は、鎌倉市では行われませんでした。けれど街のほうでは、パチンコ屋さん、ドラッグストア、小売店など休業しているところも多かったです。やっているお店では、照明を通常の1/3に控えているところもありましたね。それでも、ちゃんと品物は見えますから、通常は品物をよく見せるために、どれだけ明るくしていることかが分かります。また、スーパーや八百屋、お肉屋さんが混んでいました。停電を心配してか、それともこれからまだ大きな地震があることを考えてか、はたまた製造工場が被災しているので、これからもっと不足することを怖れてか、食料確保を皆さんされていましたね。ウチは、ちょうど高菜のお漬物をたくさんいただいたこともあり、「ご飯さえ炊ければ、まぁいいか」という感じなのですが、食べざかりのお子さんがいらっしゃるご家庭などは、牛乳やお肉などをたくさん買っておられるようでした。こういうとき、お洋服のところはサッパリ人がいません。生存の危機となると、やはり服よりも食べるものですね。けれどこうして、家族と一緒に温かい食事ができ、トイレの水を流せたりお風呂に入れるのは、本当にありがたいこと。東北では、ずっと寒いのに、電気も水もガスもまだ通っていないかと思うと、その大変さは計り知れません。ニュースを見ていると、原発のこと、計画停電が予定どおり行われなかったこと、救助がままならないこと…「うまくいかないこと」について、次第に指摘の声が大きくなっているように思います。テレビを見ていても「もっと、こうすればいいのでは」と思うこともあります。けれど、今回の大震災は、予想をはるかに超える出来事で、対応に当たっている方々も、今までにたくさんの危機対策をしてきたことを超える、初めてのことなわけです。後から見れば、もっとうまいやり方は何通りも考えられるとしても、その時点では最善を尽くしておられるはずです。こんなときに頭に浮かぶのは、OL時代に部長が言っていた言葉、「評論家になるな」ということです。ほかの人がやっていることに対して、外野はいくらでも好きなことが言える。けれど、自分が当事者だったらどうだ。あれこれ言うヒマがあったら、自分の仕事をキッチリしろ。部長はそう言っていました。昨日、「mixiの手繋ぎ運動についてどう思いますか?」というご質問をいただきました。私はよく知らなかったのですが、mixiで書き込みをするときに、手を繋ぐようなマークを入れることで、応援の意を表そう、という運動があったようです。けれどそれに対して、もっと役立つことをやったほうが、等々の反論も多くあったようです。私が思うのは、「良い悪いを評論することはやめたいな」ということでした。応援をしたいと思う人がいる。それよりもっと役立つことをしたほうがいいと思う人がいる。自己満足に過ぎず、かえって迷惑だろうと思う人がいる。それぞれが、それぞれの思いを持っている、ということを認めることにとどめておいて、それをジャッジするのはやめたいなと思うのです。それは、人の持つエネルギーが限られているのならば、反論したり責めたりすることに注ぐ代わりに、建設的なことに使うほうが、エネルギーの有効活用になるのではないかと思うからです。頭が良ければ良いほど、評論したくなり、良い悪いを決めたくなってしまいます。そして、募金をしないのは悪い人、コンビニで1円でも募金したらいい人、もっと募金したらすごくいい人…。そんなふうに思って、震災復興に協力をしたらいい人で、していなかったら悪い人。自分がやっていたら、やらない人を責める…。そんなことも考えて始めるかもしれません。ヨンさまは、個人で10億ウォンの募金をする、と表明したそうです。8000万円弱、しばらく前なら1億円の金額です。私は、「ヨンさま、えらいなぁ。そして、東北のヨンさまファンの奥様方が、これを聞くことで、元気が出られたらいいなぁ」と思います。けれどこれを「売名行為だ。そうでなければ、名前を伏せよ」と考える人もいるでしょう。どう思うかはそれぞれですから、個人の自由です。けれど、得た情報について、自分がどう思うかは、これから大きな影響を及ぼすと思うのです。ユングの心理学では、人々は集合無意識でつながっているといいます。そして「引き寄せの法則」では、思ったことが引き寄せられるといいます。否定的なことを考えれば考えるほど、それが無意識で波及して、それが現実化してしまいます。そうであるならば、できるだけこの出来事の中での素晴らしい面を見、「こうなったら望ましい」ということをイメージし、温かな気持ちを波及させていき、望むことを現実化できればと思います。ネガティブな情報を取り入れ過ぎず、温かい気持ちを保ち、できることをしていきたいなとしみじみ思います。今日も節電に励みます!
2011年03月15日
震災に伴い、節電が呼び掛けられています。うちでも、夜は一つの部屋に集まって、暖房やテレビなどはそこだけで使うようにしました。パソコンも、いつもだったらだらだらと長時間やるところですが、早目に切り上げます。まずはできることから…ですね。震災によって、つい気持ちがあわててしまいます。けれど、「神との対話」のニールさんのHPによれば、今大切なのは、まず落ち着くこと。そして、できるだけ普通どおりの生活をして、心を落ち着け、健康を維持すること。自分が元気でなければ、人を元気にすることはできません。さらにはやけんさんのニューズレターのヒーラーさんからの言葉も転載しますね。・・・「一人ひとりがまず、自分の内なる穏やかさと 繋がっていること。 深呼吸をして、リラックスをして、感謝のできることを見つけて、 感謝すること。 そして、一人ひとりが具体的に自分のできることをやっていくこと。 節電、寄付、献血。 自分のハートから慈愛のエネルギーを被災地に向けて、 人々が癒されるように祈ること。」(ホワイトクロウさんより)そして「何もできていない」と思ってしまう方。自分を責めず、穏やかでいることも大切です。生かされていることへの感謝を感じ、穏やかな気持ちでいることが、他の方への体験へ集合意識ではつながるのです。・・・これを読んで私も、昨夜は早く電気を消して、福島の原発や被災地のほうに微力ではあるでしょうが、「温かいエネルギー」が届くように祈っていました。そして、集合意識でつながっているのなら、自分ができるだけ、「安心」や「いい気分」になるようにしようと思いました。そのためには、・「ない」でなく「ある」に、・「失ったもの」でなく「得たこと」に、・「困ったこと」でなく「よかったこと」に、心を向けることが大切だと思っています。本日からは、計画停電も始まります。「痛み」をみんなで分かち合うことになります。災害や不便なことが起こるとなると、「どうしてこんなことが起こったのか…」と、「今」「この地」で災害が起こったのは、今まで人が自然をないがしろにしてきた天罰かと意味づけをしたくなるかもしれません。けれど、ゴルさんのブログにもありますが、この地震は、生物が生まれるずっと前から存在している地球という惑星の、地殻変動の活動の一つに過ぎません。だからもし、意味づけをするとしたら、震災で「失った」ことを恨み、何かを責めるのではなく、震災によって、人類は大切な「学びを得るため」に起こったのだと、私は思いたいです。そして将来、自分を振り返ったとき、「2011年のあの経験があったおかげで、 思いやりや分かち合いの気持ちを より持つことができた。 あの経験のおかげで、私はもっと幸せになれた」そう思える年になるよう、過ごしていきたいと思います。鎌倉市は、今日は朝晩計6時間の計画停電です。朝は6時20分からの予定。早目に起きて、更新です。
2011年03月14日
今朝の鎌倉は清々しい晴れ。そして昨夜は前日眠れなかった疲れもあったのか、ぐっすりと眠ることができました。テレビさえつけなければ、ほんとうに、何事もない普段の日常です。それでも関東地方は、まだ余震を感じますが、西のほうの方々は、ニュースを見なければ、そして東のほうに親戚や友人、仕事関係のことがなければ、災害を肌で感じることもあまりないと思います。けれど、ひとたびテレビをつければ、被災地の状況、原発の危機…。「炉心溶融によるメルトダウンでチャイナシンドローム」なんて、子供のころに見た映画の世界です。それらのことを考えていたら、今朝、頭に浮かんできた言葉がありました。私はチャネラーでも何でもないのですがf^^;、その言葉とは、「痛みを共有する」です。16年前には、阪神淡路大震災で西の方々は大変な経験をされました。九州でも口蹄疫や新燃岳の噴火などの災害。そして今回は東北と、今まで災害の猛威をかわしてきた首都圏も災害を身にしみて感じました。日本国民がみな、災害を身近に感じるようになっています。これが人災であれば、怒りを向ける矛先があります。けれど天災であれば、怒りを天に向けることはできません。だから怒りを何かに向ける代わりに、ただただ、被災地の痛みを感じ、自分にできることは何かを考えるしかありません。スピリチュアルなサイトの中では、この震災を2012年のアセンションと絡めて、「選別が始まったのでは」という声もあるようですが、私はそうは思いません。助かった方々のほうが、これから復興まで苦難の日々が待ち受けているかもしれないのです。ただ、この出来事によって、日本はより「痛み」を感じることになったと思います。そして世界も、日本に注目をします。天災ですから、誰かを責めることでなく、「痛ましい」「助けたい」「祈りたい」「応援したい」という気持ちのほうを感じるでしょう。Instagramという写真共有サイトでアップされた「世界から、届いた日本への祈り」というのでも、世界からの、温かい祈りの気持ちが伝わってきます。そして、地震の日、首都圏は大渋滞で、10キロを10時間かけて車で進み、電車がストップしたため、7時間もかけて徒歩で帰宅した方々もいました。けれど皆、粛々と交通ルールを守り、店舗を襲う人などもいない、穏やかで思いやりと忍耐がある国民性も、いつか知られることになるかもしれません。この痛みが。もし、アセンション(次元上昇)というものが本当にあるのだとしたら、この痛みを感じて、どう思い、どう行動するかで、人の進む次元が変わるのかもしれません。『少女パレアナ』という児童書では、パレアナが「よかった探し」をすることが描かれています。パレアナが足をくじいてしまったときも、「それでよかったこと」を見つけようとするのです。今回の地震。報道を見れば見るほど、被害や失われたことにフォーカスしてしまいます。けれど、そんな中でも「よかった探し」をする人もいます。私の母とその友人たちは、地震の日に帰宅難民になり、6時間電車で待ち、さらに避難所に移動して、そこでまた、公衆電話の順番を待つために2時間待っていました。皆さん、若くはありません。疲労困憊であったと思います。けれどご友人は、「テレビでしか見たことがない避難所にこれて、 乾パンをもらうなんて、得難い経験ができてよかった」と言われたそうです。昨日ご来店されたお客さまは「夏でなくてよかったですね」と言っていました。そう言われてみれば、不快指数が高い夏であったら、駅で待たされていた人々はもっとイライラしていたかもしれません。「ない」にフォーカスするか。「よかった探し」をしようとするか。この痛みに打ちのめされるのでなく、さまざまなことを学び、「よかったこと」を探しながら、できることをしていこう。自戒を込めて、そう思います。まだ余震もあります。くれぐれもご注意を!
2011年03月13日
昨夜の地震、皆さまご無事でしたでしょうか?観測史上最大ということで、甚大な被害。今も避難されている方が大勢いらっしゃいます。午後2時45分ごろの最初の大きな揺れのとき、私は本屋さんにいました。普通の地震?と思っていたら、揺れがどんどん大きくなり、「書棚から離れてください!」という店員さんの誘導のもと、店外へ。すると…。なんと、信号機が止まっているではないですか!自分の店に戻ると、時計が落ちて壊れたくらいで、たいしたことはなかったのですが、停電のうえに断水。暖房もできず、お湯も用意できないとなると、施術はできません。けれど、お客さまと連絡をとろうにも携帯につながりません。駅に行くと、電車は不通。これでは、お客さまは来られまいと、ドアのところに置き手紙をして、家に戻ることにしました。停電に断水では、食事が心配です。コンビニに行くと、照明もレジスターも動いていませんが、手計算で精算をして、ものは買えるようです。とりあえず、水を2リットルと、食パンを2つ購入。家に戻ると、物は倒れていないのですが、とにかく停電ですから、暖房もつけられませんし、照明はろうそく一つのみ。日が暮れる前に、父と二人で夕食にします。朝のうちに作っておいたハヤシライスを、ガスは大丈夫だったので、温めます。とりあえず、温かいものを食べられるとホッとしますね。東京ガスさん、ありがとうございます。お茶やお湯も、朝に沸かしたものが魔法瓶にあるので飲むことができました。…が。問題はこれからです。明かりもつかない。テレビもパソコンもできない。気温は冷えるばかり。やることといったら…。寝ることですね^^;。日が落ちるとともに、とりあえず、寝床に。実はこの日、母が町田のほうに行っていたのです。心配だったのですが、母は携帯を持っていないし、テレビもネットも使えないので、地震情報も交通情報も分かりません。たま~に市の防災放送が流れてくるくらいです。静かなので、近くの病院に来る、救急車の音がよく聞こえます。それが、通常の3倍くらいでひっきりなしなのです。電気で命をつないでいる方もいらっしゃいますものね。電気と水。「ライフライン」とはよく言ったものです。母が帰ってくるかも。そうしたら、ろうそくの明かりで迎えないと…。そんなことを思いつつ、まんじりともせず布団の中で温まっていたのですが、夜の9時に停電復旧。それとともに、断水も直っていました。助かりました~~~~!やっとテレビで、「観測史上初」という大規模であったこと、東北で甚大な被害があったことが分かりました。それとともに、母の使う電車がいまだ不通なので、帰ることができないのも推察できました。その母は夜中の3時に帰宅したのですが、夜の9時半まで電車にいて、それから市民ホールに避難して乾パンと水をいただき、12時半に開通した電車に乗り、夜中も運行していたバスで戻ることができたとのことでした。バスを夜中も走らせてもらえたのはありがたかったですね。私の住むほうは内陸なのですが、鎌倉市は海岸に接していますので、そのあたりの方は5000名ほど避難されたそうです。停電・断水となると「どうなることか」と思うのですが、買占めとか強奪とか集団パニックにならないのは、「日本の技術力は高いから、1日もすれば復旧するだろう」という信頼感があるためなのではないかな、と思ったりもしました。とはいえ、東北のほうは、現在も救助活動も続き、復旧にも長い時間がかかりそうです。お店にご予約のお客さまには、「こんな時期に、のうのうとマッサージに行っていいものか…」とご連絡をくださった方もいらっしゃいます。大変な方がいらっしゃるのに、自分ばかりが良い目を見ては申し訳ない…と思われるのですね。でも、こんな時期だからこそ、自分が元気になることが、シッカリ働いてお金を稼ぎ、東北に寄付をしたり、なにか支援できるエネルギーを蓄えることにつながるのではないかとも思います。まだまだ余震も続きます。皆さま、どうぞお気をつけてくださいませ。罹災された方々、心よりお見舞い申し上げます。そして、お亡くなりになられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。今日は、お祈りの気持ちをもって過ごしたいと思います。本当に大きな地震でした!
2011年03月12日
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