むかしむかし~、と言いつつ、第九話の続きです。 アヤで言った言葉が本当になり、約150万円を手に入れ、喜び勇んで帰ったふたりが家に着き、 「母ちゃん、やったぞ!言ったとおりになったぞ!150万だ!150万とったぞ!」 そこには母の姿はありませんでした。 テーブルの上には、 「あなたとの暮らしには疲れました。」 と書かれた紙切が置いてありました。 その後の父は意気消沈し、仕事も手につかない状態になってしまいました。 一応、小さな会社を経営していたのですが、そんな状態で上手くいくはずがありません。 会社は倒産し、父は全てを失いました。 有馬記念の幸せから一転、父は不幸のどん底に突き落とされたのです。 今年も残す所わずかとなった1970年の年末。 ようやく父もやる気を取り戻し、今では町工場で働くようになっていました。 日曜日の昼さがり、ふたりでお昼ご飯を食べている時、父が私にふとこう言いました。 「おいっ、久しぶりに動物園にでも行ってみるか?」 父が1年振りに口にした動物園。 私は喜んで答えました。 「うん、行こう!」 競馬場に着くと父は懐かしそうに周りを見渡しました。 「変わってねーな。あの日からここは何も変わってねー。あの日から・・・」 そう言ってから父は何も言わなくなりました。 「父ちゃん、今日は有馬記念みたいだよ。」 奇しくもこの日は有馬記念が行われる日でした。 去年このレースで父は約150万円を手に入れ、そして、母が家から出て行った日でもありました。 「父ちゃん、馬券買わないの?」 何も言わない父を見上げ、私の口からふとこの言葉が出ました。 「おう、そうだな。」 そう言って、足元に落ちている新聞をおもむろに拾い上げ、出走する馬の名前に目をやりました。 そして、 「父ちゃん今日は馬券を買う気は無かったけど、2枚だけ買ってみようと思う。」 そう言って発券窓口へ向かいました。 「全馬一斉にスタート!」 場内放送の声と同時に大歓声があがりました。 父は無言でこのレースの状況を見ていました。 「4コーナーを回って各馬直線へ」 この実況放送の言葉とほぼ同時に、父の小さな声が私の耳に届きました。 「行け!あの日のように」 そして大歓声が私達を包み込みました。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 1970年12月20日 第15回 有馬記念 1着 5枠5番 スピードシンボリ 2着 6枠7番 アカネテンリュウ 単勝 5番 630円(6.3倍) 枠番連勝 5-6 750円(7.5倍) ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 奇しくも昨年と同じ馬同士の決着となりました。 父は私にこう言いました。 「あの日から俺たちの生活は変わった。でも、ここは何も変わってなかった。ここはあの日のままだった。だから俺は、あの日と同じ馬券を買った。あの日と同じ馬の馬券を買った。ここが何も変わってないのなら、このレースも何も変わらないと思ったから。でも金額は違う。単勝馬券も連勝馬券も、どちらも1枚だけだ。それは俺が変わったから。あの日から俺は変わった・・・」 その後、家に着くまで父は何も喋りませんでした。 家の扉を開けた時、そこには懐かしい雰囲気がありました。 台所から聞こえる、包丁がまな板を叩く音。 お味噌汁のいい匂い。 そして、 「どこに行ってたの?また競馬?」 台所から懐かしい声が聞こえ、一年前までは当たり前だった母の姿がそこにありました。 「母ちゃん!!」 私は叫びました。 母は私に笑顔を向けて、そして父にこう言いました。 「お帰りなさい、あんた。」 父は照れ臭そうにこう返しました。 「おう、お前もな。」 そして同じく照れ臭そうに母が答えました。 「ただいま。」 |
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ことわざ辞典 |
人間万事塞翁が馬「にんげんばんじさいおうがうま」 |
人の運命は幸福と不幸がたえず入れ変わる。人生どう変わるか分からない。の意味。 1年前は大金を手にして不幸が訪れ、今年は大金を手にせず幸福が訪れました。人生どっちが幸せでしょうか?あなたはどちらを選びますか? |