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三者が横一線らしい。ということは、与党候補は、相手が分裂選挙でも勝てるかどうかわからない。そんな選挙状況のなかに、冴えない党首総論しかできない麻生が行ったところで、どれだけの効果があるというのか?それにしても自民党は、国民よりもみずからの選挙のことで頭がいっぱいって感じだね。
2009.06.18
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本屋さんでベストセラーのコーナーの並びをみて笑った。せいぜい笑われない、否、失笑もされない政治は、くれぐれもしないよう願いたい。でも安倍政治自体がジョークであってほしい、と願うのは俺だけか?
2006.10.02
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先駆者は、大宅壮一文庫だけど。キーは何冊あるかではなく、分類方法だと思う。多摩図書館は行ったことないけど、雑誌図書館にするなら、大宅壮一文庫の分類法を上回るものを考えないとね。大宅壮一文庫の売りは、この分類方法。いろんなキーワードで雑誌の検索ができる。ただ雑誌をたくさん集めただけなら、税金の無駄遣い。入館者が減ってるんなら、閉鎖した方がいい。
2006.08.25
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キネマの天地を見て、ブログ書いたら、創作意欲わいてきました。つづき、書くぞ!!!もし、まだ、まったくお読みでない方は、ここからフリーページにはいってください。外資系のゲーム会社はいったのも、ホンシャが蒲田だったりしたことも影響してるんだなあ、少しだけ。それに、大船に家が近い......。さあ、書くぞ-!!!
2006.07.31
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大塚倉庫の日々は、ひたすら注文のプリンターが流れてくると、それをとり、タイトルのビデオをピックアップし、段ボールをくみたて、そのなかに入れ、さいごにガムテープで閉じ、プリンターから同時にはきだされてきた配送先住所のシールをソク日便という都内なら翌日配送の配送会社の伝票にはりつける。単純労働である。別に重い荷物をもつわけではない。単純な作業の繰り返し。ビデオをつめ、パッキンをいれ、チラシをいれて封をする。快感とか、悶絶とか、色情といったタイトルが、本来のもつ意味をこえて、記号と化した。これ、けっこう研修の目的の一つだったりすのかもしれない。4月。汗ばむ陽気ではなかったが、お昼ころには、きていたTシャツの腕の付け根あたりに、じわーっと汗がにじんでいた。「そろそろお昼だな」オオタが、くわえたばこのハイライトを、灰皿のうえにおいて言った。「もう、こんな時間だわね。あなた、おなかすいたんじゃない?」すいたようでも、すいてないとも不思議なお腹の具合だった。駅前の大衆居酒屋の看板のよこを、ほかのみんなについていく。階段のわきに黒板があり、本日の日替わり ちらし寿司 600円「これだね」シマザキが言うと、ヤマダが「しまさんの好物だものね」二階は通路の両側が、畳になっていて、ほぼ満席だったが、一か所4人がすわれるテーブルがぽつりとあいていた。「じゃあ、あれでいいね」「もちろん」オオタが有無をいわさず、ちらし寿司をたのんだ。ゴンタワラは。なぜかにぎりをたのんだ。「そういえば、しまさんあれの更新はしたの?」「もちろん」「あれってなんですか?」「アカデミー会員だよ」なんでも、年間1万円を払うと、会員になれ、パスをもらうとどこの映画館でもフリーパス。なぜ?アカデミー賞の投票しなくてはならないからだ。ただし、入会には、現会員の推薦が必要。その会員証をみせて映画館にはいる自分の姿がめにうかぶ、そこへちらし寿司が運ばれてきた。これまで経験のあった京ちらしとちがって、刺身のネタがぼんぼんとのっていて豪快だった。でも、そのときは「アカデミー会員」のことで頭がいっぱいだった。
2006.01.19
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大塚は、なじみがないではない。大学の近くから都電荒川線がでていて、その途中、山手線と交叉する駅のひとつが大塚だった。鉄道好きで、この電車もよくのった。あさ9時20分ごろ、大塚駅に着く。角海老ボクシングジムのあるビルの脇をくぐりぬけて、しばらく歩いていたら後ろから声がした。「あら、あなた新人だったわよね」唯一の女性、ゴンダワラさんだった。きょうのいでたちも、これから女子大にいきます、といわんばかりの若作りのカッコウであった。しかし、顔の感じは、どうみても50代近い。「一週間、よろしくお願いします。」殊勝なことを口にした。青山の本社では、ゴンダワラに可愛がってもらってこい、と誰彼となくきかされた。別に、だからといってきにいられようとしたわけではないのだが。倉庫につくと、メンバーはすでにそろっていて、パイプ椅子や、まるっこい椅子をだして、座り、コーヒーを飲んでいた。所長のオオタは、ゴンダワラがドアをあけてはいってくると、たたんであった椅子をばたんとひらき置いた。ロッカーに上着をかけ、作業着がわりのエプロンをすると、ゴンダワラはそのオオタが用意した椅子にドンとすわった。シマザキは。マフネど競馬の話をしている。段ボールの上にスポーツ新聞がある。きのうあったレースの話題らしかったが、ついていけない、9時半、そのとき、本社端末と直結しているプリンターが印字をはじめた。「さ、やろう」オオタが声をあげた。100メートルほどはなれた都電荒川線の軌道方面から、ガタンガタンと電車が通りすぎる音が聞こえた。どんな1日になるのだろうか?
2006.01.12
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週末、このころは土曜日も完全週休二日ではなく、月末の土曜日は出勤の会社も、おおかった。それよりなにより、土曜日も2時まで銀行が営業をしていたのだ。ついでに言うなら、健康保険。いまは3割負担だが。その頃は、初診料さへ支払えば、あとはタダ。でも、この仕組みも、アメリカからの圧力、アフラックがのしてくることで、自己負担は増えに増え、いまでは3割負担。週休二日はいいけど、健保負担は増額。サラリーマンにとって、いいことは週休二日で休日が増えたことくらいか。ため息もでる。ところで最初の週末は、気がつくと日曜夕方というかんじで爆睡状態がつづいた。食欲よりも、体が睡眠を欲していた。疲れたのは確かだった。食べたのは、おやつ用に買ってあったアンドーナツ。カップヌードル。まともな食事となったのは、日曜昼すぎに食べた、吉野家の牛丼だった。場所は、最寄りのターミナルの池袋。池袋西武には買物客があふれていた。西武美術館のチケットを、新聞屋からもらっていたのを思い出したが、家に忘れた。西武ブックセンターをひやかす。ビブロなんていうしゃれた名前はまだなかった。チケットはなんだったか、印象絵画とか言ってたが、ま、いいか。映画館の前をとおる。去年は、100本の映画をみたが、映画会社にはいると、趣味か仕事かわからなくなる。池袋には文芸坐(洋画名画座)、文芸地下(邦画名画)があって、池袋にはよく通った。あと銀座の並木座。並木座の前にはミルクホールがあって、映画を見る前に、牧場直送のホットミルクを飲んだ。そのミルクホールはカラオケになり、並木座もいまはなく、並木通りは、ブランドショップの通りと化してしまった。あと映画館といえば、早稲田大学近くにATGシアターというのがあって、たしか、銀行の上にあった。そこはお煎餅と座ぶとんを渡され、8ミリの映画をみたものだ。早稲田といえば、早稲田松竹。高田馬場パール座もなつかしい。早稲田松竹は健在だが、高田馬場パール座は、西友地下にあって、開演時には、ベルが通りに鳴り響いた。そんなこんなでこの週末は、なにをするでなく時間がすぎた。あれだけ寝たのに、九時頃には、ふたたび睡魔がおそってきた。今週は大塚倉庫で研修だ。
2006.01.11
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ハナキンは、フルキャストであった。社長、副社長、専務、常務。そんななかで、いくら無礼講だといわれたところで、なごめるものではない。ナシコダは、ビールに軽くくちをつめると、そそくさと会社をあとにした。社会人としての礼をつくし、自分も得をする。きらいなことは、遠慮する。今風にいえば、WINWINか。このテクニックは見習わねばならないと素直に思った。しかし、新人の場合、そんなわがままは許されない。10人くらいが腰掛けられるソファーを背にしたところは経理で、経理のコンドーが、電卓と奮闘している。まさか、5年後、経理を自分がやっていようとは、そのときはまだ知るよしもない。そのときだった。「おはようございます。」へんなのがまた入ってきた。「おうおう、まってたぞ。引き継ぎはすんだのか?」「ええ、まあなんとか。」風体のあがらない、年の頃は30くらいか。頭は天然のちじれ毛。副社長は、興行では実力者といわていたらしいが、実力者なら、子会社のビデオ販売会社にとばされることもあるまいにといまとなっては思う。その入ってきた男は、その副社長お気に入りの部下で。ウラワという。西のほうで映画館の支配人をやっていたらしい。この男、土曜も遅くまでのこって仕事をしていたが、これは、能力が仕事に追っ付いてないだけで、仕事人間というわけでは、とうていなかった。それは、はたでみてよくわかった。そして、週末に楽しむ趣味も友達もいなかったのだろう、ことは想像にかたくない。話をきくかぎりは、この男が直属の上司になるらしい。ハナキンは2時間ほどでお開きになったが、缶ビールを3缶はあけたはずなのに酔っていない。むしろ、疲れが、肩の上にどーんとおおいかぶさってりかのような重みをかんじた。
2006.01.06
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会社にかえってみると、もう時間は5時半だった。「おい、新人諸君、買い出しだ。」金曜日といっても、ほっとはさせてもらえないようだった。「なにかあるんですか?」ナシコダに聞いた。「ハナキンだよ。ハナキン。みんなで金曜日の夕方、おつまみとか買ってきて、のむんだよ。」「おう、いくぞ」タケカワだった。メイジ大学出身で、このあと新人三人。おおいにお世話になる。「おまえらさ、よくはいったね。やっと、下っ端の地位からぬけられるよ。」彼も、まだ春先というのに、半そでのシャツだ。いわゆる体育会系といった感じだった。「とにかくな、なにがあるか、おれにもわからない。そりゃあ、会社だからな。でも、3年は辛抱しろ。そうすれば、見えてくるものもあるよ。」そういいながら、おりていくと、4階で建設会社のOLが3人乗り込んできた。すると、タケカワは寡黙になった。狭いエレベーターの個室、二十代の男性3人。女性3人。よからぬこと(?)を考えたのは、もうこの映画会社の洗礼をうけたからか?結局、当然だが、なにごともなく一階に着き、近くにある公団住宅の一階にある酒屋にいって、ポテトチップスやら、乾きものやらをたんまりと仕入れた。「飲み物はどうすんですか?」「ばかやろう、そんなもん、会社にあるんだよ。」事務所に戻ってみると、いまかいまかと買い出し部隊の帰りを待っているふうであった。「新人たち、まあ、これはな、ハナキンといって、こうやって、飲みながら時間をすごすもんで、毎週やってる。強制じゃないが、仕事の都合がつけば、いっぱい飲んでかえれ。」オギクボの解説。あと、来週、歓迎会をするともいわれた。「ハナキン」この言葉が一般化する4~5年前の話だ。飲んでいると、「おはようございます。」ホッタがビデ倫から帰ってきた。夕方の6時すぎに「おはようございます」。すくなくともカタギの会社に入ったのではない。それだけは、あきらかなようであった。
2005.12.22
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池袋駅で、メシでもくっていくかとさそわれたが、きょうは早く帰ってほっとしたかった。それで、書類だけをもらった。ナシコダとは、このあと腐れ縁がつづく。家に着くと、ネクタイをゆるめ、大の字になり、翌日まで寝入ってしまった。きがつくと窓からは太陽がさしこみ、郵便受けには朝刊が夕刊を押し出すように、夕刊が靴の上におちていた。テレビもつけっぱなしで寝たので、あさ5時。放送開始まえのテスパタンの絵がうつっていて、ピーという信号音を発していた。冷蔵庫から、牛乳をだし、グラスにそそぎ、ぐっとひとのみした。顔は、当然といえば当然だが、無精髭で顎から口まわりはおおわれていた。そろうとしたが、電気カミソリのバッテリ切れだ。そりだしたところで、モーターの回転がとまった。このころはコンビニなんてなかったから、近所の薬局なんぞにいかざるをえないが、8時くらいにならないとあかない。あきらめるしかない。途方にくれつつも、下着を着替え、また、スーツにそでをとおした。台所で、水をじゃぶじゃぶ流して顔を洗った。二日めは、会社につくとすぐに車に乗せられ、調布にある撮影所につれていかれた。いわゆる、時代劇につかわれる町並みがあったり、あと昭和30年代の飲み屋があって、驚いたことに実際、商売をしていたりするのだが、太秦のように映画村で公開すれば、儲かるのではと思ったが、当時の幹部はそういう発送はなかったようだ。そのすぐそばにそそり立つようにマンションが見えた。「あれはね、むかしは撮影所だったんだけど、切り売りしちゃってね、撮影所はいまの広さになったんだよ」撮影所で案内してくれた人の話だ。でも、これじゃ、映画が衰退していくのも無理はない。広さは半分だと。そういえば、松竹だって、大船の撮影所を、うっちゃった。映画会社が、映画を作らないなんて、料理人が、庖丁を質にいれるようなもんだ。江戸の町並みに流れている川が淀んでどす黒かったのがやけに印象にのこった。
2005.12.21
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仮払金は、入社そうそうに、給料をもらったような感じだった。正直言って。卒業あとのアルバイトの稼ぎののこりで、一ヵ月をもたせなければならなかった身の上には、助かった。終了定時になったが、みんなかえる気配はない。どうしようかと思っていると、ナシコダが「池袋方面なんだって?いっしょに帰ろう。」あの血しぶき映画の企画書をかいていた男だった。でも、なんで、自分の家を知っているんだろう?不思議だ。ちなみに、現役で大学にはいり4年で卒業したナシコダは、2つ年下だった。ホラー映画が好きなナシコダは、大学は、都心にあるミッション系の難関大学で、その風貌といい。その趣味といいミスマッチには、誰もがおどろく。しょざいなげに、ビデオのカタログをみていると、ホリウリやら、ウエが、「おさきに失礼します」と言い残して帰っていった。内心、ひとりで帰りたい気持ちにもなったが、ナシコダの人間的興味もあり、待った。「じゃあ、いこうか。」ビルの一階に降りる。隣のビルは病院で、三浦百恵が出産した病院だ。それはともかく、ナシコダは、「なんか、英語できるんだって?」これもどこから仕入れた情報なんだ?「ちょっとさ、たのまれて欲しいことあるんだよな。これ。」目の前におかれたのは、例のホラー映画の解説書。もちろん、すべて英語。「どうすんですか?」「来週までにこれ訳してきて。来週の企画会議にだす資料なんだ。たのまれてくれないか?」ハダカよりはいいか、と思い、快諾した。でも、血しぶきも、裸もノーマルではないこと。それが普通の環境にいるとわからなくなってしまう。そのときがまさにそうであった。
2005.12.20
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ブラックの駆体。これを持っていると、どことなく呼び出される。そうだ、フジ三太郎とか、アサッテ君といったサラリーマンの漫画にはよくでてきたやつだ。サラリーマンになってしまったんだなあと実感する。その操作説明をオギクボがした。ウエは、「なあんだ」といわんばかりに、また、キーボードにむかい、がちゃがちゃ打ち出した。要は、営業ででてるときは、常にポケベルのスイッチはオンにしていること、らしい。それを口がすっぱくなるまでいわれた。そして、こんどは経理のコンドウだ。「はい、これ書いて」なにか封筒を渡され、受領簿にサインした。封筒をあけると5万円がはいっている。「なんですか?」「営業仮払いだよ。月末に使用明細提出だからね。書き方は先輩に聞いて。優秀な先輩がおおいからね。」その口調は、きわめて皮肉交じりに聞こえた。これが、社会にでてはじめて触れた「経理」という人種であった。ついでにいうなら、あらかじめ一定額を渡しておくやり方というのは、あとにも先にもこの会社だけだ。懐が深い、というよりも、いいかげんだった、営業の先行逃げ切り会社だったということだろう。ま、それはそうだ。映画なんていうもの、あたるか、どうかなんて誰にもわかりゃしない。作る側は、いいと思ってつくっても、小屋に人がこなけりゃアウトだから。でも、その風向きがかわったのは、バブルのころだ。大手が映画づくりに参入。角川とかフジテレビとか、たしか伊藤忠もなんかやっていた。かれらのつくる、ちがうな、スポンサーの映画はたしかにあかにはならない。でも、お客は入っていない。スポンサーの会社が券を大量に買うから、形は収支いいんだけど、公開前から、金券ショップに500円で大量に売りにだされていたりするのだ。これじゃあ、制作者も意欲そがれる。これって、けっこう、いまも病巣としては残っているんじゃないかな。話をもとにもどす。だから、それこそMBA的な経営なんて、当時のカツドウヤには馴染まないのだ。かつては、小屋主が、現金を片手に本社の興行部にきて、札束をドンとおいて、フィルムを持っていった。そうなのだ。現金とか、もじどおり。水商売なのだ。だから。夕方でも「おはようございます」なのだ。そんなこんなしているうちに、時間はもう6時だ。
2005.12.17
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「アリヨリさん、わたしが説明するわね」「そうしてくれ」ホリウリは、受注の流れをひとつひとつ説明してくれた。流れはこうだ。ホストコンピュータは、親会社の電算室。そこから専用線を引っ張ってきている。そして、受注した商品、その発送先を入力すると、自動的に大塚の倉庫の端末が、納品書とかも一緒になった伝票が出て、それをみて、商品を段ボールにつめ、発送する。いまは、そんなもん、驚くに値しないが、この会社は、外資系のコンピュータ会社のビジネス機をつかい、専用線をはり巡らし、売上げの数字も即時につかめるような、システムを構築していたのだ。これには確かに驚いた。インターネットも存在しない時代だ。リクルート事件のとき、江副さんが。回線リセールとかいってたのは、この何年もあとのこと。データをとおす専用線なんてとても高価な買物だったのだ。むろん、このビデオ子会社を上場させて、一儲けをたくらんだのだろうが、そして、その話はなんどとなく、だれとなく聞かされたが、時間がたてばたつほど、それが絵空事以外のなにものでもないことがよくわかった。この専用線の投資も、その一環だろうが、結論からいえば、その投資額を回収することなく終わったことになる。「うえ、」ウエシマという女性がひたすら端末を打っていた。ブラインドタッチでけっこう手の動きは早い。しかし、ふりむいた雰囲気は、キーボード裁きとは、正反対の雰囲気をただよわせていた。三人ともキーボードははじめて。デスクにもパソコンはない。第一、電気メーカーの本社のデスクに黒電話。一課に1台オフコンだった時代だ。大学でもコンピュータの講座はあった。しかし、文科系には縁のうすい、C言語だとか、コボルといった内容で、どうそれが自分に役にたつのかわからないものだった。ウインドウズなんて、どの時代の話、ってかんじだった。「おい、新人諸君、これわたしとくよ」オギクボから手渡されたのは、マッチ箱大の箱。裏側には名前のうちこまれたダイモテープがはりつけてあった。営業マン必須アイテム、ポケベルだった。
2005.12.16
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配属は営業。社内はさほど広くはない。社員は二十名。しかし、札幌、名古屋,大阪に営業所がある。といっても、親会社の事務所の一部を間借りしているようなものだ。あわせると40名位くらいになるらしい。本社の営業は、ほかに、ナシコダ、イシカワ、アリカワ、タケカワ。業務が、アリヨリ。そしてオフィスに入ったとたん、鋭い視線をかんじたホリウリ。「あら、おかえんなさい。」ホリウリは、二十代半ばの女性。聞けば、自分と同郷。なにかと口をこのあとはさんでくる。すらっと伸びた足をくまれると、ドキッもしたが、すでに結婚していて、だんなから夕方になると、かならず電話がかかってきて、待ち合せの場所を相談していた。ふとみると、不思議な男。たわしのような頭。それに半そでシャツを着て、大きな声を張り上げている。この人、オギクボさんといい、真冬でもこの姿らしい。壁には、次回作のタイトルの映画ポスターが張られている。もちろん、「悶えの。。。」なんていうタイトルだ。実をいうと、映画会社にはいったが、この入社した映画会社の映画は、とくにハダカものは、ほとんど見ていない。「あっ、どうも」自分が指定されたデスクの隣は、ナシコダだった。背丈はさほどでもないが、なにやら英語のカタログをみている。そして、ときおり、辞書をくって、しらべたりしている。「なにをされてるんですか?」「うん、ちょっとね。こういうのだそうかと企画書書いてるんだ」見せられたのは、いわゆるホラー映画。「そいうのできるんですか?」「そうさ。だからやってんだよ。」まるっこい体。ぎろっとこっちをにらんだ目は、ひとを寄せつけない凄みがあった。ハダカに血しぶきか......「ただいま。」こんどは年輩の営業マン。札幌だか、旭川で直営館の支配人やっていたが、つぶれて、子会社送りになったらしい。「ちょっと、あんたたち、こっちへおいで」ホリウリキョウコが3人を呼んだ。なにがはじまるんだろう?
2005.12.15
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昼飯は青山ツインタワー地下のうなぎ屋だった。コスギは有無をいわせず、特上大盛りを三つオーダーした。「それくらい食べれるよなあ。はははは」太っ腹な豪快な笑い方をする男だ。出勤初日。午前中ほんの3時間ほどすぎただけであった。でも、それが一日にも一週間にもかんじた、といっても大げさでないくらい、それだけ、緊張の連続だった。そのせいか、あさ、アパートで食べたトーストがまだ、胃の中で存在感を誇示してるようであった。でも、コスギ自身は、並を頼んだ。胃袋のキャパなのか、財布の容量の問題か、などそのときは考える余裕もなかった。「きみ、シベリア鉄道のったって言ってたなあ」いきなり、なにを言い出すのかとおもった。コスギは、面接で話をしたシベリア鉄道の話がいたく印象にのこったらしかった。結局、採用面接というのは、運とか、タイミング。採用されるときは、あらかじめレールか、シナリオがしいてあったかのように、とんとん拍子にいくものだ。採用のポイントは「シベリア鉄道」だったわけだ。「おれも一度、のってみたいんだなあ。」コスギは、ロマンチストらしい。学生時代から、あこがれていて、一度、のろうと思いながら、いまに至った。オーダーしたウナギはほどなくして、オーダーした特上大盛りが運ばれてきた。目の前におかれた。お重は、ごはんが山盛り。その上に両端が5センチほどはみでたうなぎがじゅるじゅるたれが、音をたてている。それに、山椒をパラパラッとまんべんなくかける。さすがに、お腹が食欲をおもいだしたかのように、箸がうごきだした。三人とも欠食児童のように、食べはじめた。老舗の出店らしく、味は格別なものであった。オフィスにかえろうと、地上にでたところで、うしろから声をかけられた。「おはようございます。」編集のホリタだった。ビデ倫という、映倫のビデオ版のいわば自主検閲機関の検査に出向いた帰りだった。「問題はなかったよな」「もちろんですよ。シバさんもいましたからね。」ビデ倫は、各映画会社のOBがメンバーだから、おとされることはない。4月とはいえ、夏のような日ざしがわれわれを照りつけた。まだ、一日の半分もおわっていない。
2005.12.14
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簡単な社内での挨拶をおえると、三人そろって、当時。大塚にあった発送倉庫に、コスギとともにむかった。 コスギは、一世を風靡したユウジロウの付き人をむかしやっていた。その昔話を道すがらずーっと聞かされた。オズとか松竹ものを、銀座並木座や、池袋文芸地下などでみていた自分には、ユウジロウといわれても、太陽にほえろのボスのイメージしかない。 まして、いま、この映画会社は、女のハダカで商売をしている。ギャップがありすぎる。むろん。ビデオの売りは「ユウジロウ」「サユリ」だが。 倉庫は、大塚駅から5分ほどいったところにあるマンションの一階にあった。その横のとおりをわたると、都電荒川線が走っている。ときどき、がたんがたんと走り抜ける音と振動が聞こえる。 着いたとき、ちょうど商品がトラックで着いたところで、総出で荷物を倉庫に入れていた。「こら、おまえらも手伝え」 三人はスーツの上着を、その道路にとめてあった自転車のサドルにひっかけ、流れ作業のように、荷物を中にいれていき、15分くらいでおわった。 コスギは、自分たちが作業をしているあいだ、たばこをふかしながら、所長のオオタとなにやら、話しこんでいた。 この倉庫も、個性的な人が多かった。 大部屋俳優で、たしかに二枚目の面影をただよわせているシマザキ。撮影技師だったが、体をこわしてこっちにまわってきたヤマダ。 独身で、噂によれば、資産家の娘だったといわれる50代半ばの女性。いつも、まるで女子大生がさげるようなバックをかかげてきた。そして、いつもたばこがはなせなかったマフネさん。「おう、おまえからだな。来週から三人交替で研修だ。大塚にいくように。」「来週からですか?」「そうだ。1週間交替だ。きょう、あしたは、青山の本社。わかった?」 ヤマダは、我々が荷物を運び入れ、そして挨拶をし、そして帰るまで、ずーっとシュリンクをやっていた。シュリンクとは、要は、ビデオにかかったビニールの封印みたいなものだ。 これも、あとで聞いた話だが、みたいビデオを倉庫から持ち帰って、家で楽しんで、それをまた会社にもってきて、シュリンクして、何食わぬ顔して戻していた奴もいたらしい。 そう、「らしい」。 大塚から山手線に乗る。通いなれた高田馬場で学生らしき一団がのってきた。きのうまで、おなじ人種であった彼らが、彼岸の人のように、まるで異世界のひとのように思えた瞬間であった。
2005.12.13
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もらった辞令は、子会社のビデオ販売会社だった。 入社早々、出向である。 せっかく映画会社に入ったのなのになあ。などと思いながら、本社からさほど離れていない、ビルの前についた。 間口5メーターほどのビルで、ときどき人が吸い込まれていく。一階は、外資系のコンピュータ会社のショールームになっていた。ショーウインドーは電気がついているが、奥まったところは、だれもいる気配がない。外国人の女性が、ニコッと笑いながら、パソコンを操作している写真。その女性がライトで照らしだされたレイアウトになっていた。 青山一丁目。乃木坂、六本木とつらなるこの一帯は、学生時代、縁のない一帯だった。 せいぜい、大学野球で神宮球場にいくため、外苑前を利用するくらいだった。 青山一丁目という未知の駅をおり、吐き出され、地上に出たとき、太陽がすごくまぶしく感じたのをきのうのように覚えている。 なにはともあれ、今日が社会人としてのスタートになることはまちがいないのだ。「おっ、新人君だな。さっ、あがった、あがった。」 コスギ専務だった。本社の役員もやっていて最終の役員面接で、小太りの体形にセルの眼鏡が印象に残っていた。 このコスギ専務が面接で自分を買ってくれたことをあとで聞いた。 自分では、駄目だな、と思っていた。それはそうだ。最終面接に電車のせいとはいえ、遅刻をしてしまったのだ。実際問題、遅刻で印象を悪くして、大手出版社の最終面接を落ちた前科があった。 そこをコスギ専務が、採用の断をくだしたわけだ。 エレベーターに乗り込んだのは、あとコスギと建設会社のマークのはいった事務服を着た女性の3人だった。 こういうときは、なぜか寡黙になる。コスギも何を話したらいいか、わからないというより、最初からそういう努力を放棄しているようにも思えた。3人とも、1階。2階と上部のシグナルが動いていくのを3人とも見上げてみている。なにがあるわけでもないのだが。 その女性が8階でおり、そして9階。「ここでまってなさい。」 コスギが指差した先には、ついてすぐ玄関をはいった右側に会議室という、よく文具屋で売っている既成のプラスチックのプレートがはりつけられたドアがあった。あけると、2人の男がいた。 ひとりは、ひょうひょうとした長身の男、オギクボ。もう一人は、斜めから人を見る癖のあるイシナベ。 どうやら、このふたりが同期ということになるらしい。
2005.12.11
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悶々とした一夜を雄一は明かした。寝付けるわけもない。誰かに見張られているような、そんな監視されたなかで休まるわけがない。最後まで熟睡できなかったと確信したのは、雄一のアパートの隣のお寺の鐘が五時を告げる音を振動とともに体感したからだ。当然、12月の朝五時は真っ暗だ。ふとんからでて、窓の外をみると、五重くらいに新聞をかさねあげた新聞配達の自転車が夜行灯をつけて通りすぎていった。雄一はそっとドアをあけ、一階のポストに新聞をとりにいく。隣の東大生はまだおきていない。というよりも、昼夜の境目を感じない男だから、寝付いてすぐの可能性もある。新聞をとると、インクのにおいが、できたてのニュースの到着を告げているようにかんじた。新聞を広げてみるが、さしたるニュースは見当たらない。というよりも、インターネットが日常の一部になって、最新のニュースをみているわけだから、いまさら活字を追っても、とは思う。ただ、それでも、こうして新聞の活字を追うことは、どこかに潜むアナログの側面をくすぐる。なくてはならないと思う。雄一はスリープにしたままであったiBOOKをふたたび、おこし、メールをみる。さすがに、深夜までは雄一の行動もわからないらしい。雄一は昨夜は、秋葉原駅でカレーを食べようとして、メールで食べ損なった。さんさき坂をおりる途中にあるコンビニに行ってみようと思った。この時間なら、新しいパンとかきているのではないか?お客はいなかった。店員はなじみの和也だった。和也は運ばれてきたばかりのサンドイッチ、おにぎりを手際良く棚にならべていた。「和也、ひさしぶりだな。」「雄一も、はやいね、午前様?」「そんなんじゃないよ。悩みおおき年頃だからな。」「何いってんだ。」雄一はそういいながら、棚から卵サンドと小さめのパックにはいった野菜ジュースを選んでレジに置いた。棚に商品をならべていた和也が、レジのところにくる。「和也、おまえパソコン強いよな。」「まあ、おたくといえば和也って2ちゃんねるでは知られた男だよ。」「そんな和也様に聞いてほしいことがあるんだ。」
2005.08.06
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帰りは、タクシーを郵便局前でひろった。歩くにしても、電車にしても、暗い中を歩きたくないと思った。これまでの雄一であれば、なんていうことにない距離だったが、とても歩いてかえるには、気持ちが萎えていた。タクシーは、線楼をまたぐ。下を終電近い京浜東北線が、山手線と交叉して大宮方面に走り去っていく。できがいいとはいえないアスファルトのでこぼこが、ガタン、ガタンと雄一の座っているシートにテンポよくつたわってくる。暗いみちを鴬谷を越えて、根津に抜ける。そして、ほんの30分まえに通った道を進み、雄一のアパート前についた。雄一はタクシーをおりると、習慣でポストをちらっとみて、なにもないことを確認すると、部屋にあがった。すると、カバンにいれていた健次の携帯が緑色のランプが点滅している。電話をとってみると、非通知の着信が一件、メールが三件だった。メールはあの乱数表と関係のあるらしい数字の羅列であった。雄一は、まずまたあのデータをみるべく、iBOOKをたちあげた。寒さは感じたが、空気の入れ替えをすべく、サッシの窓を全開にした。家の前はお寺になっていて、当然、12時近くのいまは門もしまっている。白塀のむこうは墓地で、とんがった墓標が月のあかりをうけて、ぼんやりと浮いてみえた。しかし、門柱の影に人がいて、こっちをみているように見えた。まさか。雄一はiBOOKが立ち上がると、窓を閉めた。気持ちが、どうかしている。こんな夜中に人が誰を待つでなく自分の家のまえにいるわけがない。そう思って外をみると、そんな人かげは見当たらない。思い直してパソコンの画面をみる。メールをチェックする。また、あのメールが入っている。O駅まで、なにをしにいった。そのデータを早くわたせ。おまえが持っていてもなんの価値もみいだせない。しかし、まえのメールのようにとりに行くとは書いていない。漠然と渡せとかいてあるだけだ。雄一はパソコンのメールを携帯にもとばせるようにしていたから、携帯にも来ている。でも、雄一がO駅にいったlことをこのメールを打った人間は知っているが、いま、この自分の家にいることは知らないように思えた。どうしてなんだ?
2005.08.05
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途中まで、さきほど下っていった坂道を墓地方面に向かう。しかし、墓地には入らず、右におれ、上野方面にむかう。時間は十一時。人通りはそんなにあるとはいいがたいが、アパートをでてからすぐ、50メートル後方から追尾してくるような、靴音からすると女性らしき存在がきになっていた。どこか、雄一が足の運びをゆるめると、なぜかとまるような気配を感じた。考え過ぎかな?とも思ったが、二度三度おなじペースが続くとますます気になってくる。というか、不安におそわれる。そのとき、その女性が急に小走りになり、雄一に近付いてきた、そしてあっという間に追抜くと、その次の道を左にまがっていった。しんしんと冷え込む12月の夜。雄一は手にびっしょりと汗をかいていた。深夜の郵便局は、それでも人がけっこういた。15人ほどがいたであろうか。ただ、24時間対応とはいえ、2人ほどでさばいているため、なかなか順番がすすまない。少々、アルコールのはいったサラリーマンが、さわぎだした。「はやくしろよっ、まったくよう。何分またせりゃいいんだよ」しかし、騒いだところでどうしようもない。それでも十分ほど待って、受け取ることができた。郵便は簡易書留であった。さっそく、封をきってみると、東都銀行新宿支店の貸金庫の入場カードと鍵がはいっていた。暗証番号が、カードに細めのポストイットに0239と走り書きで書いたものが貼付けてあるだけで、文書らしきものは、なにもはいっていない。ただ、字体は、あきらかに健次のものだ。それは間違いない。住所は健次の実家の川越のもの。そして、消印を見ると、新宿になっている。投函の時間は、ちょうど飲み会で彼も交えて飲んだ日から、翌日にかけてになっている。はやく、なにが貸金庫にあるのか、知りたいところであったが、それは、あすに行くしかない。こんな夜中に無理な相談だ。幸い、東都銀行新宿支店は雄一の会社から、ほど近いところにある。会社は九時半はじまりだから、まず、会社に行って、そのあと銀行にいくか。そう思いながら、郵便局をでた。でも何日も前の郵便が、それも都内で投函した郵便がなぜ何日もかかって今日ついたのだろう? 雄一には、そこが謎だった。
2005.08.04
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雄一は、秋葉原から山手線に乗り換えるべくホームにおりた。数年前まで、広場になっていた場所は、いまではおおきなオフィスビルが建っている。秋葉原も変わってきた。もうじきつくばエクスプレスも走る。などということも、雄一の頭をよぎったこと自体、事実には相違ないが、しかし、常に監視されている恐怖が雄一のなかのかなりの部分を閉めているのも事実であった。日暮里駅で降りる。西日暮里に近い出口をでて、左にでると石垣が左手に続いている。そこに設えてある階段をのぼっていくと谷中霊園。通称、谷中の墓地。墓地というと「恐い」と言う先入観があるが、谷中の墓地には不思議とそれを感じない。夜中に通ったことも幾度となくあるが、恐怖は感じない。墓地に都内ではめずらしい駐在所があるからというのでもない。その駐在所のわきの公園に、幸田露伴の五重塔のモデルになった五重塔の跡地があったり、春になると桜の名所にもなり、墓園というよりも、公園のようなイメージがあるからか、と雄一は思う。しかし、今日は恐い。誰かに監視されている。その懸念が抜けきれない。御茶ノ水で迷ったが、160円をだしても、御茶ノ水でおりて、新御茶ノ水から千代田線の選択もありだったかと思ったが、もう遅い。自分の行動がすべて見透かされているようで、その恐怖が雄一を小走りにさせた。階段をあがると、敷石の道が続いている。ほのかな街灯が、その雄一の進む道を照らす。右手の墓地のむこう50メーターほどさきには濃い紫色の看板の隅っこが少し欠け、なかの蛍光灯が露出したホテルがある。出勤の時間、そこから男女のカップルがでてくるところに遭遇したこともあった。しかし、いまの雄一にとっては、そんな思い出にふけるひまがあったら、とっととこの墓地を通り滑ることだ。大きな通りに出る。派出所も、暗くなっている。ただ、そうは言っても派出所だから、奥には警官がいるはずだ。駅からの家までの時間が30分にも感じられた。ドアをバタンとしめてポストを見ると不在の通知が入っている。誰からだろうと思ってみると、健次であった。なにかメッセージを送ってきたのかもしれない。その送られてきた書留がなんなのか?一刻も早くみたい衝動に駆られた。それに、なんとみしれない「恐怖」の理由を書留が教えてくれそうな予感めいたものも感じた。台東郵便局。ここは24時間やっている。谷中の墓地を通ることは遠慮するが、郵便をとりに行って見よう。雄一はカバンを置くと、ふたたび外にでた。
2005.08.03
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これまた非通知ですぐに切れた。それを確認して、ポケットにしまおうとすると、今度はメールの着信音だった。「あんまり深入りするんじゃない」メールの送り先は、雄一のメールアドレスになっている。これはよく、出会い系サイトの運用者がよく使うソフトを使えば、簡単にこのような細工は可能だ。誰かに監視されている。電車は新宿駅についたが、さほどの混雑具合はない。むしろ、並行して走る総武線の電車のほうが混んでいるようにみえた。代々木をすぎ、電車はスピードをあげる。シートに腰をおとして、車内を見渡すと、誰もが、自分をみているような猜疑心におそわれる。タブロイド版の夕刊紙を、足を大きく組んでいる中年のサラリーマン。デルのノートパソコンをあけて、エッジカードをさしこんで、メールをうっているらしき若者。残業で憔悴しきった表情の若いサラリーマン。みんな、自分を焦点にあわせて、一挙手一投足を観察されているようで、逃げ出したい気持ちになった。御茶ノ水に着くと、雄一は総武線に乗り換え、秋葉原でおりた。総武線のホーム脇にある立ち食いのうどん屋で、カレーを食べようと、ポケットから財布をだそうとして、大きな新しい機械が据え付けられているのき気づいた。スイカがつかえるのか。最初、小銭入れから500円玉をだしかけたが、それをおさめ、スイカをかざして、そこから420円の代金を支払った。食券をとると、それをカウンターに差出す。すると、カウンターの中にいる初老の男性が、手際良く、御飯を大きなしゃもじで、すくって、カレー皿のポンポンとおくと、別の釜から、カレーをすくってかけて、、雄一のまえに差し出した。雄一はトレイにそのカレーを置き、スプーンをとり、その脇にある冷水機にプラスチックのコップをおき、3秒ほどボタンをおし、3分の2ほど水をいれたあと、そのなかにスプーンをいれ、ホーム側にならんだカウンター席に落ち着いた。時間は9時。ちょっと遅めの夕食になった。そして、ひとさじめを口にいれようとしたときだった。また携帯がメールの着信をしらせた。「カレーなんて食べてるばあいじゃないだろ」雄一は一気に食欲をなくした。
2005.08.01
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「おい、健次じゃないか?」その男は喋ろうとしない。しかし、あの犬に対する異様なおびえ方は、健次にまちがいない。そう思って顔をのぞきこむと、やはり、健次だった。「わかっちまったか。」「わかっちまったかじゃないだろう。心配したんだぞ。突然、会社休んじゃうし。」「まあな。」「まあな、なんて。おまえさ、引越してどこにいるんだ?」健次の目がそぞろであること、雄一はしっかりと見ていた。「親んとこだよ。」「川越だっけ?」「そう。年こす前に引越そうって思ってたんだ。」「でもさ、おまえ、そんなこと全然言ってなかったじゃないか?」「・・・・」「時間ないか?どっかで飯でも食わないか?」「雄一に、話しとかないといけないことがあるんだ。でも、一日待ってほしい。そうしたら、いろいろと話すこともできる。」「なんでだよ。今日じゃだめなのかよ。」「難しい。時間がないんだ。」「じゃあ、これだけ聞かせてくれ、なんで、この場所で、まるで俺を見張るような仕種をしていたんだ?」「それも今は言えない。」「悪い。」健次はそういうと、走って青梅街道とは逆の方向へ走っていった。それが、目標とする場所がある方向なのか、それとも雄一から逃げるためなのか、それはわからない。ただ、単純に実家に引越したというのではないのは確かだろうと思った。気掛かりなのは、あと一日待ってくれの意味だった。なにかを、おそらく、あのUSBのステックにあったファイルを巡る動きに、健次は巻き込まれていて、その動きから抜け出せなくなっている。そうとしか、状況証拠しかないいま、わからない。雄一は、健次が残していった携帯電話をもってO駅をあとにした。電車のなかでは、十人いれば8人までが、携帯を取り出して、メールチェックかゲームか不明だが、画面に見入っていた。そのとき、今度は雄一の携帯が鳴った。ちょうどN駅を発車して、快速運転にはいった直後であった。
2005.07.30
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メールは五通。いずれも発信人をみると、雄一のアドレスにメールを送ってきた人物だ。健次は、たしかに、あのメールをみてそぶりがおかしくなった。そう、健次はあの人物を知っていた。内容をみることに、多少のちゅうちょはあったが、このメールが届いたことからして、そして、健次はあのUSBステイックにあるデータの意味を知っていた。それは、まちがいない。ひとつひとつを見てみる。数字が3桁と4桁がスペースを置きつつ羅列した内容で、意味がないようにも思えたが、雄一は、あの3つのファイルのデータのうちの数字の羅列のように見えたテキストファイルを解読する手がかりになるような気がした。みると一日一回、メールがきている。かりにミスターXとすると、そのミスターXがなんらかの指示を健次にとばしていたということか。でも、なにを健次とXは、やろうとしていたのだろうか?すると、今度は雄一の携帯が鳴った。いつもはとらない非通知であったが、でた。「もしもし」すぐに切れた。ただ、間髪をおかず、メールが雄一jの携帯にはいってきた。発信元は、ミスターXだ。はやくO駅から離れろ。身のためだ。ファイルは必ずいただく。またしても、だ。しかし、夜の住宅街ほど物騒なものはない。ほんの五分もいけば、青梅街道だが、驚くほどくらい。でも、気になるのは、雄一がOにきていることを、Xが知っていることだ。このまえのメールといい、監視をされているとしか思えない。アパートをはなれて、暗い路地を走り抜けようとすると、少々時代がかかったトレンチコートを着た男が、外灯の下にたっている。ポケットに手を突っ込み。こちらをうかがっているふうはある。その前を通っていかなければ、駅に行けない。そのとき、その手前のクロスした路地から、土佐犬をつれた老人が鎖でつないだ犬に引っ張られるように、トレンチコートの男の前を通りすぎようとした。しめた。雄一は、その老人が、トレンチの男のそばを通りすぎるその隙に、通り過ぎようとした。そのときだった。その男は、いままで雄一がいた方向に走り去っていった。まてよ、あの男。
2005.07.29
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もしもし。五秒くらい沈黙が続いただろうか。それは、機械上の空白の時間ではなく、あきらかに、電話の向こうに人がいる気配が感じられた。そして切れた。健次の部屋は、アパートの一階で四畳半一間。まどの外は、手入れがとても行き届いているとはいえない庭になっていて、雑草が40センチくらいの高さで、かぜになびいていた。そして1メートルほどの幅しかない庭のため、庭に面した窓からは、あけても空が見えない。しかし、どうして健次は唐突に会社を長期に休み、おまけに学生時代からすんでいたこのアパートをひきはらったのだろうか?そして、この携帯電話。引越をしたのに、なぜ、ここに置いたままなのか?それよりなにより、引越したとしたなら、この部屋のドアがかかっていないのも不可思議だ。表にまわってみると大家がすんでいる。インタフォンを鳴らしててみると、背丈は190センチはあろうかと思われる二十代後半くらいの男が、ガラス越しにこっちをみているのがうかがえた。「どなたですか?」「うらにすんでいた者の会社の人間なんですが、引越をしたんですか?」「何日くらいだろう、急に家賃を日払いで精算してね。でていきましたよ。」少しばかり開いたガラス越しでしか、話をしないから、話がよくききとれなかったりする。雄一はすこしイライラのしたが、イライラしたところでどうしようもない。「連絡先とか聞かれていますか?」「さあねえ。聞いてないですよ。」そういうと男は、五センチほどあいていた硝子戸を静かに閉めた。雄一は、携帯をどうするか迷ったが、引越してっしまった部屋に残していても仕方ないし、会社で会えればそのとき渡すことも考え、持ち帰ることにした。それに、雄一にはこの携帯を持ち帰ってもらうことを意図していたようにも感じられたからだ。そのとき、雄一はメールが何通か未読になっていることに雄一は気づいた
2005.07.28
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週末、そして月曜になっても、健次は雄一の前に姿を現わさなかった。携帯をかけても、「電波の届かないところにあらるか、電源がはいっていないためかかりません。」そのメッセージが流れるだけであった。健次は、電源を切っていても、必ず、留守電にしていたが、それもない。総務の淳太によると、しばらく休むと月曜の朝、電話があったらしい。有給休暇は二十日ほどあったから、一ヵ月は休むことができるが、ITは。4人で、200人規模の会社の情報通信を仕切っている。そこへその要といっていい健次が一人が長期の休みだから混乱も仕方のないところだ。水曜日の夜、会社が終わったあと、雄一は意を決して健次の家を訪ねてみることにした。あのUSBステイックの件もある。かれは、なにかこの件について知っているか、もしくは直接、関係しているのでゃないか。この長期の休み、そして、千駄木の雄一の部屋を出ていくまぎわの携帯の着信。そう、あの着信が、きっかけだ。あれは、どこからのものだったんだろう?雄一は、手帳に書き写していた彼の住所をたよりにO駅に降り立った。O駅は快速電車がとまり、地下鉄の始発駅ということで、バスもターミナルになっていて、駅前は帰宅をいそぐサラリーマン、OLの姿が目立った。雄一はそんな彼らを横目に青梅街道を新宿方面に足をむけた。栄枯盛衰はあるとはいえ、H木屋はあいかわらず、十人くらいが行列をつくり、O駅は東京ラーメンの元祖としての矜持をみせつけているように思えた。健次の家は、その青梅街道から五分ほど路地を入った場所にある。さらに小さい路地をはいると、そこの健次の家がある。ノックをるすが、なかから声は聞こえない。というか、ドアのノブに電力会社のパンフレットがさがっている、引越してきた方向けの手続きが説明してある冊子だ。ドアをゆっくりとまわす。開いた。6畳一間の畳の間のまん中に、健次の携帯がぽつんと置いてある。引越したのか?そう思って携帯をてにしたら、突然、着信のメロデイーが流れはじめた。雄一が、千駄木の部屋できいたのと同じ着信音。電話がかかっている。雄一はおそるおそる電話をとった。
2005.07.26
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「これだよ。」ついさっき、みたばかりのメールを健次に見せた。「だって、このメールをみていたら、これまで来たことのないおまえが、突然、俺の部屋に来たんだから。それに、おまえはハッカー健次といえば泣く子もだまる。どうだ。図星だろう。」「偶然にきまってるだろ。ほら、これ。」 健次は片手に、さっき雄一の立ち寄ったコンビニの袋を持っていて、その中に缶ビールが3、4本はいっている。そして、もう一つ、無地の茶色の袋には、どこで買ったのか、たこやきがおさまっている。「でも、これってなんだと思う?」「うーん、わかんないな。でも、この乱数表さえ解読できればわかるんだけどね。」「それと、メールだよ。だれがこれをとりにくるっていうんだ。いったい何がはいってるんだろう。」ほどよく電気ストーブがあたたまって、ふたりは、6畳のたたみに腰をおろした。窓のそとは木枯らしが、びゅーと音をたてている。テーブルの上には、たこやきと、雄一がストックしていた、さきいか、ポテトチップス、そしてビールを3缶置いた。「あつかんのほうがよかったか?」「真冬のビールも、いいもんさ。」そういいながら、雄一は袋を全開にしてポテトチップスを2、3枚つかむと、口にほおりこんで、350ミリリットルのビールをひとくち飲んだ。「でも、あんまり首つっこまないほうがいいかもしれないぞ。」「なんだよ。いきなり。」「けっきょくさ、このデータをもってるやつは、いま、これをなんとか取り戻そうと必死なわけだろう?」「そうだな。いまからとりにいくなんて、よっぽどだ。」「そして、」「そして?」「雄一の住所を知っている。」「俺が狙われてるとでもいうのか?スパイ小説じゃあるまいし。」「でも、そうだと考えると、つじつまが合う。」 そのとき、健次の携帯が鳴った。それがメールの着信なのか、電話の着信なのかはわからない。じっと携帯の画面をみる健次。「雄一、おれ、かえるわ。」 突然,買ってきたビールに一度も口をつけることなく、健次は部屋をでていった。
2005.07.23
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固唾をのんで、その男の動きを凝視した。ほんの一分くらいだったであろうか、雄一にはそれが十分にもかんじられた。そのときだった。その男が静かに、雄一のドアをノックした。それは、一度、二度とゆっくりと、かすかに木製のドアに拳をあてるようなたたき方であった。「はい。どなたですか?」「俺だよ。健次。すまない。」パクパク音をたてていた心臓が、まるでなにごともなかったかのように冷静さをとりもどそうとしたが、余韻をたのしんでいるかのように、鼓動を弄んでいる。「なんだよ、びっくりさせんなよ。でも、おまえさ、新宿からタクシーで春日部むかったよな。」「うん、なんか雄一ともうひと飲みしようかと思ってな。」「おれが留守電にいれてたコメント聞いたか?」「電話くれたのか?まだ聞いてないよ。」「じゃあ、ちょうどいいや、このファイルをみてくれないか?」雄一は、iBOOKを、スリープからふたたびたちあげた。「家に帰ったらさ、カバンにこれがはいてってね。なんだと思う?」雄一はUSBステックを健次にみせ、脇のUSBのコネクタ口に差し込んだ。そして、健次にその3つのファイルをみせた。「ちょっとさわっていいか?」健次は、クリックをしながらファイルをじっと凝視する。「これは乱数表だな。実に古典的なつくりだよ。」「乱数表?」「たてと横に数字があるだろう?このクロスしたところにあるのが暗号だかパスワードだかになるんじゃないか?」「じゃあ、このあと二つのファイルは?」「おそらく、乱数表からパスワードかなにかを導きだして、それをいれるとこの二つのファイルも開くって仕組みじゃないか?」「健次、おまえ、この乱数表とか解読できないか?」「うーん、頑張りがいはありそうだけど、100%保証はできないよ。でも、なんで、雄一がこんな怪し気なファイル持ってんの?ウイルスやられたら大変だぞ。」「でも、マックだから、大丈夫だろう。」「そういう問題じゃないぞ。マックが大丈夫でも、雄一が汚染されたファイルを添付してメールしたらどうなんだよ。わけのわかんないファイルは自分のパソコンにとりこまないことだぞ。」「そうか。やばかったな。」「それより、このステイック借りれないか?」唐突な健次の依頼だった。「ひょっとして、このメール書いたのおまえか?」健次は、鳩が豆鉄砲をくらったような、目を雄一にむけた、「なんだい?そのメールってのは。」
2005.07.22
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気が付くと、酔いもすっかり醒めていた。このUSBステイックに入っているデータの持ち主がだれか?というよりも、このデータの持つ意味、二重、三重にプロテクトがかかったこのデータ。興味をそそられる。ほんの数時間前に別れた健次に電話をしてみた。健次は、会社ではITの主任をまかされているが、自宅ではハッキングもやっている。これは、社内では公然の秘密だった。なぜなら、居酒屋などで、まるで手柄話のように話すのがすきだからだ。健次の携帯を鳴らしてみるでない。二十回ほどコールしたあと、メッセージを残してださいという声がながれた。「健次、おれだ。雄一。いま家からなんだが、おれのカバンにな、変なUSBのステイックがはいってたんだが、おまえ、なんか入れたか?それはともかく、妙なファイルが入っているんだ。ちょっとお前さんの力を借りたい。電話くれ。」健次の家は春日部で、まだ、タクシーのなかだろう。着くまでにあと一時間はかかる。おそらく、今時分は、タクシー後部座席で、白河夜船ではないか?メールソフトを立ち上げる。十本ほどのメールを読み込んでいく。雄一は、会社のメールを自宅で読むような設定にはしていない。すべて、プライベートのメールだ。ひとつひとつ見ていくうちに、トラックパットを人さし指でクリックする手がとまった。そのファイル、なくさないで持っていてください。とりにうかがいます。送信人のメールアドレスは、ホットメール。氏素性はわからない。しかし、誰が、とりにくるというのか?そして、雄一がこのステイイクをもっていることをどうして知っているのか?くると言うことは、住所も知っていると言うことになる。それらをなぜ、謎のミスターXは知っているといえるのか?そのとき、静かにアパート一階のドアがあき、静かな足取りで階段をのぼってくるのが、わかった。廊下と部屋の間のすりガラスごしに、それが東大生でないことは、雄一にもわかった。ひょっろと背丈のある男性にみえた。そして、いったん、雄一の部屋を通り過ぎて立ち止まり、そしてふたたび雄一の部屋のまえでとまった、だれだ?
2005.07.21
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発端 200×年。12月。 雄一は会社の忘年会で、あびるほど飲んでしまった。気に入らない、いまひとつそりのあわないあいつがいなかったこともある。上司も、親会社の忘年会を優先させて欠席してしまったが、ポケットマネーを置いていってくれた。プロパー社員の雄一たちにとっては、疑問を感じないではなかったが、逆に、忘年会をエンジョイできた。部下である文子や同期の健次たちと、ひたすらはめをはずした。 健次が学生時代から通っているというゴールデン街の店で飲んだズブロスカがきいたか、雄一の足下はいつもより、頼り無気だった。そして、西武新宿駅近くのパチンコ店の前でタクシーをひろった。西口駅前の大きなデジタル時計は2時35分をさしている。 これくらいの酒量とは思っていたが、すこしオーバーぎみだった。ここのところ残業が続いた。寝るのが一時、二時もざらだった。つかれが、アルコールとともに、一気にふきだした感じだ。運転手に行き先を告げたあと、すっかり眠りこけてしまった。ただ、前の客がたばこを吸ってたらしく、ヤニのにおいが車内にこもっていて、寒いのを承知で、窓をほんの5?ほどあけさせてもらった。その隙間から、冷たい風が、びゅうびゅうと音をたてて車内に飛び込んできたが、アルコールで火照った雄一には心地よかった。「お客さん、千駄木の駅まできたけど」 目をさますと、シャッターの閉まった駅前に、タクシーがとまっている。駅の並びにあるドトールコーヒー、ケンタッキーフライドチキンいずれも店内まっくらである。ガラス越しにサンタのコスチュームに身をまとったカーネルサンダースが、昼間とかわらぬ笑顔を向けているのは無気味だった。 雄一は座席横に置いていたユニクロで買ったばかりのビジネスバックを持ち、領収書とおつりを財布にねじこんで車をおりた。暖冬といわれている今年の冬だが、放射冷却の激しい快晴だった日の夜は、やはり寒い。 人通りはない。時折、雄一と同様の酔客をのせてタクシーが通りすぎていく。 さんさき坂を、寒さで多少 酔いは冷めたとはいえ、まっすぐ歩みをすすめている自信はなかった。白壁の谷中小学校を横目にみながら、自分のはく息の白さに、暖冬もおわったのかなと思った。 途中、コンビニで肉まんとあったかいウーロン茶を買い求める。あまり聞かない名前のコンビニだが、谷中にはこんなコンビニが似合う。雄一はできた当初から、常連で、出入りしていたが、きょうはいつものコンピュータおたくの和也の姿はなかった。見知らぬ男。プレートには柴田とある。歳は和也とかわらなそうだが、ちょっと無機質なところに、雄一は、自分とはあいいれぬ何かを感じた。 雄一のアパートは、そのコンビニから30メートル程いったところにある。ただ、外観は、普通のアパートとはちがい、普通の民家を改造したもので、二階に三世帯、一階に二世帯がすんでいた。二階は階段をあがってすぐが雄一。隣が東大7年生の法学部学生。さらにその隣は、引っ越して来てまだ一度も姿を見たことないが、絶世の美女がすんでいると隣の東大生から聞いた。 一階のポストは、近くにできる大手開発業者によるマンション建設に対する反対運動のちらしと、宅配風俗のちらしが入っているだけで、大家が置いているゴミ箱にそれらを投げ捨てた。 そーっと階段をのぼっていく。時計は三時をまわろうとしている。東大生はまだ起きている。東大で7年生?と思ったが、いろいろ話をきいてみると、東大に入ったときすでに3浪で、さすが天下の東大でも、成績優秀ならまだしも、成績も低空飛行の状態では就職もままならないらしい。結局、実力がものをいう司法試験を目指しているが、来年は五度目のチャレンジと言っていた。おそらく、大学受験で人生で使うエネルギーのほとんどを使い切ってしまったのではないかと雄一は思っている。むろん、そんなこと、口がさけても東大生ふみやの前ではいえない。でも、人間的魅力にあふれるやつだ。 部屋は、朝の喧噪の余韻がただよっていた。キッチンには、朝食のとき使った食器を、無造作に入れたままだった。そして、なかばせんべいというよりは、下敷き化してしまったふとんが6畳の部屋のまん中に鎮座していた。 雄一は、とりあえず、かばんを置き、電気ストーブのスイッチをいれた。 テレビをつけるが、少ない資金で、当たりをとろうとする番組ばかりが目立ち、へき易する。どのチャンネルをまわしても似たりよったりだ。ストーブをつけたものの、電気ストーブのため、局部的な温かさしかない。カーテンも生地の薄い、前にすんでいた女子大生が置いていったものを使っているから、保温効果も望めない。いま買ったばかりのウーロン茶のペットボトルに残る温かさで暖をとった。カバンに入れていたパソコンを出そうと、手元に引き寄せる。それまで気が付かなかったが、上部のファスナーが3分の2あいていて、そのうえに、USBのメモリステイックが一つ、パソコンの淵の上部にひょこっとのっているのが目にはいった。なんなんだろうか?おそるおそる、バックからだしたIiBOOKのUSBのコネクターに差し込んでみる。これがウインドウズなら、こんなことはしないだろう。なぜなら、得体のしれないものをパソコンにいれて、ウイルスに感染することだって、十分に考えられるからだ。しかし、雄一はマッキントッシュを使っていて、ウイルスにやられる恐れはない。そのUSBに入っているデータを見ると、3つファイルがあり、ひとつは数字がベタうちでぎっしりと埋まっている。あそして、あと二つはエクセルのファイルで、クリックすると、パスワードを聞いてくる。これまで、プロテクトがかかっていて、計算式を操作できなくすることは、よくある。 しかし、このファイルは開けることさえ、パスワードを聞いてくる。 なんのファイルなんだ?
2005.07.20
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次回作はすでにスタンバイ中。時事とか、旅行ネタ、そして小説。それぞれにのめりこんでしまうな。つぎは、小説ID。個人情報の国家管理プロジェクトを描いた小説。10年前、あるHPで公開。そのサーバーを管理する会社が閉鎖になってそのままになっていたのを、思い出しながら書いて行きます。むろん、時代背景が違うので、そこらあたりは変えていきます。第三作目も引き続き。ご愛読を!
2005.07.19
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なんで切ったはずの携帯が鳴るんだ。柴は、鳴っている自分の携帯を探した。「どうしたの?」「おれの携帯が鳴ってるんだ。どこにいったんだろう」あっ、あった。柴は携帯を手にとり、着信をみると、非通知だ。ボタンを押しても、なにもきこけない。着信音は鳴り響くだけだ。なんだ。こわれたのか?いらついた柴は、携帯の後ろのカバーをはずし、リチウム電池を抜き取った。まだ鳴っている。「柴さん、どうしたの?」ふと気が付くと、ふとんの中にいる。横には、裸のままでよこたわっていた美佳が、タオルケットを胸にまき、柴の顔を覗き込んだ。「おれ、なんかしてたか?」「わたしの目覚ましをふりまわしていたから、どうしたかと。」「ところで、きょうは何日?」「きょうは×月○日だよ。」あの宝くじから1週間過ぎている。「美佳、宝くじは?」「宝くじ?なんこと?」「だって、おまえ、1億円あたって。。。」「柴さん、どうかしたの?それより、準備しないと会社おくれちゃうよ。もう、休めないでしょ。これでやすんじゃうと有給もなくなっちゃうし、大変よ。」そうか、夢を経由してちがう現実に行ってしまった。しかし、1億円は、現実問題として美佳は当てていた。あの当選がわかった翌日、会社に行き、その日の午後、当たり券をお金に変えた。定期預金にした当選金の証としての証書は、手元にある。そのことは、柴には黙っておこうと思った。それは、お金をひとりじめしようということよりも、ふたりのためだと思った。1億円があることで、柴がだめになるように思えたからだ。「じゃあ、宝くじははずれたのか。ま、いいけどね。」「なによ、あたりとかはずれとか、夢でもみていたの?」「いや、なんでもない。」柴は冷静さを装った。「じゃあ、会社終わったら、ね。」柴はきょとんとした顔で美佳をみた。「わすれたの?いやだ。信じられない。きのうのプロポーズ。きょうは記念の食事をしようって言ったじゃない。」「・・・・」柴は、なんだかきつねにつままれたようではあったが、美佳とこうして知り合えたことで、宝くじははずれたが、よしとすべきかな、と思った。それにプロポーズ。おそかれはやかれ、そうなる予感は感じていた。これが、夢であろうが、現実であろうが受け入れよう。柴はそう思った。しかし、かれが手にした新聞の社会面の片隅に、フロリダのケネデイー宇宙センターが、巨大彗星が地球に接近しつつあることを報じたベタ記事を、柴、そして美佳も見落としていた。柴も、地球最後の日の夢の告知を忘れていたわけではない。これもあたるかもしれないし、はずれるかもしれない。そうなったとしても、逃げ場はないのだし、美佳とその時を迎えればいいのではないか、そういった達観した気持ちで、柴は、美佳といっしょに上井草の駅で、会社にいくべく西武新宿行きの電車をまった。(終)
2005.07.19
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久しぶりです。前回まではフリーページで1億円と2億円の違いはあったが、夢のお告げはあたった。「そうか、柴さんもお告げあったんだ。」柴は興奮していながら、それまで、自分が宝くじのお告げについて、美佳に言っていなかったことに気づいた。「そっと、ひとりじめしようとしたんでしょ。」「そういうわけじゃないさ。」「でも、柴さんって正直な人ね。だまっていればいいのに、私に言うなんて。」柴も不思議だった。これまでの自分だったら、誰にもいわなかったかもしれなかった。その日、ふたりは無断で会社を休んだ。部屋で、ウイスキーを3本あけた。食べるものがなくなると、ふたりして上井草駅前にあるセブンイレブンに行き、いろいろと買い込んでは、部屋に帰ってまた飲む。こんなことをしていいのか?そんな気持ちもたしかによぎった。携帯はオフにした。だれからもかかってこない。会社が処分を加えようが、自分は自分。軍資金はある。ただ、その金は、自分の金ではない。美佳の金だ。この美佳という女性も、どこか弾けたように、グラスに氷をいれては、グイグイとウイスキーを飲み干している。そして、酒量がすすむと美佳のたばこもチェーンスモーカーと化していく。そういえば、美佳のことを柴は知っているようで、なにも知らない。たしかに、相性の良さはかんじるが、それ以外はあまり話らしい話はしていない。あるのは宝くじを巡る夢の共有だけだ。時間が夕方になり、次第と現実を考えだしたとき、自分はなにをしているのか、と気持ちが多少、夢の途上からひきもどされかけた。「どうしたの?」美佳がピスタチオの皮を多少のびたつめでわり、そのでてきたナッツを口にほおりこみながら聞いた。「あしたは、会社いかないとな」「わたしなんて、でもクビね。」「なんで?」「そりゃそうよ。入社して何日もたってないのに無断欠勤よ。」「まあな。それはおれだって、お目玉だよ。」「でもさ、美佳はこの会社はいるまでは、どうしたんだ?」「いろいろあってね、もうつかれたって感じなのよ。」答えにはなっていない。なっていないが、少なくとも、いまからの脱却をはかろうとしていることは、柴にもわかった。「でもさ、わたしって誰とでも、しちゃうような女じゃないからね。」それは柴も感じていた。そんな遊びに走るタイプの女性ではない。外は、日が落ちて、ドアのポストに夕刊が放りこまれた。大きな事件も、事故もない。ただ、世の中、何ごともなく、時を刻んでいるように思えた。そのとき、切ってあったはずの柴の携帯が鳴った。
2005.07.18
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シャワーをあびると少し、ほっとする。日本人は湯舟に肩までお湯につかるのが、ベストに違いないが、シャワーで汗を流すだけでも、全然ちがう。柴がでると、タオルが置いてあった。おろしたてのタオルらしかった。もちろん、替えの下着など持ち合わせがあるわけもないが、それでも、気分は違う。「わたしも浴びてこようかな。」「そうしなよ。」すっかり片付いたテーブルの上に新聞が置いてあり、柴は、コマンダーでテレビのスイッチをいれた。夜中の2時近くというのに、どのチャンネルも、はっきり言って内容は50歩100歩の内容だ。浴室からは、美佳がシャワーを浴びる音が聞こえてくる。10分ほどたって、シャワーの音がやみ、美佳が脱衣所にでてきて、身体をふいているところが、すりガラスをとおしてみえた。きょうは、寝ないで明日を待ち、宝くじの発表を見にいく。そう強く意識をしていた二人であったが、そのあと、そこには、お互いの身体を求めあう、男と女の、あられもない姿があるだけであった。そして、疲れ果てたふたりは、すっかり寝入ってしまった。最初に気づいたのは、美佳だった。いつもの癖で、携帯の時間を見る。6時30分。まだ、時間は大丈夫だわ、そう思って、よく日付けをみると、丸一日とんだ日にちを携帯が表示している。「ちょと、おきて、たいへん。」柴も、目をこすりながら、我に返る。となりに裸のままでいる美佳に驚きつつも、自分も下着もつけないままの姿でいることに、カーテン越しの朝日が、羞恥心を柴におもいおこさせた風であった。「あさってになってるわ。」美佳はあわてて、テレビをつけてみる。きのうのニュースは、すでに自分たちがまだ経験していない明日のニュースを昨日のニュースとして報じている。「ということは、」美佳は、ポストにはいっている新聞をとった。社会面の右端にある宝くじの当選番号の記事をみる。柴は、買った宝くじの番号をパソコンに入力していた。カバンからパソコンをとりだし、一等の番号を照合する。「あたったよ。あたってる。」2億円があたっている。たしかに、目の前の事実は現実の事実として存在している。ふたりとも目はとうに冷めた。というか、寝ぼけているわけにはいかない。「夢のお告げは本当だったんだ。」
2005.07.04
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バックナンバーは フリーページへ「でもさ、どういしてこういうことになっちゃったのかしら。」「デジャブってのか。SFとかで、よくある。でも、ふたりそろって、ていうのも、どうなんだろ。」松林は、冷蔵庫から缶ビールを二缶とりだし、なにもいわずに柴に渡した。柴も、それをごく自然にあけ、口につけた。「松林、」「松林じゃなくて、美佳でいいわよ。」「美佳、おれさ、夢かどうかわからいんだけど、美佳と、」「いわないでいい。本当よ。私もしっかり身体というか、記憶が覚えている。」「そうか。あれは本当だったんだ。」しばし、柴は、飲み干した缶ビールをテーブルに置き、両手をゆかにつき、ぼーっと天井をながめていた。「どうしたの?」「うん、なんだか、いま、なんともいえぬ安堵感のようなもの感じてる。不思議なくらい、ほっとするっていうか。」「それは、わたしも同じよ。」美佳は、缶ビールをテーブルに置くと、立ち上がってキッチンに行き、小さい灰皿を持ってきて缶ビールの脇に置いた。そして、会社に持っていっているバックから、セーラムライトを一本とりだし、火をつけた。「美佳は、たばこ吸うのか?」「うん、いつもじゃないけどね。」深く吸うと、ふーっとはいた。「おれさ、さっきは知らないって言ったけど、噂はきいてる。」「やっぱり。」「専務とのウワサ。」「これ、柴さんにはわかってほしいんだけど、男と女の関係じゃないからね。専務は義理の兄なの。私の姉のお兄さん。仕事のことで相談にいったら、おれのところへこないかって。」たしかに、後ろめたいところがないからこそ、会社の近くで二人でいても、なんにもないわけだ。柴は思った。「ごめん。」「柴さんが謝ることはないわよ。うわさなんて、そういうもんよ。」美佳のたばこの灰が3センチほどになっているのが、気になる。柴は、灰皿を渡した。「ありがとう。そういえば、きょう、日付けかわったから、宝くじの当選のわかる日ね。」柴はすっかり忘れていた。「なんか、本当に今日は寝たくないな。」「私も。」「このまま、おきていて、きょう宝くじの発表を見にいくか?」「でもさ、お局様がなあ、」「なにかあるのか?」「最近ね、私が帰ったあとメールをすべてみられてるような節があるのよ。とにかく、あら探しの天才のようなところあるから、気をつけないと。」「そういえば、美佳はメッセンジャーって、いれてるか?」「なに、そのメッセンジャーって?」「いや、いいんだ。」「柴さん、シャワーでもあびる?」「そうするかな。いいのか?」「いいわよ、それまでにここ、片付けとくから。」時計は、1時半を過ぎていた。
2005.07.03
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バックナンバーはフリーぺージでどうぞ柴は水を、ごくりと飲み干した。すると、松林は、冷蔵庫に冷してあったクーラーポットの水をとりだし、あいたグラスに水をそそぎ、ポットはテーブルの上に置いた。「おいしくない?」松林が不安げに、柴の顔をみる。「いや、そんなことはないよ。」「でも、なんだい?その噂というのは。」「ううん、知らなかったらいいのよ。しらなかったら。」松林は、何ごともなかったかのように、スプーンで、カレーを口に運ぶ。「なんかさ、不思議なのよ。」「なにが?」「実をいうと、柴さんとカレー食べるのって二度目なのよ。」柴のカレーを食べる手がとまった。「どういうこと?」「なんかさ、変な夢をみて、宝くじ売り場であなたと会って以降、自分がいま現実社会にいるのか、夢のなかにいるのか、わかんなくなってきたのよ。」「家で寝てたのに、気が付くと電車の中だったり。」柴は、自分とまったく同じ状況に、松林がおちいていることがわかった。「だからね、寝るのが恐いのよ。」松林はそういうと、カレーを食べるスプーンを置いた。「夢のなかで話し掛けた男が現実の社会にでてきたり、もう、何を信じたらいいか。」「それに、」少しおいた間がじらされるように感じられた。「そういえば、なんでわたしがこの会社にはいったか言ったっけ?」「聞いてない。」そのとき、携帯の音がバイブにしてあったため、テーブルの上をガガガと振動にあわせて動きはじめた。「ちょっとごめん。」松林は携帯の画面をみると、部屋の外に出ていった。五分、十分待ったが、かえってこない。ドア越しの窓から外をみると、そのアパートの階段のところで、携帯で話をしている。時間はすでに11時半近くになっている。電車の乗り継ぎを考えると、そうゆっくりもしていられない。カレーは、柴はすでに食べきり、松林はすこしカレーのルーにからまった御飯がすこし、それこそひとくちではいりそうなくらいの量が残っているだけであった。そのとき、松林が帰ってきた。「友達?」そういいながら、それはないだろうと柴は思った。なぜなら、友達なら、柴の前で話をしたって、なんら問題はない。ということは男か?「うん、まあ、そういうこと。」「さっき、なに話してたっけ?」「会社にはいったきっかけというか。」「そうか。そういえば、時間だいじょうぶなの?」肝心の話をはぐらかされたような気がしたが、「だいじょうぶじゃない。」まだ、その時間なら電車は間に合った。柴は、うそをついた。「とまってく?」松林のひとことに、一瞬びっくりもしたが、おそるおそる聞き返した。「いいのか?」「なんかさ、柴さんにそばにいてほしいのよ。夜が恐いっていうかさ。」それは柴も同じだった。
2005.07.02
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バックナンバーはフリーページにどうぞ。上井草の駅に着くと、たった一度しか行ったことがないのに、駅をおり商店街をぬけ、突き当たりを左に折れる、といった道順を、考えることなく、柴は歩いていた。それは、身体がおぼえているように柴には思えた。アパートの前に着いたが、灯はついていない。松林のドアのポストは、夕刊が突っ込んだままであった。まだ、かえってきていないらしい。おそらく10分おきくらいのペースで着く普通電車が上井草の駅に着くたびに、駅方面から人が流れてくる。そして、また人の流れが途絶える。しかし、30分待ってもかえってこない。1時間。まだかえってくる気配はない。時間は10時近くになろうとしていた。この上井草から柴の家までは歩けない距離ではないが、歩くには少ししんどい。電車のことなどを考えると、帰らざるをえない。柴は、あきらめて駅へむかった。10時をすぎると、駅前の商店街も、焼肉屋、居酒屋といった飲食店があいているだけだ。柴は夕食をとっていなかったが、それよりも、松林の寂しげな姿がどうしてもわすれられなかった。ホームで待っていると、西武新宿行きは出たばかりで、待っている人の姿はなかった。そこに、下りの上石神井行きが入ってきた。けっこう、混んでいる。その電車が通り過ぎると、あとには静けさがもどった。そして何げに下りのホームを見ていると、松林が自動改札を抜けていこうとしている姿が見えた。柴はあわてて、駅員に断って外にでた。そして、踏み切りをわたり、松林を追いかけた。「おい、松林、どうしたんだよ、さっきは。」松林の顔は、アルコールが入っているのか、少々、赤みがかかっていた。そしてはく息は、アルコールの濃密なにおいがした。「ごめん。ちょとたまたま、学生時代の友人に会っちゃって。ちょっと飲もうって誘われたのよ。」柴は松林をみたことを、言おうかとも思ったが、会社でみせた寂しい表情の松林を、思い出し、ぐっと堪えた。「柴さん、まてったの?ほんとうにごめんね。」「いいんだ。」自然と、ふたりは松林の部屋に向かって歩いた。「なんか、相談ごとがあるように感じたんだけど。」「うん。でも、ここじゃなんだから、部屋にあがって。」足下が、多少おぼつかないかんじで、部屋にたどりつくと、ミッキーマウスのキーホルダーのついた鍵をとりだして、中にはいった。キーホルダーには、いくつかの鍵がついていたが、柴はとくに気にもとめなかった。「どうぞ。」「なにも食べてないんじゃない?」「そういえば、なんも食べてなかったか。」松林は、荷物を置くと冷蔵庫をのぞいて、冷凍していたカレーのルーがあるのを見つけた。「カレーでも食べる?」柴は、ひとりの時いろんなことを考えていたが、松林とこうしているだけで、それらの考え事が氷解したわけでもないのに、わだかまりなく、その部屋にいることに驚きを禁じ得なかった。まえにきたときナイター設備がこうこうと照らしていた早稲田大学のラグビー部の練習場も、夜の帳がおりていた。「できたわよ。」きがつくと、カレーのスパイシーな香りが、部屋に漂っている。「松林、たべてきたんじゃないのか?」「うん。でも、柴さんと一緒にたべたくなったんだ。」そういいながら、テーブルにらっきょうが3個のったカレーを、二つ置き、水のはいったグラスを二つ、つづけて持ってきた。「たべようよ。」柴は、ゆかに腰を落とした。「いただきまーす。」松林は、そういうとスプーンで、ごはんとカレーの境目を少し崩すと、その部分をすくって口にいれた。柴もカレーには目がない。二人は、もくもくと食べはじめた。二口みくち口にいれたときだった。松林が口を開いた。「柴さん、わたしの噂って聞いたことあるでしょ。」柴は口にいれていたカレーのなかにあったじゃがいもを、おもわず飲み込みそうになった。
2005.07.01
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きょうはじめてのかたは、フリーページから。「へえ、あの女がね」柴は、そういうのが精いっぱいであった。というよりも、それ以外のリアクションを頭のなかでとっさに用意できなかった。専務の山崎。プロパーで引き抜かれて出世街道をトントン拍子ですすんできた。次期社長候補の一人だ。その山崎の女?「おい、柴君、書類はできているだろうね。」ぼーっとしていたが、境の言葉で我に返った。境は自分の席でメールを見ながら、声をかけた。「だいじょうぶです。」そういうと、柴は部長のフォルダーをクリックし、昨夜、確認したファイルをそのなかから呼びだし、プリントアウトして、部長席に持っていった。境は、ひととおり、みると、「じゃあ、これを10部用意しといてくれ。12時半にでかけるからな。」柴はとりたてて、キャリア指向というわけではない。かといって、今の状況に満足しているわけでもない。そつなく仕事をこなし、いろいろ将来を考えたいと思っていた。そこへ、あの夢の女、宝くじ、そして松林。いまは、朝の川島の話もあって、逆に松林を強く意識するようになってしまった。その日の夕方だった。会議の報告書を、柴は残業で取り組んでいると、松林が経営企画の部屋に入ってきた。「どうした?」「ううん、なんでもないんだけど。ちょっと心細くてね。」「また、夢でもみたか?」「そんなじゃないわよ。あなたが、わたしの部屋にきた日のこと、ふと思い出したりしたわけよ。」柴は、あとA4半分ほどで終わるところであったが、手をとめて松林をみた。「あとさ、15分くらいで終わるからさ、下で待っててくれないか?」「わかったわ。」その日、とくに何があったわけでもないのに、社員の帰りが早く、7時半というのに、会社はすでに柴だけになっていた。松林が経理の部屋のドアを締め、エレベーターホールに歩いていく音が、柴の耳に聞こえてきた。「どうしたんだろうか?」愛人の話そのものよりも、松林の寂しそうな表情が気になった。結局、10分ほどで仕事を片付け、報告書を部長にメールで送り、パソコンを閉じた。電気を消し、部屋のセキュリテイー装置を稼働させ、下におりた。ビルの一階におりてみると、松林の姿がみえなかった。「どこにいったんだろうか?」あの寂しそうな表情が気になってしかたがない。ビルの前の量販店は、閉店が9時だから、まだまだ、客足は途絶えていない。しばらく待ってみた。しかし、30分待っても、松林はかえってこない。ちょっと、もやもやした心持ちになったが、これ以上待っても、どうなるものでもなさそうなので、会社のビルを離れた。量販店の店頭は、携帯電話の最新機種がならび、各電話会社のウインドブレーカーを羽織った販売員が、売り込みをしている。衝動的に、一台の携帯電話が目にとまった。いま使っている携帯電話と同じ電話会社のもので、最新型だ。そして値段も少し高めだったが、すっと買ってしまった。店員はいろいろ説明をしようとするが、柴自身は、自分でさわって覚えるたちなので、とにかく、機種変を迅速にやってくれと依頼した。そして30分ほど所要時間がかかるというので、近くの書店に行って時間をつぶそうとしたそのときだった。『松林だ』そばに、山崎がいる。会社の上司と部下以上の雰囲気を感じた。あわせて、会社の近くで大胆な女だ、とも思った。その表情は、つ550分ほどまえにみせた暗い表情が別人のように感じられた。逆に見られてまずいのは、その二人のはずなのに、反対に、柴が携帯電話会社の大きな看板の影にかくれて二人をみやった。やっぱ、そういうことか。柴は、携帯を受け取って、その量販店をでた。そのときだった。まだ、セットアップもしていない携帯のメール着信の着メロが鳴りだした。あわてて、その量販店の紙袋に入った携帯をとりだした。濃いめの赤い折り畳み式の携帯をあけて、メールをみる。「宝くじと地球消滅忘れてないわね?」忘れているわけではなかった。しかし、このときは、そのメールの不可思議さよりも、松林のことが気になってしかたがなかった。松林の家にいってみよう。気がつくと、柴の足は西武新宿にむかっていた。
2005.06.30
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朝、目をさましたとき、瞬間的に頭のなかが空白になる。そして、ああ、きょうはあれをやらないと、とか、きのうのことを思い出したりする。思い出すのが、いいことならいいのだが、いやな事なら、朝からため息のひとつもでてくる。柴もおきて、昨夜のことを思い出したが、それが自分にとって、よかったのか、悪かったのか、どうにも分からなかった。それでも、いつものようにパソコンをたちあげ、ふとんにまた、潜り込む。携帯電話をとって日にちを確認する。きのうから、一日過ぎている。当然といえば、そんな当然のことが、妙な安心感を柴に与えていた。ある意味で、いつもの日常に身をおくことが、どんなに平穏か。柴は、メールをチェックする。さしたるメールはなし。銀行口座をチェックする。カード決済の日であり、おちたことをみて、ほっとする。落ちている。3万4320円。会社の歓送迎会の幹事をやった際、カードをつかった分の引き落としだ。残高を見る。94万5235円。あのスクラッチの当選金だ。思い返して、カバンを手にとる。しっかりと、宝くじがおさまっている。給料前の柴にしてみると、珍しい金額だ。そして、松林のことを思い出す。また、うとうととしだす。おっと、やばい。起き上がると、冷蔵庫からパックの牛乳を取り出し、グラスに注ぐと、口をタオルで拭い、部屋をとびだしていった。頭は寝癖がついたままだ。それに、着替えずに寝たから、スーツもしわだらけになっている。駅に向かう途中、コンビニのガラスに映った自分の姿をみながら、手で撫でつけるようになおした。いつもは、あまり身なりに気をまわす柴ではないのだが、それもこれも松林の存在が大きい。「おう、くたびれた格好してるな」新宿駅の改札をでて、地上にでたところで、小田急からおりてきた同僚の川島に声をかけられた。「おはよう。」川島は、境部長が引っ張ってきた。前は、証券会社系のシンクタンクにいたと聞いた。年齢は柴と同じだが、柴としては、さほどの能力の違いはないと思うのだが、部長の境は、川島をひいきにしている節がある。「きょうの会議資料大丈夫なのか?」「もちろん、あんなもん軽いもんさ。」そのとき、一人の女性が二人を足早に追抜いていった。松林だった。「あれ、経理にはいった新しいやつじゃないか?」「そうか?」柴はとぼけた受けごたえをした。「あの女、専務の女らしいな。」柴は言葉を失った。
2005.06.25
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「もしもし」そういうと電話は切れた。着信の番号表示は、非通知になっている。いつもは、無視するが、きょうはとってしまった。柴は帰ることにした。新宿で電車に乗る。11時近くともなれば、車内は酒臭い吐息で、充満していた。いつも思うことだが、朝と夜では、どうしてこうも電車の中の雰囲気がかわるものか?新宿をでると右下に西武新宿の駅が見える。つい数時間まえ、あの駅から上井草の松林の家に行き、そしてセックスをし、次の日、会社に行き仕事をする。日付けがかわるまで仕事をしたと思ったら、きがつくと昨日に逆戻りだ。そして、松林の家から『もう一度』西武新宿まで戻り、そして会社に行った。どれが夢で、どれが現実なのかわからない。ここでまた寝ると、ちがう現実、同時進行で進んでいる現実に引き込まれるのではないか?家は、朝のまま。正確にいうならば、あの朝から、なんら変わった様子はない。柴は、松林と話がしたいと思ったが、肝心の電話番号を聞き出してなかった。それに、松林とああいうことになったのは、はたして真実か夢なのか、まったく見当がつかない。柴は寝るのが恐くなった。寝るとまた、ちがう現実社会に引き込まれるような気がするからだ。しかし、精神的にくたくたになった柴のまぶたは、重くゆっくっりと落ちていった。いつものベットに倒れ混むように、眠りにおちていった。
2005.06.24
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きょうがはじめての方はフリーページから、「なーに、やってんの。」またしても息をのむ。夢の中で、いろいろ言っていくあの女ではないか。「どうしてあんたがここに?」「そんなことよりも、あなたね、いろいろと考え込まないことよ。」その女は、バックから見たことのない外国産だろうか、たばこを取り出した。そして、ポンポンと銀紙の箇所を指でたたいて、そのうちの一本をとりだすと、100円ライターで火をつけ、口にする。軽くひとくち吸い込み、ふーっとはきだした。「ちょっとねえ、会社内は禁煙なんだけど。」女は柴の言葉を無視するかのように続けた。柴はなんと自己中心的な女だ、と思った。そういう女は、柴は得意ではなかった。「あの女は、しっかりとつかまえておかなと駄目よ。あなたのためなんだからね。」「あの女って、松林のこと?そんなことわかってますよ。いわれなくたって。」「そうよ。ああいうことにもなったんだし。」女のはきだす紫煙が、いつもは無臭なオフィス内にほのかに漂いはじめた。柴の鼻にも伝わってきたが、ただ、普通のたばことは違うような感じがした。「灰が落ちるじゃないですか。カーペットに跡がのこるとヤバいですよ。でも、ああいうことって、なんですか。」柴自身、あの経緯が夢か現実かわからなくなっていた。女は、バックから小銭入れ大の吸い殻入れをとりだし、3センチほどになっていたたばこの先の灰を、人さし指でポンポンと落とした。そして、また口につけて、こんどは深く吸い込むと、ふーっとはきだした。「自分が一番、よく知ってるでしょ。」女は、事務所のなかを歩き、部長のデスクに座り足を組んだ。スレンダーな足で、まるで、柴を挑発するかのような組み方だ。「ここが、意地の悪い部長さんの席ね。」何をいわれても、柴は驚かなかった。言うに任せるかたちであった。「さ、てと、くれぐれも宝くじと地球最後の日は忘れないでね。じゃあ、行くわね。」柴は金縛りにあったような感じに見舞われた。声をだして呼び止めようとしたが、またしても声がでない。足も動かない。その金縛りがとけたのは、女がいなくなってしばらくたってからだった。しかし、あの女は何者なんだ。道路に面した窓から下をしばらく見やったが、女の姿をみることはできなかった。そのとき、柴の携帯が鳴った。
2005.06.23
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はじめての方は、フリーページからどうぞ。西武新宿から、しょんべん横町を横切り、さくらやの前から、小田急前を進む。あの宝くじ売り場は、もう店じまいしている。しかし、おれは夢でも見ているのか?夢と現実が交錯して、自分がどこにいるのか、柴はわからなくなっていた。しかし、それは会社に行けば、そして、自分のパソコンを立ち上げれば、すべてはわかるのではないか?柴はそう思った。会社のビルを下から見てみると灯がついている。表はしまっているから、よこの非常ドアのそばにある、カードリーダーにセキュリテイーカードをすっととおしてビルに入った。一階のエントランスは、緑色の非常灯が点灯しているだけで、外のネオンサインのつくり出す明るさとは対照的な雰囲気をつくりだしていた。ガラス1枚ではあるが、外の騒音は完全に遮断されていた。会社のフロア。経営企画はもちろん、総務経理も人はいない。営業が何人か残っていた。柴は自分の席につき、パソコンを立ち上げる、と同時に、ふと部長席脇のソファーをみて、背筋が凍った。夢でみたと思っていた坂角ゆかりの袋が、落ちてる。そして、夢で飲んだと思っていた缶コーヒーがそこにあった。その缶を持って振ってみると、3分の1くらい残っている。しかし、時間的なつじつまが合わない。いまは9時半だ。たしか、作業は終電の時間までかかったはずだ。まだ、2、3時間はある。パソコンが立ち上がり、パスワードを入れる。すると、いつもの見なれたデスクトップがあらわれた。みると、夢でつくっていたフォルダー、部長名のフォルダーがあり、そこをクリックしてみると、なかにパワーポイントでつくった書類が入っている。中を確認すると、完成している。そして、驚いたことにその最終更正日時間をみると、きょうの12時30分。まだ、時を刻んでいるはずのない2時間あまり先の時間をさしているではないか。柴は腰がぬけた。
2005.06.22
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きょうはじめての方はフリーページから!な、なんだ。「ま、松林。」さっきまで、会社で資料づくりをしていたはずだ。頭のなか、そして手の指先には、ついさっきまで、パワーポイントで作成していた資料作成のキーボードの感触がのこっている。「おれは、なにしてた?」「なにって、ずっと話をしていて、ビール飲んだところで、柴さん急に寝ちゃったじゃない。覚えてないの?」カレンダーを見ると、日付けは昨日にもどっている。「おれ、かえるわ。」「どうかしたの?なんか、うなされていたけど。」「大丈夫だ。」柴は、急速に酔いがさめていくのを感じた。正確にいうと、飲んでいないのだから、酔いが醒めるもなにもない。上井草の駅で待っていると、目の前を下りの急行、酔客をのせた特急小江戸号が走り抜けていく。走り抜けていくと、駅には静寂が訪れる。機械的な駅のアナウンスが響き渡るだけだ。酔った、そしてネクタイの胸元も緩めがちな40代くらいの男性が、30メートル近くある、木製のベンチへに横になって、なにやらムニャムニャいっている。2本ほど、上りの急行が、すぎていったあと、普通の西武新宿行きがホームに滑り込んできた。柴はその先頭車両にのり、運転席よりの席に腰をおろした。はたして、きのう経験した、たとえば松林とのこととか、あれはいったいなんだったんだろう。柴は頭が混乱していく自分がよくわかった。では、あの宝くじは?内ポケットの財布を取り出してみる。折り畳み式の財布のファスナーをあけて中を見てみる。キャッシュカードと一緒に、ATMで入金した際の伝票がはいっている。そこには、たしかに、スクラッチ宝くじがあたった痕跡といっていい、数字が並んでいる。たしかに、当たっている。そして、カバンには、1億円があたっているかもしれない宝くじがある。では、プレゼン用資料をつくっていた自分はなんだったんだろう。柴は、会社に行ってみることにした。
2005.06.21
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ちなみに、きょうのストーリーは実話をベースにしています。「いってくるよ」文庫本、もったよな。よしよし。あっ、そうだ。きょうは本、読んでられないよ。採点しないと。ピッ ピッでもなんで、みんなメロンだかなんだか知らないけど、これにしちゃうんだろうね。おれはピッなんだなあ。つい、しちゃった。新しいのが好きなんだよ。いいだろうが。きたきた、このライナーだと座っていけるからなあ。さてと、一番まえの席、せき。あいてる、あいてる。よしっと。まだ、こんなにあるよ。30人くらいか。着くまでの40分で片付けないとな。まずは鈴木か、こいつ、休んでばっかなのに、答案はしっかりしたのつくってくるなあ。でも、なになに、なんか、この文章、覚えがあるぞ。なんだよ、おれの論文丸写しじゃないか。ま、いいか。この本買ってくれて印税400円がはいってくるからな。でも、こいつに、本買う余裕なんてないか。どうせ、コピーで回し読みだろう。ま、おれも先生の論文、パクって書いたからな。優といきたいけど、良で我慢しろ。65点。おお、愛ちゃんじゃないか。中は見ない!80点。いつも、お世話になってるから。山田光司?どんなやつだったっけ?覚えがないよ。こういうのが、いちばん、始末におえないよ。なんだか、問題の趣旨を、よく理解してないな。でも、答案、表がうまっているから60点。木之本信二。なんだ、こいつ。おれをなめてんのか。野球部 木之本信二 よろしくお願いします、だと。研究者としてのおれをなめてんのか?!いくら大学総長の息子だからってよう。90点。ああ、こういうとき、自己嫌悪になっちゃうんだよなあ。あれ、もう次だよ。もう、いっきにいっちゃうよ。70点。68点。さあ、きょうもこれから授業、授業。「あっ、愛?きょうは無理だよ、無理。」「・・・・」「わかった、Tホテルのフロントで待っててくれ。」「あ、Bです。きょう朝の2時限の経済学原論ですが、休講でお願いします。」「はい、はい。そのつもりです。」はやく、この日々を脱さないとな。人間、だめになっちゃうよ。
2005.06.14
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あああ、なんか来ちゃうんだよなあ。癖というか、習慣なんだよ。ちょっと、近所のコンビニにたばこ買いにでてきただけなのになあ。気が付くと、駅に来て日経を買ってるんだな。あれ、この売店のおばちゃんかわったなあ。おねえちゃんになってるよ。「ここおくよ」まあ、いつも思うけど、いたるところから手が伸びてお金をうけとって、瞬時に値段をよみとって、おつりを渡す。おれにゃあ、できねえなあ。でも、どこいこ。とりあえず定期残ってるし、電車に乗るか。混んでるなあ。でもさ、なんで、みんなニガムシつぶしたような顔してるんだろうな。明るく行こうぜ、だよなあ。といってもどこいこう。定年で追い出された会社にいくわけにもいかんわな。いたーっまったまった、足ふむなよ。女性のヒールの高い靴は凶器だよ。でもさあ、これからどうするかなあ。退職金は、きょう銀行に振り込まれてるはずだしさ。おっと、つり革がもてたよ。「かわりましょうか?」「けっこうです」おいおい、おれに席を譲らないでくれよ。こう見えても、しっかりしてるつもりなんだけどね。でも、この娘、かわいいなあ。こんな優しい娘はいまどきいないよ。それにいい身体してるなあ。なんだ、さっきまで優しい目をしてたのに、なんだってんだ。どうぜ、スケベジジイだよ。次でおりてみるかな、電車から見えるあの看板!そう、いちどいってみたかったんだよなあ。それになあ、そのつぎまで行くとちょっとなあ、知った顔にもあうかもしれないし。でもなあ、40年だよ。よく勤めたもんだよ。なんか頭のなか、いろんなことが錯綜するよなあ。マックか。若い頃はときどきいったけどなあ。モーニングをやってるのか。あ、携帯がなってる。「うん、わかったよ。」なんだって、おれが大根と肉を買ってかえらないといけないんだよ。あいつ、おれを何様と思ってるんだろうな。まただ、「えっ、わかった。」あと牛乳も忘れないで、か。ま、いても金もかかるし、かえるかなあ。あの看板はまたのお楽しみだな。
2005.06.13
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きょうはじめての方は、フリーページから、前回分まで読むことができます。柴は部屋を飛び出し、営業の部屋をのぞいたが、2台ほどたちあがっているが、誰もいない。あとは、総務か。総務のドアをあけようとすると、マグカップを片手に、ドアをあけようとした野辺山にぶつかりそうになった。「あっ、すみません。」「なにをそんなに慌ててるの?」「いえ、そんな。」野辺山は、意味深な含み笑いをうかべながら、愛用のキテイちゃんのマグカップを持って、給湯室に消えた。総務経理でたちあがっているのは、野辺山のパソコンだけだ。それも、彼女自身、いま着いたばかりで、画面はパスワード入力画面のままだ。では、だれがメッセンジャーでメッセージを送ったのか? その日も、普通に一日がはじまった。しかし、メッセンジャーがどうして、たちあがったのか。あのメッセージは、だれが?それが、のどにささったトゲみたく、気になって仕方なかった。ぼーっと仕事に手がつかないでいると、突然、メッセンジャーが開き、松林がでてきた。「だいじょうぶ?」「なにが?」「だいじょうぶならいいんだけど。」柴は意味不明なメッセンジャーに、たしかに松林の名前がでたので打ったが、会社から標準装備でインストールされているわけでないメッセンジャーをどうして、松林は使っているのか?経理に、そのあたりに気をきかせる人間は、柴の知る限りいない。「柴君、例の資料はできてるね。」一瞬、柴の頭が白くなった。あの夢のおかげで、すっかり明日の会議用の資料づくりを忘れていた。「今日中に用意します。」部長の境は、親会社の山田物産からの出向であったが、常に、親会社しか見ていない。あすの会議も、山田物産財務部とのミーテイングの資料づくりを柴に頼んでいた。楽勝で、資料は用意できるつもであったが、おとといは休み、きのうは、松林と早くに会社をあとにしたため、まったく手をつけていなかった。かなりの量の資料を、エクセルですでに作成、保存してあるデータを、プレゼン用にパワーポイントに落として、なおかつ、会議資料を別紙で用意する。「柴さん、こちらの資料、おもちしました。」みると松林だ。すでにデータでもらっている書類をアウトプットしてもってきてくれたらしい。「あっ、これはもう」そういいかけたところで、メモのポストイットがついているのに気が付いた。「おひる、いっしょにたべない?」食べたいのは、やまやまだが、資料づくりが優先だ。それに、この時期は冬の賞与の査定に大きく影響する。柴は内線をかけた。「すみません。きょうはむつかしいですね」「またで、お願いします。」電子メールは、プライベートではいっさい、使わないようにしている。というのも、どこで、内容が読まれているかわからないからだ。昼、みんな席をはずし、一人のこった席で、柴は作業をつづけた。そのとき、松林が、おにぎり2個と、ペットボトルのウーロン茶を買ってきてくれた。おにぎりは、おかかとうめだった。うめは苦手な柴だったが、松林の心遣いに、胸が熱くなった。夕方、定時になっても、できあがらなかった。うまく、パワーポイントのフォーマットにおさまりきらない。無理をすると、レイアウトがくずれ、やりなおしになる。時間はいたずらに過ぎていき、できたのは終電のでた10分後であった。資料一式を、部長の境の机の上に置いた。ふーっ。宝くじあたれば、こんなことしなくてもいいんだよなあ。でも、頑張っちまうんだよなあ。部長席の隣のソファに座り、足を伸ばして背伸びをした。天井の蛍光灯は柴の机の上以外はすべて、消されている。いつも、70人くらいいる事務所であるが、こうしてみると、広いと思った。ふと松林のことを思い出す。なんだか、不思議な女にであってしまったもんだ。柴は時間をみて、電車にはもう間に合わないとわかると、いったん事務所をでて、給湯室脇にある自動販売機で缶コーヒーを一缶100円硬貨をいれる。ガタンッという音が誰もいない、暗い廊下に響き渡る。その缶コーヒーを手に、また、ソファーにもどった。時間は1時。15分くらい、休んでかえるか。柴は思った。自分の引き出しから、お裾分けでまわってきた、ヨックモックと坂角ゆかりをだし、ほあばった。お腹がすいたのも、ここまでくると、睡魔のほうが勝ってくる。もうちょっとひと休みするか。そう思うと、まぶたが急激に降下をはじめた。15分くらいはいいか。そう思ううちに意識は朦朧となっていった。ふと気が付くと、あの酒場だ。そして、また、あの女がいる。よく見ると、松林とは全然かんじが違う。「いらっしゃい」「なんですか?いらっしゃいって?」「まあ、気にしないで。残業大変だわね。」「なんで、あなた?そのことを?」聞くだけ無駄なことはよくわかっていた。「もう、わたしがあなたに言うことはないわ。あとはうまく」ちょっと、あなた、まってくれ。声にだして言おうとしても、声が出ない。その女は、そのバーから出ていった。「ちょっと、おきて。」気が付くと、松林の部屋だった。
2005.06.12
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きょう はじめての人はフリーページからどうぞ。今後は週一ペースですすめていきます。テレビをつけると7時のニュースが終わりかけていた。「できたわよ」 女とふたりで食卓を囲む自分も、これまでの人生、きのうまでの人生で想像つかなかった。「じゃあ、二人の出会いにかんぱーい!」 ちょっと汗ばむ陽気であったせいだろうか、喉越しのビールがおいしく感じられた。松林の飲みっぷりも堂に入ったもので、喉をならしながら350ミリリットル缶を飲み干した。 そのとき、柴のなかに男としての感情が沸き上がってきた。まだ、衣服もほどいていない、松林の身体を、ぐいっと引き寄せた。彼女は抵抗するでなく、柴に身体をあずけた。「柴さん、ごはん冷めちゃうわよ、せっかく作ったのに。。。」 もう、松林の声は柴の耳には届いていなかった。そこには、柴の理性は存在を許されなくなっていた。 柴が我にかえったとき、時計はまだ夜の八時を過ぎたばかりであった。「ごめん」 おもわず、柴の口をついてでたのは、このひとことだった。「なんで、そんなこというの?」 なんで、と言われても柴は、そのとき理性を喪失した自分を、いたく恥じた。ふだんの柴であれば、とらなかったであろう行動だったからだ。「だって、君とこういうことになってしまって、なんて言っていいか」「あなたは何も悪くない。運命だったのよ」「運命?」 松林は乱れた髪をドレッサーのブラシで髪をなおしながら言った。松林の話だと、夢のなかで柴がでてきて自分と結ばれるとお告げをしたらしい。それが、なぜ柴かというと、やはり、最初に会話をかわした男性ということになっていたらしい。しかし、そのようなことがあるのか?柴は、最初に会話した女性というお告げだった。これも表裏の関係か?彼女はまだなにかを隠している。それが何か?柴に近づいた理由もそのあたりにあるのではないか?と思った。「でもさ、宝くじ売場で出会った自分に、こうして出会えなかったら、どうやって探し出そうと思ったんだ?」「だから、運命とおもったんじゃない。わたしもなかばあきらめてたんだから」 実際のところ、柴の問いに対する答えにはなっていなかった。しかし、こうなってしまった今、好意以上のものを松林に感じ、男と女の関係になってしまったのも、また、事実に相違なかった。夢が、いまひとつ科学的には理解しかねるあの夢が媒介してくれたとはいえ、いまとなっては、どうってことはなかった。 その夜、柴は松林の部屋にとまった。 次の日、柴は何ごともなかったかのように装いつつ、出勤した。朝は30分ほど早めに新宿に着いたが、駅構内にあるロッテリアで、時間をつぶして出勤した。無精は日常茶飯事なのが幸い、昨日と同じネクタイでも誰もいぶかしく思わない。ただ、下着が少々汗臭くかんじた。柴はいつものように、パソコンのスイッチを立ち上げた。いつも、柴は始業の15分まえにくるようにしているが、45分まえだと、さすがに人はまばらだった。すると突然、IPメッセンジャー*が立ち上がった。「その調子よ」柴は焦った。ネットワークをみても150人の社員のうち、サーバーをのぞけば柴以外に3台が立ち上がっているだけだ。だれだ。*IPメッセンジャー メールサーバーを介することなく、ネットワークのコンピュータ同士で、やりとりできるメッセージ交換システム
2005.06.11
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昨日夜さあ、朝、4時におきて勉強しようと思って寝たのに、気が付いたら7時。8時に寝たから、11時間?わたしも、よく寝たもんよね。われながら感心する。目覚まし、ちゃんとかけたのにさ、よく見たら、夕方の4時なんだもん。めざましの時間。でも、こうしてても仕方ないわ。15分といえども、この電車のなかでやるしかない。きょうは日本史と英語。まあ、英語はなんとか、ノノノ.なんだ、なんだ。すけべおやじがこっち見てるよ。ま、いまそんなこと、かまってられない。試験のほうが大事だもん。まったくさ、日本史なんてとるんじゃなかったわ。三国志とか読んでさ、中国の歴史おもしろいなあ、なんておもったけど、学校の授業って、年号を覚えることしかやんないじゃない。ぜんぜん、おもしろくない。でもさ、三国志すきだったのに、なんで、日本史とっちゃったんだろう。教科書、教科書。そうか、鎌倉幕府。ふーん。なんか、マーカーをひいたところの記憶をたどるなんて作業、なんか空しさをおぼえるよ。わくわくするよな、歴史小説よんだほうがおもしろいなあ。それにさ、平和なときの権力闘争よりも、なんだかんだいっても、武器をつかった権力闘争のほうが、わくわくするおもしろさがあるわね。でも、こうしてみると、年号とかは、けっこう覚えてるなあ。我ながら感心。なんなの?眠くなってきたじゃない。まだ、5分とテキスト見てないのに。あれだけ寝たのに。こういうときになぎって、席があく。つぎの駅なのにさ。ま、いい。座ろう。ああ、だめだ。あと三分でつくっていうのに。あのさっきのすけべおやじ、わたしの胸元を見てる。でも、いま、そんなことかまってられないわ。「もしもし、終点ですよ。」えっ、なになに?「終点?」えっ、8時25分じゃん。ここからかえって、電車をおりて、学校に走って、どう考えても、8時半のテストは間に合わない。この二教科は、はずせないと思ったのに。二回も、寝過ごしてテスト受けられないんじゃ、もう、たいへん。三回めはないわね。あしたの化学のテスト、D子のとこ、とめてもらうかな。
2005.06.07
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松林と新宿駅前にでて、混雑する小田急前をくぐり抜けるように歩いた。買物から帰る人よりも、仕事帰りで、家路を急ぐ人も多いのかもしれないが、そこかしこに立ち寄るふうのサラリーマンやOLのほうが目立つ。そのなかを、むしろ流れに逆らうように歩いた。「買うと当たるとでも?」「それが、宅急便のチャイムで起こされたので、なぜ買うか?は聞きのがしたんですよ」「でも、わたしに話し掛けたのは、柴さんだった。間違いないです。」「私がその台詞の続きを喋れるとでも?それはないよ。」「そういう訳ではないけど、大きな海に漕ぎ出て不安になってたところに、柴さんの存在がすごく頼もしく見えたの。」でも、松林が、なぜ、柴が働く会社に入ったのか、という疑問は、そのときは「偶然」という一言で柴は勝手に片付けてしまっていた。おそらく何らかの作用で、一つの事象を両面から見ていたのかもしれない。ただ、彼女は、夢のお告げを最後まで聞いていない。だから、スクラッチくじを買おうとした。それにしても、きのうの宝くじ売場のときの印象とは大違いだ。まるで、獲物を前にしたメスライオンという感じだったが、今日は打ってかわって、別人のようだ。「ごはんでも食べてくか?」「いいですよ。よければうちによっていきません?」なんと大胆な女だろうか?初対面の男を部屋に呼ぶなんて。柴は、たじろぎもしたが、快諾した。松林の家は、西武新宿線の上井草にあった。早稲田に通っていて、学生時代からずっと7年近くすんでいるらしい。「おじゃまします」柴も女性の部屋に入るのは初めてではないが、やはり、緊張する。ワンルームマンションで、窓には薄いピンク色のブラインドがかかっている。靴を脱いであがると、スルスルとブラインドをあげ、窓を開けた。「あのナイターのあかりはなに?」「あれ?あれはね早稲田大学ラグビー部のグラウンドよ。最近はナイター練習はやってないのに、どうしたのかしらね」「柴さんは、何でもたべられるの?好き嫌いはない?」「ない。なんでもOK」「よかった。魚でもいい?」「うん」 不思議な感覚だ。松林という存在が、自分にとって空気のようにかんじられる。それは、無価値といういみではなくてまるで旧知の存在のように思われて仕方ないのだ。そう、かけがいのない存在に柴には感じられる。松林は、冷蔵庫のチルド室から、シャケを取り出すと、鼻歌まじりに、二つのシャケの切り身をまな板に置いた。シャケをバターで焼くらしい。柴は、ふと冷静になる。たしかに、感性というか、まるでジグソーパズルで、ぴったりとはまったような感覚になっているのは事実だ。しかし、あの夢、松林の見た夢、そして宝くじのこと。いまいえることは4つ。スクラッチくじが当たったという事実。そして、その延長線上にある事実は、彼女が手にしている宝くじに一億円の当たりくじが入っている可能性があるということ。そして、彼女が自分にとってキーとなる人物になるということ。半分、信じていないが、地球が2週間後なくなるということ。 熱したフライパンに、みるみるうちにバターが溶けていく。その香りがなんともいえず、食欲をそそる。「おなかすいたでしょ」「たしかにね」「冷蔵庫にビールは入っているから、飲んでいていいわよ」「ありがとう。あとで一緒に飲もう」「テレビでもみてて、すぐできるから」「うん」 しかし、松林はなんで、ここまで自分にしてくるのか?普通、同じ会社に勤めているとはいえ、このようなことはしない。ましてや、今日が初対面だ。やはり、夢のなかでなにか黙っているけど、なにかを見て、お告げを受けたに違いない。
2005.06.05
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リハウスしてはじめての出勤だなあ。「いってくるね。」こうして、日常がここからはじまっていくんだね。うん、うちの奥さんも満足げに窓から手をふってくれてるよ。手ふってやるか。でも、これからローン30年。ま、売却益あったから、月の返済額はあんまし変わんないんだけどね。定期、ていきと。ふーん、まえのとこよりはすいてるな。「えっ?」あそこで電車を待ってるの、S江じゃないか?そうだよ、そうだよ。中学校までいっしょで、たしか、お父さんの転勤で東京に越した、そう、S江だよ。そうか、S江も、この街に住んでんだ。でも、そうだよな。右の首筋に小さいほくろがあってさ。たしかに、S江だよ。まちがいないよ。あいつ、なにやってのかなあ。英字新聞を読んでるぞ。なんか、ばりばりのキャリアウーマンってかんじか。電車がきた。うわー、なんでこんなに込んでんだ。押すなって、押すなって、降りる人がいるだろうに。おーい、そこのおばさん、降りる人がいるんだからさ。割り込んでいくなっつーの。うわっ、つり革もつかめねえの。不動産屋の話だと、楽々通勤だっていってたけど、楽なのは時間短縮だけだな。おっとあぶねえ。あ、すみません。となりのサラリーマンにあたっちまったよ。そういえばS江はどうした?あっ、あそこでつり革もって、英字新聞よんでる。なんか、おれ、S江にあこがれてたんだよね。美人でさ、勉強もできて、スポーツもできる。どうしようかな、せっかく、いい奥さんがいて、リハウスのCMにでてもおかしくないくらい可愛い娘がいるのに、不倫かよ。ふ り んいけない、いけない。S江だって、S江の日常があるんだ。S江が降りるぞ。そうかこの街に、えっ、金髪の男が手を振ってるぞ。なんだ、なんだ、ホームで朝っぱらからキスをしてるぞ。なんちゅう、女だよ。そういえば、ここはどこだ?「・・・・」しまったよ、S江にみとれて、反対の電車に乗ったらしい。この時間だと、遅刻だよ。トホホ。
2005.06.03
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