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セビリアでのフラメンコさて、「帰りも迷うのでは」と覚悟はしていた。 終わった時間は 23時20分くらい。 ホテルでもらった「券の代わりになるパンフレット」は 受付で回収されたので、地図がなくなった。 あれば、方向だけでもわかったのに。 人の後を追えば良かったが、先に会場から出たので、 「なんとかなるさ方式」で進んで行った。しかし、やはり、いきなり迷路にハマリ、行き止まり。 引き返して、 「車の来る方向なら広い道があるだろう作戦」で。 そして、なんとか広い道に出ることはできた。 割りと人が歩いており、ゴミ片づけをしている人に道を聞くことができた。しかし、当然、 「遠いのでタクシーを使え」と。 どうやら通りと反対側に出たらしい。 それでも、一応、方向を聞いたので、 「最悪の状態になるまで 自分でなんとかやってみよう」と思った。 言われた通り、グルッと廻ることにしたが、また迷路にハマる。 今度は店とかある通りだったし、人通りがあったので、 大丈夫だと思っていたが、やはり不安になり、 また清掃の人に聞く。 すると、近くまで来ていることがわかり、 言われた通り行くと、ホテルのある通りに出ることが出来た。そこからは、大丈夫で、ホテルには23時50分頃到着。 「絶対、タクシーを使わなくてもホテルに着ける」 という自信はあったのだ。 過信で、危ないのかもしれないが、 こういうドキドキすることをなぜか、やってみたくなる。「遅い時間にホテルに戻る」というのは、実は、 これから書く、 「コルドバでのフラメンコの時も」そうだった。メスキータの前の劇場で、結局終わったのは、0時30分頃。 コルドバ駅の通りのホテルは、 セビリアの時よりも、距離的には遠かった。 帰りは、 ユダヤ人街を抜けて、迷うことを覚悟していたが、 細い道でくねくねしているとはいえ、1本道。 迷わずにホテルまで たどり着くことができたのは良かった。しかし、 人通りは本当に少なく、 近くのホテルでなければ、ちょっと不安な時間だ。 すべての人がタクシー、という訳でもないだろうし、 「もっと早い時間から始めてほしい」と思う。 今日役立つコトバ 「生きる限りは歌いながら行こうよ。道はそうすれば、それだけで退屈でなくなる」ヴェルギリウス
2005.12.09
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セルビア2日目フラメンコショー「ロス・ガリョス」は、21時から。(ホテルから予約 27ユーロ) 普通に歩けば15分くらいで着いてしまう距離だったが、 とにかく道が入り組んでいてわからないので、 20時15分くらいに早めに出ることにした。 早くついたら「アルカサル」でも見学していればいい、 と思っていたのだ。 ところが、予想通り(?)大通りに入ってから迷った。”歩き方”の地図は大ざっぱすぎて路地では通用しないし、パンフレットの地図は字が小さく暗闇ではつらい。 それでも、 何人もの人に聞き、「わからない」と言われながらも、 少しづつ近づいていった。 「ロス・ガリョス」と聞くと、 「ロガリョス」という人が多かった。 方向を教えてもらっっても迷路のような道で行ったり来たり。 広場の一角にあるので、わかり易そうだったがわからない。広場の名前も省略して読み方がわからないので、直接パンフレットを手渡して道を聞いていた。 なんとか、開始10分前に到着。この「ロス・ガリョス」は JALスカイワード(2005年1月号)で、 村松友ミ氏が、絶賛している。 自分が行った、去年の12月は、このスカイワードを見る前。 ワンドリンクサービスがあり、ビールを頼むと瓶ビールが出てきた。それを飲みならショーは始まる。歌をうたう人2人の間にギターを弾く人が座り、その前で女性が踊る。 本当に舞台と客席がすぐの、こじんまりしたところ。 (「タブラオ」というらしい)。 客は平日のためか、30人くらいしか入っていなかった。 前の方には、若い日本人の女性グループがいた。さすが、セルビアは「フラメンコの本場」と言われるだけあって、 踊っている女性の型にはまった動きにタップ、 それに調和するギター、 そしてバックの歌、すべて良かった。 バックの男性は、 「白いワイシャツを着た 額が光った小太りの中年」 と決まっているのか、3人ともそんな感じだった。踊っている女性は、最後の挨拶の時くらいしか笑顔を見せない。この変に
2005.12.09
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セルビア2日目 つづき 15時くらいになっていたが、 昼飯を食べに行く。 「エンカルナシオン広場」の方向に向かって歩いて行った。ドアが開いた入りやすそうな店を発見。いったん通り過ぎるが、 遠くを見回しても適当な店がないので、 そこに入ることにした。 写真だけが貼ってある店。値段も、メニューも無し。 とりあえずビール、「セルベッサ」を注文。”歩き方”に、 「イカ墨ご飯(アロス・ネグロ)」が、 「・・・絶対オススメ」と書いてあり、 どうしても食べたかった。 ここにも絶対にあると思い、 イカのスペイン語「カラマル」と叫んだが、 通じていない。 手帳を取り出して「イカの絵」まで描いたがダメ。(下手過ぎ?) 英語でイカを何と言うかも知らない。 《甲いか》a cuttlefish; 《するめいか》a squid.らしい。 それでも、「カラマル、カラマリ」と適当に叫んでいると、 わかったようで、 何か言われたので、「OK」と答えた。ところが、 出てきた物は、「ハムとチーズを挟んだパン」。 絵まで描いたのに・・・(泣)。「まあ、これでもいいか」と割り切り、 ビールの2杯目を注文しながら、食べた。6ユーロ。 この時だけは、「指さし会話「スペイン語」を持ってくれば良かった、 と少し思った。この時だけだが・・・(笑)。 お腹が空いていたので、なんとなくモノ足りず、 絶対に違う店で 「イカ墨ご飯」を食べよう、と探す。 すぐに、パエリアの看板のある店で、写真があるのを見つけた。 しかし、 テーブルも、店の中もいっぱい。 少し待っても席が空かないので、 先程通った道にも 同じような店があったのを思いだし、 500メートルくらいを戻り、行ってみた。ところが、 既に時間は16時を過ぎており、 店を片づけていた。 どうしても食べたいので、「そろそろ空いただろう」と思い、 また500メートル戻って、先程のカフェテリアへ。 確かに、席は空いていた。 が、やはり、「時間で」 と、注文を受け付けてくれなかった・・・。しょうがないので、「何か買って帰ろう」とホテルまでの道を歩いていたが、 16時くらいになると、どの店も閉まるようで、 何も買うことが出来ずに、ホテルへ。 ホテルの裏の方も見たが、ダメで諦めて部屋に戻った。 「イカ墨ご飯」は、セビリアでは 食べることが出来ず。 こんな↑ 豪華な「イカ墨」じゃなくても、美味しそうなのだ。 今日役立つコトバ 「お腹が減った時にスパゲッテイを出されたら、ビフテキが食べたくとも、スパゲッテイを食べなさい」映画「旅情」より
2005.12.08
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左上は、乗車する時、ちぎられた。 セビリア2日目 つづきホテルの周りをウロウロしていたら、「プラド・サン・セバスティアン・バスターミナル」 を、”歩き方”の地図で見つけた。コルドバまで、”AVEを使って45分”の移動を考えていたが、 「もしかして、ここのバスで行けるのでは?」と。 ”歩き方”で「バスで約2時間」 というのを見て、 「バスの方が面白そう」と思い始めたのだ。 バスは揺れるし、匂いがするので、あまり好きではないが、 2時間くらいなら耐えられるし、料金も安いハズ 通りから近いハズのバス停も探すのに苦労した。 しかし、見つかってしまえば、黄色の建物で通りから見えていたのだった。スペインの人は、道を教える時に、自分(俺)の肩をつかんで説明する癖があるようだ。 よく、そういう風に説明された。ALSINA GRAELLS 「コルドバ、ワンウェイ、トゥモロウ モーニング イレブンオクロック」と言って、 クレジットカードで買うことができた。 (8.83ユーロ) 。 日付の表示されない時計をしているので、 今日が何日なのか不安だったが、 先程キャッシングしたときの レシートの日付を見て確認した。またバスで「サンタ・フスタ駅」まで戻らなければいけないのは面倒、 と思っていたので、バス停はホテルから近くて良かった。 今日役立つコトバ 「経験というものは、人が知識において進めば進むほど、それの必要性を感じさせるものである」デカルト
2005.12.08
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画像容量も50MBに一気に増えたので、「バスから見たセビリア」を載せます。↑ スペイン広場 昔書いた、<スペイン・トリビア>も見てくださいね。 (自分でも、忘れていた・・・。) 今日役立つコトバ 「優しい気持ちになったら、今まで気づかなかったことにも、気がつくようになるよ」
2005.12.08
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カルメンの舞台となったアンダルシアの州都、 セビリア2日目マドリッドの時と同様、2階建バス 「SEVIRAMA」 (11ユーロ)の切符を、ホテルで買っていたので、その停留所に向かった。 途中で、「セビリアツアー」の赤いバスを見かけたので、 切符を見せる。 が、自分が買った「tour por Sevilla」と 「Sevilla tour」は、やはり別のバスだった。 (バスの色も違う)。 2種類の会社で市街観光バスを走らせている。 SERVIRAMA(「tour por Sevilla」)の乗り場到着。 時間帯を変えて、3本のコース を バスが走っている らしい。昨日は暑い気がしたが、今日は日陰に入ると寒い。日向ぼっこをしながら待って、 一番早く出発するNO.3のバスに乗る。しかし、 またここも 日本語イヤホンが使えない! 1から6まではきちんとしているのに、7の日本語はダメだった。 席を変えてチェックしても繋がらない。 抗議せずあきらめて音楽チャンネルを聴いていた。 12月のこの日は、セビリアでも風が冷たく、 フードを被って乗っていたが、つらかった。NO3のバスで1周してから、NO1のバスに乗り換え、また乗る。 結局、1番バスでも日本語イヤホンが使えず。 「表示はしてあるが使えなくしている」 のではないか、と思った。 セビリアを訪れる日本人のほとんどは、ツアーの団体客で、 こういうバスの需要はどれくらいあるのか、気になった。2番のバスにも乗りたかったが、 1番のバスに乗って乗り換えしなければ行けない場所 にあるらしく、時間も時間だったので、 マドリッドの時と同様、諦めた。 今日役立つコトバ 「悲観的な人は、風向きが変わると、不平を言う。楽観的な人は、そのうち変わるだろうと、期待をする。現実的な人は、帆の向きをちゃんと風に合わせる」ウィリアム・アーサー・ワード
2005.12.08
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「セビリア」市街を、適当歩き。 目的地も決めず、 「人の流れに沿って歩く方式」で進む。 これでだいたい、 それらしき見所に、たどり着ける。 途中で迷うと、 そこから見える立派そうな建物の方向に進んで行く。 2語でイケル。「ドンデエスタ(~はどこ)で方向を尋ね、少しずつ進み、 「グラシアス(ありがとう)を忘れずに。しかし、 今回、ウロウロしていても、大通りに出ない。 人の集まっている広場はあったが、 そこの名前を「”歩き方”から剥ぎ取った地図」で 見つける事ができないのだ。 「旧タバコ工場」方面に歩いていたら、途中で人の流れがなくなってしまった。 近くまで行って、腰をかけてやっと、ガイドブックの地図を見ていると、 「プラサ・デ・アルマス・バスターミナル」近く。 向かいに「プラサ・デ・アルマス・ショッピングセンター」と。 とにかく、 適当に休憩しながら、トボトボ進む。「アルカサル」方面に向かったところから、また道がわからなくなり始めた。腰掛ける場所を探し今日、コーラ3本目を飲みながら、地図を取り出す。 元気を取り戻して、また歩いたが、 大通りに出た頃、急にお腹が痛くなる。(泣)。 BARに入ろうと思って探すが、 こういうときに限って、レストランしかない。 とうとうBAR発見。 カプチーノを注文してから、慌てて、 トイレに駆け込み。 男性用の大が開かず、 仕方なく女性用に入らせてもらった。 女性用の部屋も、くず入れのティッシュの山がビックリだった。トイレを出てから、クリームたっぷりのカプチーノを3分くらいでさっさと飲み、会計で2ユーロ。 とにかく、 トイレ代で2ユーロ出してもいいくらいだった。 ピンチ脱出!。店を出てから。相変わらず道がわからず、正面からきたおじさんに聞く。話しの流れでは 「このまままっすぐ進むと、その通りに出る」 ということで安心。 しかし、「クァトロ」と連呼している。 この時ピンと来なかったが、 「あと4キロ」の意味だと、後でわかった。 とんでもない地図の北側まで来ていたのだ。そして、またひたすら歩き、知っている風景が見えてきた時は、本当にホッとしたのだ。 こういう時に、 地下鉄の張り巡らされていない都市はタイヘン。 「迷ったら、地下鉄で知っている場所まで移動」 というのがいい。 バスはわからないし、タクシーは高いから。 メキシコではタクシーを積極的に使っていたが、 同じスペイン語圏でも、 ユーロの国では、怖くて使えない。 今日役立つコトバ 「流れに逆らおうとしたところで無駄な事だ。流れのままにおれば、どんな弱い人でも港に流れつく」『ドンキホーテ』(セルバンテス)
2005.12.07
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スペイン第4の都市、 セビリア到着。マドリッドと違って、 駅の外に出ると、太陽の光がまぶしくて、 しかも、12月でも暑かったので、上着を脱いだ。バスの乗り場は、最初わからなかったが、言われた方向に進んで行き、普通のバス停の32番のバスに乗って、セビリア中心街へ。マドリッドで買った回数券は使えず、 たぶん1ユーロだったと思うが、手のひらにコインを全部だし、 バスの車掌にとってもらう。10分くらいで、終点の「エンカルナシオン広場」に到着。アナウンスがないので、終点に着いたことがわからず、みんなが降りるので、周りの標識を確認して降りたのだった。この「エンカルナシオン広場」から、ホテルのある「レカレード通り」までが、また、わからなかった。 一応、人に聞きながら進むが、発音が悪いのか、最初、通じない。 地図を見せながら、聞きながら少しずつ進む。なんとか予約したホテルに到着。GRAN HOTEL LAR 荷物を置いて、すぐ出発。「レカレード通り」沿いに歩いて行った。この通りは途中で「メネンデス・ペラヨ通り」になる。(後で、道を聞く時に、この2つの通りの名前を言わなければいけなかった)。途中で、軍資金20ユーロをキャッシング。 ユーロは、 今後、直接的に使う国に行かなくても、 あれば保険と思っているので、 今回残しても良い、と余裕だったが、 やはりケチケチ引き出す。朝からコーラしか飲んでいないので、そろそろ13時半くらいで、お腹が空いてきた。「どこかの店に入ろう」と探していると、 カフェで 「メニュー デル ディア(今日のメニュー か?)」 という看板を出しているところがあった。 ちょっと不安だったが、目をつぶって飛び込んでみる。すると、7ユーロで、皿2種類、飲み物、デザート、付。 皿は「パエリア」と「スペイン風オムレツ」、 それに「ビール」と「アイスクリーム」を選ぶ。初めての「パエリア」は、こんなに ↑ 豪華ではないが、それなりに美味しかった。 スペイン風オムレツは、 中にジャガイモが入っている。会計の時に、チップが気になっていた。「地球の~」に 「・・・庶民的な店ならひとり1ユーロくらい」 とあったが、おつりをもらった時に、ちょっと少なく思えたので、 「既に引かれている」と思い、置いてこなかった。 それにしても、7ユーロの食事で、 1ユーロのチップは払いすぎ、とは思うが。 今日役立つコトバ 「知識は自分がこれだけ学んだという誇りである。知恵は自分がこれ以上知らないという謙遜である」クーパー
2005.12.07
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セビリアで2泊したのは、 日本(楽天トラベル「旅の窓口」)で予約していった グラン・ホテル・ラール(GRAN HOTEL LAR) Pl.Carmen Benitez 3 41003 Seville 朝食付きで、1泊6730円。・場所は”歩き方”の圏内 近くには、「ピラトの家」「サン・レアンドロ修道院」。・「プラド・サン・セバスティアン・バスターミナル」に近い。・ バス付き・「フラメンコショー」や「市内観光バス」の予約ができる。・朝食のハムが美味しい。 セビリアは牧畜の産地らしく、ハムが6種類くらい。 周りが赤く縁取りされているハムが激ウマ。 ハムにチーズを巻いて、朝から大量に食べていた。 ホテルの近くにスーパー2軒。「MAS」という方に行ってみた。 が、 ・ビールは冷やしてない ・とにかく何でもまとめ買い (アイスを買いたかったが、バラ売りがない) ・調理した食品もない オレンジジュース1.5リットルとポテトチップスで、2.1ユーロ。近くのネットカフェは、10分くらいで0.8ユーロだった。 今日役立つコトバ 「損か得かよりも、自分らしいかどうか。」福島正伸/株式会社アントレプレナーセンター代表
2005.12.04
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セビリア「適当歩き」の写真です。 今日役立つコトバ 「曲がり角を曲がった先に、何があるかはわからないの。でも、きっと一番よいものに違いないと思うの」L・M・モンゴメリ
2005.12.04
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4日目朝6時半の目覚ましをかけて起き、マドリッドからセビリアへ移動する日。 セビリア行きの電車が出ている駅(アトーチャ・レンフェ駅)に行くには やはり、乗り換えを2回。1号線に乗ってから、ソル駅を越えて4つ目。 「プエルタ・デ・アトーチャ」という高速列車が発車する場所へは、 地下鉄を降りてから「Puerta de Atocha」の看板がすぐ目に入り、矢印に従って進んだ。 切符は、大丈夫だろうと過信して、当日買い。 9時20分頃、国鉄レンフェRENFE チケットを買う場所へ。 見ると、10時の 「セビリアーコルドバ行 AVE(アベ)」があった。 座席は全席指定で、クレジットカードで買うのために、パスポートを見せる。 セビリアは、マドリッド・アトーチャ駅から 高速列車AVEで、約2時間半。「地球の~」に 料金が「・・・57ユーロ~114ユーロ」と書いてあったので、 もしかして100ユーロ以上取られるのか、と ドキドキしていたが、65ユーロで、許容範囲内だった。 (以前、ロンドン~パリのユーロスターの当日買いは、 片道2等席で、200ユーロ近くかかったので心配していた)。また、「・・・ほぼ1時間おきに運行」と書いてあったが、 この朝10時のを逃すと、次ぎは13時なので、 来たタイミングがとても良かったのだ。荷物のX線検査を受け、6号車「02C」という通路側の席に座る。 隣の女性は「ABC」という新聞を読んでいた。列車は、足置きやテーブルがあったが、韓国のKTXに比べれば、前の席との空間は十分ではなかったような気がする。 コルドバからセビリアの間で、「飴のサービス」があった。 (ジュースを期待していたが(笑)。外の景色は窓側では無かったので、イヤホンで軽音楽を聴いていた。 それでも、山に、何かの木(オリーブの林?)が斜面いっぱいに広がっていた。 羊も放し飼いになっているし、キノコ岩のようなものも。 天気は良かったが、 途中、霧なのか、もやで、外が見えない箇所がいくつもあった。 列車は 街の東にある「サンタ・フスタ駅」へ。 セビリア到着 今日役立つコトバ 「心理的負荷を覚悟すれば、多くの経験値を獲得できる」
2005.12.04
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マドリッド3日目朝、どうせ外は寒いだろうと思って、ちょっと遅く、10時半くらいに出かける。 ホテルのバスを待っていると10分くらいで来た。が、バスに乗って気づいたのだが、部屋に”歩き方”を忘れてきてしまった・・・。 取りに戻ろうと思えば出来たのだが、 「ガイドブックのない経験」 をしようと、そのまま出発。 取りに部屋まで戻るとまた30分待たなければいけないので、強行。 メキシコの時買った「指さし会話「スペイン語」に関しては、 旅行に持ってきてもいない。「短期の旅行なら必要ない」のだ。 ガイドブックは無かったが、昨日だいぶ歩いたので、メトロに乗るくらいは大丈夫。 今日はひとつ手前の「オペラ」駅で降りる。昨日の朝から何も食べていない ので、何か食べようとあたりを思い見回す。 マクドナルドがすぐ見つかったが、 「他に無かったらの保険」。たまたま、昨日から見たことのある看板で、「Radilla」という店に入ることにした。 外に値段と絵が出ていたので わかりやすかったのだ。入ると自分が頼もうとした5ユーロくらいのメニューがない。 メニュー表には、「絵」がなく、 キョロキョロしていたが見つけられないので、 他のものを探すと、 2.1ユーロの朝食メニューがあったので、それを注文。 出てきたのは、カプチーノと、 つぶしたトマトをつけて食べる 「トースト大一枚」。 最初、その「トマトつぶし」が何だかわからなかった。 冷たい「トマトつぶし」をパンですくって食べた。結構、美味しかった。スペインに来てから、初めてのスペイン料理?。 でも、物足りない・・・。昨日買った「2F建てバスの2日券」で、軽く市内を1周。 バスから降りてから、15時頃、「パエリアが食べたい」と思った。 が、キョロキョロしていてもよくわからず、 ガイドブックも部屋に忘れてきてしまっている。ソル駅のまわりで「パエリア」の店を探していたら、パエリアの写真を見つけ、駅のすぐ近くの「Museo de Jamon」という店に飛び込んだ。中は、昼間なのに、客でごった返しており、どこで食べるのかと思っていた。 よく見ると、手前の入口のカウンターで みんな立って食べている。その時、パエリアを注文しようと思ったが、 「2」という数字が気になったので、 「2人分注文して、立食いで残すと恥ずかしい」ので辞めた。近くにいる人が食べていたイカリング(カラマリ)が美味しそう。 9ユーロだったが、それとビールを注文することに。 本当に店はいっぱいで、 後から来た人はカウンターもなく 台置きのようなところに、料理を置いて食べていた。 パンと、「つまみのベーコン」がついてきたが、 このベーコンがまた、「激ウマ」。 ベーコンとパンだけでほとんどビールを1杯飲んでしまい、 イカリングが来た頃、もう1杯注文した。 9ユーロのイカリングは本当に量が多かった。 混んでいるのと、立っているので、 さっさと食べて会計。 ビールは1ユーロくらいで安い。 スペインに来て、やっと、 まともなものを食べた感じがした。 昨日の「食べ物リベンジ」が 果たせたのだ。 今日役立つコトバ 「食欲なくして食べることが健康に害あるごとく、欲望をともわぬ勉強は記憶をそこない、記憶したことを保存しない」レオナルド・ダ・ヴィンチ
2005.12.04
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どこか忘れてしまいましたが、写りの比較的良さそうなものを載せてみます。 今日役立つコトバ 「この世で一番哀れな人は、目は見えていても未来への夢が見えていない人だ。」ヘレン・ケラー 補足)マドリッドは、「鼻ピアス」がやたら多かった。 もっと気になったのは、 女性で、背中を出してパンツを見せている人。 (残念ながら、この写真はなし。)
2005.12.03
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2日目バスから降りたのが13時頃。 特にお腹が空いている状態では無かった ので、目的もなくグルグル歩いていた。疲れたので、 途中でスタバ に寄って、 カフェラッテのグランデを注文。2.8ユーロ。 2階の席で飲み終わって、少しソファに寄りかかっていたら、 30分くらい寝てしまった。 外に出ると、寒いので、 ホテルに早めに帰ろうと決意。 ホテルに戻るためには、 空港に行き、送迎バスを使うしかない。不便。まず、空港まで行くのに、また地下鉄を乗り継いでいく気力はなく、 「空港バス」 があることを思いだした。 ガイドブックを広げると、「コロン広場」。それを目指して進むことに。しかし、途中でお腹が痛くなってきた。 どこか、「トイレのありそうな場所に入ろう」と 考えていた矢先に、「プラザ デ コロン」の標識を発見。 「国立考古学博物館」の方向と一緒だったので、 そこに入り、トイレに行こうと思っていたが、休館。「ヤバイ」と思ったが、ラッキーなことに、 コロン広場に簡易式の有料のトイレがあった。 0.3ユーロ入れると、 ドアが自動的に開き、中に入れるスグレモノだ。 初めて体験した。空港行きのバスに乗ろうと、コロン広場の周りをウロウロしていた。 しかし、 標識通り矢印の方向に進んでも、それらしきものがない。 2周か、3周くらいして、やっとガイドブックを取り出した。 「地下」 と書いてあるではないか。やっと、その入口を発見したのだっ地下階段を下りて、やっと乗ることができた。 朝買ったメトロボスの回数券は使うことはできなかった。 10分に1本くらいの割合で出ているようだ。 コロン広場から、「バラハス空港ターミナル1」までは、 30分くらいで到着。結局、昼飯も食べていないので、 空港で何か食べようかと思ったが、 美味しそうなものがないし高い。 「それなら、 ホテルでルームサービスでも取って食べよう」 と思い、自動販売機でコカコーラだけ買って飲み、 外で「オーディトリアムホテル」行きの 無料バスを待つことした。 この時、17時くらいだったと思う。まだ明るかった。 しようがないので、「すぐ来るだろう」と次のバスを待つことに。 しかし、なかなか来ない。 結局、50分くらい待ってようやく来た。 待っている間、寒いので、体操したりしていた。ホテルに戻り、 「ルームサービスでも頼もうか」と思って、 メニューを見たが、これと言った物がない。 本当は、パエリアがあれば、多少高くても注文するつもりだった。 少し小腹が空いてきたので、冷蔵庫を開けたが、 へんなピーナツ(3ユーロ)くらいしかない。ホテルの周りは何もないし、また出かける気力もない。夕食を買って来なかった事を後悔。 空腹のまま、早めに寝た。 貧乏旅行をしているつもりではなかったが、 朝食べたマクドナルドが、唯一の食事になってしまった。 今日役立つコトバ 「今日も働いて食べた、明日も働いて食べた、そうやって毎年毎年、働いて食べ続けるだけだったら、そこには何か立派なことがあると言えるでしょうか」ゴーリキー
2005.12.03
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2日目マクドナルドを出てから、ウロウロしていたら、道に迷った。 「地図を見るより、人の流れで進め」の法則 通り進むと、 最初に行きたかった「マヨール広場」に出た。 ”歩き方”でも、星3つついている観光地。銅像があり、ドンキホーテかと思って、ここでやっとガイドブックを取り出すと、 それは「フェリペ3世の騎馬像」だった。壁には人のいろんな絵が描いてあった。そこで写真に撮ろうとシャッターを押そうとすると、 デジカメに「メモリースティック」が 入っていなかった・・・。 (泣)広場にはいろんな露店があり、切手なんかも売っていた。広場を出てみると、何もないようだった。 それでも「とりあえず進もう」と思って少し歩いていたら、遠くから「赤い2階建てのバス」が。「赤い2階建てのバス」に乗ろうと手を振るが、停まらず。 そこから停留所までかなり走って行く。 やっと、バスに乗り、「2日分券」を買い、 2階の一番前の席に座った。Madridvision 窓際は風があたるので、通路側にして、さらにパーカーのフードを被ったが、 それでもやはり寒い(ブルブル)。 イスタンブールの時と同様、 また、日本語のイヤホンが使えない。 諦めて、英語で「理解度数%」で聴いていた・・・。1周した後、寒いので、下の階に降りて行くと、下の席では、イヤホン8番の日本語が使えたのだった。 しかし、解説のしゃべり方がヘタクソで 聴いているのがつまらなくなり、 途中で寝ながら乗っていたが、日曜日のためか、 バスの中は混み込み。 2周目はほとんど寝ていた。ソル駅のところでバスを降りる。このバスは、 3種類のコースがあり、 1枚で3本とも乗ることができる。 観光バス2日券は、通常13.6ユーロだが、 休日は14.8ユーロだった。 観光バスのイヤホンは8カ国語で、 スペイン語、英語、ポルトガル語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、日本語、ロシア語。 それにしても、ヨーロッパの他の言語、オランダ語、ギリシャ語、 スウェーデン語などをさしおいて、日本語が採用されているのは凄い。 今日役立つコトバ 「だけどね、景色は、人に見られるなんてこと、考えていないんだよね。だれも見ていないけど、あの壮観を何千年もやってるんだよね。凄い」(皆川博子、作家)
2005.12.03
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2日目ホテルのバスで、マドリッド・バラハス空港「ターミナル2」に到着。地下鉄「8号線アエロプエルト駅」へ。 10回分の回数券メトロブスを買う。 5回使えば元が取れる。5.2ユーロ「地球の歩き方」に、「・・・町歩きの機転はプエルタ・デル・ソル」 と書いてあったので、 「ソル駅」に向かうことにした。しかし、そこまで行くには、 「8号線アエロプエルト駅」→「6号線ヌゥエヴォス・ミニステリアス駅」 →「2号線クァトロ・カミノス駅」と3回も乗り換えなければいけなかった。初めて乗る、スペインの地下鉄。日曜日の朝だったせいか、割りと空いている。 つかまる吊革が全く無く、 その代わりに鉄棒になっていた。 地下鉄は9号線まであり、路線に番号がついているのは、 ソウルのようで外国人にはわかりやすい。「2号線ソル駅」到着。 外に出ると思ったより、マドリッドは寒い。 日陰を歩くと、パーカーでは対応できない。周りを見回してもこれと言った食堂がなかったため、何気なく出たところにあった マクドナルドへ、吸い込まれた。 テイスティーマック セット 5.4ユーロ 泊まっているホテルは、豪華ホテルだが、朝食がなかった。 セットで、コーラの代わりにコーヒーにしたら、 カプチーノだった。(量があったので良かった)。 マドリッドのページだけを破り取った「地球の歩き方」を読みながら食べていた。マクドナルドに、 「Los Increibles」 というキャラクターのグッズが、 オマケなのか、 置いてあった。 「へぇ~。これスペインで流行っているんだ」 と思っていた。が、日本に戻った時、 Mr.インクレディブル という映画をやっており、ビックリ!! ずっと、「スペインの人気ヒーロー」だと思い込んでいた。 今日役立つコトバ 「自分で自分の間違いがわかるなら、理解している証拠」
2005.12.03
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去年の12月の時点では、 日本からホテルを予約しないで、 海外旅行に行くのは、まだ怖かった。スペインは、ヨーロッパでは「ホテルが割安」と聞いていたが、 日本語のネットで予約できるホテルは 残念ながら、そうではなかった。 それでも、【楽天トラベル 旅の窓口】で、 全日程のホテルを「ガチガチに予約」して行った。2日目 「マドリッド・バラハス空港」到着。ネットに載っていた地図を見た時に、ホテルまで歩いていける距離かと思ったが、 よく見たら8キロある。 いつも空港のATMでキャッシングするが、遅くついたせいもあり、 シーンとしており、ATMも見つからない。 イタリアの時のユーロがまだ残っていたので、助かった。 タクシーのメーターは、6.7ユーロだったが、20ユーロを出しても、9ユーロしかおつりがこない。11ユーロ。 空港から乗る場合は送迎料が4ユーロかかる というのを、”歩き方”で読んでいたので、しぶしぶ納得。 もし知らなかったら、文句を言っただろう。ホテル到着は23時20分くらい。体育館のような広いロビーにはたくさんの人がいた。 日本で予約した、マドリッドで泊まるホテル AUDITORIUM MADRID HOTEL 1泊 103.12+サービス料・税金11.51、合計USD114.63 さすが1日12500円以上のホテルのせいか、 同じ4ツ星でも豪華&新しくきれい。 一番良いのは、部屋でインターネットができること。 部屋番号は「4451」。「4ブロックの4階で」で4451。 部屋のカードをもらった。余りにも部屋の数が多い。 「894部屋」で、ヨーロッパのホテルで 1つの屋根のホテルとしては最大らしい。3日目 朝ホテルは、「”歩き方”の圏外」 だったので、場所が全くわからない。 ホテルでもらった地図でも確認できず、フロントに聞く。 「歩いて行けるメトロはどこですか?」と。すると、 「メトロまで、 歩いて行くことはできません」 と。 「ホテルのバスを使え」と言われてしまった。 確かにホテルの周りには来るときに何も無かったので、 不安だったのだが、「裏の道を行けば街がある」と期待していた。最初、ホテルのバスではなく、ホテルの前のバス停から出ている普通のバスを使おうと思い、行く。 ホテルの前の道路は、高速道路のように道幅が広く、 ちょうど都合良く反対側に渡るのに、横断歩道があった。 しかし、”歩き方”に 「バスの中ではチケットを買うことができない」 というのを見て、チケットを買うためにホテルに戻ることに。すると、 フロントはいつの間にか、人が集まっており、 どうやらバスが来るらしい。 それで、 自分もホテルのバスを使うことに変更。 それを使って、 地下鉄駅のある「空港ターミナル2(国内線)」 に行くことに。3泊、このホテルに宿泊したが、 空港からホテルまでの送迎バスは、 「30~60分に1本」くらいの割合だった、と思う。 空港のターミナル2のチェックインカウンター付近には 自動販売機もなかった。 ホテルに到着してから、裏に回って「小売店でもないか」 探すが、本当に何もない場所でガッカリ。 しようがないので、部屋についてから、 冷蔵庫のミネラルウォータ(500ミリ 2.5ユーロ)を 泣く泣く利用したのだった・・・。ヨーロッパでは、あまりタクシーに乗る気になれず、 「身分不相応な豪華なホテル」よりは、 「市街地にある普通のホテル」の方がいい、 と、つくづく思った。 今日役立つコトバ 「我々は他人が幸福でないのを当たり前だと考え、自分自身が幸福でないことにはいつも納得がいかない」エッシェンバッハ
2005.12.02
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2日目 JL411 M 04DEC NRTAMS HK1 1330 1735 オランダ「スキポール空港」到着。外は小雨が降っていた。「外は6度」とアナウンス。 マドリッド行きの飛行機の乗り継ぎがちょっと不安だったが、簡単だった。 乗換にも余裕がある。もう既にホテルのチェックインの時に、「アムステルダム→マドリッド」の航空券を発券してもらっていたので、 直接、手荷物検査のところに行けばよかったのだ。そこで、なんとパスポートにスタンプを押される。 どうやら、スペインの空港は 「国内線の扱いになっている」らしい。 スペインの空港では、行きも帰りも 空港では、スタンプは一切押さないのだ。 ”歩き方”では 「・・・EUシェンゲン協定加盟国を経由する場合は、 乗り継ぎ空港で入国審査があるので、 スペインの入国審査は不要」と。いったん搭乗口まで行ってみたが、出発まで2時間以上も時間があるので空港の中をグルグルした。オランダらしいものがたくさんあって興味を持ったが、なにせ値段が高い。ユーロの恐ろしさを感じた。 インターネットカフェもあり、入ろうか迷ったが、 「15分で3ユーロ」だったので、辞めた。 空港の中にカジノがあったのにも、驚き。 JL5321M 04DEC AMSMAD HK1 1935 2200 アムステルダムからマドリッドまでは、コードシェアの「イベリア航空」 。 シートは3シート、3シートのに6シートの飛行機。 「18A」だったが、翼のあたりの席。飲み物のサービスが来たが、有料だったのでパス。「機内食・有料」は事前に知らされていた。 やはり、国内線扱いだからか? 3シートをフラットで使い、横になっていたら、寝てしまった。 起きてウトウトしていたら、飛行機が着陸態勢に入るアナウンス。 スペイン・マドリッド到着。 1時間遅れたので、荷物を取ったら、23時近く になっていた。 今日役立つコトバ 「空腹は世界中で最上の調味料」セルバンテス
2005.12.02
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去年(2004年)の12月3日~ 12月13日の「スペイン旅行」について書きます。去年、最後12月にヨーロッパをもう一度往復すれば、 JALのサファイア会員になれるのだった。 11月のトルコに行った帰りに、インドビザを東京で取ったのだが、 インドへは、マイルの関係で、1月に行くことにした。8月フランス・イギリス、10月イタリアに行ったが、暖かそうなイメージで、 スペインに決定。 ソウル発券のJAL(3ヶ月オープン)、往路成田ストップオーバーにして、 諸費用込1,167,900ウォンで、116,670円クレジットカード引落。 往路がマドリッドで、復路をバルセロナにするつもりだったがとれず、 往路・復路ともに、マドリッドになった。このためルートも、「マドリッド→トレド→バレンシア→バルセロナ」の予定が、 「マドリッド→セルビア→コルドバ→マドリッド」に。往路は、 2004.12.03 JL 0952 Y SEOUL-TOKYO 2004.12.04 JL 0411 Y TOKYO-AMSTERDAM 2004.12.04 JL 5321 Y AMSTERDAM-MADRID アムステルダム経由(スキポール空港)で コードシェアの「イベリア航空」に乗換え。 JL952 M 03DEC ICNNRT HK1 1415 1635 CBN-Y /E ソウルから成田に到着し、「ホテル日航成田」を用意してもらい、 翌日乗り継ぎ。2日目、朝、ホテルの1Fのチェックインカウンターで搭乗手続をしてから、ゆっくり空港へ。 「アムステルダム→マドリッド」分も 同時に発券された。 今日役立つ知識 「睦月、如月、弥生、卯月、皐月、水無月、文月、葉月、長月、神無月、霜月、師走」・・・「師走」は月がないから「月を見る暇もないくらい忙しい月」
2005.12.02
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「韓国に住所」を持っていた時、 月の半分を韓国、 もう半分をどこかの国へ 旅行に行っていた。だから、 ぼ~、としていると、 自分が、現在どこの国にいるのか、わからず、 人とぶつかった時も、「海外生活(旅行)ボケ」で、 「何語でいうのか?」と一瞬、頭で考えてしまって、 反射的に言葉が出てこない ことがよくあった。会社を辞めてから、日本語で話す事が少なくなったが、 たまに、長時間話したりすると、 口が疲れてくるのを感じた。 (↑これ、冗談ではなく本当です。)。日本に戻ってきて、 なぜか、1週間前までは外国で生活していたとは、 思えない程、日本に適応してしまった。 この「錯覚」がほとんど、なくなった。韓国にいる間に、テレビを余り見ない習慣がつき、 テレビを見る時間より、毎朝夕の 新聞を読む時間が長くなったのは、自分でも驚いた。日本語に対して、飢餓感があったから、ちょっとした表現が気になるし、紙の活字が嬉しい。 「今までは思った通りに言葉を使う事が できなかったハンデがあったが、 これからは思い切り使えるんだ」 と思うと、 日本に戻ってきて、 良かった、と本当に実感。日本語で飛び込んでくる情報は、むしろ、多すぎるくらいだが、 この洪水が今の自分にとっては、 砂に水を垂らしたように、 すばやく吸収していく感じがする。あたり前の日常生活に、新鮮さを感じ続けられるように 常に「前向きな刺激」を、 自分に与えていきたい、と思う。 今日役立つコトバ 「今の自分の人生そのものすべてが、過去に使ってきた言葉の総決算 」
2005.12.01
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ソウルから日本に引越してきて 1週間経過。 12月1日から、履歴書や職務経歴書を送り、 「就職面接の予定」を入れていくハズだった。しかし、 11月14日に送った荷物すら、届いていない状況。 スーツ、靴、ネクタイ、プリンターなど必要。 どうも、モチベーションが上がらない。 前に送った時は、2週間で到着したのだが、もう16日経過。 成田空港で「別送品申告書」を提出したが、 「もしかして、その時に書いた 個数(16個)が揃うまで届かないのでは?」 と、思い始めた。 日本に来る前日(11月24日)にも、発送しているので、 それを基準に2週間後だと、 12月8日頃の到着になる可能性が・・・(泣)。こんな状況で日本に来ていることで、毎日イライラ状態。 アパートは、 成田空港まで総武線で40分くらいのところ。 「荷物待ちでイライラしているなら、 時間があるうちに、近場でいいので、 どこかに出かけないと、もったいない」 とも、思う。それでも、 今のアパートの部屋代を考えると、 無理して出かける方が、もったいない。今までソウルで住んでいた「新築」アパート(オフィステル)は、 500万ウォンの保証金を預けて、 光熱費、ケーブルテレビ、ネット込みで 別に月50万ウォン払っていた。 机、冷蔵庫、ベッド、温水シャワーがある。 場所も、環状線(2号線「ソウル大入口」)の駅から7分くらい。 電車で明洞まで、30分で行ける場所だった。日本(千葉)で今回、引っ越してきたレオパレスは、 どうなるかわからないので、90日契約。 1日計算すると、約2900円。 成田寄りの千葉で、まあ駅に近く、 光熱費、ケーブルテレビ、ネット込み。 机、冷蔵庫、テレビ、ベッド付きのプランにした。 ソウルにいた時は、月の半分くらいはいなかったので、 風呂があり、部屋はソウルの時より倍の広さだし、 毎日使う事にすれば、前よりずっと、得になる。 一番の問題は・・・ もう今住んでいる部屋は、次ぎの入居者を募集し始めているので、 90日経った後、決まっていれば、継続はできない事。今の自分は、「旅行中と、全然変わらない荷物量」。 1週間前(11月25日 金)に スーツケースとリック1つだけで、日本にやってきている。 下着・靴下は何日分か、 洗濯していないのを溜めていたからいいが、 上着とズボンは着てきた同じものを 「1週間継続中」。 本当に旅行中みたい。1日でも早く、荷物が届き、 「日本旅行者」から「日本生活者」へ 転換したいものである。 今日役立つコトバ 「なんにも咲かない冬の日は下へ下へと根を下ろせ」~尾関宗園著「平常心」 ********************<追加> 12月2日の朝10時頃、とうとう11月16日に出した第一弾の荷物(4個)が到着 ~♪ このブログに書いた事で、 願いが強く伝わったのかも、しれない。 これで、 「日本生活」がスタート出来る。 今日役立つコトバ 「結局のところ、最悪の不幸など決して起こらない。たいていの場合、不幸を予期するから、悲惨な目にあうのだ」バルザック
2005.12.01
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海外旅行の時は、 「荷物をできるだけ軽くしたい」と思う。 それでも、ノートパソコンを持って行く。 (最近、仁川空港の手荷物検査では、 バックからノートパソコンを取り出さなくてよくなったが、 成田では、依然として、出さないと責められる。面倒。) が、マウスは置いていく。邪魔。 ワイヤレスだと、「もう一つマウスみたいなモノ」が付くし。 「ショートカットキー」を覚える。慣れると、キーボードの方が早い。 ポインティングデバイスを多用すると、人差し指の指紋が消えそうだが・・・(笑)。 日記を書くのと、あわよくば、ネット接続が目的だから、 LANケーブル、全世界対応プラグを忘れずに持って行く。今使っているノートパソコンは、ソウル駐在員になったので、5年ぶりくらいに買ったもの。 まさか、海外に行く時、 毎回、持っていくようになるとは思わなかったが、 虫の予感がしたのか、 「B5ノート」を買った。 それでも、1キロ以上ある。割り切れば、かなり軽くなる。 「DVDドライブ」と 「バッテリー」をはずして、 持って行く。旅行中、わざわざ、DVDを見るのを諦める。バッテリーに関しては、 自分のノートパソコンのバッテリーは、 日記ソフトをつけているくらいでも 約1時間くらいしか稼働しない。 はっきり言って、あまり意味がない・・・。 飛行機の中か、待合い時間に使うのを我慢すれば軽くなる。 探せば、空港で電源が取れる事も。それでも、 飛行機に乗っている時には、DVDが見たい。 「DVD専用機なら 10時間くらい大丈夫なのかな~」と思った。 昨日の読売新聞朝刊「ジャパネットたかた」の広告の中に、 「7V型ワイド液晶ポータブルDVDプレーヤー」(33,800円) というのを発見。重さ690グラム。 が、 「連続約3時間再生可能」 それでも、短い・・・。 映画は 飛行機の中で上映しているものを見て、 海外旅行中のホテルでは、早く寝るべし! 今日役立つコトバ 『ねばならない』から『にこしたことはない』へ転換して考える」
2005.11.28
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前編からの続きここで、久々、紙の「メモ帳」を使うことになった。 単語だけでも書いておけば、それをきっかけに記憶が蘇る。 この汚い字で書かれたメモは、その日のうちに整理しないと、 自分の字でも、何を書いたか、わからなくなる。 ノートパソコンを使い、デジタル化しておけば、 キレイな字なので、後で読み返す事ができるし、 書くより打つ方が早いので、 メモを元にかなりの肉をつけられる。 この日記を編集して、 このブログで旅行記を書く。(アウトプット)。よって、1.「スケジュール機能」2.「メモ機能」3.「成果物」の3つを 同時に、一つの手帳に書いてはいけない ということを、 海外旅行し、 ブログにまとめる過程で痛感した。 3の「成果物」を最終目的として、生み出すために、 土台となる「日記」のようなものを別の形で まとめてみる必要がある。 これは、「デジタル化」しておけば、 編集するだけで済むので楽。 この日記のようなものをつけるための材料は、 「汚い字で書かれた多くのメモ」であり、 「計画を確実に遂行するために使ったスケジュール帳」。会社員の時に「手帳を使いこなせなかった」最大の理由は、 「あとで見直しを、しにくい形にしてしまい、 全く書きっぱなしだったから」 だと思っている。手帳の用途を分け、(役割分担)「必ず整理(見直し)する」 必要性があったのだ。 今日役立つコトバ 「何かのプロジェクトが終わったら、ファイルの整理、反省点などしっかりまとめて整理したい」
2005.11.28
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書店に行くと、来年の手帳が山のように並べてある。同時に、手帳術の本も一緒にしてある。 「手帳を使いこなすことによって、 必ず夢がかなう」らしい。 (チョット古い本ダガ・・・)自分も今まで、手帳を使ってきたが、会社員時代の手帳は、捨ててしまって残っていない。 「とっておく価値がない」と思った。 1冊に、「スケジュール帳」「メモ帳」「会議録」など、 「ごっちゃまぜ」で細かい字で書いていたが、 ロクに見直すこともなく、毎年、新しい手帳を買っていた。 今考えると、非常に勿体ない。 「デキナイ社員」だった・・・。駐在員を辞めて、自分をみつめる時間が出来た時、 「今後、再就職するまでの時間を どのように使ったらいいか」を真剣に考えた。 その時に役に立ったのが、「日記」。 自分の考えの筋道を書き残しておくことができた。 日記の効用も実感。 中学校の時以来につけ始めたが、習慣化した。 (今ではつけないとキモチ悪い。) 「自分探し」にも大活躍。会社を辞めてから、しばらく、ソウル大学の語学堂に通っていたが、 綿密なスケジュール調整が、必要な訳ではなかったので パソコンに日記を打ち込むだけで 「紙に書く」手帳は不要だった。去年の8月から、毎月「海外旅行」に行くことに。 韓国発券では、JALが安いのだが、 往路か復路のどちらかで、一回、 ストップオーバーができるので、 日本で毎月、用事がある自分にとっては好都合だった。 往路)日本経由で海外旅行をし、 復路)それを利用し、成田で降りて、日本の用事を済ませて戻る。 これを自分でやるのに、久々、 「スケジュール帳」が必要になった。 が、これは、自分がパソコンの日記でつけている 「進め!デジタル日記」の「月間日記」の一覧に 載せておけばいいことだった。 ”外出先でスケジュール変更”が必要な仕事であれば、 「スケジュール帳」は、手帳を使う必要があるだろう。自分が海外旅行でノートパソコンを持って行く理由は、 ネット接続、DVDを見る以外に この「進め!デジタル日記」の 「日記機能」と「電子スケジュール一覧」が必要だから。 日記に引っ張られて、行動力が沸く。 (それに、家計簿をつけるために、エクセルを使いたい)。しかし、街歩きをする時は、パソコンを持って歩く訳にはいかないので、 ここで、久々、 紙の「メモ帳」を使うことになった。 つづく・・・ 今日役立つコトバ 「記憶が悪くなったという前に、謙虚になって素直に復習し、メモをとるだけで、より頭に残る」
2005.11.28
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「履歴書・職務経歴書の書き方」の本に、「・・・アピールにつながるような退職理由がある場合は、 具体的に書いてもよい」とある。 「アピールにつながるような 退職理由」???? 海外旅行履歴は、果たして、 アピールにつながるような退職理由なのか?それとも、 「ブランク」として、 マイナスの材料になってしまうのか?自分の2年近くの「ブランク」は、履歴書に書かない訳にはいかない。 採用担当者は「ブランク」を気にする。 「採用されない理由があるのでは?」 「病気療養?」「どこまで本気なのか?」 「ビジネス感覚が鈍っていないか?」・・・・ などと、疑われてるに決まっている。 これに対しては、 ブランクの間にビジネス感覚を鈍らせない工夫・努力をしていた ことを「自己PR」欄を使い、わかるように書けばいいだろう。結局は、 即戦力としての「前職での実務経験」 をベースに、 「仕事以外で興味を持っていること」として、 ブランクの間の充電が、人間的な幅を広げるもので 積極的な行動だった事を、理解してもらうようにすれば、 それほど、マイナスにはならない、と思う。 旅行関係の会社は、仕事と趣味は別だし、即戦力になれそうにないので、考えていない。 仕事の場面でどう影響してくるか、 どんなふうに活かすことができるか?海外旅行・生活のメリットとしては、 ・情報収集力 ・計画立案 ・健康 ・行動力 ・好奇心旺盛 を、自分の言葉で言えるか、具体性を持たせられるか。逆に、デメリットの ・決められた休みを取る ・危険なところに行く を、どこまで採用の段階で、伝えた方がいいのか。 マイナス材料を、あえて自分から言う必要はないが。 有給さえも取れず、土日も出勤の可能性のある会社の 人事なら採用しないだろう。業種にも寄るだろう。また、長期の海外生活・旅行をしていたのに、韓国語や英語が出来なくても、 それは欠点ではなく、生活や旅行に対応出来る言葉は 覚えたのだから、「堂々としていていい」と思う。 英語が出来なくても、採用される会社はいくらでもある。日本語でさえも、「人に伝わるように伝える」という事は、以前は大苦手だったが、 ブログや日記で文章を書いたり、 鏡を見て、「話す練習」したりしているので、 以前よりは、 ずっと良くなった、と思う。致命傷な 「募集年齢オーバーで応募出来ない」会社が 多いのは、どうしようもならないのだが・・・。 今日役立つコトバ 「われわれは自分に備わっているものをほとんど思うことなく、いつも欠けているものについて考える」ショーペンハウエル
2005.11.28
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11月14日にソウルの郵便局から船便で送った荷物が11月28日現在で、まだ、ひとつも届いていない。 「自分の予定では、10~14日に届くハズ」と 逆算して送ったのに、ちょっと予定が狂っている。ボーナスシーズンで退職者が増えるので、「それに合わせて」再就職活動を開始しよう、と思って わざわざ12月前に帰国日の設定をしたのだ。 荷物がこないので、イマイチ気分が乗らない。 「職務経歴書」の前に「履歴書」との作成をしているが、 一番考えなくてはいけないのが、 「退職理由」と「志望の動機」。 100円ショップやコンビニで見てきた「履歴書」は、 新卒用なのか、「退職理由」が入っていない。 必要ない欄が多い。「スポーツ・クラブ活動・文化活動など」「得意な科目・分野」 「本人希望記入欄(特に給料・職種・勤務時間・勤務地・ その他について希望があれば記入」「保護者」)。 「自覚している性格」を書く欄があるのには、驚いた。良いことだと思う。自分の場合、「退職理由」は「一身上の都合」ではなく「会社都合」。 ソウル駐在員として、出向されている間に、 日本の親会社が会社更生法を申請することに。 自分は、親会社でのリストラの対象になり、 ソウルの会社で継続するかどうか、の選択になった。 その場合は、現地での給料なので、半分近くに。 出向時の給料は、親会社からもらっていたが、 今度、ソウルの会社から、もらう事になる。 「親会社の看板」がなくなった自分の「存在感の急低下」。 半分の給料とはいえ、出来たばかりの会社で、 かなりの負担になるのが嫌だった。 給料以上の仕事をしている自覚は、なかった。 韓国語もほとんど出来なかった。 ゴネれば、 日本の会社に戻る事も可能だったかもしれないが、 「3年は韓国でやる覚悟」で、 最後のチャンスと感じ、来ていたので、 リストラは「本当に突然」だったが、 次の日には退職する返答をした。「結果が出なけれクビ」という会社だったので、 「もし退職したらどうしようか?」ということは、 なんとなく考えていたのだ。まず、「せっかくだから韓国語を勉強しよう」と思い、 ソウル大学の語学堂に通ったが、半年通い、 6段階のうち、レベル4(4級)で辞めてしまった。 順調にいけば、 今年の2月に6級まで行く予定だったが、 「韓国語をこれ以上勉強して何に役立てるのか?」 という動機を、自分の中で明確にすることができなかった。 それで、1学期(3ヶ月)、休学することに。 その間に、海外旅行に行くようになって、「海外旅行から得られるものが大きい」事に気づき、 当初、3ヶ月のつもりが、 今年の12月までの16ヶ月連続で、 割り切って、 海外旅行を続けることになった。 JALマイレージを貯めだし、気分が加速した。 今日役立つコトバ 「いかなる職業でも自分が支配するかぎり愉快であり、服従するかぎり不愉快である」アラン『幸福論』
2005.11.28
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バスはよくわからないが、東京から成田空港に行くには、 日暮里から「京成電鉄の急行」が 安くて、比較的早い、とされている。(1000円)。 これを知ったのは、 去年の12月だった・・・。去年の10月に初めて、京成を使った時に、 920円の特急券を払って合計1920円で 京成「スカイライナー」に乗ったが、 新宿からの「成田エクスプレス」の2920円より それでも安くて驚いた。 さらに、 「特急と急行では20分くらいしか違わない」 事を知り、それからずっと「京成の急行」派になった。恥ずかしい話だが、それまでは、 東京から成田空港に移動するのに、 「成田エクスプレスしかない」と思っていた。 それしか、使った事がなかったから。 後になってから、 JR総武線の「快速」でも、 割合、快適に行くことができる、のを知った。約3年ぶりに日本に戻ってきて千葉市住民になった。 住むところはどこでも良かった。 ソウルの住んでいた地区では、 100リットルのゴミ袋が1枚で1750ウォンもしていたが、 ここでは、45リットルの可燃用が10枚入って128円だったのには、ビックリ!東京には昔、4年間住んでいたが、日本に戻った時に、 千葉、船橋、津田沼の東横インに宿泊することが多く、 この辺りに住むのが、何かと便利だな、と思った。 再就職したら、 海外に行く機会は、いつあるのか?わからないが。 ソウルでアパートを出る時に返してもらった保証金(500万ウォン)は、 「韓国でつくった銀行口座」に、両替せずにそのまま、残してきている。 今回も2つ、新しい事を知った。 ・ 空港第一までと、空港第二までとでは、 JRの電車料金が違う。 (JR総武線の「都賀駅」で見たら、 成田空港第二570円、成田空港第一630円だった)。 ・ 成田空港から、電車に乗るホームは、 JRか京成か、によって分かれている。 列車の「行き先によって」分かれている、とずっと思っていた。意識して、生きていないと、知らないことだらけである。 「環境を変えて、脳に刺激を与え、少し賢くなろう」 と思った。 今日役立つコトバ 「大切なのは、疑問を持ち続けることだ。神聖な好奇心を失ってはならない」アインシュタイン
2005.11.27
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海外旅行・海外生活で得たメリットは計り知れないが、反面、失ったものもある。 日本での社会的な 「信用・信頼」ここ約3年間のブランクで、日本に帰ってきて、 ・ 無職。 ・ 一人暮らし。 ・ 居住年数が短か過ぎ。レオパレス。 自宅に固定電話なし。新車をローンで買う場合は、保証人が必要になるだろうし、 もし消費者金融に行っても、 アコム・武富士などの大手では、相手にされない。自分に必要なのは、「信用・信頼を得られるように また、一から始める」 こと。 海外にいた約3年間の空白を埋めなければいけない。 日本に戻ってきて初めて、 社会生活の「再スタートライン」に立った訳だ。このブログは、今年の3月16日から始めたのだが、 最初の1ヶ月くらいは、 一生懸命考えて書いても自分のクリックを除けば、 1日20件くらいしか、アクセスがなかった。それが、 途中、休みながらでも、 500件近く更新してくると、 1週間くらい書かなくても、 100以上のアクセスがある。「お気に入りリンク」に登録していただいている方や 継続的にチェックしていただいている方との 小さな約束の積み重ねによって、 信頼を得て来たのだ。信用・信頼されるために必要なのは、 「約束を守ること」「継続すること」「相手の期待を裏切らないこと」か。 インターネットで日本語による情報を得ているので、すぐ適応できるし、 韓国に行ってから、 毎日日記をつけるようになったので、 むしろ 日本語運用力はアップした、と思う。 今日役立つコトバ 「人生はオセロゲーム」
2005.11.25
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ソウルから日本に、ダンボールで16個も郵送している。成田空港到着日本に入国して、手荷物を取った後、出口を出る時に、 「別送品の申告」 荷物受取のコンベアとコンベアの間にコーナーがあり、そこに書類があった。 酒・タバコなどは一切ないが、 メキシコから持ってきた荷物を送った時、 関税をかけられたので、かならずやらなければいけない、と思っていた。 この領収書を持っていたが、「必要ない」らしい。複写になっていない同じ書類(「携帯品・別送品 申告書」)を2枚書くのだが、 「船便 航空便 郵便局」のどれかを選び、 ○○個と書くところがある。郵便局から船便(by Surface)で送った自分としては、どうするか迷い、係員に聞く。すると 「郵便」に書くように指導された。 が、出口の係員には「それは船便じゃないですか?」と。 人によって解釈が違うというか、ややこしい。「成田税関支署 総括監視」のスタンプを押してもらい、1枚を返してもらう。 時間もかからず、思ったより簡単だった。赤ペンは係員のチェック。「税関記入欄」には、「0円」と書かれた。 今日役立つコトバ 「何かを成し遂げるために面倒なことなど何もない」ナポレオンヒル
2005.11.25
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朝9時30分出発の INCHEON ー NARITA の「JL950便」。 マイレージ発券だったが、JALでチェックインした時、 いつもの「緑のチケット」ではなく、 「青のチケット」が見えた。 最後の最後に、ビジネスクラスに 「アップグレード」されたのだ!飛行機に乗り込んだ時、「03K」という席で、CAに案内されて座る。 が、いつも通路側を指定しているのに、 座るとなぜか窓側。 ボーとしていたので、気付かなかったが、 そのシートは隣の席が無かった! 前に「JAL SKYSLEEPER」に乗った時は、 隣の席があったのに。 向こう側を見ると、横に2つしか席が見えない。(ビックリ!)(3Kの席は、↓写真と違って、左側(通路側)に小物入れがくる。) ビジネスクラスだというのはわかっていたが、 まさか、こんな豪華な席になるとは思っていなかった。 「JAL NEW SKYSLEEPER SOLO」慣れないものだから、「スカイワードはどこにありますか?」 と、CAに聞いてしまった。 足下の左側のボックスにスリッパと一緒に入っていた。テーブルもスンナリ出すことができないし、かなり恥ずかしい。 ボタンひとつで「フルフラット」にもなるし、 「腰のマッサージ」もついている。食事も、いつものボックスのものではなく、ちゃんと一つずつ容器に入っている。 SEASONSに「ソウル~日本」しか、 アップグレードされた事は無いが、 ビジネスになった時は、 飲み物は「ハーブティー」を注文することにしている。贅沢な席だったが、それより、 やはり、ここ3年近くのいろんな思い出が蘇ってきて、 感慨にふけってしまった。 韓国に来る機会は、これからも何度でもあるのに、 なんとなく、「最後」のような気がしてしまった。 窓の外も、いつもとは違う風景に見えた。 今日役立つコトバ 「人を幸福にするものは、どれだけ沢山のものを持っているかという事ではなく、手持ちのものをどんな風に楽しむかという事である」チャールズ・H・スパージョン
2005.11.25
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とうとう日本へ帰国。3年近く住んでいたソウルから引越。 部屋から出る時、 「ソウルに今度来ても、もうこの部屋には入れないのか」 と思ったら、、”今度来るソウルは全く別のソウル” のような気がして、寂しくなった。空港に到着して、JALカウンターへ。 JALの受付の女性は、 大韓航空の制服を着た女性になっていて、ビックリ。 (前回の「飛行機への案内」だけでも、驚いたのだが。 本当に「ワンワールド加盟」の影響なのか?)JALの受付の前のところにあった「出入国カード」が、半分に切られいて、「出国カード」だけ置いてあった。 以前から自分は、いつもこのカードを半分に切って 出国審査の時に渡していたので、 自分が前からやっていたことが正しい、と 認められたようで、ちょっと誇らしげにしていた。ところが、 今回、出国審査の窓口では、 せっかく書いたその出国カードさえも受け取らなかった。 「取り忘れたのでは?」と思い、再度、渡すが、 「必要ない」と言われてしまった。 韓国出国カードは 本当に必要なくなったのだろうか?その前の「手荷物検査」では、 先月は靴を脱がずに通れるようになって良かった、 と思っていたら、前の人は”脱ぐように”言われていた。 面倒だな、と思っていたら、自分は脱がなくてもOKだった。 前の韓国人の人はスニーカーの下の凸凹があったから、 靴を脱ぐように言われていた気がする。 赤外線で引っかかったので、 「もしかして、ノートパソコン?」と思ったら、 ”リックに「ハサミ」が入っている”と。 「鼻毛切り用の先が丸いハサミ」だとわかると、OKになった。 今日役立つコトバ 「人間、関心を寄せるものが多ければ多いほど、ますます幸福になるチャンスが多くなる」ラッセル「幸福論」
2005.11.25
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「韓国は、ひとりで食事がしにくい」と言われる原因は、 一人で食べていると「寂しい人」と思われる風潮があるから、 らしい。 それに、焼き肉・タッカルビなど、 2人前以上の注文が必要な店が多い。 鍋もそのひとつ。韓国での食事は、「辛い・熱い」ものが多いが、その代表の「鍋」。寒い季節は美味しい。 日本で「チゲ鍋」という言い方をするが、 もともと、チゲの意味が鍋なので、 「鍋鍋」になってしまう。参鶏湯、カルビタン、豆腐チゲ・・・など、一人分ずつ鉄の容器に入って出てくるものがあるが、自分が好きなのは、 「プテチゲ」 「・・・朝鮮戦争後の物資不足の時代に米軍から流出したソーセージやハムで 鍋を作ったことから始まった鍋料理。プデ、とは韓国語で部隊の意味。 キムチ、インスタントラーメン、トッ(韓国の餅)、豆腐、野菜など いろんなものを入れて煮て食べる。濃いめの味で、値段の割に お腹がいっぱいになるコストパフォーマンスの高い鍋料理」が、これは、ひとりでは食べられない、と思っていた。 駐在員の時、昼食に食堂でプテチゲを注文し、 大きな鍋をみんなで分けて食べていたから。ところが、会社を辞めてからたまたま入った食堂で、 「ひとりプテチゲ」が出来た。 一人用の鍋が用意してあったのだ。 (5500ウォン) ひとりで食べている人が結構いる。その店は、 「ノルブ・プテチゲ」 チェーン店なので、ソウル以外にもある。 「ソウルナビ」でも紹介されている 自分は、2号線「ソウル大入口駅」5番出口のすぐ前の店に通っていた。 トンカツ、ビビンパッブ、トッパブ(焼き肉丼)、あわび粥、冷麺・・・など、 韓国は「一人で食事できる店」が 案外、多い。 ハングルだけの店に入って、 わからず適当に注文するのも、面白いかも。 今日役立つコトバ 「鍋がやかんを黒いという(五十歩百歩)」イタリアの諺
2005.11.23
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フィリピンから帰ってきて、10日以上が過ぎ、ようやくソウルから日本への引越の準備が終わった。 あとは、残ったゴミを捨てて、 スーツケースに少しの荷物を詰めて 25日に飛行機に乗るだけである。 もう部屋には、テレビも電子レンジもなく、不便引越の準備はすべて、ひとりで出来た。1.荷造り・梱包 近くの郵便局で、ミカン箱より少し大きめの サイズ(6号 1箱1100ウォン)を買ってきて、 荷物を詰め(1箱20キロまでの制限有)、 タクシーを使って郵便局まで運ぶ。 タクシーは、トランクを使っても、 1度に4箱しか入らなかったので、 4回に分けて、別々の日に運ぶ。 アパートまでタクシーを誘導したが、近いので、1回3000ウォンで。 合計15箱で、船便で41万ウォン。 (1個 27330ウォン) 荷物は、日本から来た時の倍になったが、送料は来た時より安かった。 電化製品は電圧が違うし、面倒なので、人にあげる。2.携帯電話の解約 自分は、PHSを使っていたが、 国際電話がKTF、国内電話がKTと 別々の事務所に行かなければいけなかった。 当日すぐ解約出来た。3.再就職用の履歴書写真 写真写りが良いように、かなり修正してくれる フォトスタジオに行ったら、無くなっていた。 明洞に行くのが面倒だったので、 近くの写真館で撮る。 40枚注文し、4万ウォン。 ネガ付きで、日本で撮るより安い。4.アパートの解約 もともと、12月22日までの契約で、 家賃はかなり前に振り込んでいる。 フィリピンから帰ってきて、 「11月25日に引越して日本に帰る」事を 伝えていた。 困るのは、 毎日のように、部屋を見に 次の入居者が見学に来る事。 管理人と一緒に、 突然、部屋にやってくる。 自分がいなくても、合い鍵を使って 勝手に開けて、様子を見せるのだ。 日曜日は、3組も来て、参った。 部屋を汚くしている気はないが、 本が散らばっていて、床があまり見えない状態 なので、恥ずかしかった。 だが、次の人が決まらないと、 契約の時に預けてある 保証金(自分の場合は、500万ウォン)が 戻って来ない。 11月25日までには、厳しいので、後で振り込んでもらうことにする。5.銀行に行き、手紙を送らないように伝え 第一銀行で口座を開いているが、毎月のように 何か手紙を送ってくる。 手紙が差し戻しになり、今あるカードが使えなく なっても困るので、「帰国します」と伝えに行った。 電車やバスに乗る時の「交通カード」と 一緒になっているので、使えなくなると、 今度、ソウルに来た時に不便だ。 今日役立つコトバ 「変化をマネジメントする最善の方法は、自ら変化を作り出すことである」
2005.11.22
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海外旅行をしていて、外資系のチェーン店を発見すると、なぜかウレシイ。 「知らない国の知っている空間」旅のアクセントになるので、つい、吸い込まれてしまう。 セブンイレブン、KFC、マクドナルド、吉野屋・・・それに、スターバックス自分は韓国・ソウルに駐在で来るまで、スターバックスの存在を知らなかった。 韓国では、缶コーヒーはあるが、その自動販売機がなく、 店で出される一般的なコーヒーは、砂糖がドッサリの甘いコーヒー。 特に「コーヒーが特に好き」という訳ではないので、 スタバでは「今日のコーヒー」ばかり注文する。 Grande(Large、Ventiとも言う)の量が多くて、 たっぷり飲めるのがいい。 スタバでは、「雰囲気」でコーヒーを飲んでいる。「スターバックス アニマックス」の本は、 ソウルの教保文庫の日本語コーナーで、 「657円+税」を、8850ウォンで買った本。2001年に出た本なので、増えているとは思うが、スタバのある国の地図が面白い。 ダントツで、「北米(米国・カナダ)」が多く、 2位が、その10分の1で、「日本」、 3位が、「英国」。中南米、アフリカには無い。 ヨーロッパは、「英国」と「スイス」だけ。 去年、パリで見たので、フランスにもある。 アジアは、4位の「台湾」を筆頭に、「中国」「マレーシア」 「フィリピン」「シンガポール」「タイ」「韓国」と比較的多い。 「ニュージーラント」「オーストラリア」 中東は、「UAE」「クウェート」「レバノン」 「サウジアラビア」「バーレーン」「カタール」 この本に載っているスタバは、これだけ。 意外に少ないのだ!。 手軽にコーヒーが飲める国にはないし。 今日役立つ知識スタバのマークの髪の長い女性は、「セイレン」という名前の人魚
2005.11.21
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新バックパッカーズ読本日本に戻るため、引越の荷造りをしている。 この本も処分する前に、 いくつか質問が載っているので、 自分も書き残しておこう、 と思う。9月にやったちょりこさんの、「TRAVELING SONGSのバックパッカーへ100の質問」と質問がダブったり、答えが変わってきてしまっているのもあるかもしれません。1..コレまで行った国の数は? 37カ国(バチカンも入れることにした)。2.1ヶ月の旅の平均的な所持金は? 住んでいるソウルなら、家賃も入れたら、8万くらいか。 他は、続けて1ヶ月以上いたことがないので不明。3.アジアを旅する時、1日いくらくらいを目安としていますか? 場所にもよるが、US30ドル以下か。 韓国・シンガポール・香港は、ホテルが高い。4.バックパッカー街によく行くほうですか? 行かない方。カオサン通りも行かなかった。 どこがバックパッカー街なのか、よくわからない。5.旅先で下痢をしたり、風邪を引いたりしたことありますか? メキシコの時は、3日くらい風邪で苦しかった。 下痢はあるが、正露丸でなんとかなった。6.凶悪犯罪などに遭遇したことがありますか? ラッキー(?)なことになし7.ヒッチハイクしたことがありますか? 1回もなし。怖くて乗れない。8.旅先で恋に落ちたことありますか? 残念ながら無し。9.バックパッカー旅行の動機を教えてください。 前にも書いたが、バックパックも持っていないし、 自分がバックパッカーかどうか不明。いろんな国に 行くようになったのは、経験値を増やしたくて、好奇心から。10.バックパッカーについて、思うことや感じたことを教えて。 場所や環境を変えてみることで、新しい自分の価値観が 生まれると思う。「お金持ち」より「時間持ち」の方が 幸せかもしれない、と感じるようになった。11.一番腹立たしかった国・良かった国・つまらなかった国。 腹立たしかった出来事はあっても「国」はない。 良かった国は、長く住んでいるから、「韓国」か? つまらなかった国もなく、数時間しかいなかった国 (マレーシア、インドネシア、ラオス)は、再度挑戦したい。12.情報収集はどのようにしていますか? ”歩き方”中心。ビザ情報は、前に出ていた 「フリートラベラー」という雑誌を信頼して正解だった。 「HISなどの旅行社の情報」をアテにしてはいけない。13.憧れる国・敬遠する国は 南米に行った事がないので、ブラジル・アルゼンチンに行きたい。 敬遠する国は、一人旅行だと、ビーチのあるリゾート地。14.平均的な所持金を教えてください。 これは場所による。ホテル代以外で、3000円は 常に持っているように、こまめにキャッシング。 無駄な物を買ったり、残して再両替するより、 小さくキャッシングする方が得。一気に3万円以上 引き出す時はシティーバンクも使う。15.必ず持って行くこだわりのグッズありますか? ノートパソコンくらい。(マウスは置いていく) 自分の字は読めないので、パソコンで日記を付けたい。 全世界対応プラグ。16.リックの大きさを教えて。 リックは普通の小さいもの。それに、 プラスチックの板が入ったはずすと折りたためる スポーツバック、の2つ。バックパックは持っていない。17.あなたのリュックの中身は? 洗濯が面倒なので、着替えは1週間分用意。 洗面用具、デジカメ、ノートパソコン、目覚まし時計、 ”歩き方”、短パンかジャージ、ティッシュ。身軽。18.旅行保険は掛けていきますか? 今まで一度もなし。クレジットカードについている 保険の内容も調べていない。過信しているのかも しれないが、これくらいじゃなきゃ、海外はツライ。 回数行くなら、ある程度の割り切りも必要。19.安宿をどのようにして探しますか? まず”歩き方”に載っているところ。無ければ、 ホテルが集中している地域に行って、飛び込み。 中国の場合は、空港で紹介してもらった。 客引きについて行くことも。20.「こういう宿はダメ」という点は 外見では難しい。見せてもらって、シーツが 黒ずんでいたり、ベトベトしてそうな時はパス。 少し値段が高くても、お湯シャワー希望。21.「沈没」したことがありますか ソウルにアパートを借りているので、 そちらの方が快適で、それ以外は北京の 「城市ユースホステル」で合計2週間 くらいいたくらいか。部屋にネット環境があれば、 沈没してもいい。22.いわゆる「安宿街」によく滞在するほうですか? 意識して行った事はないが、”歩き方”のホテルが たまたま安宿街にあったら滞在。23.いわゆる「日本人宿」について ウランバートルで「あずさや」に宿泊したくらい。 ”歩き方”に載っている安いところは、日本人宿 ではないが、よく日本人に出会う。べったりは嫌だが、 やはり、情報交換が出来て楽しい。24.独断と偏見で選んだ食事の美味しい国は 安くて美味しいのは、タイと中国がダントツ。 住みたいくらい。韓国も美味しいが、値段は高い。25.あなたにとって”旅”とは何ですか? 初めての経験を、一度にたくさん出来る行為。 環境適応能力が発達する。気づきが多い。 コストパフォーマンスの高い自己投資。 「シンプルな生き方」の練習。26.風邪や下痢など、体調を壊した時の体験を教えて。 メキシコの時、風邪を引き、3日くらい具合が 悪かったが、歩き廻って無理やり直した。 下痢でトイレを探すのに苦労した。 バナナもいいらしい。27.風邪や下痢以外の病気の体験がありますか? 特になし28.無謀なヒッチハイカーが急増している事について 密室状態になるところは、慎重過ぎるくらで ちょうどいい。自己責任で、「ある程度の覚悟がある なら、どうぞ」という感じ。29.今までに危険な状況に陥ったことありますか? ラッキーな事になし。勘違いで、焦った事はある。 これが普通と思ってはいけないのかもしれないが。 今日役立つコトバ 「人は人生の中で、「何が最も大切なのか」「どうなりたいのか」「何をしたいのか」を真剣に考えるとき、敬虔な気持ちを持つようになる」スティーブン コヴィー
2005.11.21
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去年の今頃の自分の日記を読んでいると、 今年(2005年)の旅行計画を、 必死に考えている。 「今年の末まで毎月海外旅行に行く」と割り切って 考えていたので、どこの国に行こうか、迷っていた。去年(2004年)、8月から、すべてJALでフランス・イギリス・メキシコ・イタリア・トルコ・スペインと乗ったが、 今年(2005年)の旅行計画も、 なぜか、「JALでしか」考えられなかった。 ソウル発券だと「JALが一番安い」というのもあるが、 「日本語の通じない航空会社は余り乗りたくない」と思っていた。 5ヶ月で、遠くに5回も飛んで、マイレージが 100%アップする「サファイア」会員になったのも、 「JALに乗らなきゃ損」と 思わせるきっかけになった。 1月:インド、2月:マレーシア、3月:タイ、4月:ドイツ・・・と、 今年の旅行日程を「すべてJAL」で、 「一カ国ずつ」行く予定にしていたのが、笑える。今年(2005年)の1月は、JALでインドに飛んだが、 インドの旅行のあと、ソウルに戻らず、 HISの「新春格安ツアー」で、成田から台湾に行き、 「ツアーって安くて、良いんだな~」と実感。それで、2月もやはり、トラピのツアーで、「ロサンゼルス・ラスベガス・グランドキャニオン」へ行く。 「JAL」が指定航空会社で、ツアーでもマイレージが貯まる事も大きかった。しかし、その後は、 「去年の今頃に計画した旅行日程」は崩れ、 6月に、モロッコに行く途中のパリまで、JALを 使った以外は、お金を出してJALに乗らなくなった。 (貯まっていたマイルは、ほとんど使った)初めての国に行きたかったので、「JALの直行便での限界」を感じたのだ。 ・ ロシア・ブラジル は、日本でのビザ取得が必要。 ・ カナダは「メキシコ」、オランダは「スペイン」 UAE(ドバイ)はSQで「エジプト」に行く時に 空港でトランジットしているので、除外。今まで行ったことのない国で、JALの直行日が飛んでいる国で「行く予定のない国」は、 ニュージーランド・ドイツが残った。しかし、 限られた資金の中で、毎月旅行に行くために、 「もう、物価の高そうな国は、行かれないな」 と実感。去年たてた旅行計画は、かなり修正することになったが、 「計画を立てる」 「実際に具体的に書き出してみる」 という作業は「無駄ではなかった」と思う。 頭の中だけだと、曖昧になってしまうが、 実際に書き出してみると、多少の修正はあっても、 それに近い成果は残せ、 自分が成長すれば、計画以上の結果 になるハズ。 今日役立つコトバ 「計画に失敗すると、失敗を計画することになる」
2005.11.20
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そして、マニラ最終日。メータータクシーを、エルミタのマビニ通りで捕まえ交渉。最初から「200ペソで行こう」と思っていたが、1台目でスンナリ「交渉成立」。乗ってすぐ、運転手に200ペソ渡した。来る時は気付かなかったが、ロハス通りを南の方へ行き、タフト駅の近くに、ニイノ・アキノ国際空港があったのだ。フィリピン航空以外は、すべてターミナル1。 空港到着入口で手荷物検査を受け、JALを探す。個人は一番左のカウンター。 「荷物は」仁川まで直行だったが、 「搭乗券は」マニラでは「成田→仁川」の分をもらえなかった。チェックイン後、中に入らないと店などないので、出国用紙に記入して出国審査へ。 ところが、ここで問題発生。 出国税が、 550ペソかかるのを知らなかった。 (バンコクの空港でも、同じミスをしている・・・。) 財布を見ると、なんと惜しくも530ペソしかない。 USDでも支払い出来たが、 これはチェックインの時に預けた大バックの中のカバンに入れてある。仕方ないので、20ペソのために、カードでキャッシングすることに。 受付でATMの場所を聞くと、 1階の出国出口の近くだと言う。 降りようと、エスカレーターの方に行くと、 また警備員。 パスポートを見せて、エスカレーターを使う。 (自分と同じように、出国税が足りなくなりキャッシングする欧米人発見。) そして、ATMを見つけ、もしかしたら100ペソ紙幣もできたかもしれないが、 500ペソ紙幣をキャッシング。エスカレーターに乗る時、また警備員の検査。 上に上がって、また出国の窓口のところへ入るのに、 荷物検査。・・・こんなんばっかり。結局、この後、 ペソは使わず、480ペソをそのまま残してしまった。 まあ、フィリピンなら、来る可能性が高いので、 USDへの両替はする必要はないだろう。そして、 JAL745 MANILA-NARITA 9:40-14:40成田で、再チェックインし、 JAL959 NARITA-SEOUL 18:00-20:40こうして、 「ソウル発では最後の旅行」が 終了した。(パチパチ!) 今日役立つコトバ 「飛行機は飛び立つ時より着地が難しい。人生も同じだよ」本田宗一郎
2005.11.19
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マニラの街をぶらぶら歩いていて、気になった写真を載せておきます。 場所の名前がわかりましたら、追加していきます。 今日役立つコトバ 「観る」とはすでに一定しているものを映すことではない。無限に新しいものを見いだしていくことである。」和辻哲郎/哲学者
2005.11.18
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最終日の前日、ジプニーに乗ってみたくなり、 どこでもいいから 行きたかった。ジプニーとは、「・・・フィリピンを代表する独自の乗り物。米軍の使っていたジープを、15人ほど乗れる乗合バスに改造したもの」と”歩き方”。 表に書いてある「行き先」を見るが、 よくわからないところばかり。 一応、駅名や有名な通り名が多いらしい。注意して見ていると、「GUBAO」と書かれた車があり、”歩き方”を取り出し、調べてみると、まだ行っていない「ケソン・シティー」のグバオ駅行きだということがわかり、 次ぎに来たジプニーが 空いていたので、思いきって乗る。料金はわからないが、 「とりあえず20ペソ出せばいい」と、 "歩き方"に書いてあったので、 近くの人に渡して、運転手に送ってもらうと、 17ペソちょっと(約40円)だった。10キロ以上離れている。道は大混雑しているし、 開けっ放しの窓で、排気ガスがひどくて、 気分が少し悪くなった。車内は、確かに、大きな荷物を入れるだけの余裕はない。 2列で、一列7人は乗れるようになっている。 グバオ駅到着。 1時間以上乗っていた。"歩き方"の地図を出して、見るが、よくわからないし、もう夕方。 駅の周りを一周して、 特にコレ、と言ったものを見ずに、 駅の近くにあったデパートの3階のフードコートで 夕食を食べ、 帰りはメトロを乗り継いで 帰ることにした。 今日役立つコトバ 「どこに行くのか知らないのなら、どの道を通っても同じだ」スー族の諺
2005.11.18
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ペドロヒル駅で降りてから、ウロウロしていたが、疲れてきたので、 ネットカフェへ行く。 エルミタのいつものところは混雑しており、新しいところを探す。ロビンソンの手前で発見。入ろうとすると、 日本語を話す老人が 店の中に案内してくれる。店の人に、日本語を打てるパソコンを紹介してもらい座る。 さきほどの老人は、「隣」に座り、 こちらをじっと見ている。最初、店の人かと思っていたが、そうではないようなので、 モニターの位置を動かし、 老人から内容が見えないようにする。それでも、いつまでもそこにいる。 「もしかして・・・」 と思っていたら、予想どおり、 「コーヒーを買うので20ペソくれ」ときた。 チップらしい。何のチップか、わからないので、相手にしないでいたら、何度も言ってくる。 それでも無視していたら、 どこかに行ってしまった。 日本語で話しかけてくる人が、 最近、みんな悪い人に見えてくる・・・。ここの料金は安く、1時間5分使ったが、28ペソくらいだった。ネットカフェと言えば・・・、エルミタ通りのホテルの近くの「日本語使えます」と看板がでているネットカフェ。座って、ニュースをチェックしていたら、 遠くの方で、英語で、 「日本語が使えない!(怒)」という声。どうやら、現地に仕事に来た「日本人会社員」。 会社のホームページにアクセスして、 日本語で報告しなければいけない、らしい。が、パソコンの使い方がわかっていない。 ・下のタスクバーの「EN」となっているところを クリックして「JP」にする ・さらに、バーから「HIRAGANA」を選ぶ。さらに、 「会社の内部書類なので、 履歴の抹消をしたいのだが・・・」 と聞いてくる。そんな重要な報告なら、街のネットカフェでせず、会社に戻ってすればいいのだが、グッとこらえて、 パソコンの使い方を丁寧に教えてあげた。 外国での助け合い。 今日役立つコトバ 「今までは今まで。今からちゃんとやろう」
2005.11.18
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マニラで「気になるファーストフード」は、 「Jollibee」街を歩いていると、よく目にする。 マニラ市街には、マクドナルドの数も多いが、 ここも負けていない。 意外に人気。ロビンソンの中にもある。 自分は、ここでステーキハンバーグを買い、 持ち帰りにして、ビールを飲みながら部屋で食べたりした。このキャラクターが、印象的で、最初、ずっと、 ウサギか、と思っていたのだが、 そうではないようだ。 テントウ虫でもなさそう。 とにかく、気になる・・・。 赤で、 看板、目立つ し・・・。今回は、ちょっと「韓国だ・い・す・き・ん・ぐ」もるさん風 ~♪ 今日役立つコトバ 「一度に、牛一頭は食べられないけど、ステーキなら毎日だって食べられる」
2005.11.18
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マニラは、 タクシーも安いが、 交通渋滞が激しいので、イライラしそう。 それに、メーター制だが、空港から来た時の印象が どうも悪く、乗る気が全然しなかった。マカティのJALのオフィスへ行き、「搭乗券の日付変更をしよう」と、メトロに乗るため、駅へ向かう。 駅は、エルミタからだと、ロビンソンの先の「ペドロ・ヒル駅」。 この駅は、方向によって、入る入口が違う。 連絡通路がなく、大きな通りを挟んでいるため、 面倒なことに、入口を間違えると、 また降りて反対側へ行かなくてはいけない。駅に入る時、ショッピングセンターと同じく、 いちいち荷物検査。マニラのメトロは、 バンコクで「BTSとMRT」があるように、 ここでも、「LRTとMRT」の2路線。 LRTは、ライン1とライン2がある。 エドゥサ駅まではLRT(Light Rail Transit)で行き(Line1)、 そこでMRTに乗換え、アヤラ駅まで行く。料金は、バンコクや北京より安い。 「ペドロ・ヒル駅~エドゥサ駅」は、15ペソ(約30円) 「タフとアベニュー駅~アヤラ駅」は10ペソ(約20円)切符はどちらもカード式。 穴の空いている方向にカードを入れるのだが、 MRTは矢印が書いてないので、迷った。すべての電車がそうなのか、不明だが、 ・地下ではなく、地上を走っている。 ・ドアは「ガルウィング方式」で格好いい。 ↑ ちょっと勘違いかもしれないです。 ・車両がごとに窓が前後にあり、 車両間の移動ができない。電車内のアナウンスは、無いのかと思っていたら、LRTのLine2だけはあった。ビックリしたのは、 いつも、(自動販売機がなく、手でやっているが) 切符を買うのに、少し並ぶ必要があること。 特に、MRTとLRTの乗り換え駅のタフト駅では、 5分以上並んで、ようやく買うことが出来た。 並んでいる列が、蛇行していたり、 階段の途中まで来ていたりして、 どこが最後かわからない時がある。バンコク、シンガポール、北京などでMRTに乗った事があっても、 マニラは、 「ちょっと違う」 と感じさせるのだ。 今日役立つコトバ 「わかったつもり」とは、思考の停止
2005.11.18
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屋台で気になっていた揚げたものがあり、2種類買ったが、 どちらも バナナを揚げたものだった。 2つで27ペソ(約54円)。 春巻き風にしたものの方が美味しい。泊まっていたエルミタ地区から、用事があって、LRTとMRTを乗り継ぎ、マカティ地区へ。アヤラ駅のデュシット・ホテル・ニッコー・マニラの近くに吉野家があることを知り、”歩き方”の地図を見て探す。 台北・シンガポール・北京でも行っているので、 ぜひ、「行かなくてはいけない」という使命感(笑)。 どこにあるのかと思ったら、 アヤラセンター・パークスクエアの1階。 並が80ペソ(約160円)、大盛りが105ペソ。 大盛りとグリーンティーを注文し、133ペソ。 グリーンティーは緑茶ではなく、緑のレモンティーだった。 牛丼以外にも、いろいろメニューがある。エルミタに戻ってきてから、「ロビンソン・コマーシャル・コンプレックス」へ。 ”歩き方”にも、 「・・・巨大ショッピングセンター。 中は大きな吹き抜けになっており、 ガラス張りのエレベーターや空中エスカレーターの下には 噴水もあって華やかな雰囲気だ。・・・」 と載っている。ここは、一階から四階まで、それぞれ食堂がある。 自分が食べたかったのは、 「卵とじカツ丼」。 4Fの「カラテキッド」へ。89ペソ(約178円)。 味噌汁が6ペソ。日本食の店だが、混雑している。 韓国(ソウル)には、トンカツ定食はあっても、 卵とじのカツ丼はあまりないので、ちょっとウレシイ。 値段を考えると、毎日でも食べたいくらい」。 今日役立つコトバ 「朝食は王様のごとく 昼食は富豪のごとく 夕食は貧民のごとく」(MYダイエット格言)
2005.11.17
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いつも”歩き方”のページを剥がして、4つ折りにして持ち歩くのだが、 バラバラになってしまい、 後で見る時にツライ。それで今回は、 真ん中の「島々の旅」の、 マニラ以外のページをそっくり剥ぎ取り、 マニラと巻末のページだけにし、 表紙を残し ズボンの尻のポケットに入れて出発。歩いて、マニラ湾の方へ。 ゴミが浮いていて、汚れているような気がするのだが、 子供たちが泳いでいるのにビックリ。手前の広場のベンチに腰掛けて、 右側にマニラ湾を見ながら、 噴水の前でオゾンを浴びる。Tシャツで来たが、歩いていると汗で胸の上の辺りが濡れた。 ペイビュー・パークホテルにあった 「スターバックス」へ。中に入ると、かなり涼しい。 今日のコーヒー(TALL)を注文。(80ペソ 約160円)。その後も、また歩き疲れて、 マクドナルドに入ってみる。 「SAVOY BEEF RICE」という、 ハンバーグのような肉が乗ったご飯を注文。 (コーラ大と一緒で、78ペソ 約156円) マクドナルドで「米」を食べたのは、 たぶん、初めての経験。 今日役立つコトバ 「行動がどれほど価値あるかを知るためには、行動しない場合を何か想像してみるとよい。」
2005.11.17
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自分が泊まっていたマニラの繁華街の「マビニ通り」では、歩いていると、よく声をかけられた。 トップ4は、(なぜか中途半端な数) 「両替、女性、時計、バイアグラ」 タクシーやトライシクル(サイドカー付オートバイ)より多い。 日本円はモテモテで、銀行よりもレートが良いらしい。歩いて、すぐ行ける「セブンイレブン」 が2軒あり、頻繁に通っていた。 お気に入りは、1.肉まん Premblablasiopao、 2in1Premiumsiopao、 とか、5種類くらいあり、 20~30ペソ(約40~60円)で安い。 しかも、日本で売っているものより大きく いつ買っても、水蒸気でベタベタしてない。 あまり、アツアツにしていないのだが。 毎日、この肉まんを食べていた。 美味しいが、2つ食べると、お腹いっぱい。 タダでさえ、ちょっと甘いのだが、 袋入りの蜂蜜(シロップ?)を付けてくれる。2.缶ビール 「サンミゲル」だけで、3種類置いている。 1.「SAN MIG LIGHT」 2.「SAN MIG STRONG ICE」 3.「SAM MIGUEL PALE PILSEM」 他に、4.「RED HORSE」 5.「COLT 45」 6.「LONE STAR LIGHT」 という、知らないビールがあった。 結構、充実している。 肉まんと同じくらいの値段。 26~29ペソで、安い。 (1リットルの水が、22~25ペソくらい)あと、チョコの値段が安いかも。 北京や、バンコクのセブンイレブンに入った時、 チョコレートの値段が「他に比べて高い」と感じた。 ポッキーが29ペソ。PUCCAもそれくらい。 そう考えると、韓国も、チョコが安い。 マニラは、 ショッピングセンターや駅に入る時、 必ず、手荷物検査があったが、 セブンイレブンにも、警備員が常駐していた。 今日役立つコトバ 「麦酒をたずねて、幸福をしる」(キリンビール大学 格言)
2005.11.17
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空港からタクシー(200ペソで交渉)でやってきて、運転手に文句を言って到着した「エルミタ・ツーリストイン」。 が、結局、 「満室」ということで 泊まることができなかった。繁華街だったので、どこか適当なホテルが見つかると思い、歩いて探す。 暗かったし、荷物を持っていたので、 "歩き方"を出すのが面倒。 ホテル紹介の人に捕まり、紹介されるが、 FrendyとかCherry Blossomsとか、 1泊1000ペソ(約2000円)を超える、ちょっと 高めのホテルばかりだった。再び、トボトボ移動していると、 下がレストランになっている、 安全そうなホテルがあったので、 場所も良く、そこに決めることにした。 「サントス・ペンション」。 595ペソ。エアコン、トイレ付き。 テレビはないし、水シャワー。 あとで見ると、ここも"歩き方"に載っていた。 「・・・家庭的な雰囲気。マビニ通りにあるが、 部屋は少し奥にあるので、うるさくはない。欧米人客が多い」と。お湯が出ない不満があったが、11月の夜でも暑いので、我慢。 ダラダラと、ここで4泊した。 5泊目に、とうとう、当初予定していた「エルミタ・ツーリストイン」へ。 お湯シャワーが浴びたくなり移動。移動と言っても、 前の「サントス・ペンション」から、 徒歩で1分しか離れていない。夜、部屋に戻って、自分のノートパソコンを使おうとしたら、 マウスがないことに気付いた。 いろいろ探すが、見当たらない。 Wirelessのマウスで、5000円くらいしたので、 諦めるには惜しい。 「もしかして サントスに置いてきたのでは?」 と思い、 外に出て、ちょっと取りに行く。 (すぐ向かいのホテルだったのが便利だった)。フロントで、伝えると、しばらくして、男性が、忘れたマウスを持って現れた。 その瞬間、「やった!!」と感激。 捨てられたりして、「もう出てこない」と思っていたのだ。 1月に、インド・アグラの「Howard PARK PLAZA」という高級ホテルで、 朝チェックアウトした1時間後、カミソリとシェービングクリームを 忘れて取りに戻ったら、既に掃除され、出てこなかった、から。何度もお礼を言って、ホテルを出る時、フロントの女性の顔も嬉しそうで、 「またここに戻ってこようか♪」という気分になった。 結局、「日数を短縮」したので、残念ながら、泊まる機会がなかったが。 今日役立つコトバ 「機敏な反応は、成功の大きな条件である」川北義則「自分のための24時間」
2005.11.17
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11月3日~10日の「フィリピン ・マニラ旅行記」を書きます。JALのマイレージで、ソウル発の成田経由の「マニラ行き」を、10日前に申込み。 前日に確認しても、午前中の便が「満席」で、 18時20分出発の便になってしまった。 しかも、その便も、日本の祝日だからか大混雑。 日本とフィリピンは、時差1時間。予定より30分も早い、21時40分にニノイ・アキノ(マニラ)国際空港 到着。 入国審査する手前に免税店があり、不思議。とても明るい。 フィリピン入国書類は複写のもの。 スタンプを押してもらう時に1枚と、出口で1枚回収される。自分は出る時に、バックの中身を聞かれ、 「衣服です」と言ったが、 「衣服だけですか?」と聞かれ、 バックの中身を見せることになった。出てすぐのATMで、1万フィリピン・ペソ(約2万円)をキャッシングしたら、500ペソ(約千円)が20枚。そして、タクシー探し。 空港を出て左に曲がったところのタクシー受付で聞くと、 「エルミタまで530ペソ」と。 ”歩き方”には、 「・・・空港価格は、エルミタまで450ペソ~」と。 同時に、 「・・・流しのタクシーならエルミタ方面まで、 100ペソ強」とも書いてある。 全然、価格が違うのだ。 少し時間が遅かったが、遠くにケンタッキーの灯りが見える。 それで、 流しのタクシーを捕まえるため、 空港の敷地外に出る。 すると、 空港に入る車をチェックするところで、 警備員に声をかけられ「危ないよ」と。 どこが危ないのかわからなかったので、 無視して、大通りへ出た。遅い時間だったが、バス停が近くにあり、人も多い。タクシーはいくらでも走っている。1台を捕まえ、エルミタまで200ペソで、「交渉成立」。 後ろではなく、運転手の隣に座った。 運転手は英語でいろいろ話しかけてくる。 そして、 「このタクシーは個人ではなく、 会社のタクシーだから安くて良いタクシー。 明日でもガイドしてあげるよ」 と勧誘してくる。 その気がなかったので、 「NEXT TIME」と言って断る。ホテルは、 "歩き方"に載っている「エルミタ・ツーリスト・イン」に 宿泊するつもりで、伝えていた。 隣で"歩き方"の地図を見せるが、 運転手はそれを見ようとしない。 「繁華街エルミタに詳しい」ということだったが、 途中で頻繁に停車して、人に聞きながら なんとかホテルを見つけた。 キャッシングした時、500ペソ札しか出なかったので、 予め、「料金は200ペソで、おつりは300ペソ」と 念を押して伝えていた。ところが、 ホテルの前で停まると、 「このホテルを見つけるのに、 大変苦労したから300ペソ」 と言って、 おつりを200ペソしか よこさない・・・(怒)。 人に聞かなくても、地図を見れば、スグわかる場所。 場所が良いから、わざわざ、そのホテルを選んでいるのだ。 車から降りずに、 大声で運転手に猛抗議。 すると、 仕方なさそうに、もう100ペソ返してきた。何度も書いているが、 「納得した値段で高かった」のは仕方ないが、 「交渉成立後、値段を上げられた」ら、 日本より安いからいいや、ではなく、 絶対に抗議すべき。 今日役立つコトバ 「金を失うのは小さく、名誉を失うのは大きい。しかし、勇気を失うことは全てを失う」チャーチル
2005.11.17
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「荷物のないシンプルな生き方」に憧れている。11月25日過ぎに到着するように、ソウルから日本への引越のために、荷造りし発送。 一昨年の1月の末にソウルに来た時は、ミカン箱7つ。 今回、日本に戻るのに、ミカン箱より大きな箱で13個。 荷物はなぜか、急増して驚いたが、郵便局からの、同じ船便で費用は3分の2程度。 1回4箱すつ、車がないので、タクシーを使うが、距離が近いので、3000ウォン。増えた荷物のほとんどが、毎月、海外旅行に行く前に増やした荷物。片づけていると、モノを中途半端にしか使ってこなかった事を反省する。 まだ使えるのに捨てなくてはいけなかったり、 使っていないが捨てられないので、 そのまま持って行くもの。 もっと真剣に生きていたら、 きっと、こんなに必要ないものは増えなかったハズ。特に、本は、 本当に必要なところをチェックし、デジタル化し、 ノートパソコンで保存するようにするべきだった。 韓国語の参考書は、あのレベルなら、 「捨ててもいい」くらいの使い方を しなくてはいけなかった。毎月、海外旅行に行くようになって変わったのは、「モノに対するこだわりがなくなった」、こと。 「モノを買う(所有する)よりも、 経験を増やした方がいい」 「モノは消えてしまうが、 経験はいつまでも消えない」 ただ、 単に経験するだけでは、経験が風化してしまうので、 「日記に残して、経験をいつまでも目で確認できる形に しておきたい」と強く思った。 ブログを書き始めたのも、同じ理由から。 海外旅行に行く時は、本当に生活に必要なものしか持って行くことしかできない。 だから、荷物を増やすのに考えるし、 本当に必要なものしか、持たなくなる。「荷物のないシンプルな生き方」に憧れているが、 海外に限らず、旅行に出ると、 無駄な部分が剥げる落ちるのでは、と思う。 自分の生き方のポイントが定まってくれば、 へんなこだわりや見栄もなくなり、 もっと、 必要最小限の荷物だけになっていくだろう。 今日役立つコトバ 「知らない国の魅力っていうのは、自分の感覚が裸になっていく気持ちよさ」
2005.11.16
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株をやっている方のうち、 「いくらまでお金が増えれば満足なのか? 増えたお金をどうしたいのか?」の2点を あらかじめ決めて、投資している人は、 どれくらいいらっしゃるのだろうか?前にも書いたが、自分は元証券マンであり、20代の頃、実際に自分でも株に投資していた。 その事で会社に迷惑は余りかけていない、と思う。 最高で200万くらい儲かったが、 最終的には500万以上損した。 儲かった時は浪費したので、実際は株でかなりの 財産を失ったことになる。 人間、儲かった経験があると、 「儲かった分までの損」は、さほど気にならず、 さらに、 「いつでも、取り戻せる」 と大錯覚する。 「最初は恐る恐るでも、自信がつくと大胆」になる。 今考えると、損した理由は明確。 趣味がなかった自分としては、お金を増やす事ばかりを考え、 「いくらまでお金が増えれば満足なのか? 増えたお金をどうしたいのか?」がわからなかった。 皮肉なことに「株という趣味」が出来た。 増えれば増えるほど、満足であるが、増やしたお金を遊ばせて おくのが嫌で、「マネーゲーム」をしているだけだったのだ。証券会社に勤務していたから、多少は相場観や決断力、判断力もあるつもり。 「株で全勝はできない」ので、できるだけ 「大きく勝ち、小さく負ける」方法を考えた。 客観的に自分を見られる時期は良かっていたが、 天狗になり、儲かってくると、 大きく勝てそうな「リスクの高い銘柄」へ。 リスクの高い「業績の悪い銘柄」が改善しそうな時、 株は一番儲けられる。が、欲をかきすぎた・・・。自分は「1回だけの勝負なら絶対に勝てる自信」はあるのだが、 「欲をコントロールする能力」がない。 勝った時の「強い快感」が忘れられず、休むことができない。 「休むも相場」という言葉があるが、休むのは勿体ない ような錯覚に陥る。常にやっていないと気が済まないのだ。それから、 証券会社を辞めて、消費者金融に就職し、再度、お金を貯めた。 幸いな事に、忙しくて株をやる心の余裕がなかった。 去年、会社を辞めて、 「お金持ち」には、なれなかったが、 たった2年間だけだったが、 「時間持ち」には、なれた。 ”負け犬の遠吠え”かもしれないが、 「価値観のひとつ」としては、良かったと思う。大満足。自分の「勝手な」結論としては、 「株に投資するより、”自分に”投資した方が、 効率がいいのではないだろうか?」と思う。 「何歳になっても」「家族がいても」。 もちろん、海外旅行だけが投資ではない。 だから、タイトルは「海外旅行”にでも”」である。 勤めていれば、なおさら時間の制約があり、 「取ったり取られたりする繰り返し」の時間が惜しい。 (パチンコのように「遊び」と割り切れればいいが) 株の利益はなくなっても、自分に投資したものは 取り上げられる心配はないのだから。 もし、株に投資するなら、 ・株ではなく、「時期」を見て、投資。 儲かった後の「自分のコントロールが重要」。 ・「儲かった後のお金の使い道を明確にする」事が必要。 決して、(自分のように)「趣味」にしてはいけない。 ・徹底的に研究し、覚悟を決めるか、 「取ったり取られたりする、小さな事」に あまりこだわらないで済む金額でやる。 ことが必要か。毎月、海外旅行に行くようになって、 飛行機の中で、今まであまり読まなかった日本経済新聞の 海外面も飛ばさずに読むようになった。 むしろ、他の記事より興味を持って読めるようになった。 あの頃は、「株をやるのに、海外面は関係ない」と思っていた。 例えば、「北京や上海が中国の地図のどこにあるのか?」 「ドバイ原油のドバイって、何なのか?」は興味がなかったのだ(笑)。 今日役立つコトバ 「わかりやすいもの、自分で理解できるものに、長期的に投資する。」投資家ウォーレン・バフェット
2005.11.16
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海外旅行そのものが、「まとまった時間が必要な行為」なのだが、 待ち時間も含めて、 「飛行機に乗っている時間」が 占める割合も多い。この時間を「無駄な時間、退屈な時間」と捉えてしまう。 「こういう隙間の時間に何をしたらいいか」、 意識して事前に決めていないと、 時間を浪費することになる。時間は容赦なく過ぎる。 「必要ない時の時間」を、 「必要な時」に回すことはできない。これがもし、お金の場合、 「いつでも使える5万円」と、 「明日”だけ”使える10万円」のどちらがいいか? の選択であれば、 おそらく、「明日限定の10万円」を選び、 真剣になって使い道を考えると思うのだ。では、時間は、なぜ同じようにしないのか?といつも考えることにしている。 常日頃から、 「3時間あったら何に使うか、8時間あればどうするか」を 意識して、事前に考えている必要があるだろう。飛行機に乗っている時間は 限られた行動しか出来ないので、 何も考えずに乗ると、とても長く退屈に感じる。フライトの時間に合わせて、「機内でできる事」を考えて、事前に書き出し、 準備しておく必要がある。 見たい映画がいつもあるとは限らないし。 ・新聞を読む ・機内誌を読む ・”歩き方”を読む ・文庫本を読む ・映画を見る ・音楽を聴く ・ノートパソコンでここまでの日記をつける ・機内の人を観察する ・CAをチェックする ・軽く運動するため席を離れる ・顔を洗う、歯を磨く ・「現地通貨をすぐ換算できるか」をイメージトレーニング ・ブログのネタを3つ考える ・次の旅行を行き先を考える ・到着してからの行動をイメージする ・・・などなど。 「機内が明るい時間」「電気を消された後の時間」で 区別して、やることを決めておけば便利。 「考える」ことをいくつか意識して用意 しておくと、目をつぶってもできるので、一番いい。 考えた事はすべてメモ。 考えたことを残せば、その事について 安心して忘れることができる。 逆に、考えついても残さなければ、すぐ消えてしまう。 その時の事は「その時に閃いた言葉」でしか表現できない。 あとで思い出そうとすると、曖昧になってしまう。自分は、「飛行機に乗る前の日は、徹夜をして、 飛行機に乗ってから眠れるように調整している」 つもりだが、 それでも、すぐ起きてしまう事が多いので、 少し、「準備して」搭乗するようになった。 今日役立つコトバ 「毎日の中で最も無駄に過ごされた日は、笑わなかった日である」シャンフォール
2005.11.16
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