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カランコエ(7月のピアノ発表会で貰ってきた花がまた咲いていた)琴桜が豊昇龍との一敗対決ではたき込みで豊昇龍を下して14勝1敗で初優勝を飾った。琴桜は第53代横綱の先代琴桜の孫である。5歳くらいの頃からおじいちゃんに手を引かれてあちこち歩いていたおじいちゃん子だったと解説の琴風さんが話していたが、横綱になったおじいちゃんに憧れ、自分もおじいちゃんみたいな横綱になりたいとずっと思ってきたとのことである。優勝すると多くの力士は感極まって涙を流すが、琴桜は泣かないでずっと前を見ていたことに対し、解説の舞の海さんは「この優勝は通過点に過ぎない。このくらいのことで喜んでいないで必ず横綱になる」との決意の表れではないでしょうかと言っていた。琴桜の優勝インタビューでも「先代が喜んでくれていると思うがこれくらいで満足してはいけないと言われていると思う」と言っていた。琴桜が神のように崇めている先代の琴桜はどのような人だったのだろうか。昭和15年(1940年)生まれで私とほぼ同年代で現役時代の先代琴桜はよく知っている。優勝は5回しているが、大関時代はカド番3回、勝率も悪くて大関在位32場所、とても横綱にはなれないだろうと思われていた。ところが2場所連続優勝したら横綱になれるとの規約があり、成績芳しくなかった大関が思いがけなく横綱になり、世間は驚いて「老桜の狂い咲き」と噂した。横綱になったのは32歳でその後あまり活躍できなくて引退して親方になり、65歳定年で辞め、糖尿病と心臓病があり、66歳で生涯を閉じている。琴桜からみると、とてつもなく偉大な先代だが、大関時代および横綱になってからの先代を知っている者から見るとそれ程の力士ではなかったという印象である。琴桜は今27歳、伸び盛りである。次の初場所優勝すれば横綱になれる。今場所みたいな根性ある相撲をとれば強い横綱になり、先代よりはるかに偉大な横綱になるのではないかと思う。先代に憧れて遂にここまできた琴桜、おじいちゃんをはるかにしのいで素晴らしい活躍をしてもらいたいと願っている。
2024.11.24
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今、松竹・東急系で大ヒット上映中のアカデミー賞受賞のレイチェル・ワイズとレイフ・ファインズ競演の「ナイロビの蜂」を観た。レイチェル扮する革命家テッサは講演会が縁でレイフ扮するナイロビに駐在する英国の外交官ジャスティンの妻になる。テッサは黒人医師で国境無き医師団に所属するアーノルドと共に、誰かが補助金などを横取りしてしまって薬なども十分にない粗末な診療体制の改善に努力していた。夫のジャスティンは園芸が好きで草花を育て観賞するのを趣味としており、ことなかれ主義だったので、テッサがそのような活動するのをハラハラしながら見ていた。テッサは妊娠し周囲の反対を押し切って貧民街の病院で出産するが死産だった。そこでテッサはダイプラクサという抗結核剤の治験がここで行われており、隣に入院していて出産後死んだ少女はその薬の副作用によるものと確信した。それを外務省に報告して、その治験を止めさせようと行動を起こすが、大手製薬会社から巨額なワイロをもらっている政府や外務省はその事実を隠した方が安上がりなので、テッサは黒人運転手と共に殺されてしまう。奔放な性格で黒人医師アーノルドその他とみだらな噂のあったテッサは情事のもつれから殺されたとして処理されようとするが、自分も彼女を疑ったことのある夫ジャスティンが事の真相を明らかにするべく色々聞いて回るうちに、テッサは見かけほどみだらでなく、自分を愛してくれていたことに気づき疑ったことを恥じる。そして彼女を殺した巨大組織を相手に戦いをはじめ、最後には外務省の大物がジャスティンの友人サンディに書いた手紙が公開されて、政府や製薬会社の悪事が明らかになる。ジャスティンは妻が殺された湖に立ち寄り彼女との思いに耽っていた時にやはり何者かに殺される。以上が大まかなあらすじだが、ネットでみると大勢の著名人が生涯で最高の映画とか感動の愛の物語とか絶賛している。観る人によってそれそれ感じ方がちがうのだと思う。私は舞台となったアフリカケニアの貧民街の人々の生活や医療事情、それに新薬の治験に関心があったので、実際はどうだろうかの目でみていた。彼らの生活はまさに映画の通りで、貧しく満足な医療も受けられない状況だろうなと思った。しかし大製薬会社と政府がぐるになり、アフリカ人の命は安いので金儲けのために彼らを実験に使うという想定は実際にもありうることで恐ろしいことだと思った。国境無き医師団のアーノルド医師も無実の罪を着せられて残酷な殺され方をするが、実際アフリカは我々の想像を超えた怖い所だと思う。そんなアフリカに自ら志願して乗り込んだテッサの勇気と、1度は疑ったけれど最後にはその彼女の民衆に対する気持ちを理解しその遺志を継ごうとする夫ジャスティンの気持ちが大スペクタルと共に描かれており、よかったと思う。
2007.01.06
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今夜のNHK「ためしてガッテン」のテーマは人間が進化の過程で四つ足から二足歩行に進化した中で骨盤腔が広がり膀胱が下に下がってしまい尿漏れや頻尿など症状で、多くの人が苦しめられているがその解決法についての話であった。結論は骨盤腔の下に内臓を支える骨盤底筋があるが、その筋肉を鍛えることが治療につながるとのことであった。その方法はスーと息を吐いて横隔膜を上に上げた瞬間にお尻の筋肉に力を入れて肛門を閉じる訓練を3回するのを1セットとして1日10回するのが良いとのことだった。数か月続ければ改善もしくは治癒につながるとのことだったが、何事も継続する根気と努力が大切だと思う。いい方法があっても面倒だからと何もしなかったらそのような嫌な症状に一生苦しめられることになる。症状のある方はその運動を続けてみたらよいと思う。
2019.02.27
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ツツジとシャクナゲハナミズキ ウズラバタンポポトビズムカデあるところに多くの人や物から好かれている女性がいた。道を歩いていると殆どの小中学生たちが「こんにちわ」と挨拶してくれる。バスを待っていると知恵遅れの子供が笑いかけたり話しかけたりしてくれる。クラブ活動のかたずけ物をしていると仲間の人が近づいてきてどうしても○○さんの側に来てしまうと言われる。ご高齢の近所の人やゆかりのある人から絶えず電話があり、遊びに行きたいと言われる。歯医者さんに行くと初対面でも先生が親しげに色々話しかけてくれる。結婚した家庭では夫の両親から夫の何十倍も好かれていた。その人が行くところ誰からもあの人はいい人だねと言われている。人からだけでなく花々にも好かれているみたいで季節になると植えたり種を播いたこともないような花も咲き出して庭は花園のようになる。市街地に住んでいるのに狸が庭に現れて挨拶に来たこともある。先日はムカデまで寄ってきた。夜中に突然家の中でご対面して仰天したが珍しくひ弱な夫が上図のムカデを何度も踏みつけて退治した。嫌われるのも大変だが好かれるのも大変だと思う。毎日友達との付き合いでおかずを作ってやったり話し相手になってやったりして大忙しをしている。夫に対してはいつも豪華な食事を大量に作り、粗食、小食を望む夫と言い争いをしている。夫は粗食、小食が健康によいと信じており、何より無駄を出さないようにといつも言っているが聞いてもらえずいつも同じことで言い争いをしている。でも多くの人や花たちに好かれるのは人や花に尽くしているからだと思う。夫にも本人は尽くしているのだと言っている。「多ければ残せばいいといつも言っているのに」ともいう。それでもわだかまりはとれず、言うことを聞いてくれないといまいましい気持ちを持っている。周りからみると幸せで羨ましいと言われるが「過ぎたるは猶及ばざるが如し」といつも不満を言っている夫、その不思議な女性の良さがいつか分かる時がくるのであろうか。
2024.04.21
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アフリカ諸国への経済や技術援助が盛んんに行われており、各国企業がこぞって進出している。アルジェリアにも日本人を含む多くの外国人が働いていたが、彼らはガス田近くでイスラム武装勢力によって拉致された。アルジェリア軍は人質救出作戦と称して武装勢力への攻撃を開始し、武装勢力だけでなく人質もかなりの人数が死亡したと推察されている。外国人を人質にして莫大な身代金を得ようとしていたと考えられるがその首謀者の経歴と思想を見てみたい。首謀者は、イスラム法研究者のアブドラ・アッサム師を信奉しているモフタル・ベルモフタル司令官(40歳)とみなされている。アルジェリア南部の砂漠を拠点とし、たばこ、盗難車、武器、薬物などの密輸収益で各地のイスラム過激派に資金援助してきた。また身代金目的の誘拐事件もしばしば起こし、数百万ドルの資金を得たこともある。今回の事件も身代金目的だったと思われるが、銃撃戦になってしまい、犠牲者が出た。彼ら過激派の目的はイスラムを守ること、イスラムを攻撃した人達への報復、ジハードである。ジハードのためなら人を殺してもよいとされており、殺人や自爆はあちこちで起きている。人類の願いは世界平和である。他人や他国人を殺したり、攻撃してはならない。それは人たる者の常識だと思う。それなのに過激派は、あちこちで殺人や攻撃を繰り返しており、無法状態である。イスラム国インドネシアからの留学生と親しくしていたことがあるが、個人的には人なつこくて明るく、とても集団暴徒になるような人々とは思えなかった。彼らの思想的根拠はコーランである。私は岩波文庫で3冊に翻訳されていたコーランを読了した。その時代、つまりマホメットの時代を生き抜くに必要な様々な戒律や決まりのことが書いてあったが現在にそぐわないと思えるところもあった。原理主義者はあくまでコーランの教えに忠実に行動しようとしているが、時代はどんどん変化している。その時代に即して教えを信奉し、維持していくことが大切と思われた。
2013.01.19
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She has been chased as suspect of murder of police woman in France. She is 26 years old, beautiful woman I think. Why she did such a brutal action? I think she has not educated the importance of life. They have been educated by Islamic doctrine probably but haven’t true education.Novel peace prize winner Miss Malala who is Muslim said every woman and every children should have true education.There were many religions, as like Christianity, Buddhism, Islam, Hinduism, etc. in the world.When some person who belong the some religion did the crime, people say because the person’s religion is wrong. I don’t think so, it is because the person has not educated the truth. Person are permitted to believe any religions by the fundamental human rights. There is no guilt for any religion. The crime belongs to the person who has not been educated about the truth.I pity the wanted woman who couldn’t have the educated what is important.彼女はフランスで警官殺しの犯人として追跡されている。彼女は26才で美しいと思う。なぜ彼女はそのような残酷なことをしたのだろうか? 彼女は生命の重要性を教わってこなかったのだと思う。彼らはイスラムの教義は教わってきたかもしれないが真の教育は受けてこなかったのだ。ノーベル平和賞を受賞したイスラム教徒のマララさんは、全ての女性や子供は真の教育を受けるべきだと叫んだ。世界にはキリスト教、仏教、イスラム教、ヒンズー教など多くの宗教がある。或る宗教に属する人が罪を犯すと、その人の信ずる宗教がいけないのだという。私はそうは思わない。それはその人が真実の教育を受けてこなかったからだと思う。人は基本的人権によっていかなる宗教を信ずることも許されているのである。いかなる宗教にも罪はないのである。罪は真理についての教育を受けてこなかった個人の責任である。私は何が重要かという教育を受けることができなかった彼女を可哀想だと思う。
2015.01.11
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宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」をモチーフにした演劇を観に行ってから宮沢賢治に関する本を色々読んでいるが、その中に東大戦没学生の手記「はるかなる山河に」があった。これは東大生が学徒出征して、戦死した学生たちの手記をまとめたものだ。それを読んでいたらその手記の中に宮沢賢治の童話のことを書いていた学生がいたので紹介する。それは経済学部学生 佐々木八郎さんの手記で東大2年生の時、昭和18年11月10日の出陣に際して書かれたものである。彼は昭和20年4月14日沖縄の海上で特攻隊員としての任務を果たして戦死した人である。その手記の題は「愛と戦と死」だった。副題は宮沢賢治の「烏の北斗七星」に関連してだった。冒頭から宮沢賢治について書いているのでそのまま引用させて頂く。「宮沢賢治はその生い立ち、性格から、その身につけた風格から、僕の最も敬愛し、思慕する詩人の一人であるが、彼の思想、言葉を変えて言えば、彼の全作品の底に流れている一貫したもの、それがまた僕の心を強く打たないではおかないのだ。『世界が全体幸福にならない中は個人の幸福はありえない』という句に集約表現される彼の理想、正しく清く健やかなものー人間の人間としての美しさへの愛、とても一口には言いつくせない、深みのある、東洋的の香りの高い、しかも暖かみのこもったその思想、それがいつか僕自身の中に育まれてきていた人間や社会に対する理想にピッタリ合うのである。『烏の北斗七星』中に描出された彼の戦争観が、そのままに僕の現在の気持ちを現しているといえるような気がする。佐々木さんがそれほどまでにほれ込んだ賢治の『烏の北斗七星』とはどんな童話なのかと青空文庫で検索してプリントアウトして読んだ。A4版5枚の童話だった。烏の軍隊が山烏と戦争する話で、烏の大尉にはいいなずけの烏がいた。大尉は明日山烏との戦争に自分に出撃命令が出された。戦争なので死ぬかもしれない。その時はいいなずけは解除だから他の烏の所に嫁に行ってくれというが、いいなずけは「それはあまりにひどいわ」と泣き崩れる。戦争は大尉などの活躍で山烏に勝つことができて大尉は少佐に昇級する。昇格した少佐は北斗七星に向かって「どうか憎むことのできない敵を殺さないでいいように早くこの世界がなりますように、そのためならば、私の体などは何べん引き裂かれてもかまいません」と祈る。これが大体のあらすじだが佐々木さんががなぜ特攻隊を志願したかについては「日本に生まれた人間としてその運命のままに戦い、お互いが全力を尽くすところに世界史の進歩もあると信じ、人間らしく卑怯でないように生きたい」としているが志願理由を文章にするのは難しかったと思う。その時の青年たちの考えは様々だったと思うが、基本的にはお国のために尽くすというのは子供の時から刷り込まれた考えで、そのためには命も惜しまないと考えた若者は多かったと思う。そのような状況の中で宮沢賢治に憧れた青年がいたのかと思うと救われたような気がした一方、戦争の悲惨さを改めて思った。
2023.01.19
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まだ咲いている木立ベゴニアジャフメイト夏季号にエッセイストの松浦弥太郎さんが「しあわせって何だろう」という文章を寄せていた。朝ベッドから起き上がる時に丁寧に身体のコンディションを確かめる。窓から外を見上げて今日の天気を確かめて晴れなら晴れで、雨なら雨で喜ぶ。コーヒーマシンに電源をいれて朝食の支度をする。グレープフルーツジュースとコーヒー、クロワッサンを一つ食べる。朝食後はマラソンに出かける。朝日が昇り、外は明るくなりつつあり、丹念にストレッチしてからいつものコースをゆっくりと一時間かけて走る。呼吸を意識して決して無理をせず、心地よさを感じる速度で歩くように走る。走りながら今日のスケジュールを頭の中で組み立てる。走り終わったら、ストレッチをして今日1日の始まりの挨拶と感謝をする。シャワーを浴び、髪と体を洗い、からっと乾いたバスタオルで体を拭いて身支度をする。ポッドキャストのニュース(スマホにソフトを入れれば好きな時にスマホでニュースが聴ける)を聴きながら台所と部屋の掃除をしたら、30分ほどソファに座って何もせず、何も考えずに、ぼんやり過ごし、頭と心と体の力を抜く。これが僕の毎日の習慣で、一つ一つ全てに喜びがあり、一つ一つ全てが自分にとっての大切な仕事である。毎日の習慣は毎日の幸せと言い換えてもいい。しあわせとは他人や社会から与えられるものでなく、自分自身で生み出し、日々習慣として育てるものであり、その幸せの先に湧いた感謝を行動や営みで精一杯表すのが僕の生き方である。以上が松浦さんのエッセイの大筋を纏めたものである。毎日会社に行ったり、学校に行ったりしている人からみたら、自分とは少し異なるように思えるかもしれないが、幸せに生きるための基本が詰まっているように思った。晴れでも雨でも喜ぶ。マラソンの所に仕事や学校を当てはめてもいいと思う。一般にマラソンや仕事や学校は辛い。それでも無理しないで伸び伸びとする。これが大切なことだと思う。その後30分ほど椅子に腰かけて何も考えずぼんやり過ごし、頭と心と体の力を抜く。この忙しい社会に暮らしていてそんな時間はないと思う人が多いと思う。私もぼんやり座っていたら、さぼった、怠けた、と自責の念に駆られると思う。今までもそんな時があったら先が短い人間なのに時間の無駄使いをしたと自己嫌悪に陥っていた。このエッセイを読み、その30分が大事なのかと気づかされ、一条の光明を見たような気がした。幸せとは自分自身で習慣化するものであり、それを否定したり、恥じたり、もっと早くしたり、上手にしなくてはいけないなどと考えないで、あるがままに繰り返していくことが幸せなのだなと思った。私はいつもこせこせしながら生きてきた。30分間何もしないでソファに座っているなんて自分自身を許せず幸福の反対の気持ちだったが、それを幸せと考える人がいたことを知り、自分ももっと広い心になれば幸せになれるのではないかと思えた。自分を幸せと思えれば感謝の心が湧いてくる。その心が湧いてくればそれにどうしたら報いられるかと考える。いずれにしても各人が自分を幸せと考えられる行動習慣を作っていくことが最も大切なことなのだなと思われた。
2024.07.30
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庭にコスモスがまだ咲いていた昨日巨人は横浜に敗れて日本シリーズ挑戦権を失い日本一になる夢も破れてしまった。その時の阿部監督の弁は「皆一生懸命頑張ってくれた。学ぶことも多かったと思う。日本シリーズには出れないがセリーグで優勝したことは凄いことで大いに誇りにしよう」だった。当にその通りでリーグ戦3位の横浜に優勝した巨人が負けるとは情けないことではあるが短期決戦ではその時の調子がものをいう。シーズンを戦って優勝した価値はクライマックスシリーズで勝つことよりもはるかに大きなことで阿部監督は若いが状況を良く弁え冷静に反省し立派だったと思う。これに対してリーグ戦2位の阪神が3位の横浜に敗退した時の岡田監督は平常心を失っていた。大量失点で敗戦後よほど悔しかったと見えて「捕手の梅野は使うつもりがなかったが使ってみたらみんな初球を打たれて(いい球を配球して)大量失点につながった」と述べ、阪神にこれから期待できる選手はいますか?の質問に「だれもいない、ろくでもない選手ばかりだ」と吐き捨てた。大敗ははらわたが煮えくりかえるほど悔しかったのだと思うが、もう少し冷静さが欲しかった。流石に興奮しすぎたと思われてか、その後の試合後のインタビューを全て体調不良で拒絶してしまった。勝負の世界で生きるにはそれくらい悔しがる激情が必要かも知れないが若き阿部監督は選手に感謝し横浜に負けてもリーグ優勝があるではないかと前を向いていた。岡田監督は阿部氏より20歳も年上で人生経験を積んでいるはずなのに悔し紛れの発言をしてしまった。背景には親会社が初年に日本一になり2年目に巨人と接戦して2位になったのに首とは何事かという怒りもあったのだと思う。私は岡田監督よりさらに年上だが3位の横浜に大量点で負けた時には悔しくて平常心を失っていたかもしれない。それを思うと45歳の若い監督が立派な感想や感謝や分析を行って感心した。将来大監督になるかもしれないと思えた。三浦監督率いる横浜は岡田監督、阿部監督の言うに言えない悔しさを乗り越えてつかんがチャンスなので強敵ソフトバンクに怯むことなく襲い掛かり日本一の栄冠を掴んでもらいたいと思う。
2024.10.22
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アツバキミガヨラン(ユッカグロリオサ)昨日と今日、テレビで観ていた有名人2人の死を知った。一人はNHK衛星放送の「日本縦断こころ旅」で14年間自転車で日本中を旅していた火野正平さんで腰痛の治療中腰椎骨折をして体調をくずしてお亡くなりになったとのことである。昨年までは坂道でも自転車で元気いっぱい登ったりしするし、旅の途中の飯店での料理の食べっぷりも豪快でお元気な方だなと思っていたが75歳の生涯を閉じられた。もう一人は相撲解説でおなじみの北の富士勝昭さんで心臓が悪かったとのことで心臓病でお亡くなりになったらしい。軽妙で少しくだけた解説は人気があった。82歳とのことである。お二人とも大変お元気そうに見えたので突然の訃報に驚いている。誰でもいつかは必ず死ぬが、その死を考えるうえで重要なことの一つは死ぬ時だと思う。比較的若い年齢だと本人もやり残したことが多いだろうし、周りからも惜しまれることが多い。高齢の場合はもう十分生きたと思い、周囲もそう思う。なるべく長生きした方が良いように思われる。次は内容だと思う。人生を一つのドラマと考えるなら長いけれどつまらないドラマもあるし、短いけれどキラキラ輝いている素晴らしいドラマもある。必ずしも長く生きればいいと言うものでもない。三つめは後世とのつながりである。生命は永遠であると信じている人もいれば死んでしまえばそれで終わりだと考えている人もいる。私は死とは一時的な休息でまたいつか目覚めて生まれ変わってくるのではないかと思っている。宿根草の植物は花を咲かせた後は枯れてしまうが、適度の温度や期間を経るとまた芽を出して花を咲かせて枯れていきそれを繰り返している。人間を含めて動物の死もそれと同じではないかと思っている。その死は来世につながっていると考えるならこの世で長く生きるとか短く生きるとかはあまり大きな問題ではなくなる。つまらないドラマよりいいドラマの方が良いが来世があると考えれば次はもっといいドラマを演じようと考えることも出来る。今生を素晴らしい人生にしようと努力して生きることは大切だが、死によって今までのことが全てが無くなってしまうと考えるのはあまりに殺風景だ。正平さんも北の富士さんもいつかまた生まれ変わって出現してくるのではないかと思っている。どこかでお会いするかもしれない。
2024.11.21
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ポインセチアカレンダーに赤丸が付いていて祝日になっているが何の祝日なのか分からなかったが、近づいて読んでみて初めて勤労感謝の日と分かった。近年勤労といえば働かせすぎが問題になり、働き方改革などで時間短縮や休憩時間の延長など、勤労を悪者にみる風潮が強く、勤労は大切だ、勤労に感謝しようという掛け声は小さくなっている。しかし勤労は人類にとって極めて重要なことなので当祝日の意義について解説させて頂く。元はと言えば収穫祭である宮廷行事、新嘗祭が11月23日に行われていたのを引き継いで1948年に働くことやその成果を尊重して個々の労働が社会全体を支えていることに感謝の気持ちを共有しようということで勤労感謝の日が制定されたとのことである。勤労には様々な形がある。生活のために給料をもらうための労働、主婦の炊事選択等の家事労働、米や野菜、果物、水産、畜産物などの生産のための作業、給料とは関係ない自治会活動やボランテア活動、など様々である。何のために働くかは個々人の考えで違っている。金を稼ぐために働くという人もいれば、人様に喜んでもらうために美味しい果物や野菜を作っているという人もいる。金を稼ぐための労働でもそこで造りだす製品によって人々を喜ばせたり、満たさせたりしている。自覚している、いないに関わらず、働くことは全て社会に何らかの影響を及ぼしている。殆どの労働は社会に貢献しているが、中には小林製薬の紅麹のように、腎臓病を引き起こすというマイナス結果を引き起こすこともある。製品を作る場合は常に、使用者を念頭において、その人達に害を及ぼさず健康で幸せになって頂きたいを念頭に仕事をしていく必要があると思う。仕事には大勢で力を合わせてする仕事と、自分一人でしなければならない仕事があるが、共同作業の一員である場合でも終局的には自分の責任で仕事をすることになる。個人の仕事への取り組みの姿勢で製品が良くも悪くもなる。勤労感謝の日を契機に、各人それぞれの仕事に対する気持ちを点検し、ミスを起こさないで利用者に喜んでもらえるようにとの新たな決意の日としてもらいたいと思う。
2024.11.23
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今日の新聞に、引きこもりの人々のために奔走しているNPO法人SSF(スチューデント・サポート・フェイス)代表の谷口仁史さんのインタビュー記事が載っていた。引きこもりと言うのは学校や仕事に行けなくて家に引きこもり、家族以外と殆ど交流がない状態が6か月以上続いている状態とされている。2018年12月の調査では15~39歳の引きこもりが54万1千人、40~64歳の引きこもりが61万3千人で40歳以上の方が多い数字が示されていた。引きこもりというと学校に行かない子供を連想しがちだが実際には40歳以上で仕事に行けない大人もかなりいるのだなと思った。問「引きこもりは本人にとっても家族にとっても大変辛いものですが、私達に何かしてやれることがありますか?」谷口「まず『つなげる』ということだと思います。本人も家族も傷つき疲弊して窓口とつながることが困難になっていることが多いので、周囲の人が力が貸せる状況であればその状況を専門機関につないで欲しいです。しかし引きこもり自体、他人に知られたくないと思っている当事者が多く、自分の悩みを簡単にうちあけてくれないので、押しつけがましいアプローチでなく、少しずつ関係性を作って行くことが必要だと思います」問「何処につなげればよいのでしょうか?」谷口「全国の都道府県や指定都市にある『引きこもり地域支援センター』という公的な窓口につなげていくのがよいと思いますが、私達のような民間機関につなげて頂いてもよいと思います。支援する側は皆その人のためと思って行動していると思いますが、相手のニーズに合っていないことが結構多いと思います。一人一人悩みも違えば、環境も違う、個性も違うので、それを弁えて行動することが大切だと思います。」谷口さん達は引きこもりの家庭に入って何とか立ち上がって歩き出して貰いたいと願って行動するが、その際最も重要な心構えは、相手を否定しないことだと言っていた。例えば引きこもってゲームに依存しているケースが多いが、この場合「ゲームばかりしていては駄目ですよ、家族がどんなに心配しているか考えて見て下さい」と忠告するだけでは効果は期待できない。谷口さんはその人がのめり込んでいるものを自分達も共有して、そのゲームの世界に入ってみて、ゲームの世界で彼らがどんな立ち回りをして何を目指しているかを理解することが大切だと述べていた。谷口さん達が行っている訪問指導ではまず話しやすい関係性を作り、単なる答えありきの支援ではなく、相手のニーズに寄り添いながら支援しているとのことだ。引きこもりで何十万人も仕事に就けない人がいることは日本経済にとって大きな損失であり、当事者やその家族にとっても楽しみを奪われた苦しい生活だと思う。その人達を何とか救ってやりたいと、NPO法人を立ち上げた谷口さん達の努力と実践は素晴らしいと思う。相手の立場を尊重しながらのアプローチで、一人でも二人でも職場復帰できるように指導して頂けたらと願っている。
2022.09.17
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