全25件 (25件中 1-25件目)
1
―真矛・告白(25)―「ご存知ですかな。人形には、持ち主を選ぶ権利があるんです」 店主のおじいさんは、人形を抱き上げ、リカさんに差し出した。リカさんはそれを生きた赤ん坊のように、大事そうに受け取り、「見て、真矛。この人形、本当にあなたによく似ているわ」 まるで少女のようにうっとりとした。リカさんのほうが、私よりも人形を欲しがっているみたいだった。 「どうやら人形も、あなたが気に入ったようですな」「え? そんなことが分かるんですか?」「はい。これを作ったわしには、人形の気持ちがよく分かりますのじゃ」 おじいさんは愛おしそうに、金色の髪をなでた。「この子をください。それと、着替えも欲しいわね、真矛?」「あ、うん」 こうして大きな荷物をひとつ増やして、私たちはその店を出た。 外は暗くなってきて、建物に挟まれた通りは街灯が少ないせいかさらに陰気だった。「のどが渇いたわね、戻りながら、どこかのお店で少し休みましょう」「あ、待って、あそこにお店があるみたいよ」 少し先に、明るく照らされたKAFEの文字が見えた。 店内の照明は温かみがあり、数人の客が話しこんでいたが、心地よい音楽で話し声はかき消され、私たちが座った席には届かない。ショーケースには色々なケーキがずらりと並んでいる。 「ねえ、さっき言ってた美味しいケーキのお店って、ここだったの?」 私の問いかけにリカさんはちょっと考えてから、 「いいえ、やっぱりただの偶然よ。 ここには来たことが無いもの。さっき人形を買った店も、はじめて見たのよ」 私は買ってもらった新しい本の表紙を横目にケーキセットを食べ、リカさんも人形が気になるらしく、時々椅子の上の人形が入った紙の箱に手を載せていた。 買い物帰りの客が立ち寄っていくたび、ケーキはどんどん売れていった。こんな裏通りなのに、人気のお店なんだなと思った。
December 9, 2010
―真矛・告白(24)―「まってよ山本君ってば!」 山本が走り出し、庭を横切っていくのが木立の間から見えた。私は後を追いかけたが、足の速い山本は飛ぶように私の視界から消えてしまった。 失敗だ――と心の中で、誰かと私の声が重なる。もっと上手いやり方があったはずなのにと、使命を背負った私が思う。 「山本君、帰っちゃった……」 私が森であったことを話すと、リカさんはそっとうなずいた。「きっとそれでよかったのよ、真矛」「でも……」 「何も急ぐことはないわ。彼が魔法と関係あるなら、必ずまた次があるはずよ。今日は今日で、なるようになっただけの事だもの。あなたはやるべき事をした、だからそれでいいの」「本当にあれでよかったのかな……」「さあっ、この話は今日はここまで。そうだわ、久し振りに街にお買い物にでも行きましょうか。真矛、あなたの靴、キツそうだったわね。シャツのそでも短くなってきたし。真矛も、ドンドン大きくなるわね。カーラさんに益々似て……」 土曜の午後の街はにぎやかで、人ごみがあまり好きではない私たちは、買い物袋を両手に提げて、人通りの少ない通りに入り込んだ。そこは古くて狭い通路で、両脇から覆いかぶさるように昔ながらの家並み、店構えの軒が迫っていた。 「確かこのあたりに、美味しいケーキやさんがあったわ」「ふうん。リカさん、この辺によく来てたの?」 リカさんが急に立ち止まったので、私のつないでいた手がひっぱられた。「どうしたの?」 リカさんは眉根を寄せて、考え込むような顔だった。「あ、ううん、ごめんね真矛。ケーキ屋は、私の勘違いだわ。だって、この裏通りを歩くのは、今日が初めてだもの」 またいつもの表情にもどって歩き出した。 間もなく小じんまりとした雑貨屋で足を止めた。ガラス越しに見える店内は、アンティークの小物が沢山飾られていて、その中から一体の人形と眼が合った。生きているわけでもないのに、視線を感じるくらい、その人形は生き生きとした表情だったのだ。「リカさん、あのお人形……こっちを見ているみたい」 「まあ、本当だわ! しかもあなたにソックリじゃないの!こういう出会いは、大切にしたほうがいいわ」 そう言うとリカさんは、私より先に店内に入っていった。 薄暗い店内で、あの人形だけが存在感を強めているように、不思議とはっきり目に付いたのだった。その前で、魅入られたように人形を見つめるリカさんの、不釣合いなほどの熱心さは、どう店主の眼に映ったのだろう、すぐに年老いた男の人が奥から出てきた。「お待ちしておりました」 おじいさんは、私たちがくることを知っていたかのような挨拶をした。 「このお人形、買えますか?」「もちろんです。大切にしてくださる方にだけ、お売りしています」 人間の赤ん坊のように、抱っこできる大きさの美しいドール。リカさんは着替え用の下着やドレスを一式あわせて買った。 (つづく)にんぎょうなんか出しちゃってー。この話はどこに行くんだ?
December 6, 2010
―真矛・告白(23)― 「え、超能力?」 「うん……超能力」 山本は沈んだ声でくり返した。 いまからリカさんを呼びに行ったりすれば、山本はまた黙ってしまうだろう。このまま私一人で、山本の話を聞くしかないと思い、私はこぶしを握り締めた。「ここに座って」 実夏の指定席である切り株に山本を座らせ、私はいつもベンチ代わりにしている倒木に座った。 「テレビなんかでよくやっているだろ」 足下を見たまま、山本が話し始めた。 「触らずに物を動かして見せるとか、隠された文字を透視するとか。あと、その人の過去が見えたり……でもさ、ああいうのって、ウソが多くて、本当は手品なんだ」 「でも、なかには本物もあるんでしょ?」「そりゃ、あるかも知れないけど……でも、あんなの殆んどがマジックだよ」 山本は、魔法の話を避けている。 山本はちょっと考えてからこう言った。「俺、自分で見たものを、 信じられない……」「手品のこと?」「お前らみんな、魔――いや、超能力を使って何かしているんだろう。彩葉まで引きずり込んでさ」 顔をあげた山本の苦しげな表情。「引きずり込んだんじゃないわ、自然にそうなったのよ」 辺りの空気がザワザワと波立つような感じがして、私は考えが頭に浮かぶより先に、言葉を口に出していた。 「超能力と魔法は違うわ。超能力は、人間がもともと持っているものよ。ひとによって表に表れる強さが違う。特に強い力を出せる人が超能力者と呼ばれるんだわ。 でも、魔法は誰もが持っているわけじゃない。 そして私は、魔法を信じている。信じる気持ちが大事。山本君だって、本当は心の奥で魔法を――」 「信じてなんかいない!」 山本が声を荒げ、隠れて見えない鳥たちが一斉に飛び立ち、私は我に返った。「今の……」 山本は憤然と背を向け、庭に向かって歩き始めていた。「まって、山本君!」 呼び止めたところで、何も言うべきことなどないように思えたが、今を逃したら次にいつチャンスがめぐってくるか分からない。今ここに、実夏がいてくれたら。彼女ならきっと山本のかたくなな気持ちを変えてくれただろうに――。 (つづく)
December 4, 2010
ー真矛・告白(22)― 夢を見たという山本のことばで、私とリカさんは思わず顔を見合わせた。 「それはどんな夢だったの?」リカサンの問いかけに、 山本は何故かうつむいて黙ってしまい、パールの丸い背中をさすり続けた。 少し経ってからリカさんが言った。「山本君。ごめんなさいね。言いたくなかったら、言わなくていいの。 それに、大事なことはそのときが来たら、誰がどう思おうと何をしようと、 きっと自然となるようになる、そういうものだわ」 山本は黙ったままで、白い毛並みに添えた手を動かしていた。 嫌な予感がした。もし彼の見た夢が、私の夢に繰り返し出てきたあの不思議な宮殿だったら……ここにいる三人に特別なつながりが在るというのか。 いいえ、あの夢は私とリカさんだけのもの、そこに山本のような人間が割り込むのは嫌だ。 魔法は不思議で神秘的なキラキラと輝くきれいなもの、大切と感じられるもの。私は、この世界に埋もれている魔法を見出す使命さえ感じている。それなのに、魔法を否定的な目で見る山本が、私たちと同じ夢を見るはずが無い、特別のはずが無い―― そう思う反面、必要な存在であるという考えは相変わらず私の中でしきりに囁いており、息苦しくなった私は窓を開けて外の乾いた空気をそっと深呼吸した。 さっき廊下で彼に対して感じた、少しだけ好もしい印象は消え去り、鬱陶しさだけが残った。 「音楽でもかけましょうか」 リカさんが重い空気を吹き飛ばすように明るい声で立ち上がった。 間もなく心地よいオルゴールのメロディーが鳴り出し、沈黙の気まずさは和らいだが、タルトを一切れ食べ終わるともう他にすることがなくなってしまった。 窓から透明な空気が流れ込むのを感じながら、私は山本を家に呼んだことを後悔した。 「そうだわ真矛。庭でも案内してあげたらどう?」 「あ、うん。そうするわ」 山本は黙ったまま、私のあとを付いてきた。サンダル履きの私の足は自然と動きが早くなって、あっという間に玄関に戻ってしまった。家の中を案内すると山本に言ったことを忘れてはいなかったが、もうその気持ちはすっかりなくなってしまったので、 庭をもう一周し、今度は森に入った。歩けるところならどこでもよかったのだ。 実夏が小鳥を呼ぶときにいつも立つ場所まで、下草が踏み倒されて道になっているのをたどって歩いた。 針葉樹と広葉樹が交じり合った森は薄暗くひんやりとして、小鳥の声が頭のずっと上のほうで聞こえた。 「俺、超能力とかって、あまり信じないんだけどさ」山本が唐突に話し始めた。 (つづく)
December 2, 2010
ー告白(21)― 私は緊張を隠して玄関に山本を迎えに出た。山本は私を見ると、小声で、でもちょっと偉そうに「来たぜ」と言った。「どうぞあがって」 私は山本の先に立って、テラスとは反対側に向かう廊下を進んだ。 「わー、この階段でかいな。お前んち、噂には聞いてたけど、本当にでかいな」「そう? 山本君ちのほうが広いんじゃない?」山本病院の裏手にある近代的な三階建てが彼の自宅だ。 「でも、同じような部屋ばかりでつまんないんだ、俺んち」 あちこち見回しながらあとを付いてくる山本は、いつもより少し素直な少年に見え、私はそれまでの緊張感が少しずつ解けていった。 ふとリカさんの言った゛なるようになる”の言葉が頭に浮かんだ。 誰もいない小ぢんまりとした部屋には、若葉を拡げ始めた楡の木が午後の柔らかい日差しをうけ、部屋中にまだら模様を作っていた。二年前の朝、実夏と小鳥のイメージが浮かんだあの木だ。 日の当たる絨毯の上に猫を見つけた山本が、床にしゃがみ込み、頭をなではじめた。 「猫、好きなの?」「うん、田舎のばあちゃんちで飼ってるから」 猫の顔を覗き込むようにしながら猫を可愛がる姿は、私の知らない山本だった。 「お茶、入れてくるわ。座ってまってて」 「おまたせ」と部屋に入る私の後ろから、リカさんが続いた。「いらっしゃい。あなたが山本君ね」 猫をなでる手を止めて立ち上がった山本は、返事も忘れて、かなり驚いた様子だった。私は山本に、リカさんが一緒だといってなかった。先に言ってしまうと、山本が来なくなるような気がして。「驚かしてごめんね。でもこのほうがいいと思ったの」私が小声で謝ると、 山本がリカさんにこんにちはとつぶやくように言った。 紅茶とタルトが丸いテーブルに並び、山本は猫をひざに乗せて椅子に座った。もうこんなに仲良くなっている……私の猫なのに、とちょっと悔しいような変な気持ちになった。 「あのね、山本君。リカさんは私のお母さんのような人なの。私たちみんなの相談役でもあるわ。だから安心して何でも話して大丈夫よ」山本は唇の片側だけゆがめて笑ったように見えた。きっと緊張しているのだ。こんなとき、実夏がいてくれたらいいのにと思った。 「これ、焼きあがったばかりなのよ。食べてみて」 笑顔のリカさんの胸元で、指輪が揺れた。 山本が突然、いま思いついたというように話し始めた。 「あの、ぼく、おかしな夢を見たんです」 焼きたてのタルトから立ち上るオレンジとバターの香りが部屋を満たし、まだら模様の影がちらちら揺れ、急にあたりが静かになった。 (つづく)
November 30, 2010
―告白(20)― その朝、いつもより早く目が覚めてしまった私は、階段を下りると、そのまま玄関に向かった。外のきれいな空気を吸いたくて。 小鳥たちはとうに起きだして、朝の歌をうたっていた。ふと、実夏のことを思った。 実夏は私には出来ないことが出来る。小鳥を呼び寄せる魔法のことだけじゃない。人をその気にさせる力、そういうのも持っているようだ。別に魔法じゃなくたって、そういう能力を持った人はほかにも沢山いそうだけど、 でも彼女のはやはり、特別なんじゃないかと思った。 特別……それはいつもリカさんが私に言う言葉。 この世界で、魔法の力を持った人を見つけ、その力を引き出す。それが私の力だといった。 私はその人がどんな力を使うかを夢で知る。そして、その人がはじめて魔法を使うとき、なぜか山本がそばにいることが多い。 山本は私たちの仲間になるべき人間…… その考えはもう、はっきりと私の中にあったことだった。彼のことは嫌いだったが、でもきっと、なぜかは分からないけど、必要なんだ。 そこまで考えて、はっとした。彼を必要だという考えは、3年生の夏、彩葉が初めて魔法を使った放課後の下駄箱の前で聞こえた誰かの声だったはず。それがいつのまにか、私自身のものになっていたのだ。そういえば自分の中で別の生き物がいるような無気味な感覚も、もう感じることがなくなっていた。 リカさんが夕べ言った、なるようになる、ってこういうこと事なのだろうかと思った。 キッチンに行くと、もうフレンチトーストの焼ける匂いがひろがっていた。「おはよう真矛、顔洗ってらっしゃい」いつも通りのリカさんに、ホッとした。 「こんにちは」 午後2時きっかりに、玄関で山本の弱々しい声が響いた。 (つづく)
November 29, 2010
一年ぶりです。忘れた頃にやってきたんです、真矛。だれだ、それ? と思った人は手を挙げてー。殆んどだな?(前のお話) 総合目次 ←どぞー ―真矛・告白(19)― 「おい、ちょっと、いいか……」リカさんが言ったとおり、山本のほうから声をかけてきた。 「今日も、集まるんだろ?」「集まるって……」 「とぼけるなよ、彩葉たちだよ。この頃いつも一緒にいるみたいじゃないか」 山本がずうっと私たちを避けているように見えても、やはりとても気にして様子を見ていたんだと思った。 「お前らさ、みんなに隠れて、コソコソなにやってるんだよ」魔法を侮辱されたように感じ、カッと体が熱くなった。「何も悪いことなんてしてないわ!」 私が大声を出したので、山本は驚いたようだった。 「ご、ごめん、そういうつもりじゃなかったんだ。ただちょっと、気になることがあって…… あのさ俺……見たんだ、あいつらの周りで、なんていうか、その、何かおかしなことが起きるのを……お前だってそのとき一緒にいたよな?」 山本は不安そうな顔をしていた。 「ねぇ山本君、明日の土曜、午後からうちに来られる?」「あ……あぁ、多分いけると思う。でも、あいつらには話を聞かれたくないんだ」「うん、わかってるわ」 「塾は、適当に言って休むよ」山本がほっとしたように笑った。彼のこんな表情を見たのは初めてだった。 私は走って帰り、リカさんに山本のことを話した。「そう! 良かったわね。じゃあ明日は私たち三人で会いましょう」リカさんはいつもの調子でニコニコしていたけど、私は気が重くて仕方なかった。 後から来た子たちには、明日は大事なお客様が来ることになったので集まりはなし、ということにした。それからみんながいる間じゅう、私はどこか上の空だった。 その夜は、いつもより早くベッドに入ったせいか、なかなか寝付けなくて、リカさんが、私の部屋にいてくれた。「リカさん。何をどう、話したらいいのかな。私には分からないの」「真矛……それは私にも、分からない。ただ、信じることしか出来ない」「信じる? 自分を信じていればいいって、いつも言うけど、私にはまだ、よくわからないわ。それに、私だけ、まだ魔法が使えない……」「それは違うわ、真矛。あなたは特別。自分を信じてさえいれば、どんな事だって、なるようになるものよ」――なるようになる。 その言葉をくり返しているうちに、夢のない眠りに入っていった。 (つづく)
November 23, 2010
気まぐれネコです。こえめですやっと来たか(前のお話) (総合目次) ―真矛・告白― (18)魔法ごっこは終わってしまったが、 私たちが五年生になるまでには、魔法を使える子が、実夏、彩葉のほかに、さらに女子三人増えていた。そのきっかけはいつも、私の夢で始まっていた。私は最初に本人に話をするとき、魔法という言葉ではなく、特別な力、と言い換えていた。そのほうが、相手に与えるショックが少ないことに気付いたからだ。 山本は相変わらずの態度で、私たちと距離を置いていたが、彼に関しては、どうしても気になる事が、一つだけあった。誰かが最初の魔法を使うとき、いつも山本が近くにいることだ。誰かの魔法が発動する条件として、私が予知夢を見るというのは毎回決まったことだったが、まるでもう一つの条件であるかのように、そこには必ず山本の姿があったのだ。実夏のときは別としても、そのあとの彩葉を含む4人はすべてそうだった。間違いなく魔法を見ただろうと思える状況であったし、その時の表情からも彼が魔法の瞬間を見たことは確かだ。 そんな山本とも、五年生のクラス替えで別の教室になってからは、自然と顔を合わせることが減り、時々廊下の向こうで姿を見かける程度で、彼の存在も殆んど気にならなくなっていた。 魔法を使える子達は、誘い上手の実夏のおかげもあって、 ごく自然の成り行きで、毎日のように私の家に集まった。秘密をわかちあう仲間と一緒にいることは、私にとってとても安らぐ時間だった。 リカさんが焼くケーキは彼女達にも好評で、 毎回趣向を凝らした見事なケーキを遠慮なくほおばりながら、魔法のワザを自分がどんなふうに使ったかとか、もっと上手になるためにはどうしたらいいかなど、それらしく真剣な顔で話し合うのだ。でも、具体的な 楽しいおしゃべりが弾んだ。 何度となく山本のことが話題に登ったが、リカさんは「そうねえ。何か関係がありそうだけど、こういうことは慎重にしたほうがいい場合が多いわ。きっと本人だって、何を見たのか、分かっているはずよ。 そのうち、山本君のほうから何か言ってくるかもしれないわ」というのだった。 家の裏庭で魔法の練習をしているうちに、みんなの力の特徴がはっきりしてきた。ひとりが使える魔法はひとつだけとは限らないのだ。実夏は世界中の鳥達を呼び寄せることが出来るらしく、その鳥が棲んでいる故郷の様子を頭に映像として思い浮かべることが出来るといった。 水の色を変えた彩葉は、彼女の周り半径1メートル程度だが光の色も変えられることがわかった。 後の3人もそれぞれに、物の形を変えたり、触らずに物を動かしたり、壊れた機械を見つめるだけで直したりと、みんなそれぞれの能力を発揮していた。 でも、私だけは相変わらず何も出来ない。みんなは私の予知夢が特別なんだといってくれるが、慰められると余計に焦るのだった。自分だけ取り残されているような気分がして。 リカさんはそんな私の気持ちを察していたのだろう。夜二人きりになると、「あなたは特別なのよ、真矛。今の自分を信じていればきっと上手く行くわ」と抱き寄せてくれた。 ある日の放課後、私は校門を出たところで山本に呼び止められた。「ちょっといいか」 (つづく)
December 7, 2009
冬はコタツでうたた寝よッ。こえめです気が早い?これってとっても幸せなんだけど、水分不足になっちゃって風邪ひくらしいよ。だから、お茶たっぷり飲んでからうたた寝しましょ。(結局するのね(前のお話) (総合目次) ―真矛・告白― (17) 彩葉は私が言った魔法という言葉に恐れをなしたのか、学校であっても、目をそらしていた。やはりいきなり魔法という言葉を出したのは、不味かっただろうか。でも私には、あの現象を理解させるのに、他にどうしたらいいのかわからなかったのだ。それどころか、勝手に言葉が口をついて飛び出したといった感じで……。 でもそれが却って、彼女を警戒さてしまったのだろう。 とにかくこのままではいけないと思ったので、私はリカさんに相談して、彼女を家に呼ぶことにした。彩葉は最初、来るのを嫌がっていたが、実夏が横から「本当よ、リカさんの焼いたケーキ、すっごく美味しいんだから。あたし達と一緒に食べよう」というと、彩葉はさっきまでの警戒心がウソのように、あっさりOKした。魔法ごっこのときもそうだったが、実夏は人を誘うのが、本当に上手なのだ。 当日私たち3人が家の玄関を開けると、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。リカさんが、ナッツやベリーがぎっしり詰まったチョコレートブラウニーを焼いて、私たちを待っていた。「いらっしゃい。彩葉さんね?真矛がお友達を家に連れてくるのは、あなたが二人目よ。私はリカ。リカさんって呼ばれてるの。よろしくね」彩葉は、差し出された大きな手にほっそりした手を重ねると、ホッとした笑顔を見せた。 おやつの後で私たち三人は、庭続きの森に入っていった。実夏が小鳥達を呼び寄せて見せた。それを見た彩葉が大きく目を見開き、瞳がかちりと輝いたように見えた。 その一方で、山本も私を避けていた。 幼なじみの彩葉とは口を利かず、あんなに仕切りたがっていた理科の実験も、やろうとしなかった。私と彩葉は、葉脈に色をつけたり、顕微鏡の倍率を調整したりしながら、それなりに楽しい授業だったが、ふと横目に入る山本が、私たちをまるで汚いものであるかのような目で見ているのが癪に障った。彩葉が、「山本君も何か手伝ってよ」と声をかけても、ちょっと身を引きながら、ぷいと横を向いてしまうのだ。そして私は、彼に対する《必要な人間だ》という言葉を思いだし、さらにイライラするのだった。 いったい彼が、何に必要だというのだろう。 魔法を使ったことがあるわけではないし、魔法の存在を認めているようではあっても、まるで悪いことのような目で見ているのが気に入らなかった。リカさんに相談してみても、困った顔で、「私にも分からないわ。もう少し様子を見てみましょう」というのだった。 その後、彩葉のことを山本がしゃべった様子もなく、何時もどおりの日が続いていた。ただ、裏庭の魔法ごっこはそれから間もなく、終わりになった。まるで彩葉の魔法がきっかけにでもなったようにして、それを知るはずもない人たちがなぜか急に、魔法に対して興味を失っていったようだった。 それは夢見がちな子どもが、現実に戻る時期と重なっただけなのかもしれなかったけど……。 (つづく)ランキングでーす。 ←ブログをお持ちの方。足跡残してね。後でこえめが遊びに行くんだからっ。
November 21, 2009
何も言わずにこえめです だって余計なおしゃべりしたくなっちゃうんだもん。(前のお話) (総合目次) (16)リカさんには、その日の出来事を出来るだけ正確に伝えたくて、朝の彩葉との会話や、帰りの山本とやり取りを一つひとつ思い出しながら話した。彼らを目の前にして、私が言ったこと。あれらの言葉を、私は本当に言いたかったのだろうか……。私は何か、はっきりしないイライラした気持ちになっていた。損拳中尾で聞いていたリカさんはよく頑張ったわねと言うと、いつもの優しい笑顔になり、空になったグラスを持ってキッチンに立っていった。 ちょうどそこへ、実夏が頬を高潮させて戻ってきた。「あーのど渇いたーッ」リカさんの後姿に向かって飲み物の催促をした後、私に向き直ると、特別な話だという顔をしていった。「ねぇねぇ真矛、さっきわたしが呼び寄せた小鳥、どこから来たと思う?」ああ、何て平和な質問なんだろう。彼女が何だかとても幸せそうに見えて羨ましかった。私は嫌な気分を追い出すようにして、実夏の質問に答えた。「そうねぇ、この前は確か一年中暑い国からだって言ったから、今度はどこか寒い国?」「ちがう」「じゃあ、サバンナ」「はずれ」「んー、分らないわよ、小人の国!」「あはは、まさか」「焦らさないで早く教えてよ」「それがね、お城のある国。多分ヨーロッパよ。素敵でしょう?」リカさんがレモネードを運んできた。 実夏によると、小鳥と話すといっても、イメージとして頭に浮かんでくるのだという。彼らが住んでいた場所が映像として見えたり、飛んでいるときの気分や、時には匂いまで感じることもあるらしい。動物達の感情を読み取り、それに寄り添うような気持ちで声を出すのが大切だと、実夏はいつも得意そうに言うのだった。 そうしてひとしきり話し終えると、これから塾があるからといって帰っていった。彩葉と山本のことは、明日実夏に話せばいいとおもいながら、私も笑顔で手を振りかえした。 実夏が帰ってしまうとまた、何ともいえない不安と、一人取り残されたような淋しさが戻ってきて、いい匂いのするリカさんの背中に抱きついた。リカさんは私の手を取り向き直らせ、私をその胸に包んでくれた。指輪の硬さを頬で感じ、私の心は落着いていった。 (つづく)ランキングでーす。 (詩・小説・哲学) ←ブログをお持ちの方。足跡残してね。後でこえめが遊びに行くんだからっ。
November 11, 2009
誰かに必要とされる人になりたい。こえめですやだ。なんだか淋しい女みたいなこと言っちゃったじゃないのっ、もうっ。(?なにアピール?)いいえなにも。(前のお話) (総合目次) ―真矛・告白― (15)山本が走っていく後姿を見ながら、新しい靴だと思った。昨日、下駄箱の前から逃げ帰っていった彼の姿が重なり、またあの声が聞こえたような気がした。《--だが、必要な人間だ--》 もし本当に、リカさんが言ったように、私が実夏と彩葉の力を引き出したのなら、それが私の特別な力だというのなら、《必要な人間》であるはずの山本もまた、何かの力を持っているのだろうか。魔法―― 裏庭でみんなが竹箒にまたがる様子や、理科室の実験のときのことが思い出された。 のどがからからなのに気が付き、急に氷の浮かんだレモネードが飲みたくなった。帰り道を急ぎながら、もう何も考えたくなくて、いつもリカさんが鼻歌で歌っているメロディーを口ずさんだ。流れるような高い声で、ママが良く歌ってくれたものだ。それは古い時代の子守唄だとママは言っていたが、どこかよその国の曲なのだろうか、ほかでは聞いたことがなかった。 家の門にはいると小鳥のさえずりがにぎやかで、私は玄関を通り過ぎてすぐ横の森に向かった。 実夏が小鳥たちと遊んでいた。彼女の魔法は、呼び寄せた相手と言葉が交わせるもので、ちょうど手の平に乗せたインコに、小鳥ソックリの声で話しかけているところだったので、邪魔をしないようにそっと足音を忍ばせて玄関に戻った。 リカさんが用意していたのは、私が飲みたかったレモネード。なぜリカさんはいつも、私の気持ちがこんなに分るのだろう。レモンとオレンジの混ざり合ったグラスを傾けながら、私は彩葉と山本のことを話しはじめた。 (次のお話)
October 30, 2009
手相は人生の設計図。こえめですだって何となくそんな感じでしょ? あ。なにこのギザギザ……。でも、生き方で変わるんだってよ。よかったわねっ。私が(笑)(前のお話) (総合目次)遅くなってごめんね。全消しやってしまいました……。 ―真矛・告白― (14)私は魔法をこの世界に蘇らせるために生きている……。 彩葉が魔法で液体の色を変えたその翌朝、私は、階段のところで彼女に呼び止められた。 「あのぉ、昨日の実験の事だけど。あれ、真矛も......見た、よね?」 来た、と思った。私の中で何かが騒ぎ出し、心臓が大きく鳴りだした。恐怖に似た気持ちが沸き起こり、その場から逃げ出したくなったが、 その時ふと、リカさんの胸に下がっている指輪が思い浮かんだ。それに触れると不思議と落着く古い指輪だ。気が付くといつの間にか私は、彩葉に向かってすらすらと話していた。「じゃ、やっぱりそうだったのね? 私もビックリしたわ。あれ、彩葉よね。すごいわ」 「えっ? まさか。わたしは真矛がやったのかと......」「ううん、私にはあんなこと出来ないわ。あれは、彩葉よ」 違う、これは私じゃない……!心の奥底に潜むモノが私にしゃべらせている、そう感じた。 その日山本は学校を休んでいたが、私は彼に伝えなくてはならないことがあった。伝える。何を? でも私は心の奥底でそれを知っている、そう思うとまた恐怖が蘇るのだった。放課後、私は裏に行かず下校し、その足で山本の家へと向かった。 私の足取りは重く、足元のアスファルトが流れていくのを見ながら、こんな役目など早く終わりにして、 リカさんの待つ家に帰りたいと思っていた。山本病院という大きな看板の建物が見えてきた。あの公園を曲がって建物の裏に回れば、そこに目指す山本の自宅がある。ますます重くなった足を引きずるようにして、人けのない公園の前を通り過ぎるとき、突然声が聞こえたような気がして、体が凍りついた。その声は二度三度と私の名を呼んでいた。恐れていた頭の中の声とは違った安心感から大きなため息をついて、声のしたあたりを見ると、公園の木陰から山本が手招きしていた。 私たちはブランコに隣り合わせて座り、暫らく黙っていたが、やがて痺れを切らしたかのように、山本が先に聞いてきた。「あのさ、昨日のあれ……その、なんていうか……魔法じゃ、ないよな?」途切れ途切れの小さな声だった。その問いに答えられるのは私だけなんだと思ったら、 なぜか急に自分が一人ぼっちのような気がした。 「なあ……知ってるんだろ? た、頼むよ、教えてくれよ、あいつのこと」 指輪がちらつき、私は彼に向かって話していた。「彩葉は、魔法を使ったのよ」彼の声は、さらに小さくなった。「まさか、そんな……ウソだろ……」「彼女はまだ、自分が魔法を使ったことがはっきりと分かっていないの。でも、間違いないわ、あれは彩葉がもともと持っていた力なのよ。山本君。あなたはあれを見て、魔法だってすぐに分ったのね?」「ウソだ! あいつが魔法……」思わず声が大きくなって、山本は慌てて声をひそめた。「そんな話、信じないからなっ」そういって、走っていってしまった。その後姿を見送りながら、彼が魔法を信じていることは間違いないと思った。 (つづく) (次のお話) (詩・小説・哲学) ←ブログをお持ちの方。足跡残してね。後でこえめが遊びに行くんだからっ。
October 23, 2009
思い通りにならないこえめです先のことなんてわからないから生きていけるんです。(明日死ぬ?)多分まだまだ?人生がどう動くのかは、自分が決めていいわけです。でも使命ってものは、実はみんなが持ってるのかな?(前のお話) (総合目次) ―真矛・告白― (13)あなたには人の魔法を引き出す力がある、 もっと自分に自信を持てとリカさんは言った。彼女の記憶喪失。いつかの夢でみた「あなたは魔法使いなのよ」という女の人。そのすぐ後の予言的な白昼夢。そして起きた実夏と彩葉の魔法。 それらが一度にやってきて私の頭の中でぐるぐるととぐろを巻き始めた。「いや……っ!」リカさんの胸に飛び込むと、指輪が当たった。私はなぜか急にそうしたい欲求に狩られ、顔をあげて彼女の襟元から金の鎖を引き出し、リカさんの柔らかい胸と硬い指輪に頬を押し付けた。わたしは二つの心臓の音に耳を澄ますことに集中した。 すると嵐のように騒いでいた私の心は、かき回された液体がやがて静かになって混ざり合っていた物質同士が分離していくように、 クリアーな意味を持って、いつしか私の中に落ち着いた。 そうだった。 私はやらなければならないのだ。この人間界に隠されている魔法のエネルギーを表面化させ、魔法が特別なことじゃないと、 この世界の人たちに認めてもらえるまで……。 それは理解したというよりも、ずっと忘れていた事を思い出したというのに似ていた。 その時またあの嫌な感覚が蘇ってきた。もう一つの生き物が、私の中に育っているような……。今度は声はせず、喜びのような感情が流れ込んできた。おぞましさに息が詰まった。 (つづく) (次のお話)短いですが、想像が途切れちゃいました。今回は難しいなぁ。炊き込みご飯が気になってるせい?(笑)食べてこよっと。じゃ、またね。(うわーっ!勝手すぎるッ! 許せませんけどッ!?ランキングでーす→ (詩・小説・哲学)←ブログをお持ちの方。足跡残してね。後でこえめが遊びに行くんだからっ。
October 9, 2009
はいはい。こえめだよ(・ω・)なに休暇だったかって聞かれたら、脳みそ休暇と答えよう。 カロリーハーフなこえめです我が家はゴールデンの中辛よ。カレーの話ね。カロリー2/1がうたい文句。(表記間違ってるよ、これ↑じゃ2倍ww。正しくは1/2ね)さらっとしているけど、ちゃんとコクもあるから偉いなって思った。うん。人間もそういう人がいたら、素敵ね。っていうか自分がなりたいわよっ。またおしゃべりに突入しないうちに、お話にいっちゃおう。カーラは真矛のママの名前。(前のお話) (総合目次) ―真矛・告白― (12)リカさん リカさんも何かに怯えている。そう思うとまた怖くなった。でも彼女のパジャマを通して、指輪の硬さを頬に感じているうちに、不思議と気持ちが落ち着いた。 「ねぇリカさん……今日ね、へんな声がしたの、頭の中で」リカさんが息を呑む音が聞こえた。 「その声は……何て言ったの?」「山本君の事を、必要な人間だって」それを聞いたリカさんは、小さくうなずいた。「真矛。あなたも見たのね、あの世界からの夢を……」「あの世界? それって、もしかして神殿みたいなところ?」リカさんがため息のような返事をした。それからリカさんは、少し震える声で「まだ私にも、よく分からないことが多いけど」そう言ってから、いつもより少しだけ厳しい顔で話し始めた。 ――――実はね真矛。私には、ここにくる前の記憶がないの。カーラさんに聞いても、自然に思い出すのが一番いいといって、とうとう教えてもらえなかった。ただ、カーラさんとずっと一緒だったということは感じたわ。思い出そうとしても何も分からないのに、食事の用意をするときには彼女の好みの味付けが自然と分かったし、服の好みも、その場になればちゃんと知っていた。身の回りの世話に、何一つ戸惑うことがなかったの。だからお世話することが当たり前の暮らしをしていたことは間違いないと思ったの―――― リカサンが記憶喪失だということに、私はショックを覚えると同時に、リビングに飾ってある結婚式の写真を思い出していた。パパとママの後ろで何となく淋しげな笑顔のリカさん。記憶がないことで不安だったのだろうと思った。 ――――私が夢に見たのも、あなたと同じ場所かも知れないわね。でも出て来たのは女の人じゃなくて、真っ白いヒゲと長い髪の、仙人のようなおじいさんよ。それまでにも何度か夢に出てきたけど、何を言っているのか聞き取れなかった。それがあの日はいつもと違って、はっきりした声で私にこう言ったの。お前は真矛を守りなさい、使命を果たす手伝いをしなさいって。何を手伝うのか聞いてみたけど、夢はそこで終わってしまったわ。そのあとすぐに、あなたと一緒に居た実夏ちゃんが魔法を使った。ああ、このことなんだと思ったわ。私もあなたも、魔法は使えない。でもね真矛。あなたには、他の人の魔法を引き出す力がある、そういうことなんだと思うのよ―――― 私がボーっとしていると、リカさんは私の顔を心配そうに覗き込みながら言った。「だから真矛。もっと自信を持ちなさい」 自信という言葉を聞いて、私は指輪を思い出していた。 (つづく) (次のお話)ランキングでーす→ ←ブログをお持ちの方。足跡残してね。後でこえめが遊びに行くんだからっ。
September 29, 2009
パズルが大好き。こえめです特にお気に入りは、キャストパズル。そのなかに「エニグマ」っていうのがあるんですけどね。はずしたまでは良かったんですが、どうしても元に戻せないのよね。え~ん。誰かうちに来て、戻してくれませんか~?って言いたいくらいなのよっ、もうっ!´・ω・`(へへ。ゴキでもいいん?)あ゛!!……まだいたのッ!? ゴキジェット! シューッ!!! 真矛のお話いってみましょうか。液体の色を変えた彩葉の魔法。真矛の頭の中で聞こえた声。 不思議だね。(それだけっ?)うん。頭はたらかなくてごめん。(前のお話) (総合目次)魔法の真矛ちゃん(9)~(11)に連動しています。 ―真矛・告白― (11) 山本が走り去ったあとしばらく下駄箱の前で座り込んでいた私は、誰かの足音がしたので慌ててランドセルをつかんで立ち上がった。きっと先生が理科室を閉めて、職員室に戻るのだったろう。まだ気分が悪く、周りが揺らいで見えたが、何となく先生に見つかりたくなくて、 ぎこちない足取りで校門へと向かった。早く二人に、彩葉の事を話さなければと思いながら……。 家にたどり着く頃には、めまいはすっかり消えたが、心の奥に残る、恐怖にも似た不安は大きくなっていた。 ガラス越しに手を振るリカさんと実夏を見つけ、 私がサンルームに走りこんだとき、私はひどい表情だったに違いない。振り向いた二人の笑顔がたちまち驚きに変わり、実夏はおやつのケーキを一切れのどに詰まらせ、リカサンは私のために注ぎかけた紅茶をテーブルにこぼした。 慌てる二人を見ながらランドセルをおろすと、大きなため息と共に急に涙が出そうになった。 私はただいまを言うのも忘れて、実験のときの出来事を話して聞かせた。実夏はまん丸の目をさらに見開いて、時々口の中の物を呑み込むのも忘れ、頬袋にエサをためたリスのような顔で聞いていた。 リカさんも途中何度もうなずきながら、真剣な顔で聞いてくれた。 ひととおり話し終わると、お互いの顔を見つめうなずきあった。いつか彩葉が裏庭で消えそうになった時のことは、既に話してあったので、彩葉に魔法の力が備わっていることはほぼ分っていたことだったが、それがその日、はっきりしたというわけだ。 ただ、山本に関する、あの頭の中の声のことは、その時いい出せなかった。それは彩葉の魔法のこととは違う、もっと何か全く別の話のような気がしていたのだ。 その日は久し振りに夕食も実夏と一緒にとった。リカさんと二人きりになったら、あの事を言わなければならないきがして、それが怖くて、帰ろうとする実夏を引き止めたのだ。美香が本から得た、魔法に関する知識をあれこれ聞いていると、気がまぎれるのだった。 実夏が帰って、テレビを眺めながら、私はリカさんに言うべきかどうかまだ迷っていた。一緒にお風呂に入りながら、リカさんの鼻歌を聞きながら、石けんの泡に包まれながら、どう言おうかと考えていた。 べッドに入った時、絵本を選ぶリカさんの背中に声をかけようと決めたのに、振り向いたリカさんのいつもの優しい笑顔を見たら、やっぱり言い出せなかった。 リカサンは読みかけの絵本を私の足元に置き、私のおでこをそっと撫でながら聞いてきた。「真矛、何かあったの? よかったら私に話してもらえる?」それまで押し込めていた、恐怖を伴う不安な気持ちが 一気に噴出したように、私は泣きながら話した。 リカさんは知っているのかも知れないと思った。 私の頭の中で声が聞こえたことも、 あの言葉の意味も……。なぜなら私を抱きしめながら、リカさんもまたかすかに震えていたから……。 (つづく) (次のお話) ランキングでーす→ ←ブログをお持ちの方。足跡残してね。後でこえめが遊びに行くんだからっ。
September 15, 2009
空気が澄んでるから深呼吸。こえめですちょっと秋の気配の空気感。でも日差しはまだまだ暑いですね。 マイケル様の手袋が、456億円で落札されました。Σ ^ФДФ^↑ これ間違いましたー。失礼しました。億円じゃなくて456万円です。桁間違いすぎッ(大汗っ)マイケル様ときくだけで、私の脳は国家予算並みの価値を感じてしまうのです。教えてくださった方、ありがとうございました。9/9追記2度目の結婚当日に「ゴースト」試写会で客席に投げたクリスタルがちりばめられた手袋。……魔法使いの手袋? ―真矛・告白― (10) 液体の色の変化に驚いた二人の様子から、彩葉がどんな魔法を使い山本が何を見てそれを如どう思ったか、だいたいの見当は付いた。教室を飛び出す彩葉に足を蹴られても、黙って息だけ弾ませていた山本。その表情が、魔法を信じている何よりの証明だと、私の中の何者かが悟っている。そして何者かのフィルターを通して事実を感じ取った私がいる。その異様な感覚に、胸が詰まった。 後から来た先生が山本を抱き起こし、山本の報告に反して色の変わっていないビーカーを見て、変な顔をした。その後山本がどんな言い訳をしたのか忘れたが、なぜか実験は成功したということになっていた。 放課後の理科室を出て昇降口に向かいながら、山本から話しかけられるのをおそれながらも、彼への答えを考えていた。 彩葉の魔法に関して、私が直接なにかをしたわけではない。そもそも私には、魔法が使えないのだから。あれは彩葉がもともと持っていた力だった。 人間界の生活で覆い隠しまった魔法の力が、何らかの関係で噴出したのだ。 そう、しかも私と関係がある気がしてならない……。 それは、夢に出てきた女の人の「あなたは魔法使いなのよ」という言葉や、その朝見た予言的なイメージから来るあやふやな期待感などというものではなく、私自身の存在それ自体を決定付けてしまうような、私の中に棲む何かと深く関わっているはずの、もっとずっと重いもの……。私は戸惑いと同時になぜか焦りを感じていた。 靴をはこうとしていた私の後ろから、山本が聞いてきた。「なあ、さっきのあの水、何だったんだ?」私はわざと、何気ない風をよそおって答えた。 「水?……見えなかったわ」「お、お前がやったんじゃないのかよ……?」「何を?」「色が変わっただろッ、何度も何度もッ…… あんなこと、魔法に決まってるんだッ!……あっ、シーッ!」山本は慌てて人差し指を口に当てたあと、私を睨んだ。 こいつはきらいだと思った。 《――だが、必要な人間だ――》私はハッとして息を呑み、山本を見た。しかし今の声は、私の頭の中で聞こえたようだった。彼はそんな私に、どうした? と言うような顔をしていた。「やっぱり……魔法……だったんだろ?」 なおも聞かれ、私が黙っていると、彼は何かを納得したように小刻みにうなずき、急に真っ青な顔でランドセルを掴んで逃げるように駆け出した。途中、靴の片方が飛んで拾い上げると、それを履きもしないで手に抱えたまま、走り去っていった。 私はそんな山本を呆然と見送りながら、さっき頭の中で聞こえた声の意味を考えていた。必要な人間。声はそう言ったのだ。山本が、一体何に必要だというのか。私に何が起こっているというのだ。 突然めまいに似た感覚に襲われ、誰もいなくなった下駄箱の前でしばらく座り込んでいた。 (つづく) (次のお話) ランキングでーす→ ←ブログをお持ちの方。足跡残してね。後でこえめが遊びに行くんだからっ。
September 7, 2009
新型インフルに待ち伏せされそう。こえめです外から帰ったらまずうがい手洗い。ストレスためて……るかな? 抗酸化物質V.C。本日は美味しいプラムで。太陽とかいう品種だった?(ラベル見て来い)べつにいいの暑いからマスクは、したくありませんね。あとはミルクたっぷりのココアでも飲んでおきましょう。 何それ、ですって? やだなー。気休めが大切なのよ。気の持ちようで、免疫力が変わるんだからねっ!(ゝω・) さて、真矛のお話。今度夢に出てきたイメージは、彩葉が光の渦に包まれるというものでした。(前のお話) (総合目次) ―真矛・告白― (9) 実験というと、いつも私と彩葉は、山本が大きな間違いでもしないものかとわずかな期待をこめた視線で、実験を進める山本の手元を眺めていたものだ。「僕に任せておけばいいんだよ」それが彼の言い分だった。そんな、勉強に関しては兎に角プライドの高い山本が、簡単な実験に失敗したのも今思えば、運命だったのかもしれない。 当事、彩葉と山本はどちらかというと仲が悪く、休み時間に、大声で言い合っていることが時々あった。でも普段大人しい彼女のあんなに強気な態度を見たのは、それが初めてだった。彩葉はその時とてもイライラしているように見えた。突然、山本から無理やりスポイトを奪い取ると、試薬を凄い勢いで混ぜ始めたのだ。 その拍子に転がり落ちた鉛筆を拾おうとかがんだ時、 私は、頭の中に違和感を感じた。 視線の先に彩葉の上履きのかかとが見え、屈んだ姿勢のまま視線をずらすと、白く輝く光の粒子が、ぐるぐると縞模様をつくって彩葉のからだを取り巻いていた。それはすぐに輝きを失ってただの薄茶色い砂となり、彼女の足元に落ちて消えてしまった。その時、ザッという音が確かに聞こえたと思う。 だが私以外に、それに気付いた人はいなかった。彩葉と山本は実験に夢中だったし、先生は私たちから離れたところで机に向かって真剣な顔をしていた。 私が立ち上がろうとした次の瞬間、山本が大声で言った。「せっ、せんせー! 色が変わりましたーッ!」ああ、やはり、そういうことだったかと思った。 さっき感じた違和感は、実夏が小鳥の呼び寄せに成功したときにも感じたことに気がついて、私は少し、ゾッとした。 それは予感などという曖昧なものではなくて、自分の中から自分じゃない感情が沸き起こる、とでも言おうか。まるで、私という生き物をからにかぶった別の生き物が内側から出てこようとするような、それまでに感じたことのない異様な感覚だったのだ。 ビーカーの中の液体が一体どう変わったのか、私からは見えなかった。でも山本の怯えた声で、それが魔法がもたらした変化であることには間違いがないのだ。 彩葉が魔法を使った。それを見た山本もまた、魔法の力を潜在させている。内側にいる何者かが、私にそれを確信させた。 その時私は人知れず、震えていた。 (つづく) (次のお話) ランキングでーす→ ←ブログをお持ちの方。足跡残してね。後でこえめが遊びに行くんだからっ。
September 2, 2009
あはー。太っちゃった? こえめですさて、寝る前のストレッチ体操のメニュー増やさなきゃ。箒にまたがって 体がぼやけていく彩葉に、真矛が声をかけたところから。 (前のお話) (総合目次)魔法の真矛ちゃん(9)~(11)に連動しています。 ―真矛・告白― (8) その姿はまるで、砂嵐の中を突き進む旅人のように、薄れて…… 「彩葉!」 私の声はそれほど大きくはなかったと思うが、彼女の意識をこちらに向けさせるには充分だった。同時に近くの何人かがこちらを振り向き、その中には、彩葉と幼なじみの山本もいた。 彩葉は、どこかぼんやりした様子であたりを見回していた。「あれ、真矛……わたし今……」「何か見えたの?」と訪ねた私の言葉に何か思いあたるものがあったのだろうか。急に「な、何でもないっ」と言い放ち、周りの視線を避けるように校舎に向かって走っていってしまった。そしてその日は、そのまま裏庭に戻らなった。あの時彼女は、その薄れゆく体で、一体どんな世界を覗き見てきたのだろう。 彩葉は次の日も登校してきた。私は前日のことには何も触れずに、いつもどおりに振る舞い、それで彩葉も安心したのだろうか、 裏庭にもちゃんと顔を出してくれたので私はとりあえず安心した。 二学期になって少し経った頃、それは突然に、ある予感とともにやってきた。朝の気配を感じつつ、まどろみの中で、私は夢のような幻を見たのだ。それはなんとも不思議な光景で、虹色の流れがぐるぐるとうずを巻き彩葉の体を取り巻いているというものだった。 実夏のときは小鳥という具体的なイメージだったが、今度のはどういう意味なのだろう。夏休み前の裏庭での出来事と、どういう関係があるのだろうか。 間違いなく言えるのは、彩葉に何らかの魔力が備わっているということだ。それが近いうちに、もしかしたら今日、はっきりする。その事だけが私に与えられた暗号というか、自分で意識できることだった。 (次のお話)
August 23, 2009
おっと、すっかり留守にしちゃいました。気まぐれ猫デス。 タバコの煙は苦手。こえめですでも、マナーを守っている人は、素敵だと思うのです。センスの良い携帯灰皿、一つ持ってみませんか?こえめにモテるよ。(あ、ここ、笑うところね) 夏実との回想は前回で一区切り。真矛と実夏、それからどうした?(前のお話) (総合目次)魔法の真矛ちゃん(9)~(11)と連動しています。 ―真矛・告白― (7) 実夏はそのあと、実際に小鳥を呼び寄せる魔法を使った。それから私は少しずつ、みんなと仲良くなっていき、小学3年のとき、私と実夏は、クラスの子を誘って魔法ごっこを始めた。 最初にやったのは、箒(ほうき)に乗る練習だった。そんなの魔法とは何の関係もないと思ったが、リカさんの話によると、この世界で人々が考える魔法使いとは、杖をもち、箒に乗って空を飛ぶものだというのだ。 実夏と一緒に声をかけると、意外にも興味を持つ人が多くて、二十人くらいが放課後の裏庭で修行と称して魔法ごっこに興じた。そのうち親から、小学三年生が夢中になるには少し幼稚じゃないかと言われてやめていった子達も何人書いたが、なぜか新しく興味を持つ子達が入ってくるので、常に同じくらいの人数を保っていた。 裏庭でがやがやと、でも本人達はいたって真剣に、 掃除用の箒にまたがり、高いところから飛び降りた。飛ぶということは、そういう事じゃないのにという気持ちが段々強くなってきた私はある日、リカさんに聞いてみた。「ねえ。どうしてみんな、飛ぶのに道具が必要だなんて 思うのかしら?」オーブンの前に屈んでビスキュイクッキーの焼き具合をみていたリカさんにそっと訪ねてみたが、「その時が来れば、自然にわかるものよ」と言うだけで、他には何も教えてくれなかった。 私はどうするべきか分からず、とりあえずそのまま、箒の練習をする子達を励まし続けた。箒のない子は順番がまわってくるまで、鉄棒や平均台にまたがったりと、みんな一所懸命だった。 その様子を見ているとき、ある日違和感を感じた。その違和感というのは、何というか、本人が目の前に居るのに、何かがその周りを取り囲んでいるように、歪んで見えるのだ。めまいに似た感覚で、ぼうっと霞んで見えたのだ。 でも、めまいなどではない。その証拠に、すぐ向こうで鉄棒から落ちて泣いている子のシャツの背中が汗で滲んでいたことや、地面にいたずらがきしたかえるの絵がはっきりと見えていたのだから。 「彩葉!」 私は何か怖いような気持ちで、薄れていく姿の名前を呼んだ。 (次のお話)
August 15, 2009
何に備えればいいの? こえめですお盆を前に、あやしいことが続きます。自然淘汰。そんな言葉が思い浮かんで、ひやりとする私です。 いつもと様子の違うリカさん。その夜見た夢の中で、真矛は重要なお告げを聞いたのでした。(前のお話) (総合目次) 魔法の真矛ちゃん(友人・証言)の(7) (8) に連動しています。 ―真矛・告白― (6)夢 「真矛……あなたは魔法使いなのよ」その声は確かに言った。でも私は特別驚きもしなかった。どこかで、やっぱりという気持ちがあった。 私はただ暖かい光の中で、満ち足りて、安心しきっていた。魔法使いという言葉の意味を深く考えることもなく、やっと言ってくれた、その安堵感で一杯だった―― 夢はいつも突然終わる。私は目を閉じたままもう一度夢に戻れないものかと意識を緩ませてみたが、一旦近寄った夢という彗星は、 私という恒星の前を通り過ぎ遠く宇宙の彼方に飛び去ってしまって、今度いつ出会えるかわからないのだ。 私は夢の中の言葉をもう一度思い返してみた。彼女は、魔法使いという言葉を、本当に言ったのだろうか。薄れていく夢の感覚とは裏腹に、私の中に確かに残る充実感が、その答えのような気がした。 もう朝が近いのか、小鳥の声が聞こえてきた。私は目をつむったまま、しばらく胸のうちに残る高揚感に浸っていたが、ふと気配を感じて窓辺のカーテンを開けた。図鑑でしか見たことの無い色とりどりの鳥たちが、大きな楡の木の枝という枝に、余すところなく止まって歌をうたっていた。でも驚いたのはそれだけじゃなかった。大振りの木の枝に、実夏が腰掛けて足をぶらぶらさせていたのだ。 声をかけようとしたとき、まるで画面が切り替わったかのように実夏も鳥たちも消えた。 そして、私の中に、ある一つの確信が残った。「実夏は魔法を持っている……」 (次のお話)
August 8, 2009
ネコの鼻さわりターイ(笑) こえめです 猫を見かけると、つい立ち止まって呼んでしまいます。たまに人懐こいのがいて、近寄ってきてくれると、もうほんと嬉しいですねー。 真矛が小学生になってからのお話。特に設定してなかったので、この当事は3年生ってことで。さて、学校から帰ってきた真矛たちを出迎えたのは、心ここにあらずといった様子の、リカさんでした。そしてその夜、真矛はある夢を見ました。(前のお話)(総合目次) ―真矛・告白― (5)夢 ああ、またここに来た、そう思った。 私は絵本でみた神殿のようなところに立っている。裸足の足に硬い床のひんやりとした感触が伝わって、さやさやと風の音がしていた。 私はそれまでにも、何度もここに来ていた。思い出せる限りで一番古い記憶は、今立っているよりもっとずっと低い、赤ん坊がはいはいする視線でこの部屋を見ているというものだ。 今自分は確かに室内にいると思うのだが、壁や天井と呼べるものは何もない。みたこともない巨大な青い天体が頭上に浮かんでいる。ちらちらとまたたく星々がみえる。本当にそこに宇宙が広がっているかのようだ。その中で現実味を帯びてみえるものといえば足元の床と、何本かの柱と(見上げるとその先ははるかな宇宙に呑み込まれて見えない)正面に見える両開きの立派なドア。 もうすぐあのドアが開く。わたしはそれを心待ちにしているのだった。 待つほどもなく、ドアが開き、ひとりの女の人が滑るように近付いてきた。その人の顔は暗くて見えない。 差し出される両手に顔を寄せる。手の感じや漂う雰囲気が、死んだママに似ている。花の匂いが体中を包み込んできて女の人の手からエネルギーが流れ込んでくるのを感じる。目をつむっていても周りが見え、二人が光に包まれているのがわかった。私はとても満ち足りた気持ちになり、しあわせという言葉を全身で実感するのだ。 やがて頭の中に、女の人の声が聞こえる。「真矛……」そのあとの言葉は、頭の中でモワモワと響き、まるで耳にフィルターがかぶせられたかのようにもどかしい不鮮明さで、なにを言っているのかわからない。私は耳に手をやり邪魔なフィルターをはずそうとする。 だが髪の毛が邪魔して耳に障ることが出来ない。まただ。寝る前に髪はしっかりゴムで一つにまとめたはずなのに、そんな事ここでは何の役にも立たない。 そしていつも、夢はそこで途切れていた。 だがその時は違った。 突然はっきりと次の言葉が聞こえてきたのだ。「真矛……あなたは魔法使いなのよ」 (次のお話)
August 3, 2009
青いそらが見えました。こえめです 雨が上がって、せみが啼きはじめました、ああ夏だ。 さて、真矛と実夏は小学生になりました。(前のお話)二人の秘密、そしてリカさんは……。(総合目次)魔法の真矛ちゃん(友人・証言)4~8と連動しています。 ―真矛・告白ー (4) かくれんぼで偶然見つけたママのウエディングドレス。実夏が幽霊と見間違えたあのドレス。 ずっと後になってから、それがママの着た物じゃないって、あるときアルバムを見ていて、わかった。似ているけど、よくみると刺繍の柄や、頭にかぶるヴェールのひだの寄せ方が少しずつちがっていた。 じゃあいったい、誰のものだったのだろう。それを聞いてもリカさんは、「気のせいよ」と笑って、取り合ってはくれなかった。 一人っ子で両親が共働きの実夏は、その頃はもう、学校から直接うちに来て、一緒におやつを食べて宿題を済ませ、夕方まで遊んで帰るのが日課になっていた。時には夕飯も一緒のこともよくあったし、長い休みの時には、泊まる日も多く、自分の家で過ごすより私と過ごす時間のほうがずうっと多かった。 出来ればこのまま一緒に暮らせたらいいのにねって、私たちはよく言い合っていたし、 まるで双子の姉妹のようだとリカさんも言っていた。 私と実夏が学校から帰ってくると、リカさんは大抵、サンルームのいすに座っていて、飼い猫パールの白い身体を撫でていた手を上げて、白い歯を見せて笑ってくれた。 私はその笑顔を見ながら、心の中でただいまを、ママにも言っていた。 そして今日のおやつに期待を膨らませ、実夏と競争のようにして玄関に走っていくのだった。 ところがその日は、リカさんの様子がいつもとちがっていた。 私たちが帰ってきたことにも気付かない様子で、いすに腰掛けたまま、じっとしているのが見えた。 私たちが玄関に入って、ただいまを言った時、リカさんはビックリして立ち上がり、パールが私の足元をものすごい勢いで駆けていった。「ああ、お帰りなさい。今すぐおやつの用意をするわ」何だか、まだ夢の続きを見ているような声だった。 そのあとは、出来上がっていたプリンを運ぼうとしてテーブルの脚につまずいたり、ジュースを注ごうとしてこぼしたり、何だか、全くいつものリカさんらしくなかった。 その夜のことだ。夜寝る前には必ず私に本を読んでくれるのに、今夜は頭が痛いからもう寝るといい、その代わりにと、ウサギのぬいぐるみをベッドの枕元においてくれた。私は本棚の右端に目をやり、ピノキオの分厚い本をちらりと見遣り、ピノキオが鯨に呑み込まれる場面を思い出しているうちにいつの間にか眠ってしまった。 そして、不思議な夢を見た。 (つづく) (次のお話)
July 29, 2009
夢の国のパティシエ、こえめです作るのは、どんびえアイスだけじゃないのよ。パウンドケーキだって焼きます。リカさんには負けるけどね。お話の総合目次はフリーページにあるよ。(前のお話)魔法の真矛ちゃん(友人・証言)1~3と連動しています。 ―真矛・告白― (3) 「真矛。あなたは特別なのよ」 「特別」という言葉の意味もまだ知らなかったけど、その時のリカさんの顔と声から、少なくともリカさんにとって、私は実夏とは違う存在なんだということが、なんとなく分かった。 彼女の胸には、いつも指輪が下がっている。バラの模様が精巧に施された、古い銀の指輪。普段は服の下に隠れていることが多いけど、私とお風呂に入るときでも、それを外さない。 私は、リカさんの大きくて暖かい手に小さな両手をすっぽりと包まれて、目の前で揺れている指輪に視線を奪われていた。 見慣れたはずの指輪が、なぜかとても重要なもののような気がした。その時、指輪は私にとって特別なものとして、リカさんが着ていたセーターの色や質感までもが、鮮明に私の脳裏に焼きついたのだ。 私は、何かに畏れ驚きながらも、嬉しいような誇らしいような、更には、生まれたてのひよこが初めて動くものを見たときのように、不思議と新らしい気持ちになっていた。 そしてその感覚は、指輪の存在感と共に、それ以来ずっと、私の中に強いイメージで残っている。 ぼうっと指輪を見ている私に向かって、 リカさんが唐突に言った。「実夏ちゃんとは、きっと仲良くなれるわよ」その時はただ、そうかな、と思っただけだった。 次の朝、私は、ウサギ号と呼んでいた幼稚園バスの桃色のステップを踏みながら、夕べのリカさんの言葉を思い出してた。 (実夏ちゃんと仲良くなんて、やっぱりそんなの無理……) でも私たちは実際、リカさんが言ったとおり、とても仲良しになったのだ。幼稚園で一緒にブランコに乗ったその日以来、私たちは姉妹のようにいつも一緒だった。 小学校に上がっても、それは続いた。そして、私はある日、実夏の力に気付くことになる。そして私が私である意味も……。 (次のお話)
July 23, 2009
願いをかなえる魔法が欲しい。こえめですだけど何でも叶っちゃったら嬉しくない。そんな謙虚な考えもあったりします。魔法のランプで3つ叶うぐらいがいいかな(充分欲張り)お話の総合目次はフリーページにあります。よかったら。では真矛の幼稚園時代の回想。実夏ちゃんとの思い出です。魔法の真矛ちゃん(友人・証言)1~3と連動しています。 ―真矛・告白― (2) 「こんにちは」実夏は、似合いもしない大きなひらひらのリボンをつけてきた。私はその色が大嫌い。 ううん。そうじゃない。本当は大好きだ。少し濃い目のピンクは、ママがよく着ていた色だったの。その色が、私にママのことを思い出させる。きれいでお洒落で、優しかったママ。大好きなママ……。その色を見ていると、涙が止まらなくなる。 だからいつの間にか、自分でも着なくなった色……。それなのに、どうしてこの子が、こんな子が、同じ色のリボンなの?! 突然沸き起こった強い気持ちは、嫉妬にも似ていて、悲しいというより、悔しかったのだ。 私は泣きたいのを、必死になって我慢した。 私が泣いているときママはよく、「ちちんぷいぷいっ」って言って人差し指でクルクルって、してくれた。そうすると本当に、痛くなくなる、不思議な不思議なおまじない……。 実夏がリカさんと話をしているのをみて、リカさん、あの子にも優しいんだって思ったら本当に涙がにじんできて、私はあわててクルクルおまじないをした。ママがしてくれたのと同じように……。 実夏がそれに気が付いたみたいだったけど、泣き顔を見られるよりは、余程ましだと思った。それから実夏が、パイをのどに詰まらせて、何だか大騒ぎして帰っていったんだっけ。 その日の夕食のとき、リカさんが私の目を見て言ったの。「真矛。あなたは本当に、ママにそっくりね」私はそう言われるたびに、とても嬉しかった。なんとなく、ままがそばに居てくれるような気持ちになれるのだ。 リカさんはいつだって私に優しいけれど、その時のリカさんは特別優しくて、でもなんだか泣きだしそうな顔に見えた。その時、(あぁ、よかった。リカさんも私と同じ、悲しいんだ)って思った。 泣きそうな顔のリカさんにおまじないをしてあげようと思い、リカさんに向かって人差し指を出したら、リカさんは椅子から立ち上がり、私の手を、大きな手に包み込んでこう言ったの。「真矛。あなたは特別なのよ」それがどういう意味なのか、その時の私には、全然分からなかったけど、リカさんの真剣な顔がなんだか恐いくらいで、私は思わず目をそらし、リカさんがいつも首から下げている指輪を見つめた。 (次のお話)
July 19, 2009
いつも遅刻してたの。こえめですやっと来た来た、きましたよっ。お待たせしました。真矛の登場です。(総合目次)魔法の真矛ちゃん(友人・証言)の1から3と連動していますよん。 ―真矛・告白― (1) その頃の私は、ずいぶんとっつきにくい存在だったと思う。 その日私は、リカさんとキッチンに立っていた。リカさんはいつものように、レースの付いた真っ白なエプロンをして、久し振りに材料の粉とバターをきっちり量ったパイ生地を練っていた。私は、せいいっぱい背伸びして生地がどんどん畳み込まれていくのを、興味深くみていた。 それは私の大好物のアップルパイで、 よくママとリカさんと三人で、お庭のベンチに座って食べたっけ。でも今はもう、ママは居ない。ママは前の年の列車事故で死んでしまった。 お葬式が終わったとき、仕事で海外に住んでいたパパは、私も一緒につれて帰ろうとしたのだけれど、リカさんが日本を離れるのは嫌だと言い張り、私も彼女と離れるのを泣いて嫌がったらしい。そんな訳で私とリカさんは、この広い家で二人きりの生活が始まった。 ママが死んでから、リカさんがパイを焼くことは一度もなかったようだ。ママを思い出した私が悲しむのを心配してのことだったろうけど、リカさん自身も辛かったのだろうか。 そのとき私は、生地が何度も何度も伸ばされ、たたまれていくのを見ながら悲しいというより、単純に楽しんでいたと思う。 ママを恋しがって泣いた季節は、私の中ではもう大分遠ざかっていたのだろう。 その頃には、「大好きな」の言葉の次に思い浮かぶのが、「ママ」よりも「リカさん」が先になっていたけれど、それでもやはり、ママが私の中で特別な存在だったことに変わりはなかった。 リカさんがいい匂いに焼きあがったパイをサンルームのテーブルに載せた。「今から実夏ちゃんを迎えにいくけど、真矛も来る?」「……行かない」 私は折り鶴のくちばしの角度を確かめながら、昨日幼稚園で彼女が描いた遠足の絵を思い出していた。へたくそなキリンの絵だった。(キリンってあんなに首が太くないわそれに、角の先にリボンなんかつけちゃってたけど、そんなキリンなんて見たことない) 私はリカさんが玄関を出て行くのを廊下から見送ると、猫がいつの間にか私の足元にすり追ってきていた。「パール、いい子ね」抱き上げてその真っ白な毛に顔をうずめると、リカさんと同じいいにおいがした。 (次のお話)
July 17, 2009
全25件 (25件中 1-25件目)
1