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台湾には「とおさん(多 桑 )世代」という言葉があるそうです。日本語の父さんからきた言葉で、日本人として教育を受けた世代のことを呼ぶそうです。 1994 年にヒットした映画『多桑』にちなんでこのように呼ぶようになったとのことです。私が初めて訪台した 1978 年には、この言葉は聞いたことがありませんでした。
台湾民主化の父と評される李登輝( 1923-2020 年)も、とおさん世代に属する者として知られています。彼は、「日本の教育を受けていなければ、現在の私には、おのれの生命と魂を救う基本的な考え方が生まれなかった」「自分は、 22 歳まで日本人だった」と発言しています。私の知人の奥さんのお父さんで、花蓮市光復に住んでいたアミ族の A 氏もやはり、自分は日本人だと思っていたと発言していました。
とおさん世代からは、「日本は、現在の日本人だけのものではない。元日本人のものでもあるのだ。先人たちが実践した日本精神を取り戻してほしい。」のような発言が聴こえてきます。
写真は、前回の『阿里山森林鉄路でシェイ式機関車が走っていました(台湾は日本だったその 9 )』の続きで、阿里山機関庫とその周辺で撮ったシェイ式蒸気機関車です。この日は雪が少し積もりました。
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