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6月10日はポルトガルの日でお休み。車で出かけると前方に走る人を発見。どうやら女性のようだ。ぴっちりした短いスパッツ、上半身もぴっちりして短いランニング。みるからにアスリートって感じ。細い道だったのでゆっくり近づいたわけなのだが、彼女はかなり速い。いつも鍛えているっ手感じだ。だが、彼女の前に一緒に動く箱のようなものを発見した。なんだろう?乳母車だった。もうびっくりした。かなり速く走る彼女は乳母車を時々片手で押しているのだ。通りすがりにみた赤ちゃんは、私の心配をよそに首をもたげてぐっすり眠っていた。慣れているんだー。帰宅後彼にこのびっくりしたことを話すと、その乳母車は車輪が固定されていて真っすぐにしか進まない、乳母車の位置が全体的に高く、マラソンする人が押しやすいように作られた特別なもので、ドイツではよく使われているとのこと等を教えてくれた。知らなかったー。この歳になって、知らないことが多すぎる。アスリートの母は自分に厳しく毎日トレーニングを積むのだ。赤ちゃんがいるから、、、なんて言い訳はしない。アスリートの母はいつでも強いのだ。
2005年06月10日
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電車に乗るといつも不思議に思う事がある。それはポル人の席の選び方である。私の乗る電車は4人がけのボックスシートである。最寄りの駅が始発という事もあって席は選びたい放題だ。いつも進行方向左側の窓際の席を取る。テージョ川をわたる際に大西洋がみえるからだ。あー日本につながっているんだなーなどと感傷的な気分にひたれる。そんな気分になりたいなーと思っているところに一人の乗客が来るとする。そして80%以上の確率で私の隣に座るのだ。まだ向かい側にも席があるというのに、、、、隣が男だからとか女だからとか全く関係ないようだ。どんなに進行方向と逆の席が空いていても、彼らは進行方向に向いて座りたがるのだ。周りも見渡しても4人がけのボックスシートに他人同士二人ずつ座っているパターンが多い。私が後から来た立場なら、人と接触しないように向かい側か対角線上に座ると思うのだが、、、特に夏は暑いし、そっちに座ってくださーいと思っても駄目なのだ。彼らは今日も進行方向に向かって座るのだ。夏はどうやら私が席の選び方を変えなくてはいけないようだ。
2005年06月09日
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リスボンに行くといつも眺めてしまうのが石畳の道のモザイク。素敵だなあっていつも思う。いつかこの石畳職人に弟子入りしてその技術を学んでみたいと思う私はバカなのか。彼に言ったら笑って取り合ってくれなかった。家の周囲はただの白い石畳で模様なんてない。いつかこの家の石畳を素敵な模様で飾る、、、と夢を膨らませる私なのである。
2005年06月08日
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醤油が残り少なくなってしまった。リスボンまで買いにいかなくてはならないので一大決心が必要だ。というのは、私はリスボンから27キロ程の郊外に住んでいるからだ。車で最寄りの駅まで行き、車を置いて電車に乗り換える。テージョ川をわたる電車で30分でリスボンに着く。家を出てからリスボンの目的地まで1時間20分から1時間30分かかる。車で直接リスボンに乗り込めばいいのだが、一人では道も駐車場も分からず、運転マナーもよくないのでいつも電車で行く事にしている。醤油までの道のりは遠いのだ。そして本日買い出し決行となった。リスボンには日本食材店がない。中華食材店の一部に日本食コーナーがある。品数は少ないし高い。しかも、賞味期限切れのものが堂々と売ってあるから気をつけていなければ行けない。買ったものは1リットルの醤油瓶(瓶ですぞ)2本、1キロの味噌、500mlのオイスターソース瓶、ナンプラー(瓶入り)、日本米1キロ、大きな大根1本、もやし2袋、干し椎茸など。本当に買い出しって感じ。リュックサックを持っていけばよかった。手が引きちぎれそうだった。彼が『よくこれだけのものを持って帰って来れたねえ』とびっくりしていた。食い意地がはると馬鹿力がわくものなのだ。まだ買いたいものがあったけど諦めた。今度はコロ付きの小旅行ケースでももっていこうかな。私はバカだった。リスボン買い出しを決行したその日は無茶苦茶暑かった。街の温度計は41度、私の車は39、5度を表示していた。日陰でも熱風が吹き込んで来た。大きな荷物で汗をかきかき歩いた。しかし、頭の中ではここ数日の料理のメニューが頭を駆け巡っていたので、苦にはならなかった。暑かったのでアイスを買って一休みしようと決めた。カフェの軒先にアイスの冷凍庫があったが、厳重に鍵がかけられていた。治安の悪い地帯の泥棒対策なのだろう。気がつくとあちこちのカフェでも同じように冷凍庫に鍵がかかっている。わざわざカウンターからおじさんに出てきてもらい鍵を開けてもらって、たった1ユーロのアイスを買うのは気が引けた。
2005年06月07日
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フェイラでは多くの人がひよこを買っていく。自宅で育てて卵や肉を食べるようだ。この辺でも鶏の鳴き声が聞こえる。ひよこの他にすでに大きな鶏、七面鳥、アヒル、ウサギなどが売られている。どれも食用だ。きれいな羽を持ったオスの孔雀も売られていたがこれは観賞用だろう。ペットに欲しかったアヒル。諦めきれずに写真を撮った。
2005年06月06日
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我が家の近くの空き地に毎月第一日曜日に市が立つ。今日がその日だった。 野菜、果物、チーズ、ソーセージ、金物、工具、布、靴、家具、洋服、ひよこ、アヒル、ウサギ、小鳥などいろいろなものを売っている。ジプシーが洋服やDVDなどを売っている。洋服は偽ブランドでDVDは海賊版。海賊版DVDは3枚で5ユーロ、最新作を売っている。以前彼がナイキのマークのついたティシャツを買った事がある。サイズは買った時のサイズはXLだったが洗濯後縮んでSサイズになってしまった。しょうがないので私が着ているが、それ以来衣類品は買わない事にしている。工具等は明らかにどこかの工事現場からの盗品とわかる品を売っていたりするのでおそろしい。まあ、そういうのをひやかしながら歩くのも楽しいのだ。彼の日曜大工の工具等細々したものを買ったが、今日の目玉商品は何と言ってもサクランボ。つまみ食いしたらおいしかったので買った。2キロで5ユーロ。サクランボの時期は短い。来月の市にはもう無いかもしれないなーと思いながらサクランボを頬張る。
2005年06月05日
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魚の形をした風見鶏?(魚)を買った。先代のは青い花の風車で昨年強風であおられ壊れてしまった。私はこういう幼稚っぽいものが大好きなのだ。風呂場にも浴槽に浮かべる黄色のあひるさんが置いてある。早速、庭にあるコルクの木に備え付けた。青い空となぜかピンクの魚がマッチしているように思えた。
2005年06月04日
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ポルトガルには消費税が3種類ある。5%、12%、19%と商品によって税率が違うのだ。同じ食料品でもそれぞれ違う税率を持っている。商品購入後レシートを見て初めて気がつく事が多い。最近スーパーマーケットで買った商品で例を挙げれば、5%のもの 一般の野菜、果物、肉、魚、チーズ、卵、牛乳、オレンジジュース等。12%のもの ハム、オリーブ、ワイン、ソーセージ、マーガリン等。19%のもの 石鹸、洗剤、トイレットペーパー、生理用品、歯磨き粉、シャンプー、ティッシュペーパー、ビール、調味料、コーンフレーク、紅茶、クッキー等。どうしてこのように分けているのか自分なりに考えてみた。生活して行く上で必要最低限のものは消費税が5%で、絶対必要でないものは贅沢品と扱われて19%なんだーと閃いた。電化製品なども19%の消費税がついているからだ。この考えは一部では当たっていると思うが、体をきれいに保つ衛生用品は19%の消費税なので納得がいかない。彼に聞いてももちろんその理由はわからない。同じ食料品でも税率が違うのは何故か、よく分からない。友達に指摘されて気がついたのだが、『ショウガ』は19%の消費税がついている。必ずしも生活に必要ではないから贅沢品の部類なのだろうか?このたび19%の消費税が21%に値上げされる事になった。彼の大好きな『ショウガ』は便乗値上げされるのか?乞うご期待。その前に商品別の消費税率の違いを説明して下さい、お役人様。
2005年06月03日
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5月に受けたエコグラフィー、マンモグラフィーの結果を取りに行ってきた。検査の結果は、検査日当日に担当医師が説明してくれていたので心配なかったが、その医師の報告書を地元のかかりつけ医師に見せなくては行けないのだ。その報告書をもらいに行ったのだが、検査日にお金を払っていない事に気がついた。私費で検査を受けたらとんでもない事になるが、かかりつけ医師からの依頼書をもらって、エコグラフィー、マンモグラフィーを受けたので代金は安く済むはずだ。しかし、エコグラフィー2カ所とマンモグラフィーを受けたので結構かかるかもしれないと不安に思いながら、ある程度のお金を握りしめて出かけた。受付のお姉さんが不在だったので、待っている間辺りを見回してみた。壁に料金表が貼ってあった。そこには、エコグラフィー50ユーロ、マンモグラフィー50ユーロ、骨粗鬆症の検査100ユーロ等、、ひえー、私の受けた検査は50ユーロかける3回、150ユーロ??私費ならその通りの値段だ。しかし、私は1ユーロも払わなかった。よく分からないが、地元の診療所のかかりつけ医師からの依頼があるとそのようだ。ポルトガルに住む全ての住民は医師にかかる権利があるというこの制度。税金も納めておらず、ポル人の配偶者でもない外人の私が、そのようなありがたい制度を使わせてもらっている。悪口は言えない。この国では失業保険は日本よりも長期間支払われているようだ。ポルトガルは貧乏人、弱者にはいい国なのかもしれない。Viva Portugal!
2005年06月02日
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先日、車検を受けてきた。私の車は10年落ちのベンコ。メスなのだ。ドイツにいた時に5年落ちで買った車だ。もう5年も乗っているのか。ドイツ時代、1年半で3万キロ運転した。女一人でかなり走った方だと思う。子どものいる先輩は1年半で4万キロというから脱帽だ。ドイツからここまで2700キロの道のりを一緒に来た車、思い出のたくさんつまった車。なによりもここではほとんど入手不可能なオートマチックなのだ。絶対手放したくない、今年も車検を無事とおりますようにとの思いで車検に行った。新車は3年後車検、その後2年を2回、それから(つまり7年後から)毎年の車検になるようだ。車検は車の製造年月で決まる。車がこの世に誕生した月に車検が行われる事になる。私の車は1995年5月に製造が登録されているので、5月中に車検を受けなければならない。製造されてから何年も買い手がつかずに月日が流れたらどうなるのかよく分からない。車検は自分で持ち込みである。蛍光チョッキの有無、車緊急停止時に道路に表示するトライアングルの有無、ライトの明るさ、クラクション、排気ガス、ブレーキの制動、ハンドルの動きとタイヤの関係など基本的な事を調べて終わった。20分程だっただろうか。値段は25.25ユーロ、日本円で3500円程である。こう見ると日本での車検はかなり高いなーとつくづく思う。車は走って、ちゃんとブレーキがかかればいいのではないか。安全第一だが、日本の車検は高すぎる。時々、本当に車検を通ったのか疑問になるようなぽんこつ車を見かける。そういう時はなるべくそばによらないようにしている私なのである。
2005年06月01日
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彼の故郷で地元の人々がダンスグループを作っている。昔の農作業の人、漁師、村の娘などコスチュームは様々で、皆で歌を歌い、音楽を奏でながらダンスをするのだ。ポル全国にこのようなダンスグループが存在し、各地のグループを招いたり招かれたりして交流しているようだ。彼の家族もこのグループに所属している。田舎に住む彼らにとっては一番の娯楽のようだ。週に1回の練習をかかさない。一年に一回は地元の大学の外国人留学生を招待し、食事を与え、ダンスを披露している。あのような田舎でも国際交流があったとは驚きだ。そのダンスグループが教会前の広場で市を開いていた。自家製ワイン、ちょっとしたおつまみ、オリーブ、そしてたくさんのお菓子を売っていた。 私は一つのお菓子に目が釘付けになった。ぷっくりして白い粉砂糖がかかったお菓子。名前は『修道女のお腹』その名前に妙に納得してしまった。実際に修道女のお腹は見た事無いが、想像をかきたてられる。
2005年05月31日
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彼の実家がある村ではよくロバを見かける。人々は輸送の手段として今でもロバを使っているようだ。おばあさんでもロバを上手に操って荷台をひかせている。ロバは大人しい従順な動物なのかな?英語でおばかさんのことをドンキーというが、ここでもそれは同じ事。Burroというのだ。でも実際に見ると、目が可愛くてとてもおばかさんには思えない。散歩中にロバに会った。その日は日曜、安息日だったのでお仕事もなし。一人のんびり風を楽しんでいたようだ。見ているとこちらまでのんびりした気分になってきた。
2005年05月30日
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ポルトガルはリスボンやポルトを除けば、ほとんどが田舎だ。私の住んでいる周りでも羊の放牧がみられるし、鶏を飼っている家もあるようだ。彼の実家もかなり田舎である。お母さんは小さな畑を持っていて、季節の野菜を作っている。もちろん、鶏も飼っていてたまごをとったり、絞めて食卓の鶏肉料理になったりする。昔はロバも豚も飼っていたらしい。彼女は時々、市に出かけてひよこを買って来る。そして家でえさをやって大きく育てるのだ。彼女が育てた鶏はサイズが大きい。スーパーマーケットで見る鶏とは大違いだ。なんでも大きくないと嫌だそうだ。そういえば、彼女の3人の子ども達もポル人にしてはとても大きい。彼女が育てるとみな大きくなるのか。金物屋で鶏を絞める時に身動きさせなくする装置?を見つけた。漏斗状のブリキだ。広い口のほうから鶏を入れて小さい口へ頭を出すのだ。身動き出来なくなったところへ一気に、、、、実際に殺害現場は見た事はない。詳細も知らない。食べられなくなるからだ。帰り際にいつもお母さんが卵と鶏をたくさんくれる。やはり味が違うのだ。とてもおいしい。卵にはフンが、鶏肉には取り残した毛がついてるけど感謝なのだ。
2005年05月29日
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彼のお母さんがおやつを作ってくれた。見ると日本の甘食ではないか。食べても日本の甘食そのものだ。『わー、日本にも同じお菓子があります。甘食って言うんです。』と興奮しながらいくつかほおばった。カステラの原型もポルトガルから伝わったのだから、甘食のようなシンプルなお菓子もあの当時に伝わったのかなーとか思いながら久々の甘食の味を楽しんだ。ポルトガルから伝わったカステラの原型は日本人の繊細さであのようなデリケートなお菓子に生まれ変わったようだ。だからこちらでカステラの原型を食べたときは少々びっくりした。でもこの甘食はまったく同じだ。あまりに興奮し過ぎてちゃんと名前を聞くのを忘れてしまった。なんでもポル中央部山脈あたりのレシピとか、、、お母さんに作り方を聞いたが全て目分量なので参考にならなかった。今度ここへ来た時に一緒に作る約束をした。ポルトガルでは全てのケーキ類は『ボーロ』と呼ぶ。卵ボーロの『ボーロ』のことだ。今度はちゃんと甘食ボーロの名前を聞こう。
2005年05月28日
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5月27日はポルトガルで離婚が出来るようになって30周年とのこと。昔は離婚する事が出来なかったんだー。
2005年05月27日
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休みが取れたので彼の実家にいく事になった。もちろん犬のニーナも一緒。彼女はドライブが大好きなのだ。とてもおとなしく変わりゆく風景を眺めている。物音も立てないし、臭いも無いのでいつも彼女が乗っている事を忘れてしまう。今日もじっと車窓を見ていた。彼の実家に着くとすぐに家に帰ろうとだだをこね始めた。これはいつものこと。目的地に着くとすぐ帰りたくなるようだ。彼が週末はここで過ごすんだよと言い聞かせていた。彼女はドライブが好き、でも家にいるのも大好きなのだ。
2005年05月27日
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今日はポルトガルは祝日でお休み。聖体祭とかいう宗教上のお祭りらしい。敬虔なカトリックでない彼は今日がなんで休みかも分からない程。だから私も今日はどういう事が巷で行われているか分からない。ここには宗教がらみのお祭りごとが多い。カトリックの国であるポルトガルの事を、外人の私に教えなくてはいけない立場の彼がこれだから困る。彼は教会にもあまり入りたがらない。洗礼を受けたはずなのにいつの間にか脱線しているようだ。私にここでの一般人の宗教上の活動などを聞かれても答えられない。それにしても今日は暑かった。庭のテラスの日陰でも30度あった。日向は何度だったのだろう。この辺の周りの家はみんなプールがある。周りはお金持ちのようだ。プールの無い家を数えた方が早い。もちろん家にはない。子ども達がプールに入って遊ぶ声が聞こえた。どの家庭でも今日がプール開きだったようだ。街にブーゲンビリアの花が咲き乱れているのをみると、もう夏なのかと思ってしまう。
2005年05月26日
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スーパーマーケットに行ったらお掃除フェアをやっていていろいろな家庭用洗剤が売っていた。写真はキッチンのガス台の周りをきれいにする洗剤。オレンジ成分が入っているとかで結構汚れが良く落ちる。最近のお気に入りだ。向かって左は500ml入り、右は50%増量で750ml入り。値段は左が2.34ユーロ、右が2.14ユーロと小さい方が高いのだ。どうして????ポルトガルではよく分からない値段のつけかたに遭遇する。例えば、いつも使っている芳香剤入り防虫剤。6個入りエコノミーパックの方がバラで買うより高くなる。普通エコノミーパックの方がお得だと思うけど、、、ケチャップもそう。大きいサイズの方が小さいサイズより普通は1リットルに換算したら安くなるはずだ。でもここではそんな法則は当てはまらない。聞いた話だが、ある人が花を買おうとしたところ、一本1ユーロ、束で買うと13ユーロと言われたそうだ。しかし束の中には花が9本だけ。その人は一本ずつ買ったそうだ。ポルトガル人は計算に弱いとはいうが、、、、、
2005年05月25日
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お友達が遊びに来た。彼女はポルトガル人の旦那さんがいる日本女性だ。お昼時の約束だったので、和食を作った。メニューはたいした事ない。鶏の竜田あげ、炊き込みご飯、白菜の漬け物、すまし汁だけだったが、友達はすごいごちそうと喜んでくれた。しかし、うちには和食レストラン気分が味わえる和食器がある。有田のお気に入りの窯元で買いそろえた食器、浅草の合羽橋でみつけた半月盆など、、、ゴールデンウイークに開催される有田の陶器市などよく一人で行ったものだ。あの時買い集めた食器達もまさか海を越えて異国に行くなんて思いもしなかっただろう。それにしても、私もよくこんな繊細なものをここまで持って来たなあ。。。食事は目でも楽しみたいもの。リスボンにも何件か日本食レストランはあるが少々お高め。私は一度しか行った事がない。ここは日本人も少ないし、日本食の食材も入手困難である。それでも臨機応変に別の食材を代用したりして家で和食を作って、和食器を使えばそれなりの出来映え。友よ、日本食レストラン気分は味わえたでしょうか?
2005年05月24日
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腹部のエコーとマンモグラフィーを撮りに行ってきた。一年に一度の定期検診の際にかかりつけ医師が専門医に回してくれたのだ。しかし、電話をかけて予約が取れたのは一ヶ月半後。びっくり!!今日がその日だった。私は何の症状があったわけでもなく年に一回のチェックアップだったので一ヶ月半待っても良かったが、もし進行性の癌の疑いがある人などはどうなるのだろうか?見つかった時には遅かったりして、、、、ポルトガルにはそこに住む人全員が医師にかかる権利があり、住んでいる街それぞれに診療所があり厚生省と契約のある何人かの医師に全ての住民が振り分けられる。かかりつけ医師制度みたいなものだろう。そこの医師は専門医ではなく全般をみる。婦人科領域も診るから恐ろしい。その医師は必要な検査や薬の処方箋を出し、患者をあちこちに送る。その結果をみて、大きな病院に送ったりするのだ。その医師の処方箋があれば薬も検査も診察もすごく安くなる。プライベートな保険に入っていない人、私のような貧乏な外人、老人などがいつも診察を求めて街の診療所にやってくる。予約はドクターによっては2週間も3週間も先になる。普通の風邪などならすでに治っている頃だ。でも政府のかかりつけ医師の発行する処方箋を扱っているクリニックを探すのがまた大変。見つかっても私のように1ヶ月も2ヶ月も待たなくてはいけない。でも税金も払っていないのにこのような制度を使わせてもらっている私は文句など言えるはずが無い。待ちますとも、、、そのような感じで政府のかかりつけ医師からオペのために大きな病院へ送られた患者の数は膨れ上がる一方でうまくさばけていないらしい。オペ待ち時間は1年から5年と最近の新聞にかいてあった。オペを受けられなくて亡くなる人もいるのではないか?盲腸など緊急性のあるオペは優先になるだろうが、からくりがよく分からない。そんなに待てるものなのか?しかしコネなどが通用するらしい。正直者はバカをみるのだろうか?プライベートな保険はそんなことはない。はじめからそんな街の診療所になんて行かない。月々保険料を支払っている分、すぐに診察もオペも保険会社と契約のある病院で受けられる。地獄の沙汰も金次第。どんな時にでもお金のある方が有利なのだ。
2005年05月23日
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ポルトガル国内のサッカーのリーグ優勝が決まった。優勝はポルトのチームかリスボンのチームのどちらかということだった。結局はリスボンのベンフィカというチームの優勝が決まった。リスボンとポルトの人たちはお互いの事をよく思っていないらしい。理由は分からない。これは関東の人と関西の人がお互いをなんとなくよく思っていないのと同じなのか?彼はサッカーフアンではないのだが、リスボンのチームがポルトに勝ったことが嬉しいらしい。ポルトに打ち勝ったリスボンっ子は大喜び。街の何カ所かで花火があがり、夜中まで車のクラクションをならしたり、行進したり、街のオブジェによじ登ってチームの旗を振っている。私の住んでいる田舎でも歓喜の車のクラクションや花火が聞こえて来る。そんなにうれしいのか、、、夜中まで大人も子どもも男も女も入り乱れて大騒ぎ。ふと思った。もう夜中だ。明日は月曜日。子どもはもう寝ていなくてはいけない時間だ。大人だって明日の仕事に支障がでるだろうに、、、、そんなこと彼らは考えてはいない。もし少しでもそのような考えがあったら、この国はもっと発展しているはずだから。。。
2005年05月22日
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昨日の診療所で面白い事があった。彼がその場で心電図をとる事になった。看護婦が心電図をとり、後日専門医のコメントをいただくということだ。それからのやり取りが面白かった。看護婦『胸毛はいっぱいありますか?』彼『あるよ、ポルトガル人だから。』不安そうな彼女。というのは、胸毛がたくさんあるとジェルをつけても心電図の吸盤がよくくっつかないからだ。服を脱いだ彼の胸毛をみて、看護婦『えーー、いやだあ。いっぱいある。』彼『何言ってるんだ、胸毛が無いなんて花の無い庭と一緒さ。』と名言を吐いた。彼曰く、胸毛の無いアメリカの俳優などは男じゃない。それでもひるむ彼女に、彼『僕の心電図がうまく取れればあとはどんな人が患者で来ても大丈夫。』と、励ましの言葉をかけていた。無事心電図が取れたようだ。毛深いポルトガル人の男性をみなれているだろうポル人の彼女が、すごいと認める私の彼の胸毛は相当なものだと実感した。やっぱり、、、お口直しに本当の花畑を、、、、
2005年05月21日
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彼の具合が悪くて街の診療所に行った。急に太陽にあたって体温がコントロール出来なくなって風邪をひいたようだ。今年に入って4回目、多すぎる。免疫力が衰えているようで心配だ。総合病院はすべての保険を扱っているようだが、普通の風邪などではそういう病院にいかない。何か気になる事があったら、まずは街の診療所に行く。そこから、大きな病院への紹介や検査のために他の専門医のところへ回されたりする。彼は公務員でその手の健康保険を持っているが、それを扱う事ができる医者を捜すのはとても大変なのだ。彼曰く、政府の保険診療の支払いが遅く、診療所が取り扱いを嫌ったりするそうだ。もちろんそれを扱う医師の基準や資格などの問題もあるとは思うが、、、昔、彼が世話になったドクターはその保険を取り扱う事が出来る人だったが、彼が嫌っていた。その後、私が暇な時に電話帳を調べて電話をかけまくり、やっと今度のドクターを見つけた。最初に会った時は彼の方がびっくりしたようだった。というのは、彼女はアフリカ系の女医さんだったからだ。人種差別という訳ではない。ここにはアフリカのポルトガルの植民地から大量の移民が流れ込んでいる。ポルトガル人でさえ、高校卒業まで行き着く人はあまりいないのに(途中でドロップアウトする)、大学、しかも医学部を卒業し医者として働いている彼女にびっくりしたのだと思う。今でこそアフリカ系ポルトガル人をキャンバスでちらほら見かける事があるが、今彼女は44歳、当時ではとても珍しかったのではないだろうか。彼女はとても親切でフレンドリー。彼が今まで世話になったポル人医師たちのようにお高くとまったところがなく、彼はとても気に入ってその後3回お世話になった。大きな総合病院の救急外来でも働いており、そこへ訪ねて特別に診察してくれた時もあった。健康が一番で本当は彼女のお世話をかけたくないのだが、弱っている時には頼りにしてしまう私たちなのである。
2005年05月20日
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ポルトガル人はとても子ども好きだ。家族は人目もはばからずに子どものほっぺたにものすごい音を立ててキスをする。ここに住み始めた頃、電車の中でものすごい音だけが響き渡ってきて、何事かと胸がどきどきした。電車を降りる際に母親と赤ちゃんのスキンシップだと知ってホッとした。同時に、日本では、特に公共の場ではそういう愛情表現はしないから、びっくりもした。2週間程前の事、幼児虐待で5歳の女の子が亡くなったとニュースが流れていた。実の父親と祖母に虐待にあったようだ。きっかけは下らない質問から始まったそうだ。バネッサは誰が一番好きなの?との問いかけに、5歳の女の子はそれまで育ててもらったゴッドマザーの名前を言った。両親の離婚後、彼女の短い人生の大半を一緒に過ごした優しい人の名前、でもその人は去年病気になりクリスマスあたりから父親と祖母に引き取られた。女の子の答えに腹を立てた二人は暴行をくわえ始め、何度も何度も同じ質問を繰り返したそうだ。そう、死ぬまで。見つけられた時は頭部骨折、熱いお湯をかけられたための全身火傷、解剖の結果古い骨折の後がいくつも見つかったという事だ。5歳の子ども相手にこの手の質問の答で腹を立てるのはおかしい。死に至らしめるまで虐待をエスカレートさせるのも病気だと思うけど。。よくお父さんとお母さんとどっちが好き?と幼い子どもに質問する若い夫婦がいる。子どもって正直だからあっさりその質問に答えたりするものだ。たまにしか遊んでくれない父親を名指ししたりして真剣に怒った友人がいた。いつも私が世話しているのにどうして?と。こういう質問って愚問だと思う。ポルは人口に対する幼児虐待で死亡する子どもの数がヨーロッパ1多いそうだ。知らなかった。貧困が根底にあるのか?この国では中絶は禁止されているし、予定外に産まれてきてしまった子どもは貧乏な家庭でははっきり言って邪魔なのだろう。その反面、ポルの子ども達はヨーロッパで2番目に肥満だとか。これはお金を持っている家庭の話なのか?とにかく甘いものの消費がすごいと思う。両親が共働きの家庭が多く、学校の売店で食べ物を買う事が多いのだが甘いお菓子がほとんど。両親共働きで祖父母が放課後の子どもの面倒を見ている場合、おやつなどに甘いものを無制限に与えている。これは彼の甥っ子(写真)を見ているとよく分かる。食事前なのにお腹がすいたと言って、夕飯まで我慢しなさいと言う人は誰もおらず、おばあさんかおばさんがチョコレートドリンクとチョコレートクリームをべったり塗ったパンを与えている。チョコだらけで見てると吐き気がする。こんな調子なので肝心の夕飯は食べられないで、ちゃんとした栄養がとれていない。共働きで普段両親がいないので子どもに甘くなり生活態度などをコントロール出来ず、食事などにやかましい事を言わなくなる。食事も肉やポテトフライなどカロリーの高そうなものが多い。ちびでおデブなポルトガル女性の太りやすい遺伝子を持っているということも一因だとは思うが、、、、さて、もうしばらくポルの子ども達を観察してみる事にしよう。
2005年05月19日
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オレンジの花がそろそろ終わりを迎えている。蜂が忙しく花から花へ飛び回っている。去年は枝を剪定したのでたった一個のオレンジしか出来なかった。今年は枝も成長し、狂ったように花をつけた。しかしオレンジの木の高さは2メートル程。もし全部のオレンジが実をつけたら太くない枝は重みで折れてしまう。それに味にも影響が出そうだ。大収穫は嬉しいがどうにかせねば、、、レモンの木は今年植えたばかりなので、たった3個の花のつぼみしかつけなかった。花が開いてすぐ大雨が降り、写真を撮る暇もなくあれよという間に散ってしまった。花の命は短いとは本当だ。オレンジの花はこの時期結婚する花嫁のブーケまたは飾りなどに使われる事もあるそうだ。匂いもいいし、純白で可憐な花だ。オレンジの収穫は来年の1月か2月頃。今からわくわくしている私なのである。
2005年05月18日
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今月末で私のヴィザが切れる。3年前にドイツからここへ来た時は学生ヴィザだった。お互いの事、お互いの国をよく知らないのに最初から結婚という形をとるのはリスクが高すぎるので、語学学校に通いながら一緒に暮らし言葉、文化などを学び、二人でやっていけるか様子を見ようと言うのが始まりだった。ここでは2年以上一緒に暮らしたら事実婚のように認めてくれて滞在許可をもらう事ができる。我々も2年以上一緒に暮らしているのでこの申請はかなり前にすませてあった。最近移民の数がとても多くて申請の許可を出すのにかなり時間がかかっているらしい。私の許可が下りるのはまだ先になりそうだ。学生ヴィザがきれても次のヴィザを申請中という事でその結果が出るまでこの国にいても違法じゃないそうだ。ここまではほっとしたのだが、国外にでたら再入国出来ないかもしれないというのだ。えー、結果が出るまで動けないということなのか?国内軟禁状態??年末まで国外に出る予定は無いとはいえ、哀しい気分。今ここで結婚しても、申請するヴィザは同じ。つまり今申請しているものよりも申請日が遅くなるため後回しになるようなのだ。どうやらこのまま待つしかなさそうだ。先日行った病院の待合室で、見てすぐ東ヨーロッパからだなあってわかる女性と話す機会があった。色白の肌に金髪。ウクライナ人でした。話してみるとポル人の彼と一緒に住んでいるらしい。結婚はしておらず、旅行者ヴィザで3年前に入国してそのまま違法滞在。彼と2年以上一緒に暮らしているので、私と同じ滞在許可を申請中とのこと。彼と一緒に住んでいるけど彼から金銭的な援助はなく、生活は結構大変のようだ。ヴィザ獲得のためだけに一緒に住んでいる感じ。彼女には国に残してきた15歳の娘がいるらしい。今は週3回家政婦の仕事をしてお金を稼いで送金しているらしい。就職してもっといいお金を稼ぐにはいまある不法滞在を合法に変えなくてはいけない。その意味でも滞在許可は必要だ。彼女が私に先進国からこの国に来るなんて信じられない、日本はそんなに暮らすのが大変なのか?と聞くので、私は彼とドイツで知り合ったからここへ来たのよって言ったら、あら愛があるのね、真剣なのね、って言ってた。彼女からは彼との生活にそれが感じられなかった、、、ヴィザさえ取れればあとは彼の元を離れてどこかへ行ってしまいそうな感じがした。彼は娘のことを助けてくれないし、この先どうなるか分からないって暗く顔をして話していた。彼女はよくよく話してみると私と同じ歳だった。もっと年上に見えたのは苦労しているからなのか、、、東ヨーロッパの出稼ぎ者の苦労話の一面を垣間見た感じがした。多くの東ヨーロッパ出身の女性が国道沿いや夜の街角に立っている。ラテンの男は色白金髪が好きだそうだ。前にニュースのルポをやっていたのだが、お値段は田舎の国道沿いでは10ユーロ、夜の街角例えばポルトなどでは25ユーロだそうだ。1ユーロが140円として、、、安すぎる。もちろんピンキリでリスボンには一回で700ユーロ稼ぐ高級娼婦もいるようだから、、、客の40%がコンドームをつけないとテレビで言っていた。怖い。あの彼女も生活苦からそのようなところへ足を踏み入れないかちょっと心配、そして少し哀しくなった。
2005年05月17日
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午後に美容院に予約を入れてあったので行ってきた。近所のおばちゃん達の憩いの場みたいな美容院だ。ここで若い人に会った事は無い。今日も田舎にしてはお洒落なおばちゃん達が部分染めをしていた。この美容院に落ち着くまではいろいろ試してみた。平均所得が低いポルだがリスボンは物価が高い。シャンプーカットの値段は37ユーロ(現在1ユーロ=136円)、日本とそんなに変らない。その後行ったショッピングセンター内の美容院は20ユーロ。担当になったゲイの美容師さんはすごくヘタでもう二度と行かなくなってしまった。その後この辺りで聞き込みを入れてこの美容院に行く事になった。腕は田舎にしてはまあまあと思う。でも言葉でうまく表現出来ないのかいつも出来上がりはうううーーむといった感じ。写真を持っていって見せるが微妙なところがいまいち。でも仕方がない。安いので文句も言えない。お値段はシャンプーカットで12ユーロ。相場は地域でかなり異なるらしい。彼の田舎ではお母さんは7ユーロ払うと言っていた。お父さんは5ユーロ。やっすーい!あそこの散髪屋はすごいレトロでいい感じ。いつか写真に撮ってみたい場所だ。で、彼の散髪代はというと、ゼロである。私が機械を使って切っているからだ。無精者で予約をとるのも、その時間に行くのも嫌なのだそうだ。自宅で切るのならいつでも好きな時に散髪出来る。でも素人の私は人の髪の毛を切るのが怖い。毎回手が震える。彼のご希望は、私の察するところ渡哲也とかゴルゴ13みたいな頭頂部が平で角ばったヘアスタイル。そんなの出来ない。ここで彼の希望通りのヘアスタイルを仕上げてくれた人はいないそうだ。日本に行った時にやってもらえばいいのに。日本の床屋さんはそういうヘアスタイルは得意だと思う。私は何回やっても頭頂部を平にする事は出来ないので、最近では私は周囲のみ担当、彼は頭頂部担当になった。そういう訳で彼のヘアスタイルは我々の合作なのである。お洒落に事欠かない外国にすんでいる人は別として、そうでない国に住んでいる日本人女性は同じように美容院を探すのに苦労しているのだろうか?もしくは日本一時帰国の時まで長い髪を維持するとか、、、スリランカでは一度行った美容院にこりてその後半年ほどのばし続けたことがある。帰国時は野生児のようだった。もし美容師の資格を持っていたら、海外で携帯電話一本で商売をする。美容院なんて構える必要なんてない。日本人女性のために自宅に訪問してカット、髪のセットなどをする。ドイツでもカットのうまい美容師さんに恵まれなかったので、人づてに聞いて東欧からの移住者で美容師の資格があり現在失業中の女性のアパートにいってカットしてもらっていた。彼女のシャワーを借りて髪の毛だけ洗って、玄関先の大きな鏡の前で小さな椅子に座ってカット、カットした髪は掃除機で吸い取る。自宅でも十分できる。同じ日本人だから現地の言葉が出来ない駐在員の奥様にも受けると思うけど、、、
2005年05月16日
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天気が良く、風も良好だったので家の裏の原っぱにニーナちゃんをつれて凧揚げに出かけた。いつも羊が草を食べにくる場所だ。歳をとった羊飼いのペーターもいる。ニーナはジャーマンシェパードのメス犬。今年で6歳になる。凧揚げなんて久しぶり、小学生以来だ。風はいい状態で凧はぐんぐん上がっていった。もうこれ以上上がらないぐらいに糸を使い切った。面白ーい。今度はもう少し本格的なのを買ってみようか。糸が2本ついていて操縦できるやつ。なんて言うなまえなんだろう。その凧の風でサーフィンをするスポーツもよく海でやっている。ポルは風もいいし、海岸が広く長く続いているのでどこでもマリンスポーツは盛んだ。ニーナは私と彼の間を行ったり来たり、途中で見つけたテニスボールを口に嬉しそうに走り回っていた。帰って来たら彼女はかなりお疲れのご様子。お気に入りの枕のポジションを決めベッドに横たわってしまった。そりゃそうよね、彼女は行ったり来たり、我々より3倍以上あるきまわっているんだもの。
2005年05月15日
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今日は13日の金曜日か。。。特別用事もないのに車で出かけて事故にでもあったら嫌だし、今日は家でおとなしくしていよう。掃除をすることにした。二人で住むには広すぎる家なのでゲスト用のバストイレや床のモップがけなどを含めると4時間ぐらいかかってしまう。今日はカビを発見したので退治にまた時間がかかってしまった。この辺は湿度が高く、周りにコルクの木や他の植物もあってカビが発生しやすいので気をつけていないととんでもないことになる。近所の奥様方は兼業主婦のみならず、専業主婦の人までもお掃除おばさんを頼んでいる。特別な事ではなく普通の事のようだ。アイロンがけや窓ふきなどもしてくれるそうだ。いいなあ、窓ふき。。やって欲しいな。昔、友達がお掃除を人に頼んでいて、一日働いてもらって30から35ユーロ位払うと聞いた事がある。もちろん地域や家事の内容によってお値段は変ってくるのだろうけど、、、、家のポストにはしょっちゅう『家事やります』という個人広告が入っている。先日知り合ったウクライナ人の女性も週3回この地域で働いているって言ってたなあ。近所では60歳くらいのミセスダウトみたいなおばちゃんを雇っている人が多い。経験重視ということかな。ここに住み始めた当初は、私は近所から中国人の住み込みのお掃除おばちゃんと思われていたのではないだろうか?彼らにとってはアジア人=中国人だからね。きっとそうに違いない。彼は他人に掃除を頼んだりするのが嫌いな性格である。理由は自分がやるほど他人はきれいに掃除出来ないから。彼が掃除すると家がとてもきれいになる。完璧主義者だからだろう。これを他人に求めたら相手が根をあげるだろう。私は、、、ほどほど主義者かな。はは。昨日は誕生日だったので彼が深紅のバラの花束を買ってきてくれた。普段は花より団子の私も彼の思いがけない行動が嬉しかった。初めてドイツでバラの花束をもらったときに恥ずかしかったのと戸惑いで、もらった花束をよく見もせず、お礼だけ言ってすぐ車の後ろの座席に置いてしまった。そのとき彼はがっかりしたようだ。彼は私のその行動をよく覚えていて時々その話をする。その時の私は、語学学校のクラスメートにどうしてこんな事するのかな、やっぱりラテンの男だわ、気をつけなくちゃと頭の中でぐるぐる考えていたのだった。夜になって、彼の家族が入れ替わり立ち代わり電話をかけてきてくれた。嬉しかった。『また歳をとったんだね』と言われれば『何を言ってるんですか、一つ若くなったんです』と切り返す自分の中にオヤジの部分を感じてしまった。肉屋のおじさんに『menina(若い女の子の意味)』と呼ばれたので私もまんざらでもないと嬉々として彼に自慢するが、それは普通の事といわれてがっくり。そうか、日本でも八百屋のおじさんが自分より年上の女性に『お姉さん、買っていってー!』って言うのを思い出した。同じシーンだったのね。とほほ。
2005年05月13日
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今朝起きたとたん『可哀想に、歳とっちゃってー』とベッドにいる彼から声がかかった。そうだ今日は誕生日だ。ポルトガルに来て2回目の誕生日を迎えた。昔ほど誕生日を迎えるのが嫌ではなくなっている、というかいつもと変らない自分で誕生日を迎えるようになった。年齢的にも誕生日でわくわくしたり落ち込んだりしなくなったということだろう。でも独りだったら誕生日は嫌なんだろうな。今日は料理を作らなくていい日。彼が夕飯を作ってくれる。ラッキー。ああ、生クリームののったイチゴショートケーキが食べたい。ここでは無理。私にはお菓子作りのセンスが無いのでスポンジケーキが成功した試しがない。しょうがないのでバナナと紅茶のパウンドケーキでも焼いてそれに生クリームをトッピングするしかない。次回日本に帰国するまでイチゴのショートケーキはおあずけだ。昨日の夜の大雨でオレンジの木の花がだいぶ散ってしまった。庭がほんのりいい香りだったのに残念。今はレモンの花が咲き始めたところ。
2005年05月12日
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昨日ラジオで『今日は嬉しいニュースがありまーす、信じられないかもしれないけど明日は雨が降りまーす。』ってうひうひDJが語っていた。そう、ここは今ひどい雨不足、水不足。例年冬、そして4月と雨が多く降るのだけど、全くと言っていいほど降らなかった。ダムも底のほうまで見える状態。なにやら南部では水不足のため乳牛が食べる草が無く、牛乳の生産が大幅に減ったとか。リスボンのおじいさん達も未だかつてこんなに雨が降らなかった年はないって言っていた。野菜や果物の値段が上がるんだろうな。もしかして今年の夏は雨降りになったりして、、、そうなると海きちがいのポル人たちの夏休みが困る。ワインの生産品質にも影響が出て来るし、、、やはりいつもどおり、程々というのが一番いいのだろう。予報通り雨は降ったけどまだまだ焼け石に水なのだ。スリランカのホストマザーからバースデーカードが届いた。そう明日は私の誕生日。彼女は高校時代に1年間お世話になっていた家のお母さんで今でも毎年カードをくれる。ありがたいことだ。今はアメリカに住む娘夫婦と孫に会いにオハイオ州に行っているらしい。私の誕生日にはホストシスターの家にいるからと電話番号も書いてきた。これは電話をかけて来いということなのだろう。すっかり現地語を忘れてしまったが勇気をもって電話をかけてみようか。私が結婚したら新婚旅行にスリランカに行くという約束は未だに果たせないでいる。それは結婚していないということもあるが相手が二の足を踏んでいる。怖いそうだ。私も今は勇気がない。スリランカは一時ポルトガルの植民地だったのでポルトガル語の単語、ポルトガル人の名字、ポルトガル人の建てた建物など交流の跡がたくさんある。ポルトガルに住む事になってはじめて、あのとき何故私がスリランカに行ったのか分かった。だからいつかまた訪ねてみたい。今度のダカールラリーは12月31日にリスボンを出発するそうだ。サッカー以外にも話すネタがスポーツニュースで出来たようだ。
2005年05月11日
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ついに始める事にしました。ポルでの生活、思った事、こちらのニュースなど書き留めておきたいと思うのです。
2005年05月10日
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