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世界は回る。血が流れようが世界は回る。人が死のうが世界は回る。僕が悲しくても世界は回る。貴方が悲しくても世界は回る。雨が降っても雪が降っても風が吹いても。この銀河系は時速何百キロというスピードで動いている。終着点はブラックホール。とても大きなブラックホール。ブラックホールは球体。脱出速度がもの凄くて光さえ脱出できない。だから暗いんだ。宇宙の構造は網の目状になっていて、80パーセントがダークマター。ダークマターは暗黒物質。では僕らの目はどういう経過を経て光と言うものを認識したのだろう。眼球があるから、瞼を閉じても光を感じられるわけで、始めから眼球が無ければ光は感じられない。もちろん、ニュートリノ等の透過性の高い光ならば何か感じられるかもしれないけれど、「見る」という機関では無に近い。これらのことをふまえて考えられるのは、僕らは始めから眼球を持っていたのか、あるいは、以後誰かの意志によって眼球が突如として出現したか、ということ。始めから、と言うのは生物が誕生した瞬間だ。その時既に意志を持ち、眼球を欲していたのだとすれば、単細胞と言うのはどれだけ切れ者なのだろうか。「誰かの意志」だとすれば、その「誰か」は誰だろう。物質を組み合わせることができたって、それを機能として使うのはもの凄く難しい。ぼくの考えとしては、後者だと思う。だけれど、僕らを作ったのはやはり誰なのだろう。眼球と言う一つの機能を持たせたのは誰なのだろう。そこに景色があり、光があり、物があり、地面があり、空があり、雲があることを彼らはどのようにして知ったのだろう。知ってから気付いたのか。気付いてから知ったのか。ややこしいことは抜きにして、これらは不思議。そして、ほとんどが闇で覆われているこの宇宙で、光を生み出す、あるいはそれを認識する、と言うことは奇跡に近い。存在するものは存在する。存在しないものは存在しない。何故存在しないものは存在しないのか。存在するものは存在した瞬間、終わりを約束される。無は永遠だ。始まりのある永遠なんてものは無いんだよ。だから昔の人は考えた。循環説。輪廻転生。地動説。全ては回っている。この宇宙が膨張宇宙で、いつか終ることになってしまっても、永遠の流れの中にあるのなら永遠に存在する。生と死。善と悪。楽と悲。愛と哀。相対的と絶対的。普遍と特殊。全てはぐるぐる回っている。昨日と今日と明日も同じ。去年も今年も来年も同じ。変わっているのは人間だけ。自然は回る。世界は回る。宇宙は回る。時間は回る。僕達は止まる。
2006.02.27
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答え 自分が殺されたらたまったもんじゃないって事じゃないのか。理論に感情を入れちゃいけないって誰が言ったの?それは定義?人間がなにか考えること自体、既に感情的じゃない。だから殺されることが「嫌」ってのは立派な理由になると思うんだけど。どうしてテレビとかのディスカッションでこんなのが議題に挙がるのか全くわからない。人間は基本的に感情と欲情で動いてんだからわざわざそれを消す必要は無い。殺されたい人がいたら殺したい人がその人を殺す。別にそれはおかしいことじゃない。おかしくないことをおかしいことに無理やり理論付けていれば、どこかで必ず矛盾が生じる。だから人が人を殺したいって思う感情はとても大切なもの。決まり文句だけ押し付けて勝手に死刑にするな。どうせなら殺したい人に殺させてあげればいいのに。殺された家族でもなんでもいい。それは誰の責任でもない。みんなの責任。責任は連鎖する。だってみんな繋がってるからね。肉体的にも精神的にも。「だから一人で生きる」って言ってもどこかで必ず繋がってるんだから、一人で生きさせてあげればいいのに。場所が変わっても、切れないものは切れないんだよ。死んでも切れないものは切れないんだよ。言葉ってのは、存在した瞬間に意味を成す。言霊は存在する。だから軽はずみな言動は止しなさい。言った以上はみんなの責任になる事を、本当の意味で理解しないといけない。それは自分の一部だってこともね。なにも身体の一部が自分の一部って事じゃない。もっと自由に考えよう。考えれば考えるほどほとんどのものに意味など無いことに気付くだろう。でも意味など無いってことは、意味など無いっていう意味がある。だから意味がないってことも大切な理由。間違えて併用している人が多い。見せ掛けの、ペラペラしている看板だけ抱えて何をわめいているの。何を叫んでいるの。そんな言葉が世界に含まれる。どうせならそこで乱さないで欲しい。自由。ちなみに自由って言葉は夏目漱石が外国語から訳した言葉です。それまでの日本の自由って言う言葉の意味は「好き勝手」もし夏目漱石がこの言葉を訳してくれさえなかったら、もうちょっと規律のとれた国になっていたと思う。いや、逆の場合もあるか。・・・どうでもいいね。
2006.02.26
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僕はウソツキが好きです。中途半端なウソツキじゃないです。とことんウソツキな人が好きなんです。身体も心もどこでもいい。とことんウソツキな人は立派、とさえ思います。だって綺麗過ぎるとつまらないじゃない。A「私綺麗でしょ?」B「うん。何も無いからね。」これじゃあ、みもふたも無い。何も始まらないし、終らない。ただずっと同じ時間が流れていくだけ。汚い部分(それが汚いかはわからないけど)があるからやっぱ生きていける。汚い部分が無かったら生きていけない。だから、子供っていうのは一番汚いんだよ。綺麗。綺麗じゃないものをそこから取り除いたから綺麗になった。ということは取り除く時に、綺麗じゃないところを切り離すだけの意志が無いとできない。なんで大人って言うのは子供を綺麗にしたがるんだろうね。自分のルールを子供に押し付けるんだろうね。汚れを知らない子供は、綺麗にならないことをわかってないのか。真ん中。真ん中だと一番汚れないかもね。頭と尻が支えてくれているから。「俺は幸せなんだ」って言うセリフが妥協にしか聞こえないのは何故だろう。しかし、彼らがいないと社会は成り立たない。ベイベーイエローモンキー。情報ってのは止まってる。だから体験談をいくら身体の中に入れたって現実に繋がらないことが多い。非現実。非日常。この二つの言葉は同じじゃない。だから僕らも今を生きるしかないね。未来も過去も考えたってしょうがない。全部含まれてる。点では区切れない。だから、綺麗になろうとしたってもはや無駄さ。 って話。
2006.02.25
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仮定 「宇宙に果てがあるとしたら・・・」宇宙に果てがあるとしたらそのまた外に宇宙がある。そして、その外の宇宙の外に果てがあるならばまた宇宙がある。というように、ぼくらの膨張宇宙は永遠に続いていく。何かとてつもない大きさのものでも、それを受け入れる容量があるものがなければそれは存在しない。僕らがここに存在できるのは、ここに存在できるだけの空間があって、存在できるだけの家族があって、家があって、金があって、体があって、精神があるからだ。どれかが省かれていようと、それは人それぞれだ。でも、存在するものがすべてその容量の内にあることは確かだ。僕らの宇宙を受け入れているものがあるならば、やっぱりそれはすごいこと。人間なんて本当にちっぽけなことでさえ受け入れられないことがあるんだから。だから戦争は起こるし、人が人を殺すし、物を盗むし、人を騙すし。それが生きるためならば、僕は完全に否定はしない。しかし、それが利害によって引き起こされているのならば、やっぱりちっぽけなこと。宇宙を考えられる人間の精神はそんなにちっぽけなものなら、残念なことだと思わないだろうか。友達が、彼氏(彼女)が、妻(夫)が、親が、兄弟が。。。人への責任ばかり探さないで、素直に物事を受け入れることが出来ないか。簡単には無理だろうねぇ。だって精神には物質が関わってくるんだもの。(精神は、二種類ある。考える精神と感情の精神だ。感情の精神はおそらく、脳内物質がひどく関連している。だからいくら考えて行動しても、スケジュールってのは上手くいかない。感情と物質がどちらが先か。鶏と卵みたいなものだろう。)僕らが生きているこの世界。時間が一定じゃない。次に話すつもりだけど、例えば時間が止まるとする。でも時間が止まっても時間が止まった分の時間は動いているんだよね。宇宙と同じくらい大きなものだけど、時間が動いた瞬間(あるいは動いた瞬間)永遠に一瞬に時間の外にある時間が増えていくんだろう。話は脱線したけど、要するに僕が言いたい事は、受け入れるって大変なことなんだなぁ、と。存在することって大変なことなんだなぁ、と。改めて思い知らされました。宇宙の事を考えて、まさかここに辿り着くなんて思いもよらなかったです。だからさっき日記で簡単に書いてしまったわけです。空想にふけるのだっていい。しかし、数々の有名なファンタジーの中には、やはりいろいろな生への考えが詰まってる。僕が思うに、現実に通じない理論は何処までいっても屁理屈でしかない。だって生きているわけでしょ?生きていることに通じなければ、だれにもそれは通じない。共感されない。だから言葉で自分の考えを伝えるって事はとても難しい。今回の日記も、いろいろな考え省いています。だって書くの面倒くさいしね。誤字脱字は直すの面倒だし。取りあえず、当たり前のことを理解することがとても難しい。みんなそのこと気付いてる?
2006.02.19
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君達気付いてる?宇宙の果てがあるってことは、そのまた外に宇宙があるってことなんだよ。僕の頭の外に世界があるって事をやっと理解できました。
2006.02.19
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ハルは毎日同じ事を繰り返した。朝起きる。マーガリンとジャムをたっぷりのせた香ばしい匂いのするトーストを食べる。顔を洗い、歯を磨き、髪を梳かす。渋谷で買ったハルの体には見合わないくらい大きなTシャツを着て、それとは裏腹にちょっと高めのジーパンを穿き、海に出かける。日本人と外国人が同じくらいの割合でビーチで寝転んでいる。あちこちでパラソルが開いている。ビールやらコーラやらジュースやらがはじける。サーフボードを持った若い男達が波を掴もうと泳ぎ続けている。親子連れが多い。カップルも多い。何をするにしても、一人でいる奴はほとんどいない。そんな光景をハルは毎日見る。海で泳ぐ時もあれば、一日中こうして椰子の木の日陰で海を眺めている時もある。海が凪ぐ時の風が気持ちよかった。求めれば彼らは応えてくれた。太陽は相変わらず強い光線を出し続ける。昼は近くのレストランで軽く済ませた。なにしろ体力を使っていないのだから腹は空かない。体にとってはいい迷惑なんだろう。とハルは思った。夕方になると海の見えるカフェに入った。海を眺めたり、本を読んだり、店内の移り変わる「変化」を見たり。何が楽しいのだろう。しかしそれは彼らが考えればいい。どうだっていいことだ。日が沈むにつれ沿岸に灯が灯っていく。何かを待ち続けているのか、あるいは何かを守っているのかは知らないが、それは美しかった。完全なる夜が訪れると、バーに入ってカクテルを飲んだ。無性に体が乾き飢える。飲むたびにカクテルの種類を変え、意識がなくなるまで飲み続けた。しかしどんなに意識がなくなろうと次の日になれば、マーガリンとジャムをたっぷりのせた香ばしい匂いのするトーストを食べていた。一週間ほどそれは続いた。
2006.02.12
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「ジャンレノンだ」音にならない声で男はそう言った。「僕はジャンレノンだ」男は繰り返した。コートからおそろしく細く長い腕を出し、闇の中からコーヒーカップを取り出した。初めてその光景をみるハルにとってもそれは至極自然な行為だった。「君のぶんもあるよ。砂糖とミルクは要るかい?」「あぁ、あと椅子ともっと大きなテーブルが欲しいな。それと出会いを祝して何か美味しい物を食べよう。腹は膨れないし体に含まれないから、いくら今日たくさん食べたとしても食べられるはずだよ」「テーブルクロスとナイフとフォークを二組ずつ」「ワインでも飲むか」「肉はミディアムレア」「前菜は野菜と魚を適当に盛り付けて」「コーンスープ?要る」「やっぱり要らない」男は何かぶつぶつと呟き続けた。その度に長い腕は闇の中から言葉に出てきたものを取り出した。腕は三本になったり四本になったり一本になったりした。それらはもの凄いスピードで何かを形作っている。まるで一つの生き物のよう。「ジャンレノン」そう、ジャンレノンの意思とは関係ない独立した機関として動いている。それぞれに意思と意志を携え、懸命に自らの生命を削るように動き続ける。ハルはそう思った。この部屋に入ってからは不思議と恐怖はなくなっていた。今にもこの場から逃げ出したいわけでもない。そしてハルは意味も無く「ジャンレノン」に共感する。共鳴と言ってもいいだろうか。デジャヴに似た感覚。ひどく彼は懐かしい。まるで彼が私の――――――――――――。「さあ、座ってくれ」ハルとジャンレノンは向かい合うように座った。シルクハットと首まで突き上げたコートによって顔はほとんど見えなかった。口と額。口はいつも耳まで裂けるような笑みを浮かべ、額の時計は血で滲んでいた。「ドアとは不思議なものだ」と彼は言った。「世界を繋げるものであるのと同時に、世界を断片化させる存在でもある。あちらの部屋とこちらの部屋とではいわば別世界だ。扉を閉めれば世界から独立した空間。何者も拒まず、何者も追わない。しかし、その空間は全て一つの機能しか持たないドアから生まれる。部屋にいくつドアがあろうとも、ドアはそれぞれの独立した空間と自らを一部分と化している空間をつなげている。いくつあっても足りないものであるし、いくつあっても無駄なものだ。ドアとは、そう言うものではないかね」彼の言葉は音にならない。しかし、音ではない何かの物質によってハルには届く。彼が口をあけると周りの音は全て消える。ひどく脈打つ心臓の音さえ聞こえない。ハルは右手を握る。「以前にもドアを理解した奴が此処に着たんだ。でもダメだった。ヤミモノにやられてしまった。僕がそれを見つけたとき、彼はめちゃくちゃに殺されていた。開くドアを間違えれば当然この結果になる」彼は闇から人間とおぼしき何かを取り出した。「これが彼だ」それを見たとき、ハルは体に貯めた一日分の食糧が喉を駆け上ってくることを感じた。髪は毟られ、頭蓋骨は割られ、中にあるべきものは全て取り出されていた。「奴らは脳味噌が好物なんだ。頭に穴を開けてね、チュルチュルと長いストローで吸うんだ。見てて気持ちの良いものじゃない」体はおぞましいほどにビリビリに引き裂かれていた。貪ったのだろうか。牙のような痕が体にいくつも見られた。「次に好きなのは性器だ。そのまま齧り付いて食べる。あれは食べているのだろうか」ジャンレノンは悲しそうに上を向いてそう言った。ハルは目を背けることを許されなかった。金縛りのように、体は力を失い、分散されていた。頭の隅から爪の先までハルは嘗め回すようにそれを見た。「君が彼を見るとき、君は自分の事を見ている。だから君は目を背けられないんだよ。」とジャンレノンは言った。「ひどいものを見せてしまったね。」彼はそれを小さく折りたたんだ後、闇に投げ捨てた。そしておもむろにナイフとフォークを手に持った。「繋げる世界があることを君には知って欲しい。君らは繋がる世界にいるけれど、その世界があるのは繋げる世界があるからなんだ。彼は結果がどうであれ扉を開け続けた。それは永遠に近い作業だった。でも彼は開け続けた」ハルは彼の言葉を体に受け続けた。ここは現実ではない。ハルはそう思いたかった。「一つの考えがあったとする。しかし、その存在が認められた瞬間、それは二つの考えになる。表と裏はいつまでも並行する。だから君には知って欲しい。君のために扉を開け続けて消えたものを。」ゆっくりと、恐ろしいほど丁寧にナイフは肉を裂いていく。「どうすればいいの」とハルはやっとの想いで声を出した。「どうもしなくていい。君が何をしても何も変わらない。起こることは起こるし、起こらないことは起こらない。」「君は鳥が鳴くことを止められるかい?」と彼は言った。「君はこれからいくつもの要素を見ることになる。それはあくまでも君を形作る要素。他の何ものでもない。集合体を形成する諸要素たち。ドーナッツでも食べる?カリカリして美味しいよ。」ハルはカリカリとしたドーナッツを三つ食べた。「ハロー」彼は音にならない声で、最後にそう言った。
2006.02.11
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星の光は波に揺れる。そしてハルの体を這っていく。まわりに建ち並ぶレストランの光は、その空間を幻想的に映し出していた。「きれい」夜のプールも悪くない。日本とは違ってここは静かだ。ハルはプールに浮かんでいた。泳ぐこともなく、ただ体を任せていた。「わるくないだろう?」と男の友人は言った。彼はマサシとハルに名乗った。戦後のどさくさに紛れて祖父がこの島に辿り着いたんだ。そしてこの島に身を落ち着かせた。僕は彼の孫だから日系三世にあたるね。母親はこの島の生まれ。僕の家族の唯一のアメリカ人だ。まぁ、僕も国籍ではアメリカ人だけどね。でも時々もの凄くリアルに日本人の血を感じるときがある。言葉では上手く言えないんだけど、それは確かにある。いつか君にも感じるときが来るよ。いや、確実にそれは来るだろう。現に今、このハワイのオアフ島に来ている時点で君は感じているのかもしれない。でもそんなことを恐れる必要は無い。僕らは日本人の以前に人だ。人でしか僕は無い。「ふーん」とハルは言った。彼はウェイターに頼んでカクテルを二つ持ってこさせた。「青い珊瑚礁」「なにそれ」「このカクテルの名前」と彼は言った。あまりカクテルを飲まないハルにとって、それは表現のつかない味だった。飲んだ液体はハルの体を静かに流れていった。月を仰ぐように雲は流れる。一日でいろいろなところを回った。海岸を車で走り、街々の小さなレストランに入った。どれもこれも美味しかったわけではないが、食べることにいくつもの諸要素が含まれていることをハルは感じた。食べることには意味がある。生理的に食べるだけでは食べる意味は無い。と彼は食べる度にハルに論した。ただ、アルコールを昼間から入れることに小さな喜びを感じた。店を出ると形の違う大きな入道雲がハルたちを迎えた。空は青々と透き通っていて、宇宙が本当に黒いものか疑問に感じた。一周し終えたところで、映画館に入った。今一番人気、というやつで期待通り面白くなかった。その映画は、憧れのヒロイン、恋に悩む青年、彼らに人生の兆しを与える死に掛けた祖父、そして物語には関係ない事件が多発。それに巻き込まれ、最後はヒロインが死ぬ。途中、青年がある女と寝ているところをヒロインに見られてしまう、なんとも時間軸がずれているシーンがあったが、マサシは噴き出していた。「正義って自分勝手」「アメリカ?」「アメリカ」この世の中に、はっきりと判れた善悪は存在するのだろうか。浮気と言う言葉は人を裏切る言葉ではない。神への誓いを裏切る言葉だ。人は不確かな存在ほど確かに信じる。それは否定も出来なければ肯定も出来ないものだからだ。自爆テロも戦争も暴動も。神の名の下に。神の名の下に。ピナコラーダを4杯程体に入れ、プールから上がった。マサシは、僕はもう少し泳いでから帰るから先に車に乗って帰りな、と言った。ハルは待たせておいたリムジンに乗り、ホテルに向かった。運転手に一日分の料金と、100ドルをチップとして支払った。―御用がありましたらなんなりとお申しつけくださいませ―ホテルのベッドに座ると、土砂が体を覆いつくすように疲れがどっと沸いた。思えば24時間まるまる起き続けていた。さらには一日中アルコールを飲み続けた。疲れも出るはずだ。さっさとシャワーを浴びて寝よう。と思ったとき、自分がまだホテルのフロントから荷物を預かっていないことに気付いた。日本人だから忘れられたのかな。ハルはドアを開けた。長い廊下を歩く。血に染められたような赤い絨毯の終わりは見えない。エレベーターの前には誰もいなかった。下へ。スウィッチを押す。頭上の階ランプが上がってくる。チーン、というパンが焼けたような音を出してエレベーターは止まった。中には日本人のカップルがいた。そして楽しそうに腕を組んで降りていった。ハルはエレベーターに乗り込み1階のボタンを押す。扉は閉まる。ハルは8階の部屋に泊まっていた。時間と共にハルを含んだ無機質な四角い空間は下がり続ける。そして1階に着く。そこはエントランスではなかった。在ったのは「闇」無かったのは「光」ハルは間違えて駐車場まで降りてしまったと思ったが、階ランプはどの階も消えていた。どのスウィッチを押してもエレベーターは動かなかった。「二人目」闇の置くから地面を這うようにその声はハルに届いた。「早くこっちにきな。そこはもう止まっている」やれやれ。今日はもう疲れているんだ。別にそれは明日でも今日でも良かったんじゃないのか。わざわざこんな夜中に。とハルは思った。ハルは一直線に進んだ。右も左も上も下も感じられない。もはや眼球は本来の機能を失い、アメーバのような緑でも黄色でもない何かを漂わせている。地面の反動は感じられない。しかし、ハルは歩くしかなかった。後ろを振り向いても無駄な行為でしかない。次第に存在を確定させるその扉からは光が漏れ出していた。ハルは自らの手が何処にあるのかわからなかったが、ドアのノブを捻った。「やあ」扉から木のこすれる高い音が溢れる。「待っていたんだよ」光は大きなまとまりを作っていく。「君で二人目だ。でもまだ足らないんだよ」部屋の中は光に溢れていた。「そんなことはどうでもいい。ここは断片化された世界。」ハルはテーブルの脇に佇む小さな男を見つける。黒いシルクハットを被り、黒ずくめのコートを首まで上げて着ている。男はテーブルに手をついて立っていた。そしてその男の額には古い懐中時計が埋め込まれていた。
2006.02.10
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―僕の中には君がいて君の中には僕がいる―「唯心論かしら?」と彼女は言った。「そうだよ」と僕は言った。一つ傘の下、僕らは並んで歩いた。突然降り出した雨はあたりを一瞬にして闇に変え、体にねっとりと染み付くような湿気をもたらす。道を照らす灯りは淡い光を綿のように放出している。しかしそれはすぐに雨に滲む。雨は強くもなく、弱くもなかった。周りの音を静かにふき取り、自らの誕生の音を地面に打ち付けていた。僕らはおそらく宛ても無く雨の道を歩いていた。おそらくと言うのは、今や僕らにはそれを明確に確証付ける記憶も記録も物証も何もないからだ。この「時」の事を反芻することができるのは、この「時」より少なからず先の「時」である。しかし、それらと同時に、もしくはそれらと連動して僕らの過去は動いている。いや、それが言えるのは過去だけではなく未来もであろう。時間と言うのは液体のようなものだ。何処にでも流れ込む。「過去」「現在」「未来」何故僕らはそれらを「点」で区切ってしまうのだろう。時間と言うものを意識できるのは部分でしかない。断片化した時間は流れない。流動。「雨、長いわね」と彼女は言った。「それでも流しきれないんだよ、僕たちを。」と僕は言った。雨音は窓に当たる度に弾けて消える。光は時間が経過するごとに確実に侵食される。街には車のライトが溢れる。どこを照らすのでもない、ただの道標。人のニオいがからみついた風が意味も無く漂う。何故か僕にはわからない、でもそれは雨と共に激しく踊っている。タノシソウ。高層ビルの真下で蠢く僕ら。形を成さない笑いはもう止めよう。僕らにとって裸のまま死ぬ事が唯一の報い。子供は欲望の塊だ。大人は欲望の塊だ。では大人でも子供でもない僕らは一体なんなんだ。同じ生物だとしたら、僕らはどの服を着ればいいのだろう。服を着なければいい。あなたにはできますか?アナタニハデキマスカ?「雨が止んだわ。」と彼女は言った。「止まっただけさ。」と僕は言った。ベッドから窓を見る。始動。
2006.02.09
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