PR
カレンダー
カテゴリ
コメント新着
キーワードサーチ
川上未映子・村上春樹「みみずくは黄昏に飛びたつ」(新潮社)(その1)
川上未映子
さんという人は、 「乳と卵」(文春文庫)
という作品で 芥川賞
をかっさらい、 「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」(青土社)
という詩集で 中原中也賞
まで手にしたという才女。読んでいて 「カチン!」
と来るような鋭角の感性が漲っていて、それが 「大阪弁」
の響きと火花を散らしているといった趣がオリジナルな作風です。
ぼくは 「ヘブン」
(講談社文庫)、 「すべて真夜中の恋人たち」
(講談社文庫)
あたりまで追っかけだったのですが、 「ヘブン」
でクッションマークがついて、 「すべて真夜中の恋人たち」
で、なんだかなあ、という感じがつのって、ちょっとパス状態でした。
その 川上さん
が、あの 村上春樹
にインタビューしたのが、この本 「みみずくは黄昏に飛びたつ」(新潮社)
。
「ただのインタビューでは あらない 」
腰巻のキャッチ・コピーに、そう書かれていますが、 「そうかもしれない」
という気がしました。ぼくに、そう思わせた場面の一つがこういうシーンです。
連続インタビューの 二回目
に当たる 第二章「地下二階に関すること」
、このイラストに関する 川上さん
による質問が繰り出されているところです。
川上 村上さんは小説を書くことを説明するときに、こんなふうに一軒の家に例えることがありますよね。一階はみんながいるだんらんの場所で、楽しくて社会的で、共通の言葉でしゃべっている。二階に上がると自分の本とかがあって、ちょっとプライベートな部屋がある。 おわかりでしょうか。 川上未映子 さんは、ここで、彼女の 「村上春樹論」 を展開しはじめていますね。続けて彼女は、とても興味深いことを語っています。
村上 うん、二階はプライベートなスペースね。
川上 で、この家には地下一階にも、なんか暗い部屋があるんだけれど、まあ、ここぐらいならばわりに誰でも降りていけると。で、いわゆる日本の私小説が扱っているのは、おそらくこのあたり、地下一階で起きていることなんだと。いわゆる近代的自我みたいなものも、地下一階の話。でも、さらに通路が下に続いていて、地下二階があるんじゃないかという。そこが多分、いつも村上さんが小説の中で行こうとしている、行きたい場所だと思うんですね。
ここで吐露されていることは、小説家である彼女の、今、現在の実作者としての小説観だといっていいと思います。作品が書かれ、それが他者に読まれることに対する不安が 正直 に告白されています。 川上 自分自身に密接した場所が地下一階にはあって、それはわりに共有されやすかったりもする。私たち作家は、物語を読んだり書いたりすることで、それぞれが抱えている地下一階の部屋を人に見せ、人に読ませています。これが、自分自身のための作業落として、それらを味わったり、地下の部屋を見るだけなのなら、まだわかるんですよ。自分を理解するとか、自分を回復するというだけならね。でも、それを人に見せて読ませるというのは、すごく危険なことをしているようにも思うんです。
村上 なるほど。
川上 さらにそこから地下二階に降りていくこと。それも含めてフィクションを扱うということは、とても危険なことをしていると思っているんです。というのは、まず一つに、なんというかな・・・やっぱり、フィクションというものは実際的な力を持ってしまうことがあると思うからです。そういう視点で見ると、世界中のすべての出来事が、物語による 「みんなの無意識」の奪い合い のような気がしてくるんです。 いよい よ、 「地下二階の物語」 、村上春樹の立っている場所 に話は進んでゆきます。ただ、ここで、 川上さん が 「みんなの無意識」 と呼んでいる 「無意識」 について、そのまま鵜呑みにはできないと、ぼくは思います。
村上春樹の「地下二階」
をめぐっては (その 2
)
で、案内したいと思います。
( S
)
追記2020・01・30
今村夏子
の
「紫のスカートの女」
の感想はここをクリックしてくださいね。
週刊 読書案内 村上春樹「村上春樹 翻… 2024.05.25
週刊 読書案内 村上春樹 柴田元幸「翻… 2024.05.21
週刊読書案内 村上春樹「騎士団長殺し」… 2024.05.20