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2メートルほど先を歩く父に、幹夫は同じ間隔を保ちながら従(つ)いていく。息子の存在を、どの程度意識しているかは知らないが、とにかく車の危険だけを気にしながら幹夫はどこまでも従いていこうと思う。(P7) こんな書き出しです。市役所勤めだった 父親 は 70代の半ば 、定年退職して15年だそうです。5年前に妻を亡くし、一人暮らしになりましたが、その後、引用文中に登場する 幹夫 の兄の 哲也夫婦 が都会から帰ってきて世話をしながら暮らし始めたようです。
兄の哲也から急な電話で呼び出されたのは先々週の日曜日だから、もう二十日ほど前だ。 杜若、ニセアカシア、サクラ、連翹、桐の花 。父の徘徊の道筋で出会う花々に、読み手のぼくは気をとられていきます。花が 紫陽花、木槿、バラ、ユリ と季節とともに変化していくところも、ありきたりといえばありきたりですが、この作品の素直さとでもいえばいい変化でしょうか。上品なお坊さんのご法話という気がする所以です。
亡くなった母の好きだった 大手毬 が、父の家庭には満開だった。(P9)
木槿 や 梅、花桃、梅もどき、柘植、珊瑚樹、柏 などはもちろん、 ドウダンツツジ、皐月、沈丁花、梔子、躑躅 などの灌木、ことごとく伐り倒されている。縁側にぼんやり座る佳代子を見遣り、それでも庭を巡ってみると、一番外側の 黒竹 だけは除いて、他に ユリ や 矢車草、ダリヤ や 百日草 などの草花も咲いたまま刈られ、それらが庭一面に暴風でなぎ倒されたように積み重なっている。(P143) もちろん、すべて、穏やかに徘徊していたはずの 父親の所業 です。縁側でなすすべもなく座り込んでいる 佳代子さん は、偶然知り合って世話になっている介護職の女性ですが、ここまで、折に触れて描写されてきた花木がすべてなぎ倒されて要り、このシーンこそがこの作品の肝だと思いました。認知とかアルツハイマーといった、徘徊老人の病像についていっているのではありません。
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