売り場に学ぼう by 太田伸之

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Nobuyuki Ota

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2022.09.06
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電電公社が民営化され、表参道の原宿駅寄りにあった電電公社総裁公邸はNTT系不動産会社の NTT都市開発に譲渡されました。NTT都市開発はここに原宿クエストという商業施設を建設、1階には西武百貨店のプライベートブランドだったラルフローレン店、3階には収容人数350人ほどの多目的ホールがありました。




当時西武百貨店渋谷店の店長だった水野誠一さんからアポが入り、原宿クエストの関係者がCFD(東京ファッションデザイナー協議会)事務所にいらっしゃいました。要件は、CFDが主催する東京コレクションの会場として使ってして欲しい、と。後日、東京コレクションの舞台美術と照明音響を委託していた事業者スタッフと共にファッションショーの会場として必要な設備や機能を説明、公式会場として利用できる状態にしてもらいました。

東京コレクションの会場として利用するブランドは増え、アパレル関係の展示会や各種プレゼンに利用する企業、団体も増え、NTT都市開発の担当者たちに大変喜ばれました。日頃お世話になっているファッション流通業界に何か恩返しをしたいと原宿クエスト側から提案があり、春と秋に1回ずつ参加費無料の「クエスト・ニュースタンダード・フォーラム」を開催することになったのです。

第1回目は1989年、原宿クエストを東京コレクションにつないでくれた水野誠一さんと私がホスト役、ジャンポール・ゴルティエさんを発掘した元オンワード樫山パリ駐在所長の中本佳男さん、島田順子さんとのブランドビジネスを軌道に乗せた岡田茂樹さんをゲストに迎え、ファッションビジネスの国際化と高感度マーケットの将来性を討論しました。

その後も、東武百貨店社長に就任した山中鏆さんと西武百貨店社長に昇格した水野さんとの池袋競合百貨店の新社長対談や、前項で触れたシブヤ西武「カプセル」をプロデュースした三島彰さんと伊勢丹新宿本店「解放区」を立ち上げたばかりの武藤信一さん(のちの伊勢丹社長)とのインキュベーションストア対談など、ほかではなかなか聴けないセミナーを開催しました。

水野誠一さんは店長として渋谷店活性化のため実験店舗「シード館」や雑貨の「ロフト」を立ち上げ、同じ西武セゾングループのパルコとは異なる情報発信を仕掛けましたが、時代の方向性を捉えるその嗅覚にはいつも感服、たくさんのことを教えてもらいました。当時あまり聞き慣れなかった「ガジェット」(分野によってそれぞれ意味は違いますが、この頃流通業では「かっこいいガラクタ」でしょうか)とは何か、同フォーラムでは解りやすく説明されたことを覚えています。

水野さんはガジェットに絡めて東急ハンズとロフトの違いをこう説明してくれました。




プロのイラストレーターやアートディレクターが仕事用に多色マーカーや色鉛筆を買い求めるなら東急ハンズ、対してロフトはプロ以外の消費者にカラフルなマーカー、色鉛筆をペン挿しに何本も入れてデスクのアクセサリーとして楽しんでもらえそうな提案をする。座るための椅子を売るのが東急ハンズならば、洋服ラックとしても使ってもらえそうなデザイン性のある椅子を探してくるのがロフト。大きめのタンブラーグラスであれば、ピッチャーやリビングの花瓶としても使っていただく。いろんな用途が考えられるガジェット商品を消費者に提案するのがロフトの役割、と。

水野さんの意図を我々凡人は100%理解できたわけではありませんが、ロフトの戦略からなんとなく次の時代の消費はこういうことかなと受け止めました。

1990年水野さんは若くして西武百貨店社長に就任しました。世界的ホテルチェーンのインターコンチネンタルを買収したので西武セゾングループの銀行借入金は大きく膨らみ、利息だけでも年間1千億円余という経営状態。日本全体がバブル景気のピーク状態にあった微妙なタイミングでの社長就任でした。そこへ医療機器事業部の架空取引事件、イトマン事件に絡む高額絵画の偽保証書問題が発覚、就任3年後には不祥事の責任をとって社長を退任。運悪くあまりに短かった社長期間、もうちょっと長ければ水野さん流の百貨店改革が見られたはずでした。

社長就任前後に水野さんに苦言を呈したことがあります。第一次地酒・吟醸酒ブームを牽引した西武百貨店有楽町店地下の酒売り場「蔵」での出来事です。

東京コレクションでお世話になっている関係者に日本酒度15度の超辛口の酒「三千盛」を2本ずつお歳暮として送ろうと蔵に行きました。が、棚には必要な本数がありません。年配の販売員さんに「三千盛20本欲しいんですが、在庫ありますか」と訊いたところ、無愛想な表情で「訊かなければわかりませんね」。私は買い物するとき滅多にきつい言い方はしませんが、このときだけは「だったら訊けよ」と言いました。

有楽町店の蔵はフロア丸ごと冷蔵して吟醸酒の品質を守り、品揃えは圧巻、恐らく当時都内随一の日本酒売り場だったでしょう。しかし、品揃えの自信もあってかお客様へのサービス精神は感じられず、「訊かなければわかりませんね」と横柄な受け答えをする。西武本店のある豊島区に住む私はこの蔵での一件で西武百貨店ハウスカードにハサミを入れました。西武百貨店の品揃えは素晴らしいけれど接客サービスをもっと強化しないとお客様の心は離れて行きますよ、とストレートに申し上げました。社長として接客サービスをテコ入れし、「親切一番店」をキャッチコピーに掲げる東武百貨店にサービス面でも負けないお店にして欲しかったです。

水野さんは西武百貨店を辞めたあと、1995年学習院初等科の同級生だった鳩山由紀夫さんに誘われて新党さきがけ参議院議員となりました。テレビニュースで政治家として画面に登場するたび、早く実業の世界に戻ってもう一度暴れて欲しいと思いました。なんといってもクリエーションのよき理解者であり且つ時代の先を読める貴重な人材ですから。


写真:(上)水野誠一さんSNSからご本人、(下)開店当初の渋谷LOFT

参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/水野誠一





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Last updated  2023.08.27 14:00:31
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