売り場に学ぼう by 太田伸之

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Nobuyuki Ota

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2022.09.06
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​​​5年前から「建築学生ワークショップ」(学生NPO法人アートアンドアーキテクトフェスタ主催)のお手伝いをしています。伊勢神宮、出雲大社、東大寺、明治神宮と続いて今年は宮島の厳島神社開催、建築を学ぶ全国の大学生、大学院生がエントリー、無作為に編成されたチームに分かれ開催地の歴史や地理的背景、周辺の生活や文化を調べ、チームごとにデザインしたフォリー(装飾用の建物)を自分たちで建てるプログラムです。私が参加する以前は比叡山、高野山、琵琶湖の竹生島、明日香村でも開催されました。


(建築学生ワークショップ2020 東大寺にて)

チーム編成が決まると、開催地のリサーチをしてフォリーのコンセプト、デザインの方向性、敷地内のどの場所に、どんなフォリーを建てるのか、4、5人のチームで議論、フォリーの小型模型を作って中間審査、そこで建築家平沼孝啓さん(NPOの代表理事)や大学の先生たちの講評を受けます。各チームにはゼネコンや設計事務所の専門家アドバイザーが付いて協力、1ヶ月半後現地で1週間合宿して4メートルほどのフォリーを組み立てます。これを再び講評者が批評、毎回先生たちは辛口ながらも愛情溢れるコメントをします。専門家アドバイザー、仲間たちとチームとして共同作業することで、建築の仕事がチームの力で成り立っていることを参加学生は体感、これが一番の成果でしょう。

こういう学校の枠を超えた実践教育、ファッションデザインの世界でもできたらいいのに、といつも思います。学校ごとではなくバラバラのチーム編成、産地あるいはメイン素材を決め(例えば尾州・ウールあるいは北陸・高密度ポリエステルなど)、チームごとにコンセプトを考え、協力企業から素材の提供を受け、自分たちで素材を加工、パターンを引いて数点のコレクションを作り、それをデザイナーやバイヤー、エディターらの講評を受ける。個人エントリーではなく、素材供給先、パタンナー、デザイナーが協調して作業することの重要性を実感してもらう。建築学生ワークショップのような実践プログラム、ファッションの世界でもできないでしょうか。

実践的なデザイン教育で思い出すのは、ニューヨークParsons School of Design(通称パーソンズ。現Parsons The New School for Design)で長い間ファッションデザイン学部長をしていた フランク・リゾー さんが指揮した「クリティック」(批評家)と呼ばれる授業です。パーソンズはファッションの総合大学ではなくデザインの総合大学、インテリア、グラフィック、環境デザインなどの学部があってファッションデザイン学部はそのひとつ。


(Parsons School of Designファッション学部)

シニア(四年生)学生は7、8人のチームに分かれ、師事するデザイナーが決まります。例えば、ダナ・キャランさんに師事するチームであれば、まずダナキャランブランドの歴史、基本コンセプト、デザインの特徴、客層や売り場など細かく調べます。その上で、いま自分たちがダナキャランのアトリエで働いているアシスタントデザイナーとして、次のシーズンに向けて各自が新作をデザインします。この時点でダナあるいはチーフアシスタントの批評を受け、修正すべき箇所は描き直します。

デザインが決まったら、立体裁断でパターンを作ります。ここでも批評、アドバイスを受け、考案したデザイン通りの服になるよう修正し、ダナキャランのアトリエから素材提供を受けます。こうして服を完成させたところで、最終的な批評を受けます。素材や後加工、縫製仕様などをチェックされ、「こんなに手の込んだ作り方をしていたら小売価格は相当高くなる。売れると思うの?」、「こんな少女っぽいレースをダナキャランは絶対に使わない。客層が違うでしょ」といったやりとりがあります。

最後の卒業ファッションショーには、クリティックで指導した主なファッションデザイナー、アパレルやテキスタイルメーカー幹部、小売店トップら千人以上のV.I.Pが正装で参加しますが、この場で学生たちはクリティックで創作したコレクションをV.I.Pに見せ、各チームの最優秀学生がここで発表されます。クリティックが25チームあればファッションショーは25シーン、25人の最優秀学生の中から「Student of the Year」が決まります。

このクリティックプログラムはデザイナー側と学生のお見合いの場でもあります。チームの中に良い学生がいれば、協力するブランド企業は卒業後自社への就職を勧めます。逆に言えば、優秀な学生を獲得するためブランド側は丁寧に学生と接し、素材の提供を惜しまず、パターンメーキングでも協力、密度の濃い産学協同の構図になるのです。


(Frank Rissoさん)

1994年ニューヨーク出張の折、リゾー学部長ら数名の先生たちと会食の約束がありました。パーソンズから徒歩数分ブロードウェイのステークハウスで待ち合わせたら、リゾーさんは1時間遅れてきました。クリティックで指導している有名デザイナーが翌日から長期バケーションの予定があって放課後も長時間学生を熱血指導、立ち合っていたリゾーさんは自分だけ退席できずディナーに遅れてきたのです。しかも、学生はこれから直すサンプルをバケーション先に送るよう師事するデザイナーに命じられた、とリゾーさんから聞きました。デザイナーや先生のこの熱の入れよう、まさしく産学協同です。

リゾーさんはクリティックに協力してくれるデザイナーを自ら口説いてまわり、その指導方法を細かく伝え、学生を「お客さん」扱いしないよう厳しい指導を要請してきました。しかしリゾー学部長が引退すると、パーソンズの名物授業はやがて消滅、密度の濃いファッションデザインの実践教育は終わってしまいました。残念です。

前述建築学生ワークショップは平沼孝啓さんが名所旧跡と場所の提供を交渉、現地の工務店や設計事務所、大手ゼネコンに協力要請をしてまわっているから継続し、数年先まで開催地が決まっていますが、こういう特別な実践教育は情熱あるリーダーがいないと成立しません。

リゾーさんはよくこんなことを言っていました。「私は上手にデッサンしなさいと学生に言ったことはありません。1枚でもたくさん描くよう教えています」、と。1つの基本形を膨らませ少し角度を変えたデッサンをたくさん描くうちにコレクションの構成力、発想の広げ方が徐々に身につきます。ところが、日本人留学生はどういうわけか1点1点丁寧に描こうとするそうです。丁寧に描こうとして宿題提出が遅れるのは本末転倒、リゾーさんは「サボっていると判断します」とおっしゃっていました。

普通に会話しているときは写真のような好々爺、でも一旦教育の話になると目の色が鋭くなり、熱い会話になりました。リゾーさんの片腕として当時パーソンズにはダナ・キャランたちから「ゴッドハンド」と評されたパタンメーキングの名手である並木ツヤ子先生がいましたが、並木先生もリゾーさんと全く同じ、教育の話になると突然鋭い目つきに変わりました。根っからの教育者がファッションデザイン学部を仕切っていた時代、ダナ・キャラン、マーク・ジェイコブス、アナ・スイ、トム・フォード、アイザック・ミズラヒ(恩師の並木先生をチーフパタンナーに据えたデザイナー)、ナルシソ・ロドリゲスなどパーソンズは多くのデザイナーを輩出しています。

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(出張時
は私もParsonsで講義)

リゾーさんのデザイナー育成方法を日本の専門学校の皆さんにも伝えようと、私は企画を担当していた「クエスト・ニュースタンダード・フォーラム」のゲストスピーカーにリゾーさんを招聘。ちょうどそのとき、ご近所の奥さんが高校3年生の娘さんの進路相談に訪ねてきました。デザイナー志望の娘にできれば最高の教育を受けさせたいとおっしゃるので、来日中のリゾーさんに引き合わせました。お嬢さんはパーソンズに留学、卒業後はラルフローレンのポロジーンズカンパニーなどでデザイナーを務め、米国人と結婚して日本には帰ってきません。在学中娘さんを訪ねた母親が、「宿題のあまりの多さにびっくりしました。徹夜しても完成しません」とおっしゃっていましたが、パーソンズ留学がご家族に幸せだったのかどうか....。


​(リゾーさん来日時に目白デザイン専門学校の校長ご夫妻と)​





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Last updated  2022.11.18 15:21:48
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