1月29日
1866年 - フランスの小説家ロマン・ロラン誕生。
ロマン・ロランは、1903年、『ベートーヴェンの生涯』を発表。これが反響を呼び、翌1904年にソルボンヌで音楽史を担当し始めると共に、『ジャン・クリストフ』を『半月手帖』に掲載し始め1912年に脱稿。1913年には『ジャン・クリストフ』が『アカデミー・フランセーズ文学大賞』を受賞する。1916年にはこの作品によってノーベル文学賞を受賞する。
『ジャン・クリストフ』には思い出がある。三回挫折して、四回目にやっと読み終えたという事がそれである。最初に手に取ったのが中3の頃だったと思う。主人公が自分と同じ年頃になった途端になぜか先が読めなくなって挫折。次は高1。この時も同じ理由で挫折。三回目は高3。この時も同じ。で、大学に入学してから読み始めて、なぜかスルスル読み進めることができて読了した。
長い小説を読み通すのには体力がいる。高校生の頃と学生の時には、とにかく長い小説をひたすら読んでいた。
『ジャン・クリストフ』は、べートーヴェンをモデルとした大河小説であり、一人の少年が、成長していく過程を詳細に描いた作品である。
この作品、今ではほとんど読まれていないと思う。本屋でも見たことがない。一世を風靡したにも関わらず、全く手に取られなくなった小説は多々あるが、『ジャン・クリストフ』をはじめとするロランの作品群もそうなのかと思うと、ちょっとさびしい。
ロマン・ロランは、第一次世界大戦が勃発した時に、たまたまスイスに滞在していた。彼は、仏独両国へ戦闘中止を訴える。この行動は国際的に評価される一方で祖国への反抗と受け取られて、一時は帰国もできなくなる。
高校の時に読んだ大河小説『チボー家の人々』という作品の中で、第一次世界大戦が勃発し、大衆の熱狂に押されて各国の社会主義者たち、反戦を訴えていた人々が愛国心の波にのみこまれて転向していく中で、あくまで平和を訴えようとしたジャックが反戦ビラを飛行機に積んで最前線でばらまこうとするが飛行機が不時着、負傷し、スパイ扱いされてフランス兵に銃殺される・・・というシーンを思い出す。
『チボー家の人々』も今では読まれなくなった作品だけれど、高3の時に引き込まれるようにして読んだ。白水社版の第四巻を読んでいて、もう少し...というところまで来たとき、どうしても最後まで読みたくて、授業をさぼって読み終えたことを思い出す。担任の英語の授業で、授業の途中で教室に入って行ったのだが、何も言われなかった。思えばいい時代であったのだろう。
※「黄色い本」という漫画があって、この『チボー家の人びと』が軸となっているそうだ。未読。
ロランは、ロシア革命に対してはいち早く支持を表明、ソ連を訪問している。彼が1934年に再婚したマリー・クーダチェヴァは、ロランがモスクワから招いた秘書であった。
アンドレ・ジイドが、1936年に発表した『ソヴィエト紀行』を、翌年に、『ソヴィエト紀行修正』として公表、スターリン体制を批判したとき、ロランはジイドに対して批判を加えている。
この時点で、ソ連を批判するという事は左派からの猛烈な抗議を受けるという事でもあったのだが、ロランもそれに連なっている。
今の時点でジイドのこの作品(岩波文庫で、復刻版が出た)を読むと、眼力の鋭さに舌を巻くのだが、当時、それは正当な評価がなされたとは言えない。
しかし、ロランもさすがに独ソ不可侵条約を機としてソ連支持の立場から転換する。
そののちは世界平和のために行動、1939年にドイツ軍がチェコスロバキアへ侵入すると英仏の弱腰を批判する。第二次世界大戦が勃発すると彼が生活していたヴェズレーは占領され、沈黙を強いられる。しかし、1944年にパリ解放を知るとソヴィエト大使館の革命祝賀会に出席、レジスタンス犠牲者追悼会にメッセージを送り、1944年12月30日に死去する。
あ、5年後の同じ日に私が生まれている。どうでもいいけれど。
振り返ってみると、今では読まれなくなった本を結構読んできた。ずいぶんと背伸びして難しい本にも手を出してきた。でも、心の中のどこかにそれらの本は住み着いていて、私の生き方と考え方とをどこかで支えてくれて来たと思う。何が書いてあったかはほとんど忘れたけれど、そんな気がする。
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MoMo太郎009さん
つるひめ2004さんComments