シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年01月17日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 血液型性格判断は科学的根拠に乏しいといわれる。確かに、性格全てを血液型に負わせるのにも無理があるだろうし、それは遺伝子にも、同時にいえることで、性格全て、精神的な部分を含む、遺伝形態を負わせるのも、同等に無理があるといえよう。

 とどのつまり、全て、唯物論で成るのならば、精神はどこから来て、人間は死んだらどうなるか?、生きる意味さえも、暗黙の糧、想像にお任せするしかないだろう。しかし、今度は、その想像を行う部分、唯物論では、脳とされるが、その脳は、あらかじめそのような想像を意図し、構築されているのか?というべき、次なる問題が、次々と止め処なく表出するであろう。

 結局のところ、唯物的解釈は、論理に置き換えただけで、その論理の堂々巡りにいきつくでしかないのである。挙句の果てに、その論理は以下のような論法に陥り、事実と矛盾を含むものとなり、論理を駆使するものは、精神衰弱に陥るだろう。

 1.犬は動物である。人間も動物である。だから犬は人間である。

 2.ある男が、娘連れのバツイチと結婚したが、その女は結婚後、子供を生んで亡くなった。その男は、亡くなった母親の娘と再婚し、子供を生んだが、はじめの子と、今度生まれた子は、どういう関係になるか?を論理的に考えてみる。

 これらは、ある事象を、一面的な特徴をもって、記号に置き換えた弊害からくるのである。同じようなことは、量子力学の不確定性関係にもみられる。

  位置と速度は独立しているものとして、座標空間を構成する。しかし、量子力学の世界においては、量子の位置が特定できても、今度は速度が特定できず、いわば確率によって予測できるにすぎない。量子自体の大きさをもって、確率分布として広がるのである。今度は、はじめに速度を特定すると、位置が確率分布の量子幅をもって特定できないのである。

 これは位置と速度が独立しているにも関わらず、観測依存関係にある。つまり量子そのものを、広がりのない質点(点)で考えるから矛盾なのである。独立座標のなかでは、物体は質点で表記されるが、量子自体が、揺らぎをもった波長の波なのであるから、質点として表記するのには、無理があるのである。

 この問題は、座標空間を一種の量子を生むエネルギー演算子空間として、いわば決められたエネルギーをもつ量子の格子(無限直線座標ではなく、階段状直線座標)座標空間として解釈することで、現象論的な対応モデルを作成している。だからして、いまだ根本解決には至っていないし、第一、エネルギーがどこからくるのかもわかっていない。ただ、そのような量子を生む、真空のエネルギーがあるとして、数式化されるにすぎない。

 話がかなり逸れ、脱線してしまったが、要するに、唯物論で、記号を用いて、論理を駆使してみても、一般原理は得られずに、特定解しかみつからないのであろうという意味であり、結局のところ、確率的にいったからといって、事象を予測したことにはならないし、ましてや真実を言い表しているわけでもない。

 ただ、真実の断片的な、物質的一面を捉えたにすぎないのである。

 それで、話を元に戻すと、真実の一面にすぎないという意味において、血液型性格診断と、同じことなのである。なんらかの確率的、統計的予測ができるということなのである。しかし、結局は90%当たっていると予測しても、事象は10%の確からしさで起こることもあるから、さも、確からしさをいったようで、何も言っていない、ただこれまでの経緯を振り返ってみて、90%の確率というのは、その事象が多かったということなのであり、未来に関しては、その行為を果てしなく続けると、事象の全体は1になるといっているにすぎない。

 これはつまり、1という神から、部分は出て、また、1という神にかえっていくといっている神学論とも同等であろう。

 だから、あながち血液型診断を馬鹿にできるものではないのである。精神的な直観がそこに働くからである。あの人は何々だという体験がそれを正当化している。騙されたら、誰だっていい気持ちはしない。例外で、いい気持ちがする人もいるかもしれないが、だからといって、その人のその嫌な気持ちが、体験から消えることはない。体験は現に存在して、感情となっているのだから。これこそ、唯物論が土台とする観測論であり、正当基盤なのである。

 つまり科学が、論理的に証明するからといって、精神を否定することはできないのである。精神は感じるか感じないかが問題とされる。

 では、ギリシャ時代の血液型性格判断法なるものを紐解いていきたい。

 長たらしい前置きを書き、血液型性格判断法としたが、実は血液型を元にしたものではないことをただし書きする。こういう風に書いたのは、あくまで、現代的な関心を装うためである。なので、現代型の赤血球の抗原型による唯物論的な分類ではないことを断っておく。

 神秘学では、何度も書いたが人体は4つの体からなるとしている。
 1.肉体 2.エーテル体 3.アストラル体 4.自我

 ギリシャ時代の分類法は、このうち、どれかが、他の3つよりも、より支配的に現れていることから、くる4分類の性格、気質のことをいう。

 1.肉体が支配的な場合-憂鬱質 土体質
 2.エーテル体が支配的な場合-粘液質 水体質
 3.アストラル体が支配的な場合-多血質 風体質
 4.自我が支配的な場合-胆汁質 火体質

である。

 憂鬱質は、暗く青色のような性格で、引き算を好むとされる。肉体そのものが外的に主導で、精神部分が肉体を支配できずに、陰鬱な雰囲気をもち、頭を前に垂れて、ひきずるように歩く傾向にある。ちょっとした注意は、暗い気分にあることで、大きく注意すべきところは、狂気に至る危険があるという。考え込む癖があるので、思考を刺激する根菜類を採り過ぎないようにすべきという。

 粘液質は、ゆったりした緑色のような性格で足し算を好むとされる。腺組織が主導的で、食べ過ぎに注意すべきという。自分の内面、自分自身だけに関わり、他のことはなるがままに任せ、動きのない、無関心な人相、豊満な身体、特に脂肪に現れ、だらだら、ぷらぷら、ゆらゆら歩く傾向にある。ちょっとした注意は、外界に対する無関心、大きな注意は、愚鈍になることだという。

 多血質は、気がかわりやすく、黄色のような性格で掛け算を好むとされる。神経系統が主導的で、うつり気であり、むら気が表れる。糖分を控えた方がよい。飛び跳ねるようにして歩く傾向にある。小さな注意は、気まぐれになることで、大きな注意は、感性の波におされ、狂気になることだという。

 胆汁質は、激しい赤色の性格で、割り算を好むとされる。血液系統が支配的で、どんなことがあっても、自分の自我を押し通そうとする。攻撃性で、意志が強く、表舞台に出たがる。糖分を控えた方がよい。足を地面のなかにめりこませるかのように歩く傾向にあるという。青年期に自分を抑制できずに、怒り狂って、自分の自我を刻み付けるという危険があるという。大きな注意は、自分の自我から何か1つの目的を追求しようとする愚行だという。

 あくまでこれは基本型であり、人生においてこの基本型が純粋に現れることはなく、例えば、ナポレオンは、胆汁質を基調として、かたわらに粘液質を多分に有したという。

 現代の唯物論的血液型性格診断とは、関連していないようにみえる。あえて、現代の血液型でいわれている性格と、強いて適合させようとすると、憂鬱質は、土質で、A型か? 粘液質は、水質で、B型(あるいはO型か)? 多血質は、風質で、AB型か? 胆汁質は、火質で、O型(あるいはB型か)というとこか? 

 俗にB型に胃がんが多いといわれるが、B型というよりは、水質の粘液質、粘液質は腺組織主導で、エーテル体が支配的、エーテル体が強いと、人体の構築が強い傾向にあり(アストラル体は解体)、がん発生気質ではあるといえる。神秘学では、腫瘍は人体の過大な構築がなされた結果だとされる。

 つまり、B型というよりは、粘液質は、自分に固執し、外界に無関心になると、神経を構成するアストラル体が正常でなくなり、人体の器官にアストラル体が、適度に浸透せず、正常な人体の適度の解体が行われずに、脂肪性に富み、腫瘍をつくるようになるといえる。

 「病は気から」というように、上記の気質による生活規律を整え、精神的ゆとり、安定性を確保することが、なにより、健康生活を育む知恵であるといえるだろう。





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Last updated  2006年01月17日 23時01分54秒
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