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1986年7月。
佐々木の父は逝った。
大学進学を目指し、
佐々木が受験勉強の追い込みに入ろうとした、まさにそのときだった。
あまりに突然の死だった。
健康そのものだと思われていた父は、
心筋梗塞で勤務中に倒れた。
佐々木が病院に駆けつけたときには、
父はもう、病室ではないところに横たわっていた。
「お前、大学はどこを受けるんだ?」
「ちゃんと受かるんだろうな?」
「わかんねぇよ・・・」
それが2人の最後の会話だった。
長い時間「父の死」を受け入れることができなかった。
佐々木は18歳のこのとき、
初めて「はかない」という言葉の意味が分かったような気がした。
葬儀が終わっても、事実として受け止めることができないままだった。
でも、自分と母は生きている。
今後のことも考えなければならない。
「俺、やっぱり働かなきゃ、ね」
何のアテも、自信もないくせに、
それが「言うべき言葉」だと思った佐々木は母にそう言った。
でも、母はなんの考える様子もなく、佐々木に言い放った。
「大学へ行きなさい。
お父さんも、それを願ってるんだから」
涙が止まらなかった。
「枯れるまで泣く」という表現もあるが、
泣いても泣いても、
「涙は枯れることはない」ということも、このとき初めて分かった。
佐々木は、大学に進学することを決意した。
数ヶ月後、佐々木は大学入試に挑んだ。
なんとか「父の死」を乗り越え、予備校の講習会にも参加し、
やるだけのことはやったはずだったが、
それでも結果は散々だった。
7校受験して、かろうじて1校の合格・・・。
志望順位の低かったその大学に、自分は進学するべきか。
やはり「就職」すべき運命なのでは。
「現役で大学に合格するのは、すごいことらしいよ。
おめでとう。がんばったね。
その大学に進学しなさい。」
そう言って、佐々木の大学進学を決定づけたのは、
やはり母だった。
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