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( 【Kei1】へもどる )
父の死を乗り越え、母の後押しもあって、
佐々木は大学に入学した。
母は、自ら商売をはじめ、その経営も軌道に乗ってきた。
そのおかげもあって、佐々木はたくさんの友人をつくり、
大学生活を楽しむようになった。
決してレベルの高い大学でなかったが、
想像していた以上に魅力的な人間が多く、
とにかく大学では、そうした友人と世の中のことについて語り合った。
大学での経験は、佐々木に大きな影響を及ぼし、
未だ大学で得たものを尋ねると、
「人生、世の中のことを考えることができたこと」
と佐々木は答える。
「佐々木、大手は結局『大学名』を気にするぜ。
お前がどんなに優秀でも、大学の名前は常につきまとう。
俺も、大手は全滅だよ・・・。」
そんな周囲の声に、佐々木は戸惑った。
別に大手に就職したいと考えていたわけではない。
でも、せっかく母が行かせてくれた大学である。
「良い会社」(大手?)に入ることが正しいことだとも信じていた。
そんな折、親友のひとりが 「進むべき道」
を見出した。
彼は大学を卒業したら、アルバイトで資金をため、
それを元手に起業するという。
はじめは、ただ無謀なことにしか思えなかった佐々木も、
時間を忘れて彼と語るうちに「彼の本気」だけは理解するようになってきた。
そして、そんな友人がいることを誇りにすら思った。
「俺もやりたいことに全力を尽くそう。」
佐々木はそう決心した。
佐々木の「やりたいこと」。
それは 「英語に触れ続けること」
だった。
大層な理由はない。
「カッコいい」
。
それだけだった。
佐々木は両親の影響もあって、
幼い頃から「アメリカのロック」、「アメリカの映画」に触れる毎日を過ごしてきた。
中学生の頃、科目としての英語の成績は非常に悪かったが、
英語の歌を歌うこと、外国映画のセリフを真似することは得意だった。
大学の友人のすすめで、落合信彦氏の著作を手にしたこともきっかけだった。
毎日のように氏の著作をむさぼり、
「カッコいい!」といたく感じ入った。
落合氏の肩書きは「国際ジャーナリスト」である。
英語が堪能なばかりでなく、世界各国をまわり、
その土地その土地で様々な人とかかわって、
文章という形式で自分の主張を訴える。
そんな氏の生き方に強い影響を受けた。
大学卒業後の進路として、
「趣味としての英語」を「仕事の英語」に転換させようと考えたことは、
あまりに自然であったかも知れない。
「アメリカに行って、ジャーナリズムを学ぼう」。
佐々木はそう思った。
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