入間市の塾 愛夢舎からのメッセージ

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愛夢舎 塾長

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2007.07.20
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―塾現場を離れ、教育機関専門の人材供給会社に身を置いた鎌田。
塾・学校などへの教師提供を行う一方、社長の右腕として、
新規企画を次々に成功させていきました。そして、ターゲットはついに海外へ―

[ 中国に『日本語学校』を設立する ]

 そもそものきっかけは、
「日本で活躍したいという、優秀な中国人のために、何かしたい」 という、
 社長の発想でした。
 いや、正確に言えば、社長に影響を与えたのは、
 当時、同社の顧問弁護士を担当していた、
 労務関係が専門で、塾業界誌に執筆もしている T弁護士 の発想です。
 鎌田は社長とともに、弁護士の事務所を訪れ、実行に向けてのプランニングを行いました。

 日本国内に住む外国人のための「日本語学校」を訪れたり、
 実際に日本で働く外国人にインタビューをしたりして、鎌田も初めて知ったのですが、
 外国人が日本で学校に入学したり、企業に就職したりするには、
 ある程度、日本語ができることが条件となり、
 それはスキルのみならず、「学習時間」もが条件となるのです。

 そこで、鎌田は財団法人をはじめ、関係各所をさらに訪問、
 ヒアリングを重ねた結果、
中国現地に「日本人による日本語学校」を設立、
日本語教育を施すとともに、日本への留学斡旋も行う という、
 一大プロジェクトに発展したのです。
 中国では、現地人による日本語学校は多数存在したのですが、
 「日本人による」という点は、優位性を誇るに十分なはずでした。

 出店候補地となったのは、高度経済成長著しい、上海でした。

上海浦東空港

 冬のある日、鎌田は2人のプロジェクト・スタッフとともに、
 上海・浦東空港に降り立ちました。
 4日間という短い日程の中で、町の様子を散策、
 出店候補店舗の決定までを行う予定でした。

 鎌田自身は、「日本語学校」ではなく、
 当地で暮らす日本人の子女のための「日本人向けの補助学習機関」の設立を
 同時に狙っていました。
 ありていに言えば、「塾」です。

 そのため、「日本語学校」と「対日本人・学習塾」の両方向での可能性をさぐるべく、
 上海では、まず「日本人学校」を訪問しました。

上海日本人学校

 奇しくも、当時、上海日本人学校の校長を務めていたのは「鎌田先生」でした。
 数年交代で日本からの派遣でやってくるという先生方は、
 教室の様子や上海で暮らす日本人の様子を事細かに説明してくれました。

 実際、日本人学校に通う生徒たちは、みな一様に「大変優秀」でした。
 というのも、中国に両親の仕事の都合でやってきたものの、
 数年後には日本への帰国が決まっている。
 当然のことながら、保護者は帰国後に日本の教育についていけるかどうか、
 大変気にする。
 また、そもそも上海へ転勤してくるご家庭というのは、
 子どもの教育意識が大変高く、物価や出張手当、キャリアなども伴って、
 資金力も高い。
 その結果、周囲にはすでに日本人向けの塾もあったし、
 日本人学校で使われている教材は、日本から取り寄せた公立学校向けの教科書に加えて、
 日本の進学塾で使われる問題集も多い。
 普段の生活では中国語を話し、学校では日本語を操るという、
 バイリンガルの生徒が殆ど。
 だから、日本に帰国した後は、他の生徒に比べて、格段に高い学力成績を修めるといいます。

 この時点で、鎌田の構想から「日本人向けの塾」は、基本的に無くなりました。

 さて、そうなると「日本語学校」の出店に集中することになります。
 現地の大学や日本語学校への訪問を行い、
上海の人々が
 外国語の習得に大変熱心である
ことがすぐに分かりました。
 昼間大学に通っている学生、会社で働くサラリーマンなどが、
 夜になると大学構内に集まってきます。
 大学の教室を借りて、日本語を始めとする語学の講座に参加するのです。
 授業を見学させていただいた「朝日日本語学校」では、
 LL教材をたくみに使い、一教室に5~60名もの若い人たちが、
 熱心にレッスンを受けている。

 その光景は、日本人が「カルチャー・スクール」などと呼んで、
 趣味の一貫として英会話を学ぶ姿とは全く異なります。
 生徒さんたちは、きわめて真剣です。
 昼間の仕事だけでも忙しいのに、
 虎の子の大金をはたいて、夜、勉学にいそしむ。
 その姿に、鎌田も少しばかりの感動を覚え、
 同時に自分たち日本人の自堕落な姿勢を恥ずかしくも思ったのです。

 過密なスケジュールの中、現地の不動産業者との交渉も行いました。
 出店候補地はいくつもあります。
 今は使われなくなった大学のキャンパス、
 ビルのテナントほか、めぼしいところを次から次に視察しました。

上海市内

 中国で事業を起こすには、いくつもの障害があります。
 この場合、日本への留学斡旋手段をどのように講じるかという、
 とても大きな問題も待ち構えていたのですが、
 さし当たっては、外資企業が中国国内で事業を行うときに必ずぶつかる問題がありました。

 中国は、資本主義化する傾向があるとはいえ、
 れっきとした「社会主義国家」であり、
 国内の貨幣が海外に流出することを極端に嫌います。
 分かりやすく言うと、
外国人が自分たちの国内で金もうけをし、
中国の財産を持っていかれるのを、
 政府をあげて阻止する
のです。
 従って、いきなり日本企業がのこのこ出かけていって、
 日本語学校を設立したいと言ったところで、
 まず政府の許可はおりません。

 鎌田たちのときも、予想通りの展開となりました。
 条件は2つ。
 1つは、中国国内の企業と提携を結び、合資企業として運営すること。
 もう1つは、新たな店舗を開設することは認めず、
 現地の大学の教室を使用し、大学内での講座とすること。

 どたんばにきて、コレです。
 その頃、日本国内ではすでに教育プログラムの開発などを
 中国人スタッフに任せてあって、
 現地校管理者(つまり校長)の選考も進んでいました。
 そこにきて、中国政府からのこの回答。
 プロジェクトは八方ふさがりになりました。

 ちょうど最近、中国の価値観が問題視されています。
 今日なども、
 イギリス・アメリカでは明日発売の「ハリー・ポッター」の最新刊が、
 なぜか中国では、すでに発売されているとか。
 (中身はまるで別モノらしい・・・)
 例のニセ・ディズニーランドとか、パンダ風イヌとか、
 倫理的に理解しがたいことを平気でやってのける国なのですが、
 なにしろ「国の利益」につながることを最優先するようです。

 結局、鎌田本人は、日本語学校の開校を目にすることはありませんでした。
 しかし、当初の予定地である上海はあきらめたものの、
 社はその後奮闘を繰り返したようで、
 現在では北京市内に日本語学校を構えています。

~【Kama 7 衝撃!学校の倒産と生徒の売買】につづく

上海の名所 BUND






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Last updated  2008.06.21 09:15:13
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