PR
Calendar
Category
Comments
―大学を卒業後、アメリカに渡り、大学院に入学して半年。
はじめはキャンパスにたどりつくだけで精一杯だった佐々木も、
アメリカ人学生に一目を置かれる存在になっていた―
英語力が成長してきた佐々木には、多くの友人ができ、顔も広くなった。
佐々木の知らない学生が突然話しかけてくるようなこともでてきた。
中には面と向かって
「おまえ、スゴイ奴なんだってな!」
と言ってくるアメリカ人学生もいたが、佐々木にはそう思われている理由はよく分からない。
だが「ほめ言葉」は人を成長させる。
周囲の視線によって、佐々木には
「ならば彼らを裏切らないよう、なんでもやってやる!」
というプライドめいたものが生まれた。
まずは、日本語教師のアルバイトをはじめてみた。
大学内でのボランティアのような仕事だったので、大した稼ぎにはならなかったが、
日本語を教える中で、日本文化を布教しているような気分にもなって楽しかった。
寮のスタッフの推薦で、
「レジデンシャル・アドバイザー」(寮長のサポート)もやることになった。
半年前にヘロヘロになって寮にたどりついたときには思いもしないことだった。
アルバイトの稼ぎで、車を買った。
もっとも、新車が買えるわけはない。
佐々木がたったの500ドルで手に入れたのは、
ホンダのシビック、オンボロの中古品だった。
マフラーに穴が開いていたので、走ると暴走族のような音がする。
アメリカでは、そんな車を堂々と売っている。
せっかくアメリカに来たのだから「アメ車」に乗りたい気分もした。
でも、小さくて安い日本車に、なんとなく手を出してしまった。
「日本車、がんばれ!」という思いが強かったのだろうか。
車が手に入ると、行動範囲も格段に広がる。
友人とマンハッタンやお隣のニュージャージー州などに遊びに行く機会も多くなった。
あの「世界貿易センタービル」(ツインタワー)にも行った。

大学院生活も2年目に入った。
マンハッタン・キャンパスでの授業もあったので、
週に3日くらいはマンハッタンに行っていた。
だんだんニューヨークという巨大な街がわかってきた。
華々しい建物が並ぶブロードウェイや5番街。
しかし、ちょっと裏道に入ると銃声が聞こえてくる。
いつ襲撃されてもおかしくないような雰囲気がただよう。
数知れないホームレスが小銭を乞う。
アメリカなのに英語が通じない地帯。
ハーレム。
「クイーンズ」なんてしゃれた名前なのに、小便くさい地域。
明るいニューヨークも有名だが、
もうひとつのニューヨークが確実に、あった。
佐々木は、ある時期「無精ひげ」を生やしていた。
ニューヨークの「陽」だけでなく、むしろ「陰」の側をみたかった。
こぎれいな日本人が歩いていると危険だということを、
アメリカ人学生に教わっていたからだった。
ダウンタウンからアッパーまで、
つまり、マンハッタンの上から下まで地下鉄に乗ると、あることに気づく
ダウンタウンは、ニューヨーク大学などに象徴されるように、
なにかインテリっぽい雰囲気があって、白人のテリトリーという感じだ。
それが100丁目あたりになると、白人はみんな下車してしまい、
車内は黒人だけになる。
その現場に実際に居合わせると、恐ろしい。
そんなニューヨークでうまく立ち回るために、
佐々木は無国籍風の出で立ちで過ごしていた。
~【Kei 10 (アメリカ)『人』】につづく

【Kei Final】 最終回 そして… 2007.08.13
【Kei 12】 ジャーナリストとして 2007.08.12 コメント(2)
【Kei 11】 アメリカ横断 2007.08.11