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―塾などの教育機関を専門に人材を供給する会社で、
講師手配のみならず、新企画を次々に展開していった鎌田。
次のねらいとして、私立学校への教員供給を目標に、広報室を運営。
ある学校での教員採用をきっかけに、
徐々に事業に興味を持つ私立学校が増えていきました―
[ 私学の倒産 ]
近年、私立学校の共学化や校舎移転、校名の改名などが多くあります。
学校改革の一環としてのこうした動きは、
その多くが 生徒募集難
に伴うものです。
私立校は、助成金があるとは言えども
(余談ですが、教員の構成を従来と変更する、具体的には、専任教諭の比率を高くするのは、
助成金を確保するという事情もあります。)
生徒が来なければ経営を続けていくための資金も底をつきます。
つまり、倒産するはずです。ですが、一般にはあまり報道されません。
かつて都内に
「高尚な花が咲いていそうな名前の学校」がありました。法人名も同じ。
いつの間にか、学校名は改名され、近代的な設備を整え、共学化。
今では通う生徒が、学校の良さに思わず「はにかんで」しまう、
そんな学校に成長したのですが、
ひそかに学校法人の名前自体が変わっていたことに、
なかなか一般の人は気づかないものです。
もちろん、そういうことです。
[ 生徒を『金』で買おうとする学校 ]
そもそも鎌田が私立学校に事業参入を図ったのは
ビジネス・チャンスをうかがったというより、個人の教育観によるものが大きかったのです。
自分ひとりなら、同時に数十名が限度。
10人の先生が味方なら、一度に数百名の生徒がみられる。
これが彼の考え方でした。
ですから、私立学校への参入で彼が目指していたものは、
「ダメな教員、やる気のない教員は去る。
真剣に身を粉にして教育にあたり、
子どもたちの未来のために命がけになれる人が現場にいるべき。」
そんな現場、採用方針を広めていくという、大それたことでした。
そんなことができるものか、と思われたこともありました。
しかし、教員の採用について、仮にある組織が100%近いシェアをしめる。
逆に言えば、学校が教員を採用しようとした場合、
その組織に相談する以外の方法はない。
そんな状況があったとしたら、
そして、その組織が、供給する教員の質を管理できる立場にあったとしたら、
実現可能なのでは・・・?
無論、鎌田は自分のコピー教員を作りたかったわけではありません。
教員の理念を定義づけたかったわけでもありません。
縁故採用とか、政略的な採用、ただテストの点数がよかっただけでの採用など、
そういう教員の採用にひたすら疑念を持っていただけです。
また、良い教員の存在が、学校の評判につながり、生徒数の問題にも大きく関係する。
良い教員がいれば、生徒は増える、
生徒の減っているところは、教員がダメである、とまで考えていました。
そんな理念のもと、彼は機会さえあれば、首都圏の私学を訪問していたのです。
あるとき、都内の下町方面にある学校を訪問しました。
当時は女子校で、「排球」で有名な学校でもありました。
(←バレてもいいと思って書いてる。事実だし、心底アタマに来たから)
鎌田を前にした校長、教頭、理事は、ニヤニヤしながら彼に言いました。
「おたくのとこ、塾と付き合いが多いんでしょ?
ウチの学校で、いくら、おたくのところで使えば、
塾に、ウチに生徒を送るように手を回してもらえる?」
と。
ほとんど怒ることのない鎌田が、本音で、一瞬で「キレ」ました。
さすがにその場で怒鳴り散らすようなことはありませんでしたが、
「うちは、そういうよこしまなことは、一切やる気がありません。それでは。」
と、一方的に校門を出ました。
学校経営陣は、これも驚くことに、きょとんとしていました。
「だって、他のとこでも、そういう話は聞くのにねぇ・・・」だそうです。
[ 社長もキレた「金」の使い方 ]
最近でこそ、民間企業関係者が学校運営に携わることはめずらしくありませんが、
当時はあまり一般的ではなかった。
それでも、実質的に企業が学校を持っているというケースはそれなりにありました。
あるとき、都内下町のある学校に社長が訪れました。
生徒募集に苦しむ女子校でした。
この学校のオーナーは、誰もが知る
「上から読んでも下から読んでも」・・・でした。
名刺には、ばっちり、そちらの肩書きが載っています。
社長は、その学校のダメなところを無遠慮にどんどん告げていきます。
広報活動に力がない。生徒指導が全く行き届いていない。
卒業後の生徒の進路についていい加減である。
教員の意識が統一されていない。サボりたがっている・・・。
これでもかというくらいに改善点を挙げた社長は、
どうしたものか、学校側オーナーに気に入られたようでした。
「気に入った!コレをやるから、
この学校を好きなようにしてみろ!」
目の前に一億円を出されたそうです。
この点では、鎌田と社長は近い感性を持っていたようです。
社長は「そんなことだから、ダメなんだ!」と、
こちらは『怒鳴りつけ』て、学校を出てきました。
(もっとも、そのことがさらに気に入られて、
結局鎌田を巻き込んで、学校改革に乗り出したのですが)
お金を出せばなんとかなると本気で信じている人たちです。
鎌田も社長も、お金をかけること自体に腹を立てたのではありません。
ある意味、お金をかけることは至極当然。ケチな方が余程タチが悪い。
問題は「使いみち」です。
なぜ自分たちでやろうとしないのか。
なぜそのお金を教員の教育のために使わないのか。
なぜそのお金で、生徒が満足する設備を整えないのか。
お金だけ出して、他人にやらせるなら、学校経営なんてしてはいけない。
[ 校長をクビにする ]
一方、こんな学校もありました。
都内の高級な街にある、やはり生徒募集に苦しんでいた女子校。
現在では校名は変わり、ズバリその地域の名前の学校になっています。
まず鎌田が依頼された内容は、
効率よく広報活動ができるよう、
オリジナルのデータベースのソフトを開発することでした。
もちろん、鎌田はプログラマーではありませんから、
事務長の意見をもとに、ソフトの基本理論を組み立てたのみです。
しかし、鎌田はこの依頼には乗り気でなかった。
気持ちは分かるが、どこの塾に何回行ったか、どの塾にどの学年の生徒がいるか、
どの塾からの受験実績があるか、そういうデータを分析することは、
逆に言えば、体当たりの姿勢とは言えないのではないか。
そう思ったからです。
この仕事を終え、事務長は鎌田を気にいってくれたようで、
まだ若い彼に、とんでもない仕事を依頼してきました。
「学校の広報活動―例えば
オープンキャンパスなどのイベントを見て、
コンサルティングをしてほしい」。
余程、鎌田が広報に通じていると思ったのでしょうか。
ともかく、できる範囲でならということで、
鎌田はおそるおそるオープンキャンパスに参加したのです。
ところが、問題山積みだった。
校長の話がボソボソ言っていて聞こえない上に、
内容に一貫性もなく、説得力がまるでない。生徒に「来てほしい」と思っていることが伝わらない。
職員のあいさつがプラス評価にならない。
体験授業の教師がヘタ・・・。
挙句の果てに、説明会に参加した親子の後を歩き、
スパイよろしく、
「ここだったら○○高校の方がいいよね・・・」というような会話を聞き取る・・・。
鎌田が「できる範囲で」書いた報告書を、
事務長は真剣なまなざしで一気に読みました。
そして、
「いやぁ、これは助かる。さすがです。
見るところが我々と違いますね。これは、理事長にも見せないと・・・」と。
次の年、校長は解雇処分となりました。
その後、この学校は校名変更のほか、コースの新設、
専門学科の廃止など、さまざまな改革をほどこし、経営危機を脱出しました。
鎌田は、自分の力ではないと思っています。
内部の力。それこそが決めてだった。
鎌田が学校に出入りしている際、
ひとりの人物、当時の広報部長だけは、あまり歓迎していない様子でした。
鎌田のなすことを無視したわけではありません。
むしろ、利用できるものは最大限に利用していた。
しかし、最後だけはゆずらなかった。
「ありがとうございました。じゃあ、これからは私たちが・・・」
こうした経験は、今に至るまで、鎌田の仕事観に通じているようです。
~【Kama 8 転職の決意】につづく
【Kama Final】 最終回 時間… 2007.08.15
【Kama 12】 人生最大の転機 2007.08.14
【Kama 11】 数千人にのぼる学校… 2007.08.13