あそべぇ! ~ 1+1≠2

2005.09.05
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カテゴリ: 地域との関わり
迷惑メール事件で、せっかくの防災訓練レポがお釈迦になってしまい、傷心の、やけくその夜を過ごしたのが昨日のこと。
でも、エイクマンさんの「レポ待ってます」の声に励まされて、エディターに向かうことにした。

さて、防災訓練レポのはじめは、うちの地区の状況のご説明から。

うちの地区は、古くからの住民、と比較的新しくこの地に来て地区の活動に積極的に関わる人と、新しくこの地に来ているが地区活動にはほとんど関わりを持たない人達がいる。

総合防災訓練は、市全体で一斉に実施されるが、地区毎に各地区の「災対連」が運営の中心となっている。災対連には、自治会・町内会など地域団体からもアテ職が出ているが、それ以外の構成については、私は把握していない。

訓練は、いくつかの町内会・自治会が集まって、近くの広場で行われた。呼びかけは広報車、回覧板、市の広報などを通じて行われる。

毎年、地元の小中学生にも案内が配付されるが、今年は【今年は特に、小学生(高学年)、中学生を対象とした内容で実施します】のご案内だった。

が、しかし、防災訓練現場には中学生の姿はほとんど見えない。小学生の数だって、数えるほどだ。その小学生もほとんどが低学年だったりする。その低学年にくっついている保護者がいて、あとはもう少し上の世代の方々が参加者のほとんどを占めている。

★ これで、子ども向け内容で・・・という案内が全く功を奏していない事がわかる。同時に、保護者の危機管理意識がいかに低いかも明らかである。★

さて、今まで私は、防災訓練というのは「参加者」のために行われるものだという意識しかなかった。しかし、今回の訓練を見ているうちに、これは「管理者(行政など防災時に中心的な役割を果たすべき人たち)」のために行われているのだと言うことがわかってきた。
私たちのように無知かつ自己中心的な参加者が被災時には被災民となることを考えると、こういう集団を前にしたときどんな問題が起きるのか、どんな解決方法が考えられるのかを、机上ではなく検証することは、所詮訓練ではあるが、多少なりと管理者に経験値を積ませるいい機会なのだと、ようやく思い至ったのである。訓練は、参加者の救急や消火技術の向上よりも、管理者の対策技術の向上にこそ大きな価値があるのだ。

そういう観点から、今回の訓練の「ここ、へんじゃない?」を思い出すままにあげて、所詮机上の甘い考えではあるがコメントしてみる(思い出せるかな?)。

1.交通整理

集合時間に各自治会の幟の下に集まり、自治会単位で各コーナー(消火、救急、トリアージなど)を巡って体験してゆく段取りらしい。
しかし、訓練に遅れてきた参加者の中には自分の自治会がわからない、とか、現在何が進行しているのかわからない(どこへ行けばいいのかわからない)というケースが続出。

たとえば会場入り口付近に、案内係をおいて、途中参加の人にゆくべきところを指示する等の対応が出来ないだろうか?
いざ有事の場合にでも、「どこへ行け、何をしろ」を指示してくれる窓口があったら、人の流れが滞ることが少ないのではないだろうか?窓口で、○○町の、××です。って連絡をしておけば、生存確認にも役立つかも。

2.船頭は誰?

災対連といいながら、かれらとて専門家ではない。地区には地区の「顔役(悪い意味じゃないですよん)」がいて、指揮に当たる災対連

の方々よりも顔が売れていたりすることも少なくない。
さて、いざバケツリレーを始めようとしたら、列の先頭の方で指揮をしている係と、列の最後尾あたりにいる「顔役」とでは、やろうとしていること(たとえばバケツリレーの方法)が食い違っていることがある。さて、そうなると、どうするんだぁ?に挟まれた一般参加者は右を見て、左を見て、両手にバケツをぶら下げたまま途方に暮れるのである(スミマセン、多少オーバーに書いています)。

私はPに関わるようになってやっと地域の「顔」がわかるようになってきた。ということは、多くのふつーの人は、地域の顔を知らないということが考えられる。同時に、災害時に指揮を執るべき役割の人が、いつでも作業服を着てヘルメットをかぶっていられるということでもない。組織だった訓練を受けることのない、また、地域の顔を見知ることも少ない一般参加者(=烏合の衆)は、いったい誰の指揮に従ったらいいのだろう?

その場で自然発生的に命令系統が立ち上がることもあるだろう。それはそれでいい。だが、組織的に命令系統を活用したいと思うのなら、その指揮的役職にある人は「どんなときでも腕章を着けている」のような目印を明らかにしておいて、そのことだけを住民に周知し、腕章を着けた人の指示に従うべしという訓練?だけをしておけばいいのではないだろうか?

全員が声を出して、知恵を出し合うことが必要なときもあるだろうし、ときには、号令一価が必要なこともあるだろう。号令一価が必要とされるときに、うまく号令が行き渡る工夫はしどころだと思う。

3.お話を聞いてもらう工夫

訓練は終了しました。講師の講評や、関係官庁の挨拶を受けましょう・・・。おいおい、聴衆の「お話を聞く態度」は、小学生のそれ以前です(授業参観中の保護者の態度の悪い例の方を思い浮かべていただくと・・・)。しかし・・・ちょっと待って。列後方に並んでいる私からは、話をしている人の姿が全く見えない。それは、当然。何しろ、彼らは私たちとおなじ平面に立っているのだから。

大勢の人に一斉に話しかけたいときには、是非高いところから声を掛けてほしい。聞き手の前に話し手の姿を現してほしい。朝礼台がない・・・なんて言わずに、是非後ろの水道の上でもいい、机の上でもいい、高いところに上がってください。そうすれば、聞き取りにくいスピーカーの音にも耳を傾けることが出来る。相手の表情を読むことが出来る。そうすれば、聞き手の意識を集めることにだって多少の効果はあるだろう。

4.子どもと大人

訓練の内容は決してPR文のように小中学生対象に工夫されているものではなかったと思われる(例年とおなじ程度だった)。けれど、子どもたちは参加した。一生懸命担架をつくり、一生懸命バケツリレーをした。
しかし、である。実際の現場で子どもたちの力をこのように借りることがあるのだろうか?

「保育班」みたいなものが出来て、力を借りることの出来ない子どもたちの面倒をまとめてみます、とする方がよっぽどいいのではないかと思う。そして、高学年になれば、高学年なりの手助けを出来るようになる、中学生になれば、さらに別の手助けが出来るようになる。

子どもたちに、大人とおなじ働きをしてほしいと要求する必要はない。年齢に応じた、彼らにふさわしい活動があるはず。それを検証することが、今回の訓練で狙うべき事ではなかったか?


★ また、雨が強くなってきた。防災訓練に対する意見?は凡そ以上のようなものだった。しかし、こう考えると防災訓練じゃなく、Pの活動についても同じことがいえるな。 ★

さて、ここで思い至ったのが、学校、またはPの果たす役割。
冒頭で述べたように、災害弱者を抱える保護者(=一番、防災意識を持ってほしい住民の一つ)の参加意識は驚くほどに低い。
もし、彼らに対して防災訓練を経験してほしいと思ったら、(地域には、そうした強制力はないので)これは、学校を拠点にするしかないんじゃないだろうか?
学校が、児童相手の訓練で手一杯というのなら、Pはその役を果たすことができるのではないだろうか?

子どもたちに出来ること、大人達に出来ること、その連携。そうしたことを大人も子どもも一緒に考え、工夫してゆく、そんな企画が出来ないだろうか?と心底思わされた一日だった。

さて、コピペ出来るかな?





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最終更新日  2005.09.07 06:34:07
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