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今週日曜日2ヶ月と一週間ぶりに主人が家に帰って来ました。2ヶ月は長いようで過ぎてみるとあっと言う間でした。2日おきに病院へ通っていたので結構忙しく、合間には雛人形の会、一ヶ月に一回の咲き織りの会などもあり、さらにその合間には普段会いにいけない知り合いの家を訪ねてみたりと、結構忙しく毎日が過ぎていた。退院の日は日曜日であったが、同じお部屋の奥さんも来ていらして、その御主人はパーキンソン症状もある筋萎縮症だったか殆んど寝たきりで起き上がることは全く出来ない状態なのだ。年齢的にも我家と殆んど同じ世代で時々お見舞いに来られる息子さんたちも同じくらいの方と我家の次男は年が離れて生まれたので少し若いがそれでも最近結婚したばかりというご次男さんも奥さんとお見舞いに来られている時もあった。我家の長男は在アメリカなのでなかなか来てはもらえない。次男も茨城なので年に何回かしか、来てもいらえないが、お隣さんは皆さん近隣に住んでおられるようで日曜日と言うとどちらかの家族が見えていることが多い。少しい羨ましいと思うが仕方がない。退院の日は主人は朝から待っていたらしく、迎えに行くと車椅子に座ってすぐにでも出られる体制、とばかりに座って待っていた。私はまず「お昼ご飯を食べさせてね。これから食堂へ行くから」というと主人も「一緒に行く」というので看護師さんに断わって一緒に歩いて食堂へ行く。私がお弁当を食べている間主人は座って待っている状態だったが、早く部屋に帰って早く家に帰りたがっている。食堂では隣のテーブルに以前話しをしたことのある脳梗塞か何かで半身マヒになってしまっていると言うまだ50代の男性の方がお仲間の人と競馬三昧の最中であった。リハビリを受けながら、携帯電話で競馬に夢中らしい。この2ヶ月間食堂でお昼を食べながら色々な方とお話をする機会があった。考えてみると我が主人は寝ていて起きない日も在るものの良い日はとんだ元気だし、体力は昔のままという訳にはいかないけれど、歩いて病院の中も散歩できるし、季節の好い時期は病院の外も少しは歩いて来る事も出来るのだから、きっとだんだん良くなるのかもしれない、と希望を抱いて退院してきた。帰りには「姫胡桃の会」のおひな祭りの会場にも寄る事が出来て、何時も一緒にお世話になっている皆さんにもご挨拶することが出来た。私の作った作品も主人に見てもらいきっと来年はもっと沢山の作品を私も出せることを心に誓いつつ家路に着いた。 迎春・開運!【ノベルティ●景品●プチギフト●記念品●粗品●販促】ちりめん細工雑貨★ちりめ...価格:4,800円(税込、送料別)☆雛人形☆★送料無料★慶陽 立雛[夢]ひな人形 お雛様 ひな祭りコンパクト・ミニサイズな可...価格:7,875円(税込、送料込)
2011/02/27
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このところ国内では桜島の噴火で地元の方は本当に大変な毎日ですね。お気の毒でニュースを見ると何も出来ない自分が情けなくなります。世界では中東情勢が緊迫して余りの悲惨さに心が震えています。こちらも何の力にもなれない自分でブログを書く元気になれませんでした。テレビばかり見ているわけにも行かず、夜もおひな祭りに間に合うように作品作りに時間を割きました。昼間病院にも通うので疲れてしまい、毎日は出来ませんでした。それでも今日から始った姫胡桃の会のおひな祭りに今年は少しでも自分の作品を出せるようにがんばりました。主人が入院しているので少しは出来るかと思いやっとこですがお地蔵さんのちりめん人形を作りました。咲き織りの会で作った織物にさるぼぼを飾ってみたりと、他の方に比べたら余りにも少ない量ですがそれでも、去年は何も出せなかったことを思えば進歩です。胡桃倶楽部でやっていますのでこれそうな皆様は3月3日までやっていますので来て下さいね。
2011/02/26
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21日の夜8時過ぎに次男から電話が入りました。予定より早めに生まれました。母体が少し大変だったので陣痛促進剤で早めの出産となったようでした。うれしい事が続きますね。写真も送ってきましたがサイズが大きすぎてここには載せられません。縮小する作業をしないといけないのですが最近いろいろなことがありすぎて忘れてしまいました。又何時か載せますので!
2011/02/22
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昨日は病院に行ってきました。主人は起きて待っていたようで、午後になってから病院に着いたのでかなり待っていたようで、私の手をぎゅっとつかんで離してくれませんでした。しばらくすると安心したようで又横になってしまいましたが、「せっかくだから歩こうか?」と声を掛けると起きてトイレに行って病院の中を一周しました。少し休んで、しばらくして又トイレに起きてもう一度病院の中を一周して、早目の夕ご飯になりました。日が長くなってきたので帰り道も明るくて楽になりました。今日は雛人形の会に行ってきましたが、もうすぐひな祭りなので忙しいですね。私は自分の作品が遅々としてなかなか出来てきませんが、皆さんどんどん作って色々な作品が集まってきています。今日のプロフェッショナル;仕事の流儀 衣装デザイナーの生き様に釘付け!誰にもまねの出来ない事。革命的である事。常に時代を超えている事。彼女の強さに目を見張るばかりでした。仕事と結婚したと思ってひたすら全ての可能性を仕事につぎ込んできたと言う石岡さんに、今の自分の姿と重ねると尊敬の念で一杯になりました。追求し続ける事、常に前を見続けるプロフェッショナル、生き続ける事が空しかったり、苦しかったり、思いどうりに行かない日々の中で努力し続ける石岡さんの生き様に私も何かまだできるかもしれない。と介護にばかり気をとられている自分を反省し、もっと前向きにならなければと自分を励ましたい気持ちになりました。 【送料無料】石岡瑛子価格:1,223円(税込、送料別)石岡瑛子作品の全てhttp://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1159.html
2011/02/14
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「らい病」という体が腐敗したり、様々な人間にとってはなんとも恐ろしい症状が出てしまう病気があります。昔、モーゼの「十戒」という映画の中にも出てきていましたので、知っている方もいるかと思いますが、らい病と診断されると、隔離されて普通の人達とは決して接触しない環境に閉じ込められ、学業も結婚も全ての人生の選択が奪われていました。男性は断種手術を受け、女性も子供を生むことは出来ず、隔離施設内で結婚する男女にとっても子供を生むことは許されなかった。朝日新聞「人、脈、記」草津の国立療養所「栗生楽泉園」という昔「らい病(今はハンセン氏病)」の隔離病棟がありました。私の母方の親族で母の従兄弟に当たる叔父さんがその療養所に勤めていた時、父に連れられて草津温泉に初めて行きました。父も当時は結核療養所の医師でしたが、私は同じ療養所でも、結核ではなく「らい病」という病気の療養所があることをその時初めて知りました。私はまだ小学生の高学年ではありましたが、らい病という病気が人里はなれた山奥に隔離されている事をその時知り、結核よりもっと怖い病気なのだと知りました。初めて入った草津の温泉は湯気がもうもうと立つ熱い熱い温泉で、私は湯あたりして貧血を起こして倒れてしまいました。心の奥にその怖い病にかかった人たちはこれからどうなっていくのだろう?と子供心に気になりながら横になってやすんでいたものでした。そのしばらく後の頃、モーゼの「十戎」を見ました。それからしばらく余り身近な事ではなくなっていました。ここに来てハンセン氏病という名で時折新聞に記事が出ていましたが、今回初めて、詳しい経緯を特集で知る機会を得ました。今でもまだ隔離はされないまでも病気そのものは存在していると言う事実、一方結核もやはり絶滅したとは言えない病気として存在している事は、言われている。我が主人のパーキンソン病は隔離される必要はない病気ではありますが、病人を持って初めて、治らない病気を持った本人、家族の苦しみが解かってきたこの頃であります。 【送料無料】運命の顔価格:1,575円(税込、送料別)【送料無料】あなたは顔で差別をしますか価格:1,575円(税込、送料別)
2011/02/12
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主人の病院へは2日おきに行っていますが、寝ている時もあり、起きている時も在りますが、最近は声を掛けると少しの時間ですがトイレに歩いていったり、病院の中を散歩したりと、私の居る間は付き合ってくれるのでホッとしています。やはり一人で居る夜は寒いし、早く帰って来て欲しいと思ってしまうこの頃です。今になって今回の入院は言語リハビリに重点を置いて欲しかったと気が付きました。前回の入院の時は若い熱心な言語リハの先生が声を出す訓練用に短い文章を印刷した物をくださいました。その先生が去年訪問リハビリで月一回でしたが来て下さって主人の嚥下障害の原因でもある喉の運動を指導してくださいました。今回の入院は担当の先生は違う方で余りやってくださらないまま退院の日が近づいてきてしまいました。夫婦とは何だろう?どちらかが病気になったり、離れて暮らす時間が増えてしまった夫婦の方がきっとお互いを必要とすることに気が付くことが出来るかもしれない。トルストイの奥さんは3大悪妻の一人とされていたとの事だが、最近になって発見されたトルストイの日記、奥さんの日記を読むことで決して悪妻ではないと知る。人は当たり前に存在する連れ合いに鈍感になってしまう、それぞれの価値観が芽生えて長い夫婦生活の中ですれ違いが起きて離婚してしまう夫婦も増えてしまっているこの頃であるが、トルストイのように余りにも恵まれすぎて、晩年になって人生の最後に世の中に還元すべき自分の役割に目覚めてしまった夫についていけなくなってしまった、妻の苦しみを夫であるトルストイは厳しく「自分の苦しみは自分で解決しなければいけない。」と妻に告げて、間もなく死んでしまう。生きていてこそお互いを大切に出来る時間が在るのだから、苦しくても出合った事を忘れないで生きていたい、と感じるこの頃である。82歳で家出したロシアの文豪トルストイ。その謎を初公開の妻ソフィアの日記から読み解く。崇高な理想と家族の現実に引き裂かれ、もだえ苦しむ夫婦の姿を浮き彫りにする。http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2011-02-06&ch=31&eid=1112 【送料無料】豆しば黒豆しばとトルストイの家出価格:880円(税込、送料別)集英社・トルストイ 原久一郎訳愛蔵版世界文学全集20 戦争と平和1 トルストイ 【中古】afb価格:1,000円(税込、送料別)【送料無料】トルストイ価格:6,300円(税込、送料別)
2011/02/06
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ETV特集「枯葉剤の傷痕を見つめて~アメリカ・ベトナム 次世代からの問いかけ」を見ました。枯葉剤を身に受けて帰還した米兵の娘が、様々な障害を持って生まれていた、ということを知りました。学生時代、今から42年前ベトナム戦争が始った頃私は大学の寮にいました。ベトナム戦争が始って、「ベトナム戦争反対;小田実さん率いるべ平連」に参加したり、さらには早稲田大学と一緒に活動する我が女子大学の革マル派(革命的マルクス主義派?)にまで首を突っ込んでいました。兄に心配をかけながら、その中で激しいデモに参加したり、官憲にもう少しで引っ張られて連れて行かれそうな場面もありました。ベトナム戦争は6年の長い間ベトナム本土を焼け野原にし、沢山の犠牲者を生み終結しました。しかしアメリカ軍の撒いた枯葉剤により沢山の犠牲者が出ていたことは知っていました。さらにこの今というこの時にも枯葉剤のダイオキシンによる犠牲者はベトナム本土ではあとを絶たないという事実に唖然としました。土の中に残っているダイオキシンは簡単に除去出来ないことで沢山の奇形児が生まれ続けている、この現実を知り私は自分の子供を育て終わってホッとしているだけの自分に改めて気が付きました。アメリカ兵の娘さんであるヘザー・バウザーさん38歳。我家の長男は39歳、ベトナム帰還兵が私の世代であり、息子の世代がその第2世代の犠牲者だという現実に涙が止まりませんでした。今も世界では戦争が続いています。又テロも止む事がない。何故人は同じ人間同士争い続けなければならないのか。主人の病気のことで頭が一杯なっていたこの頃の私にとって世界では沢山の重い病気が山積している事に今の自分の無力さに、またどうしようもないジレンマを感じてしまいました。目先の利益や自分の身の安全ばかりに気を取られている、もっと自分に出来る事はないだろうか、日本という国も広い意味で何が出来るかを考えていける国になって欲しい、と願って止みません。 THE WAR シリーズ::THE WAR ベトナム戦争 IN THE JUNGLE価格:12,096円(税込、送料別)【送料無料】市民がベトナム戦争と闘った価格:1,365円(税込、送料別)【送料無料】アメリカの化学戦争犯罪価格:3,675円(税込、送料別)
2011/02/01
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