漫画家・写真家玉地俊雄 紫煙のゆらぎ

漫画家・写真家玉地俊雄 紫煙のゆらぎ

2008.05.20
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カテゴリ: 紫煙のゆらぎ

   篆刻    秋月春風等閑度
 秋の月も春の風も等しく閑しく過ぎ去ってしまった。



          紫煙のゆらぎ・リーガロイヤル


旧知の友人の元上司におだてられて頼まれて、ほいほいと安請け合いをしてしまう、
おっちょこちょいの性格はなかなか直らない。

初めてお会いするイベント会社との、なんとはなしの久しぶりの漫画家の隠し芸、
2分で似顔絵会にリーガロイヤルホテル3Fの大ホールまで出かけた。



集合時間は4時半。
開始は6時頃。
15枚描いてギャランティは5萬。

まあ、友達の友達の頼みである。


あまりにスタンバイが長いのでふらりぶらりと逍遥していると
ピアノが打ち捨てられているのが目についた。

中型のグランドピアノだった。
まぁ、リーガロイヤルとしてはアップライトは恥ずかしくて置かないだろう。

スタインウエイ・アンド・サンズのフルコンサートグランドは4千万はするし、
こんなホテルなどには場違いだ。

ドイツのヴェーゼンドゥルファーの音質などわかる人は居ないだろう。
この中型で十分だ。

しかし、彼女は1年以上は打ち捨てられたままで、
エスカレーターの脇のせせっこましい処で、淋しそうに、ひっそりとしていた。

彼女のかすかな声が聞こえる。

「わたしはさびしい。あなたわたしを弾いてくれませんか」

僕はいつもこういう呼びかけについついほろりとしてしまう。

蓋を開けると真っ白い鍵盤と黒い鍵盤が綺麗だ。

しかし、天蓋はホコリだらけだった。
蓋にはいっぱい指紋の後が付いている。

あなたは長い間、僕がここへ来るのを待っていたのだろうか。

うろ覚えの「ヨハン・セバスチャン・バッハ。アリアと30の変奏曲」

アリアは静かでとても美しい音楽である。

第1ヴァリエーションは突然の大声で叫び始めて近所迷惑なので、アリアだけ弾いてみよう。

たんたあんたららら~らららららぁ
このアリアはとても美しい。

美しさのためについ指の押し込みに感情と、少しアクセントが入る。

美しい音がする。
調律も正確でくるっていない。

天蓋を開ければもっともっと良い音が響くだろうが其れはしてはいけない。

何回か繰り返されるこのアリアのさわりだけ弾いていると、
その静寂と美質の背後から慇懃無礼な言葉が、この音楽と哀れな楽器の哀切の訴えを壊した。

「お客様。このピアノはここに打ち捨て、ほかしたおしてあるのですから、
 勝手にお弾きにならないで下さいませんでしょうか」


「失礼しました」

「でも、一言いいでしょうか?」

「リーガロイヤルホテルはこのピアノに対して、また、
 楽器に対してもっと礼儀をつくしていただけないでしょうか」

「天蓋のホコリを拭いてあげてください」
「蓋に付いた指紋も拭いてあげてください、このピアノが可愛そうです」

「リーガロイヤルホテルとはそんな“ 大 ”ホテルだったのですね」

「お願いします」

「これは楽器と音楽を愛する事への侮辱です」

「失礼いたしました」


慇懃無礼なこの女性には音楽の悦楽は終生わかるまい。
なにも答えずぢっと僕の本音とイヤミを聞いているだけだった。


帰り際に彼女の淋しそうな姿を見たくてもう一度近寄ってみると、
ホコリも指紋もそのままで、椅子の前にだけ立ち入り禁止の縄が張られていた。

かわいそうに。

どうか、このブログが彼女にとって迫害となりませんように。
そして、綺麗に手入れされて美しくなりますように。







社団法人日本漫画家協会会員・参与


                              玉地 俊雄  





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最終更新日  2008.10.03 13:35:40


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