漫画家・写真家玉地俊雄 紫煙のゆらぎ

漫画家・写真家玉地俊雄 紫煙のゆらぎ

2014.10.25
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カテゴリ: 長谷川恒男伝


滝谷









       長谷川恒男伝 ・ 東三国から梅田まで歩いてみた 2







1987年夏の北穂高小屋で長谷川恒男さんと交友関係を結んだ。
似顔絵を描いてあげたらずいぶんと喜んでくれた。
この似顔絵貰えませんかというとっぴょうしもない要請があって僕はびっくりした。

彼は滝谷という急峻な絶壁を人ひとりロープで吊り上げた代償で北穂高小屋でワインを飲む。
至福の瞬間だと言っていた。

似顔絵は僕の作品として僕が持つものでは無くありがとうと受け取ってくれる人のものだ。
北穂高小屋の楽しい語らいの産物だから当然無償である事もあたりまえである。




長谷川恒男




雨季のヒマラヤは山ヒルが樹上から塊りになって落ちてくる。
僕は手塚さんが、
孵化したてのクモの巣にあやまって転がり込んで、
クモだけは大嫌いだったのと同様に、
母方の祖父がヒルと吸いダマで旧式だという吸血吸出し治療に、
ヒルを透明なビンに大量保管していたので、
どうしてもおぞましくてたまらないと言うと彼は盛んにヒルの修正について熱く語っていた。

それからいろいろな付き合いがあった。
長谷川恒男さんは僕より2才年上であった。

北歩高小屋でどうしても聞かなかった事がある。
体力が登坂に耐えられなくなった後はどうするのかという問いは出来なかった。

ウルタル2峰で雪崩に遭った。



道路



僕は手塚さんよりも7才年上になった。
長谷川恒男さんよりもはるかにはるかな年上になった。

足腰は痛くなかなか運動するチャンスも無い。
というよりも運動をし無い。
槍穂高連峰を地図なし単独行を続けていた30代はもうはるかな過去形である。
朝4時に山小屋を出て昼の2時には次の山小屋へ着く。

まだまだ歩ける。
歩かねばどんどん老人度が増してくる。

梅田方面は淀川の橋の上から見えているではないか。



ANA



ANAの航空機が上空を飛んでくる。
僕のアトリエ付近はこの朝8時頃から夜の8時半までひっきりなしに爆音が聞こえる。
ヴァイオリン協奏曲のカデンッァが微妙に奏でられる時は爆音がとてもイケマセン。

窓を閉め切っても雨戸を閉めてもアキマヘン。
其の為10年ごとに空調設備を無料で更新するという巨大な無駄遣いが横行している。
関空を作るにあたって豊中・池田・伊丹空港を廃止するという約束事は詭弁と嘘8百万だった。

沖縄県知事選挙で現職が敗れても普天間基地は10年以上動かないと司令官が公言している。



河川敷



河川敷の方向を振り返ってみる。
茂みがある。
茂みを越えると淀川の本流がみえてくる。

淀川を渡る橋はもう半分を超えている。
まだまだ梅田は遠い。



梅田方面



梅田方面の空は高い。
秋空だもの。

歩くという行為はふくらはぎの運動である。
9.8m / sec で足の血流は下方向に引っ張られている。
地球の重力である。

足は心臓と同位置にある就寝時が最も血流が良い。
僕は糖尿病だから大腿部下肢動脈の血流を良くする為にこの事を意識している。
プロサイリンという名の高価な薬は血流を良くする。

自転車は止めた。



淀川本流



歩くのだ。
淀川の本流が見えている。
淀川を渡る橋ももうすぐ下り階段の終着地が近い。

渡り始めたころよりずっと梅田方面が近い。
ゆけ。



近付く梅田方面



梅田方面がもう間近にせまってくる。
穂高連峰涸沢へとゆ登山道は梓川本流の木道橋を渡ったとたんに登山部新人殺しの阪がある。
3時間辛抱して涸沢の氷河丘陵にある涸沢ヒュッテが見えてからがまた遠い。
苦しくとも涸沢までゆかねば命が危ない。

長谷川恒男さんは生還してこそ冒険だと言っていた。
梅田は近いがもくた目的地はまだ遠い。


振り返れば




振り返ってみると今来し方がはるかな遠くになっている。
南方方面の上り口からもう30分は歩いただろうか。

蝶ヶ岳ヒュッテから常念岳の登りは猛烈にキツカッタ。
下りは膝の半月板が外れるかと思うほどキツクて常念小屋に着いた時はもうアキマヘン状態だった。
前穂高を下る時よりもキツかった。

梅田如きなにするものぞ。



南方方面



南方方面を振り返って見た。
秋の空はあいかわらず高いたかいどこまでもたかい秋の空である。

冬・春・夏は秋の空の美しさを待っている季節だね。



降り口



とうとう梅田側への降り口にまでやって来た。
涸沢ヒュッテのある氷河が作ったモレーンという場所まで来たようなものだ。
休憩はしない。

もうすぐ地下鉄でいえば中津の地域に来ているのであるから先を急ごう。
地下鉄中津方面からゆくのか。



地下鉄御堂筋線




それとも地下鉄御堂筋線中津駅の線路を乗り越えてJRの高架下からMBSを目指すのか。
地下鉄御堂筋線が地上鉄御堂筋線になるのがこの場所です。
地下鉄のトンネル内では騒音が猛烈で耳栓が必要と感じる時が多々あります。

淀川の上を走る地上鉄御堂筋線の車両は轟音を轟かせながら走行しています。
あれが地下のトンネル内だと凄いってえのは納得。
みんなよく耐えられるな。
居眠りしている人々はもっと不思議だ。



JR高架下



中津方面へ出ると直線で梅田方面に出ることが出来る。
JR東海道線の高架下をくぐると実にさびれた風景と無人の街がある。
梅田は人であふれているのに10分の距離には無人の道路しかない。

高架下をくぐってMBS方面へゆこう。



MBS




毎日放送のビルディングが見える。
もう梅田圏内に入っている証拠である。
何故歩いているのか。

ヨドバシ梅田にあるエソテリックのSACDを買いにゆくのである。
ただし。
ヨドバシ梅田店から帰りの道のりに思いをいたせば道はまだ半分を過ぎていないのである。

長谷川恒男さんは生きて帰ってこそ冒険だと言っていた。
北穂高小屋で延々と語り合った時をあざやかに思い出す。
僕は66才でまだまだ梅田と事三国間を徒歩で往復できる気力と体力がある。

はずだ。












                                玉地俊雄





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最終更新日  2014.10.25 11:06:05


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