2024年06月18日
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カテゴリ: 「愛」「命」
2024年6月14.15.17日 韓国の信仰の友より

2024年6月14日 韓国の信仰の友より
何時も有難う御座います。

「彼の犯したすべての過ちは思い起こされない」(エゼ33:16)。33章からイスラエルの回復の御言葉が語られていきます。「彼らにこう言え…わたしは悪人が死ぬのを喜ばない…たち帰れ、たち帰れ…お前たちは死んで良いだろうか」(11)と、主は切ない思いを以て語り掛けておられます。立ち帰るなら、思い起こさない。聖書が語る「赦し」とはなんでありますでしょうか?それは「思い起こす」(ジャーカル)ことをしないこと、記憶しない、覚えない、つまり忘れることであります。すべて犯した罪を完全に消して忘れることであります。「彼らの罪を思い出しはしない」(ヘブ8:12)。だから、人間にはこのゆるしが不可能かもしれません。絶対に忘れられないのが人間でありましょう。どこかの覚えの隅にあってふと思い浮かんで来るのであります。時々、悪い思いを引き出すのは主ではなく、人間です。実に、私たち人間には、霞んで生半可な記憶力や忘却症が必要かも知れません。ジャーカルは「誇る」という意味にも使われる動詞であります(詩20:7)。犯した罪など思い出したくない嫌な記憶をすべて取り消し、忘れ、思い起こさないとおっしゃる主こそ誇るべきお方ではないでありませんか。「イエス・キリストの十字架のほかに誇るものが決してない」人生を生きていきましょう。

2024年6月15日 韓国の信仰の友より
何時も有難う御座います。

「主はこう言われる。災いだ。自分自身を養うイスラエルの牧者たちは、牧者は群を養うべきではないか」(エゼ34:2)。羊を養う本質的な務めよりは非本質的な仕事に夢中になっていたかもしれません(3)。それは牧者がいない無牧状態とも言えます。「牧者がいない、いてもいないかのような状態であれば羊は散らされます。でもだれひとり探しに出かける者も、尋ね求める者もない」のであります(6)。無牧教会のことを真剣に祈り求める人がいます。しかしどうでしょうか。一つの解決案を持ち出すととやかく言う人もいれば、言われたこと、決められたことだけする、または前例のないことはしないと言う官僚的思考のゆえに、無牧の羊は霊的飢餓状態で残念がるだけです。問題は他でもなく牧師にあるかも知れません。

2024年6月17日 韓国の信仰の友より
何時も有難う御座います。

「お前は、主であるわたしがお前のもろもろの嘲りを聞いたことを知るようになる。お前はイスラエルの山々について言った。それは荒れ果てて、我々の餌食となったと」(エゼ35:12)。イスラエルの回復の預言の最中にセイル山のエドムの滅びが預言されています。なぜでしょうか。イスラエルの滅亡のありさまを見たセイル山のエドムは「やっぱりそうなると思った」と「嘲り」ながら、イスラエルの地は自分らのものになると喜びました。イスラエルが主にそむき罪を犯し主の裁きによって倒れてしまいますが、だからと言ってイスラエルの失敗を自分らの欲心を満たす機会にして、それは当然の報いだと嘲笑い、喜んで偉そうな顔をして、態度をでかくしていたエドムは結局荒地となると言う預言であります。実に、彼らは歴史から消え去っていきます。イスラエルの回復されることにはエドムの荒廃も含まれていたのであります。他人の罪や失敗による滅びを自分の餌食とする人の結末を黙想せざるを得ません。





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最終更新日  2024年06月18日 08時18分42秒
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