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Twist @ こんにちは! 遅ればせながらあけましておめでとうござ…
Twist @ こんにちは! 遅ればせながらあけましておめでとうござ…
Twist @ はじめまして^^ 先ほどこのロングインタビューを読み終え…
2009.01.31
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カテゴリ: 教育・子育て

 「自分」というものの捉え方の世代間格差、
 そして、ケータイの問題までも織り交ぜながら、
 「友だち」というものについて論じた一冊。

 特に、第2章で示された、高野悦子と南条あやとの生き様を比較し、
 「自律したいという欲求の強さ」から
 「承認されたいと言う欲求の強さ」への変遷を探るという作業は、
 私にとって新鮮で、たいへん興味深いものであった。

   ***

  彼らがそこで表明したいのは、心を大きく動かされた根拠の具体的な中身ではなく、
  その身体感覚の高まりであり、その強度なのである。
  近年のこのようなメンタリティの変化は、社会学者のR・ベラーの言葉を借りて、
  「善いこと」から「いい感じ」への評価基準の変転といってもよい。(p.117)

高野悦子の『二十歳の原点』と、南条あやの『卒業式まで死にません』との比較を、
予め、前段で行っているので、
この辺りのメンタリティの変化についても、たいへん理解しやすい。

  社会学者の若林幹夫の言葉を借りれば、ケータイ・メールは
  「用件」を伝達するためのメディアではなく、
  「ふれあい」を目的としたメディアとして機能している。
  メールで交わされるメッセージの内容自体はさほど重要ではなく、
  メールによってメッセージを交換しあう行為それ自体のほうに重要な意味がある。
  そこには「じゃれあい」や「愛撫」といった効果が期待されているのである。(p.143)

この後に、即レスについての記述が続くのだが、
ケータイについて、これほど的を得た、明快な記述がなされていることに、大いに感動した。
しかし、このことは、大人たちが、そうであることに、あまり気付いていないだけで、
子どもたちにとっては、言われるまでもないことなのかも知れない。

  また、それとは裏腹な現象のようにも見えるが、合コンのような昨今の若者の集まりでは、
  参加者全員が出会ってすぐにケータイのアドレスや番号を教えあうことが多い。
  かつては、気に入った相手だけに番号を教えたものだが、
  いまは、それを断る気まずさに耐えられないという。
  『優しい関係』の下では、ネガティブなリアクションをできるだけ避けようとするから、
  教えることに対するハードルも低くなる。(p.153)

この部分は、私にとって、ちょっとした驚きで、
「本当に誰にでも教えるのか?」と、訝しく感じた。
電話がかかってきても出なければいいし、メールが来ても返信しなければいいとはいうものの、
ネット社会に生きる者としては、あまりにも無防備ではないかと思えるのだが……。

  近年では、第一章で考察したいじめの一形態として、
  ケータイ・メールを使ったいやがらせも増えている。
  大人たちが想像する以上にその被害が深刻なのは、
  メールの受け手にこのような心理的メカニズムが働くからである。(p.160)

ここで言う心理的メカニズムとは、

  ケータイ端末を経由してやって来る情報には心理的な距離感がなく、
  社会的な自己という殻を突き破って、
  じかに自分の内面へと入り込んでくる刺激のように感じられる。
  そのため、肯定されるべき自分と抵触しかねない異質な人間による言葉は、
  きわめて大きな不安の対象となるのである。(p.160)

というものである。
これは、子どもでも大人でも、同じような感覚に陥ると予想され、
ネット・コミュニケーションを行う際には、誰もが、十分心得ておくとともに、
それを受け流す術を身に付けておかねばならないだろう。

  中村の表現を再び借りるなら、
  ケータイが提供するのは「二四時間営業のコンビニのような人間関係」である。
  ケータイは、つながる相手の都合をさほど気にすることなく、
  自分の置かれた状況にもあまり左右されることなく使うことができ、
  しかも身体性の強いメディアであるために、
  たえず揺れ動く不安定な自己のサポートにふさわしいメディアとなっている。
  つながりたい、承認されたいという欲求を、
  とりあえずはいつでも満たしてくれる装置として活用されている。
  したがって、そこに見受けられる断片的で簡便なつながりとは、
  その言葉から一般的にイメージされるような、ドライな人間関係ではない。
  むしろ、依存性の強い人間関係でもある。(p.172)

素晴らしい!!
ケータイという存在の持つ、本当の意味合いを、
ここまでズバッと明快に示してくれることは、そんな、滅多矢鱈にあるものではない。
この部分だけでも、本著を読む価値が十二分にある。





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Last updated  2009.01.31 17:26:59
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