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chiko619 @ Re:新参者(09/22) 「新参者」読みました。 東野圭吾さんは、…
kimiki0593 @ 相互リンク 初めまして、人気サイトランキングです。 …
Twist @ こんにちは! 遅ればせながらあけましておめでとうござ…
Twist @ こんにちは! 遅ればせながらあけましておめでとうござ…
Twist @ はじめまして^^ 先ほどこのロングインタビューを読み終え…
2009.12.31
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カテゴリ: 教育・子育て

 本当の「死」というものから、遠く隔絶された場所で生活する現代人。
 かつて、「死」は身近な場所で起こり、対処すべき出来事だったはずだが、
 現在は、普段の生活の場と全く違う場所で起こり、処理されていくことがほとんど。

 それ故、子どもたちは、本当の「死」というものに直面する機会を失った。
 本物の「命」が失われる場面に立ち会うことが激減し、
 それを失うことが、どういうことなのかを経験できないまま成長していく。
 そのことが、「命の軽視」に繋がっている可能性は、十分に考えられる。

本著は、公立中学校で、天野幸輔先生が取り組んだ「デス・エデュケーション」について、
その内容や変遷、そして、その授業を受けた生徒たちの変化等々を紹介している。
天野先生は、大学卒業後に「死の哲学」や「キリスト教神学」を一年間学び、
さらに、ホスピス病棟でボランティアスタッフを務めるなどした後、25歳で教職に就いた。

ホスピスでの三年間で看取った患者は300人強。
そんな経験があるからこそ、生徒たちの心に大きく響く授業が出来たのだろう。
しかし、その授業に臨むまでの準備や周囲への配慮も並大抵ではない。
知識や人的コネクションの豊富さに加え、教師としてのセンスが素晴らしい。

授業は、まず性教育から始まる。
通常、中学校で「命の教育」と言えば、性教育がその内容の大半を占める。
しかし、天野先生にとっては、それはあくまでも序章に過ぎない。
メインは「死」そのものを扱った授業である。

ただし、いきなり「ホスピスでの人の死」を扱うことは、中学生にはインパクトが強すぎた。
そこで、次の授業は「ペットの死」を取り上げての内容に切り替える。
最初は戸惑いを見せた生徒たちも、次第に引きこまれていく。
そして、その経験は、生徒たちの成長にとって大きな役割を果たしたはずだ。

以降、この個人的な取り組みを、いかにして他に広めていくかという話題になる。
しかし、それは一筋縄ではいかない。
何しろ、生徒たち同様、現代社会に生きている教師たち自身も、
本物の死に関わったことは、そんなに多くはない。天野先生とは違う。

それ故、誰もが天野先生のような授業が出来るはずはない。
たとえ、指導案等を作成し、授業をマニュアル化したとしても、
そこから生徒たちに伝わるものは、それぞれの教師で随分違うものになってしまうだろう。
きちんと教えるからには、教える側の教師のレベルアップが必要不可欠である。

さらに、教えられる側の生徒についても、
その内容を学ぶことができる状態にあるのかどうか、教師は正確に把握する必要がある。
死を扱うことが今までタブー視されてきたのは、それを扱うことの刺激の強さと、
それが一人ひとりの生徒の精神に与えるダメージが、どれほどのものか図りかねたからだ。

それでも、「デス・エデュケーション」は、価値あるものに違いない。
なぜなら、誰にとっても、実は本当に身近で、避けては通れないことなのだから。
そのことについて知り、考えることは、何物にも代え難い価値ある学習である。
ただし、それを学ぶ場が学校しかないというところが、日本社会の辛いところでもある。





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Last updated  2009.12.31 11:17:40
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