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chiko619 @ Re:新参者(09/22) 「新参者」読みました。 東野圭吾さんは、…
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Twist @ こんにちは! 遅ればせながらあけましておめでとうござ…
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Twist @ はじめまして^^ 先ほどこのロングインタビューを読み終え…
2014.10.13
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カテゴリ: 文芸

 でも、『百万回生きたねこ』は読んだことがある人でも、
 佐野さんの名前を覚えている人は、そんなに多くないのでは?
 かく言う私も、申し訳ないけれど、名前は全く覚えていなかった。

 それでは、なぜ今回、佐野さんのエッセイを読むことになったのかというと、
 それは、 『定年後のリアル』 という本で、本著のことが紹介されていたから。
 そして、読書に先だって、 ネットで調べてみると
 佐野さんというのは、とても興味深い人だということが分かった。

そして、エッセイも鮮烈。
穏やかな世界で生きておられるようで、実は内面にはこちらがおののく程の激しさがある。
でなければ、人里離れた山村で、一人で暮らすなんてことは出来ないだろう。
たとえ、それが様々な人々との交友で、日々が埋め尽くされているように見えていても。

  呆けたら本人は楽だなどと云う人が居るが、嘘だ。
  呆然としている四歳の八十八歳はよるべない孤児と同じなのだ。
  年がわからなくても、子がわからなくても、季節がわからなくても、
  わからないからこそ呆然として実存そのものの不安におびえつづけているのだ。
  不安と恐怖だけが私に正確に伝わる。
  この不安と恐怖をなだめるのは二十四時間、母親が赤ん坊を抱き続けるように、
  誰かが抱きつづけるほか手だてがないだろうと思う。
  自分の赤ん坊は二十四時間抱き続けられるが、
  八十八歳の母を二十四時間抱き続けることは私は出来ない。
  そしてやがて私も、そうなるだろう。
  六十三でペテンにかかったなどと驚くのは甘っちょろいものだ。(p.18)

佐野さんが、八十八歳の痴呆の母親について述べたものだ。
母親が佐野さんに「おいくつでいらっしゃいますか」と何度も何度も尋ね、
佐野さんは「六十三です」と何度も何度も繰り返す。
そして、母親に尋ね返すと「四歳ぐらいかしら」と答えたのだった。

  孔ちゃんの死が私にショックを与えたのは、今まで全く感じた事のないさびしさだった。
  父が死んだ時とも、兄が死んだ時ともちがう。
  私達が老いて、誰にも死が近づいている。
  これからも生き続けるということは、
  自分の周りの人達がこんな風にはがれ続けることなのだ。
  老いとはそういうさびしさなのだ。
  一カ月前床をたたいて泣いたのに、今、私はテレビの馬鹿番組を見て大声で笑っている。
  生きているってことは残酷だなぁ、と思いながら笑い続けている。(p.154)

一人で暮らすということは、こういうことに向きあう時間が、とても長くなるということ。
そのことが、どんな文章のうちにも、強く感じられる。 





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Last updated  2014.10.13 11:35:59
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