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ところでこの問題、日本中で連日騒ぎ立てるようなことだろうか。国技などと言うから御大層なものに見えるが、元々(もともと)歌舞伎などの音曲と並んで 「興行」の世界 の話。 この世界は昔から堅気でない人々がたつき(生計)をたてるための道だった。 つい最近まで人糞(じんぷん)を肥料にした野菜を食っていたわれらが父祖が、平気で腹に回虫を飼っていたようなもの。「道はずれ」にもそれなりに生計の道を用意してきたのだ。
元来相撲はスポーツではない。われわれ、表も裏もある日本人の伝統文化だ。国民放送(NHK)はそれを「健全市民」の競技会にしてしまったのだが、この興行で食っている人々の中には 昔ながらの道はずれも 交じっている。 このことを知る人は知っているのに言わない。 世を覆う「無菌志向」と「不潔恐怖」が事の本質を語らせない。
折から政治は選挙の季節。ここでも人々は清潔を求めている。「沈香も焚(た)かず屁(へ)もひらず」の台詞(せりふ)は忘れられ、 なるべく無能な無菌者(というイメージ)が選ばれる。 そうすることで有権者は、自らの「ねたみの心」を宥(なだ)めている。それこそ不潔な心だ。 (精神科医)
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