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「結党までの過程に大きな問題があった。立憲民主党出身の野田佳彦共同代表は『大きな塊をつくる』と言って新党を立ち上げたが、それ以外のビジョンを打ち出せなかった。(2015年に成立した)安全保障関連法に対抗した野党共闘では、政党と市民運動との間に幅広い協力関係があった。 今回の新党では、永田町の論理を超えたものを示せなかったのが失敗の要因 だろう」
「党名も良くなかった。なじみのない『中道』と、日本維新の会のイメージが強い『改革』という言葉を、急場しのぎの『連合』で接着させた。立民が持っていたブランドイメージを自ら壊してしまった」
――政策面でも立民は軌道修正を図った。
「 公明と接近するために安保法や原発再稼働を容認したが、こうしたテーマは本来、立民支持層が重要視してきたものだ。 高市早苗首相の奇襲のような衆院解散を受けた新党結成で、コアな支持者は政策面での急な方針転換について行けず、フワツとした支持層も行き場を失ってしまった」
――野田氏と公明出身の斉藤鉄夫共同代表が前面に立ったが、党のイメージ戦略はどうだったか。
「党の中心におじさんたちが集まっているようにしか見えず、ジェンダー感覚が欠けていた。自分たちで(通信規格の5Gにかけて)『5爺』と呼んでいたが、結果として初の女性首相である高市氏の存在を際立たせてしまった」
――「1強多弱」の政治状況になった。野党第1党としてどうあるべきか。
「参院には立民と公明がそれぞれ残っているが、今回の惨敗ですぐに合流することは難しくなったのではないか。ただ、衆院の立民系は21人に過ぎず、別々の党に戻ればいいとも思わない。高市政権は今後、改憲など保守的な政策を進めてくる可能性かあり、それに対抗する勢力は必要だ。 中道は、高市政権を支持しない有権者が政治に何を求めているかに向き合うことから再建を始めてほしい」
(聞き手・木谷孝洋)
<なかの・こういち> 1970年生まれ。上智大国際教養学部教授。専門は比較政治学、日本政治、政治思想。2015年に結成された「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」の呼びかけ人。
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