ソクラテスの妻用事

ソクラテスの妻用事

2019年12月22日
XML
カテゴリ: ブログ冒険小説


 写真日記     
Huちゃん 写真日記   を転載しました。 写真は、Huちゃんさんの「 大阪港ダイヤモンドスポット:大阪港夕景・茜空 」激写作品から借用させていただきました


​  3月7日掲載(1)~       

ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――(55)

(この物語に登場する人物、団体名はフィクションである。だが、歴史及び政治背景は事実でもある)

海峡の呪文(5)
 『エゾッソ号』は錨を降ろし、根室港の外洋に出たところで停まっていた。昼12時過ぎとなると、海霧が嘘のように消滅していた。紺碧の空が根室海峡の天に広がっている。いつになく波はない。ベタ凪である。実に清々しい光景である。
 『エゾッソ号』から漁船に乗り移った十鳥、海人、要員たち、ミハイルとエカニーナ、バハイロは、狭い甲板の両サイドに別れて座り込んでいた。
 日露北方四島観光調査団の避難民全員がは、他の船に隔離していた。外部との連絡が出来ないように、札幌公安調査局の要員が監視に当たっている。公安調査局の要員の報告によると、北方四島日露共同経済協力(歯舞群島1島返還で日露平和条約を目論む)を主張している国会議員たちが、煩(うるさ)く騒ぐので睡眠剤を注射して眠らせている、との報告が十鳥にあった。あいつらには、それが相応しい!
 漁船の甲板では、榊原英子が十鳥に寄り添い、かい甲斐しく世話をしていた。漁船の船長から貰った栄養ドリンクを飲んだ十鳥が、海人と榊原に言った。
「これから私は 最後の任務 につく。先生たちは、仲良く自由にしていてくれ」
 言われた海人と榊原は互いに顔を見合わせ、顔を赤らめた。だがそれも一瞬のことだった。海人が私用スマホで『資源開発研究所』にいる兄・堀田陸人と連絡をとった。呼び出し音が鳴るや、兄・陸人が出た。
「海人。皆無事で良かった」陸人には、榊原から連絡が行っていた。
「兄さん。事態はまだ終わっていないよ。ところで兄さんに頼みがある」
「何でも言ってくれ。海人」
「じゃあ、お願いするよ。至急、小清水町の〝あの竪穴〟を掘ってほしい。悪魔どもの〝ハピネス倶楽部〟がバカでかいRC造の建物を建て、〝竪穴の中〟を守っているけど、札幌公安調査局が強制調査する。一緒に行ってほしい。兄さんが尊敬している河田前町長も協力してくれるでしょう。兄さんが頼むと。何があるのか知り得ないから、十鳥さんが十分な装備を札幌公安調査局に頼んだ」
「分かった。丁度良いぞ。知床半島沖の件で行くことを考えていたんだ」
「あの海底探査のこと?」
「そうだよ。俺はまだ続けている。田上君とね。明日、小清水町に行く。札幌公安調査局の担当者に伝えてくれ。海人。榊原英子さんも無事だな?」
「彼女、英子さんは俺よりも元気だ」
「英子さんに、よろしく、と伝えてくれ」
「何? よろしくって? 兄さん」
「そりゃあ、お前のことをだ。決まっているだろうに。またな海人」

 十鳥は十鳥班の班長らと短いブリーフィングを終え、ペットボトルの水をがぶ飲みすると、特殊スマホ、私用スマホを左右の手に持った。その途端、左右の機器が鳴った。十鳥は特殊携帯を持ち、左手の私用スマホを班長に委ねた。
<十鳥だが>
<野村です。緊急事態が起きた>
<何っ!>
<例の自衛隊基地内での‶幸の道義〟信徒が決起しているようです>
<何っ! 決起? クーデターか?>
<いや、組織的な決起でなく自死覚悟の少人数の決起のようです。なにせ官邸から指示があり、防衛省も、自衛隊北海道本部も、当然、各基地の責任者たちも、緘口令を引いて秘匿していますので、今我々は要員を送り情報収集中です。随時、報告します。十鳥さん>
<了解した。それもこれも官邸の身から出たものに違いないがな>
<言い忘れていた――官房副長官の瀬戸際が更迭されました>
<いつだ?>
<先ほど。官邸は、まだマスコミには公表していませんがね。この事態についても>
<ということは、瀬戸際の身が危ないぞ。自衛隊情報機関の紫藤1佐も……野村局長! 官邸の息のかかった裏の手で口封じされる恐れが大だぜ>
<了解した。可能な限り、瀬戸際と紫藤1佐の安全を確保する。公安調査庁本部の理解者、上司と相談しつつだが>
<そうしてくれ。瀬戸際と紫藤1佐の身柄確保が、 俺たちの担保 ともなるのだ。連絡を待っている>
<おっと十鳥さん。市川局長代理から連絡が入ったぞ。千歳第2航空団のF15戦闘機1機が訓練中、編隊から離れて国後島に向かったそうだ。同僚機が追い、撃ち落とすはずだが」
<そうだろうな。北方四島のロシアの支配領空域に入れば、前代未聞だ。政権がぶっ飛ぶことになるしな。空飛ぶ戦闘機ゆえにな>
<出た! 親父ギャグ! おっ! また出たぞ! 
また連絡……今度は上富良野の陸自基地からの情報が入った。上富良野第四特科群の10式戦車一両が駐屯地の中で暴れているそうだ。実弾は使用できないと。おっ! 戦闘機が根室海峡、歯舞群島手前の日本側海域に突っ込んだと。また連絡する>
 この数秒後、また野村から連絡が入った。

<野村局長。今度は札幌の自衛隊基地だな?>
<十鳥さんの下種の勘ぐりの通りだ。札幌の真駒内第11旅団の第18普通科連隊隊員2人が、史料館3号館(旧日本軍関係の史料館)に籠城した。おっ、彼らが、携帯拡声器で声明を出しているそうだ。『自衛隊員よ! 決起し、北方四島を奪還するぞ!』と、がなり立てているそうだ。おっ! 上富良野の戦車内で〝信徒自衛官〟2人が自殺したぞ! 燃料が切れたところで>
<教祖三神もやってくれたもんだ。だが幸いにも一般市民を巻き込むことを、三神は避けていたようだな。弁護の余地はないが、三神の良心が見て取れる。だが、まだ続くだろう。おっと、替え玉三神の情報が入って来たぞ>十鳥が通話を切った。下種の勘ぐりとは何だ!

 S班長と要員4名が乗った漁船が、根室海峡の日露中間線数百メートル手前に差しかかった。国後島がくっきりと見えている。要員が双眼鏡を南の納沙布岬方向に回した、その時だった。札幌公安調査局のヘリから特殊携帯に連絡が入った。
<S班長へ。目標の白い漁船が納沙布岬に差しかかりました。1、2分で見えるはずです。その4.9トンの漁船の船長は、奴らに自宅監禁されていました。つまり船の操縦も偽教祖の三神ら4人の――いま納沙布岬を回りこみました>
 S班の要員の双眼鏡にその漁船が点となって見えた。
<班長! 漁船が見えました!>
<狙撃する! 船長! 船を奴らの側舷に向けてくれ!>
 船が全速力で偽三神らの漁船を目指した。
 偽三神らの漁船、その斜め後ろ100メートル上空から追尾しているヘリから連絡が入った。
<ヘリより。目標の漁船。操舵室に1人。後ろ甲板に2人。舳先に1人が……背中にボンベを背負っています。奴らは皆、白装束です>
<了解した>
 S班長が十鳥に報告した。
<チーフ。S班、これから目標の漁船を狙撃します>
<班長。勝算を言ってくれ>
 S班長は即座に応えた。
<チーフ。ボンベを背負った男は、漁船の舳先に立っています。相手の漁船はFRP製の4.9トン。こちらの漁船は35トンで鋼鉄製です。したがって、狙撃の射角は有利ですし、体当たりも出来ます。S班の二人は狙撃のエキスパートですので、信頼しています。なお、ベタ凪で揺れがほとんどありません>
<十鳥。了解した。S班長に100%委ねる。放射能には気をつけてくれ。朗報だけを待っている>
<何としても、ダーティーボムを回収します!>

 S班の漁船が速度を上げ、目標の漁船に迫った。あと450メートル。
 S班長がインカムに言った。
<狙撃は可能か?>
<スコープに舳先に立つボンベを背負った男を大きく捉えています>
<起爆装置を握っているか?>S班長が訊く。
<班長。船を10時の方向に向けてください。奴の正面斜め横を捉えたい>
<了解した>S班長が応え、この会話をインカムで聞いていた船長が船首を10時に向けた。
 S班の漁船が、目標に300メートルと迫った。
<班長。速度を停止してください。我々は狙撃準備OKです>舳先で伏せ狙撃ライフル銃を構えている要員が言った。狙撃手は2人である。
<班長。了解>
 船が速度を無くして行った。ベタ凪。無風。
 2人の狙撃要員は、スコープにボンベを背負った白装束の男を捉えている。船首が10時方向に向いたのでボンベ男の横側面が、やや鳥瞰して見える。一人の狙撃要員は、スコープの十字の中心を、男の右手に当てた。もう一人は狙いを左足大腿部に当てた。
<撃つぞ!>
<同時に撃つ!>
 この3秒後、2丁のライフル銃から銃弾が鈍い音を立て音速で放たれた。
 舳先の男の両手から血が溢れた。そして起爆装置が足元にぶら下がった。同時に、もう一つの弾丸が左足太腿側部を貫通した。ボンベの男が悶絶して仰向けになった。
 S班の船が速度を上げた。ヘリが目標の漁船の50メートル上空に来た。
<起爆装置が離れた。3人が気づいた。船首に行く>ヘリからだった。
<了解>
<了解>
 狙撃要員が応え、スコープを船首側の甲板に向け待ち構えた。白装束2人が甲板に現れ、スコープが捉える。
<右を撃った>
<左を撃った>
 3人目が現れ、甲板を這っていた。が、右足大腿部に銃弾2個が食い込んだ。
<無力化された>ヘリからS班全員のインカムに伝わった。
<ただちにダーティーボムを確保する>S班長が応えた。
<放射能検知器、放射能防護服、放射能対応容器を準備だ>S班長が告げると、船は50メートルまで近づいて行った。

 十鳥の特殊携帯が鳴った。札幌公安調査局の野村局長からだった。またか! 

<また情報が入った。在札幌ロシア総領事館に侵入しようとして、警備の機動隊員に押さえられた。が、2人の男が腹を切ったようだ。救急車を待っていると>

<まだ続きがあるのか?>十鳥が訊く。
<札幌の真駒内第11旅団基地内の輩2人が自殺したようだ>
<まだ自殺願望者が出ることだろうよ>十鳥は無機質に言った。

 殉教者たちのモザイク画だ。奴らの野望の絵が、この1年で殉教画にすり替わったのだよ、と十鳥が呟いた。十鳥が息を吸う間もなく、野村局長から連絡が入った。
おっ! 今度は、東京のロシア大使館に男2人が押し入ろうとして、警備の機動隊員に押さえられた。こいつらも腹を切った! 北方四島奪還宣言のビラを持っていた。まさに殉教画だ>
 殉教画? そうだよな。十鳥は頷いた。
 十鳥がペットボトルの水を飲もうとしてボトルを口に当てた時、特殊携帯が鳴った。S班長からだった。朗報か、否か、どっちだ!
<S班より。チーフ。無事、ダーティーボムを防護容器に回収しました。要員全員無事です>このS班長からの報告を聞いた十鳥は、全身が溶けるような感覚になった。
<S班長とS班の皆、そして船長に……感謝……する……>十鳥が崩れながら応え、言葉がフェイドアウトして、その場に大の字になった。
<チーフ! 大丈夫ですか! チーフ! 大丈夫ですか!>S班長が大声が特殊携帯から聞こえている。


十鳥は夢を見た――海人と榊原が海岸の上の丘を歩いている。そこは平らな原野だった。国後島の原生花園か。花々が咲き誇っている。そこから碧いオホーツク海が眼前に広がり、丘の直下に清川が流れている。紺碧の空。風もない。海人と榊原が立ち止まり、地面を見つめている。海人がロシア側の考古学者たちに手で示している。そして海人が、この辺りが調査地点だ、と俺に大きく手を振り回し告げた。おーい! 十鳥さん!――。

突然、十鳥の耳たぶの大きな耳に大声が響く。
「十鳥さん! 十鳥さん!」海人の声だった。
 十鳥が目を開けた。夢か――良い夢だった。
 そして、榊原、ミハイル、エカニーナ、十鳥の要員たちの覗く顔が見えた。

(続く)






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2019年12月22日 23時01分43秒
コメント(10) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: