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写真日記 Huちゃん 写真日記 を転載しました。珠玉の写真ブログです。 ブログ冒険小説『官邸の呪文』(12)(この物語に登場する人物、団体名等はフィクションである) 主な登場人物 ・十鳥良平(とっとり りょうへい)前職は検察庁釧路地検検事正。現在は札幌の私大法学部教授・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大考古学教授・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学準教授・役立 有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥教授の助手・堀田陸人(ほった りくと)資源開発機構研究所所長 海人の兄・森倍 昭双(もりべ しょうぞう)首相・水流 侃(すいりゅう かん)官房長官・田森 博史(たもり ひろし)副官房長官(首相の側近)・南 慈夫(みなみ しげお)国家安全保障局(NSS)局長(首相の側近)・中井 直樹(なかい なおき)首相秘書官(首相の側近)(11)居酒屋UNOMI 「お元気で良かった。待っていたわ」 底抜けに明るい表情、天然の所作、満面の笑みで首相夫人は中央のテーブルにやって来た。 お店の入り口で、スタッフが検温器でチェックし、消毒液を客の両手にかけていた。会員制のこの店は、会員2名の推薦、または同行であれば初めての客も入店できる。 テーブル席には首相夫人と同年配の女性客3人がいた。首相夫人が女子高校時代からのお友達2人と連れの女性ひとり。「私も同席させてただくわ」首相夫人が空いた椅子に座った。そして連れの女性を見た。「あら、初めてお会いしますね。まあお美しい」 すかさず、お友達の女性が紹介する。「そうね。初めてお連れしましたよ。こちらは大学時代の友人で文学者ですよ」 連れの女性が首相夫人に挨拶した。「甲斐陽子と申します。首相夫人にお目にかかれて光栄です」 甲斐は知人に頼み、この店、首相夫人に会いに来たのだった。「私こそよろしくお願いしますわ。美しいお方で文学者の甲斐さんは、日本の文学?」首相夫人が外連味なく率直に訊いた。「ええ、日本文学なのです」甲斐が応えた。 隣席のお友達が言う。「甲斐さんは、R大学文学部の非常勤講師もしていますよ」「あら、私が10年前に社会人入学し、大学院修士学位をいただいた大学ですわ。その時も甲斐さんは、講師をされていたのですか?」首相夫人が訊く。「ええ、その頃も非常勤講師をしていました」甲斐が応えた。 首相夫人が訊く。「そうなの……非常勤でなくても……もったいないわ。どうして?」 甲斐は首相夫人の間の空く言葉を繋いだ。「10年前は常勤希望でしたが、私の能力が足りませんでした」 首相夫人が首を振り言う。「甲斐さんと10年前にお付き合いしていたら、お役に立てられたわ」 お友達のひとりが口を挟む。「難関の教授会とかがあるわよ」 首相夫人が言い放った。「だって私立よ。理事会が決定権を持っているわ」 言い終えると、女性のSPが首相夫人の傍に来た。「総理夫人。お電話が入っています」「そう。主人かしら」と首相夫人が言って、SPと共に店奥に去った。 数分後、ウエイターが料理を配膳した。4人分。 この数分後、首相夫人が戻って来た。SPの女性は店の奥に残し。「総理夫人って、何かと不自由だわ。甲斐さん」 店奥で何があったのか? 秘書兼のSP(夫人秘書は3人いる)が、甲斐陽子の身元調査を官邸秘書課に伝え、真実かつ安全(反政権と無関係)を確認していた。 それと首相夫人の言葉である‟お役に立てられますわ”に、イエローシグナルを出していた。誤解される恐れがあります、と。 食事が進んで行く。会話を避けつつ。 だが、首相夫人が口を開いた。「甲斐さん。どうお。美味しいかしら?」 甲斐が笑みで応えた。「とても美味しいです。シェフの主張が味に伝わっています。美味しいでしょう、って。どれも美味しいです」甲斐は意図的に‟美味しい”を3回使った。「そうでしょう。オーナーのこだわりですから。そうよね?」お友達のひとりが首相夫人に言う。「まあ嬉しいですわ。甲斐さん。これからも来てね。今日から会員になりましたわ」「ええ、今後もよろしくお願いいたします」甲斐が応えた。 首相夫人が心弾む。「皆で、私のスマホで写真撮ってFBに載せて良いかしら?」 お友達が応える。「良いけど、タイトルは?」 首相夫人が少し考えて応えた。「男たちの悪巧み、でなく“戦い前の女たちの悪巧み”では如何?」「戦い前って、どういう意味なの?」お友達が訊く。 首相夫人が、一瞬、躊躇って言った。「そうね。戦いって、戦争みたいだわね。何となくそう思ったのよ。意味なく付けたのよ」「そうよね。甲斐さん。FBに写真が載っても良いよね?」お友達が訊く。「ええ、光栄です」甲斐が応えた。 だが、甲斐は首相夫人の内面を覗いていた――首相夫人の一見天然な言葉には、蓋然性も想像性も感じられないわ。‟戦争みたいだわね。何となくそう思ったのよ”は、脳裏に記憶した‟事実”の発露の言葉だわ。 この会話の時に、例のSPは来なかった。総理夫人のイエロー言葉集(要注意の)の中に該当する言葉が無かったからだった。 (続く)*登場人物の甲斐陽子は、『海峡の呪文』に登場した新宿歌舞伎町にあるスナック「飛鳥」のママである。ミハイル、白鳥教授と繋がり、十鳥が一目惚れしている女性だ。(12)黄昏昭双(たそがれしょうぞう) 西の彼方に沈みいく陽光が水平線上空を茜色に染める。黄昏。この光景を眺めると、それには悠久の一瞬を切り取っる光彩スぺクタルに圧倒され、心の裡に新たな受光基盤ができるのだ。そして微かだが明日への希望を感受されるものだ。 だが権力に憑りつかれ、その悪魔的誘惑を嬉々として甘受してきた者たちには、自己の“黄昏”をわずかでも感じた時から、消えゆく魔性力が恐怖心に変わり紅蓮の炎に見えてくるものだ。 十鳥は研究室窓外の黄昏を見つつ、そう呟いていた。 8月下旬。新型コロナが東京圏、大阪圏、愛知県などの大都市圏、さらに全国的に息を吹き返した。明らかにこの感染状況は第2次感染なのだ。そのため十鳥は急遽だったが、東京に行くのを止めて研究室にいた。「役立君。東京行は止めたよ。コロナを正しく恐れたからだ」「教授。先日から咳を出していましたが、大丈夫ですか?」PC画面を見つめていた役立が訊いた。 十鳥が咳き込んだ。「体温は35℃だよ。それも4日続いているからな。咳はタバコの吸い過ぎだよ」「教授。くれぐれもお気をつけてください」「そうだな。役立君にもな気を付けなきゃな。PCR検査が出来ないから、人を感染者と思え、となっているからな」「教授。なぜお上はPCR検査を徹底しないのです?」役立が訊いた。「保健所が、プライベートの問題が、訴訟が、病院が、とか屁理屈を言うが、現政権も戦前の神がかり軍国政権もだが、国民の生命と財産なんか何とも思っていないのだ。ただのㇷ゚―だよ」「教授。ただのㇷ゚―って?」「屁の理屈だから、プーと言ったのさ」と言うなり、十鳥のお尻からブオー! と激音が放たれた。「さすが教授のオナラですね。風呂の中の屁でなく、理屈なく明快ですよ。むっ!」マスクを通して、役立の鼻がただならぬ腐臭を捉えた。「なにっ! その歪んだ目は?」「教授。昨夜は何を食べたんです?」「贈り物のクサヤとアイヌネギと黒ニンニクと鮒寿司だよ。漲るほど美味かったぞ」「どうりで……」と役立が言ったその時、チャットが入った。<教授へ。自衛隊上陸急襲部隊の動きが変なんです><隠語を使わなくて大丈夫か?><大丈夫だ。双方のチャットに特殊フィルターソフトを入れた><そうか。具体的に何が変なんだ?><部隊は沖縄本島自衛隊基地で一カ月も待機してはいますが、その間まったく訓練をしていません> 十鳥が役立に言った。「常識ではあり得ない事だな?」 役立が書き込んだ。<常識でない、と言うことか?><そうです> 役立が振り返って十鳥を見た。「教授。他に何か?」 十鳥が言った。「官邸側近の動きはどうかね?」 役立がキーボードを打つ。<官邸側近の動きは?><あれ以来、まったく無しです> 役立が十鳥に訊いた。「教授。何かありますか?」 十鳥が軽くマスク越しに咳を出し、「高杉君らに宜しく伝えてほしい」と。 ほぼ同時に、役立がチャットに十鳥の言葉を書き込んだ。<東京の皆を代表して、了解しました!> 午後7時前、ふと十鳥が研究室窓外に目を送ると、手稲山上空が一層赤色帯びていた。 「役立君。ほら、空が美しいよ」 役立が見た。「教授。いよいよ秋が……美しいですね?」「そうか。あれは初秋の黄昏か……役立君よ。黄昏と言えば、誰に相応しい言葉だろう?」「そりゃあ~教授。現首相でしょう」役立が即答した。 十鳥も瞬くことなく言った。「やはりな。黄昏昭双(たそがれしょうぞう)だよな」
2020年08月12日
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写真日記 Huちゃん 写真日記 を転載しました。珠玉の写真ブログです。 ブログ冒険小説『官邸の呪文』(11)(この物語に登場する人物、団体名等はフィクションである) 主な登場人物 ・十鳥良平(とっとり りょうへい)前職は検察庁釧路地検検事正。現在は札幌の私大法学部教授・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大考古学教授・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学準教授・役立 有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥教授の助手・堀田陸人(ほった りくと)資源開発機構研究所所長 海人の兄・森倍 昭双(もりべ しょうぞう)首相・水流 侃(すいりゅう かん)官房長官・田森 博史(たもり ひろし)副官房長官(首相の側近)・南 慈夫(みなみ しげお)国家安全保障局(NSS)局長(首相の側近)・中井 直樹(なかい なおき)首相秘書官(首相の側近)(11)居酒屋UNOMI 「お元気で良かった。待っていたわ」 底抜けに明るい表情、天然の所作、満面の笑みで首相夫人は中央のテーブルにやって来た。 お店の入り口で、スタッフが検温器でチェックし、消毒液を客の両手にかけていた。会員制のこの店は、会員2名の推薦、または同行であれば初めての客も入店できる。 テーブル席には首相夫人と同年配の女性客3人がいた。首相夫人が女子高校時代からのお友達2人と連れの女性ひとり。「私も同席させてただくわ」首相夫人が空いた椅子に座った。そして連れの女性を見た。「あら、初めてお会いしますね。まあお美しい」 すかさず、お友達の女性が紹介する。「そうね。初めてお連れしましたよ。こちらは大学時代の友人で文学者ですよ」 連れの女性が首相夫人に挨拶した。「甲斐陽子と申します。首相夫人にお目にかかれて光栄です」 甲斐は知人に頼み、この店、首相夫人に会いに来たのだった。「私こそよろしくお願いしますわ。美しいお方で文学者の甲斐さんは、日本の文学?」首相夫人が外連味なく率直に訊いた。「ええ、日本文学なのです」甲斐が応えた。 隣席のお友達が言う。「甲斐さんは、R大学文学部の非常勤講師もしていますよ」「あら、私が10年前に社会人入学し、大学院修士学位をいただいた大学ですわ。その時も甲斐さんは、講師をされていたのですか?」首相夫人が訊く。「ええ、その頃も非常勤講師をしていました」甲斐が応えた。 首相夫人が訊く。「そうなの……非常勤でなくても……もったいないわ。どうして?」 甲斐は首相夫人の間の空く言葉を繋いだ。「10年前は常勤希望でしたが、私の能力が足りませんでした」 首相夫人が首を振り言う。「甲斐さんと10年前にお付き合いしていたら、お役に立てられたわ」 お友達のひとりが口を挟む。「難関の教授会とかがあるわよ」 首相夫人が言い放った。「だって私立よ。理事会が決定権を持っているわ」 言い終えると、女性のSPが首相夫人の傍に来た。「総理夫人。お電話が入っています」「そう。主人かしら」と首相夫人が言って、SPと共に店奥に去った。 数分後、ウエイターが料理を配膳した。4人分。 この数分後、首相夫人が戻って来た。SPの女性は店の奥に残し。「総理夫人って、何かと不自由だわ。甲斐さん」 店奥で何があったのか? 秘書兼のSP(夫人秘書は3人いる)が、甲斐陽子の身元調査を官邸秘書課に伝え、真実かつ安全(反政権と無関係)を確認していた。 それと首相夫人の言葉である‟お役に立てられますわ”に、イエローシグナルを出していた。誤解される恐れがあります、と。 食事が進んで行く。会話を避けつつ。 だが、首相夫人が口を開いた。「甲斐さん。どうお。美味しいかしら?」 甲斐が笑みで応えた。「とても美味しいです。シェフの主張が味に伝わっています。美味しいでしょう、って。どれも美味しいです」甲斐は意図的に‟美味しい”を3回使った。「そうでしょう。オーナーのこだわりですから。そうよね?」お友達のひとりが首相夫人に言う。「まあ嬉しいですわ。甲斐さん。これからも来てね。今日から会員になりましたわ」「ええ、今後もよろしくお願いいたします」甲斐が応えた。 首相夫人が心弾む。「皆で、私のスマホで写真撮ってFBに載せて良いかしら?」 お友達が応える。「良いけど、タイトルは?」 首相夫人が少し考えて応えた。「男たちの悪巧み、でなく“戦い前の女たちの悪巧み”では如何?」「戦い前って、どういう意味なの?」お友達が訊く。 首相夫人が、一瞬、躊躇って言った。「そうね。戦いって、戦争みたいだわね。何となくそう思ったのよ。意味なく付けたのよ」「そうよね。甲斐さん。FBに写真が載っても良いよね?」お友達が訊く。「ええ、光栄です」甲斐が応えた。 だが、甲斐は首相夫人の内面を覗いていた――首相夫人の一見天然な言葉には、蓋然性も想像性も感じられないわ。‟戦争みたいだわね。何となくそう思ったのよ”は、脳裏に記憶した‟事実”の発露の言葉だわ。 この会話の時に、例のSPは来なかった。総理夫人のイエロー言葉集(要注意の)の中に該当する言葉が無かったからだった。 (続く)*登場人物の甲斐陽子は、『海峡の呪文』に登場した新宿歌舞伎町にあるスナック「飛鳥」のママである。ミハイル、白鳥教授と繋がり、十鳥が一目惚れしている女性だ。
2020年06月22日
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写真日記 Huちゃん 写真日記 を転載しました。珠玉の写真ブログです。 ブログ冒険小説『官邸の呪文』(10)(この物語に登場する人物、団体名等はフィクションである) 主な登場人物 ・十鳥良平(とっとり りょうへい)前職は検察庁釧路地検検事正。現在は札幌の私大法学部教授・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大考古学教授・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学準教授・役立 有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥教授の助手・堀田陸人(ほった りくと)資源開発機構研究所所長 海人の兄・森倍 昭双(もりべ しょうぞう)首相・水流 侃(すいりゅう かん)官房長官・田森 博史(たもり ひろし)副官房長官(首相の側近)・南 慈夫(みなみ しげお)国家安全保障局(NSS)局長(首相の側近)・中井 直樹(なかい なおき)首相秘書官(首相の側近)(10)十鳥の研究室 早いもので、今日から7月となった。だが新型コロナ対策は、十鳥らの大学でも念入りに行い、授業が再開された。とは言え、主に新入生へのガイダンスが優先されている。ガイダンスには、十鳥ら教授たちの役割はない。十鳥は研究室にいた。もちろん、役立助手と一緒に。「教授。東京からチャットが入りました」 十鳥が役立のPC画面を覗く。<北の奴は(南NSS局長の隠語)は、計5回訪問。平均4時間滞在。まもなくGPSの電池が切れる> 十鳥が急ぎメモ書きし、役立のデスクに置く。役立がその内容を打つ。<教授より。当てずっぽうの分析を言ってくれ><まず離島(自衛隊離島強襲部隊の隠語)移動が発動。石垣キャンプ(自衛隊石垣基地の隠語)に移動中。内部情報。こちらはCとJ(中国と日本の隠語)が合意したと分析> また十鳥が殴り書きのメモを置く。<教授より。同じ見解だと。再確認は教授が行う。通常業務に戻れ、と><了解。皆に伝える><了解>と書くなり、役立はチャットを消去した。 十鳥が自衛隊統合幕僚長に携帯スマホで連絡した。年に1度、高校のクラス会が東京で催すから、十鳥はそれを口実に市ヶ谷の自衛隊本部に電話した。外部電話受付の女性が出たが、十鳥の氏名を告げると、統合幕僚長室につないでくれた。「統合幕僚長室ですが、どのようなご用件でしょうか?」秘書の女性が出た。「内閣官房調査室の十鳥と申します。統合幕僚長はいらっしゃいますか?」 去年のクラス会で使った‟内調”身分を、十鳥はあえて言った。統合幕僚長には、札幌の大学に転職したことを知らせていなかったこともあったからだ。‟内調”の方が、都合も良い、とも考えてのことだった。「おつなぎします」統合幕僚長の了解を得たのだ。「やあ、十鳥。今でも‟内調”でのんびりやっているのかい?」統合幕僚長の一声だった。「コロナの件で、転職したのをクラス会全員に伝えていないよ」「転職? 今何を? 弁護士かな?」「いやいや、札幌の私大法学部で教授だよ」「なんで縁もゆかりもなく、寒いのが嫌いなお前が?」「娘が、助教授で同じ大学にいるんだよ」「お前に娘がいたのか? 子供がいなかったはずだが」「いやいや、娘が出来たんだ。去年だがね。それより用件があった」「クラス会の件かな? コロナなのに」「40人だから、3密ではないぞ。8月中旬ではどうかね?」十鳥が8月を強調した。「俺は無理だな。10月までやることが出来てね」「北朝鮮が騒がしいからな」十鳥がかまをかけた。「いやそうじゃないんだ」 充分な情報を得た、と思った十鳥は言った。「分かったよ。じゃあ、年末頃ではどうかね? 俺は幹事じゃないけど」「12月だと収まっているだろうから、良いじゃないかな。幹事に伝えてくれても」統合幕僚長が‟収まっている”と、十鳥に必要な言質を言う。「よし、そう幹事に言うよ。じゃあ、それまで達者でな」「十鳥もな」 スマホの電話を切った十鳥が役立に言った。「点が線になったぞ」「松本清張の分析でしょうか?」役立がジョークで返す。「ほぼその域の分析だな。森部官邸政権は、中国との合意が出来たようだ」「教授。事実だとしたら、どうされます?」「今の質問だと、司法試験に受からないぞ。愚問だからな」「迂闊でした。阻止させる方法をお聞きしたかったのです」役立が言い直した。「それも愚問だ。阻止方法はこれから皆と検討したい」「そうでした……教授」役立の顔が赤くなっていた。 十鳥が役立に告げた。「今日から1週間、私は自宅にこもる。阻止方法案が出来たら、皆に知らせてくれ。司法試験の特訓は、役立君自身がやっていてくれ」「教授。了解しました」(続く)
2020年06月18日
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写真日記 Huちゃん 写真日記 を転載しました。珠玉の写真ブログです。 ブログ冒険小説『官邸の呪文』(9)(この物語に登場する人物、団体名等はフィクションである) 主な登場人物 ・十鳥良平(とっとり りょうへい)前職は検察庁釧路地検検事正。現在は札幌の私大法学部教授・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大考古学教授・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学準教授・役立 有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥教授の助手・堀田陸人(ほった りくと)資源開発機構研究所所長 海人の兄・森倍 昭双(もりべ しょうぞう)首相・水流 侃(すいりゅう かん)官房長官・田森 博史(たもり ひろし)副官房長官(首相の側近)・南 慈夫(みなみ しげお)国家安全保障局(NSS)局長(首相の側近)・中井 直樹(なかい なおき)首相秘書官(首相の側近)(9)首相の私宅 6月下旬。この夜も、森部首相は私邸にいた。 というのも、予定通りに国会を閉じられたからだ。 久しぶりに妻と食事をしつつ、いつものように政治状況について切り出した。いつものように? そうなのだ! 森部は父の跡を継ぎ国会議員になった時から、夫唱婦随、二人三脚――妻の実家から巨額の政治資金を得ていた――正確には、妻の尻に敷かれているのだった。否! 金銭面だけではない。天然的な物怖じしない妻の言動に、畏敬の念を心の奥底に持っていたのだ。「ちょっと私は迷っているんだ」 妻が目をきっとして、「どういうこと? 広告代理店‟伝宣”への業務委託の件?」と詰問調で訊いた。 瞼で塞がりそうな目を見せ森部が言った。「それもあるが、美しい引き際を考えているんだよ」 箸を止めた妻が語気を強くして言った。「そんな弱気を見たくないわ。来年の秋まで任期があるのよ。あなた。内閣支持率を気にしているの?」「……やることがことごとく裏目にでているからだよ」「駄目よ、そんな弱気じゃ。マスコミなんか気にしちゃ駄目よ。これで終えたら、私たちの花道が無いじゃない?」 森部がワイングラスに口をつけ、一口飲む。「実はね。南局長らは、今の状況を打開する案を進めているんだが……」 妻がワイングラスを一気に飲む。「何? その打開案って?」「中国と大芝居をやる案なんだよ」「あなた、ちゃんと言ってよ」「FBには注意してね」森部が念を押した。「そんなの分かっているわよ。大芝居って何?」妻が目を吊り上げた。「こういうストーリーなんだ。10月上旬、中国軍が尖閣諸島に上陸。そこで自衛隊強襲部隊が尖閣に上陸し、7日間の戦闘を繰り広げるのだよ。そして中国政府と我が政府が非難を激しく繰り広げてね、私が中国トップにホットラインで停戦と尖閣からの中国軍の退去を求めるのだ。この大芝居の結論は、お互いが尖閣から退去し、現状を回復させる、というものだ」 妻の目が見開き、「分かったわ。良い大芝居じゃないの。お互いの面子が保たれるじゃない。 あなたの窮地も救われるわね?」と森部の迷う心底を持ち上げ訊く。「そう思うかい?」森部が訊き直した。「あなた。決まっているじゃない。中国側も損はないし、あなたへの支持も浮上する案じゃない?」あっけらかんと妻が言う。「やはりそう思うか?」「南局長さんたちが言うのだから、お任せしたら? 上手く行ったら、あなたのお手柄にしなきゃ。南さんたちは、あなたに大きな借りがあるから、ちゃんとやるわよ。それにこれまであなたは頑張ったのよ。ここまで誰が出来るの、長期安定政権を。国民は、あなたに感謝すべきだわ。コロナがなにさ。あなたのせいではないわよ」 森部はやや間をおいて、ワイングラスをぐいっと空けた。「よし! そうするよ」(続く)
2020年06月16日
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写真日記 Huちゃん 写真日記 を転載しました。珠玉の写真ブログです。 ブログ冒険小説『官邸の呪文』(8)(この物語に登場する人物、団体名等はフィクションである) 主な登場人物 ・十鳥良平(とっとり りょうへい)前職は検察庁釧路地検検事正。現在は札幌の私大法学部教授・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大考古学教授・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学準教授・役立 有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥教授の助手・堀田陸人(ほった りくと)資源開発機構研究所所長 海人の兄・森倍 昭双(もりべ しょうぞう)首相・水流 侃(すいりゅう かん)官房長官・田森 博史(たもり ひろし)副官房長官(首相の側近)・南 慈夫(みなみ しげお)国家安全保障局(NSS)局長(首相の側近)・中井 直樹(なかい なおき)首相秘書官(首相の側近)(7)居酒屋UNOMI 皇居の外堀に面した通り、7階建てビルの路面店、居酒屋UNOMIがある。この店は、森部首相夫人が経営している予約制で、しかも一見客はお断りのお店である。首相夫人は馴染みの客が来たときに、お店に顔を出し馴染み客と食事を楽しむ。要は首相夫人の社交場とも言えた。とは言え、首相夫人だから当然警備は厳しい。店の外にSP2名、店内に2名が出入り口近くのテーブル席に控えめに陣取っている。 新型コロナ惨禍で例外なく、この店も自粛していたが、6月中旬に東京都のコロナ・アラートが解除され、馴染み客の予約が入り始めた。(8)海人のマンション 6月下旬となったが、海人たちの大学は、まだ完全に休校は解かれていなかった。特に文学部考古学科は7月から授業再開となっていた。 新型コロナを徹底的に避けて‟春眠”を続けている海人と英子は、昨年の夏実施された「日露共同北方考古学調査」を、論文『北方考古学調査考(1)』として完成させていた。 海人も英子も「ブログ」はやっていないが、英子は気が向いた時々、全国各地を特定的に綴る「ブログ」を検索し観ることがある。この数カ月は新型コロナ自粛のせいか、ほぼ毎日、寝る前に「ブログ」を検索していた。「この‟悠々愛々さん”のブログって、ブラックユーモア満載。面白い方ですわ。‟てくてく御朱印”の記事。あれ? 基督教徒なのに――よくも集めているものですわ。でも、批評も面白いです。教養豊か、博学の方ですね。海人さん」 横のデスクでPCキーボードを打っていた海人が言った。「英子さんが言うのだから、そうに違いない。他には?」「そうそう、コメント欄から適当に検索してみたら、‟fujiwara13さん”。ん? そのコメント下に‟fujiwara26さん”。兄弟かしら?」「英子さん。ハンドル名だから適当に付けているんだよ」「今、‟fujiwara13さん”のブログを観ているわ。これは私を引き付けるブログですわ。京都の古刹を様々な角度から捉えて、簡潔にまとめた記事は、素人とは思えない程ですわ」「英子さん。素人と専門家の境界って、職業の選択の違いだけでもあるからね。つまり、優れた表現って」「そうね。そうかも」 英子は更に検索を進めた。「何これ! ‟fujiwara26さん”のブログって! 相当、偏執的な内容ですわ。森部官邸政権批判ばかりだわ。この人、飽きないようね。札幌の方のようだわ」「英子さん。そういう変なブログも多いよ」「あら! ‟Huちゃんさん”のコメント。今検索してみたら、まあ素晴らしい‟Huちゃんの写真日記”。抒情詩的写真。感動ものですよ」「英子さん。そのHuちゃんさん”は、プロの写真家じゃないのか?」「そうかもね」 英子はさらに検索していく。‟fujiwara26さん”のコメント欄にあるハンドル名を――「まあ、‟ただのデブ0208さん”のブログって、今日は何の日。そういうテーマだけど、自分の意見をきちんと書いていて、とても誠実さを感じるわ」「英子さん。その方は‟ただのデブ”ではないのだよ」「海人さん。そうね」「あら、札幌圏の‟ナイト1960さん”のブログを観たら、プロの‟奏者であり、アウトドアの方”ですよ。去年までは、あっちこっちでフェステに参加しているわ。活動を再開したら、ナイトさんのLIVE演奏を聴きに行きたいわ。ナイトさんって、この方のブログ記事、ずいぶん凝っていますわ。このようなジョークの効いた絵を入れたりして。おや、今度はキャンピングカーを買い替えるようだわ」「英子さん。ナイトさんを観にいくとしよう。そうでナイト」「海人さん。それって駄洒落ですか? fujiwara26と同じフレーズだわ」「英子さん。fujiwara26と一緒にしちゃ、俺が下がるよ」「海人さん。‟神風スズキさん”のブログに入ったわ。この方は英語等受験予備校、ゼミナールを経営し、主宰していますわ。濃密な英語勉強の内容、あら! 短編小説も書いていますわ。あら!! スキーもやられていますよ」「英子さん。‟神風スズキさん”って、北海道の出身じゃないのかな?」「そうかもね。スキーの写真を観ていると、かなりの達人のようです」「英子さん。ブログやっている人って、我々とはちょっと異質な感じがするなあ」「海人さん。‟呉情報”の‟コバルト4105さん”もいますわ。呉港に限定したブログのようですわ」「呉と言えば、戦前は大和等の軍港で、現在は海上自衛隊の重要な基地があるなあ」「そうね。戦争中は米軍の爆撃対象でしたわね。あの狭い瀬戸内海に、そうした基地があるって、ちょっと疑問だわ。今時」「英子さんの言う通りだな」「今度は‟5sayoriさん”のブログに入ったわ。岐阜の女性ですよ。あら、色んな活動をされているわ。えっ! 今住んでいるお家も親から出してもらったって! えっ! 別荘地、山奥にあるから嫌だって! 海人さん!」「何っ! 何と贅沢な。俺に譲ってほしいくらいだ」 ここで英子はブログ検索をやめた。夜11時30分を過ぎていた。「海人さん。私お風呂に入ります」「ああ、俺はこの文章を書いているよ。今日中に終わらせなきゃ」(続く)
2020年06月14日
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写真日記 Huちゃん 写真日記 を転載しました。珠玉の写真ブログです。 ブログ冒険小説『官邸の呪文』(7)(この物語に登場する人物、団体名等はフィクションである) 主な登場人物 ・十鳥良平(とっとり りょうへい)前職は検察庁釧路地検検事正。現在は札幌の私大法学部教授・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大考古学教授・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学準教授・役立 有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥教授の助手・堀田陸人(ほった りくと)資源開発機構研究所所長 海人の兄・森倍 昭双(もりべ しょうぞう)首相・水流 侃(すいりゅう かん)官房長官・田森 博史(たもり ひろし)副官房長官(首相の側近)・南 慈夫(みなみ しげお)国家安全保障局(NSS)局長(首相の側近)・中井 直樹(なかい なおき)首相秘書官(首相の側近)(尾行監視) 5月中旬の夜10時過ぎだった。高輪のマンション正面玄関から首相側近、NSS局長の南が出て来た。 このマンションから100m弱離れた道路斜め向えで、十鳥の影の監視要員が白いSUV車の中から24時間交代で見張っていた。 幸か不幸か、新型コロナ惨禍で緊急事態宣言中だ。警視庁SAT隊のメンバーたちにとっても好都合だった。自宅自粛、有給休暇がとれるからだ。だが、夜の道路を行き交う車は極端に少なく、時折、巡回中のパトカーが通る。監視車を怪しまれないように2台のSUVとセダン車を交代させながら避けていた。 監視に使っているSUV車等は、5台をレンタル。契約者は、友人の知人のまた知人。影の監視要員には、絶対に繋がらない。車から身元が割れることはない。 この監視等に係る費用は、十鳥の懐から十分に出ている。因みに十鳥は、「官邸の蠢き解明」に2千万円を拠出していた。13人の若い影の要員たちには、金銭的負担をかける訳にはいかない。そう十鳥は決めている。これからも―― 蛇足だが官邸は、反対、批判勢力、さらに注意人物の24時間監視には、無尽蔵に人と金と物が使える。事実、惜しみなく使っているのだ。新型コロナ対応のPCR検査、医療従事者には、惜しんでケチっているようだ。この官邸政権の本質だった―― 監視要員はズームのきく動画カメラを覗いていた。<こちらスズメ・ワン。奴が出て来た>影の監視要員C、高杉がインカムでスズメの巣の班長のB、坂本に言った。<スズメ・ワンより、スズメの巣へ。おっ! エントランス前に黒のセダン車が停まったぞ。おっ! 車から男3人が降り、奴を守るようにしてセダン車に乗せた。発進した! 北方向に向かうようだ。尾行開始する><了解。後方のスズメ・ツーにも奴の車を追わす>追尾車から300m後方を追っているワゴン車に乗り、モニター監視要員と一緒のチーム班長の坂本が応えた。 そして坂本班長がインカムで伝えた。<スズメの巣よりスズメ・スリーへ。追跡システムでスズメ・ワンの後方100mを走ってくれ><スズメ・ツー了解した>影の監視要員高岡が応えた。 NSSの南が乗ったセダン車は、世田谷区内に入って行った。尾行車は一定の距離を保ち追う。後方のスズメ・ツー車は、ここで追尾役を交代した。<スズメ・ツーよりスズメの巣へ。奴のセダンを視認。コロナに罹らないようにソーシャルディスタントを保ちついている><坂本。了解した> 彼らが使った苗字は幕末の志士からとった隠語である。<目標の車が高級住宅街に入りました>高岡が言った。 班長の坂本の予感が当たったようだ。<スズメ・ワンへ。そろそろ南の車は、豪奢な住宅前で停まり、南は中に入るはずだ。護衛の一人も南とその住宅に入る。残るは2人。カップルで奴らの車の横を歩いてくれ。良いか?>班長の坂本が言った。<例の作戦ですね。了解した>高杉が応えた。 班長の坂本がスズメ・ツーの高岡に告げた。<スズメ・ツーへ。例の作戦を行う。南の護衛2人の目線を逸らせ!><了解した> 南が乗ったセダン車が、大きな洋館前で停車した。そして、南と護衛一人が後部ドアを開け降りた。護衛の2人も同時に降り、南の左右に立った。南と護衛が門扉を開け敷地内へと入って行く。 とその時、後ろのSUV車がパッシングしてNSSのセダン車を照射した。南の護衛2人がSUV車を凝視した。何だ? 怪しい! そしてSUV車へと歩いて行く。 洋館前の歩道をマスクをしたカップルが歩いている。護衛2人がSUV車に近づくと、SUV車はいきなりバックして遠ざかって行った。 2人の護衛は諦めた。 カップルの男がNSSセダン車の下部に手を入れ、小さな10円大の追跡装置をふっつけ、女と手を組み、同じ速さ、ゆっくりと歩道を歩いて行った。 (7) 十鳥の研究室 大学構内のライラックの木々に紫の淡い花が咲き、本州から遅れること半年、北海道の初夏が顔を見せ始めた。リラ冷えの6月だというのに、夏日、真夏日の日々が続いている。日中は暑いが夜は冷える。これが北海道の初夏だ。 新型コロナの緊急事態は解かれたが、十鳥と役立はマスクをし研究室のデスクに向かっていた。開けっ放しの窓から、無垢の空気が狭い研究室内の二人の吐き出した汚染空気を窓外に押し出してくれている。「役立君。やはり北海道の晩春、いや初夏は格別に新鮮なものがあるな。新緑の恵みだ」 PC画面を覗いていた役立が振り返った。「ええ、教授。静岡の実家から届いた一番茶を淹れますね」「それは貴重だ。香りが特別だ」 十鳥が役立のPC画面に目をやる。「おっ! チャットが来たぞ!」<坂本より。Nの北(NSS局長南の隠語)が2度目の訪問中。専用車に取り付けたGPS信号で確認した> 役立が素早くキーボードを叩いた。<世田谷の洋館の所有者は?><億万長者の華僑です。特に政治的には無縁の宋云嘉(そういうか)という人物です><そういうか。了解。消去する> 消去まで要した時間は、10秒だった。官邸サイドの公安機関、そこから業務委託された「民間のネット監視会社」の検知から逃れるためである。十鳥の特別チームは隠語を使い、ネット監視に捕捉されないように慎重だった。それも彼らが、公安内部の監視体制を知悉していたからだ。「やはり官邸は中国に、何かを打診している、ということだ」そう十鳥が言うと、「教授。坂本への返事は?」「Nのは、終了してくれ。これからは自衛隊離島上陸部隊の監視を頼む」これは十鳥の勘である。「了解」と役立が応えた。そしてチャットを書く。<坂本へ。Nの件は終了だ。今度は、別な絵を求めてほしい。別途、知らせる> 十鳥が遮った。「自衛隊離島揚陸部隊を調べてくれ。私もあたるとしよう」 役立がキーボードを打つ。<陸自離島特殊部隊を調べてくれ。教授も調べる><陸上自衛隊特殊部隊員に伝手がある。2、3週間後、連絡したい><調査の意味は分かるか?><承知しているよ。教授によろしく>* 因みに自衛隊は、英語ではJapan Self-Defense Forces 略称JSDF、SDFである。首相官邸 6月中旬の昼過ぎ、官邸の首相執務室にNSSの南局長と統合幕僚長、陸・海・空自衛隊トップの幕僚長がマスクをかけ席についていた。 マスクから顎を出した森部首相が切り出した。「尖閣諸島への中国公船の侵犯がただならぬ状況です。我が国の海上保安庁の巡視船では、対応が困難となっています。場合によっては、中国軍の上陸もあり得る。そうNSS局長が進言している」 時には‟ます調”を使い、時には‟である”を意味なく使い、小さめの布マスク声で森部首相が言って、NSS局長の南に目をやる。「首相の言われる事態が起こり得る状況だ。こちらの公安部情報機関にそういう情報が入った」南NSS局長が告げた。 陸自幕僚長が確認する。「外交交渉で解決できないのですか?」 海・空の幕僚長は頷き、森部首相と南NSS局長の返事を待つ。「中国からは何の返事も来ない。それは悪い事態の予兆と考えている」森部がやけに落ち着いて応えた。すかさず南NSS局長が追い打ちをかけた。「離島奪還部隊を石垣基地に移動してくれ。密かに」 陸自の幕僚長が困惑の表情を浮かべ言った。「離島奪還部隊の移動は可能ですが、本当に中国側の尖閣諸島への上陸があり得るんでしょうか? このコロナ惨禍の渦中ですよ」 海自幕僚長が質問する。「もし戦後日本で初の戦闘死があれば、国民はどう反応すると考えていますか?」 南NSS局長が応えた。「国民の80%は、国に殉じたと感動することでしょう。我が首相政権は、この8年間でそういう情緒感を醸成してきたのですよ」 やりとりを黙して聞いていた自衛隊統合幕僚長だったが、森部首相に警戒心をもっていた。これは単なる戯言ではない! ことは進んでいるのだ! しかも米国に秘密裏にだ! 何を企んでいるのだ! 自衛隊統合幕僚長は、防衛大学校出のエリートではあったが、権力欲も無く、偏狭なイデオロギーを持たない穏健派だった。出身高校は、十鳥と同じであり、しかも同級生だった。十鳥と日本国憲法観が同じある。これまで交誼をかわすことを、敢えて避けていた。それは十鳥の方からだった。俺と付き合えば彼の昇進の邪魔になる、と考えてのことだ。「首相。可能性は?」自衛隊統合幕僚長が訊いた。 森部首相が、一瞬躊躇しつつも、「限りなく100%に近い、と聞いている。よって即応体制をとっていただきたい。相手次第だが……」マスク声がさらにくぐもった。 自衛隊統合幕僚長が応えた。「では事態に備える体制を、秘密裏に直ちにとります。詳細の打ち合わせは、後日させていただきます」 森部首相が小刻みに頷き、南NSS局長に目を送った。南は目配せした。<首尾よくいきましたよ>居酒屋UNOMI 皇居の外堀に面した通り、7階建てビルの路面店、居酒屋UNOMIがある。この店は、森部首相夫人が経営している予約制で、しかも一見客はお断りのお店である。首相夫人は馴染みの客が来たときに、お店に顔を出し馴染み客と食事を楽しむ。要は首相夫人の社交場とも言えた。とは言え、首相夫人だから当然警備は厳しい。店の外にSP2名、店内に2名が出入り口近くのテーブル席に控えめに陣取っている。 新型コロナ惨禍で例外なく、この店も自粛していたが、6月中旬に東京都のコロナ・アラートが解除され、馴染み客の予約が入り始めた。(続く)
2020年06月12日
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写真日記 Huちゃん 写真日記 を転載しました。 ブログ冒険小説『官邸の呪文』(6)(この物語に登場する人物、団体名は架空である) 主な登場人物 ・十鳥良平(とっとり りょうへい)前職は検察庁釧路地検検事正。現在は札幌の私大法学部教授・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大考古学教授・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学準教授・役立 有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥教授の助手・堀田陸人(ほった りくと)資源開発機構研究所所長 海人の兄・森倍 昭双(もりべ しょうぞう)首相・水流 侃(すいりゅう かん)官房長官・田森 博史(たもり ひろし)副官房長官(首相の側近)・南 慈夫(みなみ しげお)国家安全保障局(NSS)局長(首相の側近)・中井 直樹(なかい なおき)首相秘書官(首相の側近)(6)十鳥の研究室 5月初旬。午前10時、十鳥と役立助手は研究室にいた。 十鳥は役立に刑事訴訟法の司法試験用の論述問題を出し、開けた窓から林を眺めていた。彼が呟いた――今日は鳥たちの囀りが聞けないな。。 その時、研究室のドアがノックされ開いた。 ぬっと現れたのは、白いマスクの白鳥教授だった。「おお、ハクチョウさんがやって来たか」十鳥が大声で言った。「私が長居すると三密になるので、預かり物を渡して帰りますよ。じゅうとりさん」そう言って、白鳥がハガキ1枚を十鳥に渡し、踵を返して去って行った。「売り言葉に買い言葉だな。ハガキ1枚付きで」 十鳥がハガキの裏を見た。差出人の名前が『ミハイル』だった。嫌な予感がした。またしても黒くなるやつだな、と十鳥は呟やきハガキの端を捲った。『友人ミハイルより 官邸内で不穏な動き おたくのNSS南局長が在日中国大使館の商務官劉氏と携帯で数度連絡 NSS南局長の動向を監視したら 敬愛する十鳥良平へ』 十鳥が読み終えると、文面が真黒くなっていった。(偽名ミハイル。前作『海峡の呪文』に登場したロシア対外情報局のイワノビッチ局長である)「またタヌキが出たのか。ミハイルめっ!」十鳥は罵った。役立が十鳥に顔を向けるや、十鳥が言った。「役立君。夜、私のマンション自宅に来てほしい。知らせたい伝言がやってきた。我々には、ろくな内容ではないが」「教授。了解ですが、マスクを着けていても大声は危険です。感染しそうですので」と役立は皮肉を込めた。「今私は感染したばかりだ。だが、ミハイルのウイルスは増殖していないぜ」十鳥が皮肉で返した。そして十鳥は、真黒くなった文面を睨み内心で呟く。<官邸側近のNSS局長南が蠢き始めたか。蠢動はとっくに過ぎたと言うのに。劉商務官は、中国情報機関の要員に違いない。何が目的なんだ? それを俺に捉えよ、そうミハイルは伝えているのだ> 十鳥は簡易台所に行き、ライターの火でハガキを焼いた。メラメラと青白い炎が立った。(6)十鳥の研究室 GW明けだったが、政府が4月に発した掛け声だけの「緊急事態宣言」は、5月末まで延長された。 なぜ掛け声だけと言えるのか? その理由は、ここで触れるまでの無いことだが――PCR検査体制の余りにもお粗末な実態、そもそもの検査を無視していたことである。また、防護装備が足りず、最前線にいる医療従事者たちを危険に晒し、いわゆる医療崩壊が始まっていた。 これを太平洋戦争に、あえて例えるならば――戦争に例えるのは良くないことを承知している――ゼロ戦等の戦闘機パイロットという、両手両足を難曲に集中させ、愛機を自由に奏でる技量を持つ名ピアニストたちを「自爆攻撃」で無駄にベテランパイロットたちを失ったことと酷似している。後日、わずかだが、戦闘機だけが残っても、ブリキの玩具と化していた。実際にそうだった。 さらに、実態は補償なき緊急事態宣言であった。全体主義的野望を持つ政権は、自ら目論む戦争可能な施策及び軍拡には惜しみなく税金を浪費するが、自然災害等には、国民の命さえ自己責任論を前提とした対応をとるのだ。何故か? 自然災害は政権の望む範疇に微塵も入っていないからである。 戦争は儲かる。野望を持つ政権指導層には失うものは少ない。そして、失政によるすべての腐った汚点をも、雪が覆い隠す如く真っ新(さら)にしてくれるのだ。 北海道の感染者数は札幌圏で一定の数値となったが、緊急事態宣言は一層強化されていた。道民も自粛要請に呼応。自らも含め、命の危険があるからだが、正しい対応である。まさに正しく恐れているのだ。 このコロナ禍の中、誰もいない大学内を十鳥は研究室へと急いだ。研究室のドアを開けようとした時、スマホが鳴った。<教授。東京のSAT要員のBです。役立からチャットで教授の指示を確認しました。同僚のC、Dの3人で、南(NSS局長)の24時間監視を始めました。当面、このスマホは安全です。他人名義なので。都度、報告します><了解した。NSSの南と中国大使館の劉商務官が、間違いなく接触しているのを確認だ。2回の接触を確認してくれ。私のスマホも他人名義。1週間は安全だろう。頼む> 十鳥の影の監視要員が動き出した。ミハイルの伝言にNSSの南局長と中国の商務官劉との怪しい動き、とがあったからだ。首相官邸のNSS局長南が、一度の接触だけでは‶恋人〟とは言えない。が、2度ともなれば相思相愛の関係が濃い。3度目は――まさに濃厚接触の仲である。 官邸は何を企んでいるんだ! コロナ惨禍だというのに! 十鳥は罵った。すると十鳥の全身に悪寒が走り、くしゃみが出た。はっ! はくしょん! マスクの内側が大量の粘っこい飛沫でべとつき、十鳥は慌ててマスクを外した。新型コロナはやばい!(尾行監視) 5月中旬の夜10時過ぎだった。高輪のマンション正面玄関から首相側近、NSS局長の南が出て来た。 このマンションから100m弱離れた道路斜め向えで、十鳥の影の監視要員が白いSUV車の中から24時間交代で見張っていた。 幸か不幸か、新型コロナ惨禍で緊急事態宣言中だ。警視庁SAT隊のメンバーたちにとっても好都合だった。自宅自粛、有給休暇がとれるからだ。だが、夜の道路を行き交う車は極端に少なく、時折、巡回中のパトカーが通る。監視車を怪しまれないように2台のSUVとセダン車を交代させながら避けていた。 監視に使っているSUV車等は、5台をレンタル。契約者は、友人の知人のまた知人。影の監視要員には、絶対に繋がらない。車から身元が割れることはない。 この監視等に係る費用は、十鳥の懐から十分に出ている。因みに十鳥は、「官邸の蠢き解明」に2千万円を拠出していた。13人の若い影の要員たちには、金銭的負担をかける訳にはいかない。そう十鳥は決めている。これからも―― 蛇足だが官邸は、反対、批判勢力、さらに注意人物の24時間監視には、無尽蔵に人と金と物が使える。事実、惜しみなく使っているのだ。新型コロナ対応のPCR検査、医療従事者には、惜しんでケチっているようだ。この官邸政権の本質だった―― 監視要員はズームのきく動画カメラを覗いていた。<こちらスズメ・ワン。奴が出て来た>影の監視要員C、高杉がインカムでスズメの巣の班長のB、坂本に言った。<スズメ・ワンより、スズメの巣へ。おっ! エントランス前に黒のセダン車が停まったぞ。おっ! 車から男3人が降り、奴を守るようにしてセダン車に乗せた。発進した! 北方向に向かうようだ。尾行開始する><了解。後方のスズメ・ツーにも奴の車を追わす>追尾車から300m後方を追っているワゴン車に乗り、モニター監視要員と一緒のチーム班長の坂本が応えた。 そして坂本班長がインカムで伝えた。<スズメの巣よりスズメ・スリーへ。追跡システムでスズメ・ワンの後方100mを走ってくれ><スズメ・ツー了解した>影の監視要員高岡が応えた。 NSSの南が乗ったセダン車は、世田谷区内に入って行った。尾行車は一定の距離を保ち追う。後方のスズメ・ツー車は、ここで追尾役を交代した。<スズメ・ツーよりスズメの巣へ。奴のセダンを視認。コロナに罹らないようにソーシャルディスタントを保ちついている><坂本。了解した> 彼らが使った苗字は幕末の志士からとった隠語である。<目標の車が高級住宅街に入りました>高岡が言った。 班長の坂本の予感が当たったようだ。<スズメ・ワンへ。そろそろ南の車は、豪奢な住宅前で停まり、南は中に入るはずだ。護衛の一人も南とその住宅に入る。残るは2人。カップルで奴らの車の横を歩いてくれ。良いか?>班長の坂本が言った。<例の作戦ですね。了解した>高杉が応えた。 班長の坂本がスズメ・ツーの高岡に告げた。<スズメ・ツーへ。例の作戦を行う。南の護衛2人の目線を逸らせ!><了解した> 南が乗ったセダン車が、大きな洋館前で停車した。そして、南と護衛一人が後部ドアを開け降りた。護衛の2人も同時に降り、南の左右に立った。南と護衛が門扉を開け敷地内へと入って行く。 とその時、後ろのSUV車がパッシングしてNSSのセダン車を照射した。南の護衛2人がSUV車を凝視した。何だ? 怪しい! そしてSUV車へと歩いて行く。 洋館前の歩道をマスクをしたカップルが歩いている。護衛2人がSUV車に近づくと、SUV車はいきなりバックして遠ざかって行った。 2人の護衛は諦めた。 カップルの男がNSSセダン車の下部に手を入れ、小さな10円大の追跡装置をふっつけ、女と手を組み、同じ速さ、ゆっくりと歩道を歩いて行った。 (続く)
2020年05月24日
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写真日記 Huちゃん 写真日記 を転載しました。 ブログ冒険小説『官邸の呪文』(5)(この物語に登場する人物、団体名は架空である) 主な登場人物 ・十鳥良平(とっとり りょうへい)前職は検察庁釧路地検検事正。現在は札幌の私大法学部教授・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大考古学教授・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学準教授・役立 有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥教授の助手・堀田陸人(ほった りくと)資源開発機構研究所所長 海人の兄・森倍 昭双(もりべ しょうぞう)首相・水流 侃(すいりゅう かん)官房長官・田森 博史(たもり ひろし)副官房長官(首相の側近)・南 慈夫(みなみ しげお)国家安全保障局(NSS)局長(首相の側近)・中井 直樹(なかい なおき)首相秘書官(首相の側近)(5)首相官邸 GWに入った4月29日、森部首相の執務室に田森副官房長官がいた。4月7日の「緊急事態宣言」の延長理由について、森部首相が尋ねた。「田森さん。専門者会議の座長からあらかじめ提出してもらった、『緊急事態宣言延長に関する理由』が、ここにあるのだが……」 森部首相は、いつものように田森を頼っていた。国民に知らせる内容として「延期」の塩梅加減、つまり適度な責任逃れの理由付けと、そのスピーチ原稿を――。「田森さん。日朝新聞の世論調査では、国民の相当数が私の新型コロナ対応に不満を持っているようだ。でもね。まだ私にはやるべきことがある。そこでだ。田森さんには、前向きなフレーズを織入れてほしい。数値目標だけは避けてね」「総理。上手くまとめますよ。感謝から始まり、お詫びの言葉を入れ、責任を巧みに回避し、そうそう、5月中旬でいったん解除を模索。そして5月末で、終息に繋がる契機としたい、との意思を示す。そういう内容で如何でしょうか?」「良いね。素晴らしい。私の面子が立つ」森部首相は、ほっとして顔を緩めた。瞼が垂れていた。この数秒後、森部首相ははたと思い出した。「森田さん。緊急事態、つまり憲法改正の眼目の一つについても、それとなく触れてほしい」「ええ、総理。承知しておりますよ。さりげなく書きます」「5月3日の自主憲法制定記念日に、メッセージを出します。その原稿には、遠慮なく『緊急事態条項』の必要性を書いてほしい。日本民族会議から言われているのでね。とみに、論客の梅井のお姉ちゃまが煩いのでね」「ええ、当然です。日本民族会議のご機嫌を損ねるのは避けなければなりません。ポーズだけでも、憲法改正を諦めていない発言が必要です。総理」 田森が話し終えた時、首相執務室のドアがノックされ国家安全保障局の南局長が入って来た。「南さんが来られたので、お二人に相談したいことがある」森部首相の相が悪相に変わった。「南局長、田森さん。反対勢力の者たちの尾行を徹底してほしい」「総理。この8年間、我々は警察庁公安部、内調の要員100名体制で総理の反対勢力を虱潰しで、彼らの行動を24時間監視しています。全国の警察本部が野党の選対事務所には、可能な限り要員かスパイを潜入させてもいますが? 何か?」南局長が訊いた。「マスコミだよ。これまで以上に兵糧攻めと、我々のエージェント網をつくってほしい」森部首相が頭を下げた。 8年前、森部が首相に就くなり、真っ先に取り組んだことは、マスメディアの仕分けだった。敵と味方に。これまでは『反日』を基本軸に敵と味方を峻別できたが、新型コロナ対応を巡っては敵と味方が入り交ざり、ややもすれば森部首相には、敵一色に見えるケースがあった。これは高支持率で常勝を重ねて来た長期政権の奢りだったが。もちろん、森部首相個人の性格もあった。学歴コンプレックスと嫉妬心。彼の父も祖父も、そして外祖父の元首相も東大法学部出である。 南局長が訊いた。「総理。これまでと局面が変わったようですね?」「私の心は、コロナ終息後のことで悩んでいるのですよ」森部首相が南局長の想定外のことを言ったのだった。「東京五輪ではないですね?」田森が訊いた。「いや違う。私の名誉だよ。東京五輪はどちらに転んでも良いが、このままで唯々諾々と巨額の財政危機を招くことだけは、何としても避けたくてね」森部首相が声を落として言った。「総理。総理の責任とならないような妙策ですね」南局長が応えた。「その妙策だよ。お分かりになったと思うがね」と言って、森部首相が大きく頷いた。「総理。過去の歴史に学べ、ということですか?」田森が訊く。「田森さん。歴史に学べば、窮地の時は救いがあるものだよ。この救いは、自ら求めるものです。田森さん。そう思いませんか?」森部首相が応え、そして訊いた。 田森が戸惑いを見せた。森部首相の投げかけた解が分かりかねていた。NSS局長の南は、天井を見上げ躊躇の表情を浮かべた。森部首相は、何を考えているんだ! 謎解きをしなきゃ!「総理。あのシナリオに付け加えるべきでしょうね?」南局長が訊いた。「南さん。そうしてほしい。素案はお任せしますよ。くれぐれも、私たち以外に漏れないように――今まで通りにね。11月いっぱいまで『時間』がありますからね。8月中に『窮地の救い』案を頼みます」 森部首相は、米国の大統領選の結果をみた『時間』のことを言ったのだ。これは南も田森も気づいた。そして南局長が訊いた。「総理。来年の東京五輪は?」 いくら側近でも東京五輪の中止については、暗黙のルールがあった。だが、『窮地の救い』を練るには、タブーの扉を開けざるをを得なかったのだ。「田森さんの見解はどうかね?」森部首相が訊き返した。 田森は南局長に目をやった。南局長が頷く。「総理。忌憚なく言います。遺憾ですが……東京五輪は中止です」 森部首相の返事は意外だった。「私もそう結論を出していました。ただしですよ。甘んじて五輪中止を認める訳にはいきません。私の政治生命が終わりますからね。ですから、『窮地の救い』が必要なんですよ。私の政権努力を無に帰さない為なのです」 森部首相は、2021年秋の総裁選で4選を懐奥に秘めていた。それが新型コロナ有事で、内閣支持率はプラマイゼロどころかマイナスに下降している。例え新型コロナ有事が終息しても、である。そう森部首相は悲観的想定し、本性の単純な負けず嫌いが燃え滾ってきていたのだった。 くそ! 私に指導力、決断力が無いって! 許せん!十鳥の研究室 5月初旬。午前10時、十鳥と役立助手は研究室にいた。 十鳥は役立に刑事訴訟法の司法試験用の論述問題を出し、開けた窓から林を眺めていた。彼が呟いた――今日は鳥たちの囀りが聞けないな。。 その時、研究室のドアがノックされ開いた。 ぬっと現れたのは、白いマスクの白鳥教授だった。「おお、ハクチョウさんがやって来たか」十鳥が大声で言った。「私が長居すると三密になるので、預かり物を渡して帰りますよ。じゅうとりさん」そう言って、白鳥がハガキ1枚を十鳥に渡し、踵を返して去って行った。「売り言葉に買い言葉だな。ハガキ1枚付きで」 十鳥がハガキの裏を見た。差出人の名前が『ミハイル』だった。嫌な予感がした。またしても黒くなるやつだな、と十鳥は呟やきハガキの端を捲った。『友人ミハイルより 官邸内で不穏な動き おたくのNSS南局長が在日中国大使館の商務官劉氏と携帯で数度連絡 NSS南局長の動向を監視したら 敬愛する十鳥良平へ』 十鳥が読み終えると、文面が真黒くなっていった。(偽名ミハイル。前作『海峡の呪文』に登場したロシア対外情報局のイワノビッチ局長である)「またタヌキが出たのか。ミハイルめっ!」十鳥は罵った。役立が十鳥に顔を向けるや、十鳥が言った。「役立君。夜、私のマンション自宅に来てほしい。知らせたい伝言がやってきた。我々には、ろくな内容ではないが」「教授。了解ですが、マスクを着けていても大声は危険です。感染しそうですので」と役立は皮肉を込めた。「今私は感染したばかりだ。だが、ミハイルのウイルスは増殖していないぜ」十鳥が皮肉で返した。そして十鳥は、真黒くなった文面を睨み内心で呟く。<官邸側近のNSS局長南が蠢き始めたか。蠢動はとっくに過ぎたと言うのに。劉商務官は、中国情報機関の要員に違いない。何が目的なんだ? それを俺に捉えよ、そうミハイルは伝えているのだ> 十鳥は簡易台所に行き、ライターの火でハガキを焼いた。メラメラと青白い炎が立った。 (続く) 昨夜9;15頃 自宅周辺で(札幌) 熟したフラワームーン
2020年05月08日
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写真日記 Huちゃん 写真日記 を転載しました。 ブログ冒険小説『官邸の呪文』(1)(この物語に登場する人物、団体名は架空である) 主な登場人物 ・十鳥良平(とっとり りょうへい)前職は検察庁釧路地検検事正。現在は札幌の私大法学部教授・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大考古学教授・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学準教授・役立 有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥教授の助手・堀田陸人(ほった りくと)資源開発機構研究所所長 海人の兄・森倍 昭双(もりべ しょうぞう)首相・水流 侃(すいりゅう かん)官房長官・田森 博史(たもり ひろし)副官房長官(首相の側近)・南 慈夫(みなみ しげお)国家安全保障局(NSS)局長(首相の側近)・中井 直樹(なかい なおき)首相秘書官(首相の側近) (3)札幌道央大学 4月中旬。午前10時丁度、黒いマスクをした十鳥が研究室のドアを開けた。どことなく太ったカラスに似ていた。「おはよう。早いね」起立していた役立助手に言った。「教授こそ。おはようございます」役立も黒いマスクをして応えた。「何か変わったことは?」十鳥が訊いた。「教授。マスクとアルコール消毒液が手に入らないことが、十分、変わったことですよ」 そう言われた十鳥は、慌てて部屋隅にある消毒液ポンプを押した。「そうなんだよな。このコロナウイルスを舐めちゃあかんからな」「教授。また黒マスクをネット購入しますね。3,800円。50枚入りです。送料別で」「役立君。頼む。ここは2人しかいないから3密ではないが、堀田教授、榊原准教授が来たら、4密になるな」 そう言う十鳥の表情に寂しさが垣間見れた。海人と英子は、3月3日に籍を入れたが、身内だけの結婚式はコロナ緊急事態で延期していた。それ以来、十鳥は会ってはいない。邪魔するのもなんだから、と十鳥は思い携帯にも連絡していなかった。一方の海人たちは、コロナの問題もあったが、役立助手の特別授業を邪魔したくないと思っていたのだった。「教授。森部首相と官邸は、最悪ですね?」役立が訊いた。「危機管理ゼロだな。どこが世界第3位の経済大国なんだ」十鳥が言った。いつもの十鳥の口調である。「教授。不思議でならないのです」「何が?」「PCR検査数が少な過ぎることです。日本だけですので」ソーシャルディスタンスの距離をとっている役立が言う。「先ずは――東京五輪ありき。その次は――人命よりも経済を重視したからだ。そして次に――専門家会議の誰が提案したのか、クラスター潰しで感染を防げると。つまり、医学者専門家の座長らが、首相官邸の意向を忖度したのだ」「教授。それであの補償なき緊急事態宣言となったのでしょうか?」「役立君。実質、日本の財政は想像以上に悪化しているはずだ。ゆえに補償しないで済まそうと安易に考えてのことだろう」 役立助手が席を立ち、研究室の窓とドアを開けた。これでは2密でもコロナが十鳥から出て来そうだからだ。とは一瞬、役立は思ったが、十鳥がコロナに感染することを避けているのだった。「役立君。チャット画面が動いているぞ」 東京のSAT仲間から会話文が入っていた。<役立よ。元気か? 俺は自粛して家でネット等を調べている> 役立が返事した。<官邸の動きは?><森部首相と側近たちと水流官房長官に亀裂が……><それはマスコミでも書かれているけど><それ以上の亀裂ですよ><何が原因で?><色んな情報を分析していくと、ポストを巡るものじゃなく、コロナ対策補償という経済支援について齟齬があるようだ><やはり経済補償か……><そう思うよ。また連絡する。教授によろしくお伝えください><了解> 十鳥はチャット画面を凝視していた。森部首相と官邸内がコロナ対応で錯乱しているのが、チャットでも十分伝わってきた。「役立君。我々が予測している通りに、事態は不幸にも進んでいる。森部首相らは、国難と叫べば『ただ同然で国民は従う』と思い込んでいる」「教授。それがことごとく失敗している本質なんですね?」 十鳥は、役立から背け大声を発した。「変な門閥、閨閥の家で、生まれた時から自努力なしで、のうのうと苦労しないで育った2世3世のバカ息子が考えることにろくな事がないのだ。いまだ独り立ちできないから側近という介護者たちを飼うのだよ。そしてだ。単に負けず嫌いだから、さらに暴走する可能性があるのだよ。それを我々は危惧している訳だが……そうなるだろうな」 助手の役立は、十鳥の激した言葉を『2密の垂訓』とタイトルを付け、脳裏にファイリングした。(4)福住のマンション 4月下旬。GW前。海人と英子は、北方四島第1次国後島日露共同考古学調査のまとめとして、『北方四島におけるオホーツク考古学文化考(その1)』論文を書き始めていた。2人の共著である。 札幌もコロナ惨禍下の緊急事態宣言――北海道知事がいち早く発した緊急事態宣言――で、海人と英子は中国武漢の新型コロナ惨状を知った時から、完璧に自粛中だった。北海道はとりわけ中国からの観光客が多い。2人は考古学者ではあるが、「人類の歴史と疫病」に知悉していた。人類も進化してきたが、ウイルスも進化してきたのだ。人から人に感染する新型コロナ。2人の方針は決まった――ヒューマンロックダウンと名付けた自己隔離作戦! それが可能な条件を持つ2人だった。 一週間分の買い物には、サージカルマスクとビニールの手袋をつけ、頭からすっぽりとキャンピング用レインカッパ上下を着て、コロナ感染防止と用意周到だった。 マスクもビニール手袋も、そしてアルコール消毒液も発掘調査でも使用する。それらの在庫は研究室のロッカーに十分にあったのだ。海人たちはマンションの自分の玄関を消毒室とした。 2人は、なぜ日本の死者数・感染者数が少ないのか、PCR検査体制に批判を持っているが――。「俺たちは、自己防衛するぞ!」と決意した。 玄関の中。先ず、床に靴底消毒パレットを置き、都度エタノール液をパレット底の布製マットに染み込ませた。(海人たちは、内と外を区分する玄関が、コロナウイルスに有効とみた。豚コレラ、鳥インフル等でも、必ず靴底を消毒して内部に入るからだ。豚も鳥も、人間も同じだ) 上がり框手前に天上から四方の壁・玄関戸をすっぽりとビニールシートを垂らして覆っていた。そして2人は、部屋に上がる前に、互いに噴霧器でレインカッパの全身を消毒する。その時、水中眼鏡をかけ息を止める。 この防疫消毒を終えて、着ていたキャンプ用雨合羽を脱ぎ、マスクをゴミ袋に捨て、ビニール手袋を靴箱の上に並べ置いた。リビングに入る前に、手を消毒液で洗い、それから玄関脇のバスユニット室でシャワーを浴びた。 リビングで一息ついた2人は、珈琲をすすりつつ会話した。「英子さん。支笏湖美笛キャンプは連休中も閉鎖だ」「海人さん。北海道内のすべてが閉鎖ですので仕方ないですね」「十鳥さんはコロナ、大丈夫かな?」「海人さん。助手の役立さんが護衛しているはず。元SATの方ですから、防疫にも精通しているはずだわ」「十鳥さんは、素晴らしい部下を引き抜いているな」「海人さん。十鳥さんの人徳、人柄がそうさせているのだわ」「確かに英子さんの言う通りだ。どこか昼行灯の大石内蔵助と似ている十鳥さんだ。内面は強靭な精神力と信念の持ち主だ」「十鳥さんから連絡が無いのは、きっと私たちを気遣ってのことですね?」「英子さん。こうも言えそうだよ。十鳥さんから連絡が無い時は、また何かを嗅ぎつけている最中とも」「そうね。そうだわ。おとなしく遁世する方ではありませんから」「と言うことは、十鳥さんは国家権力の暗部に頭を突っ込んでいるのかな? それは何だろう? 表現が良くないけど、例の女神の悪臭か?」「ええ、きっと官邸内に漂うかすかな悪臭かも」英子が応じた。「十鳥さんの洞察力は、犬と同じ嗅覚に匹敵するようだからな」「腐敗した権力にとって、緊急事態が絶好のチャンス到来と見えるかも」「そうか――国民の多くに、その腐敗が露呈し、コロナ惨禍で更に不信感が醸成している。その通りだな。また何かを企むのか――それが魔女の悪臭か。苗字からして十鳥さんは、10の鳥が持つ‶鳥瞰〟が出来るのか」そう言って、海人はふっと溜息を漏らした。 海人の脳裏に新型の悪魔どもが浮かんできた。形はコロナウイルスとよく似ていた。(続く)
2020年05月01日
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写真日記 Huちゃん 写真日記 を転載しました。 ブログ冒険小説『官邸の呪文』(1)(この物語に登場する人物、団体名は架空である) 主な登場人物 ・十鳥良平(とっとり りょうへい)前職は検察庁釧路地検検事正。現在は札幌の私大法学部教授・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大考古学教授・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学準教授・役立 有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥教授の助手・堀田陸人(ほった りくと)資源開発機構研究所所長 海人の兄・森倍 昭双(もりべ しょうぞう)首相・水流 侃(すいりゅう かん)官房長官・田森 博史(たもり ひろし)副官房長官(首相の側近)・南 慈夫(みなみ しげお)国家安全保障局(NSS)局長(首相の側近)・中井 直樹(なかい なおき)首相秘書官(首相の側近) (2)首相官邸 夜7時。首相官邸内は、新型コロナ惨禍の対応で騒然としていた。官邸の官僚たちが、時折、怒声を受話器に発している。中でも官僚で首相秘書官の中井直樹(なかい なおき)の声は、天から轟くほど激したものだった。文字通り「天の声」を代弁したものである。「馬鹿野郎! 俺の立場を考えろ!」 電話の相手は中井の元上司の厚労省局長だが、中井は彼を舐め切った物言いである。皮肉を込めれば、中井が森倍首相秘書官になり、「天の声」を聞いた時から彼の内面の裏面がコイントスされ露骨に表れたのだ。「中井さん。あなたに私の代理人になってほしい」これが「天の声」である。この言葉が中井に森部首相が持つ人事権、それは「官僚の統帥権」となって絶対神に化身させたのだった。見方を変えれば、同じ穴のムジナ仲間入りしたとも言えよう。他にも森部首相の「天の声」を聞き、ムジナ仲間がいるが――。 著者の考えだが、狡猾かつ悪徳の者たちって、本人たちはいたって「正しい」と心底思ってやっているので、ドラマ等で表現されるような悪人面と言葉遣いはしていないようだ。ただ、心中の奥底に持つ悪性から表出する目論見、やり口は、やはり悪人と言える。 この夜7時30分、森部首相執務室にムジナたちが集合した。警察庁から仲間入りした田森博史(たもり ひろし)副官房長官。田森の役割は、旧内務省(戦前の)が持った反政権勢力である影響力を持った識者、評論家、与野党を問わずの政治家、そしてマスメディアへの監視役である。田森の麾下には、出身の警察庁公安部がいた。これまで田森の指示で警察庁公安部は、森部首相への言論批判を手段を択ばず抑え込んできたのだ。 4年前、田森が官邸に呼ばれた時のことだった。「田森さん。私があなたに一任したいことは、私への煩い反勢力の様々な言動です。正直に申し上げて、私はそういう人たちが嫌いなんですよ。森田さん、分かりますよね?」森部首相が本音を吐露した。「ええ、総理。お気持ちは十分に理解します。それと同時に、強い政権維持には、総理への反対勢力を徹底的に排除しなければなりません。それは私の役割と理解します。どうぞいか様にも御指示のほど」田森がもう一つの「天の声」を聞いたのだった。そして田森は、官邸人事局長となり、約660人の官僚幹部人事を牛耳りだした。 南慈夫(みなみ しげお)も警察庁公安局長から森部首相肝入りの国家安全保障局(NSS)局長に就任し、首相の側近となったひとりだ。 「総理。都知事らに先行させたら行けません。総理も緊急事態宣言を発するべきです」マスクをした中井首相秘書官が言った。「ただし、休業補償は避けていただきたい。総理の景気浮揚のご努力が無為に帰す可能性があります」こう言ったのは、官邸人事局長の田森だった。田森は財務官僚とのパイプが太く深いからだ。国民には正確に知らせられない国の財政事情を懸念してのことだった。田森も森部首相のガキのような負けず嫌いの性格を知っているからである。風呂敷を大きく広げたがるし、出たがり屋であることを百も承知していた。 コロナ惨禍の序章時、森部首相が真っ先に打ち出したのが、悪名高い「モリベノマスク」だった。これには国民の80%が唖然と息を飲み込んだ。が、当の本人は意気揚々と得心していた。「上手いことをやりましたね!」と、首相側近たちも称賛した。 なぜ布製マスク配布案が出たのか? 地元秘書たちからの発案だった。 森部首相は、長年の付き合いがあった献金支持企業3社から、厚労省出身の側近中井に指示し買い上げさせた。このマスクは10数年不良在庫していた寸足らず布製マスクだった。 ひとり寸足らず布製マスクを着けた森部首相は、中井の提案である緊急事態宣言に乗った。「私もそう思っていましたよ。明後日に緊急事態宣言をしますよ。中井さん、発表の原稿を頼むね。感動的なフレーズを入れてください」「記者の質問は、いつものように事前にその内容を提出させます。数人の代表質問に限らせます」マスク越しにNNS局長の南が言った。 この会合には、官房長官の水流 侃(すいりゅう かん)はいなかった。これまで水流官房長官は、森部首相に諫言してきたことが、2人の間に、歌の文句の「二人の間に深くて暗い溝」ができていたのだ。 だが、森部首相と水流官房長官は、森部の自民党総裁任期までは、女房役を務めることで合意していた。東京五輪・パラリンピックを無事終え、連立政権の存続を確認――来年の秋頃予定の衆議院選挙で勝利する――までは、と、二人は濁り酒を酌み交わしたのだろう。 そしてこの日、森部首相が国民に「緊急事態宣言」を出した――。 首相執務室に戻った森部首相に、いち早く田森が告げた。「総理。これで国民にも存在感を示せましたね」「森田さんたちのお陰だね。ビデオで確認するとしよう」森部首相は、笑み満面で応えた。 そこに南NSS局長がマスク越しに、森部首相の耳に囁いた。「総理。本題のシナリオを作成しました」南が黒いA4ファイルケースを渡した。「南さん。ご苦労かけたているね」森部が布製マスクからくぐもった小声を発した。「総理。お約束の本題です」「こんな状況だから、私たち以外の者たちに漏れることはない。2日後に私の執務室で打ち合わせをしよう」そう言って、布製マスクを着けた森部首相は、護衛のSPたちに守られ、この場を足早く去って行った。(3)札幌道央大学 4月中旬。午前10時丁度、黒いマスクをした十鳥が研究室のドアを開けた。どことなく太ったカラスに似ていた。「おはよう。早いね」起立していた役立助手に言った。「教授こそ。おはようございます」役立も黒いマスクをして応えた。「何か変わったことは?」十鳥が訊いた。「教授。マスクとアルコール消毒液が手に入らないことが、十分、変わったことですよ」 そう言われた十鳥は、慌てて部屋隅にある消毒液ポンプを押した。「そうなんだよな。このコロナウイルスを舐めちゃあかんからな」「教授。また黒マスクをネット購入しますね。3,800円。50枚入りです。送料別で」「役立君。頼む。ここは2人しかいないから3密ではないが、堀田教授、榊原准教授が来たら、4密になるな」 そう言う十鳥の表情に寂しさが垣間見れた。海人と英子は、3月3日に籍を入れたが、身内だけの結婚式はコロナ緊急事態で延期していた。それ以来、十鳥は会ってはいない。邪魔するのもなんだから、と十鳥は思い携帯にも連絡していなかった。一方の海人たちは、コロナの問題もあったが、役立助手の特別授業を邪魔したくないと思っていたのだった。「教授。森部首相と官邸は、最悪ですね?」役立が訊いた。「危機管理ゼロだな。どこが世界第3位の経済大国なんだ」十鳥が言った。いつもの十鳥の口調である。「教授。不思議でならないのです」「何が?」「PCR検査数が少な過ぎることです。日本だけですので」ソーシャルディスタンスの距離をとっている役立が言う。「先ずは――東京五輪ありき。その次は――人命よりも経済を重視したからだ。そして次に――専門家会議の誰が提案したのか、クラスター潰しで感染を防げると。つまり、医学者専門家の座長らが、首相官邸の意向を忖度したのだ」「教授。それであの補償なき緊急事態宣言となったのでしょうか?」「役立君。実質、日本の財政は想像以上に悪化しているはずだ。ゆえに補償しないで済まそうと安易に考えてのことだろう」 役立助手が席を立ち、研究室の窓とドアを開けた。これでは2密でもコロナが十鳥から出て来そうだからだ。とは一瞬、役立は思ったが、十鳥がコロナに感染することを避けているのだった。「役立君。チャット画面が動いているぞ」 東京のSAT仲間から会話文が入っていた。<役立よ。元気か? 俺は自粛して家でネット等を調べている> 役立が返事した。<官邸の動きは?><森部首相と側近たちと水流官房長官に亀裂が……><それはマスコミでも書かれているけど><それ以上の亀裂ですよ><何が原因で?><色んな情報を分析していくと、ポストを巡るものじゃなく、コロナ対策補償という経済支援について齟齬があるようだ><やはり経済補償か……><そう思うよ。また連絡する。教授によろしくお伝えください><了解> 十鳥はチャット画面を凝視していた。森部首相と官邸内がコロナ対応で錯乱しているのが、チャットでも十分伝わってきた。「役立君。我々が予測している通りに、事態は不幸にも進んでいる。森部首相らは、国難と叫べば『ただ同然で国民は従う』と思い込んでいる」「教授。それがことごとく失敗している本質なんですね?」 十鳥は、役立から背け大声を発した。「変な門閥、閨閥の家で、生まれた時から自努力なしで、のうのうと苦労しないで育った2世3世のバカ息子が考えることにろくな事がないのだ。いまだ独り立ちできないから側近という介護者たちを飼うのだよ。そしてだ。単に負けず嫌いだから、さらに暴走する可能性があるのだよ。それを我々は危惧している訳だが……そうなるだろうな」 助手の役立は、十鳥の激した言葉を『2密の垂訓』とタイトルを付け、脳裏にファイリングした。(続く)
2020年04月26日
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写真日記 Huちゃん 写真日記 を転載しました。 ブログ冒険小説『官邸の呪文』(1)(この物語に登場する人物、団体名は架空である) 主な登場人物 ・十鳥良平(とっとり りょうへい)前職は検察庁釧路地検検事正。現在は札幌の私大法学部教授・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大考古学教授・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学準教授・役立 有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥教授の助手・堀田陸人(ほった りくと)資源開発機構研究所所長 海人の兄・森倍 昭双(もりべ しょうぞう)首相・水流 侃(すいりゅう かん)官房長官・田森 博史(たもり ひろし)副官房長官(首相の側近)・南 慈夫(みなみ しげお)国家安全保障局(NSS)局長(首相の側近)・中井 直樹(なかい なおき)首相秘書官(首相の側近) (1)札幌道央大学 札幌でもコロナ惨禍で大学は休校中だった。 ひと際狭い研究室で、彼はパソコンに向かって、キーボードをゆっくりと叩いていた。長い休校を利用して彼は、自分史的フィクション小説を書いていたのだ。小説の仮題は『官邸の呪文』である。A4縦書きで1ページを書き終えようとした時、彼は天を仰ぎ叫んだ。「官邸のくそったれ!」 忌まわしい現役最終時の「事件」を回想し、そう唾棄した十鳥良平(とっとり りょうへい)法学部教授だった――。 十鳥は検察庁釧路地検検事正を辞め、堀田海人と榊原英子たちがいる私立札幌道央大学に異例の条件――意向――をつけ、天下っていた。札幌道央大学理事会は、何度も彼の意向を善意で拒絶し、十鳥を法学部教授として迎えようとしたが、十鳥は頑として拒絶し、そして懇願した。 十鳥の意向とは、給料は年収240万円。それと内閣官房調査室(内調)主任分析官時、あの十鳥特別チームで‶壁の耳″の班長だった役立有三(やくだつ ゆうぞう)を自分の助手にさせることだった。助手としての給料は、十鳥と同額である。役立は東京の某私大法学部出で、警察官上級試験を次席で合格していたが、学閥の壁を見抜いたのか役立は、SAT隊員を希望した。役立は、プロ並みのITプログラマー技能の持ち主でもあり、SATでもその技量が買われていた。現在、役立は、この大学法科大学院修士課程で学びつつ、十鳥の助手となっている。彼の指導教授は、当然のように十鳥だ。十鳥は役立を、4倍速で司法試験用法律学科を叩きこんでいる。28歳の優秀な役立は、4倍速を難なく脳裏に録画していった。 4月初旬。十鳥の研究室に役立助手が、デスク上のパソコンを前にして忙しなくキーボードを叩いていた。「役立君よ。私がこう言うのも不謹慎だがね。コロナ禍でしばらく休校となるのは、お互いに都合が良いな。自粛時間を活用できる」役立の背後に立つ十鳥が言った。「十鳥教授。ご存知でしょうが、森倍首相と官邸側近たちの動きが怪しいですよ」キーボードを叩きながら役立が応えた。 役立は、チャットで東京にいる元SAT仲間と会話していた。役立が十鳥にモニター画面を見せた。十鳥が画面を覗く。<COはやばいね>相手は新型コロナの隠語COを使っていた。<何が?><COの裏側で何かを企んでいるようだ><スピッツと犬たちがか?>スピッツは森倍昭双(もりべ しょうぞう)首相の隠語であり、犬たちは官邸側近たちのことだった。<企みとは?><まだその画像はモザイクがかかって見えてはいないが…><では時間との戦いだね>役立が言い打った。<そうだ。教授によろしくお伝えください><了解>役立がそう書き込むと、チャット画面が消えた。 十鳥は役立の肩をぽんと叩いて、「俺たちの戦いはこれからだ。特別チームの再構築だな」と言った。「ええ教授。仲間は生きていますから」役立が応えた。 生きている――仲間たちとの絆は、より一層太くなり、各自は個別ではあるが、その時に備えているのだった。「その時までは、あの林のように静かにだな」十鳥は窓外の林に目を送った。まだ芽吹いていない木々の小枝に、少し膨らむ蕾が見えていた。 (2)首相官邸 夜7時。首相官邸内は、新型コロナ惨禍の対応で騒然としていた。官邸の官僚たちが、時折、怒声を受話器に発している。中でも官僚で首相秘書官の中井直樹(なかい なおき)の声は、天から轟くほど激したものだった。文字通り「天の声」を代弁したものである。「馬鹿野郎! 俺の立場を考えろ!」 電話の相手は中井の元上司の厚労省局長だが、中井は彼を舐め切った物言いである。皮肉を込めれば、中井が森倍首相秘書官になり、「天の声」を聞いた時から彼の内面の裏面がコイントスされ露骨に表れたのだ。「中井さん。あなたに私の代理人になってほしい」これが「天の声」である。この言葉が中井に森部首相が持つ人事権、それは「官僚の統帥権」となって絶対神に化身させたのだった。見方を変えれば、同じ穴のムジナ仲間入りしたとも言えよう。他にも森部首相の「天の声」を聞き、ムジナ仲間がいるが――。 著者の考えだが、狡猾かつ悪徳の者たちって、本人たちはいたって「正しい」と心底思ってやっているので、ドラマ等で表現されるような悪人面と言葉遣いはしていないようだ。ただ、心中の奥底に持つ悪性から表出する目論見、やり口は、やはり悪人と言える。 この夜7時30分、森部首相執務室にムジナたちが集合した。警察庁から仲間入りした田森博史(たもり ひろし)副官房長官。田森の役割は、旧内務省(戦前の)が持った反政権勢力である影響力を持った識者、評論家、与野党を問わずの政治家、そしてマスメディアへの監視役である。田森の麾下には、出身の警察庁公安部がいた。これまで田森の指示で警察庁公安部は、森部首相への言論批判を手段を択ばず抑え込んできたのだ。 4年前、田森が官邸に呼ばれた時のことだった。「田森さん。私があなたに一任したいことは、私への煩い反勢力の様々な言動です。正直に申し上げて、私はそういう人たちが嫌いなんですよ。森田さん、分かりますよね?」森部首相が本音を吐露した。「ええ、総理。お気持ちは十分に理解します。それと同時に、強い政権維持には、総理への反対勢力を徹底的に排除しなければなりません。それは私の役割と理解します。どうぞいか様にも御指示のほど」田森がもう一つの「天の声」を聞いたのだった。そして田森は、官邸人事局長となり、約660人の官僚幹部人事を牛耳りだした。 南慈夫(みなみ しげお)も警察庁公安局長から森部首相肝入りの国家安全保障局(NSS)局長に就任し、首相の側近となったひとりだ。 「総理。都知事らに先行させたら行けません。総理も緊急事態宣言を発するべきです」マスクをした中井首相秘書官が言った。「ただし、休業補償は避けていただきたい。総理の景気浮揚のご努力が無為に帰す可能性があります」こう言ったのは、官邸人事局長の田森だった。田森は財務官僚とのパイプが太く深いからだ。国民には正確に知らせられない国の財政事情を懸念してのことだった。田森も森部首相のガキのような負けず嫌いの性格を知っているからである。風呂敷を大きく広げたがるし、出たがり屋であることを百も承知していた。 コロナ惨禍の序章時、森部首相が真っ先に打ち出したのが、悪名高い「モリベノマスク」だった。これには国民の80%が唖然と息を飲み込んだ。が、当の本人は意気揚々と得心していた。「上手いことをやりましたね!」と、首相側近たちも称賛した。 なぜ布製マスク配布案が出たのか? 地元秘書たちからの発案だった。 森部首相は、長年の付き合いがあった献金支持企業3社から、厚労省出身の側近中井に指示し買い上げさせた。このマスクは10数年不良在庫していた寸足らず布製マスクだった。 ひとり寸足らず布製マスクを着けた森部首相は、中井の提案である緊急事態宣言に乗った。「私もそう思っていましたよ。明後日に緊急事態宣言をしますよ。中井さん、発表の原稿を頼むね。感動的なフレーズを入れてください」「記者の質問は、いつものように事前にその内容を提出させます。数人の代表質問に限らせます」マスク越しにNNS局長の南が言った。 この会合には、官房長官の水流 侃(すいりゅう かん)はいなかった。これまで水流官房長官は、森部首相に諫言してきたことが、2人の間に、歌の文句の「二人の間に深くて暗い溝」ができていたのだ。 だが、森部首相と水流官房長官は、森部の自民党総裁任期までは、女房役を務めることで合意していた。東京五輪・パラリンピックを無事終え、連立政権の存続を確認――来年の秋頃予定の衆議院選挙で勝利する――までは、と、二人は濁り酒を酌み交わしたのだろう。 そしてこの日、森部首相が国民に「緊急事態宣言」を出した――。 首相執務室に戻った森部首相に、いち早く田森が告げた。「総理。これで国民にも存在感を示せましたね」「森田さんたちのお陰だね。ビデオで確認するとしよう」森部首相は、笑み満面で応えた。 そこに南NSS局長がマスク越しに、森部首相の耳に囁いた。「総理。本題のシナリオを作成しました」南が黒いA4ファイルケースを渡した。「南さん。ご苦労かけたているね」森部が布製マスクからくぐもった小声を発した。「総理。お約束の本題です」「こんな状況だから、私たち以外の者たちに漏れることはない。2日後に私の執務室で打ち合わせをしよう」そう言って、布製マスクを着けた森部首相は、護衛のSPたちに守られ、この場を足早く去って行った。(続く)
2020年04月22日
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写真日記 Huちゃん 写真日記 を転載しました。 ブログ冒険小説『官邸の呪文』(1)(この物語に登場する人物、団体名は架空である) 主な登場人物 ・十鳥良平(とっとり りょうへい)前職は検察庁釧路地検検事正。現在は札幌の私大法学部教授・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大考古学教授・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学準教授・役立 有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥教授の助手・堀田陸人(ほった りくと)資源開発機構研究所所長 海人の兄・森倍 昭双(もりべ しょうぞう)首相・水流 侃(すいりゅう かん)官房長官・田森 博史(たもり ひろし)副官房長官(首相の側近)・南 慈夫(みなみ しげお)国家安全保障局(NSS)局長(首相の側近)・中井 直樹(なかい なおき)首相秘書官(首相の側近) (1)札幌道央大学 札幌でもコロナ惨禍で大学は休校中だった。 ひと際狭い研究室で、彼はパソコンに向かって、キーボードをゆっくりと叩いていた。長い休校を利用して彼は、自分史的フィクション小説を書いていたのだ。小説の仮題は『官邸の呪文』である。A4縦書きで1ページを書き終えようとした時、彼は天を仰ぎ叫んだ。「官邸のくそったれ!」 忌まわしい現役最終時の「事件」を回想し、そう唾棄した十鳥良平(とっとり りょうへい)法学部教授だった――。 十鳥は検察庁釧路地検検事正を辞め、堀田海人と榊原英子たちがいる私立札幌道央大学に異例の条件――意向――をつけ、天下っていた。札幌道央大学理事会は、何度も彼の意向を善意で拒絶し、十鳥を法学部教授として迎えようとしたが、十鳥は頑として拒絶し、そして懇願した。 十鳥の意向とは、給料は年収240万円。それと内閣官房調査室(内調)主任分析官時、あの十鳥特別チームで‶壁の耳″の班長だった役立有三(やくだつ ゆうぞう)を自分の助手にさせることだった。助手としての給料は、十鳥と同額である。役立は東京の某私大法学部出で、警察官上級試験を次席で合格していたが、学閥の壁を見抜いたのか役立は、SAT隊員を希望した。役立は、プロ並みのITプログラマー技能の持ち主でもあり、SATでもその技量が買われていた。現在、役立は、この大学法科大学院修士課程で学びつつ、十鳥の助手となっている。彼の指導教授は、当然のように十鳥だ。十鳥は役立を、4倍速で司法試験用法律学科を叩きこんでいる。28歳の優秀な役立は、4倍速を難なく脳裏に録画していった。 4月初旬。十鳥の研究室に役立助手が、デスク上のパソコンを前にして忙しなくキーボードを叩いていた。「役立君よ。私がこう言うのも不謹慎だがね。コロナ禍でしばらく休校となるのは、お互いに都合が良いな。自粛時間を活用できる」役立の背後に立つ十鳥が言った。「十鳥教授。ご存知でしょうが、森倍首相と官邸側近たちの動きが怪しいですよ」キーボードを叩きながら役立が応えた。 役立は、チャットで東京にいる元SAT仲間と会話していた。役立が十鳥にモニター画面を見せた。十鳥が画面を覗く。<COはやばいね>相手は新型コロナの隠語COを使っていた。<何が?><COの裏側で何かを企んでいるようだ><スピッツと犬たちがか?>スピッツは森倍昭双(もりべ しょうぞう)首相の隠語であり、犬たちは官邸側近たちのことだった。<企みとは?><まだその画像はモザイクがかかって見えてはいないが…><では時間との戦いだね>役立が言い打った。<そうだ。教授によろしくお伝えください><了解>役立がそう書き込むと、チャット画面が消えた。 十鳥は役立の肩をぽんと叩いて、「俺たちの戦いはこれからだ。特別チームの再構築だな」と言った。「ええ教授。仲間は生きていますから」役立が応えた。 生きている――仲間たちとの絆は、より一層太くなり、各自は個別ではあるが、その時に備えているのだった。「その時までは、あの林のように静かにだな」十鳥は窓外の林に目を送った。まだ芽吹いていない木々の小枝に、少し膨らむ蕾が見えていた。 (続く)
2020年04月21日
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