写真日記
Huちゃん 写真日記
を転載しました。
ブログ冒険小説『官邸の呪文』(1)
(この物語に登場する人物、団体名は架空である)
主な登場人物
・十鳥良平(とっとり りょうへい)前職は検察庁釧路地検検事正。現在は札幌の私大法学部教授
・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大考古学教授
・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学準教授
・役立 有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥教授の助手
・堀田陸人(ほった りくと)資源開発機構研究所所長 海人の兄
・森倍 昭双(もりべ しょうぞう)首相
・水流 侃(すいりゅう かん)官房長官
・田森 博史(たもり ひろし)副官房長官(首相の側近)
・南 慈夫(みなみ しげお)国家安全保障局(NSS)局長(首相の側近)
・中井 直樹(なかい なおき)首相秘書官(首相の側近)
(1)
札幌道央大学
札幌でもコロナ惨禍で大学は休校中だった。
ひと際狭い研究室で、彼はパソコンに向かって、キーボードをゆっくりと叩いていた。長い休校を利用して彼は、自分史的フィクション小説を書いていたのだ。小説の仮題は『官邸の呪文』である。A4縦書きで1ページを書き終えようとした時、彼は天を仰ぎ叫んだ。
「官邸のくそったれ!」
忌まわしい現役最終時の「事件」を回想し、そう唾棄した十鳥良平(とっとり りょうへい)法学部教授だった――。
十鳥は検察庁釧路地検検事正を辞め、堀田海人と榊原英子たちがいる私立札幌道央大学に異例の条件――意向――をつけ、天下っていた。札幌道央大学理事会は、何度も彼の意向を善意で拒絶し、十鳥を法学部教授として迎えようとしたが、十鳥は頑として拒絶し、そして懇願した。
十鳥の意向とは、給料は年収240万円。それと内閣官房調査室(内調)主任分析官時、あの十鳥特別チームで‶壁の耳″の班長だった役立有三(やくだつ ゆうぞう)を自分の助手にさせることだった。助手としての給料は、十鳥と同額である。役立は東京の某私大法学部出で、警察官上級試験を次席で合格していたが、学閥の壁を見抜いたのか役立は、SAT隊員を希望した。役立は、プロ並みのITプログラマー技能の持ち主でもあり、SATでもその技量が買われていた。現在、役立は、この大学法科大学院修士課程で学びつつ、十鳥の助手となっている。彼の指導教授は、当然のように十鳥だ。十鳥は役立を、4倍速で司法試験用法律学科を叩きこんでいる。28歳の優秀な役立は、4倍速を難なく脳裏に録画していった。
4月初旬。十鳥の研究室に役立助手が、デスク上のパソコンを前にして忙しなくキーボードを叩いていた。
「役立君よ。私がこう言うのも不謹慎だがね。コロナ禍でしばらく休校となるのは、お互いに都合が良いな。自粛時間を活用できる」役立の背後に立つ十鳥が言った。
「十鳥教授。ご存知でしょうが、森倍首相と官邸側近たちの動きが怪しいですよ」キーボードを叩きながら役立が応えた。
役立は、チャットで東京にいる元SAT仲間と会話していた。役立が十鳥にモニター画面を見せた。十鳥が画面を覗く。
<COはやばいね>相手は新型コロナの隠語COを使っていた。
<何が?>
<COの裏側で何かを企んでいるようだ>
<スピッツと犬たちがか?>スピッツは森倍昭双(もりべ しょうぞう)首相の隠語であり、犬たちは官邸側近たちのことだった。
<企みとは?>
<まだその画像はモザイクがかかって見えてはいないが…>
<では時間との戦いだね>役立が言い打った。
<そうだ。教授によろしくお伝えください>
<了解>役立がそう書き込むと、チャット画面が消えた。
十鳥は役立の肩をぽんと叩いて、
「俺たちの戦いはこれからだ。特別チームの再構築だな」と言った。
「ええ教授。仲間は生きていますから」役立が応えた。
生きている――仲間たちとの絆は、より一層太くなり、各自は個別ではあるが、 その時
に備えているのだった。
「 その時までは、あの林のように静かにだな
」十鳥は窓外の林に目を送った。まだ芽吹いていない木々の小枝に、少し膨らむ蕾が見えていた。
(2)
首相官邸
夜7時。首相官邸内は、新型コロナ惨禍の対応で騒然としていた。官邸の官僚たちが、時折、怒声を受話器に発している。中でも官僚で首相秘書官の中井直樹(なかい なおき)の声は、天から轟くほど激したものだった。文字通り「天の声」を代弁したものである。
「馬鹿野郎! 俺の立場を考えろ!」
電話の相手は中井の元上司の厚労省局長だが、中井は彼を舐め切った物言いである。皮肉を込めれば、中井が森倍首相秘書官になり、「天の声」を聞いた時から彼の内面の裏面がコイントスされ露骨に表れたのだ。
「中井さん。あなたに私の代理人になってほしい」これが「天の声」である。この言葉が中井に森部首相が持つ人事権、それは「官僚の統帥権」となって絶対神に化身させたのだった。見方を変えれば、同じ穴のムジナ仲間入りしたとも言えよう。他にも森部首相の「天の声」を聞き、ムジナ仲間がいるが――。
著者の考えだが、狡猾かつ悪徳の者たちって、本人たちはいたって「正しい」と心底思ってやっているので、ドラマ等で表現されるような悪人面と言葉遣いはしていないようだ。ただ、心中の奥底に持つ悪性から表出する目論見、やり口は、やはり悪人と言える。
この夜7時30分、森部首相執務室にムジナたちが集合した。警察庁から仲間入りした田森博史(たもり ひろし)副官房長官。田森の役割は、旧内務省(戦前の)が持った反政権勢力である影響力を持った識者、評論家、与野党を問わずの政治家、そしてマスメディアへの監視役である。田森の麾下には、出身の警察庁公安部がいた。これまで田森の指示で警察庁公安部は、森部首相への言論批判を手段を択ばず抑え込んできたのだ。
4年前、田森が官邸に呼ばれた時のことだった。
「田森さん。私があなたに一任したいことは、私への煩い反勢力の様々な言動です。正直に申し上げて、私はそういう人たちが嫌いなんですよ。森田さん、分かりますよね?」森部首相が本音を吐露した。
「ええ、総理。お気持ちは十分に理解します。それと同時に、強い政権維持には、総理への反対勢力を徹底的に排除しなければなりません。それは私の役割と理解します。どうぞいか様にも御指示のほど」田森がもう一つの「天の声」を聞いたのだった。そして田森は、官邸人事局長となり、約660人の官僚幹部人事を牛耳りだした。
南慈夫(みなみ しげお)も警察庁公安局長から森部首相肝入りの国家安全保障局(NSS)局長に就任し、首相の側近となったひとりだ。
「総理。都知事らに先行させたら行けません。総理も緊急事態宣言を発するべきです」マスクをした中井首相秘書官が言った。
「ただし、休業補償は避けていただきたい。総理の景気浮揚のご努力が無為に帰す可能性があります」こう言ったのは、官邸人事局長の田森だった。田森は財務官僚とのパイプが太く深いからだ。国民には正確に知らせられない国の財政事情を懸念してのことだった。田森も森部首相のガキのような負けず嫌いの性格を知っているからである。風呂敷を大きく広げたがるし、出たがり屋であることを百も承知していた。
コロナ惨禍の序章時、森部首相が真っ先に打ち出したのが、悪名高い「モリベノマスク」だった。これには国民の80%が唖然と息を飲み込んだ。が、当の本人は意気揚々と得心していた。
「上手いことをやりましたね!」と、首相側近たちも称賛した。
なぜ布製マスク配布案が出たのか? 地元秘書たちからの発案だった。
森部首相は、長年の付き合いがあった 献金支持企業3社から、厚労省出身の側近中井に指示し買い上げさせた。このマスクは10数年不良在庫していた寸足らず布製マスクだった。
ひとり寸足らず布製マスクを着けた森部首相は、中井の提案である緊急事態宣言に乗った。
「私もそう思っていましたよ。明後日に緊急事態宣言をしますよ。中井さん、発表の原稿を頼むね。感動的なフレーズを入れてください」
「記者の質問は、いつものように事前にその内容を提出させます。数人の代表質問に限らせます」マスク越しにNNS局長の南が言った。
この会合には、官房長官の水流 侃(すいりゅう かん)はいなかった。これまで水流官房長官は、森部首相に諫言してきたことが、2人の間に、歌の文句の「二人の間に深くて暗い溝」ができていたのだ。
だが、森部首相と水流官房長官は、森部の自民党総裁任期までは、女房役を務めることで合意していた。東京五輪・パラリンピックを無事終え、連立政権の存続を確認――来年の秋頃予定の衆議院選挙で勝利する――までは、と、二人は 濁り酒
を酌み交わしたのだろう。
そしてこの日、森部首相が国民に「緊急事態宣言」を出した――。
首相執務室に戻った森部首相に、いち早く田森が告げた。
「総理。これで国民にも存在感を示せましたね」
「森田さんたちのお陰だね。ビデオで確認するとしよう」森部首相は、笑み満面で応えた。
そこに南NSS局長がマスク越しに、森部首相の耳に囁いた。
「総理。 本題のシナリオ
を作成しました」南が黒いA4ファイルケースを渡した。
「南さん。ご苦労かけたているね」森部が布製マスクからくぐもった小声を発した。
「総理。お約束の本題です」
「こんな状況だから、私たち以外の者たちに漏れることはない。2日後に私の執務室で打ち合わせをしよう」そう言って、布製マスクを着けた森部首相は、護衛のSPたちに守られ、この場を足早く去って行った。
(続く)
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