ソクラテスの妻用事

ソクラテスの妻用事

2022年03月27日
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カテゴリ: ブログ冒険小説

ブログ冒険小説『闇を行け!』11

大きいサイズのウクライナの国旗

ウクライナの栄光は滅びず 自由も然り
運命は再び我等に微笑まん 朝日に散る霧の如く 敵は消え失せよう
我等が自由の土地を自らの手で治めるのだ

自由のために身も心も捧げよう

今こそコサック民族の血を示す時ぞ!
​​
(ウクライナ国歌『ウクライナの栄光は滅びず』・訳詞より)


主な登場人物​​

・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大の考古学教授。
・十鳥良平(とっとり りょうへい)元検察庁検事正。前職は札幌の私大法学部教授。現在、札幌の弁護士。

・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学教授。海人の妻。
・役立有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥法律事務所の弁護士。
・君 道憲(クン・ドホン)日本名は――君 道憲(きみ みちのり)
・武本 信俊(ムボン・シジュン) 君の甥 韓国38度線付近の住民
・ムボンの父 通称は「親父」
・ムボンの母 通称は「ママ」


(11)

 榊原は、ママに連れられ地下室内の浴室に行った。
「サカキバラセンセイ。オユ イイデスヨ ユックリハイッテネ」ママが笑みを見せて言った。
「ありがとうございます」と榊原が答え、浴室のドアを開けた。6畳大の脱衣室の向こうに8畳大の浴槽、特製FRPのそれだった。洗い場には10個のシャワー付きカラン(蛇口)があった。すでに湯船から湯煙が立ち昇っていた。この地下室内にある浴室は、韓国軍用だ。しかも戦闘時に備えたものである。
 ママが十鳥チームに気遣って、この緊急用の大型浴槽、湯舟にお湯を溜めていた――いつでも使用できるように――榊原はゆるりと湯船に浸かった。1週間分の疲労感のこびりついた魂が、湯気とともに全身から抜け出ていったようだった。

「親父。ママ。榊原先生を頼むね。じゃあ、戻ります」膨らませたバックパイプを背負ったムボンが言った。
「了解したよ」親父が短く答え、ムボンの肩をぽんと叩いた。
「シジュン(
信俊)  ワカッタヨ キヲツケテネ」と言って、ママがムボンとハグ(抱擁)した。

(親子の会話は韓国語であるが、このブログ冒険小説では日本語で通している)

 洞窟内にいる十鳥が腕時計を見た。針が1時3分前、12時57分を刻んだ。その時、洞窟の入り口にムボンがぬっと現れた。十鳥には、救世主が現れたかのように思ったほど、ムボンの全身が輝いて見えた。つい、眼鏡を下げて目をこすり、肉眼で凝視した。すると光が消えていた。幻想だったのか、白い十字架に祈ったからか、と十鳥が呟いた。
 ムボンが白い歯を見せた。
「チーフ。榊原先生は家で確保しましたよ」
「私の 箱入り娘 だ。洞窟よりもコンクリートの箱の方が良いからな。ありがとう」
「チーフ。私のカナリアにエサと水をお願いします。私の 籠の鳥 ですので」ムボンはジョークを入れて返した。
 そして、報告すべきことを急ぎいだ。
 ムボンから事の一部始終を聞いた十鳥が、彼の背を見て言った。
「案の定、潜入した工作員が来たな。だが、そっちは親父に任せよう。私たちは北への潜入工作に取り掛かるとしよう。それにしても満杯のリュックだな」
「北で使いたい物が入っています。念のため、チーフ用に銃弾入り拳銃と暗視ゴーグルを置いて行きます。じゃあ、クン兄たちと合流します」とムボンが言って、トンネルに潜って行った。
「ムボンが行ったぞ」十鳥がマイクに告げた。
「了解」十鳥のイヤホンに、軽やかなクンの声が聞こえた。

 クンと役立が耳打ちしていた。
「役立さん。ムボンが来たら、私はムボンとキムガンサン(金剛山)山系の西端に沿って潜入し、北の小規模駐屯地を急襲したい。独裁王朝の将軍様の金メッキの 玉を震えさせ 、疑心暗鬼をさらに増幅させたい。(ここの表現は直接的に書いたが、猥褻ワードと見做されUPできず、書き直した)チーフが言うところの『将軍様に呪いをかける』作戦だ。情報機関内部が絡んだ反乱に見せかけてさ」そう言うクンの眼差しが、ギラついていた。
「ムボンと2人だけで出来るのか? 私も行くぜ」役立がクンに平然と言った。
「役立さん。命の補償は出来ないよ」
「私は独身だ。札幌の時から、クンさん等と北朝鮮に呪いをかけに行く、と決めていたんだ」
「役立さんが一緒だと助かります」クンが頷いて言う。
 クンと役立の会話を聞いていた海人が割り込んだ。
「役立さん。俺も付いて行くよ。僥倖のような気がしているんだ」
「先生。僥倖?」クンが訊いた。
「今回も運が、クンさんらについている気がしているんだよ」
「実はね。私もそう思うのだ。十鳥チーフは、何かを持っている人でもあるからさ。私は何度も体験しているよ。ねっ、堀田さん」役立が海人に顔を向けて言うと、
「同感です。チーフの決断はいつも、1(イチ)か8(バチ)かのように思えるんですが、結果は必ず1(イチ)となりますね」海人が実感を込め、マイクを手で塞いで答えた。
「チーフを頼った甲斐があります。やる気が漲(みなぎ)って来たぞ」クンが鼻を膨らませた。
「じゃあ、さっそく実行計画を立てましょう」役立がクンに促した。
 クンの『計画』はこうだ。
・捕まえた4人は、トンネルの武器庫に監禁して置く。
・幹部が持っていた『南鮮特別命令書』と『将軍様の襟章バッチ』を逆利用し、奴らを独裁王朝反乱組織分子に仕立てる。
・ここからベンツ2台で出発し、山麓の途中でベンツを隠し、我々はキムガンサン山麓の林地帯の『獣道』を使い、北へと縦走していく。
・武器庫からRPG―7携帯対戦車用擲弾発射器、スナイパーライフル銃、地雷・信管等を担げるだけ持って行く。
・ここから西へ30km行ったところ、北側の軍事境界線沿いのキムファ(金化)という街がある。その街の山麓部に北鮮軍機械化部隊の基地がある。そこをターゲットとする。
・所要時間は、夜9時から翌朝4時の間、往復45時間前後の夜間行動である。山中で潜伏する2泊を含めると。2泊3日の行軍だ。
 言い終えたクンが付け足した。
「山麓部の林はまばらだ。食料不足で、獣を獲っているから獣道は細い。それに獣道だと地雷の埋設の可能性は低い。だが、地雷と獣用罠には要注意だ。先頭のムボンが地雷探知機で地雷を警戒しつつ、獣用の罠にもね」
「その他には?」役立が訊いた。
「それと、山麓部に北側の監視塔がありそうだ。そこを避けたいが、場合によっては無力化する」クンが答えた。
「私は運び屋に徹するよ。それと万が一の時、皆が身を隠すカモフラージュシートをもって行くよ」海人が言うと、
「了解。先生は私の後ろについて来てください。先頭はムボン。最後尾は役立さんが」クンが言った。
「了解した」役立が答えた。
「出発は?」海人がクンに訊いた。
「0300。3時です」クンが答えた。
「こりゃあ忙しいな。行けるところまで行って、夜まで待つのか?」役立がクンに訊いた。
「それでも往復45時間で用は足りるのか?」海人も訊いた。
「私はムボンと2人で予行しました。似たようなテトペクサンメク(太白山脈)の山麓で試してみたんです。30時間かかりましたので、さらに15時間足しての45時間としました」クンの言葉に説得力があった。クンもムボンも軍人なのだ。辞めても、いざとなれば予備役軍人から、いつでも将校に就く。彼らの軍事感は活きているのだ。
 海人が腕時計を見た。
「1時間30分後か――武器庫に行くか」

 目出し帽を被ったクンらは無言で、口を粘着テープで塞ぎ、パンツ一枚の捕虜たちを結束バンドで後ろ手と足を固め、
冷たい床に転がしうつぶせにし、 武器庫に閉じ込めた。

 そこにムボンやって来た。潜入工作員の件は十鳥から伝わっていたから省き、
「暗視ゴーグル4人分を持ってきた」と言って、ムボンが海人を見た。そして言葉を継いだ。
「堀田先生。榊原先生は親父とママと一緒です。ご安心してください」ムボンが耳打ちする。
「ありがとう」海人が親指を立てた。


 午前3時。クンら4人は、トンネルの出口扉を開け、外に出た。周辺を確認し、クンが奪った鍵を差し込み扉を閉じた。
 クンと海人がベンツに乗り込む。ムボンと役立がもう1台の方に乗り込んだ。十鳥には電波は届かないが、4人の無線は生きている。
「GO!」クンがマイクに告げた。
「了解」ムボンが答えた。
 2台のベンツは、ノロノロと様子を覗いながら駐車場を出て、公道のトンネルを左折した。トンネル内は僅かな電灯の薄い光があったが、ほぼ暗夜に近かった。行き交う車両も皆無だった。トンネルを出ても、暗夜だった。
 山間部を通る簡易アスファルトの公道を西へと数分走ると、速度を落としたクンがハンドルを右に切った。そこは山道だった。後ろからムボンも続いた。500ⅿ程登って行くと、かなり鬱蒼とした森林地帯に入った。暗視ゴーグルをかけたクンが車から降りた。クンが地雷探知機を地面すれすれに振って、広葉樹林の中に入って行った。
 5分が経った時、クンが林から出て来た。右手で前方を示す。車を隠す!
 暗視ゴーグルをつけたムボンが、車を林へと入れて行く。その後ろに役立が運転するベンツも続いた。そこは山道から50ⅿ、林間をわけ入ったところだった。50㎝ほどの下草があり、茂った広葉樹の枝葉が何重にも垂れている。4人は素早く、車をカモフラージュシートで覆う。
 ムボンが山道に戻り、タイヤで圧し潰された下草を立ててタイヤ跡を消し、その上から特殊消臭スプレーを噴射していく。海人もムボンの後ろに行き、クマ除けスプレーを下草に噴射した。敵の軍用犬を警戒してのことだ。
 暗視ゴーグルをつけた4人が、迷彩服、防弾ベスト、防弾ヘルメット、軍用手袋で身を包む。RPG等の武器類――軍用折り畳みスコップはバックパイプの背につけて――の入ったバックパイプを担ぐ。そして旧式のスナイパー銃を肩にかける。バックパイプの重量は35㎏と重い。腰のベルトに
水筒をつけ、ウエストポーチに は携帯用食料、緊急用医薬品等を入れていた。海人には、クンら3人のバックパイプが自分より重いと分かったが……

 午前3時45分。ムボンが地雷探知機を手にし、林の奥に真っ直ぐ入って行った。ほどなく皆のイヤホンにムボンの声が聞こえた。
「獣道を見つけた。地雷、罠無し」
 暗視ゴーグルをつけた4人が、7ⅿの間隔を保ちつつ続いた。
 東の山並みの上の空が、薄く茜色に染め始めていた。夜明け前か――
「あと30分進んで、そこで泊まる」ムボンが皆に告げた。
 真夏だが、山稜部の山間は涼しかった。


(続く)


*このブログ冒険小説はフィクションであるが、事実も織り交ぜ描いている。





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最終更新日  2022年03月28日 18時12分24秒
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