ブログ冒険小説『闇を行け!』11
ウクライナの栄光は滅びず 自由も然り
運命は再び我等に微笑まん
朝日に散る霧の如く 敵は消え失せよう
我等が自由の土地を自らの手で治めるのだ
自由のために身も心も捧げよう
今こそコサック民族の血を示す時ぞ!
(ウクライナ国歌『ウクライナの栄光は滅びず』・訳詞より)
主な登場人物
・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大の考古学教授。
・十鳥良平(とっとり りょうへい)元検察庁検事正。前職は札幌の私大法学部教授。現在、札幌の弁護士。
・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学教授。海人の妻。
・役立有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥法律事務所の弁護士。
・君 道憲(クン・ドホン)日本名は――君 道憲(きみ みちのり)
・武本 信俊(ムボン・シジュン) 君の甥 韓国38度線付近の住民
・ムボンの父 通称は「親父」
・ムボンの母 通称は「ママ」
(11)
榊原は、ママに連れられ地下室内の浴室に行った。
「サカキバラセンセイ。オユ イイデスヨ ユックリハイッテネ」ママが笑みを見せて言った。
「ありがとうございます」と榊原が答え、浴室のドアを開けた。6畳大の脱衣室の向こうに8畳大の浴槽、特製FRPのそれだった。洗い場には10個のシャワー付きカラン(蛇口)があった。すでに湯船から湯煙が立ち昇っていた。この地下室内にある浴室は、韓国軍用だ。しかも戦闘時に備えたものである。
ママが十鳥チームに気遣って、この緊急用の大型浴槽、湯舟にお湯を溜めていた――いつでも使用できるように――榊原はゆるりと湯船に浸かった。1週間分の疲労感のこびりついた魂が、湯気とともに全身から抜け出ていったようだった。
「親父。ママ。榊原先生を頼むね。じゃあ、戻ります」膨らませたバックパイプを背負ったムボンが言った。
「了解したよ」親父が短く答え、ムボンの肩をぽんと叩いた。
「シジュン(
信俊)
ワカッタヨ キヲツケテネ」と言って、ママがムボンとハグ(抱擁)した。
(親子の会話は韓国語であるが、このブログ冒険小説では日本語で通している)
洞窟内にいる十鳥が腕時計を見た。針が1時3分前、12時57分を刻んだ。その時、洞窟の入り口にムボンがぬっと現れた。十鳥には、救世主が現れたかのように思ったほど、ムボンの全身が輝いて見えた。つい、眼鏡を下げて目をこすり、肉眼で凝視した。すると光が消えていた。幻想だったのか、白い十字架に祈ったからか、と十鳥が呟いた。
ムボンが白い歯を見せた。
「チーフ。榊原先生は家で確保しましたよ」
「私の 箱入り娘
だ。洞窟よりもコンクリートの箱の方が良いからな。ありがとう」
「チーフ。私のカナリアにエサと水をお願いします。私の 籠の鳥
ですので」ムボンはジョークを入れて返した。
そして、報告すべきことを急ぎいだ。
ムボンから事の一部始終を聞いた十鳥が、彼の背を見て言った。
「案の定、潜入した工作員が来たな。だが、そっちは親父に任せよう。私たちは北への潜入工作に取り掛かるとしよう。それにしても満杯のリュックだな」
「北で使いたい物が入っています。念のため、チーフ用に銃弾入り拳銃と暗視ゴーグルを置いて行きます。じゃあ、クン兄たちと合流します」とムボンが言って、トンネルに潜って行った。
「ムボンが行ったぞ」十鳥がマイクに告げた。
「了解」十鳥のイヤホンに、軽やかなクンの声が聞こえた。
クンと役立が耳打ちしていた。
「役立さん。ムボンが来たら、私はムボンとキムガンサン(金剛山)山系の西端に沿って潜入し、北の小規模駐屯地を急襲したい。独裁王朝の将軍様の金メッキの 玉を震えさせ
、疑心暗鬼をさらに増幅させたい。(ここの表現は直接的に書いたが、猥褻ワードと見做されUPできず、書き直した)チーフが言うところの『将軍様に呪いをかける』作戦だ。情報機関内部が絡んだ反乱に見せかけてさ」そう言うクンの眼差しが、ギラついていた。
「ムボンと2人だけで出来るのか? 私も行くぜ」役立がクンに平然と言った。
「役立さん。命の補償は出来ないよ」
「私は独身だ。札幌の時から、クンさん等と北朝鮮に呪いをかけに行く、と決めていたんだ」
「役立さんが一緒だと助かります」クンが頷いて言う。
クンと役立の会話を聞いていた海人が割り込んだ。
「役立さん。俺も付いて行くよ。僥倖のような気がしているんだ」
「先生。僥倖?」クンが訊いた。
「今回も運が、クンさんらについている気がしているんだよ」
「実はね。私もそう思うのだ。十鳥チーフは、何かを持っている人でもあるからさ。私は何度も体験しているよ。ねっ、堀田さん」役立が海人に顔を向けて言うと、
「同感です。チーフの決断はいつも、1(イチ)か8(バチ)かのように思えるんですが、結果は必ず1(イチ)となりますね」海人が実感を込め、マイクを手で塞いで答えた。
「チーフを頼った甲斐があります。やる気が漲(みなぎ)って来たぞ」クンが鼻を膨らませた。
「じゃあ、さっそく実行計画を立てましょう」役立がクンに促した。
クンの『計画』はこうだ。
・捕まえた4人は、トンネルの武器庫に監禁して置く。
・幹部が持っていた『南鮮特別命令書』と『将軍様の襟章バッチ』を逆利用し、奴らを独裁王朝反乱組織分子に仕立てる。
・ここからベンツ2台で出発し、山麓の途中でベンツを隠し、我々はキムガンサン山麓の林地帯の『獣道』を使い、北へと縦走していく。
・武器庫からRPG―7携帯対戦車用擲弾発射器、スナイパーライフル銃、地雷・信管等を担げるだけ持って行く。
・ここから西へ30km行ったところ、北側の軍事境界線沿いのキムファ(金化)という街がある。その街の山麓部に北鮮軍機械化部隊の基地がある。そこをターゲットとする。
・所要時間は、夜9時から翌朝4時の間、往復45時間前後の夜間行動である。山中で潜伏する2泊を含めると。2泊3日の行軍だ。
言い終えたクンが付け足した。
「山麓部の林はまばらだ。食料不足で、獣を獲っているから獣道は細い。それに獣道だと地雷の埋設の可能性は低い。だが、地雷と獣用罠には要注意だ。先頭のムボンが地雷探知機で地雷を警戒しつつ、獣用の罠にもね」
「その他には?」役立が訊いた。
「それと、山麓部に北側の監視塔がありそうだ。そこを避けたいが、場合によっては無力化する」クンが答えた。
「私は運び屋に徹するよ。それと万が一の時、皆が身を隠すカモフラージュシートをもって行くよ」海人が言うと、
「了解。先生は私の後ろについて来てください。先頭はムボン。最後尾は役立さんが」クンが言った。
「了解した」役立が答えた。
「出発は?」海人がクンに訊いた。
「0300。3時です」クンが答えた。
「こりゃあ忙しいな。行けるところまで行って、夜まで待つのか?」役立がクンに訊いた。
「それでも往復45時間で用は足りるのか?」海人も訊いた。
「私はムボンと2人で予行しました。似たようなテトペクサンメク(太白山脈)の山麓で試してみたんです。30時間かかりましたので、さらに15時間足しての45時間としました」クンの言葉に説得力があった。クンもムボンも軍人なのだ。辞めても、いざとなれば予備役軍人から、いつでも将校に就く。彼らの軍事感は活きているのだ。
海人が腕時計を見た。
「1時間30分後か――武器庫に行くか」
目出し帽を被ったクンらは無言で、口を粘着テープで塞ぎ、パンツ一枚の捕虜たちを結束バンドで後ろ手と足を固め、
冷たい床に転がしうつぶせにし、
武器庫に閉じ込めた。
そこにムボンやって来た。潜入工作員の件は十鳥から伝わっていたから省き、
「暗視ゴーグル4人分を持ってきた」と言って、ムボンが海人を見た。そして言葉を継いだ。
「堀田先生。榊原先生は親父とママと一緒です。ご安心してください」ムボンが耳打ちする。
「ありがとう」海人が親指を立てた。
午前3時。クンら4人は、トンネルの出口扉を開け、外に出た。周辺を確認し、クンが奪った鍵を差し込み扉を閉じた。
クンと海人がベンツに乗り込む。ムボンと役立がもう1台の方に乗り込んだ。十鳥には電波は届かないが、4人の無線は生きている。
「GO!」クンがマイクに告げた。
「了解」ムボンが答えた。
2台のベンツは、ノロノロと様子を覗いながら駐車場を出て、公道のトンネルを左折した。トンネル内は僅かな電灯の薄い光があったが、ほぼ暗夜に近かった。行き交う車両も皆無だった。トンネルを出ても、暗夜だった。
山間部を通る簡易アスファルトの公道を西へと数分走ると、速度を落としたクンがハンドルを右に切った。そこは山道だった。後ろからムボンも続いた。500ⅿ程登って行くと、かなり鬱蒼とした森林地帯に入った。暗視ゴーグルをかけたクンが車から降りた。クンが地雷探知機を地面すれすれに振って、広葉樹林の中に入って行った。
5分が経った時、クンが林から出て来た。右手で前方を示す。車を隠す!
暗視ゴーグルをつけたムボンが、車を林へと入れて行く。その後ろに役立が運転するベンツも続いた。そこは山道から50ⅿ、林間をわけ入ったところだった。50㎝ほどの下草があり、茂った広葉樹の枝葉が何重にも垂れている。4人は素早く、車をカモフラージュシートで覆う。
ムボンが山道に戻り、タイヤで圧し潰された下草を立ててタイヤ跡を消し、その上から特殊消臭スプレーを噴射していく。海人もムボンの後ろに行き、クマ除けスプレーを下草に噴射した。敵の軍用犬を警戒してのことだ。
暗視ゴーグルをつけた4人が、迷彩服、防弾ベスト、防弾ヘルメット、軍用手袋で身を包む。RPG等の武器類――軍用折り畳みスコップはバックパイプの背につけて――の入ったバックパイプを担ぐ。そして旧式のスナイパー銃を肩にかける。バックパイプの重量は35㎏と重い。腰のベルトに
水筒をつけ、ウエストポーチに
は携帯用食料、緊急用医薬品等を入れていた。海人には、クンら3人のバックパイプが自分より重いと分かったが……
午前3時45分。ムボンが地雷探知機を手にし、林の奥に真っ直ぐ入って行った。ほどなく皆のイヤホンにムボンの声が聞こえた。
「獣道を見つけた。地雷、罠無し」
暗視ゴーグルをつけた4人が、7ⅿの間隔を保ちつつ続いた。
東の山並みの上の空が、薄く茜色に染め始めていた。夜明け前か――
「あと30分進んで、そこで泊まる」ムボンが皆に告げた。
真夏だが、山稜部の山間は涼しかった。
(続く)
ブログ冒険短編小説『ウクライナの森』 2022年10月16日 コメント(10)
ブログ冒険小説『闇を行け!』エピソード 2022年05月17日 コメント(6)
ブログ冒険小説『闇を行け!』最終章 2022年04月29日 コメント(4)