ソクラテスの妻用事

ソクラテスの妻用事

2022年04月03日
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カテゴリ: ブログ冒険小説

ブログ冒険小説『闇を行け!』12

大きいサイズのウクライナの国旗


ウクライナの栄光は滅びず 自由も然り
運命は再び我等に微笑まん
朝日に散る霧の如く 敵は消え失せよう
我等が自由の土地を自らの手で治めるのだ

自由のために身も心も捧げよう

今こそコサック民族の血を示す時ぞ!
​​
(ウクライナ国歌『ウクライナの栄光は滅びず』・訳詞より)


主な登場人物​​

・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大の考古学教授。
・十鳥良平(とっとり りょうへい)元検察庁検事正。前職は札幌の私大法学部教授。現在、札幌の弁護士。

・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学教授。海人の妻。
・役立有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥法律事務所の弁護士。
・君 道憲(クン・ドホン)日本名は――君 道憲(きみ みちのり)
・武本 信俊(ムボン・シジュン) 君の甥 韓国38度線付近の住民
・ムボンの父 通称は「親父(アボジ)」
・ムボンの母 通称は「ママ」


(12)

 山間ところに身を潜めた。
 目線の隙間をつくってカモフラージュシートで身を包(くる)み、クンと役立、ムボンと海人の2組に分かれて息を潜めた。
 夜の8時まで、約16時間の待機だった。優れたスナイパーだったムボン、鍛錬されているクン、元SAT隊員の役立、藪の中を進む遺跡調査でもそうだが、アウトドア自然派の海人、彼等には、さほど苦痛は感じない。気を張り緊張しているせいか、眠気も襲ってこない。見張りシフトは決まっていたが、まだ誰も仮眠を取ることもなかった。

 洞窟内にいる十鳥は、白い十字架の前で座禅を組んでいた。海人と役立が北側へ潜入することは、『将軍様へ呪いをかける計画』に無かった。が、十鳥は常にそうだった。計画と実際とは異なりがちであり、状況次第で応変すべき場合が多いものだ。現場では、当意即妙が求められることが多々ある。この少人数での『呪いがけ作戦』では、特にそうであるべきだ。海人と役立が計画変更(潜入参加)したのも、俺の戦術思考を心得てのことであり、これまでと同じく彼らの意志を心底信頼している。そう十鳥は、心裡(こころうち)で自答していた。
 俺はいつも彼らと共にあるのだ。だが俺は安全地帯にいて、共にしているとは言い難い。ゆえに俺は祈っているのだ――
無事であれ!  神よ! 仏よ! 彼等に、ご加護を!

 座禅姿勢を一時間ほど保ったが、十鳥は足の痛みに堪(こら)えきれず、胡坐(あぐら)をかいた。無理するもんじゃない。祈りの形も融通無碍なのだ。そう自分に言い聞かせた。

 親父(アボジ)は、いつものように日の出と共に起き、監視モニター画面に目を凝らしていた。怪しい者は映っていない。そこで親父が第1監視カメラのモニター画像を、一時間前に巻き戻し再生していく。
 いた! 怪しい乗用車1台。夜明け前の薄明りの中、ライトを点けず登って来ていた。
「おっ、ここから500ⅿ下で車が停まったぞ。車のナンバーは『 0000 』か。運転手と助手席に男が……おっ、助手席のリュックを背負った、アウトドアスタイルの男が降りたぞ。おっ、車がÙターンして……戻って行く……おっ、アウトドアスタイルの男が、渓谷側に姿を隠したぞ。奴が潜入工作員だ! あそこは岩の割れ目がある断崖だ。奴はそれを知っているのだ。そこの隙間で、夜まで待機するのか――」親父がモニター画面横にある‶ボタン″を押した。
 数十秒してママが部屋に来た。モニター画面を観たママが言った。
「やはり潜入工作員が来ましたね。あなた、どうします?」
「奴を確認しに行く」親父が答えた。が、少し考えて、
「捕獲の準備に取り掛かるよ」と言った。
「あなた、どう捕獲するの?」ママが訊いた。
「お前も知っているだろう。あそこの岩の隙間はどこからも見えないが、全身を隠すことが出来ない。対岸の断崖の上部から見えるが、俺たち以外は誰も行けない。つまりだ。俺は北側から迂回して対岸の断崖部に行き、200ⅿの距離から奴の足の皮に1発、銃弾をかますよ。奴が断崖の下に落ちない程度に撃つがね」
「あなた、それだと工作員は自殺するかも」
 北朝鮮の潜入工作員には軍律がある――捕まるようなら『自殺せよ』と。
「奴は自殺はしないよ。誰に撃たれたか分かり様もないし、渓谷下から激流音が響いているから、銃音は紛れる。猟師の流れ弾だと思うことだろう。いずれにせよ絶対、洞窟に行かなければならないからな。潜入工作員の使命感を逆利用できるはずだ。奴は足を引きづっても、必ず洞窟に行く。奴は柔(やわ)ではない。これからママは監視モニター画面に張り付いてくれ」
「承知よ。ところで榊原さんには?」
「お前から伝えてくれ。それと榊原先生を外に出すなよ。守れ」
「分かったわ。十鳥先生には?」
「俺からお伝えする」と答えた親父が、ママに告げた。
「我々3人も無線を使う。もしかしたら、お前の出番がありそうだ」
「私の出番って?」ママが怪訝な表情を見せて訊いた。
「岩の隙間にいる奴は、リュックを背負っている。 俺の1発 で、リュックを隙間に隠すことも考えられる。奴がリュックを背負わず岩から這い出てきたら、お前がリュックを回収してくれ。何らかの 重要な物 が入っているいるはずだ」
 薬草採りの名人のママである。彼女はロッククライマーでもあった。若い頃は、韓国では一、二を競っていたほどだ。岸壁に自生する薬草には高価なものが多い。薬草採りの名人と言われている所以(ゆえん)である。筋肉質の細身は、今でも変わらないママだ。
「わかったわ。連絡するわ」
「簡単な朝食を作ってくれ。それを持って撃ちに行く」

 林の中、クンは見張り役――シートの隙間から耳目を立てて――に就いてから1時間が過ぎた。外は霧状のガスが立ち込めてきた。おお、雲の中に入るぞ! そう心で叫んだクンが、2ⅿ離れて潜んでいるムボンのシートに這い寄り、手でポンポンと叩いた。
 ムボンが顔を見せた。
「助け船の雲が来たぞ。さあ、出発だ」クンが耳打ちした。ムボンが頷き、役立と海人のシートへ這って行った。
 この30分後、4人は再び西へと林の中を進んで行った。ガスはさらに濃くなっていた。4人は列間を狭めて行く。山間は山あり谷あり小川ありの連続、まさに過酷な人生行脚と言えるようだった。救いは、冷えたガスが火照る筋肉を宥(なだ)めてくれていることだった。これは想定外の僥倖だった。目的地まで残り20㎞。海人は思った―― ガス欠 になるなよ! 雲行雨施よ!

 渓谷の上流、2台のSUV車が停まっている先を進み、渓谷の源流上部――あの洞窟の北側上部――を迂回して行った親父が、昼頃、潜入工作員が潜む断崖の対面の林間部に着いた。狩猟の前に飯を食うのだ。親父が愛用のライフル銃を背から降ろし、ザックから弁当を取り出した。親父が空を見上げると、雨雲が西から近づいてきたのが分かった。
 飯よりライフルが先だ!
 親父がライフルの標準スコープで対岸を探した。ほどなく岩の隙間にいる潜入工作員を捉えた。何だ! 奴は飯を食っているではないか!
 スコープのレンズの十字に、潜入工作員の右足部を捕捉した。風は無い。無調整でいける。十字を少し下にずらす。男の軽登山靴を狙う。ズン! 足首表面を弾丸が擦った。皮一枚を裂いた。男は隙間にへばりつく。親父は空に向け2発撃つ。どこかの猟師が獲物に撃ったかのように――
 スコープで確認すると、顔を歪めた男が右足を浮かせている。男が顔を180度、ゆっくりと回す。猟師を探しているのだろう。親父は木陰に身を隠し、マイクに言った。
「奴を狙い通り撃った。SUV2台を急ぎ玄関前に移動してくれ。これから弁当を食べる」
「了解したわ」ママが答えた。



(続く)


*このブログ冒険小説はフィクションであるが、事実も織り交ぜ描いている。





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最終更新日  2022年04月03日 13時24分37秒
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