ブログ冒険小説『闇を行け!』12
ウクライナの栄光は滅びず 自由も然り
運命は再び我等に微笑まん
朝日に散る霧の如く 敵は消え失せよう
我等が自由の土地を自らの手で治めるのだ
自由のために身も心も捧げよう
今こそコサック民族の血を示す時ぞ!
(ウクライナ国歌『ウクライナの栄光は滅びず』・訳詞より)
主な登場人物
・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大の考古学教授。
・十鳥良平(とっとり りょうへい)元検察庁検事正。前職は札幌の私大法学部教授。現在、札幌の弁護士。
・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学教授。海人の妻。
・役立有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥法律事務所の弁護士。
・君 道憲(クン・ドホン)日本名は――君 道憲(きみ みちのり)
・武本 信俊(ムボン・シジュン) 君の甥 韓国38度線付近の住民
・ムボンの父 通称は「親父(アボジ)」
・ムボンの母 通称は「ママ」
(12)
山間ところに身を潜めた。
目線の隙間をつくってカモフラージュシートで身を包(くる)み、クンと役立、ムボンと海人の2組に分かれて息を潜めた。
夜の8時まで、約16時間の待機だった。優れたスナイパーだったムボン、鍛錬されているクン、元SAT隊員の役立、藪の中を進む遺跡調査でもそうだが、アウトドア自然派の海人、彼等には、さほど苦痛は感じない。気を張り緊張しているせいか、眠気も襲ってこない。見張りシフトは決まっていたが、まだ誰も仮眠を取ることもなかった。
洞窟内にいる十鳥は、白い十字架の前で座禅を組んでいた。海人と役立が北側へ潜入することは、『将軍様へ呪いをかける計画』に無かった。が、十鳥は常にそうだった。計画と実際とは異なりがちであり、状況次第で応変すべき場合が多いものだ。現場では、当意即妙が求められることが多々ある。この少人数での『呪いがけ作戦』では、特にそうであるべきだ。海人と役立が計画変更(潜入参加)したのも、俺の戦術思考を心得てのことであり、これまでと同じく彼らの意志を心底信頼している。そう十鳥は、心裡(こころうち)で自答していた。
俺はいつも彼らと共にあるのだ。だが俺は安全地帯にいて、共にしているとは言い難い。ゆえに俺は祈っているのだ――
無事であれ!
神よ! 仏よ! 彼等に、ご加護を!
座禅姿勢を一時間ほど保ったが、十鳥は足の痛みに堪(こら)えきれず、胡坐(あぐら)をかいた。無理するもんじゃない。祈りの形も融通無碍なのだ。そう自分に言い聞かせた。
親父(アボジ)は、いつものように日の出と共に起き、監視モニター画面に目を凝らしていた。怪しい者は映っていない。そこで親父が第1監視カメラのモニター画像を、一時間前に巻き戻し再生していく。
いた! 怪しい乗用車1台。夜明け前の薄明りの中、ライトを点けず登って来ていた。
「おっ、ここから500ⅿ下で車が停まったぞ。車のナンバーは『 0000
』か。運転手と助手席に男が……おっ、助手席のリュックを背負った、アウトドアスタイルの男が降りたぞ。おっ、車がÙターンして……戻って行く……おっ、アウトドアスタイルの男が、渓谷側に姿を隠したぞ。奴が潜入工作員だ! あそこは岩の割れ目がある断崖だ。奴はそれを知っているのだ。そこの隙間で、夜まで待機するのか――」親父がモニター画面横にある‶ボタン″を押した。
数十秒してママが部屋に来た。モニター画面を観たママが言った。
「やはり潜入工作員が来ましたね。あなた、どうします?」
「奴を確認しに行く」親父が答えた。が、少し考えて、
「捕獲の準備に取り掛かるよ」と言った。
「あなた、どう捕獲するの?」ママが訊いた。
「お前も知っているだろう。あそこの岩の隙間はどこからも見えないが、全身を隠すことが出来ない。対岸の断崖の上部から見えるが、俺たち以外は誰も行けない。つまりだ。俺は北側から迂回して対岸の断崖部に行き、200ⅿの距離から奴の足の皮に1発、銃弾をかますよ。奴が断崖の下に落ちない程度に撃つがね」
「あなた、それだと工作員は自殺するかも」
北朝鮮の潜入工作員には軍律がある――捕まるようなら『自殺せよ』と。
「奴は自殺はしないよ。誰に撃たれたか分かり様もないし、渓谷下から激流音が響いているから、銃音は紛れる。猟師の流れ弾だと思うことだろう。いずれにせよ絶対、洞窟に行かなければならないからな。潜入工作員の使命感を逆利用できるはずだ。奴は足を引きづっても、必ず洞窟に行く。奴は柔(やわ)ではない。これからママは監視モニター画面に張り付いてくれ」
「承知よ。ところで榊原さんには?」
「お前から伝えてくれ。それと榊原先生を外に出すなよ。守れ」
「分かったわ。十鳥先生には?」
「俺からお伝えする」と答えた親父が、ママに告げた。
「我々3人も無線を使う。もしかしたら、お前の出番がありそうだ」
「私の出番って?」ママが怪訝な表情を見せて訊いた。
「岩の隙間にいる奴は、リュックを背負っている。 俺の1発
で、リュックを隙間に隠すことも考えられる。奴がリュックを背負わず岩から這い出てきたら、お前がリュックを回収してくれ。何らかの 重要な物
が入っているいるはずだ」
薬草採りの名人のママである。彼女はロッククライマーでもあった。若い頃は、韓国では一、二を競っていたほどだ。岸壁に自生する薬草には高価なものが多い。薬草採りの名人と言われている所以(ゆえん)である。筋肉質の細身は、今でも変わらないママだ。
「わかったわ。連絡するわ」
「簡単な朝食を作ってくれ。それを持って撃ちに行く」
林の中、クンは見張り役――シートの隙間から耳目を立てて――に就いてから1時間が過ぎた。外は霧状のガスが立ち込めてきた。おお、雲の中に入るぞ! そう心で叫んだクンが、2ⅿ離れて潜んでいるムボンのシートに這い寄り、手でポンポンと叩いた。
ムボンが顔を見せた。
「助け船の雲が来たぞ。さあ、出発だ」クンが耳打ちした。ムボンが頷き、役立と海人のシートへ這って行った。
この30分後、4人は再び西へと林の中を進んで行った。ガスはさらに濃くなっていた。4人は列間を狭めて行く。山間は山あり谷あり小川ありの連続、まさに過酷な人生行脚と言えるようだった。救いは、冷えたガスが火照る筋肉を宥(なだ)めてくれていることだった。これは想定外の僥倖だった。目的地まで残り20㎞。海人は思った―― ガス欠
になるなよ! 雲行雨施よ!
渓谷の上流、2台のSUV車が停まっている先を進み、渓谷の源流上部――あの洞窟の北側上部――を迂回して行った親父が、昼頃、潜入工作員が潜む断崖の対面の林間部に着いた。狩猟の前に飯を食うのだ。親父が愛用のライフル銃を背から降ろし、ザックから弁当を取り出した。親父が空を見上げると、雨雲が西から近づいてきたのが分かった。
飯よりライフルが先だ!
親父がライフルの標準スコープで対岸を探した。ほどなく岩の隙間にいる潜入工作員を捉えた。何だ! 奴は飯を食っているではないか!
スコープのレンズの十字に、潜入工作員の右足部を捕捉した。風は無い。無調整でいける。十字を少し下にずらす。男の軽登山靴を狙う。ズン! 足首表面を弾丸が擦った。皮一枚を裂いた。男は隙間にへばりつく。親父は空に向け2発撃つ。どこかの猟師が獲物に撃ったかのように――
スコープで確認すると、顔を歪めた男が右足を浮かせている。男が顔を180度、ゆっくりと回す。猟師を探しているのだろう。親父は木陰に身を隠し、マイクに言った。
「奴を狙い通り撃った。SUV2台を急ぎ玄関前に移動してくれ。これから弁当を食べる」
「了解したわ」ママが答えた。
(続く)
ブログ冒険短編小説『ウクライナの森』 2022年10月16日 コメント(10)
ブログ冒険小説『闇を行け!』エピソード 2022年05月17日 コメント(6)
ブログ冒険小説『闇を行け!』最終章 2022年04月29日 コメント(4)