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この前、ちっと面白い話を聞いたんですよ。 満月の光にね、お財布をかざしたり、お札をピラピラ~とやると、何とお金がいっぱい入ってくるそうな! こういう迷信ぽいのって色々あるけど、この 満月にお財布をかざすっていうのが、想像するだけで何とも面白いじゃないですか。 しかも満月には科学的に証明されてるパワーもある・・・。 それがお財布とお札にどう影響するのか、NASAにも いっちょ調べておいて頂きたい話だけども、実はあの日本のお札というのは、すごいパワーがあるんですよ。 近代国家と言われながら、さすが神国日本。あそこまで縁起を担いだ模様・絵を使ったお札は、他国に類を見ないのでは?と思います。 お手元の1万円札、よーく見てみてください。 あっちこっち回転している模様があるでしょ?水輪のようなのがいくつも重なってたり・・・それは一点から広がる、つまり豊かさが広がっていくという意味の図形。 また、周りに波々がぐるーっと繋がってますよね。あれはスムーズな流通を意味しています。 さらに、端っこに花のようなものがありますが、あれも左回り・右回り、つまりお金が出たり入ったり、という回転を意味しているそう。 まさに各エネルギーワークの中に見られる様なシンボルがいっぱい。 かなり縁起のいいお守りのようなもの、なんですよね。 これにですね、月のパワーを、というわけです。利かない気がしないのは私だけでしょうか・・・(笑)。 ちなみに、友人は最近新しく買ったお財布を胸に、次の満月を今か今かと待ち構え、カレンダーを見つめる毎日だそうな(笑)。ではまた明日。
2006.10.31
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さて、先週ちらっと 私たち夫婦が 「あなたたちは前世 つがいのさくらんぼだったのよ。」 と言われた事がある と書きましたが、その時に言われたことをリアルに書くと、 「あなたたちはとっても仲がいいでしょう?それはね、前世がさくらんぼだったからなの!!さくらんぼって2つくっついてるでしょ?だから離れられないのよ!良かったわねぇー!!」 です。 ・・・・・さくらんぼって、マンガやデフォルメされた形では確かに2つセットです。けど実際は6~7コが一緒にくっついてますよね・・・。っていうのはもちろんその時には言いませんでしたが(笑)。 ただ主人は 「自分たちが仲がいいのは、ただ単に今仲良くする努力をしているだけ。怒ったり、謝ったり、お互いに相手の気持ちを尊重するとか、そういう普通の努力をしているからであり、さくらんぼだったから仲がいいのだ と言われると、その努力なしでも 元々決まってるのよ、と言われているようなもの。最初から決まっていることなんて何一つない。人生も人間関係も、がんばって作り出すものなんだと思う。」 と言いました。 意外かもしれませんが、私の主人は超能力とか超常現象とか、そして前世とかが大っ嫌い(笑)。彼自身 よく不思議なものを見たり、異常に勘が鋭かったりするくせに、そういう話題はけっこう嫌がるんですよ。 なのにヒーリングティーチャーなんかとなぜ結婚したかというと、ただ単にエネルギーワークというものを物理的に理解しているからなんです。彼の中ではそういうものとエネルギーワークは別、と納得してくれたんでしょうね。普通に考えても、超能力とエネルギーワークは違いますから。 そんな主人なもので、うっかりそういう前世占い師に会っちゃったり、また 頼みもしてないのに 勝手にリーディングなんてされたりすると、かなり怒りをあらわにしてしまうから、横にいる私はもうハラハラドキドキ・・・。何かド失礼な態度をして、相手を怒らせたらどうしよう!ってね。 でもこの主人と一緒にいるからこそ、私は 「現実」 を大切に出来るのかもしれない。 よくこのブログでも書いていることだけど、不思議ワールドにハマる人というのは、現実を見る目を曇らせてしまう人 たまに見かけるんです。 ヒーリングという名の職業に携わると、もちろんどうしても ちょっと不思議な人たちと出会う機会が多い。お友達になりましょうな空気もあれば、挑戦してくる人も多くいました。 でもそういうもの、そういう人たちのことを、あって当たり前 と捉えるだけで、のめり込んでいかなかったからこそ、私は今でも 「普通」 という場所で生きていられる。 普通のがんばり、普通の苦労、普通に生きる人のパワーを愛おしく思えるし、不思議なこと・・・超常現象だって 別に普通にあると思うから普通に話せるし、私自身 私以上になりたいとか、誰か以上になりたいとかは思わずにすむ。 今の私。今の誰か。 全てが今 パーフェクトだと思えるのは、ちょっと不思議な自分の力をほったらかしにして超現実的に生きる主人が傍にいてくれるからだと思う。 彼は 「前世」 や 「超能力」 が嫌いなのではなくて、そういうものに依存したり、逃げ込んだり、言い訳に使ったりする事が嫌いなのでしょう。主人のこういうところ、本当に なるほどな、と思うし、私にとって とても必要なパワー。 スピリチュアルというものに、考え方は自由。そして様々。そして前世についてもね。 納得できないことも、納得できることも、面白いことも、真面目なことも、この世界には溢れていて、前世がさくらんぼだと言われたこの夫婦も、出来れば ぶちっと離れることがないよう、今日もお互いを大切に思いながら生きています。ではまた明日。
2006.10.30
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私の前世・・・。色々言われましたねぇ。色んな人に。 「インドの聖人」 「中国の貴婦人」 「マヤ文明の時のヒーラー」 「自分の曾曾おばあさん」 「邪馬台国で巫女をしていた」 etc・・・。そして 「さくらんぼ」 (笑)。 前世占いは よくTVでウソだなんだと騒がれてるけど、多分ウソをついてるわけではないと思うんですよ。彼らにはおそらく本当にこれらの映像が見えてるのでしょう。 ただその映像が絶対に絶対に、本当の本当に、その人の前世であるという確証があるかどうかが本当の問題なわけです。 だって人間の脳って 本当にすごく複雑に出来てて、 「見える」 というのは視神経と関係する、つまり脳の働きですから、脳の中に今まで見たもの、そして想像したものも、ソフトみたいにいっぱい入ってるわけ。見えるというのは、そういうものから取り出してる可能性もあるんです。 これはちょびっと私自身の経験でもあるのですが、うっかり瞑想状態になると、やっぱり色んなものって見えるんですよね。 「あーそーなのか!へ~!」 なんて思って見てたけど、でもだからといってそれが何かの真実を述べているとも限らないと ふと気付いたんですよね。 前世にしても、透視にしても、例えば一つが当たっていたとしても、次は当たってないかもしれない・・・と考えると、口に出すのが怖くなりました。 誰かの何かを断定してしまうのは、もしかして恐ろしいことなんじゃないか、と。 例えばですね、あるリーディンガーが誰かの家の中の冷蔵庫の中身まで全部言い当ててしまったとします。見てもらった本人も周りも、おお~!と、まずはどよめきますよね。 その後もし同じリーディンガーが 「あなたが会社のお金を盗んでるところが見えます。」 と言ったらどうなるでしょう。 冷蔵庫の中身を当てるんですもの。そりゃもう本当に違いない!と周りは完全に信じてしまうでしょう。ところが、本当はその人そんなことしてないとしたら・・・。真実は潔白であったなら、一体どのくらい驚き、怒り、悲しむでしょう。 いくら 「やってない」 と言ったとしても、 「でも冷蔵庫の中身を・・・」 とか 「でも私の悩みを言い当てたわよ。」 という、当たっているいくつかがあると、全てそのリーディンガーが言うことは真実ということになってしまう。 きっと彼らはウソをついているのではないと思う。それは分かる。だから前世に関しての論争は、ウソだ!いや ウソじゃないって!の域を超えて、 「私たちにはこう見えるんだけど、間違ってることもあるかもね。」なーんて、つまりリーディンガーたちが 『自分に見えるものが全て正しい!』 って言わなくなれば、かなりこのバトルは柔らかくなるんじゃないかな。誰かを 「ウソつき!!」 ってなじるなんて あまりいいもんじゃないし、 「ウソつき!」って言われるのも嬉しくはないでしょ? ちなみに私、最初に書いた色んな前世、 「ふーん。」 って聞いてたんだけど、実は思い当たるのがあるんです。小さいころから何回も夢に見るあの映像。 でもそれも本当かどうか分からないのだけど。 注:さくらんぼの記憶はありません(笑)。ではまた来週。
2006.10.27
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前向きになれる前世ヒーリングや占いはいいなぁ、という話をしましたが、今日はちょっと面白い例を。 長くヒーリングの世界にいるとね、やっぱり周りに 「前世」 という言葉が飛び交うことが多かったんです。見る方、見てもらう方、両方の人たちをたーくさん知っている・・・。そう、もうブームになるずーっと前から。 なので色々な例も知っているので、もったいないから書いちゃいます。前世についてまじめに考えなきゃいけないこともあるけど、今日だけは 「笑える前世」 にお付き合いください。・ 高校の時の友人M : 当時、教育実習に来ていた教師の卵に、 「あなたの前世はカッパです。」 と言われた。・ 高校の時の友人S : 同じ人物から 「あなたの前世はタヌキね。」 と言われる。・ 某モデル : 占いコーナーで 「前世キリン」 。・ 受講生K : 「見える」 というご友人から 「ビンのふた」 。・ 受講生I : 誘われてイヤイヤ入った占いコーナーで、 「アメリカの小学校の机」 。・ 友人O : 前世ヒーラーに 「ムカデ」 。・ セラピストスクールの友人1 : 友人の霊媒師から 「リンカーン大統領」 。・ セラピストスクールの友人2 : 同人物から 「マリリンモンロー」 。・ 私と主人 : お客さんだった人から 「さくらんぼ」 。まだまだありますけど忘れました(笑)。 キリンやタヌキはまだいいとして、 「ビンのふた」 というのが分かりません(笑)。言われた瞬間、その受講生さん どういう顔をしたのか、想像するだけで面白い・・・(笑)。 「それであなたはなんて答えたの?」 と聞いたら、 「『えっと・・・コーラですか?スプライトですか?』って聞きました。」 だって!面白いでしょ? 「小学校の机」 というのもいい味出してますよねー。 全ての物質はエネルギー。エネルギーを 「魂」 と捉えるなら、確かにカップやビンのふたに生まれ変わることもあるのかもしれませんね。うっ・・・ちょっと無理があるかな(笑)。 動物系、モノ系、歴史上有名人物系、と 「見る人」 によって色々あるらしい。 今はさすがに癒しの時代 と言われてるだけあって、心の問題や、この先どう生きていくかのヒントになるリーディングをちゃんとしてくれる人のほうが多い。 だから受け取る方も真剣に聞き取らなければいけない部分もある。ただ、こんなふうにリアクションに困っちゃうようなことを言われたなら、顔を (?) に歪めてもバチは当たらないですよ(笑)。 あと、 「ゴキブリ」 とか 「ムカデ」 とか、 「凶悪犯罪者」 だとか、あまりにも不快な思いをするような結果なら、 「信じなくてもいい」 という権利を 受け取る側は持ってるのですから、本当に気にしなくてOK。笑って流しましょう。 そのうちちゃんとまじめに見てくれる人に出会えるか、もしくはあなた自身がいつの間にか、前世なんか気にならないほど現世を好きになってますよ、きっと。ではまた明日。
2006.10.26
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昨日からの続き、です。 バリ島にお住まいのジャワ人の男性が やはり前世が見えたりするそうで、たくさんの人のお役に立ってるんですって。 私の周りにもたくさんいます。日本でもいましたし、バリでもやはり多くのバリアンには 「見える」 らしい。 ずーっとそういう人たちを見てると、同じ 「見える」 でも、態度や言葉の選び方だけの違いで、人気や信憑性まで変わってきちゃうのが解る。 そもそも 「前世が見える」 = 「偉い人」 というわけではないのですから、偉そうにする人は皆無なはず。ですから偉ぶらないのは当たり前として、あとはドキドキしながら結果を待つ人の心をもてあそんだりしないかどうか、ですよね。 こういうマナーがあるかどうかで、受け取る側の心が癒されたり、キズついたりの違いが出てくるわけです。 そのジャワ人の男性は本当に静かで優しくて、もし前世なんか見えなくなっても、きっとこれからも多くの人の役に立ち続けてくれるんじゃないかな、と思わせてくれるほどの人だそう。 元々持っているハートというものが大切なんですよね、人間としての。 私はこういうことにはニュートラルでいたい と考えているので、前世肯定派・否定派の抗争には口を挟まないというズルい立場に立つのを決めているので、今 話題沸騰の前世療法、どうなっていくのか ちょっと楽しみです(笑)。ではまた明日。
2006.10.25
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「前世」 というものを、信じる人も信じない人もいると思うけど、信じなきゃいけないわけでもないし、 「絶対あるんだってば!」 って押し付けてもいけない。 エネルギーワークの世界というのは、スピリチュアルの世界とどう違うのかと聞かれたらすごく難しいのだけど、エネルギーワークというのは 物質も、精神も、すべて波打つ波動、つまりエネルギーで出来ている、と想定して成り立つものだから、病気も元気も悩みも、エネルギーというレベルで拾い、エネルギーの乱れを整えていく というのが基本。 スピリチュアルというものは、本当言うと精神の世界・・・ 「精神科」 とかの、あの 「精神」 です。まぁ、肉体も精神も同じものなのですが・・・。 ところが今のスピリチュアルブームっていうのは、とにかく不思議な物、摩訶不思議な世界のこと全部をスピリチュアルだと捉えているようで、前世もそのうちの一つなんでしょうね。 今の問題を直視できない、つまり自分のほうにも過ちがあったのでは?とか、ごめんねって言って関係を修復する勇気がなかったりすると、とにかく霊や血液型や生年月日のせいにしようとする人っているでしょ?あの人と別れたのはA型とO型だったからだわ!ってね(笑)。 そういう流れに今 前世占いというものがぴったりハマるんでしょうね。ちょっとばかし神秘的な要素もあるし。 今 別に問題なくても、ただ自分の前世が何だったのか知りたがる人もいれば、何をやっても上手くいかない、これは前世の何かが関係してるに違いないって、前世占いのお店に足を運ぶ人もいる。 確かに、本当にカルマというものは有る、と私は思う。明るい人生を歩くために、前世を見てもらうということで何かきっかけになるかもしれないし。ただ、全てをそれで決めちゃいけないって思うの。 以前日本で、けっこう仲のよい前世療法師がいたんです。まだこんなに前世ブームじゃなかった時で、その人はアメリカで催眠退行や過去世リーディングをマスターした年配の女性でね。その人がとても面白い話をしてくれたんです。 ある男の子が、浮気してたことが彼女にバレてしまい、大騒ぎに。その男の子が占いの館?で前世占い師のところに行ってみると、 「あなたは前世、この彼女に浮気されてたのよ。だから今浮気しても大丈夫。彼女は前世の業を今片付けるために苦しまなきゃね。」 と言われたそう。 これを聞いて喜んだのはもちろん彼氏の方。今まで前世なんて信じなかったのに、ほーら見ろ、オレが悪いんじゃないだろー?と笑って、さらに彼女を怒らせてしまった、という話。 前世・・・は本当にあるとは思う。でもこの話の中でどこかやっぱり不自然を感じずにはいられない。前世があるかないかの話ではなく、こういうことを言っちゃっていいのかなって。 仏教でも何でも、その中に 繰り返される業 という教えがある。でもそれって、この男の子の罪を帳消しにして彼女に我慢させましょう、という意味ではないわけで・・・。 もちろんこれは解りやす過ぎるオーバーな思い出話だけど、それ以外でもいつもどこかに違和感を感じてきました。 前世を見てもらってスッキリした、納得した、嬉しかった。そういう人もたくさんいる。それならこの前世占いは 「有り」 だと思うし、大切に育てていかなければいけないヒーリング法のはず。 そのために 前世が見える人たちは、その場を沸かしたり、面白がらせたり、びっくりさせたりというだけのショーに使うのではなく、 「言葉を選ぶ」 「余計なことまで言わない」 などの、もう一つの大切な要素 「会話」 という世界をマスターしてくれたなら とても嬉しい。 実際、そういう人はちゃんといるのでしょうし、もっとも さっき書いたような占い師はあんまりいないのかもしれないけど。 もし前世を 単なるお遊びとは捉えずに、みんなが前向きになる為のヒーリングとして考えるなら、どうかいい方向に行ってほしいなぁ。ショックを与えたり、罪悪感を植えつけたりせずに、ね。 そういう方向に向くために、私の友人の前世療法師はあんなに長く勉強してたんだなぁ・・・と今更ながら感心します。 「何の勉強なの?」 って聞くと、いつも彼女は 「ただ人の目を見て会話を続けるっていう勉強よ。」 と答えてました。なるほどなぁ。 「見える」 だけじゃ・・・ね。 自然療法士、ヒーラー、その他いろいろ。共通して大切なものが見えてくるように思う。 明日は、前世 その2。とても素晴らしい前世リーディンガーがバリにいらっしゃるんですって。お会いしたことないのだけど、話に聞くと その人の態度、言葉遣いはとても穏やかで優しいそう。 前世があるないという話の前に、そういう人がいるというのを知っただけで、やっぱりほっとしちゃいますね。私としては。ではまた明日。
2006.10.24
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シンガポールから無事戻ってきました。 メールのお返事などが遅くなってしまって、申し訳ございません! さてさて、シンガポールは毎年行ってるのですが、何度行っても面白いところ。色んな民族がごちゃ混ぜに暮らしていて、タクシーに乗るたび ヒンズーのお守りをぶら下げてるのや、真っ赤な 「福」 と書いたコイン?をぶら下げてるもの、コーランのテープをかけてるもの、十字架をかけてるもの・・・。本当に色々。 多民族国家ということは、多宗教国家ということで、あーんな小さな国土に 色んな思想や肌の色が集まって暮らしている。 結構仲がいいみたい。お互いの宗教や思想を認め合う という賢さを持っているというのと、国の発展と豊かさを保つため、忙しくていがみ合ってるヒマはない、ということらしいのですが。 高層ビルも、ブランド店も、スマートなサービスも、そして洗濯物が並ぶ路地裏も大好き。 サイバー国家なイメージの強いシンガポールだけど、あのアパートの明かり一つ一つに、日本の お茶の間の団欒とよく似た光景が隠れていて、開けっ放しの窓から なぜか懐かしい香りがするのです。 中に暮らす人が どの人種でも、どの宗教でも関係なく、人はどこで生きていても 人。 いがみ合うことよりも、それぞれの家族と明かりの下に集まることを幸せだと感じることの出来る ステキな生き物ですね、人間って。ではまた明日。
2006.10.23
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来週はちょっとお休み。 ビザの関係で、シンガポールに行ってきます。 シンガポールも昔から大好きな国。 最先端のものを柔軟に取り入れて 進化し続けるのと同時に、移民たちの持ち寄った古い文化が息づいている。 行くたびに違う発見がある、そんな国です。 今回はどんな表情を見せてくれるのかな。 それでは皆様、次は10月23日 月曜日にお目にかかりましょう。P.S.レイキなどのご予約メールは すぐにお返事できないかもしれませんが、私書箱の方に入れておいて下されば、後にお返事いたします。よろしくお願いしまーす。ではまた再来週に。
2006.10.13
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この前ね、盆踊り大会に行ってきたんですよ。 「ええ!?バリで盆踊り!?」 と思われるかもしれませんが、あるんですよ。在住日本人のための盆踊り大会が。 ちょうちんやぐらを組んで、ちゃんと踊りを練習した人たちが上にあがって輪になってる。 周りにはたくさんのレストランが屋台を出展していて、祭囃子とざわめき・・・そこはもう日本の まさにお祭りなんです。 あれだけちゃんと日本の文化を再現出来るなんてすごいなぁ。たくさんの人の努力が実る一日なんだなぁ、と感心しつつ、私もユカタで見学。 ほとんどの人がユカタで来てるんですけど、ずーっと見ていて、 「何だろう・・・この違和感は・・・。」 と思ってたんですよね。 その違和感が何なのか分からないまま歩いてたら、ふと知り合いのオシャレな女性と会って、挨拶を交わした時にやっと気が付いたんです。 その女性、ユカタの着方が正しかったんですよ。というか、この女性のユカタ姿を見た時に、逆に何の違和感も感じなかったんです。まるで 「私、いつも着てます。」 みたいな、慣れ というか。 あまりにも自然に似合っていたんですよね。改めて周りを見てみると、 「今日初めて着ました。」 みたいになっちゃってる人が多い。 長くバリ島にいるから忘れちゃうのかもしれないけど、本当に ほんのちょっとのことなんですが、着物というのは、首の後ろは 襟を外側にぐいっと引っ張り下ろすのが正解。 逆に、首に襟をぴったり付けて、前できっちり交差してしまうとおかしいんです。ほんのこれだけの違いなのに。 私も 昔の仕事柄、着物もよく着せられましたし、京都という古都でヒーリングサロンをしていましたから、日常 普通に着物姿の人、ユカタ姿の女性なんか見慣れてたんですね。 だから挨拶した女性から久しぶりに感じた、これはまさに 「粋」 というもの。 着物という、日本独特ファッション。それをさらっと着こなして、着た瞬間に 物腰や挨拶の仕方、歩き方まで変えて、 「粋」 というオーラを醸し出す。 この 「粋」 っていう言葉を久しぶりに感じました。その大切さも。 外国に 「粋」 なるものや、それっぽい言葉が存在するのか分からないのですが、どこに生きていても私は日本人。 「粋」 のある人でいたいなぁ、と思います。ではまた明日。
2006.10.12
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この前 レイキを受講に来られたご一家が、お知り合いのレイキティーチャーさんを連れてきてくださったんです。 バリ島で、日本人のレイキティーチャーさんにお会いするなんて滅多にないことなので、初めてお会いしたにも関わらず、何だか妙に懐かしいというか、自分と同じヘルツを持つ人間に出会った嬉しさというのか、そういうものが感じられて、とても楽しい時間でした。 ティーチャー同志、というのは本当に面白いもので、何も話さなくてもお互いがすんなり受け入れられるんですよね。レイキの素晴らしさとさりげなさ、自分の力じゃないんだよ、勘違いしちゃいけないよコースを学んできた私たちは、どっからどう見ても普通の人で、普通に話が出来てしまう。 数十分そこにいたけれど、誰も奇跡なんて語らないし、丸いテーブルの上では 本当に全員エネルギーワークをやってる人たちなのか?というくらい普通な会話が繰り返される。 今ネットの中では、どこのレイキがどうだの、うちのレイキが一番だの、そういう闘いがあったりするそう。 お会いしたティーチャーさんは、私に 「どこのレイキですか?」 「どこのスクールですか?」 なんて一切聞きませんでしたし、私もお聞きしませんでした。 だってどうでもいいんですもん。 自分が一番だと思わないこと。 それさえ守っていたら、きっとどのティーチャーも 自分の流派のみを正当化することなく、仲良くいられるんです。 同じ志を持っているはずの、見知らぬ大勢のティーチャーさんたち。 目立たず、静かに、今日もどこかでレイキを伝えているのですね。 たくさんの、たくさんのティーチャーの中で、私はそのうちのたった一人。 そうである事が、何だかとても嬉しいのです。ではまた明日。
2006.10.11
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レイキのファーストを2年前に受けてくださったご夫婦が、この前セカンドを受けに来てくださいました。 2年前は、まだ子供を産んでバタバタしてた時で、セミナーの中でも もしかしたら色んな事が不十分だったかもしれないのに、帰り際 奥様が 「本当にいい出会いでした。」 と手を握ってくださったのが印象的で、それが長い間心に残っていたんです。 出来ることならもう一度お会いしたい、と そう思っていたら、2年の年月を超えてまたお会い出来る事となり、私もとても楽しみにお待ちしていました。 久しぶりの、笑顔での再会。色々な話も尽きることなく数時間が経過、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。 すると最後に奥様の方が、 「これ、うちで作ったパンなんですけど。」 と、とてもいい匂いのパンたくさんが入った袋を私に手渡してくださいました。 その奥様は、ご自宅でパン作り教室をしてらっしゃるそう。 私のために、バリに来られる前 わざわざパンを焼いてくださったなんて・・・! 誰かが誰かのために作った物というのは、一口食べれば その思いやりや優しさが解るもの。 そんな味がしました。 奥様が作ってくださったパンは、飛行機に乗り、海も越えて、私の口の中でふわふわと優しく溶けていきました。 そのお二人の優しいお人柄や、きっと色んな事があった2年間、そういうもの全部が私の中で、私のエネルギーを作りだし、何だかとても元気になったような気がしています。ではまた明日。
2006.10.10
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昨日の月は まるで、誰かの身の潔白を バリ島中に知らせているように まるで、人に信じてもらえなかった誰かの苦しみを ゆっくりと癒すように あまりにも白く、美しく、どこまでも透明で もし、あなたが いわれのない罪を着せられて 悔しくて、苦しくて、下を向いて歩く日があるなら いつかこの月のように 凛として輝けるようにと 私もここから祈っています。 同じ丘の上で。ではまた来週、火曜日に。
2006.10.06
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自分の運気を上げるためには、縁起のいい話を聞いたり、景気のいい話を聞いたりするといい、って誰かが言ってたっけ。 私のセミナーに通ってくれた ある受講生さんは、私よりちょい年上の かっこいい女性なんだけど、この人と話していると本当~に気持ちがいい。 うまく言えないんだけど、運を味方につけているタイプで、見ていて何があっても大丈夫っ的安心感があるんです。 いつもしっかりした声で、朗らかで、かといって能天気には見えない。多くの人からすごーく頼られていると思うけど、それが彼女に重くのしかかっているようには感じられない。ビジネスもうまくいってて、努力もしっかり実ってる。 この人の縁起のいい話、景気のいい話っていうのは、いつも私たちに 「人生は上々だ!」 っぽいエネルギーを与えてくれるので、何ともそれが心地良くて、ビジネスの話や別荘の話なんか聞き惚れちゃいますね。かっこいい~とか言って。 成功してて、別荘も持ってて・・・っていう人、他にもいっぱいいると思うけど、その全ての人がかっこよく見えるかというと決してそうじゃない。 話し方や態度に その人の生き方や頭の良さって反映するから、それを垣間見た時、ああ、この人って別荘や大金が似合う!!って思っちゃうんですよ。黄金のオーラみたいな(笑)。 こういうゴールドオーラを撒き散らしてくれる人って、こっちまで楽しくなってくるので大好きなんです。 現実的な成功を、俗欲の中のまやかしだ、という人も多いのに、その中で 「私、こう見えても別荘持ってるんですぅ!」 って言える その潔さがいい。 強くてかっこよくて、きっとたくさんのファンがいるでしょうね。 実は、黄金のオーラはお金のオーラではなく、多くの人を引っ張っていくっていう 強いオーラですから。ではまた明日。
2006.10.05
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子供の頃、親が脅してすかして服を着せようとしても、 「どーしてもこの色はイヤ!!」 と言った覚えはありませんか? 大体3~4才の頃、自我が芽生えてくると同時に、 「自分のカラー」 というものに気が付くそうです。いえ、元々生まれた時から気が付いていても、それを主張する力がなかったわけですね。 あれイヤ、これイヤと言い出す時期は、やっとそれを主張できる頃になったということでしょうか。 昔オーラカウンセリングの勉強をしていた時は、もちろん私は若くて、子供を持つという未来も とても遠いものだと思っていたのですが、その時に習った 「魂の色」 という意味が、今 子供を持って初めて解ったような気がしました。 親が 「この色のセーターを着なさい!これが一番似合うから!」 と言っても、どうしてもイヤだった色。それはつまり、その時の私の魂が求める色ではなかったということであり、今 私の息子はやはり同じように 服の色にこだわりがある。 親の目から見て、 「うわぁ~・・・。な、な、なんであんな奇抜な色を・・・!」 と心配するほどのクレイジーカラーを選ばれてしまうと、外出の時 「あ、あの、コレは私が選んだんじゃないんですよっ!どーしてもコレがいいってきかないんで・・・。」 と、変な言い訳をしてしまいますね(笑)。 親というのはおかしなもので、子供に着せる服は自分のセンスが反映して見られている、と意識しちゃうため、子供にへんちくりんな服を着せたがらないんですよね。趣味の悪い親ね、って言われるのイヤだし。 でも子供には子供のセンスがあり、自分に必要な色を 彼らは知っている。 それを奪い取る権利は、たとえ親であってもないのでしょう。 年をとるにつれて、流行や他人の持ち物に影響され、本当の自分の魂が何色を欲しているのかが分からなくなる。それが大人。 でもふと目にとまった色が気になる、欲しくなる。そういう時は、まだちゃんと自分の魂の呼ぶ色を察知する能力が失われていない証拠です。 子供たちは、私たち大人よりももっと色に関する能力を持っている。 24色もあるクレヨンの中から、なぜか一つだけをチョイスする姿を見ていると、木や草は緑色だとか、空は青だとか、そういう色の常識とは全く関係なく、彼らには彼らの中にだけ広がる 無限のカラーワールドに身を置いているのが分かる。 そこはきっと、大人たちが簡単に入れない、輝かしい魂の色の世界。ではまた明日。
2006.10.04
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昨日はまたまたインターネットの調子が悪くて無断欠勤してしまいましたが、大丈夫です。生きてます(笑)。 随分バリネタが続きましたが、ちょっと元に戻して、また日常の中の思うことあれこれ。 この前、仲良しの受講生さん(男性、年上)が、「僕は奥さんの事とても大事に思ってるし、愛情ももちろんあるんだけど、それをどう表現したらいいのか分からない・・・。年齢の面でも、それを言葉や態度で表すのがどーしても恥ずかしいんですよ。」 と言うんです。 50代・60代の男性は、日本経済を支えてきたサムライ男子。婦女子に対して、愛だの、思いやりだのっていうのは確かに難しいかもしれませんね。「男たるもの」 で育ってきたのに、今さら柔らかい女性の気持ちを理解しろっていうのも酷な話です。 でもこの男性、いつも私にこの話をするんです。よっぽど自分を変えたいのかもしれない。 「妻を愛している」 という、その気持ちを形にすることへの恥かしさや戸惑いが、逆に空回りして言葉を茶化したり、照れて無口になっちゃったりするんでしょうね。 クラスの女の子を好きになったけど、素直になれずにいじめてばっかりで、帰り道死ぬほど後悔してる小学生に似ている(笑)。 この方の、奥様への愛情の深さや不器用さが何とも可愛らしいというか(失礼!)、いじらしいというか、そんな感じで いつも 「女心っていうのはですね。」 なんて私もしゃべってますけど、やっぱり男だって女だって、 「相手はきっと解ってくれてる。こんなに長く一緒にいるんだもの。」 なんて油断しちゃいけない。 言葉にしなければ・・・態度に出さなければ、伝わらないことも、ある。 よく 「愛と勇気」 というキャッチコピーとかタイトルとか溢れていますよね。「愛」 と「勇気」 はセットにされがちだけど、実は 「愛」 を伝えるのに 「勇気」 が必要なんじゃないかな。それなら 「愛と勇気」 は、やっぱりセットなのかもしれない。 この前の私たち夫婦の結婚記念日。主人は私に大きな花束を持って帰ってきました。これは毎年のことなんですが、たまたまそこに居合わせたその男性。「僕が花なんて買ったら、花屋の店員が 『あの人、いい年して花束なんて・・・。』 って笑うんじゃないかと思って、恥ずかしくて出来ないんですよ~。」 と、苦しそう(笑)。「今時そんな女の子いませんよ! 『まあ!そのお年で奥様にブーケだなんて、なんてステキ!こういう旦那様を見つけなくては!』 ってのが今の感覚。大丈夫ですよ!」 と、私。 とにもかくにも、ごちゃごちゃ言ってないで、愛しているなら 勇気を出してお花屋さんへ! 長い人生。今までも、そしてこれからも、一緒に歩いていく大切な女性(ひと)のために 愛と 勇気と 花束を。ではまた明日。
2006.10.03
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